家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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話数もそれなりに増えてきたため、サブタイトルにナンバリングをあてることにしました。形式は原作風に『第〇〇幕』といった感じで、キャラ紹介や番外編以外には基本ナンバーを振っていきます。

今回の話はほぼ原作の流れどおり。前編とは違い、キャラの視点をころころ変えて、なんとか工夫していますので、どうかよろしくお願いします。


第四十八幕 遠野物語 後編

 遠野の里。早朝、川辺で洗濯仕事を済ませた奴良リクオに、問答無用で謎の妖怪たちが襲いかかってきた。

 

 相手の妖怪は三人組——その内の一人、黒スーツの屈強な坊主頭『牛力(ぎゅうりき)』が最初に飛び掛かった。彼は己の畏を拳に乗せ、全身のバネを用いて敵に殴りかかる鬼憑『牛力千力独楽(ぎゅうりきせんりきごま)』でリクオに殴りかかる。

 川辺の岩々を一撃で粉々に砕く威力。並みの妖怪なら掠っただけでも致命傷になりかねない牛力の必殺技だが、その一撃をギリギリで躱され、二撃目も空ぶった瞬間——リクオの姿が忽然と消え去った。

 

「あん? 消えた……隙間に落ちたか?」

 

 標的を見失ったことでキョロキョロと岩場を見渡す牛力。この辺りの川辺は岩がひしめき合っており、避けた拍子に岩と岩の隙間に落っこちたとしてもなんら不思議はない。

 だが、そんな牛力の安易な考えに——彼らの頭目である黒い着物の老人が一歩前に出る。

 

「惑わされるな」

 

 白い顎鬚を蓄えた老人だが、その眼力、佇まいは達人のそれだ。まさに『老練』という言葉を見事に体現したような男である。

 

「うむ……やはりあいつだった。畏によって姿を消す。羽衣狐様に一撃を喰らわせた、ぬらりひょんの能力!」

 

 彼の名は『鬼童丸(きどうまる)』。鬼の頭領にして、羽衣狐配下の京妖怪である。

 

 

 四百年前。彼は淀殿として豊臣家に潜り込んでいた羽衣狐に仕えていた。

 妖が住みにくい徳川の世になることを防ぐため、妖上位の世界を実現するため。

 何よりも彼ら京妖怪、千年の宿願を果たすため。

 そのために彼らは主たる羽衣狐に『生き肝』を捧げてきた。力ある者の生き肝、尊い血筋の生き肝。

 それが彼女に力を与え、やがて生まれてくる『やや子』の力となる。

 

 だが、その野望は四百年前の大阪城にて、奴良組の総大将、憎きぬらりひょんの手によって阻まれた。

 ぬらりひょんは羽衣狐たちが攫ってきた人間の女性——珱姫を救うため、大阪城まで攻め入り、京妖怪たちと激しい抗争を繰り広げた。当時、まだ髪が黒かった鬼童丸も奴良組の狒々と戦った。

 百鬼夜行戦そのものは京妖怪が有利なペースで進んだ。最初の勢いこそ奴良組に分があったが、長期戦になればなるほど地力で京妖怪が勝っていたのだ。

 しかし、大将同士の戦いはぬらりひょんが勝利し、鬼童丸たちは頭目である羽衣狐を討ち取られ、彼らは戦う意味そのものを失ってしまった。

 頭を失った京妖怪は離散。十三代目秀元の螺旋の封印で京の地からも締め出され、彼らはその後四百年間、辛酸を嘗めるはめとなる。

 

 それから四百年経った今、彼らの主である羽衣狐は現代に復活した。今度こそ宿願を果たすため、万全の準備を整えようと鬼童丸は部下を引き連れ、この遠野の里を訪れていた。

 遠野の里に訪れていた目的は『兵力の補充』である。京の忌まわしき封印を解き、その後の他組織との抗争を有利に進めようと、彼らは傭兵として名高い遠野の戦力を欲したのである。

 

 だが、奥州遠野一家の頭目『赤河童(あかがっぱ)』にこの話はきっぱりと断られた。

 

 基本的に中立の立場を貫く遠野からすれば、そこまで京都に義理立てする理由がないとのこと。鬼童丸は遠野が秘密裏に奴良組と繋がっている部分を突き、軽く脅しをかけてみたが、大して効果は見られない。

 交渉は決裂。鬼童丸たちは仕方なく出直すことにし、京都に戻ろうとした。

 

