家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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長かった。ここまで来るのに、本当に長かった。
思えば、このシーンを描写したくて、この小説を書き始めたところがありました。
この流れに賛否両論あると思いますが、これが自分なりに考えたカナがヒロインの『ぬら孫』です。
どうか、最後までお楽しみください。

 カウントダウンゼロ。
   ●●が●●するまで――答え合わせは後書きで。


第六十一幕 仮面の下の素顔

 カナとリクオたちが土蜘蛛の強襲を受ける――その数分前。

 ゆらたちが花開院家を代表し、奴良組への協力要請に出向く一方。花開院本家に残った外様の陰陽師――土御門春明は、そこでとある人物に出くわしていた。

 

「あっ! 土御門くん!?」

 

 その人物は土御門の顔を見るや驚いた表情で固まり、彼とバッタリと出会ったその廊下で足を止める。

 

「ん、白神か……」

 

 一方の春明。彼はさして驚いた様子もなく、自身の名を呼んだ少女――白神凛子に目を向ける。

 清十字団の一員として京都に来ていた凛子は何故春明がこの京都に、それも花開院家にいるのか不思議そうな顔をしていたが、春明の方はカナを通じて、彼女たちが花開院家に保護されていることを知っていた。

 別に顔を合わせるつもりはなかったが、特に動じるようなことでもない。

  

「ひ、久しぶり。終業式以来……だよね?」

「ああ、そうだな」

  

 一応、挨拶代わりに言葉を交わす両者だが、これといって会話が弾む様子はない。

 凛子は浮世絵中学で春明が陰陽師であることを知っている数少ない関係者の一人だ。もっとも、だからといって親しい訳ではない。カナを通じ、多少の交流こそあれどそれだけ。

 同じ学年、クラスメイトでありながらも、凛子は未だに春明との距離感を測りかねていた。

 

「え、ええと……土御門くんは、どうして花開院家に? やっぱり……陰陽師として、ここに?」

 

 それでも、彼女は春明と何らかのコミュニケーションを取ろうと話を振る。きっとそれまで、部屋の一室でずっと同じ面子とばかり顔を合わせていた、人恋しさもあったのだろう。

 

 現在、凛子と春明は二人っきりで向かい合っている。

 

 ゆらの友人として保護されている清十字団だが、流石にずっと同じ部屋にいれば人間は気が滅入るものだ。凛子は自分たちの世話をする見張り役の見習い陰陽師に『ちょっと気分が悪いから外の空気を吸いたい』と、多少の無茶を通し、そのまま一人気晴らしのため庭先に向かって歩いていた。

 実際は気分が悪いと言うより、居心地が悪かった。おそらく、八分の一とはいえ妖怪である凛子の血が花開院という陰陽師の視線に四六時中さらされることを拒んだのだろう。

 

 一方の春明。彼は彼で、花開院家の監視をうざったく思い、『隠形術(おんぎょうじゅつ)』で彼らを適当に撒いてきた。隠形術とは、呪術を用いて気配を隠し、敵から自身の姿を見えなくする陰陽術の基礎の一つだ。

 流派問わず、陰陽師たちの間で幅広く流布されている呪術であり、それほど珍しい技能でもない。しかし、春明の隠形術は精度が高く、彼を見張っていた陰陽師たちの目を晦ますには十分すぎる威力を発揮していた。

 

 このように二つの偶然が重なり、京都の地で顔を合わせることになった凛子と春明。

 春明は凛子の先ほどの問い掛けに対し、少し考え込んでから答えを口にする。

 

「……別に、花開院家がどうなろうと、京都がどうなろうと知ったこっちゃねぇさ。それとも何か? 俺が京妖怪を放っておけない……なんて、殊勝な心掛けを持った陰陽師にでも見えるか?」

「…………うん、ゴメン。全然見えない」

 

 春明の返答に、苦笑を浮かべつつ凛子は頷く。凛子の目から見ても、とてもではないがこの少年が陰陽師としての正義感や使命感で動くとは思えない。

 それならば何故、彼が浮世絵町を離れてまでこの地に来ているのか。凛子はその理由を考える。そして、一番あり得そうな可能性として、とある人物の名を挙げた。

 

「やっぱり、カナちゃんに付いてここに? あの子も、こっちに来てるんだよね?」

「…………まあな」

 

 家長カナ。彼女がこちらに来ていることは既に知っている。おそらく、彼女の付き添いとして京都まで付いてきたのだろう。

 しかし、邪魅騒動のときのような小旅行程度なら、春明は付いてこない。彼が極度のめんどくさがり屋だから。そんな彼が、わざわざ重い腰を上げて京都まで来たということは――

 

「やっぱり京の情勢って……そんなに切羽詰まってるの?」

 

 周囲に誰もいないと分かっていながらも、凛子は春明に声を忍ばせて問いかけていた。

 既にゆらの方から京都の情勢が危険であることを聞かされていたが、妖怪世界に関して素人な清十字団ではあまり実感が湧かない話であった。それは非戦闘員の半妖である凛子も同様だ。

 だが、春明やカナが京都に来ていたことで、凛子はようやく現状が不味い状態であることを何となく察する。妖が日本中を跋扈するようになるという、ゆらの話もあながち誇張でもなさそうだと、凛子の背筋がぞくりと強張る。

