家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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ゲゲゲの鬼太郎、新シリーズスタート!!

新しく登場した人間キャラ――石動零。
ぬら孫の陰陽師たちのように戦うかと思いきや、鬼神の腕を憑依させるなどのガチガチの肉体派だった。
てか、あれどう見ても『ぬ~べ~』でしょ!? 最初のタイトルも『地獄からの使者 鵺』だし、スタッフ絶対狙ってやったでしょ!?(ぬ~べ~の苗字が鵺野)。

ねこ姉さんも無事だったし、マナもちゃんと出るみたいで安心した。
今後の展開も目が離せない、二年目も楽しみだ。



さて、本作でも今回の話で色々と動きます。どうかよろしくお願いします!


第四十一幕 家長カナの過去 その⑩

 家長カナが謎の少年——吉三郎とオンボノヤスによって旧校舎の体育館に誘われていた、少し前。

 彼女の自宅アパートでは、木の葉天狗のハクが夕食の仕込みを行っていた。

 

「ふむ……まあ、こんなところだろうが……まだ戻ってくる気配はないか」

 

 夕食のメインであるシチューの味見をし、悪くない感じで仕上がったことに満足するのも束の間、彼はカナが未だに近所の公園に留まっているのを匂いで察し、溜息を吐く。

 狼から進化した妖怪、白狼天狗の異名を持つだけあってか、彼の嗅覚は人間は勿論並の動物のそれを遥かに凌駕する。料理の匂いが立ち込める室内にあっても、窓さえ空いていれば外から流れ込んでくる風からカナがまだ近所の公園に留まっていることを把握することができていた。

 

 昨日の喧嘩でカナを怒らせて以降、ハクは彼女と顔を合わせてはいなかったが、そこまで焦りはなかった。彼女が小学校を卒業するのはもう間近だが、万が一に備え、進学先の中学校の席は確保してある。たとえカナが浮世絵中学に進んでも、心変わりさえすればいつでも転校できるように先方と話を進めている。

 そこまで入念な根回しをするほどに、ハクにとってリクオからカナを遠ざけることは重要事項であった。

 

「まっ、お互いに少し頭が冷えるのを待つしかないか……さて、残りの食材は——」

 

 カナの説得に関してはもう少し時間を置いてから再度行うことを決め、ハクはとりあえず残りの献立をどうするか思案に耽る。冷蔵庫の中身を確認し、何か使える食材を探していく。だが——

 

「……ん?」

 

 ふいに、ハクの鼻が異変を感じ取った。

 カナの今後や夕食の献立に対して頭を巡らせていながらも、常にカナの匂いを感じ取っていた筈の彼の自慢の嗅覚。その嗅覚が——突如としてカナの匂いを、気配を見失ったのだ。

 

「カナ? どこにいった?」

 

 これには流石のハクも困惑した。匂いは徐々に遠ざかり消えたのではなく、何故か急にバッタリと途絶えてしまっていた。まるで、家長カナという少女の存在が無理やりどこかに跳ばされたかのように。

 

「————!!」

 

 僅かな戸惑いの後、ハクは調理場の火を消し窓から飛び出していた。

 人間の擬態を止め、彼女が消えたと思われる公園へと狼の姿で急ぎ駆け出していく。

 

 

 

 

 

「これは……」

 

 公園についてすぐ、息つく暇もなく狼姿のハクはある物を公園のベンチで見つける。

 それはカナのランドセルだった。長年愛用した小学校卒業と共に想い出の品になるであろうそれに獣の鼻を近づけクンクンと匂いを嗅ぐ。その匂いを手掛かりに、彼はカナの行方を探ろうと鼻先を天へと向ける。

 

「こんなところで何やってんだ、ハク?」

 

 すると、そのタイミングで目つきの悪い少年——土御門春明がハクに声を掛ける。ここ最近の日課である町の見廻りを終えた後なのか、少しくたびれた様子で彼は白い狼であるハクに近づいて尋ねる。

