家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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 もはや恒例と化しているゲゲゲの鬼太郎・最新話の感想。『半魚人のかまぼこ奇談』。
 どこまでやるかと思ったが、まさか鬼太郎のダイオウイカ化、かまぼこ化、女装。全てコンプリートするとは、恐れ入った。やはり六期は容赦ない。
 それにしても驚いたのが砂かけ婆の資産力である。『あるぞ』と言ってポンと一億円出すとは……五期の砂かけ婆では考えられない金の使い方である。あっちの砂かけは、長屋の家賃すらまともに入ってこず、金に関してはかなりケチなイメージがあるからな。
 こういったシリーズごとにキャラの微妙な違いを感じ取るのも、鬼太郎の魅力である。

 さて、今回は終始リクオ視点で話を進めていきます。タイトルから分かるように遠野でのリクオの物語。基本は原作基準ですが、少しオリジナルを挟んだ話の流れにしてみました。
 それでは、どうぞ!!


第四十七幕 遠野物語 前編

 とある少女が富士の地で神通力の修行に励んでいた頃。

 全く別の土地で、少年もまた妖怪としての修行に励んでいた。

 

「全然だめだ、リクオ!!」

「………………」

 

 夜の姿の奴良リクオ。彼は現在、そぎ落とされた樹木の皮の網で宙ぶらりんに吊り下げられた状態で、鎌を背負った黒髪の少年に説教されていた。

 

 彼が今いる場所は奴良組でもなければ、関東でもない。彼の地より遠く離れた東北の大地——遠野の里である。

 何故リクオがこのような場所で奴良組でもない妖怪から説教を受けているのか?

 

 そもそもの発端は数日前。リクオが実の祖父であるぬらりひょんと大喧嘩したところから始まった。

 

 

 

 花開院ゆらが京都へ帰るのを見送った翌日の夕方。リクオはぬらりひょんに自分も京都に行くと言い出していた。彼は友達であるゆらが京都で大変な目に遭おうとしていることを心配し、彼女の力になってあげたいと、そのようにぬらりひょんに申し出ていたのだ。

 

『死にてぇのか、お前』

 

 ぬらりひょんはそんな彼の甘い考えに激怒し、リクオに刀を抜くように言い、彼に襲いかかった。

 

 確かにリクオは強くなった。三代目を継ぐ覚悟をし、四国を倒した。有頂天になる気持ちもあるだろう。

 しかし、ぬらりひょんから言わせればまだまだ青臭いガキだ。リクオはまだ妖怪同士で戦う意味『畏を奪い合う』という仕組みでさえ、満足に理解していない。 

 そんな彼が今京都に行ったところで殺されるだけだと、ぬらりひょんはそれを体で直接分からせてやったのだ。

 未熟なリクオを叩き伏せ、大人しくしているように言って聞かせる。

 だが、それでもリクオは引き下がらず、ぬらりひょんに喰ってかかった。

 

『京都にいるんだろ……羽衣狐ってのは……そいつが『親父』を——』

 

 満身創痍ながらもそのようなことをリクオは呟き、ぬらりひょんを驚かせた。

 そう、彼は何もゆらを助ける為だけに京都にこだわっているわけではない。羽衣狐はリクオの父親——奴良鯉伴の仇かもしれない妖なのだ。

 

 八年前。鯉伴はリクオの目の前で何者かに殺された。リクオ自身、まだ幼かったため、その時の記憶は朧気ではっきりと思い出せないでいる。だが、その何者かが言った言葉の一部が頭の隅でずっと残っていたのだ。

 

『少女』『羽衣狐』『呪い』『山吹』『待ちかねる』

 

 いくつかのワードが意味もなく羅列にリクオの脳内に浮かぶ。リクオはそのことが幼い頃からずっと気になってしょうがなかった。リクオはあのときの真相を知るためにも、過去の因縁を断ち斬るためにも、どうしても京都に行かなければならなかったのだ。

 

『……おい、カラス。あいつらを呼べ』

 

 リクオの覚悟を知ってか、ぬらりひょんも重い腰を上げた。二人の喧嘩を側で見ていた鴉天狗に彼ら——遠野の里に連絡を入れるように命令した。

 その遠野の地で孫を鍛える為、彼ら『奥州遠野一家(おうしゅうとおのいっか)』にリクオを迎えに来るように要請したのだ。

 