 

「あれ? そういえば、肝心のカナちゃんは?」

 

 そこでふと、凛子は春明の側にカナの姿が見えないことに首を傾げる。てっきり一緒に行動していると思っていたが、どこを見渡しても彼女の姿が見えない。

 

「ああ、あいつなら――」

 

 凛子の疑問に、気だるげながらも答えようとする春明。しかし、彼は途中で言葉を止め、懐から一枚の護符を取り出す。眉間に皺を寄せながら、その護符と睨めっこを始める春明に、凛子は恐る恐ると尋ねた。

 

「土御門くん、どうしたの?」

「……いや、なんでもねぇ」

 

 彼はそのまま何事もなかったように護符を懐に仕舞い直し、その場を立ち去りながら凛子に忠告する。

 

「白神、とりあえず清十字団の連中と一緒にいろ。ここの守りは俺と花開院の連中でこなすが……あまり期待はするな。もしもの時はお前らだけで脱出できるよう、避難経路を抑えとけ……できるか?」

「う、うん……わかったわ!」

 

 突き放すような言い方ではあったが、春明なりに凛子たちのことを考えての発言だった。そんな彼の言葉に素直に頷き、凛子は清十字団の皆が待つ部屋に戻ろうと、春明とは別の方向へと歩いていった。

 

 

 

 

 ――護符が起動してるってことは、あいつが誰かと戦ってるってことだろうな……。

 

 凛子と別れた春明。彼は一人、先ほど懐に仕舞った護符を再度取り出し、ここにはいない、別の場所で戦っているであろうカナに思いを馳せていた。

 彼が手にしたその護符は、カナが所持する式神の槍とリンクしている。彼女が槍を発動させると、その起動の有無がその護符を通して春明に伝わるような仕組みになっているのだ。

 以前も、その仕組みのおかげでカナの危機に気づくことができたが、今の春明に昔のような焦燥はない。

 ただ『護符が使われている』という、事実のみを確認しただけに留める。

 

 ――まっ……今のあいつなら、そうそう無茶なこともしねぇだろ……。

 

 春明の目から見て、家長カナという少女はどこか危なかっしい印象が拭えなかった。感情的ですぐに情にほだされ、後先考えずに突っ走る、向こう見ずな部分が目立っていた。

 だが、修行から帰って来たカナは成長し、それなりに自分の感情を制御できるようになっていた。

 相変わらず、甘さこそ抜け切れていなかったが、客観的に俯瞰的に戦況を見極め、物事に対して冷静に対処することができるようになっていた。

 先の京妖怪との戦いで、それを実感した春明はカナとの別行動を了承し、一人花開院家に残っていた。

 

 ――一応、面霊気のやつもいるし……何かあればあいつが口を出すだろう。

 

 カナのお目付け役として面霊気も一緒に付いている。カナが正体を隠す都合上、必ず被る必要があるお面の付喪神。カナ自身が冷静になり、ついでに面霊気が口添えすれば、どのような危機的状況でも撤退を選べるだけの心の余裕は生まれるだろう。

 

「さて……それじゃあ、そろそろ戻るか。流石にこれ以上は連中に睨まれかねん」

 

 春明は廊下で一人呟きながら、花開院家の陰陽師たちが集まっている大広間に戻ることにした。いかに隠形術の精度が高かろうと、長い間姿を隠していれば当然自分の不在にも気づく。

 別に、春明自身は彼ら花開院家に疑われようが、痛くもない腹をいくら探られようが知ったことではなかったが、彼らと共闘すると決めた以上、無駄に敵視されるのは避けたい。

 曲がりなりにもカナから清十字団を守るように任された身だ。最低限、頼まれたことくらいはこなしておきたい。

 

「ふぁ~まっ、弐条城が羽衣狐の手に落ちるまで……まだ少し時間はあるだろう」

 

 しかし、そこはめんどくさがり屋の土御門春明。京妖怪が侵攻してくるまで時間はあると、抑えきれない眠気を隠すことなく大あくび。

 暫し仮眠を取ろうと、背筋を伸ばしながら大広間へ――その先に続く、仮眠室へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 実のところ――この時点で土御門春明は家長カナという少女の在り方を見誤っていた。

 

 確かに彼女は成長した。神足に続き、天耳、他心、宿命の神通力を習得し、妖怪相手にも決して引けを取らない能力を身につけた。仏間の試練で過去のトラウマすら乗り越え、精神面も大きく成長した。

 今のカナの能力なら、不意打ちや奇襲を受ける危険性は少ない。たとえどのような相手であれ、冷静に逃げに徹すれば生き残ることくらいはできるだろう――と、春明はそのように考える。

 

 だが――甘かった。

 

 春明は知らなかったのだ。カナが受けた修行の内容を――。

 彼女の精神面を大きく成長させた、あの約束の内容を――。

 

 もしも、それを知っていたとしても、その覚悟のほどは本人しかわからない。

 家長カナという少女が、その約束を果たすためならばいかなる苦労すら惜しまないと。

 

 

 

 その命すら平然と投げ出すことができることを、彼は知る由もなかった。

 