 

「春明か……お前、カナの姿を見かけなかったか? さっきまでここにいたことは確かなのだが——」

 

 春明との遭遇に丁度いいところにきたと、ハクは彼に聞き返す。もしカナのことを見かけていればそれで良し、もし知らなくても彼女を捜索する人手は多い方がいい。

 春明にもカナを捜すのを手伝ってもらおうと、願い出ようとした――まさにそのときだった。

 

「——あっ、ちょっと待て。コイツは……」

 

 急に春明がハクの話を遮り、懐に手を伸ばした。彼は服の下から一枚の護符を取り出し、中々見ることのない神妙な顔つきで眉を顰めている。

 

「? どうした」

 

 その表情から普段の春明とは違う、並々ならぬ事情を察するハク。少し思案すること数秒、春明は重苦しい口を開いた。

 

「護符が起動してやがる……」

「——?」

「ほれ、アイツに渡しておいた槍の式神だよ。アレにはちょっとした仕掛けを仕込んであってな。顕現するとそれが俺にも伝わるよう、こっちの手持ちの護符に反応が出るようになってんだよ」

 

 あの旅立ちの日、春明が護身用としてカナに手渡していた式神の槍。手合わせ以外であの槍が使われたことがなかったため、特に気にもとめていなかったがまさかそんな機能が隠されていたとは。

 ハクは改めて、目の前の少年の陰陽師としての技量に感服する。

 しかし、感心してばかりもいられない。

 

「その護符の槍が起動している……つまり、それは!?」

「ああ……そうだよ」

 

 両者ともに、苦虫を嚙み潰したような顔でその意味を理解する。

 家長カナという少女は、意味もなく、理由もなく、悪戯に武器を使うような子ではない。

 槍が起動しているということは、カナが何者かと戦っているということだ。

 

 自分の命を脅かす何者かと、今まさに対峙している真っ最中ということであった。

 

 

 

×

 

 

 

 許せない! 許せない! 許せない!!

 

 少女——家長カナは憎しみと怒りに囚われていた。 

 

 つい先ほど、彼女は自身の軽率な行動を悔いたばかりだった。あの魔の霧、あの日自分たち家族と大勢の人間を死地に追いやった霧を利用したかのように現れた屍妖怪たちを前に、彼女は膨れ上がる怒りを抑えきれずその力を暴走させ、彼らの体を式神の槍でバラバラに引き裂いた。

 我に返って初めて、彼女は己の行いを深く後悔する。相手の言い分も聞かず、目的も不明のまま暴力に身を任せた軽率な自分自身を恥じたのだ。

  

 カナは人間でありながら、多感な時期を半妖の里で過ごし、浮世絵町に来てからは妖怪であるハクの世話になっている。そのため、彼女は人間であろうと、妖怪であろうと、半妖であろうと、誰であろうと差別意識を持たずに接することができるようになっていた。

 彼女自身、人間だから、妖怪だからなどという偏見を持たずその人物と真っすぐに向き合おうと常日頃から心がけている。

 

 

『——ぼくにとって他愛もない遊びの一つだったんだからさ』

 

 

 だが——コイツは別だと。カナの中の何かが叫び声を上げていた。

 眼前の憎き両親の仇――吉三郎。

 

 含み笑いを浮かべながら、両親の死を、多くの人間の死を『遊び』と断じた少年の姿をした悪魔

 その妖怪相手に——カナは自分の中の憎しみや怒りが際限なく膨れ上がるのと同時に、ある種の確信めいたものを感じていた。

 

 理屈ではない。両親の仇であるという事実以上に彼女の心が、本能の部分で訴えていた。

 目の前の存在を決して許してはいけない、と。

 

 この少年は自分の手で、全身全霊を以って打ち滅ぼさなければならない『悪』だとカナは直感で理解した。

 

 

 

 

 

