後神の声優が桑島さんで……個人的にちょっとくるものがあった。
名無し編でも、無残に殺されたまなの先祖――ふくを演じていたし、どうして彼女はいつも幸が薄い女性を演じることが多いのか?
自分は『ガンダムSEED DESTINY』のステラ・ルーシェとシン・アスカが大好きだから、余計にそう感じてしまう。
今でこそ「ステラァ———ッ!!!」の代名詞はFGOのアーラシュさんですが、あの頃の「ステラァ———ッ!!!」は鈴村さんの心からの叫びが有名だった。
現在、BS11でSEED DESTINYリマスターが放送されています。作者は全話DVDに焼いているので改めて視聴するつもりはありません。
ですが、もしアニメ版を見てシンの扱いに疑問を覚えるような方がいれば、是非『高山版』と『久織ちまき版』の漫画版を読んでみてください。
SEED DESTINYという作品がどれだけ素晴らしい素材を持っていたか、実感として分かることでしょう。
…………途中から完全にガンダムの感想になってしまった。まっ、いいか……。
気を取り直して、本編の方をどうぞ!!
京都でも有数の大富豪の屋敷。その屋敷のリビングで少女——羽衣狐は一人、夕食に舌鼓をうっていた。カチャカチャと音を立てながら、美しい所作でステーキを切り分ける姿は、彼女の美貌も伴ってそれだけでも絵になるほど。
屋敷のリビングも彼女の寝室同様、ほぼ黒一色に染まっている。電飾の類も消されており、窓から差し込む夕焼けだけが室内をかすかに赤く照らしている。
羽衣狐本人も黒一色に染まった格好をしていた。
黒髪、黒のセーラー服、黒のタイツ、黒の靴、そして傍らには黒のカバンも置かれている。
全てが黒に染まった漆黒——それが現代の羽衣狐の依り代たる少女の姿。
彼女が身に纏っている黒い衣服は彼女が通学していた高校指定のものだ。彼女は依代の関係上、この屋敷から京都のお嬢様学校に進学していた。羽衣狐はそんな人間のような生活を『余興』と楽しんでいたのだが、京都制圧のシナリオが整ったため、現在は休学中。自らの宿願成就のため、こちらに専念していた。
「——羽衣狐様。そうそう……水分は少なめに、焼き加減はレアで……フェッフェッ」
食事中の羽衣狐にいつの間にかリビングに入ってきた鏖地蔵が声を掛ける。彼は羽衣狐が今食している生き肝のステーキ、その焼き加減に言及してきた。
そのステーキは屋敷の人間のメイドたちが調理したものだ。この屋敷の住人は羽衣狐の両親役を含め、ほとんどがただの人間、彼女の正体すら知らないし、そもそも何者かと疑問を持つこともない。
何故ならこの屋敷の住人は全員、鏖地蔵の催眠術『催眠の左目』によって洗脳されているからだ。
鏖地蔵の額にある巨大な目玉。その目玉の催眠術で彼はこの屋敷の住人を洗脳し、羽衣狐がこの屋敷内で暮らすことに何ら違和感なく溶け込ませている。その期間、およそ八年。その八年間で彼らは京都制圧のため、着々と準備を進めてきた。
「さて、本日は第五の封印を落とす日にございます、キッヒッヒ~」
そして、今日はその京都の地を守護する螺旋の封印、その四つ目を落とす日だ。既に第八、第七、第六の封印が羽衣狐らの手によって落とされた。それらの封印を順番に一つずつ落としていくことで、長年求め続けてきた京の地が羽衣狐たち京妖怪のものとなる。
「——その封印だが……一気に攻め落としたらどうだ?」
ふいに、鏖地蔵の言葉に割って入るものが一人、窓際に現れる。
顔の左半分を卒塔婆で覆った、ロックバンド風の洋服を着た青年——『
「わずらわしいんだよ、鏖地蔵」
彼は鋭い眼差しで、鏖地蔵の手ぬるいやり方に異議を唱える。
すると、そんな彼の声に同調するよう、続々と不満の声が上がってくる。
「——そうだ、一刻も早く京を取り戻す。それが我らの悲願……!!」
神父風の服を纏い、胸に十字架を下げる美丈夫——『しょうけら』。普段は何かと茨木童子といがみ合う仲だが、このときばかりは珍しく意見が一致した。