 その帰り道で彼らは見つけてしまったのだ。川辺で雑用に精を出す、奴良リクオを——。

 この四百年間。恨みに恨み続けた宿敵・ぬらりひょんと瓜二つのその顔を——。

 

 

 あのとき、羽衣狐に一閃を喰らわせたときのように姿を晦ますぬらりひょん。だがタネさえ分かっていれば畏れる理由はない。鬼童丸は精神を研ぎ澄ませ、リクオの鬼發——明鏡止水を破るべく、自らの鬼憑を繰り出す。

 

「フン! ムンゥン!!」

 

 鞘に納めた刀を抜刀、気合と共に一気に解き放つ。

 これぞ鬼童丸の鬼憑 ——『(くすのき)』である。

 彼が得意とするもう一つの剣技の型、手数の剣である『梅木(うめのき)』とは逆の単発の剣技。

 その技で、彼は見事にぬらりひょんの畏を破り、リクオの姿を白日の下に晒す。

 

「…………いや、待て」

 

 しかし、呆気にとられた表情で立ち尽くすリクオに鬼童丸は気づく。

 仮にも羽衣狐を出し抜いたぬらりひょんの畏が、こんなにもあっさりと破れるはずはないと。

 

「お前は……違うな」

 

 相手の畏が未熟だったことで、鬼童丸は目の前の男がぬらりひょんではないことに気づく。よくよく見れば妖怪として随分と若い風貌をしている。だが、瓜二つであることには変わらない、ぬらりひょんの畏も使っている。

 

「拙者は鬼童丸。おぬし、何者だ」

 

 鬼童丸はリクオに向かって自らも名乗りながら、相手の名を問いかける。

 いずれにせよ——殺すことには変わらないと、殺意を一向に緩めないまま。

 

 

 

×

 

 

 

 ——リクオ! 死ぬんじゃねぇぞ!! 

 

 リクオが鬼童丸たちに襲われた気配を鎌鼬のイタクは察し、急ぎ彼の元へと駆け付けていた。

 遠野の里で生まれ育ったイタクにとって、里の妖気の流れを読み取ることは造作もないこと。彼は川辺から遠く離れた場所からでも、外敵の妖気が渦巻いている異変を察知し、そこにリクオの妖気があることも感じ取り、飛ぶような早さで駆け出していた。

 

 ——どこぞの馬の骨に殺させやしねぇ! 死ぬなら遠野の稽古で死ね!

 

 イタクは教官としてリクオの指導を引き受けた。一度引き受けた以上、最後までやり通すのが彼の心情だ。リクオを襲っているのが何者かは知らないが、自分に断りもなく勝手に死ぬことなどイタクのプライドが許せなかった。死ぬならこの遠野の地で、自分との稽古の末に死ねと、窮地に陥ってるであろうリクオの元へ向かう。

 

 機動力が自慢のイタクは、誰よりも早くリクオの元へ駆けつけることができた。イタクが現場に赴くと、三人組の男がリクオと対峙している。

 

 ——あいつら、京妖怪じゃねぇか!!

 

 そこでイタクは外敵の正体——リクオを襲っている相手が京妖怪だと知る。京妖怪たちが傭兵である遠野に戦闘員を都合するよう、何度も交渉で訪れていたことはイタクも知っていた。その度に彼らは赤河童にすげなく断わられ、おめおめと引き下がってきた。

 イタク自身、個人的にも彼らのことが好きではなかった。京妖怪たちは常に遠野のこと下に見て、都合のいいときだけ利用しようと、さも当然のように兵隊を要求してくる。

 だがイタクたちにもプライドがある。『妖怪忍者』と呼ばれる遠野妖怪の誇りが。

 遠野のは極寒の地で、決して豊かではない。歴史的にも関東や関西といった中央の者らにたびたび苦杯を嘗めさせられてきた。だからこそ、この地の妖は強くなった。自分たちだけでも生きていけるように。

 

 ——野郎! 俺たちの土地で勝手に暴れやがって……殺す!!

 

 そんな気に入らない相手が自分たちの里で、自分たちの許可もなく暴れている。それだけでも、イタクは怒りではらわたが煮えくり返る。

 彼は京妖怪への殺意を滾らせると同時に、背中の鎌に手を掛ける。

 

 ——リクオのやつ、何をぼさっとしてやがる!?