「はああああああああああああああっ!!」

 

 憎しみに任せるまま、カナは吉三郎に向かって槍を振り下ろしていた。だが先ほどの屍妖怪たちのときのような、我を忘れた攻撃ではない。明確な殺意と憎悪を込めて、彼女は吉三郎へと必殺の一撃を叩きこんでいく。

 

「はははっ、やるねぇ~! 人間にしてはいい太刀筋だよ~」

 

 しかし、そんなカナの攻撃を嗤いながら吉三郎は受け止めていく。彼の得物はボロボロの日本刀、今にも折れてしまいそうな状態の刀で、器用にカナの攻撃を捌いていく。

 

「っ!! このっお!!」

 

 相手の一見余裕のある立ち回りに、カナはさらに怒りを増大させ果敢な連撃を叩きこんでいく。それは槍の基礎も型もなっていない、滅茶苦茶な突きの連撃。

 怒りによって自身の肉体のポテンシャルを限界まで引き出しているのか、速度こそ大したものだが、ある意味単調な動きであり、達人であれば即座にその動きの欠点を見破り対応されていたことだろう。

 しかし、意外にもその無茶苦茶な動きが吉三郎には効果があった。

 

「おっと、これは不味いね……よっと!」

 

 カナの絶え間ない連撃に、笑みを浮かべながらも大きく距離を取って仕切り直す吉三郎。激昂するカナの頭だが、僅かに残った理性がその動きからある事実を導き出す。

 

 ——こいつ……やっぱりそんなに強くない!!

 

 妖怪であるからか、身体能力は人間のカナよりも上かもしれない。だが肝心の剣の腕前自体はそれほど大したものとは思えない。日頃から、達人というべきハクと手合わせしているカナにはそのように感じ取れた。

 

 ——勝てる! 倒せる!! こんな奴に私は負けない!!

 

 怒りに囚われながらも、徐々にハクとの稽古を思い出しながら、カナは目の前の敵の動きを把握していく。

 だが、そんなカナの考えに反し、吉三郎はニヤリと口元を釣り上げた。

 

「なるほど……真っ当な一対一じゃ、君に分があるようだね」

 

 どうやら吉三郎自身も己の力量が大したことないとわかっているようだ。

 わかっているからこそ、彼は次の一手に出る。

 

「でも、忘れてもらっちゃ困るな~。ボクは一人じゃないってことを……オンボノヤス!!」

『キキッ!』

 

 吉三郎は姿の見えぬ協力者——オンボノヤスへと指示を飛ばす。彼の声に応えるように、どこからか猿のような鳴き声が木霊し、突如体育館内を霧が覆っていく。

 

「に、逃がすか!!」

 

 この一手に焦ったカナは、急いで目の前の怨敵へと真正面から斬りかかる。だが槍の一振りは虚しく空を切り、覆われていく霧によって彼女は吉三郎の姿を見失ってしまっていた。

 

 ——また私をどこかへ跳ばすつもりか!?

 

 先ほど公園からこの旧校舎へ跳ばされたときのように、またどこか見知らぬ場所に連れていかれるのではと身構えるカナ。しかし、カナの予想を裏切るように彼女の立ち位置が変わることはなかった。

 

『安心しなよ~。そう事前準備もなくポンポン移動できるほど、この霧は便利なものじゃないからさ~』

 

 どこからともなく響いてくる吉三郎の声は、不安に焦るカナの心を揺るがすように言葉を紡いでいく。

 

『オンボノヤスの霧は旅人を惑わし、彷徨わせて別の場所へと引きずり込む魔の霧。けれどその運用にはある程度制限があってね。長距離の移動は一日一回くらいが限度かな?』

「…………」

 

 相手の言葉を聞き流しながら、槍を構え直すカナは十分に周囲を警戒していた。だが霧は徐々に濃くなっていき、しまいには目の前の視界すらほぼ0の状態になってしまった。

 これでは相手も自分の位置を把握できないのではと、カナは考える。

 