 

 

×

 

 

 

 伏目稲荷神社は全国に約三万社ある『稲荷神社』の総本山である。

 重軽石といった占いスポットも有名だが、やはりこの神社の知名度を支えているのは『千本鳥居』だろう。

 深紅の鳥居がトンネルのように連なっている光景は圧巻の一言。日本のみならず、世界中の人間が京都に訪れては、この鳥居の森の美しさに驚嘆の声を漏らすことだろう。

 

 しかし――その千本鳥居を始めとする伏目稲荷神社の美しい建造物が、悉く瓦礫と化していた。

 

 辺り一帯に並んでいた鳥居たちが全て叩き潰され、他の社の類も木っ端みじんに破壊され、近くに残っていた参拝客も大慌てで逃げ出している。

 

 誰もいなくなった廃墟の中、その破壊を巻き起こした張本人――土蜘蛛が愛用のキセルで煙草をふかしている。

 

「スゥ~……四百年ぶりの百鬼夜行破壊。強者は見つからなかったが、楽しいもんだ」

 

 突如、奴良組を強襲した土蜘蛛。彼は名乗りこそしたものの、相手の名乗りなど待つ必要もなく。この伏目稲荷神社に集まっていた奴良組の全てを叩き潰した。

 不意打ちに近い形であったため対応が後手に回り、奴良組は成す術もなく、土蜘蛛によって壊滅的な被害を受けた。全員が瓦礫の中に埋もれ、その場に立っている妖怪など、誰一人いない。

 

「ん……」

 

 土蜘蛛も戦いが終わったと思い一服している。しかし、彼は視界の端に一人、平然とその場に立っている人間の男――陰陽師を見つけた。

 

「てめぇは……四百年前に俺を封じた、卑怯者の陰陽師じゃねぇか~?」

 

 土蜘蛛はつい最近まで、螺旋の封印の一つ『相剋寺』の封印の栓となっていた。それが羽衣狐たちの手により、四百年ぶりに目覚めることとなったのだ。

 彼は四百年前、自分に封印を施した陰陽師――十三代目秀元の顔を見るやその表情を怒りに染める。

 普通であれば、四百年前の人間が今も変わらずにそこにいる筈がないと、戸惑いを露にしそうなもの。だが土蜘蛛にとって、そんなことはどうでもいいことだ。

 彼はただただ、自分を騙した気に喰わない相手を潰そうと再び動き出す。だが――

 

「……あん?」

 

 ガラガラと、瓦礫の山を退かす音に土蜘蛛は意識をそちらに向ける。振り返ると、そこには瓦礫を押し退け、数人の妖怪たち――奴良組の猛者たちが立ち上がっていた。

 体のあちこちに傷こそあるものの、畏を全身に漲らせ、その眼光には些かの衰えもなく土蜘蛛を睨みつける。

 

「ハァァ……立ってくるたぁ~、いい度胸よ!」

 

 自分にあれほど叩き潰されていながら、まだ立ち上がってくる相手に土蜘蛛は口元に笑みを浮かべる。彼はあっさりと標的を秀元から奴良組へと切り替え、煙草をふかしながら声を弾ませていた。

 

「もっともっと――楽しませてくれよ!!」

 

 

 

 

 

 

 ――あかん、あかんで……!

 

 一方の十三代目秀元。彼は土蜘蛛の襲撃を乗り切り、再び立ち上がった奴良組に対し、悲観的な眼差しを向けている。

 彼の背後の瓦礫には、同じように土蜘蛛の襲撃を乗り切った陰陽師たち――ゆらや竜二たちが息を潜めている。何とかゆらを五体満足で守り切った代償に、竜二は腕の骨を折るケガを負った。だが、足さえ動けば問題ないと、秀元はゆらたちにこの場をどうにかして逃げるよう助言する。

 決して――奴良組のように土蜘蛛に立ち向かおうなどと、無謀なことを考えてはいなかった。

 

 ――あかんで、土蜘蛛とは……戦ったらあかん!

 

 四百年前。土蜘蛛と遭遇したことのある秀元だからこそ分かる事実がある。

 

 それは――土蜘蛛とは、決して戦ってはいけないということだ。

 

 土蜘蛛は強い。それも桁外れに。他の京妖怪の幹部も軒並み強い奴等ではあるが、土蜘蛛の強さはそれとは一線を画している。下手をすれば、自分たちが倒そうとしている京妖怪の親玉、羽衣狐よりも――。

 自分が四百年前に土蜘蛛を封じれたのも、力による屈服ではなく、言葉による甘言だ。そもそも、それで封じることができたのも一つの奇跡。しかし――奇跡は二度も起こらない。

 既に目覚めてしまった土蜘蛛をやり過ごすには、彼自身が飽きるのを待つまでやり過ごすしかないと、彼は実感としてそれを理解している。

 

 だからこそ、奴良組の無謀に彼はある種の諦めの表情を浮かべていた。

 

 

 

×

 

 

 

「来たぞ! 心せよ皆の者!!」

 

