吸血鬼ラ・セーヌ……最初はバックベアード復活の話などがあってか、ガチガチのシリアスに感じた。しかし後半、何故か一気にギャグパートになって不覚にも大笑いしてしまった。
コイツら面白すぎるだろ! 唐突に現れた石動零にやられてしまったのが惜しいくらい、良いキャラをしてたぞ!
来週は『かまぼこ』の話。作者は原作の『かまぼこ』の話を知らないが、噂によるとかなりヤバいらしい。果たして今時のテレビで放送できるものなのか……不安で楽しみだ!
あっ、ちなみに今回の話には久しぶりにカナちゃんが出てきます。
修行パートです、一応書いてみましたので、どうぞよろしくお願いします!!
「よお! 怪我の具合はもういいのかよ?」
「別に、なんてことないわ……こんなもん!」
ここは関東妖怪任侠一家・奴良組。その総本山である奴良組本家の屋敷内。
その庭にそびえ立つしだれ桜の樹の枝の上で、二人の少年と少女が向かい合っていた。
一人は夜の姿の奴良リクオ。彼はこの桜の樹がお気に入りで、ここから月夜を眺めたりとよくここに入り浸っている。そして、そんな彼に声を掛ける形で花開院ゆら、陰陽師の少女が樹の上によじ登ってきた。
ゆらは実の兄である竜二にやられた傷の手当の為、奴良組の妖怪屋敷へと連れてこられていた。
ゆら自身は「いやや! 何で妖怪なんかに治療されなアカンねん!」などといって手当を拒んでいたが、思ったより傷が深かったことで抵抗できず、半ば無理やりに治療を受けさせられていた。
頭に包帯が巻かれてゆら。彼女はその治療を途中で抜けだし、庭先に出たところで桜の樹の上で座り込んでいたリクオを見つけたのだ。
「ほんまに……同一人物なんやな?」
彼女は向かい合ったリクオに改めて確認を取る。目の前のいる人物が奴良リクオであることを。昼間の——自分の友達である『彼』と同一人物であることを。
「納得いかねーかい? まっ、ほとんど別人みてーだからな……」
ゆらの懐疑的な問い掛けに、リクオは薄く笑みを浮かべる。彼自身も昼間との違いは自覚している。昼間のお人好しの人間である自分と、尊大な態度の妖怪である自分はまったくの正反対。たとえ変化する現場に立ち会っていたとしても信じられないし、納得もしかねるだろう。
しかし、そんなリクオの返答にゆらは首を横に振った。
「いや……それはもうええんや。もう、私の中で答えは出とるから」
「……?」
ゆらの予想外の言葉にリクオは眉を顰める。彼女は既にリクオの正体を受け入れているようで、清々しい笑顔を浮かべていた。
「何度も助けてくれて、ありがとな。優しい、奴良くん……」
「————————」
素直に礼を言われたこと。自分一人だけで納得するゆら。
そんな彼女のことがリクオはなんとなく気に入らなかった。照れ隠しという意味もあってか、無防備なゆらに軽く蹴りをかまし、彼女を庭の池に叩き落とす。
「何するんや!! アンタ最低やな! ちょっとでも信じたあたしが馬鹿やったわ!」
「ふっ……それだけ元気なら大丈夫だな。さっさと帰れ、京都に」
当然激怒し、抗議の声を上げるゆら。いつもの調子を取り戻した彼女にリクオは笑みを浮かべる。ゆらの場合、これくらい元気で突っかかってくる方が丁度いいのだと。
「……今のは悪行やで! 帰ってきたら今の分、滅したる!!」
「へぇ、楽しみにしとく」
好戦的な笑みを浮かべてリクオを滅すると宣言するゆら。リクオもその発言に挑発的な笑みを浮かべる。
そうだこれでいい、これこそ妖怪と陰陽師の正しい関係だろう。
リクオは荒い足取りで屋敷から出て行こうとするゆらの背中を見送る。しかし、そこはやはり奴良リクオなのだろう。彼はゆらの身を心配してか、その背に向かって声を掛ける。
「おい」
「なんや!!」
「ついてってやろうか? 俺も——京都に」
京都。そう、その古き都こそ花開院ゆらの実家がある花開院家の総本山であり、彼女の次なる戦いの場。
それは浮世絵町に訪れた、花開院竜二と魔魅流によって伝えられた。
彼らは百鬼夜行に取り囲まれ、形勢が不利になると感じリクオへの戦意を引っ込めた。そして当初の目的、ゆらに伝えるべき事実を二つほど告げる。
まずは訃報。花開院の陰陽師である
花開院家の宿敵『羽衣狐』——京都の妖を束ねる大妖怪の復活である。
彼らは既に花開院が施した八つの封印のうち、二つを破ったと言う。二人の陰陽師を殺したのも羽衣狐率いる京妖怪の仕業。その二人の代理として花開院は魔魅流を本家に加え、修行中のゆらを呼び戻すために竜二たちを遣わせたのだ。
ゆらはその要請に応えようと京都に戻ろうとしている。リクオとしては今回、彼女に庇われた恩がある。その恩を返す形で彼女に加勢してもいいし——個人的に気になることもあってか、そのように声を掛けていた。