「けど——」

「——なっ!?」

 

 だがすぐ後ろから聞こえてきた少年の声、そして走る背中の激痛に自身の考えが甘かったことを痛感させられる。いつの間にか回り込んでいた吉三郎が、バッサリとカナの背中を斬りつけていたのだ。

 

「くっ!」

「ふふふ……」

 

 わざと急所を外したのだろう、慌てて振り向いたカナの視界で、吉三郎はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。

 姿を見せた相手に慌てて反撃を試みるカナ。だが吉三郎は再び霧の中へその身を隠し、声だけを響かせていく。

 

『どうやら、まだ君は妖気を探って妖怪の居場所を探ることはできないようだね~。わざわざ妖気を消す手間が省けて助かったよ』

「っ!」

 

 吉三郎の指摘するとおり、この頃のカナはまだ妖気を探る術を完全に身に付けていなかった。妖気で相手の動きを追えない以上、目で相手の動きを追うしかないのだが、この濃い霧がそれを阻む。

 

「痛っ!?」

 

 次の瞬間、何かが飛来する音と共に今度はカナの腕に焼けるような痛みが走る。自身の二の腕に一本のナイフが深々と刺さっていた。

 

 ——ど、どうして……こんな正確に……。

 

 カナは投擲されたナイフが一本、正確に自身の身体に命中していたことに冷や汗を流す。この霧の中、相手には自分の姿が見えているのかと疑惑を抱きながらそのナイフを引っこ抜こうと逆の手を伸ばす。

 

『あ~あ、よしておいた方がいい。今それを引っこ抜いたら出血多量で大変なことになっちゃうからね~』

「!!」

 

 この霧の中で自身の行動を見事言い当てられ、カナはギクリと体の動きを止める。相手がどのようにして視覚を確保しているのかと疑問を持つ彼女に、吉三郎はあっさりと種明かしをする。

 

『見えてるんじゃないよ? 聞こえてるんだ。ボクは特別『耳』が良くてね~。視界がなくても、筋肉の伸縮と骨の摩擦音で君がどんな行動をしてるかくらい、手に取るように分かるよ』

 

 どうやら、相手は視覚ではなく聴覚でこちらの動きを察知しているらしい。それならいくら視界を霧で覆われていようと関係ない。このオンボノヤスという妖怪の能力と見事に合わさったコンビネーションと言わざるを得ないだろう。

 

『今も聞こえてくるよ……その心臓の鼓動から、君の動揺するさまがありありと浮かぶようだ』

「……く、くそっ!」

 

 憎き相手にいいように手の平で弄ばれ、カナは思わず悪態つく。己の無力さに打ちひしがれ、屈辱に歯軋り。そんな彼女の憤慨する様子ですら吉三郎に把握されているのか、からかうような声が木霊する。

 

『あ~あ、そんなに眉間にしわを寄せちゃって、せっかくの可愛い顔が台無しだよ?』

「う、うるさい!!」 

 

 相手の言葉に怒り任せに言い返すカナだが傷のせいか、その声には今一つ気力がこもっていなかった。

 

『さて…………それじゃあ、そろそろ終わりにしようか?』 

 

 そして、とうとう吉三郎はカナにトドメを刺すべく動き出す。

 

『当初の目的もあるしね。君の首級を手土産に奴良リクオの絶望する悲鳴を聞かせてもらわなきゃいけない。悪いけど……いや、全然悪いとは思ってないけど、君にはここで死んでもらうよ?』

 

 最後通告のように吐き出されたその言葉に、カナは絶望する。

 やっと見つけた両親の仇も晴らせず、大切な幼馴染を悲しませる片棒を担がされる自分の立場に悔し涙すら浮かべていた。

 

『さあ、いい声を聞かせておくれ! ははははははははははははっ!』

 

 そんなカナの悲観を楽しむように、霧の中で笑い声を木霊させる吉三郎。

 

