書けないときは書かない!!
と、いうわけで、かなり筆が進んだので次話投稿しました。
話の方はちょっと短め、そのほとんどがゆら視点の話となります。
この辺りはまだまだ原作通り。
最後まで読んでいただければ察していただけると思いますが、次回から話にオリジナルが加わります。
それではどうぞ!
『——ゆら……修行に出ろ。修行に出て……もっともっと強くなるんだ』
花開院ゆらはかつて、京都にいた頃に祖父に言われたことを思い出していた。
花開院家でもっともゆらに期待を寄せていたのは他でもない。現当主である二十七代目秀元だったであろう。彼はまだ幼かった彼女に何度も何度も繰り返し言い聞かせてきた。
『ゆら、式神とは陰陽師が自在に使役する超常の存在だ』
『人間には適性や能力に違いがあり、人はそれぞれ自分の才能に合わせた式神を使う』
祖父の言葉通り、花開院家には様々な流派がある。
妖刀造りに特化した『八十流』。独創的な式神を創造する術に長けた『愛華流』。強力な結界術による防御を専門とした『福寿流』など。
それぞれが得意な分野で己の長所を伸ばし、花開院家の発展に貢献してきた。
なら「自分にできることとはなんだろう?」と、ゆらは祖父に質問した。
『ゆら、お前は何体も攻撃的な式神を出せる精神力がある』
『不器用ではあるが、超攻撃的な陰陽師にお前はなれる才能がある』
そう言って、祖父はゆらの頭をいつも優しく撫でてくれた。
そうだ、自分は才能の塊だ。祖父が認めてくれたように、何体もの式神を同時に使役することができる。その才能を正しく使うことで、自分も花開院の一員として立派に役目を果たそうと、そう思った。
では——花開院家の、陰陽師の役目とは何だろう?
彼女が陰陽師として最も尊敬する、義兄の花開院秋房はこう言った。
『ゆら、ボクらは京都を護る役目がある。わかるかい? それが才ある者の役目だ』
彼女が最も苦手とする実の兄、花開院竜二はこう言った。
『俺たち花開院家はこの世ならざるものの警察だ。妖怪は黒、絶対悪。会えば即滅するのみ』
京都を守護し、妖怪を倒す。なるほど、それこそが花開院家の役目なのだろう。
ならば自分もその役目を果たすためにもっと強くなろう。強くなって、誰よりも立派な陰陽師になろう。
そんな想いのもと、彼女は花開院を出た。
護るべき京都から一時離れることにはなるが、これも役目を果たすために必要な過程だ。いずれは自分が花開院の未来を背負って立つことになるかもしれない。そのために、より過酷な環境で自らを磨くのだ。
そのためにもより多くの妖怪を『絶対悪』を倒さなければならない。
その絶対悪の親玉、妖怪の主『ぬらりひょん』も倒さなければならない。
そのために、この浮世絵町にゆらはやって来たのだから。
——…………けど。
けれども、彼女はよりにもよって、その倒すべき敵——妖怪の総大将であるあの男に二度も命を救われた。
そして奴はゆらに向かって『人間を護れ』と言ってきた。
悪である筈の妖怪にそのように指図され、思わずムキになるゆらに、さらにもう一人。彼女を諭そうと声を掛けた少女のことを思い出す。
『この人を——信じて』
狐面で素顔を隠した、何の妖怪かも分からない正体不明の少女。その少女の言葉にゆらの中には迷いが芽生え始め、その想いは日に日に大きくなっていった。
人間を護れと言ったあの男は、その男を信じてと願った少女は——。
あの二人は果たして、本当に絶対的な悪なのかと?
そんなモヤモヤを抱え込んだままでの修業は思いの外上手くいかず。迷ってばかりの自分に苛立ちを覚えてきたそんなとき、ゆらは友達、奴良リクオの——彼の正体を知ってしまった。
『そいつ……妖怪だぜ?』
唐突に自分の前に顔を出した竜二は彼女に残酷な真実を突きつける。そんな兄の言葉にゆらは戸惑いで身動きが取れなかった。竜二が飢狼で一方的にリクオを追い詰めている光景を、黙って見ていることしかできなかった。
だがどれだけ、どんなに竜二が理不尽にリクオを追い詰めようと、彼は何の抵抗もしない。必死に逃げ回るばかりで一切戦おうとはしなかった。
——リクオくんは…………きっと戦えないんや!