リクオの申し出に目を丸くするゆらだが、すぐに反発するように言い返す。
「な、なんでやねん……アンタには関係ないことやろ!」
「そうかい……」
そのようにゆらに断られる。彼女がそう言う以上は仕方ない。リクオはゆらの背中を黙って見送ることにした。
だが、今度はゆらの方が何かを思い出したように振り返り、リクオに問いかける。
「なあ……アンタはあいつの——土御門春明の言ってたこと、どこまで信じたらええと思う?」
「——!! そうだな……」
ゆらの疑問に今度はリクオが目を丸くする。
彼は月夜を見上げながら、つい一時間ほど前のことを思い返していた。
×
一時間ほど前の廃墟。
百鬼夜行に囲まれ戦意を引っ込めた竜二たちだが、強気な態度の方は全く変わっていない。リクオの護身刀である祢々切丸を彼の足元に突き刺し、竜二は堂々と捨て台詞を吐く。
「じいさんからの言伝だ。『二度とうちにはくんじゃねぇ、来ても飯は食わさん』——以上、その刀、大事にしろよ」
その態度にカチンときた妖怪の数匹が竜二の背中をギロリと睨みつける。彼らを取り囲んでいるのは自分たちだ、人間風情が何を偉そうにと。
だが、彼がもう一つの結界——『狂言』と呼ばれる式神を回収する光景には度肝を抜かれた。自分たちの周囲をいつの間にか取り囲んでいた『黒い水』。妖怪たちは誰もその存在を感知することができず、その気になればその結界で妖怪たちを滅することができた陰陽師の存在に、皆が呆気にとられる。
そんな中、只一人。その結界の存在を事前に見抜き、大して驚きもしていなかった人物が声を上げる。
「それじゃあ……俺もそろそろ帰るかね。あーあ、疲れたぁ。ふぁ~……」
わざとらしく間延びするような欠伸で、その場を立ち去ろうとするもう一人の陰陽師——土御門春明。
だが、竜二たちを黙って見送った妖怪たちも、彼のことを同じように見逃してはくれなかった。
「おっと、待ちな! この間は世話になったな……ん?」
真っ先に春明の前に立ち塞がったのは特攻隊長の青田坊だった。
春明が手に持った狐面、そして今も彼の腕に絡みつくように蠢いている木の根。それだけでも彼が先日の犯人。自分の脇腹を樹を操って刺し貫いた不届き者だと察することができる。
青田坊は自分に殺意を以って攻撃してきた相手をこのまま見逃すつもりはなく、また他の面子も同じ考えなのか警戒するように春明の周りを囲み始めた。
「——どけ……今度は風穴開ける程度済まさねぇぞ?」
だが、妖怪たちに四方を囲まれている状況にも春明は動じない。うざったそうに吐き捨て、脅しではない明確な殺意を放つ。そんな彼の態度に妖怪たちもピリピリする。
まさに一触即発。次の瞬間にも殺し合いに発展しそうな空気だったが、そこへリクオがやんわりと止めに入る。
「よせ、青田坊……」
「し、しかし、若!!」
「一応、そいつもゆらと同じで俺を助けたんだ……その礼もせずにここで手を出すのは、俺の仁義に反する」
「…………はい、わかりやした」
リクオは真っ先に春明に突っかかっていった青田坊に声を掛ける。
不満げな彼ではあったが、リクオに仁義の話を持ち出され仕方なしに拳を引っ込める。青田坊が戦意を引っ込めるのに習うよう、周囲の妖怪たちも武器を下げていく。
そんな妖怪たちの様子に、春明は皮肉っぽく吐き捨てる。
「はっ!! 随分と聞き訳がいいな! まるで飼いなされた犬みてぇだ」
「なんですって!!」
自分たちの忠誠心を犬のようと卑下され、及川つらら——雪女が歯軋りする。だが、リクオに手を出すなと言われた以上、彼女たちには何もできない。そのまま黙って立ち去ろうとする春明を静かに睨みつける。
しかし、その眼前に奴良組の妖怪ではない——彼と同じ陰陽師である花開院ゆらが立ち塞がった。
「ま、まてや!!」
彼女は未だにダメージを引きずりながらも、廉貞を式神融合させ、その銃口を春明へと突きつける。
「土御門……! アンタ……そのお面の子に何かしたんか!?」
彼が手に持った狐面のことを指しながら、ゆらは問い詰める。そのお面の持ち主の少女のことを心配しているようで、返答次第では「打つ!」と言わんばかりの態度に、春明は首を傾げる。
「不思議だね。陰陽師のてめぇが『妖怪』の心配かよ? あの坊ちゃんのことも庇ったようだし、それが花開院家とやらの教育方針かい、ん?」
「えっ? ……いや、別にそういうわけじゃ……………」
指摘されて初めて気づいたように、ゆらは自身の行動を考える。何故自分は妖怪である筈のあの少女のことを心配し、同業者である陰陽師の春明に敵意を向けているのか。自分自身でもわかっていない様子だった。
