家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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ゲゲゲの鬼太郎、次回でついにアニエスが再登場!! 
それはそれで楽しみだけど……地獄の四将と石動零はどこいった?
あっちでも鬼道衆――人間の活躍が見てみたいな……。 


第四十五幕 灰色の陰陽師

「——馬鹿な……何故気づいた?」

 

 花開院竜二は驚愕で目を見開く。いつの間にか自身の背後に回っていた奴良リクオに刀を突きつけられ、己の策が失敗に終わったことを理解した。

 

 

 リクオVS竜二。

 先に手の内を晒したのは竜二の方だった。彼は刀を構えるリクオに対し、己の式神『仰言(ぎょうげん)』を発動させた。

 

 式神仰言は金生水(こんじょうすい)の花。

 金生水とは金の表面に凝結により生じた水滴を集めたもの。その純度は99,9999%。最も澄んでいて、最も柔らかい、まさに水の中の水。

 この世で最も腐食を促す液体は『酸』でも『王水』でもない。純粋な水そのもの。

 竜二の仰言はその金生水に式を交えて使役する、美しい水の花。その花に触れればあらゆるものが溶けてなくなる。たとえそれが妖怪だとしても。

 

 竜二はこの金生水の花をいくつも展開して、奴良リクオを攻撃した。

 ときには真正面から、ときには右と言いつつ左から、上からと言いつつ地面を潜らせて下から。ゆらのときのように偽りの言葉を交えてリクオを翻弄する。

 

 仰言の攻撃は苛烈を極めた。だが幸いなことに、この式神には三分間という時間制限がついていた。才能のない竜二には三分が限界。それ以上は、彼自身が式を維持することができないらしい。

 そして、およそ三分後。リクオは竜二の猛攻を何とか凌ぎ切った。全ての金生水が消えてなくなり、二人の戦いを傍観していたゆらなどリクオの勝利だと歓声を上げていた。

 

 しかし——

 

「三分間……ご苦労さん」

 

 嫌らしく笑う竜二。そう、それこそ——彼の仕掛けた罠だったのだ。

 

 三分間の猛攻を耐えきったと喜ぶのも束の間、リクオを取り囲む形でいつの間にか方陣が出来上がっており、その方陣から一気に大量の金生水が噴き出す。

 

 これこそ『仰言——金生水の陣』。大量の金生水を必要とする大技。竜二には才能がないためこの陣を敷くのに『三分』の時間を必要としていた。

 最初に提示した三分間という時間は仰言を維持できる時間ではなく、あくまでこの陣を敷くために必要な時間だったのだ。そうとも知らず、三分耐えれば勝てると思い込んだ相手はその油断と共に闇へと葬り去られる。

 

 これもまた言葉を操る陰陽師——花開院竜二の戦術である。リクオが大量の金生水によって跡形もなく消え去ったと確信した竜二はゆらに告げる。

 

「学べよ、ゆら。力技だけでは話にならん。妖怪のような悪に対しては二重三重に罠を張って——」

 

 だが、その言葉が途中で遮られる。

 

「——!!」

 

 金生水の陣によって消し去ったと思っていた奴良リクオが、竜二の背後に回り込んでいたからだ。驚愕する竜二にリクオは言った。

 

「てめえの言葉は嘘だらけだ。そんな奴が素直にこんな堂々と攻撃してくるわけがねぇからな」

 

 リクオは早い段階で勘付いていた。竜二が何かを仕掛けてくると、彼の言葉などまやかしだと。流石に方陣の存在まで感知できなかったが、何が来てもすぐ動けるように準備をしていた。

 そのおかげで、彼は方陣の隙間を縫って竜二の背後に回ることに成功した。その代償として畏れの代紋が入った羽織がボロボロになってしまったと、リクオはぼやく。

 

 ぼやきながら——彼はその刀で花開院竜二を叩き斬っていた。

 

 

 

×

 

 

 