 遠野一家は東北中の武闘派の総元締めとして、全国の妖怪組織に傭兵を斡旋する『妖怪忍者』として名を馳せてきた。その性質上、自然と強者たちが集まり、日々鍛錬に勤しんでいる戦闘好きの聖地でもある。妖怪として未熟なリクオを鍛えるのに、これ以上適した環境はない。

 訓練が厳しすぎて、死ぬかもしれない可能性もあったが、リクオが望んだことだと、ぬらりひょんは鴉天狗の反対を押し切った。

 喧嘩の影響で二日も寝たきりのリクオだったが、その眠ったままの状態で、彼は実の孫を容赦なく遠野一家に連れて行かせたのだ。

 

 

 

「くそっ……中々上手くいかねぇな……」

 

 リクオは自分の身体を縛る樹の皮の網を解きながら、修行がなかなか上手くいかない愚痴を溢していた。

 

 

 

 奴良組の屋敷でぬらりひょんに池に叩き落され、目が覚めたら全く知らない場所——そこは遠野の地だった。

 その唐突な環境の変化に流石に面食らうリクオ。彼は遠野の妖怪たちに雑用を押し付けられたこともあってか、里から抜け出そうと脱走を試みた。

 しかし、遠野の里は『隠れ里』。外部からの侵入を拒み、内部からの脱出を阻む結界に覆われている。いわば里全体が『妖怪』と呼ぶべき性質。その性質もあってか、リクオは昼間にもかかわらず妖怪の姿を維持することができていたが、迂闊にも橋から逃げ出そうとしたリクオを里は幻で欺き、彼を崖から突き落とした。

 

『馬鹿だな——お前じゃ、この里からは出られねぇってば』

 

 真っ逆さまに落ちていくリクオ。そんな彼を馬鹿にしながら、その窮地を救った者がいた。

 それこそ、現在進行形でリクオに稽古を付けてくれている妖怪——鎌鼬(かまいたち)の『イタク』である。

 

 

 

 

「——畏ってのは、みんな違う。畏を技にするってのは、妖怪の特徴を具体的に出すってことだ」

 

 鎌を背負った少年イタクは、この遠野の里でリクオの教育係にあてがわれた若者だった。

 彼は助けたリクオを巨木の切り株の上——里の実戦場に誘い、そこで『妖怪が畏を奪い合う』その意味を解説した。

 

 そもそも、妖怪とは人間を驚かすために存在し始めたものだ。

 怖がらせたり、威圧させたり、尊敬の念を抱かせたりなど。それらを総称し妖怪の力を『畏』と呼ぶ。

 畏の発動と即ち、相手をビビらしたり、威圧させたりし、妖怪としての存在感を一段階上に上げるものだ。

 人間を相手にすれば、それで十分だろう。だが時が過ぎ、妖が増えたことによって妖怪は同じ妖怪同士で縄張り争うをするようになった。妖同士の対立。その歴史の必然によって生まれたのが、相手の畏を断つという技術。

 

 それが『鬼憑(ひょうい)』と呼ばれる戦闘術である。

 

「ほれ、リクオ。あいつらを見てみろ」

 

 イタクはリクオが稽古を受けている隣で実戦練習を行っている、沼河童(ぬまがっぱ)の『雨造(あめぞう)』、天邪鬼(あまのじゃく)の『淡島(あわしま)』の二人を指し示す。ちょうど沼河童である雨造が淡島相手に己の畏―—水流を腕から光線のように発射している。

 あれこそ、妖怪・河童としての畏の具現化。雪女であれば氷系の技になるだろうし、鎌鼬であれば鎌により敵を切り裂く技になる。

 先にイタクが言ったように、妖怪によって畏れの形が違うのだ。

 

「——ねぇねぇ。ぬらりひょんって何の妖怪?」

 

 稽古が上手くいっていないリクオに、座敷童(ざしきわらし)の『(ゆかり)』が話しかけてきた。人間の少女のような妖怪で、彼女はくりくりと愛らしい黒いお目目で無邪気に問いかける。

 

「……何の妖怪って……そりゃあ、あれだよ」

 

 紫の問い掛けに、リクオは暫し迷った挙句に、無難な解答を口にする

 ぬらりひょん。人の家に勝手に上り、茶をすすったりする妖怪。妖怪の総大将と。

 

「なんかわかりにくい。ケホ、ケホ」

「具体的じゃねーんだよ、ふざけんな」

 

 紫は軽く咳き込みながら、ズバリとリクオの説明を切って捨て、彼女の感想に同意するようにイタクも苛立ち混じりにリクオに噛みつく。

 