すると、答えに窮するゆらに代わり、リクオが春明に疑問をぶつける。
「お前だって俺を庇ってくれたじゃねぇか。一応、礼は言っておくが……どういうつもりだ?」
坊ちゃん呼ばわりされたことに、多少なりともカチンときているのだろう。己が口にした仁義を貫くため、刀こそ抜かなかったが、リクオは鋭い目つきで春明に問いを投げかけていた。
両者の問い掛けに、心底めんどくさそうに春明は答える。
「さっきも言っただろ? 約束だって。俺自身はてめぇらがどうなろうと知ったこっちゃねぇが……引き受けちまったもんわしょうがねぇ。はぁ~……まったく、いつもいつも面倒なことばかり押し付けてきやがる」
そうため息を吐きながら、春明は例の狐面を指先でくるくるとボールのように回転させる。
「…………」
「…………」
春明がそのように狐面を弄ぶ光景に、リクオとゆらの胸中が複雑な思いで揺れる。
『約束』——それは先ほども彼が口にしていた「アイツが留守の間は俺がこいつらの面倒を見る」というやつだろう。春明の言葉をそのまま受け取るなら、狐面の少女が自分たちを護るように春明に頼んだということになる。
リクオもゆらもそれ自体は嬉しく思う。リクオは自分の百鬼夜行に加えたいと思った相手が。ゆらは自分自身も知らず知らずに心を許しかけている相手が。自分たちの心配をしてくれているという事実に胸の奥が暖かくなる。
だが、それを託した相手がよりにもよってこんな得体の知れない陰陽師の少年であったことがどうにも気にいらない。
そして、その得体の知れない少年が彼女の狐面を持っている。それはつまり、彼はあの少女の仮面の下の素顔を知っているということだ。
自分たちの知らない彼女の一面を。思春期の少年少女はその事実がなんとなく面白くなかった。
「お前……あいつとはどういう関係だ?」
そのもどかしさが、リクオの口から春明に狐面の少女との関係性を問いたださせていた。
しかし、当の春明はなんでもないことのようにその質問に答える。
「別に、ただの腐れ縁さ。ガキの頃から知っちゃいるが、それ以上でもそれ以下でもねぇよ」
「…………」
決して多くは語らない春明だが、寧ろそれだけ彼女との親密さが感じられる返答だった。
リクオはさらに質問をぶつける。
「さっきあいつは留守……って言ってたよな。今……あいつはどこにいるんだ?」
この浮世絵町を留守にしているという春明の言葉を信用した上で、現在の彼女の居所を問い詰める。
だが、春明も大人しく答えはしなかった。
「はっ! そこまで教えてやる義理はねぇよ! 知りたきゃ、本人に聞け」
小馬鹿にしたように捨て台詞を吐き、そのまま春明は廃墟から立ち去っていく。
リクオもゆらも、そして他の妖怪たちも。誰もが皆、黙ってその背中を見送ることしかできなかった。
×
『——おい。よかったのか、アレで?』
「あん? 何がだよ……」
一方、廃墟から立ち去った土御門春明。彼は夜の浮世絵町を歩きながら、懐にしまった狐面——面霊気の言葉に耳を傾けていた。
ここ数ヶ月。面霊気は狐面の少女——家長カナの正体を隠すために彼女の元に預けられていた。だが、カナが半妖の里に帰り、富士山太郎坊の元で修行を受けている間は、別に誰にも正体を隠す必要がない。
そのため、面霊気は本来の持ち主である春明の下に戻って来たという訳だ。
彼女は本来の相棒である春明に向かって、先ほどのリクオとの接触に物申していた。
『奴良リクオもお前と同じ学校に通ってるんだろ? 今は夏休み中だから大丈夫かもしれないけど、休み明けに付きまとわれても知らねぇぞ?』
どうやら面霊気は春明がリクオと直接顔を合わせ、言葉を交わしたことを非難しているようだ。
これまで、春明はこの浮世絵町で上手く正体を隠しながら立ち回ってきた。はぐれ妖怪や奴良組の下っ端妖怪たちに制裁を加える場合でも、口止めを欠かさずおこない、決して言いふらさないようにと恐怖で彼らの感情を縛ってきた。
その苦労が今宵、奴良組の面々に顔を晒してしまったことで、全て水の泡となってしまった。
顔が割れた以上、これまでのように裏から立ち回ることは難しくなってしまっただろう。その軽率さに面霊気は小言を漏らしているのだ。そんな相方の愚痴に春明は溜息を吐く。
「しゃーねぇーだろ。まさか、あそこで花開院の奴らに見つかるとは思ってなかったんだよ。文句ならあの老け顔に言え。ちっ、余計なことしやがってあの野郎……」
春明とて、最初からリクオと直接接触するつもりなどなかった。
