家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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 今回の話は引き続きカナの過去話ですが、少しだけ現在の話もあるのでサブタイトルを変えました。
 ……なんだか、打ち切り漫画の最終回のようなタイトルですが、まだ続きます。
 あくまで追想編が最終回というだけの話です。

 さて、今回の話の後、ようやく『千年魔京編』に入れます。
 長かった……よくここまで話を続けられたと、自分でも感心する。
 とりあえず、千年魔京編は五月からスタートする予定です。


 五月……作者には………………ゴールデンウィークなんて素敵なものはない!
 いつも通り、仕事の日々があるだけだ!!



第四十二幕 最後の追想―そして戦いは未来へと

 

 家長カナが浮世絵町にやって来た日の最初の夜。

 まだ奴良リクオと再会する前、彼女が言い知れぬ不安を抱いていた頃。

 

 半妖の里を遠く離れ、彼女はハクと二人で同じ屋根の下で過ごしていた。カナはまだハクのことをそこまでよく知らない。自分を助けてくれた妖怪だということは勿論分かっていたが、まだまだ互いに距離感を掴み切れていなかった。

 

『さあ、出来た……どうぞ召し上がれ』

『い、いただきます』

 

 カナはそんなハクと今日、初めて夕食の食卓を囲んでいた。

 ハクが作ってくれたメニューはハンバーグだった。里ではほとんど食卓に並ぶことのない洋風のメニュー。両親が存命だった頃はよくカナのために作ってくれた記憶があるが、あまりよく覚えていない。

 カナは恐る恐ると言った様子で出来立て熱々のハンバーグを口に運んでいく。

 

『………………おいしい!!』

 

 その味に思わず表情が綻ぶカナ。ふっくらやわらか、噛みしめるたびに肉汁が口の中に溢れ出す。その一口で食欲を刺激されたカナはそのまま白米をかき込み、味噌汁を啜っていく。

 どんどんと箸は進んで行き、あっという間に完食。カナは幸せいっぱいの表情でごちそうさまをする。

 

『ふっ……どうやらお気に召して貰えたようだね』

『あっ、ご、ごめんなさい。お行儀悪かったですよね……』

 

 あまりの美味しさに無我夢中で夕食にがっつく姿。お世辞にも行儀がいいとは呼べなかっただろう。カナはそんな自分が急に恥ずかしくなって咄嗟に頭を下げる。だが、ハクは気にした様子もなく微笑みを浮かべていた。

 

『構わないさ。テーブルマナーなんてものは大人になって覚えればいい。作り手としては、美味しく食べてくれた方が嬉しいからね』

 

 優しい声音でカナに気にするなと告げる。

 

『しかし……付け合わせのパセリを残すのはいただけないな。それにも栄養があるんだ。残さず食べなさい』

 

 一方で、カナが付け合わせのパセリを一口齧っただけで終わらせたことを見逃さない。保護者として厳しい目つきで彼女に真の意味での完食を望む。

 

『うっ! は、初めて食べたけどなんか変な感じで……残しちゃ……駄目ですか?』

『駄目だ。きちんと食べなさい』

 

 カナはやんわりと食べることを拒否するが、ハクは追及の手を緩めない。カナは厳しい彼の視線にやがて根負けしたのか、思いきってパセリを口にし、そのまま一気に水で流し込んだ。

 

『……よろしい。それじゃあ、自分の分の食器は自分で洗ってもらおうかな』

『は、はい……わかりました』

 

 カナはハクに言われるまま食べ終わった食器を洗い場に持っていき、スポンジでゴシゴシと汚れを洗い落としていく。綺麗に水気をふき取り、食器棚に片づけるところまで一人でやった。

 

『ふむ……悪くない手際だ』

 

 カナが最後までキチンと片づけを終えたところで、ハクはそっと彼女の頭を撫でてやった。

 その手の平から伝わってくる感触はこそばゆく、どこか暖かいものがあった。

 

『今日は片づけだけで構わないが、明日からは食器を並べるのも手伝ってもらおう。少しづつでいい、やれることを増やしていくんだ』

 

 そう言いながら、ハクはカナに向かって右手を差し出してきた。

 

『改めてよろしく頼むよ、カナ』

『はい、こちらこそよろしくお願いします…………ハク』

 

 差し出されたその手を取り、握手を交わす二人。

 思えばカナはその日――初めて『さん』も『様』もつけずハクのことを呼び捨てで呼んだ。

 

 

 

 

 ―—ああ……あの日食べたハンバーグ。本当に美味しかったな……。

 

 暖かい毛並みに包まれている感覚の中、カナは自分がまたしてもハクに助けられたことを自覚する。どうやら集中力が乱れ空中から落ちていくところを彼に救われたようだ。

 

 ―—ほんと……迷惑かけてばっかだよね……。

 

 この浮世絵町に来てからというもの、ハクにはいつだって世話になりっぱなしだ。いや、そもそもな話彼があの日、鉄鼠から命を救ってくれなければ今の自分は存在しなかっただろう。

 

 ―—そうだ……帰ったら今日は私が夕ご飯作ってあげよう。献立は……ハンバーグがいいかな……。

 

 せめてもの恩返しとばかりに、カナは今日の夕飯は自分が作ってあげようと考える。もう何もできない子供ではない。今ではカナの方が上手いメニューもたくさんある。

 喧嘩していたことも謝らなければならないだろう。リクオの件に関しては譲るつもりはないが、それでももっと正面からハクと話し合い分かってもらう道を選ばなければ。

 