 再び襲いかかってくる土蜘蛛相手に、黒田坊が全員に警戒を促す。

 先ほどは不意を突かれる形で遅れを取ったが、今度はそうはいかぬとばかりに奴良組は陣形を整え、真っ向から土蜘蛛とやり合うことを選択する。

 黒田坊の号令に奴良組の武闘派、遠野勢が武器を構える。

 

「俺が――やる!!」

 

 先陣を切るのは奴良組の大将である奴良リクオ。彼は祢々切丸を抜き放ち、正面から土蜘蛛に斬りかかった。

 だが――そのリクオの刀が届くよりも先に、土蜘蛛の拳がリクオの体を討ち貫く。

 

「若っ!?」

 

 悲鳴を上げたのはつららだった。彼女はリクオの体が貫かれる光景に表情を青ざめる。しかし、そんな彼女に案ずることはないと、黒田坊が声を掛ける。

 

「あれこそ、リクオ様が遠野の地で生み出した奥義――ぬらりひょんの『鏡花水月』だ!!」

 

 そう、貫かれたように見えたリクオは幻。相手の認識をずらすことにより、攻撃を躱すぬらりひょんの鬼憑。

 相手がその幻影に戸惑い、隙を見せている間に本体が刃を届かせる。

 それこそ、その奥義を編み出した奴良リクオの妖怪としての戦い方だった。だが――

 

 

「――ふんっ! 小賢しいわ!!」

 

 

 その幻相手に怯む様子を欠片も見せず、土蜘蛛は空間に向かってさらに拳を突き出す。そして両の手を、まるでムリヤリ扉をこじ開けるようにねじ込み、そのまま勢いよく広げ――奴良リクオの畏を『力尽く』で打ち破る。

 

「なっ――」

 

 鏡花水月の幻が消え、リクオの本体が露になる。自身の畏が打ち破られたことで彼の表情も驚愕に染まっている。まさにその瞬間こそ――リクオが土蜘蛛の『畏』に呑み込まれた瞬間だった。

 

「まずはてめーだ」

 

 呆気にとられるリクオに向かって、土蜘蛛は容赦なく蹴りを打ち込む。蹴り上げられたリクオの体は宙を舞い、彼はそのダメージから血を吐いていた。

 

「まずい!!」

「ああ……あいつを止めんぞ!!」

 

 リクオの畏が通用しなかった事実を前に、イタクが遠野の仲間たちを率い土蜘蛛へと向かっていく。

 リクオにスパルタ教育を施し、白蔵主のときには加勢すらしなかったイタクですら、これはまずいとリクオの救援へと駆け出していた。

 

「リクオ、てめーは下がってろ!! 俺たちがやる!!」

 

 この相手はリクオには早すぎる。自分たちがやらねばと、リクオに後方に下がるように指示を出す。

 

「ふんっ!!」

 

 ところが、そんなイタクたちの意図を完全に無視し、土蜘蛛はリクオに対する攻撃の手を緩めない。宙に舞ったリクオの体を、さらに地面へと叩きつけるため拳を振り下ろす。

 

 土蜘蛛の苛烈な攻撃は続く。動けなくなったリクオの体を掴んでは投げ、掴んでは投げ、殴り蹴り、殴り蹴り。

 執拗に執拗に、徹底的に、一方的に。他の妖怪たちの存在を無視し、リクオだけをひたすらになぶり続ける。

 

「て、てめぇ!! 待てっていってんだろ!!」

 

 自分たちを無視してリクオを攻撃し続ける土蜘蛛に、淡島が激昂しながら飛び掛かる。しかし、援護しようと駆けつける彼らを四本腕で器用に払い除けながら、土蜘蛛はリクオへの攻撃を一向に止めようとはしなかった。

 

「り、リクオ様……」

「いや……いやぁあああああああああああああ!!」

 

 自分たちの大将であるリクオが成す術もなくなぶられる光景に、首無の顔が絶望に染まる。

 つららなど、涙を流して悲鳴を上げていた。

 リクオに忠義心が熱い部下ほど、彼の痛ましい姿に何も出来ずに震え上がっていた。

 

 

 

 これこそ――『百鬼夜行破壊』。徹底的に敵の大将を狙い、なぶり続ける土蜘蛛の『畏』である。

 

 妖怪が百鬼夜行という集団を形成するのは、自らの力をより強く高めてくれる『大将』がいるからだ。強い大将に百鬼が率いられれば、その分だけ百鬼も強くなり、より強固な集団となる。

 

 だが、その集団の大将である百鬼の主が崩れれば?

