家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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ゲゲゲの鬼太郎感想『水虎が映す心の闇』
久しぶりにキレのある、ブラックな話で面白かった。
最後、どのような結末になるかドキドキしたが、とりあえずハッピーエンドでほっとしました。
最悪、あのまま滝つぼへ……という展開もあり得たから、六期は最後まで気が抜けない。
 
次回の鬼太郎『建国!? 魔猫の大鳥取帝国』……なんかもう、タイトルから面白いんだけど……これ、完全にギャグ回だわ!



第五十五幕 破軍・時を超えた邂逅

 式神・破軍。

 

 四百年前。羽衣狐を討ち取ったことで名高い十三代目秀元によって編み出され、花開院家に代々伝えられてきた最強の陰陽術。かの御仁はこの破軍と妖刀『祢々切丸』を用い、羽衣狐を成敗したと言われている。

 彼は生前、この陰陽術を使える者こそを当主と示し、いつか復活する羽衣狐を再び封印する手段として破軍を後世に残してこの世を去った。

 

 しかし——彼以降、この破軍を扱えた歴代当主は終ぞ現れはしなかった。

 

 破軍を扱うには陰陽師として相当な『才』を必要とする。長い花開院家の歴史でも、その才能を持った陰陽師が輩出されることは稀である。

 また、花開院家の安寧そのものが、この破軍を必要としなかった。

 なにせ、十三代目秀元の螺旋の封印により、ここ四百年間。京都は妖の侵略から護られてきたのだ。京都の守護を第一に考える彼ら花開院にとって、破軍を使ってまで倒すべき妖怪というものがいなかったのだ。

 そして、世の中の近代化が進むとともに、妖たちの闇も薄まった。敵である妖怪たちが弱体化すると同時に、それを倒すべき陰陽師である彼らも、その力を日に日に弱めていったのだ。

 

 そんな中——花開院本家のゆらが破軍を出したことで、花開院家は大騒ぎとなった。

 

 その当時、花開院家は四百年続いた『慶長の封印』の効力が失われていくことに危機感を抱き始めていた。封印が弱まることに対し、いくつかの対策案を模索していたのだ。

 その中の案の一つとして、花開院は破軍を扱えるかどうかの適正試験を幅広く実施していた。秋房や竜二を始めとする、多くの才能ある陰陽師たちが期待されこの試験に挑んだが、結局芳しい結果は出せなかった。

 

 やはり、破軍を使えるものなどいないのでは、と誰もが諦めかけた——そのときだった。

 まだ誰にも期待されていなかった本家のゆら。ダメもとで挑戦した彼女が破軍を召喚してしまったのだ。

 それは刹那の間だけではあったが、彼女は確かに破軍を出し、自身の『才』を皆に示したのだ。

 

 しかし、当時のゆらは今よりもさらに幼く、誰もが彼女のことをまだ子供だと侮り、決して過度な期待をしようとはしなかった。所詮何かの間違いだろうと、ゆらの才能そのものを疑う者までいる始末だ。

 その証拠に、ゆらが破軍を出せたのはその一度きり。

 それ以降、何度も挑戦してはみたものの、彼女がそれ以降、破軍を召喚することはなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「——妖めっ! 今すぐ秋房義兄ちゃんから、出ていけ!!」

 

 だがこの日、この相剋寺の夜にて。花開院ゆらは再び破軍の召喚に成功した。ゆらが誰よりも尊敬する陰陽師、花開院秋房に取り憑いた妖怪を倒すため。

 彼を『救いたい』という、彼女の強い想いに破軍が応えたのだ。

 

「あれが……破軍!!」

「竜二、下がる」

 

 足に深手を負い、身動きがとれなくなっていた竜二。そんな彼を助け起こした魔魅流。二人はゆらの後ろに控える歴代当主たちの姿を見た。その誰もが気味の悪い骸骨の姿をしていたが、確かにその身からは高い霊力を放っている。

 

「いくで、式神破軍!!」

 

 これならば秋房を救える。そうゆらは確信し、破軍に戦わせようと号令を出す。だが——。

 

「———————」

「……え? なんでや? なんで、何も反応せんのや!!」

 

 ゆらの号令に破軍はピクリとも動かない。物言わぬ骸骨たちがただ不気味に立っているだけだった。

 

「……なんじゃ、使えんのか? ゲゲゲッ!!」 

  

