自称『クソッタレなクレーマー』さんからの提案により、昔に投稿した話を少しずつ改稿することにしました。とりあえず、序幕と一幕、それから二幕の誤字脱字を直し、一応、読みやすいようにも改修してきました。
さながら、FGOのモーションを改修するサーヴァントのように。
しっかし……この頃は本当に誤字脱字が多い。ぶっちゃけ、ここまで話が続くと思っておらず、適当に投稿していた部分もありましたから、少し読み直して顔を赤くしております……反省!!
さて、今回の話はタイトルにあるとおり、淡島が主役の回です。
彼? 彼女? 中心で話を進めていきますが、一応、チラッとカナたちも登場しますので、宜しくお願いします!!
批判? クレーム? 上等だ!! バッチコーイ!!
カウントダウン
●●が●●するまで、あと二話……。
男と思えば女。鬼と思えば天女。
昇る日が昇らぬのなら――輝くのが『淡島』。
「やれやれ……リクオの奴についてって、えれぇとこまで来ちまったな、俺も……」
遠野妖怪・天邪鬼の淡島。彼女――いや彼は現在、同郷のイタクたちとも、リクオを始めとした奴良組ともはぐれ、迷宮『鳥居の森』に迷い込んでいた。
今から一時間ほど前。奴良組の宝船は京都の鴨川に不時着した。卑劣にも京上空で襲いかかってきた京妖怪たちは、こちらの生命線である宝船を集中的に攻撃し、舟そのものを墜落させようと目論んだのだ。
個々の力では決して京妖怪に負けはしないと自信にありふれていた淡島も、流石にこれには肝を冷やした。
だがその危機はイタクや首無、冷麗、猩影といった仲間たちの活躍により、なんとか脱することができた。
宝船はボロボロになったが、犠牲者を出すことなく奴良組は鴨川へ――京都の地へ足を踏み入れることができたのである。
京都に到着して早々、彼らはこの街を包む異変に驚かされる。
街にはいくつもの『黒い柱』が竜巻のように渦巻き、京の上空を黒い禍々しい妖気で覆っていた。街全体が妖気に包まれており、京妖怪が平然と人々を襲っている。
夜も明けた筈なのに、薄暗い空に覆われる魔都。その影響か、昼間になっても奴良リクオは妖怪としての夜の姿を保っており、イタクもイタチに戻らず人間体のまま。淡島も――男に戻らず、ずっと女の体のままであった。
淡島は天邪鬼という妖怪であり、彼は昼間は男。夜は女の体になる妖怪だった。
父親である鬼神と、母親である天女の影響なのだろう。基本は男なのだが、生まれた時からそのような特性を持って生きてきたため、これまで多くの苦悩を経験してきた。
今でこそ、その両方の性を受け入れることができるようになったが、それこそ幼少期は本当に悩みに悩んだ。
自分とは何なのか? どちらが本当の自分なのか?
ある意味、その悩みは奴良リクオと共通したところがあったのかもしれない。
淡島は男と女、リクオは人間と妖怪。
二つの『自分』を行き来する在り方、どことなく似ている二人の境遇。
だからなのだろう。
淡島はリクオに深い興味と共感を覚え、自然と遠野の里でリクオと言葉を交わす機会を多く設けた。
そうしている間に、淡島はリクオに興味以上の感情を抱き、こうして彼の百鬼夜行の一員に加わることとなったのだ。
「しかし……リクオも雨造の奴も何処に行きやがった? 迷子か? 仕方のねぇ奴らだな……」
だが現在、淡島はそのリクオとも遠野仲間である雨造たちともはぐれてしまっていた。
鴨川に不時着した奴良組は、すぐにその足で伏目稲荷神社へと向かった。それはリクオが倒した京妖怪・白蔵主の助言に従っての行動だった。
『――まて!! ぬらりひょんの孫!!』
彼は奴良組が京妖怪に襲われている間、奴良組を攻撃するでもなく、部下であった京妖怪たちを叱責しつつも、ずっと甲板上から動かずに事の成り行きを見守っていた。
その気になれば一人で飛んで逃げられたものを、奴良組と命運を共にするように宝船にじっと座り込んでいたのだ。敗北した彼なりの矜持なのか。だがそれでも、彼が奴良リクオの百鬼夜行に加わることはなかった。