 

 百鬼夜行はただの烏合の衆となり、どのような強者がいようと力を発揮できなくなってしまうのだ。土蜘蛛は本能的にリクオがこの百鬼の主であると嗅ぎつけ、集中的にリクオを攻撃し続けている。それにより、首無もイタクも普段の強さを発揮できず、土蜘蛛に抗う術を失くしてしまったのだ。

 

 もしも、リクオが土蜘蛛の攻撃に耐え切ることができていれば、自身の畏を保つことができてさえいれば。事態は全く違った方向へと変わっていた筈だっただろう。

 

 

 

 これから起きる、彼女の運命さえも――。

 

 

 

×

 

 

 

「くっ……」

『おい、おい! しっかりしろ、カナ!! 大丈夫か!?』

 

 土蜘蛛と奴良組が争っている現場から、少し離れた場所。

 ようやく意識を取り戻した狐面の少女――家長カナを瓦礫を押し退け、二本の足で立ち上がる。未だダメージを引きずっているのか、おぼつかない足取りの彼女に、面霊気のコンが声を掛けている。

 

 カナもリクオたち同様、土蜘蛛の強襲を受けた。天耳と他心でその接近にこそ気づいてはいたが、土蜘蛛が放つ強烈なプレッシャーに呑まれ、彼女は初動が遅れてしまっていたのだ。

 それでも、カナは奴良組と一緒に土蜘蛛と戦った。槍での接近戦では分が悪いと感じ、天狗の羽団扇で上空から強風を送り込み、土蜘蛛の動きを封じようと試みる。

 

 だが、無駄だった。

 

 全力で羽団扇を扇ぐも、土蜘蛛の巨体を浮かせることも出来ず、僅かにその動きを鈍らせるだけ。その風を鬱陶しく思った土蜘蛛の反撃――瓦礫を適当に投げつけられ、カナは上空から撃ち落とされてしまった。

 それは只の石礫ではあったが、土蜘蛛の剛腕から繰り出される礫の威力はもはや弾丸に近い。普通の人間であれば体を撃ち抜かれ、絶命していたことだろう。

 

「う、うん……私は大丈夫、だけど…………」

 

 しかし、カナは五体満足でその場に立てていた。これは彼女の装備――巫女装束のおかげでもある。

 カナの着ている巫女装束の衣装は、春明が彼女の為に特注で造り上げた式神だ。その内部には精巧に編み込まれた術式が組み込まれており、並みの妖怪の攻撃ではビクともしない防御力が付与されている。また『巫女が纏う衣装』という概念にも意味があり、その神聖なイメージが一つの『結界』を維持する仕組みにもなっている。

 だがその結界の力を以ってしても、完全に土蜘蛛の攻撃を殺しきることができず、その守りは装備者である家長カナにしか効果を発揮しない。

 

「ハクの……形見が、天狗の羽団扇が……」

 

 カナが持っていた他の装備――天狗の羽団扇など、土蜘蛛の石礫の直撃をモロに受け、穴だらけになってしまっている。これでは風を起こすこともできず、カナは恩人の忘れ形見をこんな風にしてしまった罪悪感にうなだれる。

 

 ――ごめんね……ハク。けど、今は――!!

 

 しかし、しょんぼりと気落ちするのも僅か数秒。カナはすぐに気持ちを切り替え、目の前の惨状に向き直る。

 

 

 そこは土蜘蛛の独壇場だった。

 

 

 既にリクオは戦闘不能。その体は地面に横たわっており、土蜘蛛も彼をなぶるのを止めて標的を他に移していく。

 

「お前……旨そうだな」

 

 と、適当に目に付いた相手を指さし、手に持ったキセルで叩き潰す。

 

「出しゃ張んな」

 

 真っ向から向かってくる相手を邪魔と押し退け。

 

「次はそこの……おめーだ」

 

 獲物を選り好みする狩人のように、一人ずつ指定しながら順に叩き潰していく。

 まさに 圧倒的強者の余裕。

 雄叫びを上げながら、土蜘蛛は一方的に奴良組を蹴散らしていく。

 

「そんな! こんなことって……!!」

 

 その光景にカナ絶句するしかなかった。

 修行で身に着けた自分の力どころか、奴良組の強さが全く通用しない。

 これが京妖怪、これが土蜘蛛、これが――本当の妖同士の潰し合い。

 

『やべー! やべー! やべーって!!』

 

 この状況には、さしもの面霊気ですら騒がずにはいられなかった。普段であれば、彼女はカナの意思を尊重し、変装中はほとんど口を出してこない。そんな彼女が周囲に声を聞かれる可能性すら考慮に入れず、大声でカナに警告を促しまくっている。

 

『カナ、今すぐ逃げるぞ!! あれはマジもんの化け物だ!! あたしたちでどうにかなるような相手じゃねぇ!!』

 

 面霊気は何よりも最優先にカナの安全の確保、この場からの離脱を提案する。土蜘蛛との実力差、壊滅状態の奴良組の現状を鑑みれば、それは正しい決断であった。だが――

 

「で、でも!?」

 

 当然、カナにそんな選択肢がとれるわけもない。自分一人だけがこの場から逃げるなど、そのような裏切り行為、カナの心が絶対に許容できない。

 

『じゃ、じゃあ……あれだ!! 奴良リクオを連れて離脱しろ!! 今なら、あいつだけでもここから逃がすこともできるだろ!?』

 

 首を縦に振らないカナに対し、面霊気は妥協案としてリクオと共にこの場から離れることを提案する。

 

 今、土蜘蛛の意識はリクオから離れている。既に倒したと思った相手に興味を抱かないのか、土蜘蛛は他の妖怪を潰すことに夢中になっている。

 リクオが生きていることはカナが既に天耳で確認済みだ。リクオの心臓の鼓動、呼吸音がしっかりと聞こえていたことから、カナはリクオが無事であることを悟り、ほんの少し落ち着きを取り戻している。