 召喚は出来ても使うことができない。そんなゆらの体たらくを嘲笑いながら、秋房に取り憑いた妖怪——鏖地蔵が秋房の体を操り、ゆらを殺そうと殺意を滾らせる。

 

「動け、破軍……動いてぇ!!」

 

 ゆらは悔しさに絶叫する。せっかく破軍を出せたというのに、これでは単なる木偶の坊。やはり自分には無理なのかと、彼女が諦めかけた——そのときである。

 

「——そんな拝み倒したところで動かへんよ。普通の式神と違うんやから」

「!? っ、しゃ、しゃべった……」

 

 大半の歴代当主が骸骨である中。一人だけ、生身の体を持った歴代当主の一人がゆらに声を掛けたのだ。不思議な雰囲気の男だった。のほほんとした京都弁で、彼はゆらに心を鎮めるよう優しく諭す。

 そして、男はその『才』を強くしたいと願うよう、ゆらに言い聞かせる。

 

「……強く、願う……」

 

 その男の登場に驚きつつも、ゆらは言われたとおり願った。己の才を強くしたいと、この才で秋房を——皆を助けたいと。彼女のその願いに応え、歴代当主たちがゆらに霊力を授けていく。

 

 そう、破軍とはただ歴代当主を呼び戻し、戦わせるための術にあらず。

 先人の霊力を借り、その者の才を極限まで増力するものなり。

 

 今この瞬間、ゆらの手元の式神・廉貞に先人たちの霊力が集められていく。金魚の式神である廉貞が先人たちの霊力を受け、その姿を大口を開けた髑髏へと変えていく。

 どこか禍々しい様相だが、発射口から放たれる光は百鬼を退け、狂災を払う——退魔の力だ。

 

「ぎゃあああああああああああああああ!?」

 

 秋房に取り憑いていた鏖地蔵の頭部が、その光に呑まれ跡形もなく消し飛んでいく。

 秋房の心の闇を操り、彼を意のままに操っていた元凶が消え去ったことにより、秋房はその呪縛から解放された。

 

「ゆらのやつ……やりやがった」

 

 妹の活躍に目を見張りながら、竜二は倒れ込む秋房に駆け寄る。彼は自分との戦いで深手を負わせてしまった秋房に解毒剤を飲ませ、その身を介抱する。

 

「大丈夫か、秋房……?」

「……竜二……済まない……」

 

 自身が操られている間も記憶はあったのだろう。自らの愚かさを悔い、秋房は涙ぐみながら竜二に謝罪する。

 

「ふっ、いいさ」

 

 謝る秋房に、竜二は微笑を浮かべる。その微笑みに嘘はなく、竜二は大切な仲間の帰還を素直に喜んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「その顔…………」

 

 鏖地蔵が倒されたことで、高みの見物を決め込んでいた羽衣狐がゆらたちの前に姿を現わす。彼女はこれまで、ゆらたちと秋房の同士討ちを余興と嘲り、常に余裕の笑みを浮かべていた。

 だが、今の羽衣狐の表情には一切の感情がなく、その冷たい眼差しはゆらの——彼女を庇うように立つ歴代当主の男へと向けられていた。

 先ほど、ゆらにアドバイスをした一人だけ生身の歴代当主。ゆらが破軍を解いたのにも関わらず、彼一人だけ何故かその場に残り、羽衣狐と対峙していた。

 

「忘れはせんぞ……。四百年間、片時も忘れはしなかった……」

 

 その男の顔。色白でどこか人を食ったような飄々とした微笑みに羽衣狐は冷淡に呟く。

 そんな彼女の呟きに対し、その男も応じた。

 

「……羽衣狐か。これはお久しゅう。えらい可愛らしい依代やなぁ……」

 

 現代の羽衣狐の依代とは初対面なのだろうが、その妖気の質で制服姿の少女が羽衣狐だと理解する男。

 彼は羽衣狐との四百年ぶりの再会に、感慨深げに息を吐く。

 

 二人は見知った関係。はるか過去に既に顔を合わせていた間柄であった。

 

 なにせ、この一人生身の歴代当主こそが——かつて、羽衣狐を破滅に導いた陰陽師なのだから。

 

 四百年前。攫われた珱姫を救うべく、淀殿として大阪城に巣くっていた羽衣狐と戦ったぬらりひょん。

 彼女を追い詰めた彼に手を貸し、最終的に男はぬらりひょんと共に羽衣狐を討伐した。

 そう、彼こそ名高き十三代目秀元。かつて羽衣狐を成敗したその名は花開院の歴史にも刻まれている。

 