「お、お兄ちゃん!?」

 

 実の兄が奴良リクオに躊躇なく斬り捨てられ、妹であるゆらは悲鳴を上げる。先ほどまで竜二に痛めつけられていた彼女だが、それでも竜二が彼女の兄であることに変わりはない。

 身内が血を吐いて倒れる場面に、彼女の顔から血の気が引いていた。

 

「奴良くん……」

 

 一旦は彼を信じると決めたゆらだが、その光景には絶句するしかない。人間を躊躇なく斬り捨てるとは、やはり彼は妖怪なのか? 昼間の優しい彼とは別人なのかと、そう思ってしまったほどだ。

 信頼と疑いの板挟みに陥り、彼女は具体的なアクションが起こせずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、リクオが刀を鞘に収めると同時に彼に向かって敵意を以って襲いかかるものがいた。

 

「——妖怪は 滅するもの」

 

 竜二に待てと言われて待機していた長身の男だった。男はリクオの一瞬の油断を突き、背後から強襲する。慌てて刀を横凪に振るリクオだったが、その刀の軌跡を跳び越え、男はリクオの頭を掴み——唱える。

 

 

 

「——めつ」

 

 

 

 刹那、雷が迸る。何か——男の体内に潜む、得体の知れない『何か』がリクオの体を吹き飛ばした。

 

「ぬ、奴良くん……!」

 

 地面に倒れ伏すリクオに、今度は彼の心配をするゆら。そんな倒れるリクオに勝ち誇った顔一つすることなく、男は無表情のままブツブツと何かを呟いていた。

 

「くそ~、いってぇ……」

「お、おにいちゃん!? 無事やったんか!!」

 

 すると、リクオが倒れるのと入れ替わるように、地に伏していて竜二が起き上がってきた。刀で斬られていながらも五体無事に立ち上がる彼に安堵しながらも、ゆらは竜二に尋ねる。

 

「おにいちゃん……こいつ誰や?」

「————————」

 

 ゆらに誰と問われ、長身の男は無機質な目をゆらに向けてきた。気のせいか、その視線は少し寂しそう。

 ゆらの疑問に竜二は答える。

 

「ゆら。こいつは魔魅流じゃねぇか。昔からよく遊んでくれただろう?」

「……何言うとんねん。私の知ってる魔魅流くんと……全然違うやん」

 

 魔魅流のことは勿論ゆらも覚えている。彼と最後に会ったのは自分が浮世絵町に旅立った日。あれからまだ半年と経っていないのだから。

 確かに、目の前の人物の顔立ちや背丈は魔魅流に似ている。だが、ゆらの思い出の中にいる魔魅流と今眼前にいる男とでは明らかに違いがありすぎる。

 

『——すごいね、ゆら。まだ中学生なのに』

『——でもそれでこそ、ゆらだ。頑張ってね』

 

 あの日、魔魅流は優しい笑顔でゆらのことを見送ってくれた。彼は基本穏やかで優しい人間だ。断じてこのような無機質な目ができる、ロボットのような男ではない筈だ。

 しかし、竜二は何でもないことのように言う。

 

「才能ある人間は本家に入る。魔魅流はついに才能を開花させたんだよ……カハッ!!」

「お兄ちゃん!? 大丈夫なん?」

 

 竜二は途中で言葉を止め、激しく咳き込む。どうやらリクオに斬られたダメージをまだ引きずっているようだ。

 

「チィッ……陰陽師は妖怪に負けてはならんのだ。ましてや、見逃すことなど」

「ほ、本気で滅するつもりなん?」

 

 忌々しいと放たれた竜二の言葉に、ゆらは再度確認を取る。確かにリクオは妖怪だった。竜二を刀で斬り捨てたのも事実。だがしかし——という感情がゆらの中で大きく波打っている。

 そんな妹の言葉に竜二は地面に落ちていた刀。先ほどの魔魅流の攻撃でリクオが手放した刀を拾い上げながら、吐き捨てる。

 

「当たり前だ!! 見ただろ!? コイツはこの刀で俺を——」

 

 ところが、竜二はその怒りの言葉を途中で詰まらせる。

 リクオの刀をまじまじと見つめながら、彼は目を見開いていた。その姿にらしくないものを感じながら、ふとゆらは疑問を抱く。

 

 ——あれ? てゆーか、お兄ちゃん。その刀でバッサリ斬られたやん?