 そう――――――――今日、家に帰ったら…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、安心しすぎだから――」

 

 嘲るような吉三郎の声がカナの耳に木霊した瞬間――彼女を抱きとめていたハクの体を白刃が貫いていた。

 

 

「―———————えっ?」

 

 

 疲弊しきっていたカナはとっさに声を上げることも出来ず、ただ黙ってその光景をスローモーションで捉える。

 まるで時が制止したかのように、永遠とも思える時間。

 だが、やがて時計の針は進み――ぐらりと、ハクの体が横に傾いた。

 

 カナの体は中庭の地面に投げ出されるが、最後までハクが彼女を支えてくれていたおかげか。カナはかすり傷一つ負うことはなかった。

 だがカナを助けた代償とばかりに、ハクの美しい白い毛が鮮血に染まっていく。

 心臓を致命的な一撃で貫かれ、やがてハクの目からは徐々に光が失われていく。

 山伏姿の雄々しい人狼から、力なく倒れ伏す一匹の狼としてその場に横たわる。

 

 そうして――妖怪ハクは呻き声一つ上げることなく、命の灯を吹き消された。

  

「…………嘘、でしょ?」

 

 あまりにも突然の出来事に、目の前の現実を受け入れることができず、カナはハクの体を揺さぶる。

 

「ねぇ……起きてよ……こんなところで寝ちゃだめだよ……ねぇ!」

 

 だが、どれだけ強くその体を揺さぶろうと彼はもう二度と目を開けることはない。

 

「簡単にやられないって、言ったじゃない……ハクは強いんでしょ! ねぇ!! 起きてってば!!」

 

 カナの悲痛な叫びにも一切の反応はない。

 すでのその肉体に『畏』はなく、それはただの狼の死体でしかなかった。

 

 

 

 

「う、嘘だ……こんなの――――うそだぁあああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 カナは絶叫する。

 冷たくなったハクの体に縋りつき、目の前の全てが嘘であって欲しいと叫びながら彼女は涙を流していた。

 

 

 

×

 

 

 

「―———ぷっ」

 

 そんな、カナが必死になってハクの死体に縋りつく姿を、その凶行の元凶――吉三郎は口元を押さえながら見下ろす。何かを耐えるように体を震わせているようだが、徐々に抑えがきかなくなったのだろう。

 

 少年は、ついに醜きその本性を露にする。

 

 

 

「ぷくくく……はははっ……ひゃはっははははははははははははは!!」

 

 

 

 表面上冷静に取り繕っていた仮面を脱ぎ捨て、その表情を愉悦に歪ませ彼は笑い声を上げた。

 

「はははっ! いい……やっぱりいいもんだなぁ~……人間の悲鳴は――」

 

 うっとりとする顔つきで、泣き崩れて絶望に暮れるカナの表情をじっくりと楽しむように吉三郎は息を吐く。

 

「はぁ~……その悲鳴が、その絶望だけが……虚ろなボクの心を満たしてくれる。ああ……最高だ~最高の瞬間だよ。ははははははははっははははははっ!!」

 

 そのまま絶え間なく続く少年の笑い声と、少女の絶望の悲鳴。

 やがて――ピタリと吉三郎の笑い声の方が先に止んでいた。

 

「―—けど……やっぱり駄目だ。まだ足りない」

 

 吉三郎はまるで玩具に飽きた子供のように途端に冷めた目をする。彼はハクを刺し貫いた刀――まるで生き物のように蠢くその刀身を握り直し、未だにハクに縋り続けるカナに向かってその切っ先を向けていく。

 

「この渇きを満たすためには、もっと多くの人間の絶望が必要なんだ。そのために是非とも奴良リクオの悲鳴を聞かなきゃならない。彼は――『僕ら』にとって特別な相手だからねぇ~」

 

 そして、彼は一刻も早く自分の願望を叶えたいとばかりに、その凶刃をカナの首元目掛けてギロチンのように振り下ろした。

 

「さあ、ボクに生きている意味を感じさせてくれ!!」

「―————————————————」 

 

 カナはその刃の軌跡にも、相手の声にも、姿にも目がいっていなかった。

 親しい人の死に胸を痛めて、ただただ泣き崩れるばかり。

 

 あわや、ハクの後を追うように死に絶える寸前のカナであったが――

 

 その刹那――その刃を阻む形でカナの足元から木の根が突き出していた。

 

「っ――!?」

 

 確実にカナを絶命させるはずだった一撃をその木の根に受け止められ、そのまま体ごと弾かれる吉三郎。

 後方に大きく仰け反りつつ、彼が態勢を整えている間、カナとハクの側にその人影は音もなく立っていた。

 

「……やれやれ今日は随分と乱入客が多いことで……今度はどこの誰だい?」

 

 またしてもいいところで邪魔をされ、吉三郎はウンザリと吐き捨てる。

 そんな彼の前に立ち塞がるのは、目つきの悪い浮世絵中学の制服を纏った少年だった。

 

「…………………」

 

 元から仏頂面なその表情を、目つきをさらに鋭くしてその少年―—土御門春明は吉三郎を睨みつけていた。

 

「に、兄さん……ハクが……ハクが!」

 

 春明の登場にようやく顔を上げるカナ。目に涙を一杯に貯め、縋るような視線を彼に向けている。

 

「……とりあえず場所を移すぞ」

 

 カナに向かってそれだけを言うと、春明は何かしらの呪文を唱える。

 次の瞬間――瞬く間に霧が立ち込め、吉三郎の視界を塞いでいく。

 

