ちなみに作者の推しは『ロードエルメロイの事件簿』と『シンフォギアXV』くらい。
流石に全ての作品に目を通すほどの気力はなくなってきたから、見る物をある程度厳選しています。勿論、ゲゲゲの鬼太郎の視聴は継続中。
ゲゲゲの鬼太郎、ここ最近で一番面白かったのは『黒坊主』の回ですかね。
たった一話での退場でしたが、やることがえげつない黒坊主。地獄の四将に恥じぬ極悪さである。これで活躍が原点通りなら、どうしようかと少し心配してました……。
次回のゲゲゲの鬼太郎のタイトルが『水虎が映す心の闇』。滅茶苦茶、不穏な響きで今から心配になってきた……ちゃんとニチアサに流せる内容にしなさいよ、スタッフ。
さて、滅茶苦茶早い更新ですが、上手い感じで纏まったので投稿することにしました。少し短めですが、よろしくお願いします。
——まさか、ここまで京妖怪の侵攻が進んでいたなんて。少し、甘く見過ぎてたかも……。
家長カナは京都に着いて早々、この地が自分の予想以上に深刻な状況になっていることを改めて実感する。
土御門春明と共に京都に着いたカナは、とりあえずの拠点として適当な宿を確保していた。
最初は先に京都入りした清十字団と合流することも考えていたが、彼らは既に花開院家の保護を受けており、護衛には奴良組のつららたちもいるとのこと。守りならそれで十分と判断、自分が合流して影ながらに清十字団を守る必要性も薄くなったとカナは考えた。
逆に下手に花開院家に留まれば、保護という名目の下、身動きできなくなる可能性が高くなる。それならば誰の目もない、自由に行動できる今のうちに少しでも多くの情報を集めようと、カナはさっそく行動を開始した。
彼女は巫女装束に着替え、面霊気を被って『妖怪』を装う恰好をした。そして、春明と共に夜の京都の街を練り歩いていくことにしたのだ。
だが、歩き始めて三十分と経たないうちに、カナたちは幾度となく京妖怪に襲われた。これは意図的に人気がないところを歩いていたということもあったが、それにしても尋常ではない。こんなにも平然と妖怪が人を襲う事例など、奴良組の本拠地がある浮世絵町でも稀である。
カナは改めて今の京都がどういう場所なのか、身をもって実感した。幸い、襲ってくる京妖怪の大半が小物であり、カナ一人でも追っ払うことができるレベルだった。
そうやって適当に京妖怪を退けながら、調査を進めていたカナであったが——。
その途中、強大な妖気の塊が一か所に集まり、どこかへと突き進んでいる気配を感じとっていた——。
「兄さん……!」
「ああ……おそらく、連中の本隊だろう。例の封印の場所にでも向かってんのか?」
春明もカナと同じものを感じ、眉を顰める。
例の封印——妖を京都から退けるという『慶長の封印』。既に大多数の封印が京妖怪たちの手によって破られたという話だが、未だに機能している封印もあった筈だ。
敵大将——羽衣狐を擁する京妖怪の本隊がその残った封印を破るべく、侵攻を開始したのだろう。
「ゆらちゃんも、きっとそこにいる……」
カナはぽつりと呟く。花開院本家に保護されている凛子からは、ゆらの今夜の行動など、そこまで詳しい内容のメールはなかった。
しかし、陰陽師として責任感の強いゆらが、京妖怪の侵略に何もせずに手をこまねいているわけがない。
きっと、ゆらは自分自身の意思で、戦いの矢面に立っている筈だ。
「行こう!!」
「…………チッ、行けばいいんだろ、行けば」
カナは一切の迷いもなく、その妖気が集う場所へと駆け出していく。
彼女の後ろを、どこか諦めたような顔で春明がついていく。
こうして、カナたちは開戦より少し遅れはしたが、花開院の陰陽師と京妖怪がぶつかる戦場——相剋寺へと足を踏み入れてたのだ。
×
「——これはっ!?」