「―—確かに……そのとおりですわ、お姉さま!」
羽衣狐に笑顔を向けながら幼い童女も声を上げる。
羽衣狐をお姉さまと慕う少女——『
彼らの発言を皮切りに、さらに多くの不満が部屋の中を埋め尽くしていく。
「おう、そうだぜ……俺たちはうずうずしてんだよ……」
「四百年間、我々は苦渋を嘗めてきたんだぜぇぇぇぇ~~」
「陰陽師たちに封をされてなぁ~~」
「鏖地蔵……ビビってんじゃねーか? ワシにやらせろ!!」
「お前から呪い殺してやろうか、あん!?」
つい先ほどまで、羽衣狐一人だった筈のリビングを埋め尽くす勢いで、見るもおぞましい、語るも恐ろしい、京の妖怪たちが次々と姿を顕していく。皆一様に殺気立っており、その殺意の矛先を鏖地蔵に向けている。
彼らが苛立っている原因は、鏖地蔵のやり方にある。この作戦の指揮を執る参謀役の彼は一つの封印を落とすたび、ある程度の日数を置いてから、ようやく次の封印を落としにかかる。
その日にちを空ける僅かな時間すら惜しいと、京妖怪たちはごねているのだ。自分たちならその程度、一日二日で全て落として見せるのにと言わんばかりの勢いで鏖地蔵に喰ってかかる。
しかし、そんな彼らの殺意を涼しい顔で受け流しながら、鏖地蔵は語る。
「奴らを侮ってはいかんなぁ~。一度に攻め滅ぼせないのもまた、十三代目秀元の力によるものなのだぁ~」
鏖地蔵曰く、十三代秀元の施した螺旋の封印を一度に滅ぼすことは、物理的に不可能なのだという。
慶長の世に生み出されたその封印が施された場所は——全部で八か所。
第八の封印
第七の封印
第六の封印
第五の封印
第四の封印
第三の封印
第二の封印
第一の封印
この八つの土地は京の街道で結ばれており、ちょうど螺旋の形となる。この封印の型は、かの江戸城建築の際、陰陽師であったとされる天海僧正が作った封印の形と同じ。その螺旋により、江戸幕府は三百年の太平を得た。京は四百年——天海僧正のそれを百年上回る。
八つの場所にはそれぞれ強力な封印が施されており、一つ一つ順に螺旋にそって潰していかなければならない。また一つ潰した後も、その場所に妖気が溜まるのを待たなければ、妖怪たちは次の封印の地へ足を運ぶことができない。
だからこそ、鏖地蔵は日数を空け、自分たちの百鬼夜行が通れる道を確保する必要があった。
「オイ……この俺たちが、奴らの定めた通りに進まねばならんのか!?」
そのカラクリに、茨木童子が苛立ち気味に吐き捨てる。妖怪である自分たちが人間などという貧弱な生き物の定めたルールに従わなければならないことに、短気な彼は我慢ならない様子である。
だが——
「ふっ……面白いじゃないか」
苛立つ京妖怪たちの頭目である羽衣狐は、余裕そうな表情で食後のコーヒーを一服する。
「一つ一つ……螺旋を描くように洛中へと妖が攻め込んでいく。想像するだけで胸が躍る……」
彼女は封印を破った後の妖気が溜まる準備期間ですら『余興』と評する。やがて来るであろう、宿願成就のその時を待ち望みながらも、その過程を心ゆくまで楽しんでいた。
やがて、優雅にコーヒーを飲み終えた彼女はその場に集う京妖怪たちへと告げる。
「最後『第一の封印』弐条城。そこに城を建てよう」
あれほど殺気立っていた京妖怪たちが黙り込む。
彼らは羽衣狐の言葉を一つも聞き漏らさんと、黙って彼女の話に耳を傾ける。
「新生・弐条城を中心として、洛中を妖で満たすのだ——」
「おお~!!」
「羽衣狐様!!」
「お姉さま……」
「おお……おお……マリア様!!」
羽衣狐の宣言にあるものは感極まったようにむせび泣き、あるものは彼女を恍惚とした表情で見つめる。
彼女のことを、お姉さまと慕う狂骨が無邪気な笑顔を浮かべる。
彼女のことを、闇の聖母と崇拝するしょうけらが宙で十字を切る。
「ふひひひ、さすが羽衣狐様。貴方ならそう仰ると思いましたぞ……」
鏖地蔵は彼女の宣言にいやらしい笑みを浮かべた。
