前半――朝から容赦ねぇな……子供泣くぞこれ?
後半――まさかの感動話、これはいい改変!!
何だか六期は二年目になってから、救いのある物語が多いですが、これは意図してやっているとのこと。来年がオリンピックだから『希望』を象徴したいらしいと、どこかで耳にしました。
少し物足りないという意見も多いですが、自分は大いに賛同します。
朝から重苦しいものばかり見ても仕方ないしね♪
今回の五十八章のタイトルはアニメ二期の総集編『因縁の千年魔京』から頂きました。アニメでも丁度1クールが終わった辺り、こちらでも千年魔京編の前半が終了、次回から中編へと移りますのでよろしくお願いします。
カウントダウン
●●が●●するまで、あと三話……。
及川つららが花開院家の戦略会議に割り込む――その少し前。
「うひー……暇だよ」
「なんで出ちゃいけないの?」
花開院本家の客間の一室にて。京都へ観光に来ていた清十字団の面々が暇を持て余していた。
彼らはゆらによって保護され、すぐにこの客間に通された。本家の娘の友人ということもあり、この非常時においても最大限の敬意で一同はおもてなしを受けている。喉が渇いたと言えばすぐに冷茶が出てくるし、お菓子の羊羹などもお替り自由だ。
しかし、そんな彼らでも京都の外を出歩くことは禁止され、花開院家内を動き回ることも制限されていた。
これは彼らの安全、妖怪に襲われる可能性をなくしたいという、花開院の配慮によるものだ。今の京都は京妖怪たちの侵攻により魔都と化しており、迂闊に出歩けば妖に襲われ、生き肝を奪い取られかねない。
花開院家はゆらの友人である清十字団を守るため、あえてその自由を制限し、彼らをここに閉じ込めていたのだ。
「くそー、せっかくの華の京都なのに……」
「舞妓さん……見たかったのに……」
だが、清十字団からすれば迷惑な話である。妖怪が外で暴れていると言われても、部外者である彼らからすればピンとこない。巻や鳥居など露骨に退屈、退屈と繰り返し、清十字団の世話役を任されている見習いの陰陽師は彼女たちの御機嫌取りに翻弄されている。
不満を漏らさない彼女たち以外の面子も、各々の手段で暇を潰している。
清継などは持参したノートパソコンでネットの情報などを漁っているが、電波状況が不具合を起こしているのか、途切れ途切れのネット回線に四苦八苦し、ときより「うがー!」やら、「また切れた!?」などといった奇声を上げている。
清継の腰巾着である島などは、持参したサッカーボールで遊んでいる。皆の迷惑にならないよう、部屋の隅の限られたスペースだけだが、そこはU―14日本代表。実に見事なボール捌きのリフティング。ときよりポーズなどを決め、淡い恋心を抱く相手――つららに向かってアピールしている。
だが、そんな島のドヤ顔ポーズになど目も暮れず、つららは倉田――青田坊と共に今後の方針を話し合っていた。
「でっ……どうするよ、これから?」
他の清十字団に聞こえないよう、声を潜めて同僚のつららに問いかける青田坊。とりあえず、当面の目的であった『清十字団の安全』を確保できた今、次なる方針を決める必要があった。
「まずはリクオ様と合流よ! きっと、すぐにでも京都へ駆けつけて下さる筈なんだから!!」
青田坊の問い掛けに、つららは一切迷うことなく答える。清十字団が花開院家に保護された今、いつまでも付きっ切りで彼らのお守りをしているわけにはいかないと、つららは主であるリクオとの合流を提案する。
良くも悪くもリクオを信じ、彼のことを一番に考えるつららの発言に、青田坊は少し考える。
彼としてもリクオと合流することは賛成だが、その前に気掛かりなことがあった。
「あの女……家長カナについては放っておいていいのか?」
「――!」
青田坊の懸念に息を呑むつらら。言葉に詰まる彼女に、彼はさらに不安を口にする。