「はっ! 目くらましかい? こんなもの通じる訳が――!?」

 

 そんなもの小細工だとばかりに、吉三郎は馬鹿にするように鼻で笑う。例え視力を封じられようと自分には聴覚がある。こんなもので逃げられる筈などない。そう、彼は高を括っていた。

 しかし――

 

「……ん? なんだこの霧……ただの霧じゃないのか!?」

 

 吉三郎は眉を顰めた。その霧はオンボノヤスの霧とも別種のもの。まるで妖怪のもつ感覚の全てを妨害するような不思議の霧であった。先ほどの木々を操る術といい、どうやら先ほどの少年はただの人間ではないようだ。

 

「ちっ、陰陽師か。やっかいな!」

 

 吉三郎は思わず舌打ちする。彼はカナを襲撃するにあたり、ある程度彼女の周辺のことを調査してはいたが、春明に関する情報はまだ調べ切ってはいなかった。

 それは春明が浮世絵町に来て日が浅く、それほど頻繁に陰陽術を行使していなかったからである。

 自身の調査不足を指摘されたようで苛立ち気味になる吉三郎。

 そんな彼の心に冷や水を浴びせるように、その冷淡な声が彼の耳に響いてきた。

 

「―—覚えとけ。てめぇはオレが殺す」

「………!」

 

 静かだが、確かな殺意が込められた少年の声。

 霧が晴れ渡る頃には既に春明もカナもハクの死体も何もなかったが、その言葉は吉三郎の耳にいつまでも残り続けていた。

 

 

 

 

 

 

「……とりあえず、ここまで来れば問題ないだろ」

 

 カナやハクを連れ、春明は自宅アパートのすぐ近く。カナが最初にオンボノヤスの霧に引きずり込まれた公園へとやって来ていた。既に辺り一帯は暗く、人気もほとんどなかったが念のため結界を張り、誰も近づけない処置を施す。

 これで当面の危機は回避できるだろうと春明は一息つき、視線をすぐ隣のカナへと向ける。

 

「―—ねぇ、起きてよハク……ねぇってば…………」

 

 カナは春明に助けられたことも、命の危機から脱したこともお構いなしに、ただひたすらハクの遺体へと呼びかけていた。

 そうやって声を掛けていればいつかは目を開けるだろうと、そんな淡い期待を胸に抱きながら。しかし――

 

「―—————————————————」

 

 いくら呼び掛けても返事はない。

 その冷え切った身体が再び体温を取り戻すことも、その瞳が二度と開かれることもない。

 それでもカナは懸命に呼びかけ続ける。まるでその現実を否定するかのように。

 

「ハク……ハク……はくぅ……………」

「……………カナ」

 

 暫くの間、壊れたレコーダーのように同じ名前を呼び続ける彼女を放置していた春明だが、とうとう我慢しきれず彼はカナに声を掛けていた。

 春明にしてはやや優しく、割れ物にでも触れるかのように優しい手つきでカナの肩に手を置いた。

 

「もう無理だ……そいつにはもう……『畏』なんてものはない」

「―—!!」

 

 春明の指摘に息を呑むカナ。

 

『畏』を失う。

 

 それが妖怪にとって何を意味するのか。ずっと妖怪であるハクと過ごしてきたカナには理解できた。

 その言葉の意味を噛みしめることで、彼女はようやく目の前の現実を理解できた。

 

 今、カナの胸に抱かれている一匹のやせた狼。

 その白い毛並みは鮮血で染まり、冷たい身体からは全く体温が感じられない。

 必死に揺り動かすも閉じられた瞳はピクリとも動かず、その口からは二度と呼吸音が吐き出されることはない。

 

「う……う、うぅぅ……………うわぁああああああああああああっああああ…………っ!!」

 

 カナの口から嗚咽が零れ落ちる。

 目から大粒の涙が溢れ出し、悲しみを堪えきれなくなった彼女はその場で泣き崩れた。

 生まれたばかりの赤子のように、見栄も外聞もなく声を上げて啼き叫ぶ。

 春明の結界のおかげでその声は傍らに立つ春明以外、誰の耳にも届きはしなかった。

 

 

 

 その日、カナたち以外の浮世絵町に住む誰にも気づかれることなく、一匹の妖怪が死んだ。

 富士天狗組若頭――木の葉天狗のハク。

 妖怪でありながら、最後まで人間であるカナを案じ、庇いその畏を失い息を引き取った。

 

 その日、カナはまた一つ――新しい悲しみをその胸に刻みつけた。

 

 

 

×

 

 

 

「ちっ、何処に行ったあいつら……」

 

 カナが悲しみに暮れていた頃。その元凶たる吉三郎は逃げたカナと春明のことを探し回っていた。だが彼の『耳』を以ってしても、結界の内部にいる春明たちのことを見つけ出すことは困難である。

 加えて、夜の浮世絵町は奴良組の妖怪たちが頻繁にパトロールしており、思い切った捜索活動ができない。彼はイライラを募らせながら、夜の裏路地をひっそりと徘徊していた。

 

「―—困りますね、吉三郎さん。あまり勝手な行動を取られては」

 

 そんな彼に向かって声を掛ける人影が一人。路地裏の闇夜から滲み出るように歩み寄ってくる。

 

「なんだい、圓潮。僕は今取り込み中なんだよ。愚痴なら後で聞いてやるから邪魔しないでくれないかな?」

 