京妖怪たちの全てが、羽衣狐の言葉に感動し、誰もが彼女の為に力を尽くす。
今宵の封印は自分が破ると、自分こそが羽衣狐一番の配下だと、我こそはと声を張り上げる。
「ふふ……お前たちに任せる、好きにせい」
そんな配下の妖怪たちを、我が子を慈しむような眼差しで見つめる羽衣狐。
彼女は彼らを連れて屋敷の外へ。まるで食後の散歩にでも出かけるような軽やかな歩みで進んで行く。
「この世を我らの望む漆黒の楽園へ。一つ、また一つ。闇に沈めてまいろうぞ」
羽衣狐たち京妖怪は次の封印の地——清永寺に向かって京の空を進んで行く。
百鬼夜行の妖怪たちが入り乱れて空を埋め尽くす。それはまさにこの世の終わりを想起させる光景であった。
今はまだ洛中に妖気が渦巻いておらず、霊感の無い人間は彼らの姿を満足に見ることもできない。
だがもし、今宵の空を黒く埋め尽くす彼らの姿を見に焼き付ければ、神に救いを求めずにはいられない。
その悍ましい化け物たちの大移動に、その禍々しき彼らの異形に、星の灯りさえも食い尽くさんとする漆黒に。
どんなに信心深くないものであれ、祈らずにはいられないだろう。
たとえ、その祈りが何の意味もないと、理解していながらも——。
×
「——おそるべし、羽衣狐!!」
羽衣狐の大侵攻が始めって、今日で十三日が経過した。
既に第八、第七、第六の封印に加え、第五の封印、第四の封印も羽衣狐たちの手によって破壊され、そこを守護する陰陽師。秀爾に是人、
「ついに三人になってしまった」
「ワシら分家もな……
「ど、どうするのだ!? 早く封印の強化を! それしかない!!」
ここは花開院本家——京都を守護する陰陽師たちの総本山である。
羽衣狐たちの侵攻に対してどのように対処すべきか、最初の封印が破壊されてからというもの毎日のように会議が行われている。本家の当主、二十七代目秀元を筆頭に各分家の長老たちが一堂に介し、皆が口々に意見を言い合う。
だが、その会議に参加する人々の間には、どこか『温度差』というものがあった。
次の羽衣狐たちの標的である第三の封印の守護者——福寿流の長老が「今こそ全分家が立ち上がるべき!!」と熱を以って討論するも、それを他の分家の長老たちがまるで他人事のように軽く受け流す。
実際、彼らにとってこれは『他人事』なのだ。
花開院分家の人間にとって、一番の目標は自分たちの家のものから当主を出すこと。封印の護り手を任される人材こそ、その当主候補だった。しかしその当主候補が殺されてしまったため、分家の中から成り上がるという、彼らの夢が潰えてしまった。これ以上、他の分家にも、本家にすら協力する義理がないのだ。
洛中が妖の手に落ちてしまえば、京都そのものが魔都と化すだろうが、それならそれで逃げ出してしまえばいいと思っているものも決して少なくはなかった。
皆が皆、人々を護るため、京都を護るために陰陽師を目指しているわけではないのだから。
「——ほっとけよ、親父。つまらないんだよ、そんな言い争い」
そんな消極的な老人たち相手に、福寿流の長老の息子——花開院
「今日は殺される順番を決めに来たんじゃないんだよ?」
彼は第三の封印——鹿金寺の守護者。このままの流れで行けば次は彼が羽衣狐たちの餌食になる番だが、そんな悲壮感を感じさせぬ優雅な仕草で揺り椅子に腰掛け、コーヒーカップを口にする。
「とても建設的な話し合いとは思えないな。問題はいつ、どうやって羽衣狐を捉えるか……だろ?」
若く、名誉欲も薄い彼は目の前の老人たちの言い争いをそのように切って捨て、陰陽師として向き合わなければならない現実問題へと話を戻させる。
「そ、そうではない、雅次。陰陽師一人育てるのに、どれだけ苦労すると思っているのだ」
息子の発言に一旦は冷静さを取り戻す福寿流の長老だが、彼は息子が切って捨てた分家たちの利権争い、その本質に言及する。
そもそもな話、何故花開院は分家の人間から当主を出す必要があるのか?