「どっかの宿に泊まってるって話だが……流石にこの状況、一人だけ放置しておくのは不味いんじゃないのか?」
一人遅れて京都へと着いてしまった家長カナ。彼女から連絡を受けた凛子の話によれば、カナは現在、別の場所に宿をとっており、自分たち護衛の手が届かないところにいる。
リクオの幼馴染であるカナの重要度は側近である二人も理解している。しかし、つららは青田坊の言葉に口を尖らせる。
「しょ、しょうがないじゃない……どこにいるかもわからないんだから、捜しようもないわよ!」
カナがどこの宿に泊まっているかなど、詳しい情報をつららたちは持っていない。連絡を受けた凛子も詳しい場所までは聞いておらず、その後の連絡もつかないような状況だ。
清十字団の護衛の為に最低でも一人はこの場に残らなければならないし、側近としてリクオの下にも向かわなければならない。正直そこまで手が回らないと、つららは己の言い分を口にする。
「う~ん、しかしな……」
つららの言い分に、青田坊は言葉を濁らせる。彼女の言いたいこともわからないでもないが、やはり『カナ』とい少女の存在を放置しておくわけにもいくまい。
主であるリクオにとって、彼女の存在は無くてはならないものだ。普段の生活、中学校でリクオの護衛をし、二人の日常を見ている青田坊としてはそれが身に染みてわかっているが故に、なんとか知恵を振り絞ろうする。
「あの……」
「ん?」
すると、そんな風に頭を悩ませている青田坊たちに向かって、清十字団の一人、白神凛子が声を掛けてきた。
「どうかしたか? ……凛子、先輩」
表面上、学年が上である彼女に向かって先輩を付ける青田坊。すると、凛子は実に言いにくそうに顔を赤くし青田坊ではなく、つららに向かって小さい声で呟く。
「お、及川さん……悪いんだけど一緒に来てくれない? その……お手洗いに……付き合って欲しくて……」
「ん……ああー悪い! 気が利かなくて。おい、ついていってやれ」
その呟きが聞こえてしまった青田坊は自身の配慮のなさを反省し、つららに一緒に行ってやるよう声を掛ける。
花開院の方針により、お手洗いなどでどうしても部屋の外に出る際は、必ず二人以上で行くように言われている。しかし、用事が用事なだけあって、流石に男である陰陽師や倉田には頼みづらいのだろう。凛子はすぐ側にいたつららに同伴を願い出ていた。
「もう、しょうがないですね……」
頼みが頼みなだけあって断われず、つららは仕方なく凛子と共に部屋の外へと出て行くことになる。
「…………」
「…………」
お手洗いに向かって廊下を歩きながらも、二人の間にこれといって会話はない。
つららと凛子は別段、特に仲が悪いというわけでもなかったが、これといって親しいわけでもない。二人の関係は『同じサークルに所属する他人』。わかりやすく表現すれば、それくらいの間柄でしかなかった。
それに気の利いたお喋りをするより、つららは先ほどの青田坊との会話に意識を割かれていた。
『――あの女……家長カナについては放っておいていいのか?』
耳元に残って繰り返される彼の言葉に、つららは頭を悩ませる。
――わかってるわよ、私だって! あの子がリクオ様にとって、どれだけ大事な人間なのか!!
――でも、しょうがないじゃない! この状況で、あの子一人の為に戦力を割くことはできないのよ!!
心中に浮かぶ、つららなりの言い分。彼女の心の叫びは、リクオの為にカナを護らなければならないという義務感と、人間としてリクオの隣に居られるカナへの嫉妬心。
その二つの心が複雑に入り乱れている。そんな自身の感情を――つららはまだ自覚してはいなかった。
「あの、及川さん。カナちゃんのことなんだけど……」
すると、悶々と悩むつららに凛子の方から声を掛けてきた。彼女は先ほどまでつららと青田坊が話し合っていたカナについての話題を振ってくる。
――ひょっとして……さっきの会話聞いてた?