 

 ——……なんで、無事やったんやろ?

 

 ゆらは確かにこの目ではっきりと目撃した。リクオがその刀で竜二を斬るところを。タイミング的にも避けられるような状況ではなかった。

 

 ——峰打ちで……済ませてくれたんかな? なら、やっぱり、リクオくんは……!

 

 リクオが手心を加えてくれたおかげかと、ゆらは彼への信頼を取り戻し始める。

 しかし、ゆらがリクオに対する感情をはっきりと決めるよりも早く——

 

「…………やれ、魔魅流。さっさと始末しろ」

 

 竜二は魔魅流に奴良リクオを、妖怪を滅するように指示を下した。

 

「闇に 滅せよ」

 

 竜二の言葉に従い、魔魅流が止めを刺すべくリクオに襲いかかる。リクオはダメージから立ち直っておらず、その攻撃を止めることができない。

 

「!! 奴良くん……」

 

 ゆらはその光景を止めることができず、ただ黙って見ていることしかできなかった。

 そして、魔魅流がリクオの頭を掴もうとした——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その刹那——ゆらは暗闇の向こうから、『何か』が飛んでくるのを見た。

 

 その『何か』はリクオと魔魅流の間に割って入るように飛来し——次の瞬間、激しい光を放ち両者の体を吹き飛ばす。

 

『——!!』

 

 吹き飛ばされた二人には何が起こったのか理解できなかっただろう。だが、ゆらがいた場所からは見えていた。その飛来した物体が——。

 

 ——い、今のは……護符?

 

 それは人型の護符だった。自分たち花開院の人間も使うような一般的な陰陽師が利用する護符。先ほど二人を吹き飛ばした光も、自分が爆風などを起こす際に用いる術によく似ていた。

 

「——そこか!? 餓狼!」

 

 どうやらゆらと同じものが竜二には見えていたようだ。

 彼は護符の出所と思われる場所——廃墟の二階に向かってまだ使用していなかった竹筒から餓狼を解き放つ。

 餓狼は雄たけびを上げながら、壊れた窓枠から二階の建物へ飛び込んでいったが、その直後——

 

『——ガアアアアアアアアアアアア!?』

 

 得物を刈り取る筈の遠吠えを断末魔の悲鳴に変え、餓狼は廃墟からはじき出される。だが、そこで餓狼と何者かが衝突した結果なのか。壁のひび割れが瞬く間に建物を侵食していき、廃墟は音を立てて崩れていく。

 

 その崩壊から逃れようと、廃墟の二階から——その少年は飛び降りてきた。

 

「——ちっ」

 

 無事に二本の足でその場に着地した少年。彼はいかにも気だるげな様子で苛立ち気味に舌打ちする。

 

「……顔を見せるつもりまではなかったのによ……」 

 

 

 

×

 

 

 

「何者だ。お前……」

 

 崩れ落ちる廃墟の二階から飛び降りてきた制服姿の少年に、警戒心を露に花開院竜二は身構える。

 先ほど飛来してきた人型の護符なら竜二にも見えていた。陰陽師としては極めて初歩的な術だが、不意打ちとはいえあの魔魅流を吹き飛ばすほどの威力。それだけでも、この少年の陰陽師としての高い力量が見て取れる。

 いったいどこの何者かと、竜二はその少年を探るような目で見る。すると、彼の疑惑に妹のゆらが答えていた。 

 

「アンタは、土御門!!」

「……土御門?」

 