自分は羽衣狐に拾われた者、彼女に反旗を翻すことはできないと、そう言い切る白蔵主。
しかし彼は立ち去る際、リクオに一つのアドバイスを残していった。
『――まずは伏目稲荷神社に向かえ。螺旋の封印、一番目の場所だ』
リクオはその助言に従い、ここ伏目稲荷神社を最初の目的地と定める。
敵の言葉を素直に受けるなどと、反対する声も上がったが、リクオは白蔵主の律儀さを信じた。
そんなリクオの器のデカさに――淡島はさらに彼のことが気に入ってしまった。
リクオの力になってやりたいと、密かにやる気を漲らせ、この伏目稲荷神社――そこを支配していたおびただしい数の『鳥居の森』を皆と一緒に調査していたのだ。
しかし――そこで淡島はとある異変に襲われ、リクオたちとはぐれることになってしまう。
「――おい、ガキ! いつまで泣いてやがるんだ!」
「う、だって……だってぇ~」
仲間たちとはぐれた淡島は、そこで出くわした一人の人間の少年と一緒に歩いていた。まだ十歳にも満たないほどの子供。親とはぐれたらしく、めそめそと泣いていたところを淡島が声を掛けたのだ。
淡島は「ガキは嫌いだ」と言いながらも、その少年のことを放っておくことができず、とりあえず連れて歩くことにした。
だが同時に、彼はその少年こそが――この異変の元凶。『自分とリクオたちを離れ離れにさせた現象』を引き起こした、敵の妖怪ではないかと疑ってもいた。
何故なら、その少年に声を掛けた途端、淡島の前から皆が姿を消したのだ。彼が少年のことを疑ったのも無理からぬこと。
しかし、流石に証拠もなく斬りかかるわけにはいかない。少年に関しては暫く様子を見ることにし、淡島は周辺の調査を進めていった。
「しかし……何て鳥居の数だよ」
そこで改めて、淡島は周囲に広がる鳥居の数に興味を惹かれる。
現在、彼はお寺の境内――墓地のような場所を歩いていた。そこには無数の鳥居が大小様々な場所に置かれていた。人がくぐれるような大きさから、腕が一本、ようやく入る程度の大きさのものまで。
配置にこれといった規則性もなく、本当にいたる所が鳥居によって埋め尽くされている。
「ちっ……趣味が悪いぜ」
淡島はそれらに薄気味悪いものを感じながら、小さな鳥居の一つを何気なく手に取る。
すると一瞬、たまたま視界に入った鳥居の向こう側から――何か、『顔』のようなものがこちらを覗き込んでいることに淡島は気が付いた。
「おお!? 敵かっ!?」
彼は反射的に刀を抜き放ち、その『顔』に向かって斬りかかる。だが――
「な、何!? ……うおぉおおおおおお!?」
刀を構えようとした淡島の体が、前のめりに倒れ込む。彼の足が何者かに掴まれ、そのままその体が強引に引っ張られていく。
「な、なんだってんだ!?」
淡島が足元に目を向けると、そこには彼の足を掴む『腕』があった。『腕』は地面に設置されていた小さな鳥居から飛び出ている。その鳥居の向こう側には何も見えない。何もない筈なのに、ただ『腕』だけが飛び出ていたのだ。
「うおっ!? あぶねぇっ!」
さらに、倒れた淡島に向かって、どこからともなく斧が振るわれる。
淡島の足を掴んだのとは、別の『腕』に握られていた斧。やはりその『腕』も、鳥居から飛び出ていた。その斧は、足を取られて満足に動けないでいる淡島に何度も執拗に振り下ろされる。
それでも何とかして攻撃を躱す淡島だったが――ふいに、斧は標的を変えた。
淡島の視界の先。彼の真正面に、何故か――自分自身の足があった。
何もない鳥居から無防備に突き出ている彼の足は、『腕』によってガッチリと固定されている。
「オ、オレの足……えっ、おい、ちょっ……」
どういうカラクリかは知らないが、どうやら足元の鳥居をくぐった淡島の足が、空間を越えて別の鳥居から飛び出ていたようだ。アレは確実に淡島の足。掴まれている感触も確かに感じる。
その足に向かって、斧を持った『腕』がその凶刃を振り下ろす。
