家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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令和一発目の更新!!
ホントはゴールデンウィーク中に更新したかったけど、まったく休みがなくて無理でした!!
ようやく落ち着いたので、どうかよろしくお願いします。


さて、ゲゲゲの鬼太郎の令和一発目『泥田坊と命と大地』ですが、色々と考えさせられる内容でしたね。
最後も決して完全なハッピ―エンドではありませんでしたが、それでも自分はあれが最善の結果だと思っています。ホントに、あの親子が死なないで良かった……。
と、シリアスになったところで次回のタイトルが『狒々のハラスメント地獄』。
…………狒々様何やってんの? 猩影くんが泣いてるぞ!!


肝心の本編ですが、カナちゃんの出番は暫くお休み。
彼女がバトルヒロインになった影響で至る所でバタフライ効果が出ていますが、基本は原作通りに話を進めていきます。
それでは、どうぞ!!



千年魔京編
第四十三幕 告げられた真実


「ったくよぉ~。俺の名前を語ろうなんざ、いい度胸じゃねぇか!」

「まぁまぁ、青よ。これも奴良組の権威が再び大きくなった証ではないか」

 

 とある日の夜。化け猫横丁の妖怪キャバクラにて。

 奴良組の特攻隊長である青田坊と黒田坊の二人が店のソファーに腰を下ろしていた。

 

 同じ特攻隊長として普段は何かと張り合い憎まれ口を叩き合う二人だが、長い付き合いということもあり、決して仲が悪いわけではない。こうして夜な夜な、二人だけで居酒屋を巡って飲み歩くこともザラである。

 リクオに認められた者のみが着用できる『畏』の代紋の入ったハッピを纏い、彼らはほろ酔い気分で気持ちのいい夜風に当たっていた。

 

 だが、意気揚々とこの妖怪キャバクラに訪れたところでその気分に水を差される。何やら店の女の子が全員とある客に集中しており、その客は『奴良組の特攻隊長』と名乗っていたらしい。

 勿論、本物の特攻隊長は自分たち。先に店に訪れていた自称特攻隊長は青田坊と黒田坊の姿かたちを真似たそっくりさん。真っ赤な偽物だったのである。

 自分たちの名を語り、奴良組の威光をひけらかす不届き者を当然許すはずもなく、青田坊はその怪力で容赦なく偽物たちをとっちめ、店から叩き出した。

 黒田坊はそんな虎の威を借る狐が現れるようになったのは自分たち奴良組の力が強くなった証拠だと、それほど怒ってはいなかったが、青田坊などは偽物をぶちのめした後もご立腹な様子で酒をあおっていた。

 

「——なぁ……青田坊。リクオ様のこと正直どう思う。奴良組の未来についても……」

 

 ややあって。その店での酒が進むにつれ、黒田坊が青田坊にそのように問い掛ける。

 

 奴良組の幹部として、リクオの側近として。彼らは常に組のこと、リクオのことを考えている。

 リクオのことを、昔はただの総大将の可愛い孫としか思っていなかった、青田坊。

 幼少の頃は悪戯ばかり仕掛けられ、そのことをやや根に持っている、黒田坊。

 昔の印象こそ個人によって違うが、今のリクオの活躍ぶりに二人は大いに満足している。化け猫横丁周辺の店を再興できたのも、この辺りを支配していた窮鼠を打倒したリクオの器量によるところが大きい。

 そして先の四国戦においても、リクオは立派に大将を務めた。

 

「あんときは立派だったぜぇ。盃を交わしたのは間違いじゃないと思わせてくれた」

 

 そのときのリクオの活躍を思い出し、青田坊は先ほどの機嫌の悪さが嘘のよう。嬉しそうに酒を傾け、黒田坊に自身の喜びを語っていた。

 

「そうだな。確かにリクオ様は立派になられた。成長し、強くなられた……だが——」

 

 そんな青田坊の意見に概ね同意しながらも、黒田坊はやや言葉を濁す。

 

「……少々甘い部分も見受けられる。子供ゆえの、精神的弱さというものかもしれんが」

「黒?」

 

 黒田坊のその意見に青田坊は疑問符を浮かべる。それはいったいどういう意味かと、彼に話の続きを促した。

 