 かつて倒した相手に、倒された相手。

 

 転生と、召喚式神・破軍。互いに全く別の手段を用い、この現世へと舞い降りた両者。

 もう二度と出会う事のなかった二人が、今——四百年後の未来にて再会を果たしていた。

 

 

 

×

 

 

 

 十三代目秀元と羽衣狐が対峙していた、丁度その頃。

 

「——はっ!」

「ぎゃん!?」

 

 相剋寺の境内にて、狐面の少女こと——家長カナが京妖怪相手に奮戦していた。

 

「ふぅ~……ようやくひと段落着いた、かな?」

 

 カナは式神の槍で眼前の京妖怪を打ち払いながら、他心で周囲に目立った敵意や悪意がないことを確認して一息つく。

 彼女はその槍と天狗の羽団扇を用い、単身京妖怪と戦っていた。最初は春明と組んで戦っていたのだが、ここを襲撃してきた京妖怪は妖刀に頼っただけの烏合の衆。修行の成果もあってか、カナが遅れをとることもなかった。

 そのため、途中からは手分けして戦った方が効率がいいと、二手に別れて広い相剋寺の境内を守っていたのだ。

 その甲斐もあり、大多数の陰陽師たちを守ることができた。だが——。

 

「ゆらちゃんの方は大丈夫かな。あっちの方に、妖気が集中しているみたいだし……」

 

 カナはここではない、別の場所で羽衣狐たちと対峙しているであろうゆらの心配をしていた。

 周囲に京妖怪がいなくなったのは、カナがその全てを撃退したからではない。強大な妖気が相剋寺に到着し、そちらの方に京妖怪が集まっていたからだ。

 妖刀を持ってやってきたのが先遣隊だとすれば、こちらはそんなものに頼る必要もない本隊、といったところか。その規模は先遣隊のそれとは比較にならないほど強大、かつ極悪だった。

 

「スゥ~ハァ~……よし! 私も……今そっちに行くから!!」

 

 カナは一度深呼吸を入れ、その身を落ち着かせる。そして、その強大な妖気に怯むことなく、ゆらの加勢をすべく彼女の下まで駆けようとした——そのときである。

 

「……ん? なにこれ?」

 

 周囲に突如、煙が立ち込めてきたのだ。煙は徐々に濃くなっていき、相剋寺全体を包むように広がっていく。

 

『ゲホっ、ウゲッ! なんだこれ、ケムッ!?』

「コンちゃん、大丈夫!?」

 

 それまで、沈黙を貫いてくれていた面霊気のコンが急に咳き込み出した。ただのお面である彼女のどこに咳き込むような気管があるかは別として、かなり苦しそうな様子である。

 カナはそんな彼女を心配し、その煙を風で吹き飛ばそうと羽団扇を構える。しかし——。

 

「待て待て、早まるな。こいつは陰陽師の『惑いの霧』だ」

「兄さん?」

 

 別行動をとっていた春明がその場に合流し、この煙の正体を解説してくれた。

 

「こいつは陰陽師が妖怪相手に目くらましで使うもんだ……人間に害はない。我慢しろ、面霊気」

『ウゲッ! 苦しいのはあたしだけかよ……』

 

 どうやら花開院の誰かが行使した術らしい。同じ陰陽師として、春明はその術の意図を見抜く。

 妖怪相手の目くらましであるならば、ここでこの煙幕を吹き飛ばすわけにはいかない。カナは苦しむコンに申し訳ないと思いながら、大人しく羽団扇を懐に仕舞う。

 

「——花開院の子孫どもよ! 退け!! 勝ち目はない」

 

 すると、その煙と共に何者かの声が相剋寺の境内に響き渡る。『撤退』という逃げ腰の言葉ではあるが、その声は不思議と力強く、有無を言わさぬ説得力が感じられた。 

 

「くぅ……相剋寺がっ……」

「京はどうなってしまうんや……」

 

 その言葉に従い、花開院家の陰陽師たちがようやく重い腰を上げ、戦線を離脱していく。

 

「ようやく退く気になったか。最初から、そうしてればよかったものを……」

 

 春明はやれやれといった調子で溜息を吐く。

 

 今回の戦い、カナたちの助力があったとはいえ、花開院に相当な被害が出てしまった。そして、ここまで被害が拡大した原因に、彼らが中途半端にこの地を守ろうとしたことが理由として挙げられる。