それは彼ら花開院本家が——狐に呪われた血筋だからだ。
四百年前。十三代目秀元は淀殿として大阪城に潜んでいた羽衣狐を討ち取った、と記録にはある。
羽衣狐は野望を挫かれ、悲願を潰された恨みに絶叫したという。
『ゆるさん、絶対にゆるさんぞ! 呪ってやる!! 呪ってやる!!』
『おぬしらの血筋を未来永劫呪うてやる! 何世代にわたって!!』
『おぬしらの子は、孫は!! この狐の呪いに縛られるであろう、キェェェェェェェ!!』
そしてそれ以降、花開院本家は狐に呪われた血筋となった。
彼らに掛けられた呪いは『本家の男子は必ず早世する』というものだった。
「…………」
会議の場にいた何人かの人間が、柱にもたれかかっている花開院竜二の方をチラリと盗み見る。
竜二はこの場にいる残り少ない花開院本家の男子。彼はまだ十代だが、早ければ二十代、遅くても四十代には若くしてこの世を去るだろう。
もしも彼が血筋を残すことなく死んでしまえば、花開院本家はさらに滅亡へと一歩進むことになる。
そうならないよう、一族は分家から才能ある人間を養子へと入れ続けた。分家の当主候補争いも、そこから端を発している問題であった。
「——ならさ、その狐を殺して呪いを解けばいいんじゃない?」
血筋の問題に落ち込む長老たちを嘲笑うように、能天気そうな声が会議の場に響き渡る。
発言の主は第二の封印——相克寺の守護者、愛華流の花開院
「ハハハハハ! ねぇ、みんなもそう思うよね?」
子供のような背丈だが、これでも立派な二十代。彼は自身が創造した式神、一つ目の巨人『
「バ、バカなことを言うな!」
「おい、誰かアイツの式神を止めろ!!」
剛毛裸丸からみっともなく逃げ回りながら、分家の長老たちが口々に叫ぶ。
それが出来れば苦労はないと、自分たちでは封印を護るのに、血筋を守るのに精一杯だと。
しかし——
「いや、確かに……守ろうとするから破壊されるのです。そして守るのは血筋じゃない——『京』だ!」
破戸の意見に同意する、凛とした声がその場に響き渡る。
彼の発言に会議の場が静まり返った。破戸も式神を暴れさせるのを止め、逃げ惑っていた長老たちも足を止める。退屈そうに柱にもたれかかっていた竜二すら目を開け、発言の人物——花開院
彼は第一の封印——弐条城の守護者。
慶長の封印の要である第一の封印に入閣する。その事実は彼が一番の次期当主候補であることを指し示している。周囲もその事実を認め、誰もが秋房の才能と実力に一目置いていた。
その秋房が破戸の意見に同意し、攻めに打って出るべきだと進言したことに、その場の誰もが息を呑んでいた。
「待て、秋房」
秋房の大胆な意見にそれまで沈黙を貫いていた花開院の現在の当主、二十七代目秀元が口を開く。
「万が一敗れたら、後の封印はどうなる?」
彼は現当主として、ありとあらゆる不足な事態に備える必要がある。封印の護り手である秋房たちがもしも敗れるようなことがあれば、残りの封印はどうするのか。その備えを発言者たる秋房に問いかけていた。
「二十七代目、私に策があります」
「策だと……?」
二十七代目の質問に秋房は澄んだ瞳、驚くほど綺麗な笑顔でにっこりと微笑みを浮かべていた。
彼が考えた策はこうだ。
第三の封印の守護者——雅次の結界術『
第二の封印の守護者——破戸の式神『剛毛裸丸』の呪詛で羽衣狐の動きを止め、身動き取れない状態にする。
