家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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 少し短いですが、区切りがいいのでこれで投稿します。


第四幕 陰陽師・花開院ゆら

「――私は……京都で妖怪退治を生業とする陰陽師……花開院家の末裔です」

 

 奴良リクオが彼女――花開院ゆらの言葉を理解するのに、数秒の時間を要した。

 

 仏間に現れたネズミを追いかけ、リクオとゆらの二人は庭先まで来た。するとネズミは突然巨大化し、猫ほどの大きさとなって二人に襲いかかったのだ。

 しかし、ゆらはまったく動じることなく、ネズミに向かって人型の札を投げつける。

 その札がネズミの体に張り付いた途端、ネズミが苦しそうに悶え、「滅!!」という、ゆらの掛け声とともにボン!

 打ち上げ花火のような音を立て、ネズミは爆散した。

 

 一連の常人離れした行動を見たリクオがゆらに問いただし、その際に返ってきた答えが先ほどの彼女の言葉だった。

 

 ――陰陽師って……まさか、妖怪を退治するのが仕事の、あの!?

 

 陰陽師の存在についてはリクオもテレビなどで知っていた。

 知ってはいたが、まさか自分の目の前にこうして現れるとは思ってもいなかった。彼はあまりの突然の邂逅に、ただただ呆然とするしかなかった。

 そうして、しばらくの間その場は静寂に包まれていた。すると――

 

「大丈夫かい 家長くん?」

「しっかりするっす!」

 

 その場の沈黙を破り、少年たちの切羽詰まった声が響いてくる。

 リクオが振り返ると清継と島の二人が、ぐったりとしているカナを支えながら庭先まで歩いてきた。

 

「カナちゃん!?」

 

 リクオは幼馴染の異変に慌てて駆け寄る。彼女は体をガクガクと震わせ、胸を抱え込むように苦しげに喘いでいる。

 

「なんや、どうしたんや!?」

 

 ゆらも心配して駆け寄り声をかけるが、カナからはまともな答えは返ってこず、彼女の代わりに清継が言葉を絞り出す。

 

「わからないよ……さっきから、ずっとこの調子で……」

 

 清継と島はとりあえずカナを庭先の廊下に座らせるが、その間も、カナはずっと息を荒げたままだった。

 

「そういえば、さっきのネズミはどうなったんすか?」

 

 島がリクオたちに聞く。ネズミという単語に、カナが一瞬肩をビクッと震わせていたことに彼は気づいていない。

 

「ネズミならさっきあたしが退治した。もう大丈夫や!」

 

 カナを少しでも安心させようと、ゆらが優しく彼女に語り掛ける。

 

「……退治? 退治とは、どういうことかね?」

 

 ゆらの口から出た言葉の意味を清継が尋ねる。ゆらはカナの身を気遣いながら、先ほどのネズミが妖怪であったこと、自分が陰陽師であることなどを軽く説明する。

 

「うぉおおおおお!! 素晴らしい! ボクの自論は間違っていなかったんだ!!」

 

 彼女のその説明に、感動した清継が奇声を上げ、喜んでいた。

 妖怪がいるという彼の自論が証明されたのだ。清継が浮かれるのも無理からぬことだろう。だが、今のリクオに彼の相手をしている余裕はなかった。

 

「大丈夫、カナちゃん?」

 

 ひたすら幼馴染の側に寄り添い、声をかけ続ける。それでも、カナの苦しむ様子は一向に収まる気配をみせない。

 

 ――どうしよう!? どうしよう!?

 

 本格的にパニックになり始めたリクオだったが、そんな彼の元へ、とある人物が顔を出す。

 

「どうだ 様子は?」

「鴆くん!?」

 

 奴良組幹部の鴆。

 人の姿をしているといえども、彼も歴とした妖怪である。陰陽師であるゆらにその正体がばれないかと、気が気ではないリクオ。

 しかし、鴆はリクオの方をチラッと見ただけで、すぐさまカナの方へと視線を向ける。

 

「ほれ、こいつを飲め。少しはマシになるだろう」

 

 そう言って、持ってきた薬を彼女に飲むよう促す。

 

 鴆は妖怪の医者だが、患者は妖怪だけではない。表向き普通の医者として、人間の患者相手にも商売をしている。彼女の容態を心配し、急いで薬を持ってきてくれたのだろう。

 

 ――ありがとう 鴆くん!!

