家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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ゲゲゲの鬼太郎・最新話『妖怪いやみの色ボケ大作戦』。

朝から大爆笑のカオス回!! 鬼太郎ファミリー総出のお祭り回でしたね!!
鬼太郎が敵の術にかかっておかしくなるのはいつものことながら、まさか……マナちゃんまでもがおかしくなるとは……。
しかもその色ボケが異性にいかず、猫娘の方に傾くとは……いかにもマナちゃんらしい!
男どもの扱いに容赦のない猫娘でも、流石にマナちゃんを殴り飛ばすわけにもいかず、紳士な対応……男前すぎるぞ、猫娘!
でもやっぱり、最後は乙女……彼女の恋の行く末も気になるところです。

次週がヤマタノオロチ、その次の回にいよいよ最後の四将『玉藻の前』が出てくるようです。前編と後編に別れて放送されるそうですが、果たして真の黒幕は登場するのか?

まだまだ、ゲゲゲの鬼太郎から目が話せません!!



第六十二幕 リクオの咆哮、廃墟にて木霊する

 東京――浮世絵町。関東任侠一家、奴良組本家。

 

「はっ、はっ!」

 

 奴良組の総大将、ぬらりひょん。彼はリクオたちを京都へと送り出した翌日の日中、庭先で爽やかな汗を流していた。何度も何度も木刀を素振りし、長年の隠居生活で鈍った身体を一から叩き直している。

 

「羽衣狐復活の報を聞いてからずっとあの調子ですよ、総大将は……」

「気がはやるのですな……無理もない」

 

 そんな総大将の姿を茶の間から覗き込んでいたのは二人の幹部――カラス天狗と木魚達磨だった。彼らは自分たちの大将が連日連夜、あのように訓練に精を出している光景を何度も目撃している。

 

「京妖怪が都を手にすれば、いずれ我ら奴良組にも牙を剥くことになるでしょうからな……」

 

 カラス天狗がポツリと呟く。自分たちの主がああまで訓練に精を出す理由。それは全て――羽衣狐の侵攻に備えてのことだろうと、二人は考えていた。

 

 かつて、奴良組はぬらりひょんが惚れた女・珱姫を救うため、羽衣狐と敵対した。結果として、彼らは羽衣狐を討伐し、その野望を意図せずして挫くこととなった。

 京妖怪はそのことで深く奴良組を憎むようになり、以来四百年間、幾度となく奴良組との間で小競り合いを起こすようになっていた。

 その大半はリクオの父親である鯉伴の手で何度も解決された。だが、頼みの綱である彼はもういない。

 それに鯉伴は今まで、『羽衣狐の復活』そのものを阻止してきた。

 もし、羽衣狐率いる京妖怪の百鬼夜行と直接ぶつかるならば、それは未知の領域――どのような結果になるか、誰にも予想ができない。

 

 ぬらりひょんは、そんな不測な事態に少しでも対抗できるよう、今から老体である自身の体に鞭を打っている。しかし、本来ならばとっくに引退している彼の今の力量ではそれも厳しいだろう。

 

「う~む……やはり、止めるべきじゃったか? 未だ発展途上のリクオ様では……」

 

 カラス天狗はそんな現状を前に、リクオを先だって京都の行かせてしまった判断に頭を悩ませる。

 わざわざ奴良組名物・空中要塞宝船まで貸し与え、ぬらりひょんはリクオの京都行きを認めてしまった。だが、リクオはまだまだ成長の途中だ。

 遠野で己の、ぬらりひょんの畏をある程度使いこなせるようになったとは聞くが、それでも彼は父親である奴良鯉伴の領域には達していないだろう。

 

「陰陽師の娘を助けるなど、また人間の血の悪い癖ですな……」

 

 木魚達磨はリクオが京都に行くことを決意した理由の一つ。『花開院ゆらを助ける』という行為に難色を示す。彼は奴良組の幹部として、未だにリクオの『人間を守る』という考えを完全に理解できずにいた。

 

「……ん? そういえば、四年前……リクオ様が妖怪として覚醒したのも人間のためでしたな」

 

 それに関連してか、木魚達磨は茶を啜りながら、唐突にそのことを思い出していた。

 

 