 

 イタクは現状を把握する。三人組の一人、坊主頭の黒服が全身に畏を滾らせ、リクオにトドメを喰らわせようとしていた。

 肝心のリクオは何やら川辺の方に目を向けており、その攻撃を逃げるでも防ぐでもなく、敵に無防備な背中を晒している。そんなリクオの迂闊さに苛立ちながらも、イタクは彼を救うべく坊主頭とリクオの間に割って入り、坊主頭の腕をすれ違いざまにぶった切った。

 

「……!? イジ……!?」

「——何やってんだ、てめぇら……」

 

 イタクに腕を切られ、たじろぐ坊主頭。イタクはすかさずリクオの前に出て、京妖怪に向かって睨みを利かせ軽く脅しをかける。

 

「何だ、お前? 喰い殺したろか、馬鹿が」

「…………吊るし決定」

 

 しかし、腕一本を失ったところで京妖怪は大人しくする素振りはなく、里で暴れたことを悪びれる様子もない。

 それどころか、自分たちの邪魔をしたイタク相手に殺意を滾らせ、暴言を吐いてくる始末だ。

 

 ——上等だ!! 三匹とも、俺一人で片づけてやる!!

 

 イタクはさらに殺意を研ぎ澄ませ、六本ある鎌の内、二本をそれぞれの手に、一本を口に咥え本格的な戦闘態勢に移行する。イタクは目の前の京妖怪、三人を同時に相手取るつもりで気合を入れる。

 

 このとき、イタクはリクオの助勢を考えてはいなかった。

 彼はまだ己の畏の形も、鬼憑も満足に使うことができていない。

 相手の京妖怪は少なくともこの里の結界を破り、里に侵入するくらいの芸当は平然とできている。

 そんな彼ら相手に、里の畏も断ち切ることのできないリクオでは荷が勝ちすぎると、イタクがそのように考えたのは当然の流れであっただろう。

 

 だが——

 

「まて……イタク」

 

 そのリクオから、イタクに待ったがかかる。

 

「そいつは……俺の敵だ!」

 

 彼は川辺に転がっていた木の棒を拾い上げると、それを刀のように構えて言い放った。

 

 

 

「思い出したぜ……『鏡花水月(きょうかすいげつ)』」

 

 

 

× 

 

 

 

 ——あれは……!?

 

 自身の鬼發——明鏡止水を鬼童丸に破られ、リクオは絶体絶命の窮地に立たされていた。彼は何とかこの危機から脱しようと、せめて得物になるものがないかどうか、周囲に目を向ける。

 そのとき、ふとリクオの視界に見えるものがあった。

 

 それは水面に映った、朝方の月である。

 

 水面に浮かぶようにゆらゆらと揺れるその月に、リクオは子供の頃、ぬらりひょんに言われたことを思い出していた。

 

 

 

『おじいちゃん、見て! 昼間なのに月が出てるよ?』

 

 幼少期。それこそリクオがまだまだ悪戯心に溢れていた頃。彼は庭先で、昼間なのに空に浮かび上がる月を指さしていた。月は月齢によって見え方や呼び方が変わる天体。そして、その月齢によっては昼間でも青い空に浮かぶ月を拝むことができる。

 そのことを知らなかったリクオは、祖父であるぬらりひょんに珍しい月があると、彼の手を引いてそのことをしたり顔で教えてあげた。

 

『本当じゃ、不思議じゃな。だが池を見ろ、リクオ。あの月は幻ではないぞ?』

 

 無邪気に興奮する孫にぬらりひょんは笑みを浮かべる。彼はその月が見間違いでないことを証明するように、池の水面に映り込む水月を見るようリクオに言った。

 

『本当だ! 池にお月様が入ってる。あ……!? 消えちゃった』

 

 幼いリクオは好奇心からその水面に映った月を掴み取ろうと、池の中に手を入れてしまう。

 すると、どうだろう。リクオが手を入れたことで水面に波紋が立ち、水月が消えてしまった。

 

『ははは、そりゃそうじゃ。鏡の水面——『明鏡止水』は波紋が立てれば破られる』

『水面に映る月も、波紋を立てれば消えて届かなくなる』

 

 月が消えてしまったことを残念がるリクオに、ぬらりひょんは笑い声を上げる。たとえリクオが手を入れずとも、小石一つ池に投げ込むだけで水面は揺れ、明鏡止水は破られていただろうと。

 水面に映る月を、リクオが掴み取ることは決してできない。

 しかし、月本体が消えたわけではない。リクオが池から手を引っ込め波紋が止むと、月は何事もなかったように水面に映し出されていた。

 

『ぬらりくらりとしとる……まるでわしらぬらりひょんじゃ』

『ふ~ん…………』

 

 そこにあっても掴めない。見えているのに触れられない。

 そんな池の中の月を見下ろしながら、ぬらりひょんはそのようなことを呟いていた。

 

 

 

 ——じじい! こういうことかよ!?