 そして、彼女の他心を使えば土蜘蛛の敵意の隙間を縫い、リクオだけでもここから連れ出すことができるだろう。彼を連れて逃げれば、奴良組の連中も感謝こそすれど恨みはしないだろうと、そういった打算的な考えも面霊気にはあった。しかし――

 

「……ごめん。それもできないよ」

 

 カナはそれでも首を横に振る。

 

「リクオくんを守りたい……けど、リクオくんだけを守っても意味ないんだよ」

 

 カナはリクオを守るため、あの日の約束を果たすために彼の百鬼夜行に入ることを決意していた。しかし、カナが守りたかったもの、守ろうと決意したものはリクオの命だけではない。

 

 彼を取り巻くもの全て――。

 

 リクオの命、リクオの人としての生活、リクオの妖怪としての生き方、彼の周囲を取り巻く人々。

 それら全てを守りたい、守らなければ意味はないのだと、彼女は強く自身に言い聞かせていた。

 

「だから――!!」

 

 だからこそ、カナは『逃げる』ことだけはしなかった。

 たとえ無力でも、たとえ無謀とわかっていても。

 彼女はリクオの為にできることはないかと、土蜘蛛が暴れている火中にその身を投じようとしていた。

 

『! させねぇっ――!!』 

 

 カナの決意のほどを見誤っていた面霊気は、そこに来てようやく彼女の『覚悟』を理解する。

 彼女は本気だ。彼女は本気で――リクオの為ならその命すら惜しくないと思っている。

 面霊気はそんなカナを制止しようと、妖怪としての本領を発揮した。

 

「――これは……!?」

 

 駆け出そうとしていたカナの体が、前のめりの状態で固まる。その制止はカナ自身の意思ではなく、彼女が身に着けている面霊気の力による妨害だった。

 

『へ、へへ……驚いたか? あたしだって妖怪なんだ? その気になれば、相手の体を乗っ取るくらいの芸当はできるんだぜ!!』

 

 得意げな面霊気の言葉がカナの耳元に囁かれる。

 面霊気は古びたお面が付喪神に姿を変えたもの。手足を待たない妖怪である面霊気は、自分自身が肉体を持たない反動故か『自分を装着した生物の肉体を乗っ取る』という能力を自然と身に着けていた。

 カナのように神通力の心得を持つような人間の肉体を丸ごと乗っ取ることはできないにせよ、その動きは制止するくらいのことは可能だ。

 その力でカナの動きを阻害し、面霊気はさらなるカナの説得を試みようとする。

 

『なあ、カナ……お前はよくやってるよ。でも、これ以上お前が傷ついてまで――――』

 

 だが――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、コンちゃん……後で、兄さんにも謝っといて――」

 

 

 面霊気をコンちゃんと優しく名前で呼び、ここにはいない春明への謝罪の代理を頼む。

 そして、カナは自分の動きを阻害する面霊気。自身の正体を隠す為に必須となる最後の砦。

 

 

 

 それを――勢いよく剥がし投げ捨て、駆け出していた。

 

 

 

×

 

 

 

「竜二。作戦変更や。祢々切丸を回収する」

「なっ……何言うとんねん、秀元!?」

 

 奴良組の惨状を目の前に冷静に言の葉を紡ぐ秀元に向かい、ゆらは憤る。

 秀元はゆらがリクオを助けようと、土蜘蛛へ攻撃を加えようとしたことすら戒めた。相手は土蜘蛛――神や仏も妖も、全てを喰らう大妖怪。ヤツとまともに戦って勝ち目などないと、ゆらに厳しく言い聞かせる。

 

 そして――戦っている奴良組を見捨て、自分たちだけでも羽衣狐を討伐できるよう、祢々切丸の回収を竜二に頼んでいた。

 

「…………」

 

 流石の竜二もその提案には仏頂面を浮かべていた。しかし直ぐに割り切り、奴良リクオの下へ駆け出す。倒れたリクオに無断で、祢々切丸を回収するために。

 

 秀元の火事場泥棒のような行いに、ゆらは非難の目を向ける。つい先ほどまで、あれだけ共闘しようと声を掛けていた相手をあっさりと見捨て、自分たちだけ逃げようなどと。

 ゆらの持つ正義感、友達であるリクオを思う彼女の心がそれを良しとしなかった。

 

「最悪な状況は避ける。ゆらはすぐにここから離れろ」

 

 だが秀元は取り合わない。土蜘蛛はそのような甘っちょろい考えが通じる相手ではないと、未熟なゆらに代わって合理的な判断を冷徹に下す。

 自分たちの目的はあくまで羽衣狐、土蜘蛛を相手にする必要はない。

 想定しうる上で最悪な状況、『破軍』と『祢々切丸』を失うのは避けるべきだと、ゆらに急ぎ避難を促していた。

 

「でも……でも……!!」

 

 秀元の言葉にゆらは泣きそうな表情で叫ぶ。

 確かに今の自分たちにできることはない。けれど、だからといって逃げるなどと――。

 ゆらは、目の前の惨劇を放ってはおけない陰陽師としての義務と、土蜘蛛の力を前に何もできない現実に板挟みに陥る。その感情のせめぎ合いがゆらの足を止め、その場に留まらせていた。

 

 そして、そんな彼女の耳元にその声がクリアに響く。

 

「――次はおめぇだ、女」

「!! 及川……さん?」

 

 土蜘蛛が、次の獲物として雪女の及川つららを指さしていた。

 リクオが殺されたと思い、呆然自失と立ち尽くしている彼女に――。

 

 

 

 

 

 ――よくも!! よくも、リクオ様を!!