ゆらは単純にそう思い、気が付けば走り出していた。
リクオの側に駆け寄り、彼の身を庇うように護りの護符で飢狼の攻撃を食い止めていた。
「おいおい、何のつもりだ……ゆらよ?」
自分の邪魔をしたゆらに向かって、竜二はご立腹に問いを発する。だがそんな兄の言葉を無視し、ゆらは振り返ってリクオへ問いかけた。
「……奴良くん。奴良くんは…………人間やんな?」
今度は目を晒すことはなく、ゆらは真っ直ぐ彼の目を見つめる。
リクオは——明らかに言い淀んでいた。ゆらの問い掛けに対し、どう答えるべきか迷っていた。
その反応を鑑みれば答えなど聞かなくても明らかだろう。
だがそれでも、それでもゆらはリクオの口から直接答えを聞きたかった。
そして、リクオはまっすぐにゆらの目を見ながら答える。
「ボクは……人間だよ!」
「——うん!!」
彼の答えに、ゆらは力強く頷く。
それが、本当は嘘だとわかっていながらも——。
「お兄ちゃん聞いたやろ! 奴良くんは敵と違う!!」
「自分のやったことがわかっているのか、お前は……」
ゆらの行動に竜二は理解できないといった態度で苛立ちを露にする。
「妖怪を庇うのは花開院の掟に背くことだ。この兄が信じられんのか」
わかっている。
竜二は口が悪く、いつも妹である自分のことを馬鹿にしてばかりだ。
だがそれでも、彼の陰陽師としての力量は本物だ。間違っても人間を妖怪と勘違いして式神をけしかけるほど、間抜けでもなければ非道でもない。
しかし、ゆらは頑なと譲らなかった。
「私は奴良くんの言葉を信じる」
——信じるか……ふっ、どの口で言ってるんやろうな……。
つい先日まで、彼の正体を探ろうと躍起になっていた己に向かって自嘲する。勿論、今この瞬間ですら彼への疑いを完全に拭いきれたわけではない。
きっと彼は妖怪と——妖怪の総大将と何かしらの関係を持っている筈だと、今でもそう思っている。
だがそれでもこれだけは信じたい、信じられると思った。
ボクは人間だよと、そう言ったときの彼の真摯な眼差しに悪意などなかったと。
「奴良くんは、私のクラスメイトやもん。倒さなあかん敵やない!!」
そうだ。例え彼が本当に妖怪だったとしても、この選択をゆらは間違っているとは思わなかった。
だってきっと『黒』じゃない妖怪——『良い妖怪』だってこの世にはいる筈だから。
『信じて——』
瞬間、あの狐面の少女の言葉がゆらの脳裏に蘇る。
そうだ、信じよう。これまでの日々を。清十字団のメンバーとして共にリクオたちと過ごした日常を。
少なくともあの日常に嘘などなかった。それだけは胸を張って言えることなのだから。
——だから……ごめんね。おじいちゃん、秋房兄ちゃん……。
ゆらは心の中、陰陽師として尊敬する二人の人間に頭を下げた。
今この瞬間だけ、ゆらは自分が花開院の者だということを忘れる。
京都を守護するためでも、妖怪を滅するためでもない。
ただ友達を護るために、この力を使うと決めたから。
そのためなら、どんな敵とでも戦ってやる。たとえそれが、実の兄相手であろうとも!!