 

 リクオの脳内が、カチリと何かが噛み合うかのような音を立てる。

 

 あのとき、ぬらりひょんが言ったことの意味を幼いリクオは理解することができなかった。

 だが、今なら分かるような気がする。

 水面の月のように、見えているのに決して切れない、傷つかない。

 

『鏡花水月』——それこそ、自分たちぬらりひょんを体現するのに一番相応しい言葉だと。

 

 自らの畏の形の片鱗を掴んだリクオは、さっそくそれを実戦で試そうと、京妖怪たちと向かい合う。その辺に転がっていた木の棒を拾い上げ、自分を助けてくれたイタクにも下がるように願い出る。

 

「なんだ、てめぇ!? てめーの畏は切られただろうが!!」

 

 全身に畏を滾らせるリクオ。そんな彼の粋がるさまを、鬼童丸の部下である牛力が嘲笑い、三度リクオに襲いかかる。既にリクオの畏は鬼童丸の鬼憑によって断ち切られた。そのような二番煎じが何度も通じるわけがないだろうと、彼は自らの鬼憑でリクオにトドメを刺そうと、その豪腕で彼の体を紙のように引き裂いた。

 しかし——

 

「ああ……!?」

 

 牛力の剛腕は確かにリクオの体を引き裂いた。いや、引き裂いたように見えた。だが、リクオはまるで何事もなかったように体を引き裂かれたまま、そこに平然と立っている。

 次の瞬間——リクオの姿は空気に溶けるように消え、気が付けば牛力の視界の端、全く別の場所に立っていた。

 

「ああ!? てめぇ、何しやがった!?」

「バカが……俺が殺る!!」

 

 仕留めたと思った相手を見失い、その標的に向かって吼える牛力。そんな不甲斐ない同僚を鼻で笑い飛ばしながら、もう一人の黒スーツ『断鬼(だんき)』がリクオの背後から襲いかかる。

 彼は愛用のナイフを握り締め、何の躊躇もなくリクオに背後から斬りかかる。断鬼の大型ナイフは確実にリクオを捉え、その体を頭から真っ二つにする、その筈だった。

 

「……? 手応えが、無い?」

 

 しかし、リクオは体を分断されていながら、やはり平然とそこに立っている。断鬼は敵を切り裂いた感触がなかったことに思わず目を見張る。彼がそのように戸惑っていると、再びリクオの姿は空気に溶けていく。

 

「どういうことだ? 認識できているのに……」

「お、おう! そーなんだよ!! 触れねぇ―んだよ! そこにいるのに!!」

 

 その後も、現れては消え、現れては消えていくリクオの姿に、牛力と断鬼は声を荒げる。

 先ほどの畏とは明らかに違う。鬼童丸が破ったぬらりひょんの明鏡止水は完全に姿を消す技だった筈。

 今ははっきりと姿そのものが見えている。なのに——触ることができない。

 

 この矛盾に彼らは困惑し——そして呑まれた。

 

「——!!」

 

 その隙を突くよう、リクオは彼ら二人の懐へと潜り込む。

 己の畏を木の棒に込め、そのまま勢いよく振りかぶり、牛力と断鬼に殴りかかった。

 

「ぐっ!!」

「うわぁあああ!?」

 

 所詮は木の棒による一撃に過ぎず、その攻撃が京妖怪に致命傷を与えることはなかった。だが、リクオが全力で畏を込めた一撃は衝撃波を起こし、その中心点にいた牛力と断鬼の体を吹き飛ばす。

 その勢いはとどまることを知らず、離れてリクオの畏を様子見していた鬼童丸の下にまで及んだ。

 

「ムッ!!」

 

 鬼童丸は刀を盾に衝撃波の勢いを自分から逸らすも、その影響は彼の後方——遠野の里の結界にまで届き、ピシッと空間に亀裂を走らせる。

 

「里の畏が断ち切られた!?」

 

 側で見ていたイタクは目を見張る。

 その亀裂は、里を覆った結界が畏によって断ち切られた何よりの証。

 