 話しかけてきたその人影――圓潮に向かって、吉三郎は苛立ち混じりに吐き捨てる。

 圓潮と呼ばれた羽織を纏った噺家の男。彼はそんな風に言葉を返してくる吉三郎の態度に柔和な微笑みを浮かべる。

 

「おやおや、いつもの君らしくない態度ですね。どうやら獲物を逃がして随分とご立腹のようで」

「…………」

 

 図星を刺された吉三郎は押し黙る。そんな彼に向かって少し勝ち誇った表情をする圓潮だったが、すぐに眉間にしわを寄せ、顔つきをやや厳しいものにして彼は言葉を続ける。

 

「まあ……オフの日の遊びで貴方が何をしようと勝手ですが、流石に『それ』を黙って持ち出されるのは見過ごせませんね。次の作戦に必要なものですから、早急に返してもらいますよ。その刀……『魔王の小槌』をね」

 

 それは吉三郎がハクの心臓を刺し貫いた際に用いた刀の銘だ。一見するとボロボロの日本刀にしか見えないが、そこに秘められた力は凄まじく、少なくとも『遊び』感覚で持ち歩いていいものではないと、圓潮は吉三郎を咎めた。

 その指摘に対し、吉三郎はややおどけた調子で肩を竦め、こう主張する。

 

「ねぇ、やっぱこの刀、本格的にボクに預けてみない? 少なくとも四国の田舎狸なんかに間借りするよりは、よっぽど有効活用して見せるからさ~」

 

 どうやら、吉三郎は次の作戦とやらでこの魔王の小槌を他の誰かの手に預けることが不満のようだ。自分の方がもっと上手く扱えると、その刀の譲渡を提案する。

 

 だが、そんな吉三郎の提案は圓潮の後に続くように現れた人物の発言により却下されることになった。

 

「―—相変わらず勝手な奴だな。貴様という小僧は……それでもワシの『一部』か、嘆かわしい……」

「……これはこれは。わざわざこんなところまでご足労頂くなんて、どうもすみませんね」

 

 その人物が現れた途端、吉三郎はおどけた調子や口元の笑みなど、表情の一切を消し、その人物と向かい合っていた。圓潮の後ろから現れた人物。それは三つの目を持った大男。

 

 奴良組系列『三ツ目党』の党首――三ツ目八面であった。

 

 仮にも奴良組の幹部であるそんな妖怪が、なぜ吉三郎や圓潮といった得体のしれない者たちと共にいるのか。  その答えを――吉三郎が皮肉交じりに口にする。

 

「こんなところを出歩いていてよろしいんですか? 表向きはまだ奴良組の幹部なのに……正体がバレても知りませんよ。魔王山ン本五郎左衛門殿……」

 

魔王山ン本五郎左衛門(まおうさんもとごろうざえもん)』。奴良組の古株たちがその名を聞けば、すぐにとある人物を連想するだろう。

 

 

 

 

 それは今より三百十年前。

 当時の江戸の町では『百物語』という怪談を紡ぐ遊びが流行りの娯楽となっていた。

 百物語とは、夜中に百のロウソクで部屋を灯し、何人かで怪談を語っていき一つ語られるたびにロウソクを一本ずつ消していくという遊びのことである。

 最後のロウソクが消えると本物の妖怪が現れるとされるが、現代であればただの肝試し、眉唾のオカルトとしてて片づけられる遊技である。

 だが、当時の江戸は未だ迷信が根強く、色濃い闇を残していた。

 それが真に迫る怪談であれば、本当に妖怪は誕生し、人々に実害を与える。

 

 山ン本という男はそんな語り手の中において、何万という怪異を生み出してきた正体不明の巨漢であった。

 

 彼は産みだした怪異たちを集め、自らの勢力『百物語組』として江戸の闇に君臨した。

 同じく江戸を縄張りとする奴良組と対立し、激しい抗争を繰り広げたのだ。

 幸い、戦い自体はリクオの父親――奴良鯉伴の手によって山ン本が討ち取られ、決着した。

 奴良組の者たちはそれで百物語組は崩壊、全てが終わったと思っていただろう。

 

 

 

 

「ふん、問題ない。連中はワシの存在を忘却の彼方に置き去りにしておる……要らぬ世話だよ」

 

 だが、山ン本は――百物語組は未だ終わってはいなかった。

 彼らは文字通り『百』に別れ、この現代まで生き残った。『口』『耳』『腕』『目玉』などといった身体の一部としてバラバラに地下に潜り、今もその力を蓄え続けている。

 

「なにせワシが偽物の三ツ目八面だということを、疑ってもいないからのう、くくく……」

 

 そして、その代表とも呼ぶべき『脳』は、奴良組の幹部である本物の三ツ目八面を殺して成り代わり、奴良組内部に食い込んでいる。

 いつかくる反撃のチャンスを今か今かと虎視眈々と付け狙っていた。

 

「さあ、無駄話は終わりだ。吉三郎、我が『耳』よ。ワシの『心臓』たる魔王の小槌を返すがいい。奴良組をさらに疲弊させるためにも、四国の田舎狸共には頑張ってもらわなければならないのだ」

「………………はいはい、わかりましたよ」

 

 脳に直接そのように迫られ、耳である吉三郎は渋々といった様子で魔王の小槌を返す。次の作戦の要であるその刀を受け取り、脳はようやく満足げに頷いた。

 

「よしよし、それでよい。さて……ではさっそくこの刀であの小僧を焚きつけるとするか。グフフフ……」

 