×
「廉貞!!」
竜二と戦う覚悟を決めたゆらは先制。金魚の式神である『廉貞』を腕に巻きつけて攻撃態勢に入った。
この廉貞はゆらが浮世絵町に来てから新しく使役するようになった式神だ。貧狼や禄存といった他の式神たちは京都にいた頃も使っていたため、竜二にも既に知られており対抗手段などが練られている可能性が高い。
だがこの廉貞なら竜二も知らない。彼女はそこに勝機を見出し、攻勢に打って出た。
「式神改造! 人式一体!!」
相手が反撃する間もなく、必殺の一撃を叩き込む。
「黄泉送葬水鉄砲——!!」
廉貞と一体化したゆらの腕から、水圧が大砲のように放たれ竜二に襲いかかった。
「ハッ」
だが、流石と言うべきか。初見の技に対し、竜二はまったく動じることなく応じて見せる。
ゆらが飢狼の攻撃を防いだ時のように、護符を自身の周囲に展開させ廉貞の攻撃を全て防ぎきった。
「なんだ、その技名は? ゆら……お前が自分で名付けたのか?」
ゆらの攻撃が止むや、開口一番、竜二はそのようなことを口にする。ゆら独特のネーミングセンスに明らかに何か言いたげな表情だった。
「うるさい!」
調子を取り戻したゆらは負けじと竜二に言い返す。自分の式神の技に自分がどんな名前を付けようと勝手だろうと。しかし、竜二は意味ありげに呟く。
「ゆら……名前ってのは重要なんだぜ」
そして反撃とばかりに『飢狼』をけしかける。
ゆらはその式神の攻撃を同じく狼の式神『貧狼』を使って迎撃する。どうやら式神としての地力は貧狼の方が上だったようだ。貧狼はあっけなく飢狼を噛み砕き、その形を元の姿——ただの水へと戻してしまった
「うわっぷ!?」
飢狼がただの水に戻る際、その拍子に発生した大量の水を被ってしまいゆらの体はビショビショに濡れてしまった。だが今はそんなことに構っている暇はないと、ゆらは気を取り直して竜二に向き直る。
「ふっ……相変わらず、同時に複数の式神を使うお前の精神力はメチャクチャだな。だてに魔魅流の次に才能があると言われてねぇな」
飢狼を易々と撃退されながらも、竜二は焦るどころか口元に笑みを浮かべていた。どこか余裕のある態度でゆらの才能を認め、彼女を褒める。
「ふん!!」
実の兄の言葉にゆらは得意げに口元を釣り上げる。
普段から何だかんだ文句を言いつつも、竜二はゆらの才能に関しては常に称賛の二文字を送ってきた。こんな状況でもなければ素直に喜ぶところだ。だがゆらはその手には乗らないと、竜二の『煽てる策』を軽く受け流す。
しかし——
「いいことなんだよそれは。花開院にとってはなぁ。だけどなあ……お前はまだ——子供すぎる!」
再びゆらのことを罵倒しながら、竜二は新しい竹筒から飢狼を出現させる。
先ほどより小さいのが二匹。左と真ん中からゆらに向かって襲いかかってきた。
「——っ!!」
ゆらは先ほどの調子で迎撃しようと再び身構える。同じ飢狼であれば同じように対処できる筈だと、彼女は高を括っていた。すると、そこへ竜二の言葉が彼女の耳に囁かれる。
『それは偽物だよ。見えぬか? 本物は右だよ』
「——えっ?」
不思議と鮮明に染み渡るその言葉に、ゆらは思わず右を振り返り廉貞を構えてしまった。
しかしそこには何もなく、次の瞬間、彼女の隙を突くようにして左と真ん中から飢狼の一撃がゆらに襲いかかる。
「なっ!? キャアアア!」
式神の攻撃をもろに食らってしまい仰け反るゆら。怯む彼女に構わず、竜二はさらに続けて偽りの言葉を口にする。
『どーした、ゆら? 次は……左から来るぞ』
再びその言葉に乗せられてしまい、ゆらは左を振り返るが、そこにはやはり何もなかった。
また逆から攻めてくるのかと疑心暗鬼に陥り、ゆらは右の方を振り返るが、そこにも何もなかった。
竜二は飢狼など、出してすらいなかったのだ。
「ゆら……偽りの言葉に惑わされすぎだぜ」
刹那、ゆらの頭に物凄い衝撃が走る。
ゆらの隙を突いて間近まで接近していた竜二が、持っていた竹筒で思いっきり彼女の頭を引っぱたいたのだ。
「ぐうっ!!」
「花開院さん!! 酷い、何もそこまで……あんたお兄さんじゃないのか!?」
竜二に躊躇なく殴られたゆらの体は地面に叩き伏せられた。実の妹へのその仕打ちに、ゆらに護られていたリクオはたまらず抗議の声を上げるが、竜二は一切取り合わない。
「綺麗ごと抜かすなよ。妖怪のくせに!」
彼の言葉には妖怪に対する並々ならぬ敵意が宿っていた。きっとその妖怪を庇う自分も同罪なのだろうと、ゆらは苦笑いしつつも、リクオを心配させまいと立ち上がろうとした。
「だ、大丈夫やよ……奴良くん。私は……飢狼なんかに喰われたりせんよ」
するとゆらの台詞に対し、竜二は心底不思議そうにおかしなことを口にする。
「飢狼に喰われる? 何を言ってる? そんな芸当——コイツに出来るわけないだろ?」
「…………えっ?」
それはどういう意味だろうと、ゆらが疑問に思った瞬間——その異変がゆらの身に襲いかかった。
「ゴハっ!? え……な、なんや……コレ!?」
水が、大量の水がゆらの口の中からあふれ出してくる。その水が口を塞ぐようにしてゆらの呼吸を妨げているのだ。
——く、くるしい……こ、呼吸ができへん……!