相剋寺に着いて早々、カナが目にしたもの。それは、京妖怪たちが手にした得物で、陰陽師たち虐殺する光景だった。一部互角に交戦している術者もいるが、大半の陰陽師が成す術もなく妖怪に襲われ、一方的に追い回されている。
「……なんだ、こりゃ?」
その光景に春明は顔を歪めた。同じ陰陽師として彼は花開院の不手際、あの程度の妖怪相手に逃げ回ることしかできない彼らに心底呆れている様子だった。
「酷い……!」
「ああ、確かに酷いな……ここまで弱体化してんのか、花開院……」
カナは既に戦意を失っている人間を追い回す京妖怪の残虐非道ぶりに「酷い」と口にしたが、春明は花開院家のあまりの弱体化ぶりに「これは酷い!」と罵声を浴びせていた。
春明は少なからず期待していたのだろう。以前、浮世絵町で出会った花開院——竜二やゆらといった面々。彼らくらいの術者を何十人と抱えていれば、あるいは花開院にも勝ちの目はあると、頭の片隅で思っていたのだ。
しかし、蓋を開けてみればこの始末。対抗どころか、抵抗もできない京妖怪との戦力差に春明は花開院家への失望を隠しきれずにいた。
「——助けなくちゃ……援護して、兄さん!!」
だが、不満げに表情を歪める春明のリアクションを窺うまでもなく、カナは行動を開始ししていた。京妖怪の魔の手から、花開院家の人々を救うべく彼女は神通力——『六神通』を発動させる。
初めに、カナは『神足』で建物の上まで飛翔し、そこから戦域を見渡せる位置に陣取る。
そしてすかさず『天耳』を発動。視覚のみならず、聴覚で周囲の状況の把握に努める。
さらに『他心』を発動。敵味方入り乱れる戦場の中、悪意に満ちた京妖怪たちをピックアップしていく。
「なんだぁ、こいつぁ!? 隙だらけだぜ!!」
「ひゃははははっ! お前も、死ねぇ死ねぇ死ねぇ!」
すると、六神通の制御のために集中しているカナの背後から、数匹の京妖怪が襲いかかる。血に飢えた彼らは目の前に現れた正体不明の彼女をとりあえず殺しておこうと、勢いのまま妖刀を振りかざす。
しかし——。
「いや、お前らが死んどけよ……針樹」
カナを背後から襲おうとした不届き者を、その背後を守る春明が陰陽術『木霊』で駆逐する。植物の成長を促進させるその術で近くの木々の根を針のように尖らせ、京妖怪たちを串刺しにしていった。
「なっ、なんじゃそりゃ…………いてっ!?」
一匹ほど、運よく針樹の攻撃を逃れた妖怪がいた。その妖怪は味方が一瞬で殺られたことに驚きつつも、勢いのままカナに突っ込んでいく。
だが、カナはその襲撃に振り返ることもなく、槍を振るってその妖怪を地面に叩き落としていた。
天耳で目を瞑っていても相手の動きが手に取るようにわかる。他心で悪意や敵意を感じ取れるカナに生半可な不意打ちなど通用しない。
カナはそのまま、何事もなかったかのように集中力を研ぎ澄ませ、次の瞬間——懐から『天狗の羽団扇』を取り出し、それを思いっきり扇いでいた。
既にほとんど完全に制御下に置いている羽団扇の風は、他心でピックアップしていた京妖怪たちに狙いが定まっていた。
「なっ? なんだぁああああああああああああああ!?」
「と、突風だぁあああああああああああああああああ!!」
羽団扇から繰り出された風はカナに意思を受け、京妖怪たちだけを相剋寺の敷地の外——空の彼方へと吹き飛ばす。たとえ死んでおらずとも、これで彼らは実質リタイア。少なくとも、この戦いで再び参戦してくることはないだろう。
「おいおい…………手際よすぎだろ」
カナの一連の行動の流れに、春明は唖然となる。
相剋寺で繰り広げられていた一方的な虐殺に、春明はカナが気後れするかと思っていた。人としての情、あるいは義憤、あるいは正義感。そういったものがカナの感情を昂らせ、彼女の判断力を鈍らせるかもと危惧していた。
だが、カナは最低限の怒りを露にしつつも、それに囚われることなく、自らのできる最大限の力で京妖怪を手際よく追っ払った。