 

 そんな彼の気遣いにリクオは心から感謝し、その意思を自分の瞳に乗せて鴆に伝える。その視線に気づいたのか、彼はどこかきまり悪げにそっぽを向いていた。

 

 鴆の薬を飲んだ後も、カナはしばらく息を荒げていた。だが、だんだんと落ち着きを取り戻してきたのか、呼吸が正常へと戻っていく。

 その様子に、皆がホッと胸を撫で下ろしていた。

 

 

 

×

 

 

 

「大丈夫か 家長さん?」

「うん……もう大丈夫だよ ゆらちゃん」

 

 心配して問いかけるゆらの言葉に、カナは迷わずにそう答える。

 リクオの家からの帰り道。すでに夜となった浮世絵町の繁華街を二人の少女がネオンの光に照らされながら歩いていく。

 中学生である彼女たちだけで歩くには少し危険な場所、時間帯ではあったが、ここを通るのが家に帰るための近道であったため、やむを得ない側面もあった。

 

「……驚かせてごめんな」

 

 先ほどのネズミ騒動。カナが取り乱してしまった責任の一端は自分にもあると、ゆらがカナに謝罪の言葉を口にする。

 

「そんなこと……あっ」

 

 その謝罪に、気にすることはないと返そうとしたカナの言葉が途中で止まる。

 べろんべろんに酔っ払った中年の男が二人の間を割って歩いてきた。

 中年の行動に少し顔をしかめたカナだったが、すぐに気を取り直しゆらの手を引き、先を急いでいく。

 

 

 

 

 

 

「そっか 一人暮らしか……」

 

 道中。カナは先ほど聞けなかったゆらの話に耳を傾けていた。

 他の清継十字怪奇探偵団の面々は彼女の身の上について聞いていたが、カナは自身の体調のせいで彼女の話を聞いている余裕がなかった。

 

 改めて話を聞き、ゆらが浮世絵町で一人暮らしをしていることや、土御門春明と同じ陰陽師であることなど。カナはゆらについて、いろいろと知ることができた。

 

 ――陰陽師か……。

 

 カナは春明以外の陰陽師には会ったことがなかったため、少しだけ驚いている。驚くと同時に今朝、彼女から感じた違和感についても合点がいった。

 同じ陰陽師なら、似たような雰囲気を醸し出していても不思議ではないだろう。

 

「家長さん?」

「…………えっ な、何?」

「ほんとに大丈夫か? やっぱりまだ体調が……」

 

 少し長く思考に耽っていたためか、ゆらが心配そうに顔を覗き込んでくる。そんな彼女に心配かけまいと、カナは話を逸らそうとまったく別の話題を口にしていた。

 

「……実はね、私も一人暮らしなんだ」

「えっ……そうなん?」

 

 ゆらは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする。

 中学生の一人暮らしなど、ゆらの中では常識の範囲外だ。自分のような特別な事情でもない限り、まだ早いと思っていたのだろう。

 彼女の興味が完全にそちらの話題に移ったことに安堵しながら、カナは続ける。

 

「だから、困ったことがあったら相談してね。力になるから!」

「ありがとな、家長さん!!」

 

 馴れぬ土地での一人暮らし、不安もたくさんあったことだろう。力強いカナの言葉に、ゆらは今日一番の笑みで答えていた。

  

 

 ちなみに――。

 カナは確かに一人暮らしをしているが、保護者とも呼べる存在である春明が同じアパートに住んでいる。

 加えて、彼女たちの住んでいるアパートには現在、カナと春明以外の住人はいない。

 人付き合いをめんどくさがる春明によって、簡易的な人払いの結界が張られているため、新しい住人はおろか、大家でさえ近寄ろうとしないのだ。

 使われていない空き部屋も、すでに春明の私物が置かれた倉庫と化している。

 アパートというよりは、もはや彼女たちの家といってもいい状態なのだ。

 無論、部屋の掃除や食事の用意など、自分の分は自分でやっているため、カナは立派に自立しているといえなくもないだろう。

 

 

「――フフフ かわい子ちゃんみっけ~」

 

 ふいに、彼女たちの会話に割って入ってくるよう、ホスト風のいかにもチャラチャラした青年が話しかけてきた。

 繁華街を歩いていると、こういう不埒な輩が何の脈絡もなく声をかけてくることがよくあるのだ。カナはいつものように相手にせず、ゆらの手を引いてその場を離れようとした。

 しかし――似たような風貌の男たちが彼女たちを取り囲み、その進路を阻害した。

 

「え? ちょっと……何よ……」

 

 男たちの不気味な行動に思わず怯むカナ。

 

「匂うで……」

 

 すると、ゆらが目を細めながら、彼らを見ながら低い声で呟く。彼女のその言葉にカナも咄嗟に感覚を研ぎ澄ませ――そして気づく。

 ゆらが放った『匂い』という、その言葉の意味を――。

 

 ――これは……妖気!?