「…………」

 

 カナは、馬鹿みたいに笑い声を上げる憎い仇に一矢報いてやりたい。そんな気持ちからギュッと槍を握り締め、『賭け』に出ることにした。

 

 相手がトドメを刺してくる、そのときこそチャンスだ。

 たとえ、殺されることになろうとも。せめて最後食らい——せめて一撃、その体に傷をつけてやりたい。

 そんな必死の思いから、彼女は己の全神経を集中させる。

 

 

 

 

 

 だが、結局のところそれは杞憂で終わる。

 カナが最後の賭けに打って出ようとし、吉三郎がトドメの一撃を食らわせとした——その直後。

 

 凄まじい風の唸りが、彼女たちのいる建物を襲った。

 

『な、なにっ!?』

「——この風は?」

 

 ここにきて、吉三郎の口から初めて焦ったような響きが零れ落ち、逆にカナは安堵する。

 

 カナは、その風の気配に覚えがあった。

 今と似たような状況、あの霧の樹海の中、幼きあの日に感じた風と同じ匂い。

 風に吹かれて体は寒いけど、何故か心は温かくなる。

 安心して身を任せることのできる『風』の気配にほっと息を吐く。

 

 その風にカナが安堵している内にもさらに状況は加速する。

 まるで戦闘機が飛来するような轟音に、旧校舎が大きく揺れ、次の瞬間——悍ましい絶叫が建物中に木霊する。

 

『ギギャァアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』

 

 猿のような生き物の断末魔の叫び。その雄叫びに吉三郎が声を上げていた。

 

『オンボノヤス!? まさか、殺られたのか?』

 

 この魔の霧を司る妖怪、旅人を惑わせる怪異。

 カナにとってもう一匹の仇とも呼ぶべき妖怪の消失。それにより、徐々にだが薄れていく霧の気配。 

 

「——ふん!」

 

 だが、その霧が完全に消えていくのを待たずして、風はさらに体育館内に吹きすさぶ。

 何者かが建物内に蔓延る濃霧を一息で吹き飛ばし、その場を正常な状態へと戻した。

 

「ちっ! 誰だい? 人の楽しみを邪魔するのは!?」

 

 霧が晴れ渡り、体育館のステージ上に立つ吉三郎が姿を現した。その顔は忌々しいとばかりに歪められており、風を起こした乱入者へと向けられていた。

 

「……ごめん……ありがとう……」

 

 一方で、カナは誰などと考える必要もなかった。

 自分を護るように側に降り立った人影に対し、彼女は視線すら向ける必要もなく謝罪と感謝の言葉を述べる。

 一呼吸入れカナが顔を上げると、そこには予想通りの人物が立っていた。

 

 美しい真っ白い毛並み、山伏の恰好をした狼。

 あの日見たそれと、全く同じ姿の彼——ハクが、労わるような視線でカナを見つめていた。

 

「——無事でよかった」

 

 

 

×

 

 

 

 遡ること数分前。

 

 カナが何者かと戦っている事実を知ったハクは、急ぎその場所を春明に尋ねた。

 春明がカナに渡した式神の槍は、起動を報せるだけではなくそれを持つカナの場所も大まかにだが探知することができるらしい。その方角を術者である春明から聞くや否や、ハクは先行してその場所へと駆け出していく。

 白い狼が街中を、建物の屋根を疾走する姿は妖怪の姿が見える人間たちの間であっという間に騒ぎになるも、そんなことお構いなしにハクはただひたすらに駆けていく。

 

 そして、彼は目的の場所——浮世絵中学近くの旧校舎に辿り着き、すぐのその異変に気づいた。

 

「これは、あのときの霧か!?」

 