 本来であれば結合結界が破られ、敵方に結界破りの妖刀を持つ相手がいた時点で、彼らはこの相剋寺を放棄して一目散に逃げるべきだったのだ。

 それを無理に留まって守ろうとしたため、ここまで被害が広がってしまった。

 先ほどの声の主はそれを見抜き、これ以上の被害を出さまいと指示を飛ばしたのだ。

 

「さて、俺たちも退くぞ」

「うん……そうだね」

 

 春明もこの場を退くことを提案し、カナもそれに同意する。

 この地を守護すべき花開院が撤退を決めた以上、自分たちだけこの場に残ってもしょうがない。流石に二人だけで京妖怪の本丸を相手にできると己惚れてもいない。

 カナは相剋寺を守れなかったことを無念に思いながらも、大人しく下がろうと撤退の準備をしようとした。

 

 だが——そこでふと、カナの視界の端に映るものがあった。

 

「? あれは……っ!」

「おいっ!?」

 

 カナは視界に捉えた『もの』の正体を悟るや、春明の制止を無視し、大急ぎでそのもの下まで駆け寄っていく。

 

 

 

 

「ゲホッゲホゲホッ なんじゃこりゃ!?」

「うう……けむい!」

 

 そこでは、二匹の妖怪が惑いの霧の煙で咳き込んでいた。彼らは手に妖刀を持たず、代わりに別のものをそれぞれ掲げていた。それを持っているせいで両手が塞がっており、ろくに戦えない京妖怪。

 そんなハンディーを背負った彼らの下へ、面霊気で顔を隠したカナが急接近する。

 

「ひぃっ! な、なんじゃ、お前はっ!?」

「い、命ばかりはっ!!」

 

 カナの戦いぶりをこっそり見ていたのだろう。自分たちでは敵わぬと彼女に怯え、京妖怪が命乞いをする。

 春明ならば問答無用で殺しているだろうが、カナは無抵抗な相手を仕留める気が起きず、彼女はできるだけ恐ろしい声音を使い、脅すように京妖怪に要求する。

 

「『その人たち』を解放しなさい……そうすれば、この場は見逃すから——」

 

 

 

 

 そうして、カナは無駄な血を流すことなく京妖怪から『その人たち』を奪還した。

 煙が晴れれば、立ちどころに京妖怪に囲まれピンチになるため、カナたちは一旦相剋寺から離れ、人気のない郊外の広場へ。そこで早速、奪還した『その人たち』の扱いに春明は頭を抱える。

 

「……おい、お前……どうすんだよ『これ』……」

 

 春明が『これ』と言い、指をさしていたのは、二人の陰陽師だった。

 京妖怪によって十字架に張り付けられていた陰陽師——雅次と破戸の二人だ。

 

「…………」

「…………」

 

 十字架の戒めから外し、二人を広場に寝かせられている。他の陰陽師たちが逃げるのに夢中で気づかなかったところをカナが見つけ、思わず保護してしまったのだ。

 だが、何かしらの妖術で眠らされているのか、生きてはいるが一向に目覚める気配がない。

 ひょっとすれば、カナが余計なことをしなくても誰かが奪還していたかもしれない。カナのお節介に春明は苛立ちながら吐き捨てる。

 

「めんどくせぇな……元の所に捨ててこい」

「人でなし! 犬や猫じゃないんだから!!」

 

 無情な春明の意見に反論しつつ、カナも頭を悩ませる。

 勢いで連れてきてしまったが、果たしてどうするべきか。行き倒れとして交番に届けるのも一つの手だが、今の京都ではそれも悪手のように感じる。

 

 第二の封印が解かれた場合——この京都の地がどうなるか、カナたちには全く予想できない。

 

 果たして表向きな公的機関だけで、二人をキチンと保護できるのか。

 せっかく助けたのだから、出来るだけ安全な方法で彼らを花開院家の下へ返してあげたかった。

 

「う~ん……あっ、そうだ!」

「ん、どうした?」

 

 暫く考えこんだ末、カナが何かを閃いたのか、春明は怪訝そうな顔つきになる。

 既に周囲に誰も居ないことを確認しており、カナは面霊気を脱ぎ捨てている。

 

 そして、彼女は清々しいほどの笑顔を春明に向けながら、その閃きを口にしていた。

 

「いっそ、私たちで直接花開院家に連れて行けばいいんだよ! ゆらちゃん家って……どの辺りだったけ?」

 

 

 

×

 

 

 