 数日前まで、畏の仕組みさえ理解していなかったリクオが、自らの鬼憑によって畏を断ち切った瞬間であった。

 

 

 

 

 

 認識できても、そこにはいない——『鏡花水月』。

 漢文の文体の一つに『鏡花水月法』というものがある。

 直接その物事について説明せず、それでいてその姿を読者の心にはっきりと思い浮かばせるよう表現する文法。

 ないことで、逆に存在感が増す。

  

 鏡に映る花、水に浮かぶ月。

 彼らは認識をずらし、畏を断つ——夢幻を体現する妖怪・ぬらりひょんである。

 

 

 

×

 

 

 

「ふぅ~まぁ、こんなもんか」

 

 リクオは自らの成果に一息つく。

 ぬらりひょんに言われたことを思い出し、彼は襲いかかってくる京妖怪たち相手に自らの畏を解放した。正直なところ、無我夢中で自分でもどのようにして、里の畏を断ち切ったのか少し曖昧な部分があった。 

 だが感覚は残っている。自身の鬼憑である鏡花水月を発言させたときの感覚を体が覚えている。

 後はこの感覚を忘れないよう、遠野の稽古場で実戦を繰り返すだけだ。リクオはこの里に来て、初めて達成感のようなものを感じていた。

 

「む……折れちまってる。流石に木の棒で妖怪を倒すのは無理か……」

 

 ふと、リクオは今しがた撃退した妖怪たちに目を向ける。岩場に倒れ伏し、呻き声こそ上げているが体そのものは全くの無事だ。流石に木の棒で彼らを倒すことまではできなかったと、一人ごちるリクオ。

 

 

 

 

「畏を解くな——リクオ!!」

「!?」

 

 

 

 

 そんな無防備でいるリクオに、イタクの叱責が飛ぶ。

 彼の怒号にリクオが後ろを振り返ると、すぐ目の前にもう一人の京妖怪——鬼童丸が迫っていた。

 彼は迂闊にも警戒を緩め、鏡花水月を解いたリクオに背後から斬りかかってきたのだ。

 

 ——し、しまった!!

 

 思わず心中で冷や汗を流すリクオ。

 達成感に浸るばかりに、致命的な隙を見せてしまった自分自身に毒づきながらも、彼は再び鏡花水月を発動させようと試みる。

 だが、タイミング的にはギリギリだ。リクオが畏を発動させようとするのとほぼ同時に、鬼童丸の刀がリクオの眼前まで迫りくる。

 

 リクオの鏡花水月が速いか、鬼童丸の刃が届くのが速いか。

 まさに刹那の攻防——そんな中、突如として鬼童丸の動きの方が止まった。

 

「なっ……氷、だと!?」

 

 彼の動きを停止させたのは『冷気』。どこからともなく発生した氷の塊が、鬼童丸の体をガチガチに閉じ込める。

 

「——遅いと思ったら。イタク……貴方はリクオの教育係でしょ? 間の抜けたことしちゃ駄目よ」

 

 その氷は遠野の雪女である冷麗のものであった。彼女の冷気がリクオの危機を救い、鬼童丸を氷漬けにしたのだ。

 

「おじさん。この氷の砦からは出られない。待っているのは凍死だけよ」

 

 彼女もまた、遠野の地で勝手をした京妖怪相手に怒りを露にしていた。仲間と接するときのような優しい笑顔とは正反対。伝承にある雪女のような冷徹さで、鬼童丸に泣いて詫びるように命乞いを期待する。

 リクオの危機に駆けつけたのは彼女だけではない。イタクや冷麗の他にも、淡島に雨造、土彦に紫と、この遠野でリクオが親しくなった面々が、彼の危機を察しこの場に集まってくれていた。

 

「イタク! こいつら京妖怪だろ!? どういうことだよ、説明しろ!」

 

 駆けつけた面子の中から、天邪鬼の淡島が代表してイタクに説明を求める。何故京妖怪が勝手に暴れているのか。自分たちが駆け付けるまでの間に、いったい何があったのかと。

 だが——

 

「ぬぅぅん!!」

 

 掛け声と共に刃を一閃。氷の中に閉じ込められて身動き一つとれない筈の鬼童丸は、意図もあっさり冷麗の氷の束縛から自力で抜け出していた。

 

「なっ、私の氷をっ!?」

「こいつっ!!」

 