「例の……狐面の娘の話は聞いたか? 何でも、リクオ様が夜の散歩をしていたところ。たまたま奴と鉢合わせしたらしい。そのままその娘を連れて、化け猫屋の敷居を跨いだという話だ」

「なに……? 初耳だぜ」

 

 それはつい先日。丁度化け猫屋の賭場でちょっとした騒ぎがあった日の夜だった。偶々遭遇した彼女——たびたびリクオの前に現れる、狐のお面で正体を隠した巫女装束の女。彼女を堂々と酒の席に誘い、そのまま何の警戒もなく馴染みの店に連れてきたという話だ。

 

「何を話したかまでは伝え聞いてはいないが……正直、そんな正体不明な相手と側近の護衛もなく立ち会うなど、不用心だと思わんか?」

 

 黒田坊がやや辛辣な言葉でリクオの行動を非難しているが、これも彼の身を案じればこそ。その女がリクオに対して何かしらの危険な行為に及ばないとも限らない。彼はそういった用心をリクオに怠って欲しくないと、彼の甘さに関して苦言を呈していた。

 

「俺は……問題はないと思ってる。少なくともあの女に関してはな……」

 

 しかし、そんな黒田坊の心配に対し、青田坊は別の意見を口にする。

 

「これまでも、あの女はリクオ様の前に現れてはその危機を幾度となく救おうとした。害そうと思えばいつでも危害を加えられた筈だ。今更、あの女がリクオ様をどうこうしようなどとは思えん」

「む、確かにそうかもしれんが、しかしだな……」

 

 青田坊の返答が思いがけないものだったのか、黒田坊は若干気後れする。それにも構わず、青田坊はさらに続けた。

 

「それに俺はあのとき見たんだ。あいつが、奴良組も四国妖怪も関係ない。両陣営の妖怪を助けようとしたところを……」

 

 それは四国との決戦時。暴走した玉章が敵味方問わず妖怪を斬り殺さんとしたときだった。

 あの時、狐面の少女は敵味方問わず、玉章の魔の手から一匹でも多くの妖怪を逃そうとその手に持った羽団扇の突風で彼らを刀の間合いの外へと吹き飛ばしていた。助け方こそ荒っぽいものだったが、確かにそれで救われた命もあった。その光景を直に見た青田坊としては、その心意気を信じてやりたいというのが個人的な意見だった。

 

 だが——

 

「だが……『もう一人』の方は別だな」

 

 厳しい顔つきでそう呟きながら、青田坊は脇腹の部分をさする。そこはあの四国戦の後、狐面の少女の正体を暴こうした自分に対して行われた、『殺意ある攻撃』を受けた箇所だった。

 

「あの不意を受けた一撃。間違いなく俺を殺すつもりで放たれたもんだ。脅しとか、牽制とか。そんな生易しいもんじゃねぇ。並みの妖怪なら、あの一撃でオダブツだっただろうさ」

「ほう、それほどのものだったのか……」

 

 何気に自分の頑丈さの自慢を入れつつ、青田坊はその攻撃を行ったと思われる相手——狐面の少女の仲間と思しき謎の声の存在について警戒を匂わせる。

 

『——おい、いつまで遊んでいるつもりだ』

『——用はもう済んだんだろ? とっとと先に家に帰ってろ。殿は俺が務めてやるからよ』

 

 その口ぶりから察するに、狐面の少女の撤退を援護するように周囲の街路樹を暴れさせたのも、おそらくあの声の主の仕業なのだろう。

 狐面の少女とその声の主。少なくとも二人、この奴良組のシマに正体不明の何者かが潜んでいることは警戒に値することかもしれない。

 

「まあ、いずれにせよ。お前の言う通りかもしれんな、黒よ」

 

 青田坊はグラスに入った酒をグイッと飲み干しながら、自分の意見を総括する。

 

「あの声の主に関しては勿論、あの娘っ子の方にも十分注意しておくさ……。なに、この俺の目が黒いうちは下手な真似はさせねぇ! たとえ何があろうと、俺たちがリクオ様を全力で護ればいいだけのことさ!!」

「……ふっ、そうだな。そのとおりかもしれん」

 

 単純な青田坊の答えに黒田坊は若干呆れつつも、その言葉に大きく頷き、彼もまたグラスを掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

「あ~~~むかつく~。アイツのどこにモテる要素があるってんだ? 俺だって特攻隊長だってーのに!!」

 