 

「ゆらちゃん こいつら!?」

「昼間話したやろ……知性はあっても理性はない。最悪の奴らっ!」

「それって!?」

 

 昼休み。ゆらが自分たちにしてくれた話を思い出す。

 妖怪の中で一番タチが悪く危険な存在――獣が妖怪化したものたち。欲望のままに化かし、祟り、切り裂き、喰らう。

 それこそが、今目の前にいるコイツらだと、ゆらは警告しているのだ。

 

 カナは咄嗟に身構える。

 

 自分の正体について、カナは基本秘密にしている。だが、万が一のときはゆらにばれようとも構わず、力を使わなくてはならないだろう。

 カナは心の中でそう覚悟を決める。しかし――

 

「つれなくすんなよ、子猫ちゃん。あんたら三代目の知り合いだろ?」

 

 最初に声をかけてきた男が、薄気味悪い笑みを浮かべていた顔を手で覆い隠した。

 そして、髪をかきあげながらその正体を露にする。

 

「夜は長いぜ……骨になるまでしゃぶらせてくれよ!!」

 

 その正体を月明かりの下に晒したその妖怪の本性――

 

 

 ――真っ赤に血走った目

 

 ――頬まで裂けた口

 

 ――まがまがしい鋭利な牙

 

 

「あ……あぁぁ……?」

 

 カナが小さく呻き声を上げる。

 妖怪の正体がなんなのかを知った瞬間、昼間の悪夢が蘇る。

 

 

「――いやああああああああああああッ!!」

 

 

 カナの覚悟が、脆くも砕け散った。

 

 妖怪の名は窮鼠(きゅうそ)

 欲望のままに化かし、祟り、切り裂き、喰らう。

 

 家長カナという少女の記憶の奥底に刻まれたトラウマを刺激する。

 

 それは()()()()()()()()()()()と同種――大ネズミの妖怪である。

 

 

 

×

 

 

 

「家長さん、しっかり!!」

 

 窮鼠の素顔を見た途端、カナの表情が恐怖に歪んでいく。無理もないとゆらは思った。

 昼間に出てきたネズミ。あの程度の大きさのネズミを見ただけでも、彼女はあれだけ取り乱していたのだ。今の彼女の恐怖はあのときの比ではないだろう。

 顔面蒼白で、またも呼吸が荒くなってきている。

 

「ふっ……お楽しみの始まりだ」

 

 そんなカナをさらに追い詰めるように、人間の男たちに化けていたネズミの群れが彼女たちににじり寄ってくる。

 気がつけば二人は路地裏に追い込まれ、逃げ道を失っていた。 

 

「後ろに下がって、家長さん!」

 

 カナを後ろに下がらせ、ゆらは一歩前に出る。ネズミの注意を自分に向けさせるため、彼らへ挑発の笑みを浮かべる。

 

「ネズミ風情が……馴れ馴れしくするんちゃうわ」

「………やれ」

 

 予想通り、その挑発に乗って数人の男たちが飛びかかってくる。

 ゆらはそれを――正面から迎え撃つ。

 

禹歩(うほ)天蓬(てんほう)天内(てんない)天衝(てんしょう)天輔天任(てんほてんにん)!!」

 

 掛け声とともに、妖怪たちへと歩を進める。

 

乾坤元亨利貞(けんこんげんこうりてい)!!」

 

 魔除けの財布から素早く式神の入った札を取り出し――叫びと共に力を開放する。 

 

「出番や! 私の式神――貧狼(たんろう)!!」

『―――――――――――!!』

 

 ゆらの呼びかけに応え、巨大なニホンオオカミの式神『貧狼』が顕現する。

 

「おわっ!」

「な、なんだぁ――!?」

 

 突如現れたオオカミに、ネズミたちの動きが止まるが、その動揺が彼らの命取りである。

 貧狼は容赦なく、動きを止めたネズミたちに襲いかかる。足で踏み潰し、爪で腕を吹き飛ばし、数匹のネズミたちを、鋭利の牙でまとめて噛み砕いた。

 

「ギャァァァァ!!」

「ひいいいい!!」

 

 男たちが断末魔の叫び声を上げる。

 

 ――よし いける!!

 

 貧狼の戦果に、ゆらは心の中でガッツポーズをとる。

 実はこの戦い、ゆらにとって一人で行う初めての実戦であった。

 実家のある京都で何度か妖怪と交戦した経験はあったが、その際は実の兄――花開院竜二(りゅうじ)が常に付き添っていた。

 竜二はなにかとつけて、ゆらの戦い方に文句をつけてくる。

 

『――動きが単調すぎる』『――もっと頭を使え』『――お前はまだ子供すぎる』

 

 そのほとんどが悪口に近い。実の兄の意地の悪い笑みを思い出しながら、その笑みにむかって勝ち誇るゆら。

 

 ――見たか、バカ兄! あたしは一人でも、やれる!! 