そして、第一の封印の守護者——秋房の妖刀『
花開院分家が誇る最強の術者たち、三人がかりで羽衣狐を仕留めようという策だ。
「おお——! それならば!」
「なんとかなるやもしれんぞ!」
秋房の策に、分家の長老たちから感嘆の声が上がる。
今までは各分家のものたち、一人一人に封印を任せていたから敗れたのだ。残った封印の守護者たちの力を結集すればきっと勝てる筈と、皆の顔に希望の色が宿る。
幸い、この三人は花開院の中でも選りすぐりのトップ3。今まで敗れた陰陽師たちとは違い、抜きん出た力を秘めた実力者でもある。
「次の封印、鹿金寺にて奴を討ちます」
秋房を代表に、雅次と破戸の三人がその場を退席し、羽衣狐を迎え撃つ準備に入る。
自身に満ち溢れた彼らの表情に、その場にいた誰もが笑顔を浮かべていた。彼らならきっとできる、羽衣狐を討ち取ってくれるだろうと、楽観的に考えていた。
ただ二人——
「…………」
「…………」
二十七代目秀元と、竜二。彼らはニコリとも口元を緩めず、眉間に皺を寄せていた。
×
「それでは父上、母上。行ってまいります」
「しっかり務めを果たすんだよ、秋房」
「な~に! お前ならできるとも!!」
決戦の日の夕方。花開院秋房は実家である八十家の両親に挨拶を済ませていた。
羽衣狐の手によって既に何人もの陰陽師が殺されているが、秋房の両親の表情に息子を死地に送るような悲壮感は感じられない。それは、彼らが秋房の実力を信じて疑っていなかったからだ。
八十家は妖刀製作の名門として名を馳せる花開院の分家。秋房はその次男として生まれた。
妖刀を作る能力者は才ある陰陽師の中でもほんの一握りだと言われているが、秋房は齢三つにして最初の妖刀を作り出した。
これには実の両親も度肝を抜かれた。才能の塊、神童、天才という言葉はまさに彼のためにあるのだと。
秋房自身も決して自身の才能に己惚れることなく、幼い頃から努力を重ねてきた。
自分こそ次の当主になる。
傲りなどではなく、ごく当然のように秋房は信じていた。それこそが彼の強さでもある。
その強さで今宵、彼は羽衣狐を討ち取る。
慢心があるわけではない。自分たちが死力を尽くせば必ず勝てるだろう、彼はそう確信していた。
——二十七代目にも挨拶を済ませておこう……。
護るべき京の道を歩きながら、秋房は花開院本家の方角に足を向ける。
もう一度、出陣の前に二十七代目に顔でも見せておこうと、そういった軽い気持ちで彼は本家を訪れていた。
本家に着き、さっそく秋房は庭で掃除をしていた見習い陰陽師に二十七代目の居場所を尋ねる。そのまま迷いない足取りで当主の元へと向かう。
「いた……二十七だ——!」
廊下の曲がり角の辺りで、秋房は縁側から庭を見つめている二十七代目を見つけた。声を掛けようとしたが、相手が誰かと会話しているのを見て、慌てて出かかった言葉を引っ込める。
——あれは……竜二か?
二十七代目は実の孫である竜二となにやら話し込んでいる。二人の会話の邪魔をしては悪いと踵を返そうとする秋房であったが、ふいに彼らの話が耳に入ってしまい、その場で立ち止まってしまう。
「——ときに竜二よ。ゆらの調子はどうだ? 式神・
そして二十七代目が口にした単語に、秋房はカッと目を見開いていた。
——式神……破軍!?