ザクリ――と、肉を切り裂かれる痛みが淡島へと伝わってくる。
「おおおおおおおお!?」
激痛に叫ぶ淡島に構わず、何度も何度も斧を彼の足に向かって振り下ろす『腕』。
ザシュ、ザシュ、ザクリっと――振り下ろされるたび、淡島の足から血しぶきが舞う。
「い、いつまで――やってやがんだぁ! 離しやがれぇえええええええ!!」
当然、いつまでもその痛みに甘んじている訳にはいかない。淡島は必死に抵抗し、何とか『腕』の束縛から抜け出し、鳥居から足を引っこ抜いた。
「痛っ! ぬ、ぬけた……」
鳥居から抜け出すと、そこには繋がった淡島の足がちゃんとあった。斧による傷もそのまま、やはりこの鳥居は――別の鳥居と繋がっているようだ。
自分の足を取り戻した淡島がほっと胸を撫で下ろす。だが彼は周囲に目を向け、青ざめる――
淡島は無数の『腕』に取り囲まれていた。
その『腕』たちはいたる所に設置された鳥居から飛び出ており、手にはそれぞれ武器が握られている。斧や刀、槍、鎌、小太刀などといった凶器。
それらの武器を持った『腕』たちが淡島を取り囲み、一斉に襲いかかる。
「鳥居の向こうに――何かが大量にいやがる!?」
その光景に淡島は絶叫する。
恐怖によるものなのか、その瞳からは、一筋の涙が流れ落ちようとしていた。
×
「――
「そうや、お嬢ちゃん」
面霊気で素性を隠した家長カナ。彼女は向かい側に座る十三代目秀元に対し、伏目稲荷神社に潜んでいるという京妖怪『二十七面千手百足』のことを尋ねていた。正体を隠したカナの問い掛けに、秀元は朗らかな表情で頷く。
現在――カナを始め、秀元、式神である彼の主人・ゆら。そして彼女の護衛である竜二と魔魅流。さらに奴良組のつらら。合計してその六人が一つの空間内、秀元の出した式神――牛車の箱に揺られ、目的地へと向かっていた。
彼女たちが向かっている場所こそ、伏目稲荷神社である。
そこの近くで例の『空から落ちてきた船の妖怪』が座礁しており、その近辺から逃げ出してきた人々は『百鬼夜行に助けられた』と証言したという。
『り、リクオ様だわっ!!』
その報告につららは喜びを露にした。その百鬼夜行の主こそリクオだと、自分の信じたとおり、駆けつけてくれたと、何故かお面を被ったカナに自慢するように声を上げていた。
人々の証言、つららの発言、船に残された証拠から、花開院家もその百鬼夜行を奴良組と断定した。
そして、祢々切丸を持つ奴良リクオに協力を呼び掛けるべく、使者を遣わしたのである。
その移動の為、秀元は生前も使っていた牛車の式神を使役する。最も、霊体である秀元は直接式神を使役することができない。彼の式神は全て、術者であるゆらに手渡され、全ての負担をゆらが背負うことで顕現できていたのだ。
「はぁはぁ、ぜぇぜぇ……」
この牛車の式神の使役に、ゆらは激しく息を切らしていた。
自前の式神ではない、人から借り受けた慣れぬ式神であったため、通常より多くの精神力を消費しているらしい。そんな今にも倒れ込みそうなゆらに、隣に腰掛けるカナは思わず声を掛ける。
「ゆらちゃん……大丈夫?」
「だ、大丈夫やこれくらい……」
正体不明のカナの気遣いに強がりを返すが、とても大丈夫には見えない。カナはゆらのことが心配になり、その肩にそっと手を乗せようとした――その瞬間である。
「――おい、そこのお面娘」
「はい?」
まるでカナがゆらに触れるのを阻止するかのように、秀元の隣に座る竜二がドスの籠った言葉を吐き捨てる。目尻を吊り上げ、そのまま油断なくカナを、カナの隣に座るつららのことも睨みながら忠告する。
「言っておくが……俺はお前を、お前らを100%信用した訳じゃないからな。下手な真似をすれば、容赦なく滅するぞ。肝に銘じておけ!」
「ちょっと! 私をこの女と一緒くたにしないでよっ!!」
竜二の言葉につららは反感を抱くように叫ぶ。自分とカナのことを纏めて『お前ら』呼びしたことが不満だったらしい。噛みつくような表情で竜二を睨む。