このタイミングでカナについて話題を振ってきたことに対し、つららはギクリと立ち止まる。
一応、つららも青田坊も清十字団に聞かれないよう、声のボリュームを落として話していたが、聞き耳をたてられていたら聞こえていたかもしれい。
聞かれた内容によってはこの場で口封じ――ではなく、一時的にでも誤魔化そうと、つららは雪女の畏『呪いの吹雪・雪山殺し』で凛子を眠らせようと、密かに内側に妖気を貯める。
しかし、凛子の口から出てきたのは意外な言葉だった。
「その……カナちゃんのことを心配しているのなら……多分、その必要はないと思うわ」
「…………?」
意外過ぎる発言に思わず振り返り、つららは凛子の顔色を窺う。その表情には若干の陰りがあるものの、決して不安を打ち消す強がりではない、しっかりとした口調でカナの事なら心配ないと口にする凛子がいた。
「あの子……ああ見えてしっかりしてるし、少しくらいなら……きっと大丈夫だと思うから」
「?」
その言葉と態度にますます混乱するつらら。
凛子とカナは清十字団内でも特に仲が良く、聞くところによれば、凛子は清十字団に所属する前からのカナの友人らしい。
そんな自分などよりカナと親しい筈の凛子が、一人離れていてもカナなら大丈夫だとつららに告げたのだ。
「……それって、どういう意味でしょうか?」
黙々と歩いている内にいつの間にか辿り着いていたお手洗いの前で、つららは溜まらず凛子に発言の意図を問う。果たしてどのような答えが返ってくるのか、凛子の返事を待つ、つらら……だが――
「――ぬらりひょんの孫が………」
「ハッ!!」
そのとき、聞き捨てならない台詞がつららの鼓膜を震わし、彼女の意識をそちらに集中させる。
「及川さん?」
返答に迷っていた凛子がつららの表情に首を傾げるが、つららはそんな凛子の反応を気にも留めず、声のした場所に向かって一直線に駆け出す。
「あっ、お、及川さん!?」
一人どこかへと突っ走るつららに凛子が手を伸ばすも、その手は彼女には届かない。
良くも悪くも、リクオ一筋のつららが主の話をされて、黙っているわけがなかった。
彼女はカナについても、凛子との話の内容についても忘れ、ただ愚直にリクオの話題を口にしているであろう陰陽師たちの部屋へと向かう。
「――奴良組には俺が行こう」
室内の声が聞こえてきた。どうやら誰かが代表し、奴良組にいる奴良リクオに会いに行こうとしているらしい。
しかしそんな必要はないと、つららは陰陽師たちが一か所に集う、その部屋の扉を勢いよく開け放つ。
「――その必要はありません!!」
わざわざ関東まで出向かなくても、リクオなら必ずこの京都に駆けつけてくれると。
それを信じているが故の叫びだった。
×
――及川さん!? そっか、今は花開院家に居たんだっけ……。
突如として会議場に乱入してきた及川つららの存在に、お面の下で目を見開くカナ。だが、京都に着いてすぐに行った凛子とのメールのやり取りを思い出し、つららがこの花開院家に逗留している事実を思い出す。
――清十字団の皆も、この屋敷のどこかにいるんだよね……どうにかして会えないかな?
そして、つららの顔を見たことで、カナは凛子たちの安否が気になり出した。清十字団の無事を直に見ておきたいという欲求に強く駆られる。
だが現状、それは難しいところだった。
花開院と共闘することこそ許されたが、流石にこの屋敷内を自由に動き回ることが許されるほど、花開院家は彼女に気を許していない。
常に数人がかりでカナと春明たちを見張り、移動場所の制限など立ち入り禁止区域も設けていた。
ゆらの兄である竜二あたりなど、露骨にカナたちのことを警戒しており、特に彼は春明に対して喧嘩腰に睨みを効かせている。
「てめぇは……」
それが妖怪、半妖に対する花開院竜二という陰陽師の在り方なのだろう。竜二は会議場に現れた及川つらら――雪女に対してもその瞳に敵意を宿らせる。
「リクオ様はいらっしゃいます!」
だが、そんな竜二の視線に全く臆することなく、つららは自信満々に息巻き、リクオが京都に来ると豪語する。
奇しくも、カナが主張しようとしたことをつららが代弁したのだ。自分と同じ思いでリクオの事を信じてくれているつららの存在に、カナの心は勇気づけられる。
胸の奥がほんのりと暖かくなり、面霊気の下で薄く微笑みを浮かべるカナ。しかし――
「――こ、これは違う! 違うんや、竜二兄ちゃん!!」
つららが会議場に乗り込んできたことに気づき、ゆらが大慌てで竜二とつららの間に割って入る。
そして、覆いかぶさるような勢いでつららを押し倒し、周囲の人間に聞き取れないようひそひそ話を始める。
――……何話してるんだろう?