 その後。仕事の話ばかりしている二人に店の女の子たちがワイワイと寄ってきた。しかし、何故だか知らないが青田坊にはすり寄らず、黒田坊ばかりに身を寄せる犬妖怪の若い娘たち。黒田坊のルックスを考えればある意味当然なのかもしれないが、青田坊はそれがお気に召さなかったらしい。

「なんで俺には来んのじゃあっ!!」と癇癪を起こし、店の物をいくつか盛大にぶっ壊して一人外を飛び出していた。

 現在、青田坊は化け猫横丁を抜け、人間が往来する繁華街を堂々と闊歩している。妖怪は任意に姿を隠すことができ、通常の人間であれば彼れの存在に気づきはしない。

 

 

 しかし、そんな青田坊の存在に気づき、黒い外套を纏った二人の男が彼の方を振り返った。

 

 

 片方の男は身長だけなら青田坊にも引けを取らない長身の美男子。だがその表情からはおおよそ感情というものが感じられない。外套の下には洋装を身に付けており、靴もブーツを履いている。

 もう片方の男は平均的な男性より、やや背丈の低い目つきの悪い男。外套の下は着物。一本歯の下駄を履き、少しでも身長を高く見せようとしている努力が涙ぐましい。

 

「……う、うう…………」

「た、たすけ、て……」

 

 そんな二人組の足元に、つい先ほどまであの店にいた青田坊たちの偽物が転がっていた。

 ひどく痛めつけられたのだろう、ボロボロの虫の息で地面に這いつくばっている。

 

「なんだ、てめぇら。そいつらに何をっ!!」

 

 その有り様に流石に同情して声を荒げる青田坊だったが、そんな彼の憤る様子を涼しい顔で受け流し、身長の低い男の方が冷酷な声音で呟いた。

 

 

「——魔魅流(まみる)。もう一匹出たぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………何やってんだ、青田坊?」

「! あ——ん……」

 

 翌日の朝。夜通し飲み歩いた黒田坊が、そろそろ奴良組に帰ろうと繁華街を歩いていたところ。彼はゴミ捨て場で伸びている青田坊の姿を発見した。

 ただ単に酔いつぶれて寝ていたかのようにも見えるが、よくよく観察するといたる所がボロボロである。その姿を見れば分かる、彼は何者かと戦い——そして敗れたのだ。

 

「油断でもしたのか? 喧嘩で負けるとは。奴良組特攻隊長の名が泣くぞ。……で、誰にやられた?」

 

 その情けない姿に呆れながらも、黒田坊は喧嘩の相手が誰だったのかを問う。ひょっとしたら昨日の夜に話した狐面の少女か、あの声の主にやられたのかとも思った。

 だが青田坊の口からは予想外の返答が出て、黒田坊を驚かせた。

 

「…………人間」

「は? 人間? バカな。だとしたらいよいよお前もやきがまわったな! 酔いを言い訳には出来んぞ!!」

 

 よりにもよって人間との喧嘩に後れをとったという事実に、本気で失望しかける黒田坊。厳しい口調で情けないと、青田坊を責める。だが——

 

「いや……それは関係ない。ガチでやってもわからんかった。そんな人間と出会った。この『骸の数珠』を外してしまおうかと思えるほどの『人間』に————」

「…………」

 

 その言葉に黒田坊は押し黙る。

 青田坊が首にかけている骸の数珠は、彼の大きすぎる力をセーブするために付けられているものだ。

 セーブするといっても、それでも並みの妖怪など物の数ではない怪力を誇るのが奴良組の特攻隊長。

 そんな彼が言い訳もせず、全力を出してでも戦おうと思ってしまった——人間。

 

「にわかには信じられんが……妖怪と同等の力を持つ人間……あるとすればそれは——」

 

 黒田坊は青田坊の話を聞き、彼への失望を取り消す。それと同時に最大限の警戒心を宿し、その人間のことを考える。

 もしもそのような人間がいるのであれば、可能性は限られてくる。

 妖怪と互角に戦える人間、酒が入っていたとはいえ奴良組特攻隊長を倒すほどの人間。

 偶然か否か、そのような力を持った人間が、少し前からこの浮世絵町に滞在している。

 