 

「いい子やね、貧狼」

 

 ゆらは余裕を持ちながら、貧狼を褒めてその労をねぎらう。

 

「窮鼠様、こいつは!?」

「兄貴……」

 

 残党のネズミたちが一人の男に不安げに問いかけ、その言葉にゆらが反応した。 

 

「窮鼠か……子猫を喰う大ネズミの妖怪」

 

 妖怪の名前を書き記した『花開院秘録』にも出てくる、そこそこの知名度を持った妖怪だ。

 

「人に化けて、こんな地上に出るなんて……」

 

 本来であれば、こんな場所で堂々と人に正体を晒すような妖怪ではない。

 やはり、この町はおかしい。

 妖怪の主『ぬらりひょん』が住み着いているという噂も頷けるというものだ。

 

「陰陽師の娘が友達とは……三代目も相当な好き者だね」

 

 窮鼠が変身を解き、ホスト風の人間の姿に戻りながら呟く。

 

 ――三代目?

 

 相手の言葉の意味が理解できず、ゆらは首を傾げる。その間、窮鼠は自然な動作で堂々とゆらへと近づいてくる。

 

「そんな物騒なものはしまいなよ……可憐なお嬢さん」

 

 目前まで迫った窮鼠が営業スマイルを浮かべながら、馴れ馴れしくゆらの頬に触れようとしてくる。

 ゆらは、窮鼠のその腕をおもいっきり引っぱたいて払う。

 

「……触るな、ネズミ」

 

 手を叩かれた窮鼠。一瞬ものすごい形相でこちらを睨んだが、すぐに気を取り直したように、彼は不敵な笑みを浮かべる。

 

「たいした力だが――所詮子供は子供だな」

「……?」

 

 窮鼠の勝ち誇ったような台詞にゆらは眉をひそめた。その直後――

 

 

「――きやああああああああああああっ!!」

 

 

 突き刺すような悲鳴が、後ろから聞こえてきた。

 ゆらが驚いて振り返ると、いつの間にか、何十匹もの小さなネズミたちがカナを一斉に取り囲んでいた。

 

「やめ!? その子は関係ないやろ!!」

 

 ゆらは窮鼠に向かって叫ぶ。

 家長カナはただの一般人だ。自分たちのようなものの戦いに巻き込むべきではない。

 だが、そんなゆらの意見を窮鼠は鼻で笑う。

 

「ふうん……僕の美貌に気を取られて、守るべきものを忘れてしまったんだね」

 

 窮鼠の言葉にゆらはハッとなる。

 勿論、奴の美貌とやらに気を取られていたわけでは決してない。

 しかし、奴の言葉通り、目の前の敵に集中するあまり守るべき存在である筈の彼女のことを失念していた。

 自分の不注意によって生まれた結果に、自己嫌悪に陥るゆら。

 

「じゃあ……式神をしまってもらえるかな?」

 

 窮鼠は嘲るような笑みを浮かべ、冷酷にゆらに要求してくる。

 

 式神をしまう。それは敵前で丸腰になるということ。本来であれば、呑むことはできない愚考の要求であった。

 しかし――

 

「はぁ、はぁ、はぁ…………」

 

 ゆらはカナを見る。

 彼女は体をガクガクと震わし、体中から汗を噴きだしていた。胸を抱え込むように苦しげに喘いで、忙しなく息をついている。

 昼間のときと同じ――いや、それ以上にまずい状態だ。

 ゆらは悔しがりながらも、静かに決断を下すしかなかった。

 

 ――戻れ、貧狼……。

 

 巨大なニホンオオカミの式神が消え、札の中へと戻っていく。

  

 パンッ!!

 

 間髪入れず、ゆらの体に痛みが奔る。

 式神をしまい無防備になったゆらの頬を、先ほどの仕返しだとばかりに窮鼠が引っぱたいた。

 ゆらはその意識を闇に沈めていく中、窮鼠のその言葉を確かに耳にしていた。

 

「――お前ら、丁重に扱えよ。こいつらは大事なエサ、なんだからな。くくく……」

 

 




補足説明

窮鼠
 原作でもアニメでもただのやられ役のネズミ妖怪ですが、アニメ版だとCVが子安の影響か、何故か大物感がする。今作でもアニメ版の性格を反映して書かせてもらっています。「俺は! もっと自由に生きるんだあぁああ!」――まさに、子安の魂の叫び。



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