 羽衣狐たちが第二の封印である相剋寺を攻略し、京都がさらにまた一歩、魔都へ近づいていた頃。

 

 関西の上空、巨大な一隻の船が雲の上を渡航していた。

 

 その周辺には小型の屋形船らしきものが数隻、編成を汲んで並走。それぞれの船に人の腕のようなものがついており、その腕に持っている巨大な団扇で風を仰ぎながら、船体は空中を進んでいる。

 

 彼らは器物妖怪、奴良組名物——戦略空中要塞『宝船』。その周囲を飛んでいるのが『小判屋形船』だ。奴良組が遠出の出入りの際、大昔から必須としていた移動手段である。

 近代以降、これといって必要がなくなり古株の妖怪たちからもすっかり忘れられていたその宝船たちを、ぬらりひょんが呼び出し、リクオの京都行きの為にポンと貸し出していたのだ。

 

『——リクオ、上から見下ろすと気持ちいいぞ~! 京都ってのはなぁ!!』

 

 宝船をドヤ顔で披露したぬらりひょんのその言葉に、リクオ、奴良組の面々、そして遠野の妖怪たちも流石にド肝を抜かれていた。

 

「や~それにしても……いいもんですな~、船の旅は~」

「ささ……もう一杯」

「やや! これはかたじけない」

 

 現在、そんな宝船に揺られながら奴良組の小妖怪たち——納豆小僧、小鬼、手の目といった面々、その他大勢の妖怪たちが酒盛りに夢中になっていた。

 これから京都へ戦いに行こうというのに、彼らは陽気に酒を酌み交わしている。暇さえあれば宴を開き、飲んだくれる。これも江戸妖怪の気風なのかもしれない。

 

 勿論、全ての妖怪が呑んだくれているわけではない。

 台所でせっせと働いている炊事担当の妖怪もいれば、その台所でキュウリを盗み食いしている沼河童や、マイペースに甲板で眠りこける河童。邪魅のように、まだ奴良組に来て日が浅く、一人ぶつぶつと廊下を歩いている者もいる。

 

 実に個性豊かな面子だ。果たしてこれで上手く纏まるのだろうかと、誰かが心配事を口にしていたりする。

 

 

 

 

 

「さて……それではこれより、京都上陸における作戦会議を始める。宜しいですかな、リクオ様?」

「……いいんじゃねぇか?」

 

 宝船の一室。黒田坊がそのように指揮を執る隣で、リクオは胡坐をかいていた。

 宝船にはいくつか名前付きの部屋があり、それぞれに、弁財天の間や恵比寿の間といった七福神にあやかった名前が付けられている。

 そして、ここは毘沙門天の間。大半の奴良組の面々が酒を飲んでいる中、リクオやリクオの側近たち。そして、戦闘マニアである遠野勢が京都上陸においての作戦会議に出席していた。

 

 部屋の中でテーブルは大きく三つに分けられていた。

 一つはリクオや黒田坊が陣取る部屋の中央の最前列。彼らの後ろにはホワイトボードが置かれており、そこに京都の全体地図、京都上陸作戦の概要など大まかに書かれている。

 片側に奴良組の側近たち。首無や毛倡妓といったリクオと盃を交わした面子や、貸元から今回の作戦に出向している狒々組の猩影などが代表して会議に参加している。

 そしてもう片側に遠野勢。遠野からリクオに着いてきた淡島やイタクといった面々。台所でキュウリに味噌を付けて食っている雨造以外、全員が揃っていた。

 

「——というわけで遠野勢よ。京都に着いてからのお前たちの役割だが……」

 

 会議は何事もなく進行していたかのように見えた。黒田坊が進行役を務め、リクオからも他の側近たちからも不満の声は上がらず、淡々と進んでいたかのように思われた。

 だが黒田坊が遠野に対して、何か役割を与えようと口にした瞬間——。

 

「おい、ちょっと待てよ」

 

 案の定、喧嘩っ早い淡島——彼女が率先して不満を口にしていく。

 

「なんでオレたち遠野が、てめーらの部下みてぇに扱われてんだよ、あん?」

 

 

 

×

 

 

 

「やれやれ……やっぱこうなったか……」

 

 リクオは目の前で繰り広げられている口論。奴良組と遠野勢が睨み合うその光景に溜息を吐いていた。

 