水中で溺れるような感覚。ゆらは苦しみに喘ぐ。
「ゆら。お前は言葉そのものに振り回されすぎだ。いいか? 俺は『飢狼』『喰らえ』としか言っていない」
既に勝利を確信したのか、竜二は感想戦だとばかりに解説を述べる。
そもそも、竜二の式神『飢狼』は偽りの名で、本当の名は『言言』というらしい。
飢狼という、いかにもな名前にいかにもな猛獣的のフォルム。それにより、敵は飢狼があたかも攻撃的な式神であると思い込む。実際、その正体を知らないゆらも、それをただの狼の式神だと思い込んでいた。
しかし、その飢狼の本質は『水』。つまり、決まった形をもたない式神なのだ。
先ほどゆらは飢狼を消滅させる際、その残骸である水を大量に被ってしまった。その時点で彼女の体内には言言が忍び込まされていたのだ。
そして、言言は体中の体液という体液を自在に操ることができるという。
「言言、走れ——疾っ!!」
竜二の掛け声を合図に、ゆらの体内に潜んでいた言言が彼女の中で走る。
人間の体重の約65%、三分の二は水分が占めると、ゆらは小学校の理科で教わった。
もしもそれを自在に操作されればどうなるか、子供の彼女でも分かることだ。
「ああああああああああああああ!!」
凄まじい衝撃が全身を駆け巡った。ゆらの肉体を乗っ取た言言は彼女の体内で暴れるだけ暴れてはじけ飛ぶ。体中の水分を滅茶苦茶にされた苦痛に、ゆらは指一本、自分の意思で満足に動かせないほどに疲弊して倒れた。
倒れ伏すゆらに、竜二は口癖のように言って聞かせる。
「——式神を使いまくることだけが陰陽師の業ではない。学べよ、ゆら。言葉を操るのも立派な陰陽術!」
——く、くやしい……。
竜二にいい様に負かされ、ゆらは屈辱に身を震わせていた。
あれだけ派手に啖呵を切っておきながらこの体たらく。自分はこの数ヶ月、花開院を離れて修行していた間。いったい何をしてきたのだろうと自問自答する。
自分は何一つ成長していない。これでは花開院家に籠っていた頃となにも変わっていない。もっと強くなりたい。誰よりも立派な陰陽師になりたい。そんな想いの元、旅立った筈なのに。
この浮世絵町でも自分は目立った戦果を挙げられず、妖怪に捕まったり、助けられたりしてばかり。
その挙句、妖怪の疑いがあるリクオを助けるため実の兄に盾突き、そして無様に敗北している。
——ふ、ふふふ……何が『才能の塊』や。笑わせんなや、あたし……。
自分で自分を嘲笑うゆら。結局のところ才能などあったところで、それを活かせなければただの宝の持ち腐れだ。竜二など、ゆらより才能がないと自他ともに言われつづけているのに、彼女よりもずっと上手く陰陽術を操っている。
きっと、彼のような陰陽師が花開院本家にはゴロゴロいるのだろう。
そう考えると、自分の居場所などあの家にはないのではないかと、つい思ってしまう。
——せめてリクオくんを……友達くらい、あたしの手で護ってやりたかったんやけどな……。
だからこそ、花開院家の陰陽師として失格な自分でもできることとして、リクオを、友達を護りたかった。
こんな自分でも、陰陽師として過ごした日々が無駄ではなかった証明したかった。
ただ、それだけだったのに。
「——今ならまだ許してやれる。そのまま死にたくなければ戻ってこい!!」
倒れたゆらの胸倉を掴み、竜二がそのように迫ってくる。上手く呂律が回らない今のゆらでも返事くらいならば視線一つで応えることができただろう。
だが、ゆらは許しを請わなかった。
たとえこのまま命を落とすことになったとしても、彼女は自分の意思を——護りたいと思った人を裏切ることはしたくなかった。
その頑なな意志が竜二に通じたのか彼は苦い顔をし、さらにゆらを問い詰めようと一層腕に力を込めようとした——その刹那だった。
鈴のように凛とした刀の鍔鳴音が鮮明に響き渡る。
——……?