カナはその会話の内容が気になり、こっそり『天耳』で聞いてみることにした。
『あんた何してるん……!? 何で出てきた、雪女!?』
『廊下を通ったとき聞こえたのよ……』
『花開院家に妖怪つれこんだって言うたら、それだけで私は破門やわ!!』
どうやら、ゆらは周囲の誰にもつららのことを妖怪と教えず、花開院家の門を跨がせたらしい。そのことを気にし、ゆらは全身から冷や汗を流してつららに黙るよう詰め寄る。
――……いや、今更な気がするけど……。
しかし、自分という存在を妖怪と認識し、共闘の申し出まで受け入れた時点で今更だとカナは思った。たとえ、ここでつららが妖怪だとバレても、今のゆら『希望の象徴』とされている彼女なら普通に許されそうなものだがと、カナはわりと楽観的に考え、ことの成り行きを見守る。
「ゆらちゃん……その娘、誰?」
ゆらの式神と化している十三代目秀元がつららのことを指さす。なにやらソワソワと「友達? 紹介してー」と言わんばかりの表情でゆらに尋ねている。
「な、なんでもな――」
ゆらは秀元の問い掛けを咄嗟に誤魔化そうと、何かしらの言い訳を口にしようとした。しかし、その刹那――
「ああ――――――!?」
陰陽師たちの只中においても、全く動揺していなかったつららが突然、大声を上げる。
彼女はとある一点。お面で顔を隠した巫女装束姿の少女――つまりはカナの存在に気づき、声を荒げて叫んでいた。
「リクオ様のことをしつこく付け回す、ストーカー女じゃない!! なんだって、こんなところにいるわけ!?」
「ス、ストーカー!?」
つららの口から飛び出た言葉に、カナは目を剥いて素っ頓狂な声を上げる。
正体を隠した自分の存在が、奴良組からこころよく思われていないことは何となく予想がついていた。だが、ストーカーなどと評されるのは流石に心外である。
しかし、カナが何かを言い返す前に、さらにつららは困惑気味に続けていた。
「つ、土御門!? アンタまで……やっぱり、あんたたちグルだったのね!! こんなところまでリクオ様に付きまとって、いったい何企んでんのよ!!」
つららはカナの隣で柱にもたれかかる少年陰陽師――土御門春明に対して敵意を滾らせる。
つららのその反応に、カナは首を傾げた。
「? 兄さん……及川さんと、何かあったの?」
カナが知る限り、春明が陰陽師であることはつららやリクオたちには知られていない筈。さては自分が浮世絵町を留守にしている間に何かあったのかと、問い詰めるように春明を見やる。
「……別に、大したことじゃねぇよ……」
カナの問い掛けに、はぐらかすようにそっぽを向く春明。その態度から彼女は「あっ、これ多分色々とやらかしたんだろうな~」と悟り、お面越しでも分かるように、春明に対して呆れたように溜息を吐く。
「なっ! 何よ、その溜息はっ!!」
その溜息につららがさらに噛みつくようにカナに向かって詰め寄ってくる。
どうやら春明への嘆息を自分に対するものだと誤解してしまったらしい。さらに敵意を昂らせ、今にも妖怪としての正体を晒してしまいそうな勢いだった。
そんな妖怪に対し、竜二もいつでも動けるように油断なく身構えている。一触即発の空気に、場がシーンと静まり返る。
するとその空気に耐えかねるかのように、ゆらが大声を上げる。
「え、ええ加減にせい!! ちょっとこっち来て!!」
彼女はつららの手を強引に引っ張り、部屋の外へと連れ出す。
「この際や! アンタも来い!!」
「えっ? あっ――!」
しかも、そのついでとばかりにゆらはカナの手も引っ張り、十三代目秀元を伴って部屋の外へと飛び出していく。
「な、なんでもない! 何でもないで、竜二兄ちゃん――!!」
退出間際、念を押すように竜二に向かって何でもないと繰り返し、ゆらはそのまま部屋の扉を勢いよく閉める。
こうして、カナはゆらに連れられ、つららや十三代目秀元と共に別室へと連れ込まれることとなった。
×
「……なんだったんだ、今の?」
何の前触れもなく現れたかと思えば、嵐のように立ち去っていった女子三人と十三代目秀元。会議場に取り残された陰陽師の一人がポツリと呟く。
作戦の肝となるべきゆらと十三代目がいなくなってしまったことで、会議の進行が一時止まってしまった。さて、どうするべきかと人々が頭を悩ませる中、一人の少年の舌打ちがその場に響き渡る。
「ちっ! しょうがねぇな……」
土御門春明のものだ。彼はゆらに強引に連れ出されてしまったお面の少女の後を追うべく、自身も部屋の外へ向かって歩き出す。だがその歩みを阻止しようと、春明を呼び止める声が会議場に木霊する。
「待ちな」
これは花開院竜二のものだ。相も変わらず敵対心を剥き出しに、竜二は式神の入った竹筒を取り出しながら春明に問いかける。
「てめぇ……何が目的だ? あんな妖怪の女と組んでまで俺たち花開院と共闘だぁ? いったい何企んでやがる?」