 冷麗は自身の畏が通じなかったことに驚き、他の遠野の面子は鬼童丸のさらなる猛攻に備え、それぞれ臨戦態勢に移行する。だが、意外なことに鬼童丸は刀を納め、本格的な交戦に発展することはなかった。

 

「私のやることは遠野を全滅させることではないのだよ」

 

 その気になればそれくらいできると豪語するよう、鬼童丸は吐き捨てる。

 その言動から分かるように、彼は決してリクオやイタク、遠野たちに恐れをなしたのではない。ここで戦う事の意味そのものが薄いと、思い直した結果の仕切り直しに過ぎない。

 その証拠に彼は立ち去り際、眼光を鋭く光らせながら、遠野ものに警告を入れていた。

 

「だが、ぬらりひょんの孫に手を貸したことは覚えておく。奴良組とつるめば皆殺しだ——花開院のようにな」

「——花開院!?」

 

 その言葉に誰よりも反応したのは遠野ものではく、奴良リクオであった。

 鬼童丸は倒れた部下たちを叩き起こし、最後にこう言い残し遠野から立ち去っていった。

 

 

 

「二週間以内に京は陰陽師と共に——我が主、羽衣狐様の手に落ちるのだ」

 

 

 

×

 

 

 

 京都——。

 

 静かな住宅街を少し歩き、緩い坂道をのぼりきったところに、その大きな洋館は建っていた。

 京都でも有数の大富豪の屋敷であるその一室。そこは黒一色に染まっていた。

 

 部屋のカーテンも黒。

 壁も床下も天井も黒。

 ベッドのシーツも、そこで横たわる少女の美しい長髪も黒。

 

 ただ一つ、少女の白く透き通る肌だけがその部屋で異なる色をしている。

 その少女は、一糸まとわぬ姿でシーツに包まっていた。

 

 彼女はこの世のものとは思えぬ美しさを帯びていた。

 あるものはその美しさを神々しいと。

 あるものはその美しさを魔性だと。

 それぞれ違った価値観の下で評するだろう。

 

 ただ一つ、その美しさに見惚れたものが共通して思うことがある。

 こんな美しい少女が、人間である筈がないと。

 ただの人である筈がないと、誰もが皆そう思うことだろう。

 

 

「——フェッフェッ。羽衣狐様ぁ~」

 

 

 そんな美しい少女の裸体を、ギョロリと巨大な目玉が覗き込んでいる。粘っこい笑い声と共に少女の部屋に上がり込んだ、老人——その長い頭の額に張り付いた人ならざるモノの目玉である。

 

「お目覚めの時間でございますよ~、フェッフェッ」

 

 いやらしい笑みを浮かべながら、老人は少女が目覚めるのをしつこく待っている。

 そんな無遠慮な老人にも、少女は気を悪くした様子はない。

 彼女は目覚めの挨拶の代わりに、その老人に妖艶な微笑を浮かべて返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

「——起きている……鏖地蔵(みなごろしじぞう)

 

 

 

 

 

 

 

 老人の名は鏖地蔵。京妖怪きっての切れ者。羽衣狐の側近の一人である。

 

 

 そしてこの美しい少女——この世のモノとは思えぬ美貌を携えた彼女こそ、彼ら京妖怪の頂点に君臨する妖。

 

 

 

 

 この現代に転生した。羽衣狐その人であった。

 

 

 

 

 




補足説明
 京妖怪―—鬼童丸
   鬼の頭目。
   設定だと、彼は酒呑童子の実の息子であり、妖怪と人間のハーフ、半妖です。
   彼の剣技は単発の剣である『楠』。手数の剣である『梅木』。この二つを基礎として構成されていると、単行本のおまけページで解説が入っています。

 鬼童丸の部下
   屈強な坊主頭――牛力。 チャラチャラした髪型――断鬼
   どちらとも、ファンブックにも名前が載っていませんが、ゲーム『百鬼繚乱大戦』でその名前を確認できます。

 イタク
 「どこぞの馬の骨に殺させやしねぇ! 死ぬなら遠野の稽古で死ね!」
  これぞまさに究極のツンデレ!
  この台詞は作者の考えたものではありません。
  公式小説――大江戸奴良組始末『遠野風来抄』でイタクが心の中で呟いていた台詞を元にしたものです。今回の話を書くにあたって、遠野の描写共々、参考にさせていただきました。


 次回は羽衣狐と花開院家の紹介回――カナの出番は、また暫く先かも。 
   
      

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