カナが修行で半妖の里に帰っている間、春明が彼女から頼まれていたのは『リクオやゆら、清十字団の皆を自分の代わりに護って欲しい』ということだった。
春明は嫌々ながらもその約束を律儀に護るつもりで、今回リクオに助け舟を出した。しかし、あくまで影ながら、護符を飛ばす程度で済ますつもりでいた。隠形で完全に気配を断ち、身を潜めていた。
そこをあの花開院家の陰陽師——ゆらの兄と名乗る男に勘付かれたのだ。リクオやゆらだけならバレていなかったものを、あの男のせいで正体を晒すことになってしまった。
カナのように最初から面霊気を被っていれば良かったのだろうが、すっかり慢心していた春明はその必要もないと高を括っていたのだ。
「花開院、竜二……とか言ったな。この礼を絶対にさせてもらうぞ……」
一杯食わされた気分に、春明は不機嫌に顔を歪める。もしも機会があればと、生まれて初めて同じ陰陽師に対抗心を抱きながら、春明は彼らの本拠地——関西の方角を見やる。
「けど、羽衣狐か。随分と厄介な奴に狙われてんだな…………まっ、俺には関係ないことだが」
『………………』
そのようなことを呟く春明に、面霊気は意味深に沈黙する。その沈黙の意味を正しく理解していながらも、春明は無視する。
そして彼はすぐに別のこと——遠く富士の地で修行に明け暮れているであろう、妹分のことを考えた。
「アイツは——今頃何してんのかねぇ……」
×
土御門春明が奴良リクオと接触を果たした——その数日後。
富士山某所——青木ヶ原。
木々が生い茂る樹海の奥底。登山客や物好きな探検家ですら訪れることのない奥地にて。巫女装束を纏った髪の白い少女が一人静かに佇んでいた。
「すぅ……ふぅ……」
時刻は日中らしく、木々の隙間から差し込んでくる木濡れ日を浴びながら、彼女は深呼吸をしている。
しかし現在、少女は木立からこぼれ落ちる日差しを目で感じることができない状態にある。
何故なら少女は目元部分に布を巻きつけ、視界をしっかりと塞いでいたからだ。光を完全に遮断する真っ黒い布。だが少女は怯えた様子もなく、静かに呼吸を深め精神統一を続けていく。
ふいに、少女の身体が数センチ中に浮く。当然、手品でもなければ幻でもない。彼女自身の能力『神足』によるものだ。
神足とは、仏や菩薩が有するとされる神通力——有体に言えば超能力の一種だ。
本来は仏教の言葉であるそれを神道の巫女装束を纏う彼女が使うのは些かおかしいようにも思えるが、そこは神仏習合という信仰体系を確立させた日本人らしい曖昧さである。
本来であれば人間がその力を身に着けるには何十年という、途方もない修業期間が必要である。だがこの少女はとある事情により、その修業期間をすっ飛ばしてその力を身に着けてしまっていた。
「——よし!」
準備が整ったのか、少女は顔を上げる。目隠しをしたまま彼女は真正面——木々が鬱蒼と生い茂る樹海に向かって体を傾け、そのまま勢いよく飛翔し始めた。
地に足をつけることなく、神足を維持したまま森の中を滑空する少女。時速は50kmほど。これは鳥で言うとツバメやスズメ程度の飛行速度であり、鳥類の中でも最速と言われるハヤブサなどと比べて、そこまで速いわけではない。
しかし、驚くべきなのは少女が樹の幹や枝などの障害物にぶつかることなく、その速度を維持したまま森の中を滑空していること。なにより、彼女が目隠しをしているということだ。視界が覆われている筈なのに、まるでどこに何があるかわかっているように、少女は迷いない速度で飛び続ける。
そのまま少女が飛行を続けていると、途中で森が途切れ、開けた広場のようなところに出た。自分が森を抜けたことも理解したのか、少女は神足を解きその広場の中心地に足をつける。
その瞬間——少女が立ち止まるのを見計らったかのように、森の中から何かが飛び出してくる。
——それは『矢』だった。
先端は鉄製のやじり。確かな殺傷能力を持つ矢が数本——あらゆる方角から一斉に少女に向けて放たれていた。
当たれば当然深手を負うだろうし、当たりどころによっては即死しかねない。
だが少女は目隠しを取らないまま、どこから矢が飛んでくるのか把握しているかのように、最小限の動き、紙一重でそれらの矢を交わしていく。
矢を全て躱しきり安心したのも束の間、続けざまにさらなる襲撃が少女に襲いかかる。
先ほど矢が放たれた発射地点から、何者かが飛び出してきたのだ。
——『天狗』である。
特徴的な長い鼻、背中に黒い翼を生やした山伏姿の妖怪。それぞれ刀や槍、錫杖などの武器を手にし、目隠しの少女へと躊躇なく凶器を振りかざしていく。
少女はその襲撃者たち相手に、自らも槍を取り出して応戦する。