 淡島の発言を皮切りに、それまで互いに抱いていた不満を堂々と口にし始める。

 黒田坊たちは遠野たちのリクオに対する言葉遣い、組の大将である彼に馴れ馴れしくため口で話していることや、彼らの横柄な態度に釘を刺す。

 一方で遠野側。彼らも彼らで偉そうに自分たちに指示を出す奴良組に堪忍袋の緒が切れかけていた。淡島が率先して黒田坊たちに突っかかり、イタクが奴良組のリクオに対する過保護ぶりに物申す。

 

 ——さて、どうすっかな……。

 

 リクオは心中でこの場をどのように収めるべきかと頭を悩ませていた。

 

 彼はこの両者の衝突を何となく予期していた。リクオが生まれる前から奴良組に所属し、自分に忠誠を誓ってくれた側近たち。彼らは奴良組に仕ることを誇りとし、自分と七分三分の盃まで交わしてくれた。

 しかし、遠野妖怪は誰とも盃を交わさないことを逆に誇りとし、常に独立独歩の道を貫いてきた。

 信条としては全く正反対の両者。上手く纏まるというのはハナから難しい話である。

 

 ——つ~か……黒田坊も首無も固いんだよな……好きにやらしときゃいいのによ……。 

 

 目の前の喧騒を見つめつつ、リクオはそのようなことを考えずにはいられなかった。

 

 黒田坊たちの言いたいことは分かる。組織として行動する以上、誰が大将かをはっきりさせ、勝手な行動を取らないように統制をとることも大事なのだろう。

 しかし、リクオ自身はあまりガチガチに凝り固まっても仕方ないと思っている。今更言葉遣いを改められ、遠野妖怪たちから敬語で話されても違和感しかないし、いちいち指示を出す必要もないと思っている。

 

 淡島やイタクたちなら、偉そうに命令など下さなくても自分の力になってくれる筈だと。遠野からついてきてくれた彼らのことをリクオは信頼していた。

 寧ろ、心情としては遠野勢に近いかもしれない。つい先日まで遠野の里の空気を浴びていた分、余計にリクオは黒田坊たちの真面目ぶりに溜息を吐きたくなっていた。

 

「淡島、黒田坊……その辺に——」

 

 だが、このまま黙って見ている訳にもいかない。リクオは仕方なく、さらにヒートアップしている両者の口論に口を挟もうとした。すると——。

 

「——おい、おめーら。口のきき方に気を付けろ」

 

 不意に、言い争う両者の間に冷や水を浴びせるよう、首無の冷たい言葉がその場に響き渡った。彼にしてはドスのきいた、まさにヤクザの口調である。

 

 ——……首無?

 

 そんな彼の言葉遣いに、リクオは疑問符を浮かべる。

 妖怪任侠の世界では、今のようなドスのきいた言葉で相手を脅すのは日常茶飯事。しかし、首無は常に礼儀正しく、奴良組の中でも特に温和な性格の男だ。

 敵であれ、相手が女性であればその身を傷つけずに無力化するなど、女に対して人一倍甘いと、毛倡妓に呆れられるほど。

 そんな彼が冷麗や紫、今は女である淡島を含めた遠野の女性陣に向かってそのような口調で語りかけるなど、あまりに意外過ぎたのだ。

 

「リクオ様。ちょっと席を外していただけますか?」

「え……お、おい?」

 

 首無はいつもどおりの笑顔を向けながら、リクオに退席を願い出ていた。口調こそ穏やかではあったが、彼はどこか強引にリクオを部屋の外へと連れ出し、そのまま襖をゆっくりと閉じてしまった。

 

「……なんだ、首無のやつ。聞かれちゃまずい話でもすんのか?」

 

 思いがけない形で毘沙門天の間を締め出されたリクオ。それでも彼は気分を害した様子もなく、その場で大人しく話が終わるのを待っていた。

 しかし、中々呼び戻されることもなく、ただ時間だけが過ぎていく。

 

「……しょうがねぇ。少し散歩でもしてくるか」

 

 聞き耳を立てる趣味もなかったので、とりあえずリクオは首無の話が終わるまで、適当に船内を歩き回ることにしてその場を離れていった。

 

 

 

 

 宝船の内部は広く、かなり入り組んだ構造をしていた。七福神の名を冠した部屋の他にも多くの座敷を構えており、そのいたる所で、奴良組の妖怪たちは呑んだくれている。

 そんな彼らの賑やかな喧騒の中、リクオはゆっくりと歩いていく。

 

「やや! これはこれは……リクオ様!」

「どうですかな? 拙者らと一杯?」

 