 妖怪の天敵。人間の護り手。

 人間は敬意を持って。妖怪は敵意を持って彼ら、彼女らのことを古来よりこう呼んでいた。

 

 

「——陰陽師」

 

 

 

×

 

 

 

「ゆらちゃん~!!」

「ゆらちゃんや~い~」

「花開院さん——!」

 

 夕暮れ時の川辺。浮世絵中学清十字怪奇探偵団の団員である女子たちの声が橋の下で木霊する。

 既に中学校は夏休みに突入している。本来であれば限りある青春を謳歌する為、友達と遊び惚けていたいところであったが、彼女たちはとある事情から一人の少女——花開院ゆらの行方を捜しまわっていた。

 

『もしもし~!? どうだい、見つかったかい? 花開院さんは!!』

 

 ゆらを捜す女子グループの一人、金髪の巻妙織の呪いの人形——もとい携帯電話に清十字団の団長である清継から連絡があった。

 団員が持つ携帯は全て清継が支給したものだが、その携帯は何故か全て呪いの人形とも呼ぶべき妖怪を模した人形の中に本体が埋め込まれている。

 清継の美的センスを疑いつつも、巻は仕方なしにその人形を耳元に近づけ、清継との通話に応じていた。

 

「あのね!! 浮世絵中捜すたって無理に決まってんだろ、どんだけ広いと思ってんだ!!」

 

 元々、ゆらを捜そうと提案してきたのは清継だった。

 彼は同じ清十字団のメンバーであるゆらが一学期の終業式以降、一向に自分たちの前に顔を出さなくなったことを心配し、皆に手分けして捜すよう声を掛けていたのだ。

 勿論、彼女のことを心配してるのは巻や他の女子たちとて同じだ。だからこそ、こうして朝から皆でゆらのことを捜しまわっているのだ。

 しかし、何事にも限界というものがある。浮世絵町は昔からここに住んでいる自分たちですらよく分からない場所も多くて広い。とてもではないが、中学生である自分たちだけで捜し出せるとは思えなかった。

 

『そんなことないよ!! 諦めなければいつかきっと通じ合える!! 早くしないと夏休みがお——』

「はぁ~……」

 

 しかし相変わらず前向きで、必ず見つけ出せると信じて疑わない清継は尚も諦めずに捜索を続けるよう電話越しに促す。巻はそんな清継との電話を途中で切り、一緒にゆらを捜していた面子に愚痴を溢す。

 

「無茶言うよな~、清継くんは……なぁ、鳥居?」

「そうだよね~。ゆらちゃんの陰陽師の力とか……そういうの感じ取れればいいんだけどね」

 

 同意を求める巻の言葉に、親友の鳥居夏実がそのようなことを呟く。

 

 花開院ゆらは陰陽師だ。自分たちのような普通の人間にはない、不可思議な力を体得している。これが漫画やアニメなら、その力をビビビッと感じ取り、彼女の居場所を探り当てることもできるかもしれない。

 だが現実はそうもいかない。たとえそのように力を感じ取れる能力があったとしても、自分たちのような一般人には無縁なものだと、鳥居は溜息を吐く。

 

「……ごめんなさい。私も、そういった力はもってなくて……」

 

 そんな鳥居の溜息に対し、何故か心底申し訳なさそうに顔を下げる少女が一人いた。

 清十字団のメンバーでもあり、巻たちより一つ先輩の女子——白神凛子であった。

 

「何言ってんの! 凛子ちゃんが謝るようなことじゃないし!」

「そうですよ、凛子先輩!! そんな便利な力、アニメの中だけですって!!」

 

 真剣に落ち込む凛子に対し、二人の少女はフォローを入れる。所詮自分たちは普通の人間なのだから、そんな力などある筈もないのだと。

 しかし、彼女たちは知らないことだが、凛子は普通の人間ではない。

 彼女は八分の一が妖怪。『半妖』と呼ばれるカテゴリに属する存在だ。

 そんな彼女にとって、力がないというのは一種の地雷。昔ほど半妖という無力で中途半端な立ち位置にコンプレックスを抱いているわけではないが、やはり気になってしまうものだ。

 

 そんな気持ちをひた隠しながら、凛子は少し前から気になっていたことを巻と鳥居の二人に尋ねていた。

 