つららの威嚇に対し、相手にすらしないとばかりにそっぽ向く竜二、彼の隣で魔魅流が無表情で「妖怪……滅すべし」とブツブツと物騒な言葉を呟いている。
牛車の箱の中、なかなか険悪なムードで睨み合う妖怪と陰陽師たち。もし、この場に春明がいればさらに混沌とした状況になっていただろうが、幸いなことに土御門春明は現在、カナとは離れ別行動をとっていた。
カナたっての希望により、春明は清十字団の護衛の為、花開院本家に残っていた。奴良組も青田坊を残し、彼らの守りについている。
他にも、ゆらたちほどではないにせよ、手練れの陰陽師が花開院家の守護についている。よっぽどのことがない限り、あの地の守りは盤石だろう。
カナは清十字団の危険という不安要素をなくし、安心してこれから先の困難――先ほどの話を続けるよう、秀元を促していく。
「コホン! それじゃあ……説明を続けるで」
秀元は場に流れる悪い空気を取り払うように一度咳払いをし、妖怪――二十七面千手百足の解説に入った。
「やつは『
「領域型……?」
聞き慣れぬ単語にオウム返しで聞き返すカナ。彼女の疑問に秀元は快く答える。
「領域型っていうんわ。特定の場所、特定の条件の下で無類の強さを発揮する妖のことや。普段は大して強くないけど、その中でなら絶対の強さを誇る。ちょっと厄介なヤツらなんよ」
秀元は具体例として、『
置行堀は池の中に棲む、痩せた体にボロボロの着物を纏った幽霊のような妖怪。池を通りかかる人から大切なものを奪い取り、その代わりに直前に奪ったものを渡すという、ちょっと変わった『畏』を持った妖怪である。
置行堀自身はそこまで大した戦闘力はない。力尽くで黙らせようとすれば、簡単に黙らせることもできる。
だが『何かを置いて行かなければならない』というルールだけは絶対だ。
領域である池で置行堀に目をつけられた以上、何かを差し出さなければ無事に帰ることはできない。どんな大妖怪であれ、そのルールだけは絶対に厳守しなければならない。
「それが領域型の強みや。二十七面千手百足も、相手を自分の領域内に誘い込んで襲うんや」
秀元によると、二十七面千手百足は『
重軽石とは、伏目稲荷神社の奥社奉拝所の奥。灯篭の上に設置されている丸い石のことである。その石は持ち上がるようになっており、持ち上げた時に感じた重さにより、一種の占いができるようになっている。
石が重いと感じたなら、不幸になる。
石が軽いと感じたなら、幸運になる。
二十七面千手百足は、そこで『重い』と感じた人の畏を読み取り、その相手だけを神隠しのように自分の世界に引きずり込むのだ。
「それじゃあ、百鬼夜行の意味がないじゃない!」
秀元の説明につららが声を上げる。その話が本当なら、百鬼夜行という概念そのものが意味を成さない。まさか全員が全員、律儀にそんな占いを試すわけがないからだ。
「そうや。やつを倒すには、単体でそれなりの強さを持った妖怪である必要があるんや……」
秀元は神妙な表情で頷く。二十七面千手百足を倒すためには、あえて重軽石の選別を行い、尚且つ『重い』と感じなければならない。
あえて敵の領域に入り込まなければ、接触することも出来ず、やつを倒すには大将に頼ることのない力を持った『強者』でなければならない。
「しかもあいつは、『もう一つ』厄介な性質を秘めとる。それを見破らない限り、突破は難しいやろな……」
さらに、秀元は二十七面千手百足の性質――その妖怪の強さの元となる、力の源についても語って聞かせていく。
もしも、その妖怪と相対したときに後れを取らないよう、万が一に備えて――。
×
「――ハッ、上等だ!! 遠野の産土でつちかったオレの畏! 京妖怪に通じるか楽しみだぜ!!」
淡島は涙を拭いながら好戦的な笑みを浮かべ、襲いかかってきた京妖怪――二十七面千手百足と相対していた。
彼が遭遇した二十七面千手百足はその名のとおり、二十七面の顔を持った千本腕の観音像――『千手観音像』と同じような姿形をしていた。相違点を挙げるのなら、禍々しく百足のような気持ち悪さで這いずってくることだろうか。その悍ましい姿にも怯まず、淡島は意気揚々と武器である黒田坊の槍を掲げる。