 あの日、富士の樹海を騒がせていた鉄鼠の出現時に立ち込めていた霧と、同じ霧が旧校舎の敷地内を覆ていたのだ。 

 ハクはあの日から、富士天狗組の頭である太郎坊からあの事件の元凶の調査を命じられていた。残念ながら相手の目的や消息までつかめきれなかったが、あの霧がオンボノヤスという妖怪の仕業であることは掴んでいた。

 それなりに伝承も残っていたのが幸いだった。ハクは突き止めたオンボノヤスの能力の性質、妖気を感じ取ることで相手の潜む場所を探る。

 

「見つけた……あの建物の上だな!」 

 

 そして、ハクはついに霧の中に潜むオンボノヤスの気配を捉えた。狼の姿から本来の山伏姿に変化し、握り締めた錫杖を全力でオンボノヤスのいる場所目掛けて投擲する。

 

「貫けっ!!」

 

 風と妖気を纏いながら飛来する錫杖は、見事オンボノヤスの小さな体に命中。

 投げつけた錫杖諸共、その肉体を粉々に霧散させる。

 

「ギギャァアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

 響き渡る相手の絶叫を聞き届けるのも束の間、ハクは他にも妖怪の気配があるのを察し、意識をそちらに向ける。その妖怪の気配のすぐ側に、息絶え絶えと言った様子の人間の匂いが香ってくる。

 

 誰と考えるまでもなく、ハクは駆け込んでいた。

 未だに視界を遮る邪魔な霧を天狗の羽団扇で取っ払い、旧校舎の体育館へ。

 

「——誰だい? 人の楽しみを邪魔するのは!?」

 

 その場所へ降り立ったハクに、少年の姿をした妖怪が睨みつけてくる。

 ハクはその相手と油断なく対峙しながら、傍らで膝を突く少女の確かな息遣いに安堵する

 

「……ごめん……ありがとう……」

 

 重症だが、こちらへしっかりと言葉を放つ彼女――家長カナに対し、ハクは労わるように声を掛けていた。

 

「無事でよかった」

 

 

 

×

 

 

 

「君は……やれやれ、これは面倒なことになりそうだね」

 

 カナを救うべく現れたハクを前に、吉三郎はハァ~と溜息を吐く。相方のオンボノヤスを殺られ、霧が完全に晴れ渡っていたが、表面上まだまだ余裕があるように見える。

 その態度がカナには妙に癪に障った。仲間を殺され悲しむ様子もなく、形勢を逆転されながらも焦りを最小限に抑える吉三郎に、さらなる怒りと憎しみがこみ上げてきた。

 すると、そんなカナの様子に気づいたハクが彼女にやんわりと忠告する。

 

「カナ、感情を抑えなさい。怒りは目を曇らせ、憎しみは己の可能性を狭める」

「ハク……けど、アイツは!!」

 

 カナは自身の憎悪の理由を告げ、ハクに訴えるべく声を上げる。だが彼女の言葉を聞き終えることなく、ハクは口を挟む。

 

「わかっている。何がそこまで君を狂わせているのか。奮い立たせているのか……」

 

 ハクはあの霧を目に留めた瞬間から、相手とカナの関係。彼女が怒りに我を忘れる理由を大まかにだが把握した。それでも、ハクはあくまで冷静さを保つようカナに言い聞かせる。

 

「今の君には時間が必要だ。その傷の治療も含めてね」

 

 そう言いながらハクは羽団扇を吉三郎へと構え、カナの耳元で囁く。

 

「ここは私に任せて、君はすぐにこの場から逃げなさい。病院へ行き、その傷の手当てをしてもらうんだ」

「い、いやだっ! わたしもここに残る!!」

 

 カナはハクの指示に素直に首を縦に振ることができなかった。せっかく見つけ出した両親の仇。こんな形で取り逃すようなことはしたくなかった。

 だが、ハクは駄々をこねるカナに、さらに語気を強めて言い放つ。

 

「分からないのか? 今この場に君がいても邪魔なだけだ。足を引っ張られては勝てる戦いも勝てなくなる」

「——!?」

 