 そう、あれは四年前。リクオが未だ己の中にある妖怪の血を見出していなかった頃だ。

 彼は友達を――人間の娘を助けるためと、配下の妖怪たちに呼びかけ、それに対し、木魚達磨が真っ向から反対していた記憶がある。

 

『――なりませんぞ! 人間を助けに行くなど……言語道断!!』

 

 当時、ほとんど人間であった奴良リクオに不信感を抱いていた木魚達磨は、そう言って彼の考えを斬り捨てた。かつて、ぬらりひょんが同じように珱姫のために動いたことを忘れ、彼はリクオを糾弾していた。

 だが、そんな木魚達磨の叱責に幼いリクオは激怒した。

 

『時間がねぇーんだ! おめーのわかんねぇ理屈なんて聞きたくねぇんだよ、木魚達磨』

 

 その瞬間、リクオの中の血は覚醒した。夜の姿――妖怪の姿となり、自分を睨みつけてくる彼の眼差しを、今でも木魚達磨は鮮明に覚えている。

 

 その眼差しが、若かりし頃のぬらりひょんに瓜二つだったことを――。

 

 そして、リクオは人間たちを助け、謀反を起こしたガゴゼを斬り捨てた。その堂々たる姿を人間やしもべの妖怪たちに見せつけ、彼は宣言したのだ。

 

 自分が妖怪の総大将――魑魅魍魎の主になると。

 

 その勇姿をまじかで見ていた木魚達磨は戦慄した。人間たちも、彼の姿に自然と膝を折っていたようにすら思えた。

 

『この達磨……知っていながら今気付いた』

 

 そう、妖怪は人々に『おそれ』を抱かせる存在。だがガゴゼのように、ただ人を襲い怖がらせる恐れなど、たかが知れている。

 真の闇世界の主は――人々に畏敬の念すら抱かせてしまうほどの、真の『畏』をまとうものなのだと。

 リクオの幼い後ろ姿に、木魚達磨は久しく忘れていた『妖怪の主』としての在り方を垣間見ていた。

 

 

「あれから四年。リクオ様も成長なされましたな……」

 

 あれ以来、木魚達磨はリクオが三代目を継ぐにあたり、否定も肯定もせず、彼の成長を黙って見守って来た。

 木魚達磨自身、未だにリクオの器を図りかねている。彼が真に自分たち妖怪の主に相応しい相手がどうかは、おそらく、この京都との戦いで見定められるだろう。そのような考えを抱いていた。

 

「あの時……リクオ様が妖怪となるきっかけとなった人間の娘。名は確か…………」

 

 木魚達磨はそこで、リクオが覚醒するきっかけとなった友人の少女のことを考える。リクオの幼馴染だという人間の娘。何度か遠目から見たことはあるが、流石にすぐには名前を思い出せないでいた――

 

 

 そんなときである。記憶を整理していた木魚達磨の下に、突如として突風が吹き荒れたのは。

 

 

「な、何事じゃあ!?」

 

 その風は外から伝わって来た。カラス天狗と木魚達磨は大慌てで障子をあけ放ち、風の発生源――ぬらりひょんが鍛錬している庭先へと飛び出していく。

 

「そ、総大将!! いったい何が――!?」

 

 屋敷の外へ飛び出したカラス天狗と木魚達磨はぬらりひょんに呼びかけ、そこで言葉を失う。

 

「…………」「…………」「…………」

 

 庭先には総大将――そして、見慣れぬ沢山の天狗妖怪たちが屋敷を取り囲むように集まっていた。十から二十はいるだろう。武器などを構えてはいないが、どこか緊迫した空気で庭にいるぬらりひょんに視線を集中させる天狗たち。

 

「ま、まさか――京妖怪!!」

 

 その光景にカラス天狗が絶句する。

 天狗の集団――先ほどまで木魚達磨としていた会話の流れから、真っ先に思いついたのは京妖怪の一人、鞍馬山の大天狗だ。

 

「こ、このタイミングで奇襲だと!? い、いかん! 総大将!!」

 

 かつて自分たちと戦った羽衣狐の側近でもある天狗妖怪。彼らの刺客が手薄となった屋敷に直接攻めてきたのかと、二人の幹部は額に汗を滲ませる。

 しかし、天狗たちに囲まれている当の本人、ぬらりひょんは平然とした表情で二人に声を掛ける。

 