 そのように薄気味悪い笑みを浮かべながら、脳は裏路地の闇へと一人消え去っていく。

 

 

 

 

 

 

「ふん……たかが『受信機』の分際で偉そうに」

「こらこら。滅多な口を聞くもんじゃないですよ」

 

 立ち去る脳の背中を見送りながら、吉三郎はつまらなそうに吐き捨て、そんな彼の言動を同僚たる圓潮―—『口』がたしなめる。

 

「脳とはいえ、彼の言葉は紛れもなく山ン本さん本体のもの。決して蔑ろにしていいもんじゃありませんて」

 

 魔王山ン本五郎左衛門の肉体は滅び、その魂は地獄へと繋がれている。脳はそんな地獄で身動きできないでいる本体との交信役である。脳の言葉は山ン本の言葉であり、脳の決定は山ン本の意思でもある。

 故に圓潮の言葉通り、脳である彼の言葉は百物語組にとって絶対に護るべき命令であった。だが――

 

「ふん……くだらない。山ン本の名前なんざ、所詮は雑多な妖を束ねるための方便だろうに……」

 

 どうやら吉三郎はその山ン本本体を毛嫌いしているらしい。不快感を隠そうともせず百物語組のまとめ役ともいえる圓潮にさらに吐き捨てる。

 

「君だって、本当はそう思ってるんだろ、圓潮? こんな繋がり煩わしい。百物語組なんて所詮は形だけのものだってさ?」

「さて、どうでしょうね。それはあたしの口からは、とてもとても……」

 

 吉三郎の問い掛けに対し、圓潮は言葉を濁す。

 それを口にするのは憚れるとばかりに、大げさな動作で口を閉ざした。

 

「……まあいいさ。今は素直に聞いておこう」

 

 そんな態度の圓潮に何かを考え込みながらも、吉三郎は大人しく百物語組の方針に従うことにした。

 

「だが、いずれあの人も思い知るだろう。山ン本の名前など何の意味もないことをね」

 

 最後にそんな不穏な響きを残しつつ、吉三郎もまた浮世絵町の闇に溶け込んでいった。

 

 

 

×

 

 

 

「……カナちゃん。今日も学校や休んでる……具合、悪いのかな?」

 

 とある日の午後。奴良リクオは教室の片隅で一人盛大な溜息を吐いていた。

 浮世絵小学校の卒業式まで、あと一日を残すところとなった今日。既に通常授業は終わり、ほとんどの時間をお別れ会や卒業式の予行練習で消化される時間割が続いていた。

 

 だがその間、家長カナは一度として学校へ登校してこなかった。

 

 担任の話によれば風邪ではないらしいのだが、何故だが学校に来れないとのこと。どうやら先生方も理由がわかってないらしい。

 

「そういえば……カナちゃんの家ってどこだっけ。……駄目だな。肝心なところでボクは……」

 

 リクオはお見舞いに行こうかと思い立つも、肝心の彼女の住まいを知らないことに気づき自己嫌悪。果たしてそんな自分が彼女にしてやれることなどあるのかと、一人悶々と悩み続けていた。

 

 

 

 

「…………どうして……ハク……なんで……」

 

 ハクが亡くなってから、一週間。家長カナは未だに立ち直ることができず、アパートの自室に引きこもっていた。

 寝食を忘れてひたすら『何故』と問い続ける毎日。その体はすっかりやせ細っている。

 しかし、何故と問いかける一方でしっかりと理解している。ハクが死んだのは自分のせいだと。自分を庇ったせいで彼は死んだのだと。

 今のカナは自責の念で一杯だった。そう、まさにあの時と同じ。両親を失い、一人生き残ってしまったことを責めていたあの頃に逆戻りしたよう。その瞳にはあの当時と同じ、虚無が宿っていた。

 ここには富士山のような霊障はないため、カナが妖怪化するような危険性はない。だが、このままでは彼女は二度と自身の力で立ち直ることのできない廃人となってしまうだろう。

 

「おい、いつまでへこんでやがる。そろそろ飯くらい食えや、コラっ!」

 

 ギリギリのところでカナの危機を救った陰陽師の土御門春明。彼はいつまでも悩む彼女の様子にいい加減にしろと怒鳴りこんできた。

 彼とて、初めの頃は空気を察して落ち込むカナをそっとしておいたのだが、流石にこのまま放っておいても事態が好転しないことを悟ったのだろう。

 

「てめぇがそうやってウジウジ落ち込んでたところで、ハクの野郎が戻ってくるわけじゃなぇんだ! いい加減、目を覚ましやがれ!!」

 

 やや強引ではあるが、彼なりにカナを励まそうと声を荒げる。

 

「わかってるよ……わかってるよ……そんなことは……」

   

 だが、春明のデリカシーのない台詞にカナは反論する気力すら湧かない。ただひたすら己を責めるように自身の殻の中に閉じこもる始末であった。

 

「………………ちっ、仕方ねぇな……」

 

 そんなカナの態度に春明は何を思ったのだろう。彼はどこからか一通の手紙を取り出し、それを黙ってカナに差し出した。

 

「? ……なに、これ?」

 

 無言で手渡されたその手紙にカナは疑問符を浮かべる。

 そんな彼女の疑問に、春明は答えた。

 

「あいつの……ハクからの手紙だ」

「―—っ!! ハクからの!? でも……ハクは?」

 

 まさかの差出人にカナは目を見開く。ハクは確かに死んでしまった。彼からの手紙など今更届く筈などないと彼女が驚くと、何故その手紙を自分が持っているのか、その理由を春明は口にする。