 

 土蜘蛛に獲物として指定されたつららはそれにより我を取り戻し、その表情を憎悪に染め上げる。

 

 彼女はリクオが徹底的になぶられる光景に何も出来ずにいた。敬愛すべき主――何よりも愛おしい人が自分の手の届くところで敵に容赦なく叩き潰される。そのような光景をさまざまと見せられ、つららの心は脆くも崩れ去る。 

 そして――つららはリクオが土蜘蛛に殺されたと思い込み、悲しみに泣き崩れた。

 リクオがいなければ自分には存在する価値すらないと、感情を空っぽにその場に立ち尽くす。

 

 しかし、土蜘蛛に「お前の番だ」と指摘されたことで、つららの心の奥底から怒りがこみ上げてくる。

 

 ――コイツが! コイツが、リクオ様を!!

 

 目の前の化け物が、自分からリクオを――愛しい人を奪った。その憎悪が、憤怒がつららを突き動かす。

 

「リクオ様の――カタキィィィィィィィィィ!!」

 

 主を守れなかった自分に出来ることなどもうない。ならばせめてコイツだけは、コイツだけは刺し違えてでも殺さなければと、つららは激昂しながら自らの畏を全開に、土蜘蛛に立ち向かっていく。

 

 しかし、虚しいかな。

 

 リクオや首無、黒田坊やイタクといった彼女以上の強者がどうにもできなかった以上、つらら一人で土蜘蛛に抗えるわけもなく。つららの呪いの吹雪『風声鶴麗』は土蜘蛛の腕をほんの数秒凍らせるだけ。

 

 そのまま、土蜘蛛の迫る拳がつららに襲いかかる。

 

 敵の拳が自身を討ち貫かんとする光景を、走馬灯のようにスローモーションに見据えながらつららは思う。

 

 ――ああ、リクオ様……。

 ――今……お側に参ります。

 

 リクオがいないのならば、この世に未練などない。

 彼の仇を討てなかったことを不甲斐なく思いながらも、つららはこれでリクオの側に逝けると。

 自らの『死』を受け入れる覚悟で、土蜘蛛の拳を前に立ち尽くす。

 

 

 だが――

 

 

「――逃げてぇ!! 及川さぁぁぁああああああああああああん!!」

 

 誰かがその名を叫びながら、自分の下へと駆けつけてくる。

 

 及川つららの及川は偽名だ。彼女がリクオの護衛の為、人間社会に潜む便宜上の苗字として付けたものに過ぎない。奴良組内で自分のことをその名で呼ぶものなどおらず、つららはこんな状況でありながらも、そのことを不思議に思いながら、自身の偽名を叫んだ人物が迫る方向を振り返っていた。

 

 

「――――――――――――――――――――――――えっ?」

 

 

 そこで、つららは絶対にあり得ない人物の『顔』を目撃する。

 その刹那、つららはリクオの死すら忘却し、思考すら放棄してその人物の鬼気迫る表情に釘付けになっていた。そのあり得ないことに対し、何故などという疑問を浮かべる暇もなく――。

 

 その人物はつららを突き飛ばし、土蜘蛛の拳の直撃を彼女の代わりに受けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――なっ、な……んで?」

 

 そのインパクトの瞬間をゆらは目撃していた。土蜘蛛の拳がつららへと放たれる、まさにその時。

 彼女、巫女装束の少女が、つららと土蜘蛛の拳の間に割って入って来た。

 

 つららの身を庇い、彼女の代わりに――あの少女が土蜘蛛の拳の直撃をその身に受けていた。

 

 宙を舞う、少女の体。

 

 その光景にゆらは言葉を失う。

 

 自分を何度も助けてくれた恩人が無残に散る姿に? いや、違う!

 自分が何も出来ずにいたところを助けに動いた少女の勇気に感動して? 勿論、違う!

 

 少女は――常に身に着けていたあのお面を、狐面を付けていなかった。

 土蜘蛛に襲われたときにでも外れてしまったのか、少女はその素顔を堂々と晒していた。

 

 その仮面の下の素顔に――――ただただ困惑を隠しきれずにゆらは立ち尽くす。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――っ!!」

 

 土蜘蛛に殴り飛ばされた巫女装束の少女。彼女の体が鮮やかに宙を舞う。

 

 如何に巫女装束に防御的な力が付与されていようと、結界が施されていようとも、土蜘蛛の攻撃をまともに喰らって無事でいられる筈もない。

 

 彼女は全身に耐え難い苦痛、ダメージを抱えたまま受け身すらまともに取れず、地面へと落ちていく。

 幸運か、それとも不幸か。そんな彼女の身を受け止められる場所に彼が――奴良リクオがいた。

 