「心配するな……カラス天狗、達磨」

 

 彼は自分を取り囲む天狗たちの一人――そのリーダー格と思われる小柄な老人に目を向けていた。

 遠い昔を懐かしむよう、口元に笑みを浮かべながら、相手の名を呟く。

 

「懐かしい、見知った妖気じゃ……………なあ、太郎坊よ?」

 

 

 

 

 

「た、太郎坊ですと!!」

 

 総大将が紡いだその名前に、木魚達磨が叫ぶ。

 富士山太郎坊。かつて、ぬらりひょんと袂を分かった彼の百鬼夜行の一人。あれから四百年間――ほとんど音沙汰なかった彼が自らの組――富士天狗組を率いて現れたのだ。

 その姿は四百年前の大男が見る影もなく、白いひげを蓄えた小柄な老人になっていたが、確かに言われてみればその妖気は富士山太郎坊、その人のものである。

 

「――ふん……久しぶりだな、ぬらりひょん。随分見かけないうちに老けたものだ、貴様も……」

 

 名前を呼ばれた太郎坊は、あの頃から何一つ変わらぬ言葉遣いでぬらりひょんに声を掛ける。彼はふわりと地面に着地し、視線をカラス天狗と木魚達磨の方へと移す。

 

「貴様らも久しぶりだな、木魚達磨。そっちの小っこいのは……よもや鴉天狗か?」

 

 変化のない木魚達磨に向かって鼻を鳴らし、変わり果てたカラス天狗の姿に眉を顰める。

 

「随分と縮んだな…………この四百年の間に何があったのだ、貴様は?」

「や、やかましいわい! 太郎坊、お前こそ今更どの面下げて総大将の前に……!」

 

 カラス天狗は身長のことを指摘されながらも、太郎坊に言い返す。これまでずっと、総大将に顔すら見せなかった無礼を咎めながら、今更になって姿を見せた彼に憤慨する。

 

「しかもだ! あのような小娘をリクオ様の下に差し向けて、いったい何を考えている!!」

 

 さらにカラス天狗は例の娘――狐面の少女についても言及した。

 リクオの窮地に幾度となく駆けつけた謎の少女。彼女は富士天狗組の代紋が入った羽団扇を所持していた。それにより、彼女が富士天狗組の所属だと考えたカラス天狗は、太郎坊の思惑に疑心暗鬼を膨らませる。

 いったい、何を企んであのような小娘をリクオの下へ遣わせたのか、その真意を問う。

 

「ほう……貴様とも顔合わせを済ませたのか。……成程、思った以上に奴良組と深く絡んでいるようだな。アイツも抜け目ない、くくく……」

 

 しかし、問われた太郎坊はどこか面白そうに少女の話に微笑を浮かべ、全く別の話題をぬらりひょんに振る。

 

「話は聞いているぞ、ぬらりひょん。貴様の孫――奴良リクオと言ったか? 京都の地で羽衣狐たちと戦っているとのことだが?」

「ほう? だったら、どうだというんじゃ?」

 

 おそらく、狐面の少女経由でその話を耳にしたのだろう。太郎坊の真意が読めず、ぬらりひょんはズバリと彼の目的を問いただす。

 すると、太郎坊はその問いに何でもないことのように答えて見せる。

 

「なに、貴様がもしもその戦いを見届けるつもりなら……ワシも一緒に付いて行ってやろうかと思ってな」

 

「…………」「…………」

「……どういう風の吹き回しじゃ?」

 

 これにはカラス天狗、木魚達磨。流石のぬらりひょんも目を丸くしていた。

 

 四百年前。珱姫を迎えることに真っ向から反対していた、人間嫌いの太郎坊。

 そんな彼が四百年後、その珱姫の孫である奴良リクオの戦いを共に見届けようと言ってきたのだ。

 

 その心変わりに、ぬらりひょんたちは純粋に首を傾げる。

 そんな彼らの疑問に、太郎坊はどこか遠い目をして答える。

 

「ワシも……見届けたくなったのよ。あの娘の行く末――その先の未来をな……」

 

 そう呟きながら彼は空を見上げ、関西の方角へと目を向けていた。

 

 

 

 今頃、リクオの側で戦っているであろう狐面の少女――家長カナのことを思いながら――。

 

 

 

×

 

 

 

 ――みんな……やられちまったのか?