 

「一週間前……ちょうど、てめぇとハクが大喧嘩した日の夜だな。「あの子の13歳の誕生日に渡してくれ」って押し付けられたんだよ……まったく、迷惑な話だぜ」

 

 春明はやれやれと溜息を吐くや、強引にその手紙をカナの手に押し付ける。

 

「まっ、少し早いが、別に構わねぇだろ……。せいぜいそれでも読んで、野郎との想い出に浸るこった」

 

 最後まで憎まれ口を叩きながら、彼は部屋を出て行ってしまう。

 

 

 

「ハクからの……手紙」

 

 一人部屋に取り残されたカナ。彼女は春明から手渡されたハクからの手紙を凝視したまま固まる。封を開けられた形跡はない。どうやら渡すように頼まれた春明も何が書かれているのか知らないようだ。

 カナは、震えた手つきで慎重に手紙を開いていく。いったい何が書かれているのか。急いで知りたいという想いがある一方、見たくないという気持ちもある。遺言めいたことが書かれていたらどうしようと、そんな恐怖があったからだ。

 カナはやや躊躇するも一気に覚悟を決め、勢いよく手紙を開いた。

 

 そこに書かれていた文章は――

 

 

 

『カナへ。

 

 13歳の誕生日、おめでとう。この手紙が君の目に入る頃、既に私はこの浮世絵町から離れているだろう。

 君への最後の言葉として、この手紙を送ります。

 

 人間の世界では20歳が成人だが、妖怪の世界では昔から13歳が成人の歳とされてきた。

 その慣例に従い、私も今の君を一人の大人として認めよう。

 実際、君はこの数年間で立派に成長した。勉強も家事もそつなくこなせるようになった。

 もう、私の助けを必要としないくらいには。

 

 私は山に……富士天狗組に帰ることにするよ。

 

 太郎坊様とも、最初からそういう約束だった。

 成人まで君の面倒を見ると。それが過ぎれば組に戻り、また若頭としての役目を果たすと。

 後のことは春明に託してある。

 彼は、自分勝手でデリカシーがない、本当に困った悪ガキだ。

 だが、陰陽師としての実力は本物だ。何か妖怪関係で困ったことがあれば、遠慮なく彼を頼りなさい。

 

 けれど、できることなら、私は君がこの先、妖怪の世界に首を突っ込まない。

 ただの『人』として、平穏無事な一生を送ることを切に願っている。

 

 いつか、君は春菜殿との約束を果たし、半妖の里へ戻ることもあるだろう。

 だが、例え君が富士山に参拝してこようとも、私は君に会うつもりはない。

 私もまた彼と、奴良リクオくんと同じ『妖怪の世界に生きる者』。

 必要以上に関われば、君の人間としての生活に支障を及ぼすことになるだろう。

 

 私は今でも君が奴良組と、奴良リクオに関わることをよしとしない。

 できることなら……この妖怪だらけの浮世絵町からも離れて暮らして欲しいと思っている。

 

 だが――私が何を言おうと、結局のところ最後に全てを決断するのは君自身の意思だ。

 どうか後悔のない『選択』をその手で選び取って欲しい。

 

 君との暮らしは新鮮な驚きの連続で楽しかった。

 私自身、人間とのかかわりをどうするべきか再度考えさせるくらいに。

 きっとこの経験は組に戻った後でも役に立つ、私にとってもかけがえのない財産となるだろう。 

 

 最後に…………一言だけ言わせてくれ。

 輝かしい想い出を――どうかありがとう』

 

 

 

「…………なによ……それ……」

 

 手紙を読み切ったカナは思わず呟く。

 そこに書かれていたの遺言でこそなかったが、ハクの最後の別れの言葉だった。きっとカナが13歳になっていれば彼女の前から立ち去り、山に帰っていたのだろう。言葉では口にしきれない、彼の『本当の想い』がその文章に綴られていた。

 

「……っ、ぅ……うぐ…………っ!!」

 

 枯れ果てたと思っていた涙が再び込み上げて、涙が手紙の上に落ちる。

 カナは文字が涙で掠れてしまうのを嫌い、慌てて手紙を胸元に手繰り寄せた。

 図らずとも最後の遺品となってしまったその手紙―—大切な宝物をギュッと抱きしめる。

 

「ハク、ハクっ――! 私も楽しかった、楽しかったよ――っ!!」

 

 カナは亡くなった彼の名前を天に向かって叫び続ける。

 妖怪たる彼の魂がどのような道筋を辿るのか彼女は知らない。

 だがきっと彼はそこに――善なる人が辿り着ける『天国』にいると信じて――。

 

 そこで今も自分を見守ってくれていることを信じたくて、カナは何度も何度もハクの名を呼び続けていた。

 

 

 

 

「ちっ……面倒なもん、残していきやがって……」

 

 アパートの廊下。カナの部屋の扉に春明は寄りかかり、彼女の叫び声を聞いていた。

 果たして手紙に何と書かれていたのか、春明には分からない。せめて少しでもカナの心が慰められればとハクの言葉を借りたくて今ここで手渡したのだ。

 

 カナほどではないにせよ、春明は今回の一件で罪悪感を抱いていた。

 ハクがみすみす敵の手に掛ったのは、彼が一人で先走ったのもあるが、その後を急いで追い掛けなかった春明自身にも責任はある。もっと早くあの場に駆けつけていれば、彼とてそう思わずにはいられない。

 