 妹の口から発せられたその少年の家名と思しき苗字。

 この日本において花開院家以外にも、陰陽師と呼ばれる家は少なからず存在する。竜二とてその全てを把握しているわけではないが、有名どころは押さえているつもりだ。だが、生憎と彼の知識に『土御門』という名の陰陽師の家系はなかった。

 ゆらに名前を呼ばれた少年——土御門春明はどこか不機嫌そうに眉を顰める。

 

「……さんくらいつけろや、チビ。学校の先輩には敬意を払うもんだぜ」

「だ、誰がチビや!!」

 

 春明に身長のことを弄られ、ゆらはムキになって吠える。その光景にやや面白くない物を感じながら竜二は冷静に状況を分析する。

 

 ——先輩ってことはコイツ……中学生か……。

 

 ——……あの妖怪の知り合いか? 何故、助け舟を出した?

 

 チラリと、竜二は倒れている妖怪の方へと目を向ける。

 魔魅流同様、軽く吹き飛ばされた妖怪はどこか困惑気味の表情で春明のことを見ている。妖怪自身、何故庇われたのか理解していない、そんな感じであった。

 

「おい、小僧!」

 

 竜二は春明に声を掛けると同時に、自身の戦闘態勢を整える。会話で時間を稼ぎながら、いつでも戦える準備を整えていく。

 

「……貴様、陰陽師だろ? 何故その妖怪を庇う? まさかとは思うが……お前も妖怪を友達などと、世迷言を吐くつもりじゃあるまいな……」

 

 実の妹が妖怪を庇った理由を例に述べ、少年の真意を探る。

 するとその問いに対し、春明は心外だとばかりに顔を歪め、竜二の言葉を真っ向から否定する。

 

「友達だぁ~? おいおい、勘弁してくれよ。確かに俺はそいつと同じ半妖だが……そんな甘ったれの坊ちゃんと友達になんかなれるわけねぇだろ」

「………」

 

 甘ったれの坊ちゃん呼ばわりされ、倒れた妖怪の表情が揺れる。だが竜二は少年の放った一言に意識を割かれていた。

 

 ——半妖! 『灰色』の……陰陽師だと!?

 

 おそらく妖怪としての血は大分薄いのだろう。竜二ですら気づけなかった事実に彼は胸の内で敵意を漲らせる。

 

 陰陽師は『白』。妖怪は『黒』。花開院ではそのように自分たちと妖怪を区別している。

 だが、そのどちらにも当てはまらないもの。人間でもなければ、妖怪でもない。そのようなどっちつかずな存在を彼らは『灰色』と呼んでいた。

 そして、竜二は灰色の存在も黒同様に認めてはいない。彼は春明に対してどのような態度で接するかを決めていく。そんな竜二の心の内側など知らぬとばかりに、春明は自身の話を続けていく。

 

「ましてや……お前ら花開院家の躾の仕方に口を出すつもりもねぇよ」 

 

 続く彼の言葉はゆらを庇うためでもないと暗に告げていた。

 ならばいったい何故。何故、陰陽師として正しいことをしようとした自分を止めたのかと。その核心をズバリ言葉にして竜二は問い詰める。

 

「…………それは…………はぁ~」 

 

 すると、少年は先ほどまでの図々しい態度をどこへやら。言葉を詰まらせながら頭を掻き、溜息を吐いてその理由を口にする。

 

「そりゃ……俺だって本当はこんな面倒事に首を突っ込むのは御免だったさ。けど……しゃーねぇわな……」

 

 懐から『とある物』を取り出し、それをその場の全員に見せつけるように彼は言い放つ。

 

 

 

「——『アイツ』が留守の間は俺がこいつらの面倒を見る……そういう、約束だからな……」

 

 

 

 そう言いながら春明が取り出して見せたのは、狐の顔を模したお面だった。

 

 ——狐の面だと!? …………まさか!!