奴良組の黒田坊も淡島と同じように重軽石を持ち上げ、こちらの世界に入ろうとしていた。しかし、黒田坊は淡島ほど重いと感じることができず、結果――鳥居を通じて、ほんの少しだけ敵の創り出した空間に介入する権利だけを得たのだ。
その権利を行使し、黒田坊は無数の武器を突き出し、危機に陥っていた淡島を救った。救った際、黒田坊は淡島に向かって声を掛けた。
『淡島、泣いているのか? しょうがない、強がってても女の子だもんな……』
そして、彼は淡島に自身の力で敵の畏を断ち切るよう、助言を残して介入する権利を失い、消えてしまった。
エロ田坊――いや、黒田坊が落としていった武器を拾い上げながら、淡島は彼の言葉を笑い飛ばす。
「逆だぜ……黒田坊。面白くってしょうがねぇや――!!」
涙こそ流してはいるが、それとは逆に淡島の心は昂っていた。
淡島は天邪鬼。表情とは裏腹に、彼は初めての京妖怪とのタイマンに心躍らせていた。流した涙は武者震いのようなもの。自らの畏がどこまで通じるか、早く試したくてウズウズしていたのだ。
「そんじゃ――行くぜ!!」
突撃してくる二十七面千手百足に向かって、彼女――『乙女淡島』は己の畏、鬼發を繰り出す。
それが『
古来より、戦の前には乙女が舞いを披露し、自軍の勝利を呼び込もうとしてきた。
その優雅な舞を実戦レベルにまで発展させ、淡島は蝶のように舞い、蜂のように槍で敵を突き刺す。
「――――――――――」
その技を前に声にならない悲鳴を上げ、二十七面千手百足は崩れ落ちていく。
「ふっ、こんなもんかよ、京妖怪?」
余りの呆気なさに、淡島は溜息を吐く。せっかくの強敵と思われる相手との実戦が、こうも易々と終わってしまったことに彼女は拍子抜けしていた。
もう少し粘ってくれてもよかったのにと、嘆息する淡島。すると、彼女の耳に泣き声が聞こえてきた。
「ひっく、うぅうう~」
「おい……まだ泣いてんのかお前……」
先ほど一緒に歩いていた男の子。彼は未だに泣きべそをかき、その場に蹲っている。
既に敵を倒したと思っていた淡島は、その少年に向かって歩み寄る、だが――
「――ガッ! な、なんだとっ!?」
少年に視線を向けた瞬間、背中に激痛が走る。淡島が慌てて振り返ると、そこには全くの無傷で二十七面千手百足が立っており、がら空きとなった淡島の背中に無数の武器を突き立てていた。
「う、うわぁああああああん!!」
血だらけになる淡島の姿に、さらに少年が大声で泣き叫ぶ。
「この野郎っ!!」
淡島は何とか態勢を立て直し、敵に向かって反撃する。手にした槍を横に薙ぎ払い、相手の胴体を二つに裂く。
だが――二十七面千手百足は倒れない。
斬られた体が高速で再生し、さらに周囲の鳥居を取り込んで、その体を巨大化させていく。
『君』
『貴様』
『お前ではこの迷いの森から出らない』
『我はこの地の守護者』
二十七面千手百足はそれぞれの面の口から、それぞれの言葉で淡島を罵倒し、彼女をさらに追い詰めていく。
「ハァハァ……くそっ、こいつ……どうやったら倒せるんだ?」
淡島は満身創痍、既に立っているのもやっとの状態で息を荒げていた。
あれから何度も淡島は二十七面千手百足を攻撃し、その体に傷を負わせてきた。しかし全く効果がなく、敵はさらに体を大きくし、淡島を手にした武器で串刺しにしていく。
敵の攻撃に怯まず、何とか畏を保っていた淡島だが、そろそろ限界が見え始めていた。
斬っても斬っても無限に再生してくる敵を前に、ついに倒れ込んでしまう。
――どういうことだよ、ガキ……。
倒れながらも、淡島はその視線を少年の方に向ける。
「ううう、お母さん!! どこにいるのっ!!」
少年ははぐれた母を求めてさらに泣き続けており、彼が泣くたび二十七面千手百足が大きく、強くなっているように淡島には感じられたのだ。
――やっぱ……こいつが妖か?