 リクオの姿に気づいた何人かの妖怪が酒の席に混ざらないかと誘ってくる。普段のリクオであれば喜んで混ざっていたかもしれないが、流石に今回は遠慮した。

 

「ははは……また今度な。あんまり、飲み過ぎんじゃねぇぞ」

 

 配下の妖怪たちの誘いをやんわりと断り、あまり飲み過ぎないよう釘を刺しながら廊下を歩いていく。

 

「ふぅ……風が気持ちいいねぇ~」

 

 自由気ままに歩いていた結果——リクオは宝船の甲板、舟尾部分に出ていた。雲の上を優雅に飛行する宝船。吹き抜ける風を全身で感じながら、リクオはこれから赴く戦いの地へ想いを馳せる。

 

「京都か……」

 

 とうとうここまで来たかと、夜のリクオにしては柄にもなく緊張していた。

 

 リクオにとって、今回の京都行きは百鬼夜行を率いての初めての遠征だ。遠野の修行でぬらりひょんの『畏』を会得してきたとはいえ、果たして自分の力が京妖怪にどこまで通じるものか。

 試してみたいという逸る気持ちを抑えられずにいる一方、ほんの僅かな不安を抱く。

 

「いや、臆するな。やれるだけのことはやってきた。オレは親父の仇に……羽衣狐に会わなきゃならねぇ……」

 

 リクオは抱いた動揺を打ち消し、己が京都に向かう目的を再確認する。

 ゆらに借りを返す、それも目的の一つ。しかし、それ以上に彼が知りたいと切実に願うのは八年前の真実だ。

 

 八年前。リクオの目の前で彼の父親・奴良鯉伴が殺された。朧気ながら覚えている——黒髪の少女の存在。もしその少女が羽衣狐だとすれば、鯉伴を殺したのは彼女ということになる。

 だが、鯉伴は奴良組の全盛期を支え、妖世界の頂点まで上り詰めた男。いかに相手が羽衣狐とはいえ、そう簡単に殺されるわけがない。

 

 ——いったい、あれほど強かった親父を誰が殺せたって言うんだ……オレはそれが知りたい。

 

 いったい何故父親は死んだのか。あの時、あの場所で自分の知らない何かが起きた筈。

 リクオはその真相を羽衣狐に直接問いかけるため、もう一度彼女に会わねばならなかったのだ。

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 そうして、リクオが改めて京都行きへの覚悟を決めていた時だった。彼は何者かの気配を感じ、後ろを振り返る。すると、そこにはつい最近盃を交わし、新しく奴良組の一員になった妖怪・邪魅が一人立っていた。

 

「よお、邪魅!」

 

 特に無視する理由もなかったため、リクオは彼に向かって声を掛ける。

 

「……リクオ殿」

 

 いきなり声を掛けられ少し驚く邪魅であったが、彼も新しい主君であるリクオの言葉に足を止める。

 

「なんか久しぶりだな。こうしてお前さんと話すのも……」

「…………」

 

 邪魅騒動のおり、リクオは邪魅と盃を交わした晩に彼と話をした。だがそれ以降、こうして二人っきりで話す機会などほとんどなく、普段彼が奴良組内でどのように過ごしているかなど、あまり知らないでいる。

 大将として流石にそれはどうかと思い立ち、リクオはそれとなく話を振ってみる。

 

「で……どうだ? 他の連中とは上手くやってるかい?」

「……ええ、それとなく」

「そうかい……誰か仲良い相手とかはいんのか?」

「いえ……これといって親しい個人はおりませんが……」

 

 だがリクオの問いに、邪魅は必要最低限の言葉を返すばかりである。

 別に緊張してるとか、機嫌が悪いという訳ではない。リクオと盃を交わした夜も、大体こんな感じだった。これが彼の性格、要はただ口下手なだけなのだろう。

 リクオ個人としては特に不快ではないが、これでは誤解が生じるのも無理はない。以前の主君——菅沼品子のときも、邪魅は彼女に何の説明もなくじっと枕元に立ち、自分を襲う妖怪だと悪い方向に勘違いされていた。

 

「ん? そういえば……品子と連絡とったりしてんのかい?」

 

 そこでふと、リクオは品子のことを思い出し、邪魅にそのように問いかけていた。邪魅はリクオの問いに、少し戸惑い気味に首を傾げる。

 

「連絡……ですか?」

「おう、偶には電話くらい入れてやれよ。向こうだって、お前さんのことが気になってるだろうぜ」

 