「……まっ、後のことは任せて潔く成仏してくれ」

 

 春明は僅かな期間ではあるが、同じ釜の飯を食った仲であるハクの冥福を祈るように目を瞑る。

 ハクに託された最後の願い。せめてそれくらいは面倒を見てやると、心の中で毒づきながら。

 

 

 

「―—あっ!! カナちゃん!?」 

「……おはよう、リクオくん」

 

 卒業式当日の朝。浮世絵小学校の校門前で奴良リクオは幼馴染の家長カナにバッタリと出くわした。

 ここ一週間、めっきり顔を見せなかった彼女の突然の登校に驚き半分、嬉しさ半分でリクオはすぐに歩み寄る。

 

「どうしてたの!? ずっと学校に来ないで心配して――――カナちゃん、大丈夫? 何か顔色が悪いみたいだけど……」

 

 だがカナの表情を見るや、リクオはそのように問いかけていた。彼女の顔色、まだ元気がないようでどこか青白い。また体もやせ細っており、目も真っ赤に腫れあがっている。いったい、顔を合わせなかったここ一週間で何があったのか、尋常ではない何かを感じさせる。

 しかし、心配するリクオをよそに、カナはいつも通りの笑顔を浮かべて彼に笑いかけた。

 

「大丈夫だよ、リクオくん。私はもう大丈夫……もう十分……たくさん泣いたから」

「え……あ…………」

 

 大丈夫と、リクオに言い含めるというより、まるで自分自身に言い聞かせるような口ぶりだった。そんな彼女の意思にリクオはそれ以上先に踏み込むことができなかった。

 

「ほら、ぼさっとしてないで行こ!! 今日でこの校舎ともお別れなんだから、ちゃんと想い出作らないね!!」

「う、うん……そうだね……」

 

 リクオの肩を叩き、カナは早く行こうと彼を急かした。

 未だに戸惑いつつもリクオはカナの後に続くように敷地内へ。卒業式の会場である体育館へと向かう。

 

「―—あっ! そうだ……リクオくん」

 

 下級生たちによって華やかに飾り付けられた体育館に辿り着くや、カナはリクオの方を振り返る。

 少し影を残しながらも、満面の笑みでリクオに向かって語り掛けていた。

 

「中学校……同じクラスになれるといいね!!」

「―———う、うん、そうだね!!」

 

 カナのその言葉にリクオは同意するように笑顔で答えていた。

 

 

 

 ――ごめんね。ハク……。

 

 ハクの手紙で励まされ、カナは学校に通えるくらいには回復した。彼女はリクオと談笑しながら、亡くなったハクに心の中で詫びていた。

 彼の最後の望み。自分が妖怪世界に関わらないで欲しいという願いを、結局カナは聞き入れなかった。

 リクオの側にいることを自らの意思で『選択』したのだ。

 

 この浮世絵町で自分の存在を一番最初に受け入れてくれた大切な幼馴染。彼を護る為にも自分が頑張らなくてはと、彼女は使命感に燃えていた。

 

 ―—それに……あいつのことも、放っておけないし……。

 

 カナは空を見上げながら、憎き仇――吉三郎のことを考える。

 彼は自分と相対しているときも、たびたび奴良リクオの名前を出してきた。きっと近い将来、リクオに対し直接的な方法で危害を及ぼしてくるはずだ。

 

 そのときが来たら――自分はどうなるのだろう?

 

 リクオを護ることを第一に考えて動くか? はたまた憎しみに囚われて再び我を忘れるか?

 

 今はまだ分からない。だが、その答えを知る為にもここで逃げるわけにはいかない。

 いつか来るであろうその日を――彼女は静かに待ち続ける。

 

 

 

×

 

 

 

 ――ほんとに、色々なことがあったな……。

 

 現在。太郎坊の屋敷にて。

 家長カナはハクが亡くなった後の数ヶ月間を思い返していた。

 

 

 

 中学校に上がったカナとリクオは同じクラスになれた。

 だがそのことを喜ぶのも束の間、目まぐるしく変化する日常にカナは忙しい日々を送ることになる。

 

 中学での暮らしが慣れ始めた頃、リクオは清継たちに付き合う形で旧校舎へ探検に赴いた。

 こっそりと彼を護衛するため、春明に頼んで変装用の衣装、式神で出来た巫女装束を仕立ててもらい、正体を隠すためお面の付喪神である面霊気―—コンちゃんを貸して貰った。

 結果、カナはリクオを助ける為、謎の妖怪として彼の前で初めて力を行使する。

 

 その次の休日。学校の七不思議を調査していたカナはそこでリクオと同じ半妖の少女―—白神凛子と出会った。

 半端者と他の妖怪に罵られていたところが昔のリクオと重なり、カナはたまらず凛子に助け舟を出す。それをきっかけに、カナは凛子と友達になった。

 

 休日明け。カナのクラスに転校生がやってきた。その生徒の名は花開院ゆら。

 京都で陰陽師として活躍する花開院家の末裔。彼女は妖怪の総大将――ぬらりひょんを退治する為、浮世絵町にやって来たという。陰陽師は妖怪であるリクオの敵だが、そのゆらにカナは何度か助けられた。今では大切な友人の一人だ。

 

 清継が清十字団なるものを結成し、ゴールデンウィークにカナたちは捻眼山へと合宿に行った。

 その山は本当に妖怪たちの巣窟であり、カナは皆を助ける為、リクオ以外の友人たちの前で例の巫女装束姿を披露した。幸い正体こそバレなかったものの、彼女の存在は彼らにとって一つの疑惑の種となったことだろう。