式神『破軍』。
それはかつて羽衣狐を討ち取った天才陰陽師、十三代目秀元が編み出したとされる最強の式神。彼はその破軍と妖刀・祢々切丸の二つを合わし、羽衣狐を討伐したとされている。
長い歴史の中に埋もれ、祢々切丸は何処かへと紛失してしまったが、式神である破軍を扱う手段だけは花開院家の中で脈々と受け継がれてきた。
しかし、破軍を扱うには相当の才が必要とされており、秋房ですら使用することができない。神童と謡われた秋房にすら扱えない代物。いったい誰が扱えるのだと、皆がそう思っていた頃だった。
数年前。まだまだ幼かった本家筋の娘——花開院ゆらが破軍を発動させたのだ。
それ以来、二十七代目秀元は何かとゆらに期待をかけてきた。その過度な期待を、実の孫であるからこその身びいきと陰口を叩く者もいる。実際ゆらはまだ子供であり、破軍を発動させたところでそれをまともに使いこなせてはいなかった。
だが、竜二にゆらの修行の経過を尋ねる彼は真剣そのものだった。そんな祖父の質問に、竜二は壁に寄りかかりながら投げやりな調子で答える。
「まだまだだな。とてもじゃないが、実戦で出せるようなレベルじゃない。もうしばらく時間が必要だろ」
「…………」
ゆらが本家に戻ってからというもの、竜二が魔魅流と一緒になって彼女に稽古を付けているのは秋房も知っていた。だがそれはあくまで、殺されてしまった封印の守護者たちの代理をさせるためだと、他の陰陽師たちも思っていただろう。
ゆらはまだまだ未熟者。自分たちと同じレベルで戦える術者ではないのだと。
しかし、二十七代目は違っていたらしい。彼は竜二から見たゆらの評価を聞くや、どこか言葉に明るさを滲ませ感慨深げに呟いていた。
「そうか……お前がそう言うのなら、期待してもよさそうだな……」
「…………おい、じじい。俺の話を聞いていなかったのか?」
自分の返答とはまったく違った反応を見せる二十七代目に、竜二はさらっと毒を吐く。
公式な場では竜二も二十七代目には敬語を使うが、一対一で向き合っているときは祖父と孫という関係に戻るのだろう。竜二はボケた老人を見るような呆れた視線を二十七代目に向ける。
実の孫にそのような目で見られていながらも、二十七代目はまったく堪えた様子はなかった。
「ふっ、お前は『嘘つき』だからな。大方、まだゆらを実戦に出したくないのだろう? あの子の身を心配しているのだろう? お前らしい、嘘のつき方だな……竜二よ」
「…………けっ」
祖父である彼にそのように見透かされ、竜二は気に入らなさそうにそっぽを向く。
竜二が嘘つきであることは花開院の人間にとって、半ば公然と知れ渡っている話だ。「尊敬するぜ」「恐れ入るよ」と軽口を叩きながらも、内心で何を考えているか分かったものではない。
祖父である二十七代目はそんな孫の内心をも見透かして話をしているのだろう。この辺りは流石に年の功と言ったところである。
「——だが、もしものときが来れば、ゆらにも実戦に出てもらわなければなるまい」
そこで二十七代目は孫に対する祖父としての口調から、当主としての口調へと戻る。厳しい顔つきでゆらの修行を急ぐ理由を告げる。
「仮に……秋房たちが羽衣狐を仕損じた場合——」
自身の名前が彼の口から出たことで、秋房は弾かれたように顔を上げる。
——二十七代目!? 何を言って!?