器用な立ち回りでかわし、ときには受け取め、彼らの攻撃を華麗に受け流していく。やがて——数合のぶつかり合いの後、天狗たちが攻撃の手を止める。
少女を囲い込みながらじりじりと距離を測っている。少女はその位置関係を把握しているか、一定の距離を維持したまま、さらなる天狗たちの襲撃に備える。
「——そこまで!!」
しかし、その場に威厳に満ちた声が響き渡ったことで、天狗たちは動きを止める。それぞれ構えていた武器を下ろし、少女に対する敵意を引っ込める。
少女の方も武器を納め、彼女はそこにきてようやく自分の視界を塞いでいた目隠しを外した。
「ふぅ~……。お手合わせ、ありがとうございました!」
少女の真っ白だった髪が元の茶髪に戻り、彼女——家長カナは一呼吸つく。
カナは自分を襲った天狗たち、富士天狗組の組員たちに頭を下げ、手合わせしてくれた礼を述べていた。
「……ふむ。まあ、ようやくある程度形にはなってきたかのう……」
カナが森の中を飛翔する様子、天狗たちとの組み手を上空から観察していた小柄な老人——富士山太郎坊はそのように彼女の動きを評価する。
まだまだ言葉に辛辣さが残るが、人間嫌いな彼にしてみればそれなりに高い評価である。それを理解しているのか、キチンと自分の動きを見てくれていた太郎坊に、カナは頭を下げた。
「恐縮です……これも、太郎坊様のご指導の賜物です」
カナは現在、富士の地にて修行に明け暮れていた。幼馴染のリクオの力になるため、彼の百鬼夜行に加わっても恥ずかしくない最低限の力を身に着ける為だ。
夏休みに入ってすぐこっちに来ていたため、修行を始めてから既に一週間以上が経過している。その間、カナはこれまで身に着けていた神通力『神足』の精度を上げる練習を。
そして——その他の神通力を上手く引き出すための訓練を行っていた。
カナは過去、この富士の霊障に当てられ、妖怪になりかけたことがあった。幸い太郎坊のおかげで事なきを得たが、そのときの影響か、彼女は自身が望まない形で神通力の力をその身に宿してしまった。
太郎坊は、カナがその力を悪戯に発揮できないよういくつかの封印を施した。そのおかげでカナは『神足』だけを制御すればいい状態で収まっていた。
しかし、リクオの力になるにはそれだけでは不足だと判断したカナ。彼女は太郎坊に封印を解いてもらい、残りの神通力の制御方法を彼から学んでいたのだ。
あの頃より少しだけ大人になった今、カナは苦戦しつつも何とかいくつかの神通力を制御することに成功した。その成果が、先ほどのやり取りの中にしっかりと反映されていたのだ。
「さて……ようやく形になったところで、もう一度。貴様の神通力に対して説明をしておいてやろう」
手合わせを任せた天狗たちを下がらせ、太郎坊は広場でカナと一対一で向き合う。修行を開始する前にも説明していたカナの神通力について、改めて確認をとるように解説を始める。
「お前がこれまで使ってきた神通力は
まず一つ目——神足。カナが幼少期の頃より使えるようになっていた能力。これにより、彼女は鳥のように自在に大空を飛翔することができる。
「そして——先ほどのあやつらとの手合わせでお前が使った神通力をそれぞれを『
二つ目と三つ目——それこそ、この地に来てからカナが新たに身に着けた神通力の名前である。
天耳とは——『普通は聞こえることのない音を聞き取ることのできる聴力』である。
身も蓋もない言い方をすれば『耳が良くなる』。その一言で事足りる。
だがその精度はすさまじく。カナが目隠ししたまま森の中を飛翔できたのもこの能力によるもの。その原理はコウモリなどが超音波を発し、反響してくる音で周囲の状況を知る『エコーロケーション』に近いものがある。
他心とは——『他人の心の中を全て読み取る能力』である。
妖怪の中に『サトリ』という人間の心を読むものがいる。能力的に言えばそれに近い力だが、カナの他心はそれよりいくらか精度が落ちる。それは修行期間が短いせいであり、この短期間で彼女が得られたのは『相手の敵意や悪意』を感じ取る程度のものだ。
だがそのおかげで、カナは先ほどの天狗たちの攻撃の意思——矢による不意打ち、彼らの襲撃に前もって反応することができたのだ。
「『神足』『天耳』『他心』。この三つが今お前が制御できる力……」
太郎坊は一本ずつ指を立てながら、カナが使える神通力の数を示す。
「そして、そこに『
さらにもう片方の手を合わせて六本の指を立て、太郎坊はカナの力の名称を口にする。
六神通——そう呼ばれる神通力こそ、カナがあの日、身に着けてしまった力の正式名称。
それら全てを習得、制御することで初めて人間は『超人』という存在で呼ばれることになる。