 

 とうとう、カナは13歳の誕生日を迎えた。

 本来であれば、この日にハクとお別れすることになっていたのだろう。そう思うと、どうにも誰かに祝われる気持ちになれず、誰にも誕生日のことを話しはしなかった。

 だが、清十字団の団長である清継は律儀にメンバー全員の誕生日を覚えてくれていたようだ。誕生日プレゼントを貰い、皆がおめでとうの言葉でカナを祝福してくれた。

 その誕生日の翌日だっただろうか。白神凛子が清十字団入りし、彼女はカナ以外の子たちとも親しくなった。

 

 お祝いムードも束の間、それから暫くして彼ら――四国八十八鬼夜行が奴良組に戦いを挑んできた。

 通り魔的に襲われる人間たち。カナのクラスメイトも被害にあった。さらに連中はリクオの命を狙って直接中学校に乗り込んできた。ハクが懸念していたことが、ついに現実のものとなってしまったのだ。

 それでも、カナは逃げずにリクオを護ろうと槍を握る。だがその結果――彼女はついに知ってしまう。リクオの本当の正体を。彼の闇での姿を――。

 

 四国の騒動が収まった後。カナはずっと悩んでいた。

 リクオの力を前に自分の力など必要ないのではと? カナが護らずとも彼は十分にやっていけるのではと?

 何だか自分の存在理由を否定されたようで、カナは戦う意味を見失いかけていた。これを機にただの人間としての生活に戻るかと、そんなことまで考えるくらいだ。

 だがそんなカナの不安を、他でもないリクオが否定してくれた。正体を隠した状態であったとはいえ、彼は彼女の力が必要だと、カナに自分の――百鬼夜行に加わってくれないかと誘ってくれたのだ。

 最初はそれに戸惑っていたカナだが、徐々に考えが変わっていき――――そして、彼女は決意した。

 

 リクオの百鬼夜行に入ろう。

 正体を隠したままでもいい。彼のもっと側で彼の力になりたいと望むようになった。

 

 だが今のカナでは力不足だ。リクオを護る為にも、彼の役に立つ為にも、自分自身の力をより磨こうと彼女は修行のためにここへ帰ってきた。

 本当であればハクがいる筈だった、この富士天狗組に――。

 彼をみすみす死なせてしまったカナが、その門を叩いていた――。

 

 

 

 

 

「―—まあよい……全ては過ぎ去りし昔日だ」

 

 だが富士天狗組の組長たる富士山太郎坊は決してカナを責めようとはしなかった。

 彼はカナに妖怪になってみるかと誘ってみるが、彼女が決してその誘惑に乗らないことを悟るや、過ぎ去った過去――ハクのことを思い出しながら天を仰ぐ。

 

 彼がその命を賭して守った人間の少女――カナの成長を感じ入るように目を瞑る。

 

「……言っておくが、生半可なものではないぞ」

 

 そして、太郎坊はカナに改めて向き直り、彼女に前もって警告を入れる。

 

「本来であれば一つの神通力ですら、人の身に余るもの……それを全て解放しようなど自傷行為に近いものだ」

 

 太郎坊はカナの修行方法――『神足』以外、残り五つの神通力を解放するという行為の危険性を語る。

 確かにそれらを身に付けることができれば、多少なりとも妖怪との戦いに有利に立ち回れるようになれるだろう。だが、そんな人ならざる力をカナの歳で身に付けて、どのような変調が体に出るかわかったものではない。

 代償は未知数――富士山太郎坊の目を以ってしても見極められない。

 

「それでも……やるのだな?」

 

 きっと、これが太郎坊の最後の警告だ。

 この問いかけを最後に、もう太郎坊も二度と余計な気遣いを見せることはなくなるだろう。

 ここで引き返せば、カナは『人間』として平穏な毎日を送ることができる。

 戦いとは無縁、命の危機など決して訪れない、普通の人間としての一生が――。

 

 それをしっかりと理解した上で、カナは答えた。

 

 

 

 

「―—はい、覚悟はできています」

 

 

 

 

 たとえ平穏な日々と引き換えでも構わない。それでも自分はこの道を歩んでいくと決めたのだ。

 傷つき、倒れてでも前に進んで行こうと――。 

 

 

 

 

 こうして、今日という日を境に、家長カナという少女の戦いの日々がより一層過酷なものとなっていった。

 

 

 

 

 




補足説明
 魔王山ン本五郎左衛門
  原作において。序盤の方で名前が出てきましたが、本格的な登場は原作コミックス18巻辺りから。
  詳しいキャラなどは、是非原作を読んで確認してください。
  作者的にはわりと好きな『敵キャラ』です。最初はただの意地汚い商人ですが、『魔王』になってからの暴走っぷりに、他のキャラにはない執念を感じる。

 百物語組
  魔王となり、『百』に別れた山ン本たちが集まってできた組。
  幹部はそれぞれ『口』『耳』『腕』『面の皮』『骨』『鼻』『脳』が務める。
  彼らが活躍する『百物語編』はアニメでは未放送ですが、ぶっちゃけ作者は京都編よりこっちの方が好きかもしれない。
  だって、カナちゃんも出てくるしな!!

 圓潮
  山ン本の『口』。
  リクオからも他の奴等とは違うと太鼓判を押されるほどの存在感。
  奴良組はおろか、産みの親たる山ン本ですら手玉に取る策士。
  ………………でも、最後は――――。
  
  
  

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