自分たちが羽衣狐を仕損じる、そんな可能性を微塵も考えていなかった秋房にとって、その発言は衝撃的なものであった。しかし、二十七代目は秋房が立ち聞きしているとは露知らず、何の迷いもなくはっきりと明言する。
「——ワシらに残された希望はゆらだけだ。竜二よ……たとえその身に変えても、あの子を護るのだ」
「…………」
「だからこそ、ワシはお前に慶長の封印を任せなかった。全てはお前にあの子を護らせるため、こういうときにこそ、お前や魔魅流を後ろに控えさせて置いたのだ」
一時期、竜二と秋房。そのどちらが第一の封印に入閣するのかと、陰陽師たちの間で議論になったことがあった。竜二の才能は花開院分家のトップ3にも劣らぬものであり、その実力も高く評価されていた。久しぶりの本家筋の人間という事もあり、大いに陰陽師たちを期待させたものだ。
だが、結果的に第一の封印は秋房が守護することになり、竜二はどこの守護にもつかない、フリーな立ち位置に収まった。陰陽師たちは思っただろう。竜二がどこの封印にも入閣しなかった理由。
それは彼が狐に呪われた血筋——いずれ早世するためだと。
いつ早世するか分からぬ、そんな運命を背負った彼に封印の守護者という大事なポジションを任せることはできない。封印の守護者を選定する立場の二十七代目が、そのような理由から竜二を封印から外したのだと。
しかし、そうではなかった。
全ては封印よりも大事な存在。『才ある者』であるゆらの守護を任せるため、あえて彼を封印の守護から外したのだ。いち早くゆらの才を見抜いた、二十七代目の判断の下で——。
「……へいへい。花開院家の希望、心して守らせてもらいますよ」
「それでいい。頼んだぞ、竜二よ」
二十七代目の言葉に、竜二は皮肉っぽく答える。気が乗らないような態度ではあるが、嘘つきである彼にとってそれもカモフラージュに過ぎない。
竜二が内心でどれだけゆらの重要性を理解しているのか。彼のその態度から察し、二十七代目は満足そうに頷いていた。
「………………………………………」
二十七代目と竜二の話が終わり、秋房は暫くの間そこで立ち尽くしていた。だがすぐに踵を返すや、急ぐ足取りで羽衣狐を策に掛ける場所、鹿金寺へと向かっていく。
既に二十七代目に挨拶を済ませておくという要件を忘れ、彼は自身の中で渦巻く黒い情念と葛藤していた。
——……違う! 二十七代目……貴方の判断は間違っている!!
敬意を払うべき相手である筈の二十七代目の判断を心中で真っ向から否定する。
——……花開院家に残された最後の希望は……私達だ!! 私こそが、真に才ある者だ!!
秋房は普段、ゆらのことを実の妹のように可愛がって、面倒を見ている。
だが、そんな彼でも決して譲れない一線が存在していた。
——ゆらではダメなんだ、私が……私が……私がやらねばならない。
——私がやるんだ……ゆらじゃない!! 私が……私こそが、羽衣狐を打倒する!!
秋房は、自身の才能を信じて疑わない。
自分は常に正しいと、信じて疑わない。
自分より努力した者などいないと思っている。
誰もが認めた存在だと、傲りもなくそう思っている。
羽衣狐を討伐するのは、ゆらではない。
花開院家の当主の座につくのも、ゆらではない。
——それを今夜……鹿金寺の決戦にて証明して見せる!!
彼はそのように意気込み、来るべき決戦の地へと向かう。
己の正しさを証明するために、自ら『禁術』を破る覚悟さえ決めて……。
だが——彼の奮闘も虚しく。
雅次、破戸、秋房の三人は行方不明。
彼らが守護すべき鹿金寺の封印は、羽衣狐たちの手によって破壊された。
補足説明
花開院分家の方々
花開院雅次――結界術を得意とする福寿流の陰陽師。天パの眼鏡。
花開院破戸――愛華流の創造式神使い。ネーミングセンスが微妙。
花開院灰吾――筋肉大好き、あだ名『教頭』。尺の都合上彼の出番はカット。
花開院豪羅――狂骨にあっさりとやられてしまった彼ですが、本作のカナちゃんの『式神の槍を武器にする』という元ネタが彼の式神『弁慶の薙刀』からきてます。
花開院布――誰? と思う人も多いと思いますが、あれです。第四の封印の守護者で、顔を布で覆っている人です。アニメだと出番は完全カット、ファンブックには本当に一文字だけ名前が載っていましたので、この場で紹介させていただきました。
さて、今回も前回同様、原作説明会でしたが、次回からは本作の主人公であるカナに焦点を当てていきたいと思います。
完全オリジナルの話になると思いますので暫く時間はかかりますが、どうかお楽しみに!!