「これっ、よさんか、竜二」
竜二の物言いに祖父である二十七代目秀元が口を挟むが、彼は決して警戒を緩めようとはしなかった。当然他の陰陽師たちも。大なり小なりの違いはあれど、誰もが探るような視線を春明に集中させる。
「別に……企みなんかねぇよ」
そんな花開院の陰陽師たちの視線の中においても、春明は全く動じることなく面倒くさそうに口を開く。
「前にも言ったと思うが、俺はお前らがどうなろうと知ったことじゃない。羽衣狐が復活しようが、この京都が闇に沈もうが、お前らが皆殺しにされようが、どうなったって構やしねぇさ」
「な、なんだと!? 貴様っ、それでも陰陽師か!?」
春明の乱暴な心中が吐露されるたび、露骨に彼を嫌悪するように目尻を釣り上げていく花開院家。しかし、憤る彼らの叫びを無視し、春明は続ける。
「仮に、連中の支配が日本中を席巻したとしても関係ない。最悪、里に引っ込めばいいだけの話だからな……」
「里……?」
春明の口から出た何気ないワードに竜二は眉を顰める。相手の出自不明な陰陽術に対する、何らかの手掛かりになるかと思い、竜二はその単語を頭の片隅に記憶する。
「ほう、関係ないか」
春明の言い分を聞き終え、一人の老人、二十七代目秀元が彼の方へと歩み寄りながら声を掛ける。皆を纏める立場上、厳格な表情ながらもきわめて平静な現当主。
「ならばこそ、何故、君は……君たちはワシらに力を貸してくれるのかね?」
竜二とは違い敵意を感じさせない。寧ろ春明に対する敬意すら感じられる口調で二十七代目は問う。
真っ直ぐな老人の問い掛けに暫し迷った末、春明は答える。
「……言っただろ、俺はどうなろうと知ったことじゃない。……全部『アイツ』が決めることだ」
そう言いながら、春明は少女たちが立ち去っていった廊下側を指さす。アイツとは、あのお面の少女のことだろう。
どうやら、本当に理由はそれだけらしい。それ以上のことを口にすることなく、それっきり春明は黙秘を貫く。
再び沈黙が漂う会議場。春明の態度に皆が次のアクションを決めかねる中――時が動き出す。
「はぁ、はぁ! ご、ご報告申し上げます!!」
会議に出席していなかった連絡係の陰陽師の一人が、部屋の中に上がり込んできた。息を切らせ、その様子はどこかただごとではないことを伺わせる。
「どうした、何事だ?」
二十七代目が問うと、その陰陽師は呼吸を整えながら報告する。
「か、鴨川に突如、巨大な船の妖怪が現れました!!」
「舟……だと? 羽衣狐の手の者か!?」
これまで目撃情報のなかった船の妖怪とやらに、京妖怪からの新たな刺客かと警戒を強める一同。
しかし、連絡係はどこか困惑しながらさらに情報を付け加える。
「いえ、それが……船は大きく損傷しており、周囲には京妖怪と思しき亡骸が散乱しておりました!」
「……? どういうことだ?」
京妖怪の亡骸。そんなものが何故、舟の周囲に散乱している、と陰陽師たちは訝しがる。
「その妖怪の舟とやらはどんな妖怪だ? 何か、特徴のようなものはなかったか?」
いまいち状況が把握できない二十七代目は、さらに詳しい詳細を報告するよう連絡係に言い聞かせる。
連絡係は一旦頭を整理しようと黙り、ゆっくりと細かい情報を開示していく。
「舟は帆船。二本の腕が生えており……目撃者の証言によれば、空から墜落してきたとの事です!」
本来あり得ない筈の腕に、空を航行してきたという事実。成程、確かにその船は妖怪らしい。
皆が頷きながらその報告に耳を傾けていると、ふいに連絡係が何かを思い出すように口を開く。
「あっ、そうでした! 確か帆船には……『畏』の文字が刻まれていました!!」
「――っ!!」
「…………」
その情報に竜二、そして春明がそれぞれ反応を見せる。
竜二はまさかと目を見開き、春明は不機嫌そうに眉を顰める。
そして――彼ら二人の思い当たりを肯定するように、連絡係は決定的な情報をその場にもたらした。
「それから……『奴良組』と書かれた旗が幾つも立っていましたが……」
×
「はぁはぁ……こ、ここまで来れば大丈夫やろ……」
会議場から数人の人物を連れ出したゆらは、避難場所として自身の部屋へと転がり込んだ。しかし、彼女の自室は所狭しと本や資料が積み重なっており、まるで倉庫のようになっていた。
ゆらが修行で浮世絵町へ行っている間、花開院本家に出入りする者たちの手によって、いつしかこの部屋は物置として使われるようになっていたの。
帰省直後はその状況に不満を漏らし、片づけようとしたゆらだったが、とてもそんな暇もなく。部屋の隅々に積もるホコリやチリすら、ろくに掃除もできずに今日に至る。
しかし、そんな部屋の惨状に目を向けることもなく、会議場を強引に連れ出されたつららは、お面を被った巫女装束の少女に眼を飛ばしていた。