「ところで……今日はカナちゃんは? 一緒じゃないの?」

 

 清十字団の女子たち。巻と鳥居、そして先ほどから向こう側で何やらご立腹の様子の及川つらら。ゆらと自分を除けばもう一人。清十字団の女子には家長カナがいた筈だ。

 カナの人となりを知っている凛子からすれば、皆が必死になってゆらを捜している中、カナ一人だけが何の捜索活動もせずサボっているとは考えずらかった。

 すると、凛子のその疑問に鳥居が答える。

 

「ああ、カナなら夏休みに入ってすぐに実家に帰っちゃいましたよ? 数週間くらいは実家で過ごすって……」

「? えっ、カナちゃんの実家って、浮世絵町じゃなかったの?」

 

 何気に初めての情報に首を傾げる凛子。すると巻は不思議そうに凛子に尋ねていた。

 

「アレ? そういえば凛子ちゃんには言ってなかったけ? カナ、今は親元と離れて一人暮らししてるって」

「……初耳だわ」

 

 カナが妖怪の世界に詳しいことを知ってはいても、彼女のそういった事情に関しては何気に初耳な凛子。聞かなかった自分も自分だが、何気に寂しいような微妙な気分にさせられる。

 

「ねぇ……その話、もっと詳しく聞かせ——」

 

 せっかくだからこの機会にもっと詳しく聞いておこうと、凛子は改めてカナについての話題を振ろうとした。

 

「あ~、日が暮れて来たよ!」

「ホントだ! もう帰った方がいいんじゃない?」

 

 しかし、夕日が沈みかけているのを見て、巻と鳥居の二人がそろそろ帰った方がいいのではと提案してきた。

 

「……そ、そうね……残念だけど、そうした方がいいかもしれないわ」

 

 彼女たちの言葉にがっかりしつつも、凛子もそれには同意せざるを得ない。

 奴良組の本拠地、妖怪たちの住処なだけあって、夜の浮世絵町は色々と物騒だ。万が一ということもあるため、これ以上ゆらの捜索にも、凛子自身の勝手な都合にも突き合わせるわけにはいかない。

 

 ゆらを捜すのも、カナのことを聞くのもまたの機会にすることにして、凛子たちはその場で解散となった。

 

 

 

×

 

 

 

「花開院さん? こんなところにいたんだ」

「奴良……くん?」

 

 凛子たちが解散となっていた丁度その頃。古びた廃墟に一人、陰陽師の修行をこなしていた花開院ゆらを、清十字団の名誉会員である奴良リクオが見つけ出していた。

 

 リクオは半妖ではあるが、ぬらりひょんの孫である。彼は凛子とは違い、妖怪としての力を色濃く祖父から受け継いでいる。そのためなのか、彼はゆらが陰陽師として放つ力の気配をなんとなくではあるが察することができていた。

 本人にその自覚はないだろうが、その気配を辿ることでゆらが秘密裏に修行を行っていたこの廃墟で彼女を見つけることができたのだ。

 リクオが半妖であることは清十字団内では同じ半妖の凛子しか知らない(と、リクオ本人は思っている)。

 実際、昼間のリクオは本当に只の人間そのものであり、そう大したこともできない。

 誰も彼を妖怪などと、疑いもしないだろう。

 

 そう——昼間の彼だけを見ていれば。

 

 

 ——ああ……ダメや。一度疑うと……悪い方に辻褄が合ってしまう。

 

 

 ゆらは今、奴良リクオという人間を疑っていた。

 彼がただの人間ではない。妖怪と何かしらの関係があるのではないかと。

 

 きっかけは一学期に行われた生徒会選挙でのことだ。

 他の生徒たちには清継の演出ということで片づけられた騒動だが、確かにあのとき、あの場では妖怪が暴れ回っていた。

 巨大な犬の妖怪に、氷を操る妖怪。首が浮いていた妖怪や、巫女装束を纏った狐面の少女。

 

 そしてあの男——妖怪の総大将。

 その妖怪の総大将は、まるでリクオと入れ替わるようにステージに現れた。

 

 その事実に何かあると睨んだゆらは、リクオの幼馴染でもあるカナにそれとなく探りを入れてみた。彼の昔の写真などを見せてもらおうと、アパートまで押しかけたほどだ。結局、色々あってアルバムを見せてもらうことは叶わなかったが。