「それ、俺のせいじゃねぇんだよ、ふざけてねーし」

 

 思わずそのように反論するリクオだが、確かにイタクたちの言うことも分からなくない。

 

 ぬらりひょん。祖父やその孫である自身を指す妖怪の名ではあるが、リクオ自身それがどのような妖怪であるか、具体的に説明できないでいる。

 雪女は氷の妖怪。河童は水の妖怪。犬鳳凰は炎を操る妖怪と。その他の妖怪は実に分かりやすい特性を持っているが、ぬらりひょんについてリクオが知っていること、また世間的に知られているイメージが全く明確ではない。

 

 ——明鏡止水は分かんだよ。認識できないってのは。

 

 それでもリクオは畏の発動。相手をビビらせるという第一段階『鬼發(はつ)』は出来ていた。相手を威圧させ、畏れさせることで自身の存在を相手に認識させなくする、ぬらりひょんの『明鏡止水』がそれにあたる。

 だがそれも祖父の見様見真似だ。リクオ自身、真にぬらりひょんという妖怪について理解して行っているとはとても言い難い状況だった。

 

「——自分自身を知ることから始めたら?」

 

 そんな風にリクオが悩んでいると遠野の雪女――冷麗(レイラ)が顔を出す。彼女は自前で作ったレモンのハチミツシャリシャリ漬けをリクオに勧めながら、彼にこう言った。

 

 

「ぬらりひょんという妖怪の血と真正面から……そうすれば自ずと見えてくる筈よ、自分の技が——」

 

 

 

×

 

 

 

「ふぅ~、今日も生傷が染みるぜ。いてて……」

 

 その日の夜。リクオは一人、大きな石組みの露天風呂に浸かり、一日の疲れを癒していた。

 

 この遠野の里でリクオは修行以外にも多くの雑事に追われている。掃除に洗濯、薪割り、風呂掃除に風呂焚きなど。一日の大半が修行ではなく、これらの見習い仕事に費やされている。

 

 それらの見習い仕事は早朝、朝、昼、夕方と時間ごとにやってくる。それらの仕事をキチンとこなさなければリクオは実戦場に立たせてもらえず、イタクも稽古を付けてはくれない。

 だが、今日は昼間の稽古に熱中しすぎたためか、風呂掃除と風呂焚きの仕事が遅くなってしまった。リクオは慌てて修行を切り上げ、風呂の準備をするが、湯が湧いたのがかなり遅い時刻になり遠野の里の妖怪たちを怒らせてしまった。

 結果、リクオはさらなる雑用を押し付けられ、夜遅くまで働く羽目になり、今さっきようやく仕事が終わったところだ。結局、彼が風呂に入れたのは一番最後、ほとんどの妖怪たちが床についた後であった。

 

「……にしても、昨日と違って今日はやけに静かだな。まっ、当然といえば当然か……」

 

 すっかり冷めてしまった湯船に浸かりながらリクオは呟く。時刻が遅いためか、昨日はあれほど賑やかだった露天風呂が今は貸し切り状態だ。彼は一人、月夜を眺めながら昼間の稽古のことを思い返す。

 

「自分を知るか……はっ、少し前までの『昼間の俺』なら、きっと考えもしなかったことだろうな……」

 

 冷麗に言われたこと『妖怪の血と真正面から向き合う』。それは昼のリクオ、人間である彼がつい最近まで拒否してきた事実だ。自分は人間だ、妖怪の総大将になどならないと。

 もっとも、それも過去の話。牛鬼に覚悟を迫られてからは、昼のリクオも決意を固めた。自身が妖怪であることを受け入れ、奴良組の三代目となるべく着々と組内での地盤を固めている。

 

 だが、そんなリクオでも、まだぬらりひょんという妖怪について深く考えたことはない。

 

 そもそも夜のリクオは、昼のリクオのように自分が何者かなど、深く悩まない。自分は自分。妖怪として覚醒した四年前からそれは変わらず、自由気ままに突っ走ってきた。

 それこそ何者にも縛られない、自由な妖——『ぬらりひょん』として。

 

「けど……それじゃあ駄目なんだろうな」

 

 しかし、ここに来て初めて、夜のリクオは自分について考える。

 冷麗の言うとおり、ぬらりひょんという妖怪について知らなければ、その特性を技として昇華することはできない。

 この遠野の里の結界『畏を断ち斬る術』鬼憑を会得しなければリクオを死ぬまでこの里から出られず、京都に行くこともできないのだから。

 