しかし——
「だが……先にお前に習得させた神足と天耳と他心を除いた残りの三つ。宿命と天眼と漏侭は——実戦的という意味では、ほとんど意味がない」
太郎坊は首を振りながら淡々と説明を続ける。
「確かに超常的な力であることは認めるが、その使用用途や使用機会にかなり限りがある。即戦力という意味ではある意味、神足などの方がよっぽどマシだ」
寧ろ、最初に身に着けられる神通力の方が便利であり、戦いに有用であると太郎坊は語る。
「さしあたり、貴様が真っ先に行うべきは神足と天耳と他心。この三つの精度を高めることだな。これらを上手く制御して自在に引き出すことができるようになれば、少なくとも不意打ちの類にはめっぽう強くなる。そうすれば……まあ、お前も最低限……妖怪同士の戦いに遅れは取らなくなるだろう」
「はい——!!」
妖怪に後れを取らない。大天狗である太郎坊にそのように太鼓判を押され、カナは少々浮かれ気味に返事をする。そんな彼女の浮ついた意思を察したのだろう、太郎坊は釘を刺すように言い聞かせる。
「だが、あまりうぬぼれるなよ! 遅れを取らなくなるとはいえ、所詮貴様は人間なのだ! せいぜい小狡く立ち回って、その能力を活かす術を考えるんだな!」
「あっ、は、はい! 済みませんでした……もう一度、お願いします!!」
そのように注意され衿を正すカナ。彼女はさらに精進を重ねるべく、先ほどのような訓練をもう一度して欲しいと太郎坊に促した。
「——あっ、あれ?」
しかし、ふいにカナは立った状態でふらつく。少し頭が痛むのか、こめかみを押さえている。
「……ふん。どうやら根を詰めすぎたようだな……」
カナのその異変に太郎坊はつまらなそうに鼻を鳴らす。さらなる修行を求めるカナに、素っ気ない口調で彼は言った。
「一日ほど休憩を入れるぞ……ここ一週間、ほとんど休みなしだったからな」
「だ、大丈夫です! まだやれますから!」
太郎坊の提案に、休んでいる暇はないとカナは引き下がる。だが太郎坊は取り合わず、さらに厳しい口調で吐き捨てる。
「たわけ! 貴様の身を心配しているのではない! 修行の途中で倒れでもしたら面倒だから言っておるのだ。せいぜい英気を養い、明日から始まる、さらなる厳しい修行に備えるがいい!!」
そう言って、太郎坊はカナを置いて先に屋敷へと帰ってしまう。
広場に一人取り残されたカナ。彼女は太郎坊が消えていった空を見上げながら呟いていた。
「……一応、私の心配をしてくれた……のかな?」
×
「——う~ん……お土産は何がいいかな」
それから数時間後。カナは現在、富士山近辺にある富岳風穴の売店・森の駅『風穴』に来ていた。
当初こそ悠長に休んでいる暇はないと思ったカナだったが、せっかく貰った一日ばかりの休憩時間。多少は気分転換するべきかと考え直し、彼女は久しぶりに人里に降りてきた。
今の時期は富士山も観光シーズンで店内は多くの観光客で賑わっている。カナはその人の輪に混ぜってお土産コーナーを物色していた。
彼女がお土産を配ろうと思っている相手は半妖の里の住人や、富士天狗組の妖怪たちだ。
今夜は一週間ぶりに春菜の家に泊まる予定で、里の皆にはいくつかの菓子を、忙しい合間を縫ってカナの修行を手伝ってくれた太郎坊や天狗たちのため、酒でも買って渡そうかと商品を手に取る。
だが、名産の甲州ワインを手に取ったあたりで、カナは自分が未成年であることに気づく。
「あっ、そっか。私、お酒買えないんだ……」
今は未成年者への取り締まりがきつく、たとえお土産でも酒類は販売すること自体が違法である。カナは仕方なく手に取っていた商品のワインを棚に戻し、銘柄を確認するために開けていた瞳を再び閉じて店内を歩き回る。
カナはお土産を選びながら、同時に自己流で修行を続けていた。
彼女が今行使している神通力は天耳。音だけで周囲の状況を知ることにできる聴覚を頼りに、視覚を一切使わずに店内を歩き回っている。
ときおり、カナは目を閉じたまま立ち止まっては舌打ちでクリック音を鳴らす。音が物体にぶつかって反響する音を、天耳で拾い上げて周囲の状況を知覚しているのだ。
これはカナのように神通力を使えずとも、人間が訓練で身に着けられる技術の範囲だ。実際、盲目の人の中にはこの技術を自由に使いこなし、日常生活を普通に送ってる人もいる。
彼らはこの能力を使いこなすのに相当な時間、訓練を必要としたという。カナもそんな彼らに習うよう、少しで天耳の精度を上げようと、日常生活にこの力を取り入れることにしてみた。
ちなみに——
「ねぇ、見てよ、ママ! あのお姉ちゃんの髪の毛の色——」
「しっ! 見ちゃいけません!!」