 土蜘蛛の攻撃を耐えきり、今にも倒れてしまいそうなほどに全身が血だらけになりながらも、彼はそこに立っていた。そこに立ち、巫女装束の少女の体を抱きとめる。

 

 

「お、おい……しっか――――――――――――――――」

 

 

 リクオは、自分自身も満身創痍でありながら少女の身を案じる。

 自分を何度も救ってくれた少女、己の百鬼夜行に入る一歩手前だった彼女に呼びかけ――

 

 

 そこでリクオは絶句する。

 

 

 いつも、狐面でその素顔を隠していた少女。

 その少女の顔が、あらわになっている。

 

 

 その顔は、その顔は――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か……かな…………ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、なんて――なんて見慣れた、少女の顔なのだろう。

 

 いつも自分の側にいた。居て当たり前だと思っていた顔。

 

 こんなところに、こんな戦場に居てはいけない筈の――幼馴染の姿がそこにはあった。

 

「な……なん、で? なんで…………なん……」

 

 奴良リクオは呼吸が止まる思いで彼女に見入る。

 リクオは、まともな言葉一つ吐き出せずにいた。

 

 だって、おかしい。こんなところに、こんな危険なところに彼女がいる筈がないのにと、目の前の現実を受け入れられないでいる。

 

 だが――

 

 

「……り、リクオくん……」

「――!!」

 

 

 その瀕死な口から、いつものように自身の名を呼ぶ幼馴染の声が聞こえた。

 狐面を付けていた時は微塵も気づけなかったが、それは確かに彼女の声だった。

 

「…………及川さんは…………ぶじ?」

 

 自分が重傷でありながらも、カナは庇った相手であるつららの無事をリクオに問いかける。

 

「あ、ああ!! 無事だよ、無事だから!!」

 

 彼女の問いに、リクオは首を必死に頷かせて答える。

 カナが庇ってくれたおかげで、つららは土蜘蛛の攻撃から無事逃れていた。

 

「そう…………よかった……」

 

 リクオの答えに、カナはにっこりと笑顔で微笑む。

 だが不意に、その表情を曇らせ心底申し訳なさそうに彼女は口を開く。

 

「リクオくん…………………」

 

 苦痛に呻きながらも、その言葉を彼女は口にする。

 

 

 

 

「ごめんね」

 

 

 

 

 それは何に対する謝罪だったのだろう。

 それっきり、力尽きたようにカナは気を失う。

 

 彼女が気絶するのとほぼ同時に、それまで真っ白だった彼女の髪が元の茶髪へと戻っていく。

 妖気など欠片も感じない。そこにいたのは只の人間の少女。

 いつもリクオの側で笑いかけてくれていた、少女――家長カナだった。

 

「カナちゃん!? カナちゃん!!」

 

 その顔を覗き込みながら、彼女の名を呼びかけるリクオ。

 そんな彼の必死な呼びかけに応えることもなく、カナの瞼は閉じられたままだ。 

 

 

「あ……? あ、ああ…………………!」

 

 

 リクオの口から嗚咽が零れ落ちる。彼の瞳からは――涙が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――てめぇぇは? ……んだよ。まだ生きてやがったのかぁあ!?」

 

 立ち尽くすリクオに向かって、土蜘蛛が歩み寄って来る。

 あれだけ叩き潰し、息絶えたかと思い込んでいたリクオがそこに立っていた。その事実に土蜘蛛は不思議そうに首を傾げる。

 しかし、土蜘蛛の挙動に目を向けることもなく、リクオは口元の血を拭いながら堂々と吐き捨てる。

 

「てめぇが……殺しそこねたんだろ」

 

 そして、周囲の妖怪たち――自分の百鬼夜行の傷つく姿を目に焼き付けながら言う。

 

「アイツらは『俺』の部下だ……俺の畏についてきた奴らなんだ。『ボク』が生きているうちは、アイツらに手を出すんじゃねぇよ……」

 

 つい先刻、秀元たちがこの地に再度を施した封印の影響が、ここに来てようやく発揮されたのだろう。

 充満していた妖気が晴れ渡り、雲の隙間から日の光が差し込めていく。

 それに伴い妖怪の力は弱体化するが、それは同時に奴良リクオの夜の姿が終わることを意味していた。

 

 今、まさにこの場は昼と夜の境界線の中にある。

 そんな中、奴良リクオは『俺』と『ボク』との人格のせめぎ合いに立たされている。

 

 しかし、それにも構わずリクオは叫んだ。

 

「なにより……この子は人間なんだよ!!」

 

 自分の腕の中で眠る少女の手を握りながら、彼は涙を拭う。

 その瞳に怒りを宿しながら、喉元から込み上げてくる激情を発露しながら――。

 

「アイツらや、この子に手を出すってんなら――俺を殺してからにしろ!!」

 

 リクオは獣のように吠え、その身を熱く焦がしていた。

 

 

 

「――くそったれぇええええええええええええええええええええ!!!」

 

 

 

 




カウントダウンの答え。
 ●●が●●するまで
   ↓
『カナの正体』が『リクオにバレる』まで――。


今回の話から、リクオを始め、多くの人々がカナの正体を知ることになります。
そのリアクションも楽しみにしながら、続きをお持ちください。

 

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