最初から怪しいと思っていた少年に疑いの眼差しを向ける。
――こいつを、斬ればいいんじゃねーか?
疑心暗鬼に陥った淡島の脳裏にそのような考えが思いつき、彼女は少年に近づいて行く。
そこでふと――淡島は走馬灯を見るように、仲間の言葉を思い出す。
『――妖怪の中には、ある特定の場所でなら無類の強さを見せる奴らがいる』
遠野の中でも物知りな雨造。怪人のような見た目で意外とインテリな彼はある日、淡島にそのようなことを言っていた。
『――そういった相手に力技は通じねぇ。なんとか力の根源を見つけて、その『畏』を断つんだ!!』
「……一か八か、やってみるか」
少年に斬りかかる寸前でそのことを思い出した淡島。彼女は仲間の助言を信じ、力の根源を断つべき手段を講じる為、勢いよく少年の下へと怒鳴りこんで行く。
「おい! いつまでもピーピー泣いてんじゃね――!!」
「ひぃっ! ご、ごめんなさい……」
泣くなと、恫喝するように叱りつける淡島の言葉に、少年は謝りながらも涙声で怯え惑う。
鬼のような形相、血だらけの姿で泣くなと言っても、逆効果にしかならないだろう。しかし、それでも構わず淡島は少年に迫る。
彼女は怯える少年の頭を問答無用で掴み取り、そのまま自分の方へと手繰り寄せ――叫んだ。
「――泣くんなら、オレの胸で泣け――――!!」
そう言いながら優しく少年を抱き寄せ、声音を一変。
天女のように、淡島は慈愛に満ちた囁きで彼に語りかける。
「――安心しなさい」
「――私が護ってあげるから。必ず助けてあげるから。ねっ?」
その頭を優しい手つきで撫で、愛情深く少年を抱きしめる。
「…………うん、お母さん」
その姿は完全な母性に満ちており、母の温もりを求めて泣き叫んでいた少年は嘘のように泣き止み、安心しきった表情でその体を淡島へと預けていた。
これこそ淡島、天女の鬼憑。完全なる母性『
淡島の母親であった天女の母性を完全に体現した姿。その母性に包まれれば、どんなに怯え叫んでいた少年少女でも、安堵に包まれ泣き止むというもの。
少年も完全に恐怖を忘れたかのように、一瞬で泣き止んだ。刹那――
『ウゥウウ、ヤメロォォォォ!!』
少年が涙を止めるのと同時に、二十七面千手百足の体がひび割れ、その体がボロボロと崩れ落ちていく。
その光景に、淡島はニヤリと笑みを浮かべた。
「やっぱそーか。この世界――こいつが……このガキンチョの心が作った世界だったんだな」
そう、二十七面千手百足のもう一つの特性。それは『子供の心に巣くう』ということだ。
重軽石で引きずり込んだ子供の心に自分の居場所を定め、その子供が恐怖心を抱けば抱くほど彼自身が強くなるという、卑怯な妖怪――それこそ、二十七面千手百足の正体だった。
子供が延々と泣き続ければ、彼は何処までも強くなっていただろう。だが、少年が淡島の母性によって泣き止んだ今、二十七面千手百足は無限の再生力を失い、その体も徐々に小さくなっていく。
それでも、最後まで彼は観念せず、淡島と少年に向かって襲いかかって来た。
力が少しでも残っている内に淡島を殺し、再び少年を恐怖のどん底へ叩き落としたかったのだろう。
そんな往生際の悪い京妖怪に、淡島はトドメを繰り出すべく構える。
「見てな、ガキンチョ。この妖怪……」
少年をその背に庇いながら、彼女――否、彼は堂々と宣言する。