「……でっ? 結局、あんたって何者なわけ? どうしてリクオ様に付きまとうのよ!!」
一旦仕切り直したところで、追及の手を止めるつもりはないらしい。つららは厳しい顔つきで狐面の少女を睨みつける。
「…………」
一方の狐面の少女。彼女はつららに問い詰められても特に動じる様子がなく、何かを考え込むように黙り込んでいる。
「ちょっと! シカとすんじゃないわよ!!」
その沈黙を無視と受け取ったのか、つららはさらに苛立ち気味に声を上げる。
「まあまあ、落ち着きや、お嬢ちゃんたち。……ゆらちゃん、この子妖怪やろ?」
「うっ……」
そんなつららを宥めながら彼――十三代目秀元は彼女の正体を看破する。ゆらはあっさり秀元につららの正体がバレたことに、気まずそうに視線を逸らす。
しかし、秀元は特に気にした様子もなく、その妖怪の少女に親し気に話しかける。
「君……雪女やな。雪麗さんの、お子さん? お孫さん?」
「へっ!? どうして、その名前を? 私は、娘のつららですけど……」
どうやら秀元はつららの顔に誰かの面影を見たらしく、知っている知人の名前を挙げ、つららが雪女であることまで理解していた。
「なに、昔ちょっとな……ところで、つららちゃん? 君んところの大将、リクオ……って子が、ぬらりひょんの孫ってことでええんやな?」
「は、はい!! リクオ様こそ、私たち奴良組の三代目! 私が使えるべき主です!」
秀元にリクオのことを尋ねられ、元気一杯に返事をするつらら。そんな彼女の発言に目を細め、口元を緩めながら秀元はその問いを投げかけた。
「君の大将、強いんか? 羽衣狐は転生するたびに強くなる。たとえ祢々切丸を持っていたとしても、生半可な力じゃあ、太刀打ちできへんよ? それでも――君は彼が来ると信じられるか?」
つららのことを試すかのような物言い。秀元の目にあるのは『疑い』だ。
秀元はかつて、ぬらりひょんと共に羽衣狐を討伐し、それをきっかけに彼と懇意になった。だが、その孫である奴良リクオの実力までは知らず、そんな彼が本当に羽衣狐に太刀打ちできるのかと、疑うような目を向けている。
「…………」
秀元の問いに対し、つららは暫し沈黙する。その沈黙の間、一度「キッ!」と狐面の少女に睨みを効かせるも、彼女は穏やかな瞳で秀元と向かい合い、彼の質問に答える。
「リクオ様が以前言われたのです……『オレは人にあだなす妖怪は許さねぇ』と……」
「――――」「――――」「――――」
つららのリクオの想いを代弁した発言に、秀元、ゆら、そして狐面の少女が押し黙る。
半妖とはいえ、妖怪である筈のリクオがそのようなことを口にするなど、彼らからずれば信じられないことだろうが、それでも気にせずつららは続ける。
「リクオ様はちょっと変わった境遇で敵も多いですが、信念を曲げず、自分の力で道を切り開いてきました」
半妖という立場上、リクオは組の内部からも敵視されることがある。だが、それでも自身の考えを曲げようとせず、人と妖―—その両方を守るために力を尽くしてきた。
だからこそ、つららは全くの疑いもなく、リクオへの忠誠を口にしていた。
「だから……私はいつも信じていますよ」
――及川さん、ありがとう……。
つららの言葉に、面霊気で顔を隠したカナは胸の奥が熱くなる。
及川つららが言った言葉は、そのままカナが言いたかったことでもある。正体を隠している都合上、堂々とリクオに関して口を開けないでいるカナに代わって、つららはリクオを信じるに値する相手であると、ゆらや秀元に宣言してくれたのだ。
リクオへの好意を堂々と口にできるつららの立ち位置に僅かな羨望を抱きながらも、カナは心中でつららに感謝の言葉を述べる。
「ふ~ん……なるほどねぇ……」
つららの言葉に秀元は面白そうに笑みを溢す。そして、彼はその視線を――カナの方に向けながら彼女にも尋ねた。
「君も……同じ気持ちなんかな?」
「えっ?」「はっ!?」
秀元の問い掛けに、寧ろゆらとつららの二人が困惑し、カナは落ち着いて秀元の発言の意図、その心情を読み取ろうと試みる。
――……敵意は、感じないけど……何考えてるのか、イマイチ読みにくいな、この人……。
カナは『他心』で秀元に敵意も悪意もないことを確認しつつも、彼の常人離れした雰囲気に慎重に言葉を選ぶ。
そうして、カナが黙り込んでいると、秀元はさらに意味ありげに言葉を紡いでいく。
「一応、『妖怪』ってことでええんやな? なんでそんなお面を被ってまで正体を偽ってるのかは知らんけど、君も……奴良組の大将、奴良リクオを信じてここに居る……ってことでええんかな?」
「……?」
秀元の言葉の意味が分からず、ゆらなどは首を傾げるが、当事者たるカナには彼が何を言わんとしているか察することができた。
――この人、私の正体に気づいてっ!?