 しかし、いざ本人を目の前にすると、そんな疑いの気持ちが揺らいでしまう。

 

「お腹減ってるの? 丁度良かった! チョコ、一個だけだけど食べる?」

 

 修行に没頭するあまり、食事を取るのを忘れて盛大にお腹を鳴らしたゆらに対し、彼はそっとチョコレートを差し出してくれた。いつものように人当たりの良い笑顔で、ゆらの身を心配しながら。

 

「…………ありがとう」

 

 ゆらはそのチョコレートを受け取りながら思った。

 こんな優しい笑顔ができる少年が、妖怪などという『絶対悪』と絡んでいるわけがないと。

 

 ——そうや、違う。こんな奴良くんが、妖怪と繋がるわけないやん。

 

 きっと自分の思い過ごしだと、考え過ぎだと。

 友達である彼の笑顔を、その親切を信じた。

 

 

 

 

 そう…………信じたかった。

 

 

 

 

「——やっと、見つけたぜ。ゆら」

「! お、お兄ちゃん……?」

 

 聞き覚えのある声にゆらは振り返る。

 すると、そこには黒い外套を羽織った着物の男——花開院竜二が立っていた。

 

 花開院竜二(けいかいんりゅうじ)

 花開院家本家の長男にして、花開院ゆらの実の兄であり、手練れの陰陽師でもある。

 彼は陰陽師として、ゆらよりも多くの実戦経験をこなし、より多くの妖怪をその手で葬ってきた。

 正直、ゆらはこの兄のことがかなり苦手であった。何かとゆらのことを貶めたり、辱めたりすることばかり口にし、陰陽師としてのゆらの采配にもちょくちょく駄目だしするなど、毒舌が絶えないのだ。

 

「……な、何しに来たん、お兄ちゃん?」

 

 ゆらは思いがけない兄の登場に驚いていた。何故、彼が守護すべき京都の地をほっぽり出して、この浮世絵町にいるのかと。

 

 ここ数年、京都の地では妖たちが頻繁に人前に出没するようになっていた。それは約四百年前、当時の花開院家の当主である花開院秀元(けいかいんひでもと)の施した封印『慶長の封印』が弱まったせいである。

 慶長の封印とは京都から妖を退散させるため、十三代目秀元が京の地に施した螺旋の封印である。この封印のおかげで京の地は四百年、妖に侵略されることなく平和を保ってきた。

 

 だが、永遠に続く封印などあり得ない。

 

 封印の効力は徐々に薄まり、この現代でその効果を失おうとしている。

 今はまだ妖が洛中に入り込むような事態にはなっていないようだが、それでも封印の外側では結構な数の妖が湧いて出てくるようになっていた。

 竜二の役目はそういった封印の外側に寄ってくる妖を退治することであり、それなりに重要度の高いお役目の筈だ。彼の代わりがいないわけではないが、そう易々と京都を留守にしていい立場でもない。

 

「………………」

 

 そういった疑問をぶつけたゆらの質問に対し、竜二は答えなかった。

 再会した瞬間は笑みを浮かべてゆらに歩み寄ってきた彼だが、何故かその歩みを止めゆらを——正確にはゆらの後ろで戸惑っている、リクオに向かって眼を飛ばしている。

 

「竜二……」

 

 立ち止まった竜二の後方から異様に背丈の高い男が歩み出る。

 ゆらはその男のどこかで見たことのある風貌に眉を顰めた。昔、よく子供の頃に遊んでもらった分家の魔魅流という少年に似てはいるが、雰囲気がまるで違う。おそらくは別人だろうと、ゆらは意識を実の兄の方へ向ける。

 

「なにしにって……ゆらぁ。そりゃお前……陰陽師は基本、妖怪退治だろうが——」

 

 竜二は長身の男を制しながら、ゆらの質問に答える。

 その懐から、一本の竹筒を取り出しながら。

 

「なっ!! お兄ちゃん!?」

 

 竜二がやろうとすることを察し、ゆらは大慌てで身構える。

 あの竹筒には竜二の式神『飢狼』が仕込まれている。飢狼は巨大な狼を模した水の式神である。ゆらは竜二の仕事を何度か側で拝見し、その飢狼が多くの妖怪たちを屠ってきたところを何度も目の当たりにしてきた。