 

 奴良リクオは周囲の惨状を見渡す。

 

 悉く廃墟と化した伏目稲荷神社周辺。自慢の百鬼夜行が崩れ、大切な仲間たちが傷つき倒れている。

 彼はその腕の中に、土蜘蛛に殴り飛ばされ、重傷を負った幼馴染の少女――家長カナを抱いてる。

 

 ――ふざけんな! させねぇ! 

 

 リクオはカナの手を強く握りながら、その身から迸る激情に熱く魂を焦がしていた。

 

 ――これ以上、カナちゃんに! 俺の百鬼夜行に――手を出すんじゃねぇ!!

 

 優しくカナを地面に横たわらせ、再び祢々切丸を手にする。

 そして無謀にも、リクオは土蜘蛛へと真っ向から立ち向かっていく。

 

 既にその身が――ほとんど人間に戻りかけていると、気づくこともなく。

 

 

 

 

 

 

 

「リクオ様……!」

「ちょっ、人間に戻ってない?」

 

 首無と毛倡妓が土蜘蛛に突貫していくリクオに声を張り上げる。既に辺り一帯の妖気が晴れ渡り、リクオの体は昼間の姿――人間のそれに戻りかけていた。

 人間の状態では禄に戦うことも出来ない。それが奴良組による共通の認識だった。

 

「無茶だぜ、リクオ! てめーの畏は土蜘蛛に通用しなかっただろうが!!」

 

 彼の無謀には鎌鼬のイタクも叫んでいた。彼も妖気が薄くなったことで小さなイタチへと変わり、隣の淡島も男の姿になっている。彼らはそれでも戦うことができるが、リクオは只の人間だ。

 妖怪のときですら敵わなかったリクオの畏が、人間の状態で通じるわけがない。

 

 ただでさえ、土蜘蛛は強敵。たった一人で百鬼夜行を壊滅させることのできる怪物だ。

 妖怪の技は恐怖で決まる。土蜘蛛が、人間程度に畏を抱くなどあり得ない。

 

「突っ込むな!! リクオ!!」

 

 その無謀を止めようとイタクと淡島が駆け出していたが、もう間に合わない。

 

 繰り出される土蜘蛛の拳とリクオの斬撃。

 真正面からぶつかったときの勝敗など、火を見るより明らかだっただろう。

 

 しかし――

 

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 

 雄たけびを上げながら繰り出されるリクオの一撃。

 

 その一撃が――土蜘蛛の拳を躱し、見事にその小指を斬り捨てていた。

 

 

「ム」

 

 

 これにはさしもの土蜘蛛も驚いて動きを止めていた。次の瞬間――

 

 傷口から血が流れると同時に、土蜘蛛の妖気が勢いよく噴き出す。

 祢々切丸で出来た傷口から、彼の畏が急速に抜け落ちていく。

 

 これこそ退魔刀である『祢々切丸』の力。

 羽衣狐を討伐する為に必要となる、陽の力の本領である。

 

 

「……り、リクオ様……!!」

「斬った!? 土蜘蛛を……斬った――ッ!」

 

 かすり傷とはいえ、初めて目に見えて出た戦果に奴良組の妖怪たちがどよめき出す。鈍っていた奴良組全体の士気も、その勢いを盛り返す。

 

「なんだ……こりゃ?」

 

 一方の土蜘蛛は戸惑っていた。彼にとって小指を斬られる程度は大した痛みではない。だがその傷口から妖気が抜け落ちていく、という体験は初めてのものだった。

 その摩訶不思議な感覚に、土蜘蛛はその動きを鈍らせる。

 

「ぐっ……まだだ!」

 

 その隙を突くかのように、再びリクオは土蜘蛛へと斬りかかる。この好機を逃してなるものかと、祢々切丸を振りかぶった。

 

「……ふん!」

 

 そんなリクオに向かって、土蜘蛛は戸惑いつつも無造作に蹴りを繰り出す。その蹴りはリクオにクリーンヒットし、その小さな体を無残にも踏みつぶした――かのように思われた。

 

 だが、そのリクオは幻影。『鏡花水月』によって生み出された認識のずれである。

 