 

 そのお面を目にした瞬間、竜二は緊張で顔を強張らせる。彼がそのような反応をとった理由はお面が狐を模していたからだ。

 『狐』——花開院にとって、否が応でもとある妖怪の存在を連想させるワードだ。

 

 

 その妖怪の名は——『羽衣狐(はごろもぎつね)』。京妖怪を束ねる妖の主であり、花開院家最大の宿敵だ。

 

 妖怪の伝承を纏めた花開院家妖秘録によると、羽衣狐は普通の妖怪と違い、人間に寄生する妖怪とのこと。

 めぼしい幼子の体内に憑依し、その者の黒い心根が頂点に達したとき、体を奪って成体になる。

 成体になってからは人の世の政の中心に潜り込み、そういった場につきものな感情。恨み、嫉み、怒り、絶望。そういった大量の怨念、負の想念を吸い続けて力を付けていく。

 実際、四百年前など。羽衣狐は豊臣秀頼の母『淀殿』を依代とし、人の世に干渉しようとした。幸いその企みは十三代目花開院秀元の活躍により阻止されたが、羽衣狐を討伐することは叶わなかった。

 かの妖怪は転生妖怪。たとえ宿主を倒しても、その本体を封じなければ何度でも時代を越えて出現する。

 

 人という衣を纏って、いつの世も都を乱す——だから『羽衣狐』と呼ばれるようになった。

 

 そして、現代——その羽衣狐が復活した。

 竜二たちはその一方をゆらに伝え、彼女を呼び戻し戦力とするため、この浮世絵町までわざわざ足を運んだのである。

 

 

 ——いや、ここは関東圏だ。羽衣狐の関係者がいるとは思えん……。

 

 狐の面のせいで嫌な予想が横切った竜二だが、即座にその考えを否定する。

 

 羽衣狐が復活して真っ先に狙う場所は京都。昔からこの国の中心地だと尊ばれる古き都だ。もしこの少年が羽衣狐の関係者だというなら、真っ先に復活した奴の元に駆けつけているだろう。こんな場所でのうのうとしている筈がないと、竜二は気を持ち直した。

 

「その狐面……」

「な、なんでアンタが、あの子のお面を持っとるんや!!」 

 

 だが、春明の翳した狐の面に竜二と魔魅流以外の者。ゆらと妖怪の二人が驚愕していた。ゆらなど、血相を変えた様子で春明に向かって問い詰めている。

 彼女の息を荒げた問い掛けに、春明は何でもないことのように答える。

 

「なんでって……もともとコイツは俺のもんだ。どうしようと、俺の勝手だろうが?」

「な、なん……くっ」

「…………」

 

 春明の解答にゆらと妖怪の二人がショックを受けたように言葉を失い押し黙る。そんな彼らの反応を意にも介さず、春明は竜二に向き直った。

 

「まっ……そういう訳だ。こっちにも色々事情があってな。……このまま大人しく引き下がってくれれば、俺も——無駄な怪我人を増やさずに済むんだが?」

「…………ああん?」

 

 春明の発言。主に後半の部分に竜二の額に青筋が浮かんでいた。

 

「その言い草だと……まるで『俺がお前に敵わない』……そう言っているように聞こえるんだが?」

 

 明らかにこちらが『下』であるという、生意気な年下からの見下し発言。当然、そんなものを聞き流せるほど竜二はお人好しでもないし、気が長い方でもない。

 

 竜二の内心の怒りを知ってか知らずか、春明はさらに煽るように挑発的な発言を繰り返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……そう言ったつもりだぜ……『老け顔』のお兄さんよぉ~?」

 

 その言葉が最後——竜二の沸点の限界だった。

 彼は完全な敵意を以って、目の前の少年——灰色の陰陽師に向かって襲いかかった。

 

「餓狼——喰らえ!!」

 

 

 

×

 

 

 

 そうして始まった、花開院竜二VS土御門春明の戦い。 

 