冷静に状況を判断する『視界』を持っていなければ出来ない芸当だ。その成長ぶりに春明はただただ開いた口がふさがらなかった。
「まったく、ほんとにどんな修行を……ん?」
改めてカナがどんな修行をしてきたのか気になってきた春明だが、彼は視界の端に見知った陰陽少女——花開院ゆらの姿を見つけ、そちらの方に意識を割かれる。
どうやら、ゆらも突如として巻き起こった神風に驚いているらしい。唖然と固まっており、その背後から彼女の隙を突くように京妖怪たちが襲いかかろうとしていた。
流石に天狗の羽団扇といえども、全ての京妖怪を吹き飛ばせるほどの風を一度には出せないらしい。
「やれやれ……こっちの方は精神面がまだまだだな……」
花開院ゆらという少女は才能は飛び抜けているようだが、まだまだメンタルの方が未熟らしい。戦場で簡単に隙を見せる彼女に呆れつつも、春明はゆらに助け舟を出していた。
「陰陽術木霊・針樹——『串刺しの森』」
春明はそう唱えるとともに、陰陽術・木霊を発動。
異常促進させた木の根で敵を貫く、針樹の発展形——串刺しの森。その名の通り、森のように針樹が視界一杯に広がり、京妖怪たちを刺し貫いていく。
「こ、この陰陽術……まさかっ!?」
春明の陰陽術を浮世絵町にいた頃にさんざん見てきたゆらは、すぐにその術の使い手として自分を想起したらしい。今更、特に隠し立てする理由もなかったため、春明は彼女に声を掛けていた。
「ボケっとすんなよ……花開院」
×
「なっ、なんで……あの子が、あたしらを……あの子かて、妖怪やろ?」
ゆらは狐面を被った少女が自分たち陰陽師を助けるため、京妖怪を退けたことに疑問を抱かずにはいられなかった。ゆら自身、知らず知らずに少女の身を心配する程度に心を許しかけていたとはいえ、彼女とて妖気を放つ以上は妖怪の筈だ。
京妖怪たちが目指すのは妖上位の闇の世界——普通の妖怪であるならば、彼らの理想に同調してもおかしくはない。
それなのに何故、彼女が京妖怪と敵対するのか。そんなゆらの疑問に対し春明が答える。
「別に……『妖怪』つったて、全部が全部同じ考えで動いてるわけじゃねぇ。色々事情があんだよ、連中にも……」
妖怪にも地域によって組織があり、それぞれ思惑があって動いている。花開院では妖怪を一纏めに『黒』と認識しているため、妖怪たちの勢力図など、そもそも教えてもいないのだろう。
そんな花開院家の無知っぷりに呆れながら首を振り、春明はさらに溜息を吐く。
「まあ、あいつの場合は、その事情とやらも関係なく動いてるけどな……」
「えっ……?」
ウンザリするように吐き捨てる春明に、それはどういうことかと、ゆらは思わず問い詰めようとしていた。しかし、ゆらが口を開くより先に、どうやら狐面の少女がゆらの存在に気づいたらしい。
彼女はゆっくりと上空から舞い降り、ゆらの側に近寄ってきた。
「——大丈夫、ゆらちゃん?」
「…………あ、ああ」
第一声から、ごく当然のようにこちらの名前を呼び、その身を心配する少女。彼女のあまりにも堂々とした態度とは反対に、ゆらは動揺でまともに言葉を返すことができずにいた。
「あんたは……なんで……」
辛うじて、ゆらがそのように口を動かした、そのときだった——。
「——っ!!」
急に後方へと飛び退る少女。すると、彼女が立っていた場所へ、間髪入れずに紫電が叩き込まれる。衝撃に土煙が舞い、思わず咳き込むゆら。
「な、なんや!? けほっ、けほっ! なっ、魔魅流くん!?」
「妖怪……滅すべし」
その紫電の正体は裏門から駆けつけてきた魔魅流だった。妖怪=黒=敵という認識でいる彼は、狐面の少女を倒すべき敵として判断したらしい。問答無用に滅しようと、彼女に襲いかかったのである。
「…………」
「……なんだ、やろってのか? 俺は別に構わんぞ。浮世絵町での続き、今ここでするか?」