「こ、これは……リクオ様の畏!?」

「土蜘蛛のやつ……効き始めたぞ!?」

 

 先ほど破られたぬらりひょんの畏、鏡花水月が再び効き始めたことに驚きを口にする奴良組の妖怪たち。

 リクオの技が通じたということは、土蜘蛛がリクオに対して畏を抱いたということだ。

 夜の姿でも昼の姿でもない。人と妖怪の境界で揺れ動く曖昧な今のリクオに対し、彼が怯んだという何よりの証拠であった。

 

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 

 その勢いに乗り、リクオはさらに土蜘蛛へと刃を振りかざす。

 

 だが――

 

 

「調子に乗るな」

 

 

 そんな勢い一つで攻略できるほど、土蜘蛛は甘い相手ではなかった。再度リクオの畏を破り、土蜘蛛はリクオの本体に肘を叩きつける。

 

「がはっ!」

 

 今度は鏡花水月で躱すことができず、リクオは土蜘蛛の攻撃をモロに喰らってしまった。血を吐いて倒れ伏すリクオを守ろうと、周囲の奴良組が一斉に動き出す。

 

「リクオ様を守れ!!」

「おお――!!」

 

 首無が、黒田坊が、毛倡妓が、河童が――。

 猩影が、邪魅が、つららが――。

 納豆小僧や、小鬼、手の目、豆腐小僧までもが――。

 

 再び立ち上がったリクオを守ろうと、自らの身を奮い立たせる。

 

 しかし、土蜘蛛の畏――『百鬼夜行破壊』で崩れた百鬼を立ち直らせるのは容易ではなく。

 それを理解しているからか、遠野勢は加勢することができず。

 

 

「――ふぬぁあああああああああああ!!」

 

 

 土蜘蛛は再度、奴良組の百鬼夜行を蹴散らしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――静寂が訪れる。

 

「フン……飽きたな」

 

 奴良組を再び黙らせ、土蜘蛛は廃墟に一人佇む。足元に落ちていた斬られた小指を拾い上げ、力ずくでくっつけながら、彼は周囲を見渡した。

 既に戦意のある者はおらず、大半の者たちが瓦礫の下敷きと化した。遠目から、過去に自分を封じた陰陽師がこちらを注意深く観察しているようだが、特に関心を抱くこともなく土蜘蛛は帰ろうとした。

 四百年前に騙された恨みも、ある程度暴れたことでスッキリした。自分と互角に戦える『強者』がいない以上、もうここに留まっている理由が土蜘蛛にはなかった。しかし――

 

 

「――こんな……ところで………負けられるか…………」

 

 

 土蜘蛛の視線の先に、未だに彼が――奴良リクオがそこにいた。

 

「……なんなんだ、おめー。何故壊れない?」

 

 土蜘蛛はそんなリクオの姿に、心底不思議そうに首を傾げる。

 リクオは息絶え絶え、刀を杖代わりにしなければまともに立つことも出来ないような状態だったが、それでも彼の心は折れていなかった。

 その目は死んでおらず、確かな意志の下、土蜘蛛を睨みつけていた。

 

「若、リクオ様……」

「もう……立たないで……」

 

 そんなボロボロの体で尚も立ち上がることを止めないリクオを気遣い、配下の妖怪たちが瓦礫の下から呻き声を上げる。そんな彼らの声を背にし、リクオは自分自身に言い聞かせながら踏ん張っていた。

 

「ダメだ……ボクは、大将なんだ……から……」

 

 

 

 

 

 ――なんだよ。これじゃ、百鬼もまだ壊れてねぇ……。

 

 そんなリクオの姿に、土蜘蛛は興味を惹かれる。

 土蜘蛛にとってこの戦いは所詮、ただの暇つぶしに過ぎない。四百年ぶりに目覚めた自身の体をほぐす眠気覚まし。『次なる戦い』に向けての、準備運動。特にこれといった期待も持たず、彼はリクオの百鬼夜行を襲撃した。

 

 だが、ここまでやってまだ立ち上がってくる相手は初めてである。

 

 これだけぶちのめしておいてまだ息があり、尚且つ立ち上がろうとしている相手は――。

 

 ――こいつ……。

 