 冷酷に告げられる事実にカナは頭から冷水を浴びせられたかのようにショックで固まる。

 

「……大丈夫だ。私も伊達や酔狂で富士天狗組の若頭を名乗っているわけではない。相手が誰であろうと、そう簡単にやられはしないさ」

 

 しかし、傷つくカナにすかさずフォローを入れ、ハクは彼女の行動を促す。

 

「さあ、行け!!」

「——っく!」

 

 一際大きな声でハクはカナに向かって喝を入れる。その叫びに弾かれたようにカナは建物から飛び出し、神足で空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

「さて……貴様には色々と聞きたいことがある。あの子に行った過去の所業も含めて、洗いざらい吐いてもらうぞ」

 

 カナが舞い上がると同時に、ハクは吉三郎を憤怒の形相にて睨みつける。

 この少年に怒りを覚えているのはカナだけではない。カナに行った仕打ちも当然ながら、富士天狗組の縄張りを荒らしまわった過去の罪状。それらに対する怒りを内側で留めつつ、ハクは眼前の敵と相対する。

 カナとは違い怒りで我を忘れることもなく、慢心も油断もなくハクは吉三郎を見据える。

 

「ふ~ん……そっか、富士天狗組の若頭さんだったのか……どうりで油断も隙も無いわけだよ」

 

 それに対し、吉三郎は涼しい顔で体育館のステージ上からハクを見下ろす。

 

 ——……なんだ? コイツの目は……?

 

 ハクは、人間の少年の姿をした吉三郎の視線に底知れぬ何かを感じ取っていた。 

 表面上はにこやかな笑みすら浮かべているが、その瞳は一切笑っていない。それはカナを仕留める機会を失ったからとか、いいところを邪魔されたからとか、そんな些末な問題ではない。

 この世の全てに価値を持っていないかのように、冷たく淀んだ空虚な瞳。

 自分と同じ妖怪ではあるが、根本な部分で『何か』が違うように思えた。

 

「……まあいい。貴様を無力化すればそれで済むことだ」

 

 ハクはそんな少年の得体の知れなさを気に掛けながらも、自身のやるべきことを再確認する。

 相手のバックボーンを含め色々と聞かねばなるまいと、吉三郎を生け捕る方針で手持ちの武器である羽団扇を構える。

 やる気を滾らせて構えるハクとは対照的に、吉三郎は両の手をズボンのポケットに突っ込んだまま。

 ふいに、その視線を空へと飛び上がったカナのいる方角へと向けていた。

 

「ふんふん……なるほど~。足手まといの彼女を先に下がらせたか……まっ、悪くない判断なんじゃないの?」

 

 どこか呑気な調子でハクの判断を評価し——その口元に邪悪な笑みを浮かべて言い放つ。

 

「けど——残念ながら、まだ射程圏内なんだよね」

「……!?」

 

 そして、吉三郎はそっと片手を宙へと、カナの飛び去った方角へと翳しながらポツリと呟いた。

 

 

 

「さあ苦しみに悶えるがいい……『阿鼻叫喚地獄(あびきょうかんじごく)』!!」

 

 

 

 刹那——彼の内側から、逃げるカナに向かってその不可視の力は放たれた。

 

 

 

×

 

 

 

『——くれ』

「……えっ?」

 

 満身創痍ながらも精神を集中させて空を飛ぶカナの耳に、確かにその声が聞こえてきた。

 最初は聞き間違いだと思った。こんな空の上までそんな言葉が聞こえてくるとは思っていなかったからだ。

 だが、囁かれた言葉は決して空耳などではなく、徐々に大きくなってカナの耳元に届いてくる。

 

『けてくれ、タスけて、たすてくれ』

「えっ、ちょっ、何? 何なの? この声は!!」

 

 慌てて耳元を塞ぐが、意味がなかった。どうやらその『声たち』はカナの耳元で囁いているのではなく、彼女の内側――脳内に直接響くように発せられていたからだ。

 