 竜二の最初の一手は餓狼による牽制だった。先の戦いでいくらか消費したが、まだ数体残っていたそれらを全方向から春明にけしかける。

 右、左、上、真正面から襲いかかる餓狼たち。それら全てを一度に撃退することは流石に無理だったのか、春明は護符で布陣を張り、防御に徹することで攻撃を受け流す。

 しかし、その際に餓狼を元の形——式神言言として春明の身体を濡らしていた。

 

「あ、あかん。それはっ——!!」

 

 自分がやられたその手管に、ゆらは春明へと警告を発する。

 だが彼女が具体的な注意を呼び掛けるより早く、竜二は己の策を実行に移す。言言走れと、式神に命令を送ろうとした。

 だが竜二がその策を実行に移すよりも先に、春明は懐から小さい粒——植物の種らしきものを取り出し、呟く。

 

「陰陽術・木霊」

 

 その呟きに呼応し、その種は発芽するや木の根となって春明の腕に絡みつく。さらに春明は続けて命令を下す。

 

「木霊よ……わが身に流れる不浄な水を吸い上げよ」

 

 そう唱えた途端、木の根は春明の肉体から水分を。より正確に言うのであれば、水の式神たる言言の部分だけを吸い上げ、己の糧としてしまった。

 見事な手際で言言を無力化されてしまい、竜二は思わず舌打ちする。

 

 ——こいつ……『木』か! ちっ! 厄介な相手だな……。

 

 

 陰陽師が扱う陰陽術——『陰陽道』にはいくつかの法則があり、その中で基本とされているものに『五行思想』と呼ばれるものがある。

 

 これは自然界に存在する万物を五つの属性、『木』『火』『土』『金』『水』で成り立っていると唱えたものである。五行は互いに影響を及ぼし、それぞれ相性というものがある。例を挙げるのであれば『水』は『火』を打ち消し、『金』は『木』は切り倒すといったものである。

 

 竜二はその五行思想において『水』を操るのを得意とする陰陽師。その一方で春明は『木』の陰陽術を使役している。『水』と『木』はそれぞれが打ち消し合うような相性ではなく、『水』は『木』に対して力を与える関係にある。

 つまり、竜二の『水』では春明の『木』にただ栄養を与えることしかできない。協力するならまだしも、敵対する場合、この上なく相性が悪い相手なのである。

 

 

「………」

 

 その相性の悪さ、そして自身の策——言言の正体を見破って先手を打ってきた相手に竜二は警戒レベルを上げる。じっくりと慎重に、春明を推し量るように彼を観察する。

 そうして押し黙った竜二に、春明は挑発を入れる。

 

「どうした? さっきまでの威勢はどこいった? さっさと次の一手を繰り出してみろや」

「…………」

 

 このとき、竜二の頭は冷静だった。

 言言の正体を見破ったとはいえ、そんなものは竜二にとって策の一つに過ぎない。才能がないことを自覚している彼は常にいくつもの戦術を用意して戦いに望んでいる。一つや二つ程度の策が見破られたからといって、それで戦う術が失われるわけではない。

 

 

 しかし——次の春明の発言にここにきて初めて、竜二は背筋をぞくりとさせた。

 

 

「まさか万策尽きたってわけでもないだろ? なんなら——もう一方の結界を使っても構わないんだが?」

「——っ!!」

「……もう一つ?」

 

 ゆらなどは何を言ってるのか分からずに首を傾げているが、竜二は額から冷や汗を流している。

 

 ——コイツっ! 勘付いてやがる!!