魔魅流の敵対行動に狐面の少女は何も言わなかったが、春明の方が好戦的な笑みを浮かべる。浮世絵町で一時敵対したこともあり、彼らは互いに臨戦態勢で睨み合う。
「ち、ちょい待ち、魔魅流くん!! 今はそれどころやない、竜二の命令や、聞いて!!」
ゆらは慌てて魔魅流を止める。今は彼女たちと敵対している暇はないと、竜二の名前を出して彼を制止する。
「竜二……命令……」
竜二からの命令ということもあり、魔魅流は彼らへの敵対行動を止め、ゆらの話を聞く体制に入った。
ゆらは横目に少女たちの存在を意識しつつも、竜二から伝えてくれと言われた話の内容——自分たちが現状を打開するためにやるべきことを話す。
「——とにかく、秋房義兄ちゃんを操っとる黒幕を見つけ出さんことには、どうにもならん!!」
一通り今の状況を説明した後、ゆらは話の内容をそのようにまとめる。
結局のところ、秋房をどうにかしなければ現状を打開することはできない。そのために、闇の中に潜んでいるであろう、黒幕を魔魅流と共に捜さなければならない。すると——。
「黒幕……」
ゆらの言葉に、狐面の少女が一言呟く。お面越しでよくわからなかったが、どうやら目を瞑って集中しているらしい。数秒間、静かに佇む少女。すると彼女は唐突に腕を上げ、とある方角を真っすぐ指さしていた。
「感じる。あっちの方角から、底知れぬ悪意が……。多分、京妖怪の幹部……」
「あっちって……兄ちゃんたちがいる方やないか!?」
狐面の少女の言葉に「何でわかる?」と疑うまでもなく、ゆらは叫んでいた。
ゆらは彼女の言葉に『嘘』を感じなかった。どのような手段で何を探知したかは知らないが、少女の言葉に確信めいた何かを感じたのだ。
ゆらは彼女の予想を、敵の黒幕がそこに隠れているという少女の言葉を『信じた』。そして——
「ここは私たちに任せて、二人は行って!」
「——えっ?」
「…………」
「おい、何勝手に決めてんだ?」
その探知を終えてすぐに狐面の少女が叫んでいた。彼女の言葉にゆらは戸惑い、魔魅流は沈黙する。そして、何故か春明も不満を口にしていた。
「私たちがここを守るよ。だから、ゆらちゃんたちはその秋房さんという人を助けてあげて!!」
数が減ったとはいえ、京妖怪はまだまだ暴れ回っている。その相手を自分たちが務めるから、ゆらたちは黒幕を叩きに、秋房を救うために行けと、狐面の少女はゆらにそう言ったのだ。
普通ならそのような提案、素直に頷けるものではないだろう。陰陽師の春明がいるとはいえ、妖怪である彼女に他の陰陽師の守りを任せるなど、愚の骨頂。しかし——。
「…………」
「…………」
ゆらは狐面の少女を真正面に見据える。相変わらず、お面のせいで表情は読み取れない。
だが、それでも少女が偽りや出鱈目を口にしているようには思えない。その佇まいから感じる、確固たる意志——自分たちを守ろうとする少女の決意が伝わってくるようだった。
「……わかった。ここはアンタらに任せる! 行くで、魔魅流くん!!」
「いいのか……ゆら?」
ゆらの判断に魔魅流が疑問を口にする。妖怪の言葉を鵜呑みにするなど、魔魅流でなくても口を挟むだろう。だが——ゆらは揺るぎなく頷く。
「大丈夫や。私はあの子を信じる——ううん……『信じたい』んや!」
それは何の根拠もない、子供じみた感情からくる想いだったが、それでもゆらはその想いを貫いた。
少女がかつて叫んだ『信じて』という言葉。
その言葉でゆらはリクオを、信じた友達を守ろうと決意できた——。
だから正体など、顔などわからずとも、ゆらはこの少女のことを『信じたい』と願うことができたのだった。
×
——ありえん!! なんだこれは……!?
花開院竜二は足を刺し貫かれた痛みに蹲りながら、眼前の秋房に起きている異常に冷や汗をかく。つい先ほどまで、竜二は辛くも秋房との戦いに勝利し、彼から生殺与奪の権利を奪い取っていた筈だった。
それなのに——何故、こんなことになってしまったのか?