 

『たすけくれ――』『たすけて』『いたい、いたい』『くるじい』『こわい』『あつい、あついよ』

『どうして』『どうしてこんなめに』『くくるしい』『いたい、いたいいよ』『たすけて——たすけてくれ』

 

「ひっ!? い、いやだ! やめてっ!」

 

 それはまさに阿鼻叫喚——地獄の底で亡者たちが苦しみに悶える嘆きの声だった。 

 この世のものとは思えぬ、実際にそれは生者から発せられる救済を求める声ではない。

 苦しみに苦しぬいた亡者が、さらにより激しく責め立てられ、無限の苦痛によって吐き出される怨嗟の悲鳴だ。

 

 そんな狂気の発狂音が、まるでカナの頭蓋骨をスピーカーにするようにガンガンと頭を振るわせる。

 

「うわあっ、あああああっ!?」

 

 いかにあの日地獄を体験したカナとはいえ、その悲鳴を直に聞かされることは耐え難い苦痛であった。

 必死に耳元を塞ぎ、頭を振って少しでも苦痛を和らげようと無我夢中で叫ぶ。

 

 

 当然、そんな状態で精神を集中させることなどできるはずもなく、神通力はあっさりと力を失う。

 

 

 神足が途切れたカナの体は、まるで翼を失った鳥のように頭から真っ逆さまに地に墜ちていく。

 

 

 

 

「カナ——!? 貴様っ! あの子に何をっ!?」

 

 少年の動作に釣られるようにカナのいる方へ目を向けたハク。彼は彼女が墜落していく光景を目にしながら、吉三郎へと叫んでいた。

 カナが聞いた『声』をハクは聞いてはいない。吉三郎があくまで対象をカナのみに絞ったため、彼には何が起きているかさっぱりわからなかった。

 ただ一つ。カナが吉三郎の手によって、今まさに命の危機に瀕しているということ以外は——。

 

「またまた~そんなこと気にしてる暇あるの? あのままだと彼女、潰れたトマトみたいにべちゃーってなっちゃうよ?」

 

 吉三郎はおどけた調子でハクへの解答をはぐらかす。そして早く助けた方がいいといけしゃしゃと言ってのける。

 

「くっ——!!」

 

 言われるまでもなくハクは飛び出す。

 落下するカナを受け止める為、敵に背を向けて全速力で駆け出していた。

 

「カナ——っ!!」

 

 幸いなことに、カナは高度こそ保っていたがそれほど遠い距離を進んではいなかった。

 ある程度の余裕をもって、ハクは彼女が落下する予測地点——旧校舎の中庭へと滑り込み、彼女を受け止める体制に入った。

 

「っと!!」

 

 結果として、ハクはカナを助けることに成功した。 

 凄まじい速度で落下する彼女の肉体を、全身全力全神経で優しく抱きとめる。

 

「は、ハク?」

 

 カナは青ざめた表情ながらも自分を助けてくれたハクへと目を向ける。

 彼女に外傷がないことを確認し、ほっと胸を撫で下ろしながらハクは安堵の息を漏らした。

 

 

「ふぅ~……よかった、無事のよう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、安心しすぎだから——」

 

 

 

 

 その瞬間、その刹那。まさにその一時を狙いすましたかのように————。

 

 

 

 

 その凶刃はハクの心臓に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




補足説明
 吉三郎の能力——『阿鼻叫喚地獄』。
  阿鼻叫喚——苦痛などでわめき苦しむさまを表す言葉。
  言葉の由来は八大地獄からきているもので、本来は阿鼻地獄と叫喚地獄で別れているらしい。
  本作において、対象に地獄で苦しむ亡者たちの嘆きを強制的に聞かせる能力と定義しています。
  地獄について詳しくなりたい方は是非『鬼灯の冷徹』を見ましょう。
  漫画もアニメも、どっちも面白いですよ?

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