一瞬の瞬きの後に目を開いたゆらの目の前には、竜二ではない。全く別の人物がその瞳に映し出される。
「花開院さん……悪い。我慢できない」
どうやら、ゆらはその人物に助けられたようだ。
その人物は謝罪の言葉を口にすると同時に、その語気に明らかな怒りを込めていた。
「奴良……くん?」
聞き覚えのある声音は、途中までは確かに自分が護ろうとした少年、奴良リクオのものだった。
だがその口調を明らかに別人のそれへと変化させながら、少年自身もその姿を『夜』のモノへと変えていく。
「陰陽師だか、花開院だが知らねぇが——仲間に手を出す奴ぁ許しちゃおけねぇ!!」
ゆらの苦しみを自分のことのように激怒するリクオ。
彼は畏れの代紋が入った羽織を纏い、見覚えのある刀を携えて花開院竜二を睨みつけていた。
「ハッ! それがお前の正体か? 滅してやる。ゆらを騙していいのは俺だけなんだよ!!」
自分に眼を飛ばすリクオに、竜二も隠し切れぬ怒気を宿らせながら臨戦態勢に入っていく。
——ああ……なんや。やっぱり嘘やったんやないか……。
竜二の言った通り、奴良リクオはやはり妖怪だった。自分を人間だと偽って、ゆらを騙したクラスメイト。
けれど不思議と、ゆらは彼のことを怒る気にもならなかった。
それは騙された怒りよりも、呆気にとられるという感情の方が大きかったからかもしれない。
——……何かしらの関りがあるとは思ったけど……。
——……まさか、奴良くん自身が『アイツ』だったやなんて……。
眼前に現れた人物、奴良リクオが正体を現した姿。
それはこれまで、幾度となく自分を救ってくれたあの男——妖怪の総大将だった。
——またや、またコイツに助けられた……。
——全部あれは……奴良くんやったんか――。
何故、アイツが自分のことを助けるのかずっと疑問に思っていた。
陰陽師である自分を、妖怪の敵である筈の自分を何故と。
——でも、奴良くんやったら……そうやな、納得できるわ……。
ゆらの胸の内、詰まっていた何かがストンと落ちる感覚があった。
こんな状況でありながらも、彼女は少しだけ頭の霧が晴れていい気分だった。
——そうや、妖怪のコイツがあたしを助けることはどう考えても繋がらへん。
——けど、奴良くんなら。アンタが奴良くんやったら全部繋がるんや。
——…………何度もありがとうな。優しい奴良くん。
まだ満足に声を上げることのできないゆらは、心の中で彼に感謝の言葉を口にする。
そして、同時にこうも思った。
やはり自分の判断は、彼を護ろうとした自身の選択は正しかったと。
彼を信じた自分の決断に、何も間違いはなかったと。
「ゆらを騙しおって! 妖怪めが!!」
「…………」
花開院竜二と、闇夜が訪れたことで妖怪となった奴良リクオ。
この両者の戦い、ゆらと魔魅流の二人はどちらにも加勢することなく静観していた。
ゆらは未だに竜二にやられたダメージを引きずっていたため。魔魅流は竜二に手を出すなと制止されたため。
それにより、一対一の一騎打ちとなった妖怪と陰陽師の戦い。両雄は緊迫した状態で睨み合う。
「……………………はぁ」
そんな極度の緊張状態が漂う——その輪の外。
彼らがいる廃墟の二階にて。その戦いを一人の少年が見下ろしていた。
少年は夏休みだというのに浮世絵中学の制服を身に纏っており、どこか疲れたように溜息を吐いている。
「……そのまま何事もなく終わってくれよ、奴良リクオ」
その少年は――陰陽師・土御門春明。
彼は目つきの悪い眼光を鋭く光らせ両者——特に奴良リクオの方へと視線を注ぐ。その手中に収められている『狐のお面』を弄びながら、彼は祈るような思いで呟いた。
「アイツとの約束があるとはいえ、お前を護るなんざ俺も御免だからな……」
補足説明
飢狼・言言
飢狼で偽りのイメージを与え、相手の体に忍び込んだところを言言が暴れ回る。
妖怪相手ならともかく、人間相手にこの式神はわりとシャレにならないと思う。
花開院秋房
名前だけ先行登場。ゆらは彼のことをかなり慕っていますが、秋房の方がゆらに対抗心を燃やしている。まあ、その嫉妬は人間らしいといえばらしいですが。
どうでもいいことですが、竜二が言言を走らせるときのアニメの掛け声「シっ!」。
おそらく漢字で書くと「疾っ!」となるのでしょう。
この文字を見ると、藤崎版の『封神演義』を思い出す。
主人公の太公望が打神鞭を振る際、よく使う掛け声です。
もう一つの瘟(オーン)という掛け声もなんか格好いい。
こんな感じの『何かカッコいい』掛け声があれば是非教えていただきたい!!