「京都か。ゆらのやつ、無事だといいが……」

 

 そこでリクオは一旦自分について考えるのを止め、花開院ゆら——京都へ帰還していったクラスメイトについて考える。

 羽衣狐との深い因縁、八年前の真相を知るために京都にこだわる彼だが、勿論ゆらのことも手助けしてやりたいと思っている。

 花開院竜二に襲われたとき、時刻はまだ夜ではなかった。あのときは本当にリクオは無力な人間であり、もし彼女が庇ってくれなければ、自分は竜二に滅せられていたかもしれない。

 

 たとえ陰陽師相手であれ、その恩義を返すのが妖怪仁義の心意気。

 昨日の夜、この露天風呂で雨造や猿の妖怪・経立(ふったち)の『土彦(どひこ)』にからかわれたような、ゆらが超美人だからという浮ついた理由ではない。(リクオ自身はゆらをそこそこの美人だとは思っている)

 

「………………ちっ、嫌なこと思い出しちまったぜ」

 

 竜二や魔魅流に襲われたときのことを思い返したことで、リクオはもう一人の陰陽師——土御門春明についても思い出し、その表情を曇らせて舌打ちする。

 

 土御門春明。自分と同じ浮世中学に通う、一学年上の先輩らしい少年。ゆらと同じように彼にも助けられてクチだったが、リクオはどうにも素直に感謝する気になれないでいる。 

 それは春明がリクオのことを『甘ったれの坊ちゃん』と罵り、リクオの信頼すべき仲間たちを『犬』呼ばわりしたことが要因として挙げられる。

 しかし、何よりもリクオの気持ちを面白くないものにしていたのは、春明があの狐面を持っていたこと。

 自分を何度も助けてくれた彼女——巫女装束の少女と浅はからぬ関係を持っていたことだった。

 

 リクオは彼女のことを自身の百鬼夜行に勧誘した。それは何度もリクオや、リクオの友人たちを助けてくれた彼女の行動力に信頼を覚え、好感を抱いたからだ。

 たとえお面で素顔を隠したままでもいい、そんな彼女が自分の力になってくれれば嬉しいと、心からそう思っていた。そう、春明があの狐のお面を見せつけるまでは——。

 

「あいつには見せられて、俺には見せられないのかよ……」

 

 リクオはポツリと愚痴を溢す。

 あの少女がリクオの前に現れるとき、彼女は常に狐面を被っている。素顔を晒せない何か特別な理由でもあるのだろう。あるいは、そういう妖怪なのだろうと、リクオはあえてそのことを深く突っ込みはしなかった。

 

 だが、春明はあの狐面を持って現れ、もともとそのお面は自分のものだと言い張る。

 もしもあの陰陽師の言う通り、彼女が彼からお面を借りるような関係であるのならば、春明はあの少女の素顔を知っているということになるだろう。

 リクオはそのことがどうにも面白くなく、それならいっそ自分も彼女の素顔を見てみたいと、ついそのようなことを考えてしまう。

 

「見せられないってことは……ひょっとしたら、俺も知ってる相手なのかもしれないな……」

 

 リクオは湯船で腕を組みながら、狐面の少女の素顔について想像を巡らせる。わざわざ素性を隠すことの意味から、彼女の正体を思案し始めていた。

 

「天狗の妖怪……て言ってたよな? てことは、まさか『ささ美』か?」

 

 少女自身が名乗っていた『天狗』というワードから、リクオはまず最初に三羽鴉の紅一点、鴉天狗の娘・ささ美を思い浮かべる。彼女も父親と同じ鴉天狗という種族であり、能力的には一番ぴったりと当てはまりそうな候補だ。

 

「いや……どう見ても背格好が合わねぇ。それに、それならそうと鴉天狗が黙っていねぇだろうし」

 

 しかし、すぐさまリクオはその考えを否定する。

 ささ美は長身な美人で、例の少女とではその背格好に違いがありすぎる。

 また、鴉天狗は少女の所属——富士天狗組について、終始苦虫を噛みつぶしたような顔で話をしていた。四百年前に喧嘩別れした彼らのことを相当警戒しているのだろう。わざわざそんな組の名を持ち出してまで、娘にそんなことを指せる理由がない。

 

「もしかして……夜雀? いや、それはないと思うが………」

 

 次にリクオが思い浮かべた候補は四国妖怪・元幹部の夜雀だ。

 四国八十八鬼夜行の主、玉章の部下で側近であった布で顔を覆った謎多き妖怪。彼女は最後、玉章を見捨て、彼の頼みの綱だった魔王の小槌を奪い去り、どこぞへと去っていった。