 それは自分と互角に戦える、土蜘蛛が望む強者の姿とはほど遠いものがあるが、それでも土蜘蛛に『もしや』と期待させるだけの『何か』が秘められているように感じた。

 

 だからこそ、土蜘蛛は――

 

「おい、お前……やるじゃねぇか」

 

 去り際、リクオに向かって声を掛けていた。

 もう一度、リクオと戦うため。彼が、自分と戦わざるを得ない状況を作り出すため――

 

「いい暇つぶしになりそうだ――」

 

 決して自分から逃げられないようにするため――

 

 

 

 そのための『餌』として土蜘蛛は――――リクオの側で倒れていた、家長カナの身柄をつまみ上げる。

 

 

 

「……!? あっ……うっ! て、てめぇ! 何しやが……る!!」

 

 眼前でぶらぶらとチラつかされるカナに、リクオは目を見張る。ついさっき正体を知ったばかりの彼女――幼馴染の少女の華奢な体。

 その体を肩に担ぎながら、土蜘蛛は挑発的な言葉を投げかける。

 

「俺は相剋寺ってとこにいるぜ、来いよ――自慢の百鬼を連れてな……」

 

 自分がつい先ほど壊しに壊した百鬼夜行。それを再編し、もう一度自分のところに来いと。

 土蜘蛛はそのままカナを連れ、廃墟から勢いよく跳び去っていく。

 

「カナちゃん!? おいっ、まて……ふざけん……ふざけんなよ、土蜘蛛っ……」

 

 リクオは、その光景を黙って見ていることしかできなかった。

 既に気を保っていることすらギリギリで、声を上げることすらしんどくて。

 

 それでも彼は歯を食いしばり、腹の底から怒りの咆哮を上げる。

 

 

「ふざけんなっ!! 土蜘蛛ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 大切な幼馴染を連れ去っていった土蜘蛛に向かって――。

 それを阻止できなかった、自身自身の無力さに打ちひしがれながら――。

 

 

 リクオはそのまま、糸の切れた人形のようにプツリと、その意識を闇の底へと沈めていく。

 

 

 

×

 

 

 

「鴆様、こっちです!!」

「こっち! 早くこっちに来てください!!」

 

 土蜘蛛の強襲からおよそ一時間後。既に日も暮れかけ、伏目稲荷神社周辺は夕焼け色に染まり始めている。奴良組は百鬼夜行の再編、負傷者の手当に追われていた。

 奴良組の被害は甚大だった。あちこちに負傷した妖怪が横たわる様子はさながら野戦病院のよう。

 

「ええい、急かすんじゃねぇ!! 俺の体は一つしかねぇんだ!」

 

 その現場で治療の指揮をとっていたのはリクオの義兄弟・鴆。彼は次から次へと矢継ぎ早に伝えられる患者の容体に、苛立ち気味に声を荒げる。

 医者である彼は土蜘蛛との戦いで前線に出ることはなく、他の妖怪たちによってその身を守られていた。鴆にとって、負傷者が入り乱れるこの場こそ戦場――彼の医者としての能力が最大限に発揮される現場である。

 しかし、腕利きの医者である彼であっても、一度に処置できる怪我人の数には限りがある。

 

「重傷の奴は宝船に運べ!!」 

 

 彼は既に手当てが終わり、これ以上の戦線復帰が難しいものたちを宝船に運ぶよう、動ける妖怪たちに指示を出す。彼の指示を受け、テキパキと動き出す妖怪たち。

 そんな彼らのドタバタと走り回る姿をよそに、鴆はとある人物のところへと足を運んでいた。

 

「どうだ、リクオの様子は?」

「まだ……目覚める気配がありません」

 

 土蜘蛛の強襲が止んですぐ、鴆が真っ先に手当を施した自分たちの大将・奴良リクオ。

 彼は側近であるつららに膝枕された状態で、未だに眠り続けている。全身を包帯でぐるぐる巻きにされた痛々しい姿。悪夢にうなされているのか、意識がない状態でリクオはうわ言を呟いていた。

 

「……かな……ちゃん……」

「――っ!!」

「……………」

 

 リクオの口から零れ落ちたその名に、つららの肩がビクッと震える。鴆もつららほどでないにせよ、その少女の名前に少なからず動揺している。

 