 リクオの百鬼夜行に加わったとはいえ、それで菅沼家との縁が切れた訳ではない。品子だって、邪魅の近況などきっと気に掛けてくれている筈だろう。

 しかし邪魅はきまり悪げに沈黙し、中々返答をしなかった。

 

「どうした? 携帯なら支給されてんだろ? ひょっとして……電話の使い方、わかんなかったか?」

 

 リクオは邪魅の沈黙に対し、そのように尋ねる。

 奴良組では携帯電話の契約を団体名義でしており、必要に応じて組員にそれが支給される。リクオと盃を交わした邪魅であれば、携帯電話の一つや二つ、普通に渡されてもいいようなものだが。

 

「いえ……携帯電話なるものの使い方なら、鴉天狗殿から教えてもらいました。ですが……」

 

 どうやら、携帯電話の方は問題なく邪魅も使用できるようだ。昔とは違い、今は妖怪ですら文明の利器に対応しなければ、この現代社会を生き延びることが難しい。

 人間のハイテクに忌避感を持つ妖怪も多い中、邪魅は特にその点は問題なかったようだ。だが——。

 

「ですが……あの方の電話番号を……私は知りません」

「あー、なるほどね」

 

 どうやら肝心要、品子の連絡先を知らなかったらしい。考えてみれば、電話番号など聞いている余裕もなかっただろうと、リクオは納得し、それならばと邪魅に言う。

 

「だったらオレが今度聞いといてやるよ。連絡先くらいなら、清十字団の誰かが知ってるだろうからさ」

 

 リクオ自身は品子の連絡先など聞いていないが、清十字団の誰かが彼女と電話番号を交換していてもおかしくはないだろう。

 特に凛子。一緒に邪魅やインチキ神主たちの秘密を暴いた者同士。何かと気が合ったのか。帰り際、仲良さげに話し込んでいたような覚えがある。

 

「清十字団……ああ、あの人間たちですか」

 

 リクオの申し出に一瞬考え込む邪魅。清十字団、という単語で何かを思いだしたのか、彼はボソリと呟く。

 

 

「そういえば……あの晩、私に槍を向けてきた少女がいましたが……あの者もリクオ殿の護衛ですか?」

「—————?」

 

 

 邪魅のその呟きに一瞬——リクオの脳内に空白が生まれる。

 

「槍の少女……? ……ああ、つららのことか?」

 

 だが、彼はすぐにそれが誰なのかを悟り、聞き返していた。そう、リクオの護衛である雪女のつらら。彼女が邪魅を敵と勘違いし、彼に武器を向けたのだろうと。

 しかし、邪魅はリクオの言葉に首を振る。

 

「いえ……雪女殿のことではなく……」

「……? いや、あいつ以外、俺の護衛は青田坊だけだぞ?」

 

 リクオの護衛はつららと青田坊の二人だけ。そしてあの晩、青田坊はあの屋敷の中にはいなかった。このとき、邪魅との話が噛み合わないことに、リクオは妙な違和感を抱いていた。

 そしてその違和感に関して、より詳しく邪魅に問い質そうとした——そのときである。

 

「? なんか、騒がしいな……敵襲か?」

 

 物凄い破壊音、いたる所から響き渡る妖怪たちの喧騒が急に大きくなり始めたことで、リクオは意識をそちらの方へと向ける。すると、そこへ奴良組の少妖怪たちが通りかかり、リクオのことを見つけるや大慌てで彼の下へ駆け込んでくる。

 

「ああ! リクオ様、大変です! 喧嘩です!! 首無と遠野の連中が——!!」

「おいおい……何やってんだよアイツら……」

 

 どうやら両者の話し合いは決裂で終わり、そのまま喧嘩へと発展したらしい。このままでは舟が壊れてしまうと半べそかいた小妖怪がリクオに助けを求めてきた。

 

「まったく、しょうがねぇな……止めに行くぞ、邪魅!」

「……承知!」

 

 リクオはやれやれと溜息を吐きながら、急ぎ喧嘩の仲裁に腰を上げる。

 邪魅もリクオの後に続き、彼と共に騒ぎの中心、船首の方へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 抱いた違和感をそのまま放置。その後、邪魅とのやり取りを思い出すこともなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 リクオは、最悪のタイミングで『そのとき』を迎えることとなる——。

 

 

 

 




今回補足説明は無し。代わりと言っては何ですかこの場を借りて一言。

京都アニメーションの方々のご冥福をお祈りします。


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