『妖怪ということでいいのか』『正体を偽る』――つまり、秀元は勘付いているわけだ。
カナが面霊気の妖気をカモフラージュに、自らを妖怪と偽っている人間だと。
また先ほどの、つららとのやり取りからカナが何らかの形で奴良リクオと関わっていることも察したらしい。
飄々とした態度とは裏腹に、思慮深く相手を見極める目を持つ、十三代目秀元――。
――これが、ゆらちゃんの御先祖様……稀代の天才陰陽師か……。
カナは改めて目の前の男がただ者でないことを理解する。こういった相手に嘘や誤魔化しは逆効果だ。カナは最大限の敬意を持って秀元の質問に、可能な範囲で答えを返す。
「はい……私も、彼を、奴良リクオのことを信じています」
「な、何よ……それ! アンタにリクオ様の何が分かるって言うの!?」
カナの口から紡がれたリクオへの信頼の言葉につららは驚き、そして噛みつく。
奴良組でもない、盃も交わしていないカナが、どうしてリクオへの信頼など口に出来るのだと、その表情が不満を露にしている。
しかし、正体を隠している後ろめたさがあったとしても、リクオを信じているという一点において、カナも譲る気はない。
彼女はつららに向かって、挑むように堂々と言ってのける。
「知ってるよ? 彼のことなら……彼が、妖怪も人間も等しく守ってくれる人だってことくらい」
「――なっ!?」
リクオの人となりを理解した発言をカナが口にしたためか、つららはとっさに言葉を失い押し黙る。
ジーと視線をカナに向け、いったい何者なのかとその正体を探ってくる。
「はははっ! なんや面白い子らやなぁ~!」
そんなカナとつららの二人のやり取りを眺め、秀元は何がおかしいのか声を出して笑う。
彼は子供のように目を輝かせ、ぬらりひょんの孫――奴良リクオへの興味を口にしていた。
「君らみたいな面白い子らに頼られとるなんて……奴良リクオ、僕も会って見たくなってきたわ!」
×
「ハァハァ……な、なんだよ! どうなってんだよ!」
「なによ、なんなのこの街は!?」
京都・伏目稲荷神社周辺。古い街並みが残る京都の情緒風景を一組の男女が駆け抜けていく。血走った眼、息を激しく切らせた必死の形相、怯えるような表情で二人は『それ』から逃げていた。
「あっ!」
「お、おい!?」
その逃走の最中、女性が躓きその場にへ垂れ込んでしまう。男性の方が慌てて彼女を立たせようとするが、女性の足には『腕』が絡まっており、彼女を逃さまいと執拗に絡みつく。
彼らは逃げていた。『人』ではない『異形』の怪物たちから。その怪物たちは人間を見つけるや無差別に襲いかかり、地の底から響くような不気味な声で人間たちに囁くのだ。
「生き肝~……生き肝……」
「クワセロ、クワセロ……」
異形の怪物たち。牛の頭を持つ人型。ギリシャ神話に登場する、ミノタウロスの如き怪物が手に巨大な包丁を持って人間たちに迫る。
どこからか生えてきた腕が女性を転ばせ、もたついている間にもその男女は他の化け物たちからも囲まれ、逃げ場を失っていく。
「ヒィッ!?」
「い、いやあぁあああああああああああ!!」
襲いかかる異形。人間たちの断末魔の絶叫は、最後までその異形が何なのかも理解出来ずに死んでいく、未知なるものの恐怖によって埋め尽くされていた。しかし――
刃の一閃が走り、間一髪のところでその異形を何者かが切り裂く。
「…………えっ?」
「い、いったい……な、なにが……?」
絶望に身を固くしていた男女は、呆けるようにその場にへこたれる。
自分たちを喰い殺そうとしていた異形は呆気なく切り裂かれ、そこに全く別の異形たちが立っていた。