「ねぇ……あの子。髪、真っ白じゃあない?」
「ああ……若い身空で可哀相に。きっと辛いことが沢山あったんだろう……」
「……………」
どうやら僅かでも神通力を行使しているためか、カナの髪はいつものように真っ白になっているらしい。
若い女の子の若白髪。何だが周囲の人々から同情的なささやきが聞こえてくるが、知り合いが見ているわけでもないのでとりあえずスルーする。「これも修行のため……」と自分に言い聞かせ、人々からの好奇な視線に顔を真っ赤に耐えていた。
「——ん?」
ふいにカナの耳が何かの振動音をキャッチする。もっとも、それは普通の人でも直ぐに反応できるほどのバイブ音だった。カナは自分の荷物の中から聞こえてくるその音に、バッグの中に手を入れてみる。
「あれ、これって……」
カナはそのバイブ音の正体を確認するために目を開く。視界には自身が妖怪化された姿の人形——清継からプレゼントされた妖怪人形の携帯が映し出されていた。
「……もしもし?」
とりあえず深く考えずに着信に応じるカナ。すると、彼女の耳元にやかましくも懐かしい、同級生の声が響き渡る。
『おー! やっと繋がったぞ、家長くん!!』
「あっ、清継くん! 久しぶりだね、元気だった?」
電話の相手は清十字団団長の清継からだった。久しぶりに同級生の声が聞けて嬉しくなるカナだが、電話先の相手は少し興奮したように、声を荒げる。
『久しぶり——じゃないよ! まったく電話に出ないから心配したじゃないか! いったい、何をしてたんだい!?』
どうやらここ一週間の修行中、何度かカナに電話をかけてきたようだ。音信不通だったカナの心配をしつつ、ご立腹に清継は愚痴を溢す。そんな清継の言葉に心底申し訳なさそうにカナは謝罪を口にした。
「ご、ごめんね! わ、私の実家……その、電話が通じないところにあって……」
実際はただ電源を切っていただけなのだが、あながち嘘ではない。カナが荷物を置いていた太郎坊の屋敷は神聖な富士山の、さらに隔絶された空間に存在しており、電話会社の電波などまったく届かない立地なのだ。
その事実に清継は驚いたように、素っ頓狂な声を上げる。
『で、電話が通じない!? き、君の実家、凄いところにあるんだね……まあ、いいさ……』
しかしそこは清継。直ぐに立ち直り、マイペースに自身の話を始めていく。
『ときに……家長くん。君は夏休みの宿題をどこまで片付けた?』
「夏休みの——宿題!?」
清継にそのようなことを聞かれ、一拍の間を置いた後、カナは顔面蒼白になる。
夏休みの宿題? そんなもの——当然、何一つ手を付けていない。
それどころか、彼女はその存在をすっかり、完全に忘れ去っていた。
カナは割と優等生タイプで、例年通りなら夏休みの宿題など七月中に片づけている。
だが、今年は夏休みに入ってすぐに富士天狗組に行き、ずっと修行に没頭していた。一応、荷物の中に問題集などは入れてきたが、忙しくてそれどころではなかった。
「そ、そうだね……い、一応。それなりには…………は、はははっ」
その事実に今更ながらに焦りを覚えるカナ。彼女は体中からダラダラと嫌な汗を流しながら、誤魔化すように半笑いを浮かべる。
『なんか声が上擦っているけど、大丈夫かい?』
その動揺を電話越しに察する清継だが、すぐに自分の要件を優先する。
『まっ! しかし、流石に自由研究には手を付けていないだろ!?』
「……自由研究? う、うん、そうだね……そっちはまだ何も……」
清継の問い掛けに、カナは正直に頷く。
自由研究——それは夏休みの宿題の定番。その自由度の高さから、何をしていいか分からず。いつの世代でも子供たちを困らせる頭痛の種と化していることだろう。
例年のカナでも、その自由研究だけは最後の方にとっておく。何について研究すべきか、どこまでやるべきかと、毎年のように悩んできた。
すると、その悩みに一石を投じようと清継はとある提案を持ち掛けてきた。
『そこでだ!! 自由研究のテーマを中々決められない君たちの為に!! 我が清十字怪奇探偵団はこの夏、京都への妖怪合宿を敢行する!! 京都の地で——妖怪研究だぁあああああああああああああああ!!』
「………………ごめん。もう少しわかりやすく説明してくれない?」
いつものような自分の世界に浸る清継に、カナは詳しい説明を求めた。
久しぶりの会話ということもあり、清継の話はかなり長くなってしまったが、彼の話を分かりやすく要約するとこういうことになる。
①清十字団のメンバー・花開院ゆらが実家のある京都に帰省している。
②京都といえば歴史と妖怪。
③夏休みといえば、自由研究。
④そうだ、京都に行こう!!