 

『ガァアアォォォ!!』

 

 案の定、竜二はその竹筒の蓋を外し、飢狼を自分とリクオに向かって放ってきた。

 

「危ない! リクオくん!!」

 

 ゆらは咄嗟にリクオを突き飛ばし、自分も後方へと下がって間一髪で飢狼の牙から逃れる。

 

「な、何するんや! いきなりっ!!」

 

 突然の兄の暴挙に、当然のようにゆらは抗議の声を上げる。

 だが竜二は取り合わず、ゆらの頭を抑えつけるように掴み、彼女の耳元で囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ゆら……そいつは? そいつは……『何だ』?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何や……?」

 

 ドキっと、ゆらの心臓の鼓動が高鳴り、体中から冷や汗が噴き出す。

 竜二の言葉に、彼女はその心をかき乱された。

 それでも表向き平静を装い、何とか言葉を振り絞ってゆらは答える。

 

「べ、べつに……ともだちや……学校のな……」

 

 自分でも分かるくらい、声が震えていた。

 耳を塞ぎたい衝動に駆られるが、それを許さないよう、ゆらの頭を掴む竜二の力が強くなっていく。

 

「本気で言ってるわけじゃないよな?」

 

 まるでわかりきっている答えに、念を押すように竜二は問いかける。 

 

「まさか……気づいてないわけじゃないよな?」

 

 心底呆れるように、彼は平然とした口調でゆらに冷酷な真実を突きつけようとする。

 

 ——やめろ 言うな やめろ!!

 

 ゆらは、竜二が言わんとしていることを察するが、それを声に出して拒絶することができなかった。

 止めるように言えば、それは自分がその事実を認めてしまうことになる。

 先ほど否定したばかりの、リクオに対する疑いを――。

 

 しかし、そんなゆらの心の葛藤を平然と無視し、竜二は実の妹に残酷に告げる。

 

 

 

 

「そいつ……妖怪だぜ?」

 

 

 

 

「————ッ!!」

 

 目の前が真っ暗になった。

 揺らいでいた疑惑を、否定したかった事実を。この兄はいともあっさりと白日の下に晒してしまったのだ。

 

「あきれたぜ、ゆら。まったくお前は本当ににぶい妹だな……」

 

 動揺で固まるゆらに、竜二はいつものように毒舌で彼女を罵倒する。

 いつものゆらであれば、その毒舌に対し何かしらの反論を口にしていただろう。

 

 だが、できなかった。

 

「ホラ行くぞ! 妖怪に遭ったらどうする?」

「——っ」

 

 竜二はゆらの頭を小突き、どうすべきかを彼女に問いかける。

 

 妖怪とあったらどうするか? そんなことは決まっている。

 

『妖怪は絶対悪。会えば即、滅するのみ』

 

 子供のころからそう教え込まれ生きてきた。

 それこそ、花開院家に生まれたものとしての掟であり、彼女自身も常にそうあれと己に律してきた筈。

 

 その筈、だったのに。

 

 ——なのに……なんでや……?

 

 ゆらは、リクオの方を振り返ることも出来ず、呆然と立ち尽くしていた。

 未だに彼のことを妖怪だと、滅すべき絶対悪だと信じたくなくて。

 

 

 

 ただただ、その真実から目を背けたくて、彼に背を向け続けていた。

 

 

 




補足説明
 花開院竜二
  ようやくの登場。元祖ドSお兄ちゃん。
  陰陽師として才能があるわけではないですが、彼の頭を使った戦い方は原作でも多くのファンを魅了しました。
  少しでもその魅力を反映できるよう、執筆を頑張っていきたいです。
 (そして、身長が低いことも何かと弄っていきます)

 花開院魔魅流
  竜二の相方。妖怪絶対殺すマシーン。
  登場当初の頃はホントに無機質なロボットのようですが、ストーリーが進むにつれ、徐々に人間らしさを取り戻しているような気がしています。
  原作終盤でもわりと強敵相手に戦える貴重な陰陽師の一人。
  
  二人の活躍をより詳しく見たい方はぬらりひょんの孫公式小説『京都妖始末記』をご覧ください。作者自身も、わりと公式小説の中で好きな話です。
 (花開院灰吾さんの生前を見れる貴重な資料でもある)
  
 

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