 

 そう、竜二は先のリクオとの戦い。仰言——金生水の陣を張る際、実はもう一つ。二重に結界を構築していたのだ。リクオとの戦闘では発動するタイミングを逃してしまったが、未だに有効なそれは竜二の意思一つで発動できる。

 ゆらですら気づけなかったその結界の存在に、眼前の相手は気づいている。それだけでもこの少年に対する認識を改めなければならない。

 

「魔魅流!!」

「やるのか……竜二?」

 

 命令がなかったためか、それまで静観を決め込んでいた魔魅流に竜二は呼びかける。

 

「俺一人じゃ分が悪い。やるぞ……二人がかりだ!」

 

 一対一でも負けるとは思っていないが、一人で相手をするにはあまりにも相性が悪すぎる。

 あとで妖怪の相手もしなければならない。竜二は早々にこの戦いを終わらせようと、魔魅流と協力して春明は無力化することに決めた。

 

「はっ! いいぜ、相手してやるよ」

 

 二対一で花開院の陰陽師を相手にしなければならない状況にも、春明は不敵に笑みを溢す。

 彼は臨戦態勢を整えながら、手に持っていた狐の面を被ろうと顔に近づける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが結局、陰陽師同士の本気のぶつかり合いが起きることはなく、その場の騒ぎは収束することになる。

 何故なら、それ以上の脅威——強大な妖気の塊がその場に集い、陰陽師たちを囲み始めていたからだ。

 

「なんだ? この妖気のデカさは——!?」

「ちっ、来るのが遅いんだよ。ヤクザども……」

 

 竜二はその妖気のデカさに目を見開き、春明はお面を持っていた手を下げ、互いに戦いの手を止める。

 次の瞬間、怪しげな煙と共に次から次へと廃墟に妖怪たちが湧いて出てきた。 

 

 一つ目、角の生えた小鬼、巨大な顔だけといった異形なものから。

 着物を着た子供に、ひげを生やしたダンディーな男など、人型の妖怪まで。

 その数は百にまで達する。

 

「お兄ちゃん……これ百鬼夜行や」

 

 既に見慣れた光景なのか、ゆらは竜二よりも落ち着いて状況を説明する。

 妹の言葉に竜二は叫んだ。

 

「百鬼夜行!? ふざけるなよ。だとすれば、この中に……」

 

 そう、百鬼夜行を率いれるのは百鬼の主だけだ。ならばこの中にいる筈だ。

 魑魅魍魎の主の器たる——妖怪の大将が。

 

「……お前、何者だ」

 

 そうして、竜二が目を向けたのは先ほどまで自分が戦っていた妖怪。彼の周囲を固めるように数多くの妖怪たちが寄り集まっていた。

 

 カラスの翼を生やした鎧姿の男、知的な眼鏡の女性。

 花魁のような雰囲気を纏った、色っぽい髪の長い美女。 

 その美女の影から、こちらをひょっこりと伺っている河童らしき妖怪。

 黒い法衣に傘を身に着けた長身の男に、どこかで見たような大男。

 わらづと納豆の頭をした子供のように小柄な妖怪。

 

 その妖怪たちの大半が『畏』の代紋が入った羽織を纏っており、油断なく竜二たちを睨みつけている。

 竜二の問いに、彼らの大将として妖怪は堂々と答えていた。

 

 

 

「俺は……関東大妖怪任侠一家・奴良組若頭。ぬらりひょんの孫——奴良リクオ」

 

 

 

 

 




補足説明
 
 羽衣狐——淀殿。
  名前だけだがようやく登場。京妖怪のトップ。
  四百年前の話をやる予定はないので、ここで淀殿に関しての話題。
  皆さんは淀殿と、現代の羽衣狐。どっちが好きですか?
  きっと百人中……九十九人は間違いなく現代と答えるでしょう。勿論作者も……。

 五行思想
  陰陽術を扱う作品において、きっとなくてはならない要素でしょう。 
  詳しく書こうとすると、作者の知識のなさが露呈するので軽く触れる程度。
  『水』は『火』を打ち消す→この関係が『五行相克』。
  『水』が『木』に力を与える→この関係を『五行相生』と呼ぶらしい。 
  ちなみに作者が初めてこの関係を知ったのは漫画『遊戯王』。
  龍札と書いてドラゴンカードと読む、闇のゲームからです。
  

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