棚引く長髪をした鋭い目つきの青年を筆頭に、首が宙に浮いている色男、人間離れした美しい髪の遊女。
黒い法衣に笠をかぶった僧、頭にバンダナを巻いた目つきの悪い少年、口に爪楊枝を加えたどこか男まさりな女性など。
そういった、一見すると人間らしい容姿の者も多い中、先ほど自分たちを襲った化け物たちに負けず劣らずな見た目の異形もたくさんいる。
全身が緑色で背中に甲羅を背負った怪人、人間のような立ち振る舞いを見せる着物姿の猿。
藁筒納豆の顔をした小人に角の生えた小鬼、一つ目の子供、鳥や獣や蛇など。実に多種多様な異形たちで構成されている集団。
「ひぃっ! ば、化け物!?」
「こ、来ないで……」
その集団を前に、男女は涙混じりに命乞いをする。先ほど襲われた恐怖もあってか、既に腰が抜けて立ち上がることもできないでいるその人間たちに、先頭を歩いていた青年が声を掛けた。
「安心しな、俺たちは京妖怪なんざと違って、生き肝なんかにゃ興味はねぇ」
青年はそう言って笑うと、彼らに忠告する。
「死にたくなけりゃ、暫くの間は家で大人しくしてるか、余所の街にでも非難しとけ。ここは戦場になる。連中……京妖怪と、俺たち『奴良組』のな……」
「ぬ、奴良組……?」
青年の言葉の意味が分からず、思わずそのままオウム返しで彼の言葉を繰り返す人間たち。
だが、さらなる異形たちの集団が、青年たちとは反対の方角からやってくる。
先ほど青年が斬り捨てた牛頭たちの仲間だったのだろう。警戒するようなそぶりで少しづつこちらへとにじり寄ってくる。
「ふっ……」
その異形たちを前に、青年は不敵な笑みを浮かべながら刀を抜き放つ。
そして、最後の警告とばかりに大きな声で人間たちに避難を促す。
「おら、とっとと行きな!!」
「はっ、はい!!」
青年の叱咤に男女は素早く立ち上がる。
男の方が脇目も振らずに逃げ出していく中、女性は一度だけ自分を助けてくれたその青年に頭を下げ、問いを投げかけていた。
「あ、貴方は、何者……?」
彼女の問いに青年は少し考える素振りをみせ、悪戯っぽい笑みと共に答える。
「俺は――ぬらりひょんの孫」
敵対する異形の群れへと先陣を切りながら、宣言するように――。
「この京都で――――魑魅魍魎の主になる男だ」
そう、青年の名は奴良リクオ。そして彼に率いられる集団こそ、奴良組の百鬼夜行。
彼らは無事、宝船墜落の危機から逃れ、この京の地へと降り立った。
羽衣狐との因果――四百年に渡る因縁に決着を付けるため。
京妖怪たちによって危機に陥っている友人――花開院ゆらを救うため。
リクオの父親、奴良鯉伴の死の真相――その真実を知るため。
そして、彼――奴良リクオが魑魅魍魎の主へと駆け上がるため、
彼ら奴良組は京の街で百鬼夜行の列を成す――。
補足説明
今後のつららの活躍について。
作者は及川つららというヒロインのことが嫌いではありませんが、彼女の言動にときより、「んっ?」となることがあります。
本文でも何度か書きましたが、つららは良くも悪くもリクオが一番、彼を中心に物事を見ているように思います。
だからこそ、今作ではつららに『リクオを通さずに物事を見る』ということに挑戦してもらいたいです。
リクオというフィルターを通さずに、いろんな人と向き合って欲しい。そのための『試練』の場を、この先つららに設けていきたいです。
本小説はカナが主人公ですが、つららもまたヒロインの一人。彼女の物語も書いていきたいと思っていますので、どうかよろしくお願いします。