 そう、奴良組は狐面の少女の仮面の下の素顔に、その正体に驚きを隠せないでいた。

 リクオの人間としての生活を知っているものほど、その衝撃は計り知れない。

 

 しかし――逆にそのことを知らない者たちにとっては、彼らの困惑は理解できないものだっただろう。

 

「――おい!」

 

 遠野妖怪の一人、イタクが困惑する奴良組の面々に歩み寄って来る。彼は――遠野の中でも重傷だった冷麗と土彦、その付き添いである紫が宝船に運ばれていく姿を見届けた後、彼らに狐面の少女について尋ねていた。

 

「お前ら、なんでそんなに驚いてんだ? あの女、いったい何者だ?」

 

 彼の当然と言えば当然なその疑問に、黒田坊が代表して答える。 

 

「彼女は……リクオ様の幼馴染。家長カナという……人間の少女だ」

「人間だと?」

 

 黒田坊の答えにイタクは目を剥く。彼はほんの少し思案を巡らし、口を開く。

 

「だがあの女からは確かに妖気を感じたぞ? それに、なんだって人間の女があんなお面を被ってリクオの百鬼夜行に加わろうとしたんだ?」

 

 イタクとしては、冷静な観点から指摘した疑問だった。しかし、それは状況によっては無神経ともとれる発言だった。

 

 

「――そんなことっ! 私に聞かれたって知らないわよ!!」

 

 

 イタクの言葉に真っ向から声を荒げたのは雪女のつららだった。彼女はリクオのオデコを自分の手の平の体温で冷やしながら、叫んでいた。

 

「なんでっ――! なんであいつが、あの子なのよ――!! なんでっ――――あんなところにいるのよ!!」

「………」

 

 そのただ事ではないつららの剣幕に、怖いモノ知らずのイタクですら口を噤む。

 宝船で首無に喧嘩を売った時のような、挑発的な言葉を掛ける気にもなれない。

 

 決して軽々しく踏み込んではいけない――切実な『何か』がつららの言葉に込められているように思えた。

 

「――なんで……家長さん……なんでなんや……………」

 

 つららたちから離れたところでも、陰陽師娘の花開院ゆらが呆然と立ち尽くしている。

 その表情からは生気が抜け落ちており、彼女はいつまでも、いつまでも。土蜘蛛がカナを連れ去ってしまった相剋寺の方角を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それにしても、リクオのやつ……よく生きてた。

 

 鴆はそんな少女たちの困惑に一旦目を背け、リクオの容体を再度確認する。

 高熱にうかされてはいるものの、リクオの怪我は見た目ほど酷いものではなかった。内臓や骨格などといった重要な器官は無事。鴆の処置が適切だったこともあるが、それ以上にリクオの体が頑強だった。

 

 ――ほんと頑丈だぜ……不自然なくらいに……。

 

 鴆はそんなリクオの頑丈さに、前々から疑問を覚えていた。

 純粋な妖怪ですら、土蜘蛛の苛烈な攻撃を前に生命の危機に瀕しているものもいる。そんな中、妖怪の血が四分の一しか流れていないリクオが、あれだけ集中的に土蜘蛛の攻撃を受けながらも、五体満足で息をしている。

 無事に生き残ってくれたことは嬉しいが、医者としてその頑強さには首を傾げるしかない。

 

 

 

 鴆は知らぬことだったが、リクオの生命力の高さには秘密があった。それは彼の血脈、彼の祖母の血が大いに関係している。

 

 彼の祖母――珱姫。彼女は他者の傷や病を治す、不思議な治癒能力を持つ女性だった。

 彼女の能力はその息子であり、リクオの父親でもあった奴良鯉伴にも引き継がれていた。珱姫ほどではないにせよ、鯉伴にも他者の傷を癒す力があった。

 残念ながら、その神通力は孫であるリクオにまでは引き継がれなかったが、リクオはリクオで別の形で珱姫の力を引き継いでいた。

 それこそ、リクオの頑丈さの秘密である。

 珱姫の血の力で、リクオは自分自身の生命力を高めていたのだ。その力により、既に土蜘蛛に受けた傷も自然治癒を始めている。

 満足に動けるようになるにはもう少しかかりそうだが、それでも十分すぎるほどの回復力であった。

 

 

 

 ――だが……これからどうする?