竜二は初めから、秋房は妖怪にただ操られていたのではない。八十流の禁術——
八十流
しかし、憑鬼術は禁術に近いものがあり、特に人の心を維持したままこの術を使うことは固く禁じられていた。下手に人の心を残せば、その者の精神が変質する。陰と陽のバランスが崩れ『灰色』の存在となってしまう危険性があるのだ。
灰色の存在を認めていない竜二にとって、それは決して称賛されるべき手段ではない。
「どこかで心が折れたか、秋房? 超えられない才の持ち主を前にして、道を誤ったか?」
戦いの最中、竜二はそのように秋房を挑発していた。秋房が憑鬼術に手を出した背景に、自分を超える才の持ち主——ゆらの存在があったことは竜二も把握していた。
羽衣狐を唯一倒すことのできる式神・破軍が使えるゆらと、使えない秋房。いかに一番の当主候補と周囲から認められていようと、その劣等感を秋房は払拭しきることができなかったのである。
「竜二、違うぞ……私は常に正しい……」
竜二の言葉を否定するように秋房は叫ぶ。憑鬼術の影響で体の半分が異形と化している秋房はとても真っ当な人間に見えず、その口から放たれる言葉はどこか狂気染みていた。
自分より努力した者などいない。自分こそ、誰もが認めた存在だと。自分が花開院家の当主になる器だと。狂ったように自分は正しいと叫び続ける。
「禁術に染まって、刃を向ける相手もわからねぇのか——」
「———————」
そんな秋房の『正しさ』とやらを、竜二は毅然と否定する。
竜二の言葉通り、果たして今の秋房のどこに正しさなどあるのだろう。禁術に縋り、心を呑まれ、護るべき者すら見失い、敵である京妖怪の尖兵として味方である陰陽師たちに刃を向けている。
そんなお前のどこに正しさがあると、何度でも言葉にして吐き捨てる竜二。
その言葉に、ついに秋房の感情が爆発した。
「だまれ、だまれ!!」
「だまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれ——黙れ!!」
もはや呪詛のように繰り返される言葉。
秋房は無我夢中で、自分を否定した竜二目掛けて突っ込んでいった。
だが——それこそが竜二の策であった。
「——ほらな。目の前のことすら、お前には見えていないのだ」
憑鬼槍によって切り裂かれた筈の竜二が——ニヤリと笑みを浮かべた。
次の瞬間、竜二だったものが真っ黒い水となって秋房に襲いかかる。
それこそ竜二の式神『
狂言は人の姿に変化する猛毒の水だ。狂言に秋房を挑発させ、彼が冷静さを欠いた隙に、本物の竜二は秋房の背後に回っていた。まさに『言葉を操る』陰陽師の真骨頂である。
「一分以内に解毒剤を飲まなければ死ぬ。欲しければその禁術を解け」
毒で苦しむ秋房に竜二はそのように選択肢を迫る。
いかに憑鬼術で強化されていようと、生身の人間である以上、毒の苦しみから逃れる術はない。これで大人しく秋房が憑鬼術さえ解けば、ある程度まともな会話ができるようになるだろう——と竜二はそう考えていた。
だが——
「? 何だ……目玉……?」
不意に竜二は気づいた。秋房の首筋、そこに小さな目玉が見えたのだ。明らかに憑鬼術とは別種の『異物』。よく調べようと不用意にその目玉に近づいた——それが竜二の失態だった。
「——うっ……! な、なんだと!?」
完全に秋房を無力化していたと思っていたが故の油断だった。倒れた秋房の身体の一部が無理やり変形——針のように尖り、竜二の足を刺し貫いたのだ。
「——羽衣狐様。こやつの体……もう持ちませんぞ」
あの小さな目玉だったものが言葉を介しながら、その正体を現す。
徐々に肥大化していく目玉。その正体は——額に目玉を付けた、髭を蓄えた老人の顔だった。
秋房の首筋に寄生していたそいつは、毒に蝕まれている秋房を無理やり立たせ、今まさにトドメの一撃を竜二にお見舞いしようとしていた。
「さあ、鏖地蔵。しっかり止めをさして、余興に幕を下ろすがいい」
「やれやれ……人使いの荒いお人じゃ」
「——くっ!」
竜二の眼前には今、秋房に寄生した額に目玉を付けた老人——鏖地蔵。
そしてその後方に数多の京妖怪たち、巨大な骸骨——がしゃどくろの頭で優雅に腰かける花開院家の仇敵——羽衣狐の姿があった。
目の前に自分たちを破滅寸前まで追い込んでいる憎き仇敵がいるというのに、今の竜二には成す術がない。先ほどの秋房との戦いに、ほとんど力を使ってしまったのが原因だ。
このまま、心半ばにしてここで奴らに殺されてしまうのかと、竜二は自身の迂闊さに歯噛みする他になかった。
「——またんかい!!」
しかし、諦めかけていた竜二の下に救援がやってきた。先ほどは逆の立場で彼が助けた相手。そのお返しとばかりに彼女が——花開院ゆらが竜二の下へ駆けつけてきたのである。
「やっぱり……妖の仕業やったんか」
静かに佇むゆらの表情は怒りに染まっていた。その鋭い眼光で秋房に寄生する『黒幕』を睨みつけ、彼女は全力でその式神の名を叫んでいた。
「——式神・破軍!!」
補足説明
狂言
竜二の三体目の式神。猛毒もさることながら、一番の特徴は『喋る』ということ。
竜二以外の姿にも化けることができ、まさに言葉を操る竜二らしい式神である。