「兄ちゃんが、たたっ斬ってやっからなっ!!」
自らの父性、男としての側面を鬼憑に乗せて――。
「おらっ! くらいやがれぇええええええ!!」
これこそ、淡島の父親である鬼神としての側面。完全なる父性『
鬼神が持つ、攻撃的な一面、強さ、荒々しさを体現した一撃。
『ギャアアアアアアアアアア!!』
その強烈な一撃を前に、成す術もなく打ち砕かれる京妖怪・二十七面千手百足。
既に再生能力も失っており、そのままその体を、永遠の闇の中へと沈めていく。
二十七面千手百足が破れた、その瞬間――空間に亀裂が走った。
「大丈夫か、淡島!!」
「おうー! おめぇら!!」
敵の創り出した空間から抜け出し、淡島と少年は現実世界へと帰還を果たす。
淡島の元気そうな顔にほっと安堵する黒田坊。リクオや雨造たちもいたが、他の面子はそもそも重軽石に触れてすらいないので、淡島が異界で戦っていたという事実すら知らない。
「どこいってたんだよ、淡島? 便所か?」
呑気にそう尋ねる雨造の言葉に、淡島はカチンとなりながらも堂々と胸を張って告げる。
「うっせー! 一匹妖怪を倒したとこだぜ……なあ、ガキンチョ?」
彼は自身の服の袖を引っ張る少年に、笑顔を向けながら同意を求める。
「うんっ!! ありがとう、おねぇちゃん!!」
満面の笑みでお礼を述べる少年に、淡島は誇らしげな気分になっていた。
ガキは嫌いだ、すぐ泣くから。お母さんなどと言われ、恥ずかしい思いもした。
だがそれでも――この子をあの時斬らずによかったと、この子を守れてよかったと。
天邪鬼・淡島は心からの笑顔を浮かべ、少年の頭を撫でてやっていた。
「ふ~ん……『外殻の地脈』の栓となっとった妖よりは強いみたいやね。いい部下もっとるやん♡」
「――誰だ!?」
淡島と合流し、何があったのか和気藹々と話し込む奴良組一同。
そんな彼らに向かって、何者かが声を掛けてきた。
リクオたちが警戒しながら振り返ると、そこには三人の男が立っている。
見覚えのある顔ぶれが二人。花開院竜二に、魔魅流。浮世絵町で奴良リクオに襲いかかった陰陽師の二人組だ。
「久し振りだな、妖怪のガキ……」
竜二が心底不機嫌そうにリクオに声を掛け、魔魅流が「妖怪……滅すべし」と呟く。
そんな二人の陰陽師を引き連れるように、もう一人の男が微笑を浮かべていた。
「でも、浮かれるのは、まだ早いで……」
その男――十三代目秀元。
かつて、ぬらりひょんと共に羽衣狐を討伐した彼は、どこか感慨深げにリクオの顔を見つめていた。
「初めまして……君が、彼の――ぬらりひょんの孫やね?」
補足説明
淡島
遠野出身・天邪鬼。男と女、二つの性を持つ妖怪。
例の天女の描写の影響か、読者から一定の人気があるキャラの一人。
基本は男で恋愛対象は女性とのことだが、リクオのことが気に入っており、彼相手なら『別に構わない』とのこと。何が構わないかは……お察し下さい。
二十七面千手百足
伏目稲荷神社の封印を守る京妖怪。領域型の典型例のようなやつ。
名前が無駄に長く、どこを省略すらりゃいいのか分からず、書くのに大分苦労しました。
置行堀
原作七巻に登場する、奴良組の下っ端の下っ端。
アニメでは『よめっこ』と『あんた』共々出演を全カットされた可哀想なヤツ。
この機会を逃すと語る機会がないので、説明要素として登場させました。