 彼女は有名な鳥妖怪であり、天狗のように自在に空を飛翔できる。能力的にも狐面の少女と似通ったところがあるように思える。

 だが四国との決戦時、狐面の少女はその場に参戦しており、当然夜雀もそこにいた。同じ時間、同じ場所に彼女たちがいたことになる。その矛盾から、リクオはあっさりと夜雀を候補から外す。

 

「——まさか…………凛子先輩!? う~ん、考えてみれば、これが一番可能性がありそうだが……」

 

 さらにリクオが思いついた候補は学校の先輩。自分と同じ半妖だという白神凛子だった。

 先の邪魅騒動の一件で、リクオは清十字団の団員である白神凛子に正体がバレてしまった。しかし、彼女はリクオの素性を知っており、自身も奴良組でお世話になっている白神家の一員。リクオと同じ半妖であると告白してきた。

 

「あの人も二年だ。案外、土御門と同じクラスかもしれねぇな……」

 

 同じ学校に通う者同士、同じ学年として春明との接点もありそうだ。候補として、これ以上有力な人物はいないだろう。

 

「けどな……あの人は白蛇の半妖だろ? 天狗とは似ても似つかねぇ。やっぱり違うよな……」

 

 だが、白神凛子の祖先は浮世絵中学の七不思議の一つ・土地神白蛇だと、あの騒動の後でリクオはカラス天狗から聞いていた。白蛇と天狗では能力も性質も違い過ぎる。やはり彼女も狐面の少女ではない。

 

「あ~駄目だ! サッパリ思いつかねぇ!」

 

 有力な候補を全て出し尽くし、考えが息詰まるリクオ。彼は一旦頭を空っぽにし、ぼんやりと湯船に浸かり直す。そして今一度、あらゆる前情報、偏見を取っ払い、純粋に彼女の姿を脳裏に思い浮かべてみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リクオは想像する。

 

 目の前に、狐面の少女が立っている姿を。

 

 身綺麗に整えられた巫女装束。勇ましく振るわれる槍の一振り。純白で美しいその髪が風で靡く光景を。

 

 リクオは思い浮かべる。

 

 彼女がこちらに背中を向けている姿を。

 

 想像の中で少女は狐面をその手に握っている。

 

 今、彼女の素顔を阻むものは何もない。

 

 そのまま自分の方を振り返る、少女の素顔をリクオは夢想し——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほんの一瞬、振り返った彼女の素顔が家長カナのものと重なって見えた。

 

 

 

 

 

「——は?」

 

 思いがけない相手にリクオの口から間の抜けた声が零れる。

 ゴシゴシと咄嗟に目を擦る。再び彼女の素顔を思い浮かべようとするも、そこにあったのは狐面を被って素顔を隠す、いつもの少女がいるだけ。

 

「……………いやいや、ないない」

 

 あまりに突拍子もない自身の想像に、あきれるように首を振るリクオ。

 如何に稽古や仕事疲れで疲労が溜まっているとはいえ、幼馴染の人間であるカナを狐面の少女の素顔と見間違うとは、どうかしているにも程がある。

 

「あるわけねぇだろ、そんなこと。カナちゃんは人間なんだから……」

 

 夜のリクオにとって、カナは自身が妖怪に目覚めるきっかけをくれた女の子だ。彼女を護ろうと、彼女を救うため、リクオは人間を辞めてやると豪語し、妖怪となった。

 そんな彼女が妖怪同士の抗争に関わるなど、考えるだけで脇腹を抉られるような痛みに襲われる。

 

「そういえば……ここ最近、カナちゃんとも会ってねぇな」

 

 ふと、リクオはカナと夏休みに入ってからまだ一度も会っていないことを思い出す。彼女は休みに入ってから直ぐに実家に戻っているらしく、清十字団の活動でも顔を合わす機会がなかった。

 

「当分は会えそうにねぇな。ふぅ、元気にしてるといいけど……」

 

 この修行が無事に終われば自分は京都に行き、羽衣狐率いる京妖怪との抗争に入るだろう。

 清継が清十字団として京都に行くようなことを言っていたが、観光目的で来る彼らと会えるとは思っていないし、その旅行にカナが同行するとも限らない。

 当分は会ってゆっくり話も出来ないだろうと、そのことを残念がりながら、リクオは夜空を見上げて呟く。

 