「……最後の台詞、必要!? 言いたかっただけだよね!?」
カナは電話越しではあったが、観光客誘致CMの有名なキャッチコピーを口走っているどや顔の清継を容易に想像できた。
そして、ゆらに会いに行くのにかこつけて、京都の地で妖怪探しをしようという、清継の魂胆が見え隠れしているのが分かる。
だが呆れるカナにも構わず、清継は一方的に捲し立てる。
『まあ、そういうわけだ! 出発は一週間後! 清十字団は全員、当日駅に集合だ!!」
「あっ、でも清継くん。わたし、今回はちょっと——」
『な~に、安心したまえ! どうしても間に合わなければ、現地集合でも構わないし、一日二日の遅れくらいならどうってことないさ!! それじゃあ、よろしく!!』
「あっ、ちょっと!?」
いつものように言いたいことだけを言い、清継は一方的に電話を切ってしまった。カナは何の音も発さなくなった妖怪人形を見つめながら、呆然と立ち尽くす。
「今回は行けないかもって……伝えようとしたのに…………」
いつもであれば清継の無茶ぶりにも苦笑いで応じるカナであったが、今回ばかりは断ろうかと思っていた。
というのも今年の夏休み。カナはずっと修行に没頭するつもりで、富士天狗組に滞在する予定だった。遊んでいる暇も、宿題をしている暇ですら惜しいというのが、カナの正直な気持ちだ。
しかし、カナもゆらの近況に関しては心配していた。ここ最近は学校も休みがちだったし、あの夜——ゆらを自分のアパートに誘ったきり、碌に顔を合わして話もしていない。
浮世絵町に残っている春明にはゆらのことを頼んでもあったが、流石に京都にまで行ってはくれないだろう。
「まっ、いっか……骨休みも必要だよね……うん!」
今まさに太郎坊に言われて骨休みをしていたせいか、カナは前向きにそのように考える。
実際、ゆらが心配なのもあるし、ここ一週間ずっと山に籠っていたせいか、何だか無性に清十字団の皆に会いたくなってしまった。
「とりあえず……あと一週間、修行頑張ろう! その後で決めればいいよね!」
幸い出発まであと一週間はある。その間の修業でさらに修練を積み、納得のいかないような結果であれば改めて断りの電話を入れ、さらなる修行に励めばいいと、自分に言い聞かせる。
しかし、この時点で既にカナの心は遠い京都の地を皆で歩く光景を映し出していた。
中学一年、十三歳の夏休みは人生で一度きり。
修行も大切かもしれないが、皆との思い出を残す夏休みはもっと大切だ。
自分は彼ら清十字団と、リクオと過ごす日常を護る為に、力を付けようとしているのだから——。
だが、カナはまだ知らなかった。
ゆらが、花開院家がその京都で存亡の危機に晒されていることを——。
リクオは、そんなゆらへ借りを返すため、そして己自身の過去と向き合うため、カナとは別の地で修行に励んでいることを——。
その京都の地で、家長カナという少女にさらなる試練が待ち受けていることを——。
このときの彼女には知る由もなかった。
補足説明
カナの神通力の名称――六神通
仏教において、仏や菩薩が持っているとされる6つの超人的な能力。
原点では色々な意味や能力があるらしいが、今作ではわかりやすいものにアレンジしています。一応、プロットでは全ての力を一度は発揮する予定。ここでは現在判明してる能力の名称と解説をしておきます。
神足――空を自在に飛翔する能力。
天耳――常人では聞き取れないような音を聞き取る能力。
他心――相手の敵意、悪意を感じ取る能力。
宿命――???
天眼――???
漏侭――???
???に関しては今後、明かしていく予定です。よろしくお願いします。