 

 しかし、リクオが回復の兆しを見せていながら、鴆の表情は優れないままだ。

 

 ――俺たちは……何も知らずに飛び出しすぎたんじゃねーか?

 

 正体を隠していた家長カナのこともそうだが、それ以上に自分たちは何も知らず、後先考えずに京都まで来てしまったのではないかと。鴆は自分たちの短慮さに頭を抱える。

 その判断の甘さが、結局のところ大将であるリクオを守れず、失いかける失敗に繋がった。

 首無も黒田坊も、つららも、誰一人。次なる判断を下すことができず、言葉を発することなく黙り込んでいる。すると――

 

 

「――リクオ……それでも貴様、奴良組の長となる気か?」

 

 

 そんな、お通夜ムードで落ち込む奴良組一同の前に――その人物は姿を現した。

 

 顔の半分を覆い隠すほどの長髪、長身の男。

 誰もがリクオの怪我を心配する中、彼一人だけが厳しい顔つきでリクオの体たらくを叱りつける。

 

「お前たちの大将……私が預かる」

「アンタはっ!?」

「牛鬼様……」

 

 鴆が声を上げ、つららがその男の名を呟く。

 

 彼の名は――牛鬼。

 

 ぬらりひょんの重鎮にして、かつて奴良リクオに弓を引いた者。

 彼の覚悟をためす為、あえて親たる奴良組に逆らった、牛鬼組の長。

 

 彼は過去、リクオに覚悟を迫った時のよう、鬼気迫る表情で再びリクオの前に立つ。

 愛すべき奴良組を立て直すため、そのために――彼は再び心を鬼にする。

 

 

「立て、リクオ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奴良組が土蜘蛛により壊滅的な被害を受け、その歩みを止めている中。その光景を遠目から窺い見て――いや、『聞き耳』を立てていた少年がいた。

 その少年は親指の爪を齧り、心底イライラした様子で土蜘蛛が去っていった方角を見つめている。

 

「――くそっ! あれが噂の土蜘蛛か。まったく……想像以上の化け物だよ!!」

 

 その少年――の姿をした妖怪は、山ン本の耳・吉三郎。彼はその整った容姿を不愉快そうに歪め、土蜘蛛が奴良組に対して行った破壊活動に、悔しそうに歯軋りしていた。

 

「空気の読めない奴だ! まさか、こんなにもあっさりと奴良リクオの百鬼夜行を壊しちゃうなんて!!」

 

 土蜘蛛は独断専行で奴良組を強襲し、百鬼夜行を壊滅させた。だがそれは、奴良組と敵対している京妖怪にとっても、裏で暗躍する百物語組にとっても有益なこと。

 ありがたがるならいざ知らず、責めるべき事柄ではない筈だ。

 

 しかし、吉三郎は不機嫌だった。

 

「ほんと頼むよ、リクオくん……これくらいで潰れないでくれ。こんなところで負けられるような脆い覚悟じゃない筈だ、君の想いは……」

 

 彼はリクオが今の状況から立ち直ることを、心から切に願う。

 

「……さっさと這い上がってこいよ」

 

 そして、その先の未来に想いを馳せ――――その口元を邪悪に歪めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君を地獄に突き墜とすのは、ボクの楽しみなんだ……それ以外の奴に壊されるなんて、絶対に許さないからね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




補足説明
 リクオの頑丈さの秘密
  話の中でも解説しましたが、リクオが特別頑丈な理由には彼の祖母・珱姫の血が関係しています。これは作者の創作ではなく、公式の設定。どこに書かれていたか忘れましたが、単行本のおまけ欄にはっきりと説明がありましたので、紹介させてもらいました。

 鯉伴の治癒能力
  鯉伴に珱姫の治癒能力が引き継がれているのも、公式の設定です。その能力が行使されたのも一度きり。原作十八巻、まんば百足に噛まれた山吹乙女の傷を癒す際に用いられました。それ以降、この能力が行使されることはありませんでした。覚えている人も少ないと思いましたので、この機会に紹介させていただきました。

 
 前回の話の流れから多くの人が予想していましたが、今作では土蜘蛛に連れ去られる相手をつららから、カナに変更させてもらいました。
 今後の原作との違いを、どうかお楽しみに!!
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