「全部が片付いたら、会いに行くよ。それまで待っていてくれ、カナちゃん……」

 

 自身の帰るべき場所、浮世絵町。そこで待っているであろう幼馴染に、自身の帰還を約束していた。

 

 

 

×

 

 

 

「は、は、はッくしょん!! ふぅ~寒み。昨日は風呂場で長いし過ぎたぜ。すっかり湯冷めしちまった」

 

 翌日の早朝。朝起きて早速、川辺でリクオは押し付けられた雑用、洗濯に勤しんでいた。

 昨日の夜は風呂に入った後、すぐに与えられている寝床であった釜の中で眠りに就いたリクオだが、どうにも冷めた風呂の中で長居しすぎたせいか、体が冷え込み、少しばかり鼻の方がムズムズしてしまっていた。 

 それでもリクオは淡々と洗濯仕事をこなしていく。これをやっておかないと稽古を付けてもらえず、いつまでたっても京都へ行くことができないからだ。

 

「ふぅ……これでひとまず、終わりか」

 

 一通り、洗濯物を洗い終えて一息入れるリクオ。後はこれを干し場。里の中でも比較的日が当たる場所へと持っていくだけなのだが、そこまでの道のりがまた険しいのだ。

 遠野の里は妖気が溜まる分、常に里全体が煙によって覆われている。洗濯物を乾かせるポイントが少なく、ここから一番近い場所でも、ゴツゴツとした岩の斜面を登っていかなければならない。

 岩は苔がむしており、足場がかなり悪い。リクオは何度もコケては、盛大に洗濯物を地面にまき散らし、その度に洗い直すという失態を繰り返していた。

 

 リクオは少しでも無駄手間を省くため、干し場に行く前に一呼吸入れ直す。

 そしていざ、洗濯物の入った袋を担いで斜面を登ろうとした。そのときであった——

 

「やっぱりだ」

「——!?」

 

 後ろから何者かが歩み寄ってくる。その声音には明らかな敵意、殺意がこめられていることを感じ、リクオは慌て振り返る。

  

 そこには三人の男が立っていた。

 若い風貌の男が二人。両方とも黒いスーツを着ており、片方は屈強な坊主頭、片方はチャラチャラした髪型で口に煙草を加えている。

 後の一人は黒い着物に、白い顎鬚を蓄えた老人だった。しかし、その老人。衰えという言葉とは無縁で、しっかりとした足取り、並々ならぬ眼力でこちらを睨みつけてくる。

 そして老人は言葉に怒りと憎悪を込めながら、リクオに向かって吐き捨てる。

 

「忘れたくとも忘れられなぇ顔だ……最低の記憶のな」

「…………?」

 

 何のことを言っているのか分からず、暫し呆気にとられるリクオであったが、次の瞬間——彼は男の内の一人、屈強な坊主頭がいつの間にか視界からいなくなっていることに気づく。

 

 それと同時に——リクオは後ろから妖気の塊、妖怪の気配を感じ取る。

 

「——!?」

 

 刹那、慌てて身をかわしたリクオのすぐ横を、屈強な男の拳が通過する。

 関節を異様な方向に曲げ、殴りかかる男——彼の拳は川辺の大岩を粉々に粉砕し、さらにリクオへと襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

 咄嗟に反撃しようと試みるリクオであったが、現在彼の手元には愛刀の祢々切丸はおろか、木刀の一振りすらない。

 

 全くの無防備、彼はなんとかこの窮地から逃れようと、自身の畏——ぬらりひょんの鬼發を発動させていた。

 

 

 

 

 ——明鏡止水!!

 

 

 

 

 




補足説明
 遠野の里
  奥州遠野一家が統べる隠れ里。雪女や河童たちの故郷とされており、つららの母親である雪麗もこの里の出身らしい。今回の話ではリクオの百鬼夜行に加わる面子の名前だけ出しています。個々の面子の詳しい掘り下げは次話以降に機会があればやっていきます。
 
 鬼發と鬼憑
  妖怪の畏の形。それぞれぬら孫独自の漢字として本来は一文字で書かれていますが、パソコンではそれが無理なので、二文字で書かせてもらっています。
  作中では鬼憑のことをイタクが里独自の呼び方的なことを言っていましたが、京妖怪である鬼童丸の部下も自身の畏を鬼憑と呼んでいました。
  いろいろとややこしいので、ぬら孫世界全体で鬼憑と呼ぶことで、本作では統一していきたいと思いますので、よろしくお願いします。


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