家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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ゲゲゲの鬼太郎最新話『欲望のヤマタノオロチ』の感想。

希望もくそもない、これでもかというほどのバットエンド! 
まあ、こればかりはしゃあない……明らかにあの男が浅はかすぎた。
それよりも、やっぱり気になったのがヤマタノオロチの方。
「どんな願いでも叶えてやろう」……って、完全に神龍じゃねぇか!!
いつからゲゲゲの鬼太郎はドラゴンボールになったんだ!? ……わりと前からか?
作者はドラゴンボールが始まるよりは、ゲゲゲの鬼太郎が続いて欲しい。
せめて三年目……マナちゃんが卒業するくらいまでは続けて欲しいものだ。


今日の夕方から、FGOのギル祭りが始まる。
いくぞ、英雄王!! 林檎の貯蔵は十分か!?
 


第六十三幕 悪夢

 幼い奴良リクオ。彼は一人、真っ暗な闇の中を歩いていた。

 

『お父さん……どこ?』

 

 彼はここまで一緒に遊びに来ていた父親――奴良鯉伴の姿を捜していた。

 いったい、どこに行ったのだろう? あの――『お姉ちゃん』と、まだ一緒に遊んでいるのだろうか?

 大好きな父親の背中を捜す、小さなリクオ。

 

 すると、その場が急に明るくなり、リクオは足を止めた。

 

『――なんじゃ、孫もいたのか?』

『……?』

 

 目の前に少女が立っていた。ついさっきまでリクオや鯉伴と楽しく遊んでいた、黒い髪の少女。

 初めに出会った時とは打って変わり、冷たい言葉遣いで彼女はリクオへと歩み寄る。

 

 その少女の足元に――血だらけの鯉伴が倒れている。

 

『……お父さん?』

 

 幼いリクオに、その光景は正しく理解できなかった。

 

 何故、父が倒れているのか? 何故、血を流しているのか?

 少女が何をしたのか? どうして彼女の手が血塗られているのか?

 

 戸惑うリクオに構わず、少女は父の血で真っ赤に染まった手を伸ばしてきた。

 

『血は必ず絶えてもらう。憎き……ぬらりひょんの血……』

 

 リクオの頬を撫でまわしながら、少女は彼の耳元で囁く。

 いっそ慈悲深さすら感じられる、愛憎入り乱れる彼女の声音にリクオは動けないでいる。

 

『――リクオ、逃げろぉおお!!』

 

 そんなリクオを庇うため、倒れていた鯉伴が立ち上がる。

 彼は息子の代わりに何者かの攻撃に晒され、さらに体中を血に染めていた。

 

『逃げろ……リクオ。闇から……逃げろ――』

 

 鯉伴は最後まで、息子の身を案じていた。

 幼いリクオは父の言葉に従い、その場から立ち去るしかなかった。

 

『誰……? お父さんを刺したのは……誰?』

 

 闇から逃げる最中、リクオは後ろを振り返る。

 後方には倒れる父親と、笑みを浮かべながらそれを見つめる少女――そして、刀を握る何者かの影があった。

 

 

 

『ハァハァ……』

 

 リクオは逃げた。闇の中をひたすら――。

 父親の姿も少女の姿も見えなくなるまで、走って、走って……走り続ける。

 

 そうして、逃げた先――墓石の前で涙を流す母親・奴良若菜が立っていた。

 いつも笑顔で明るかった筈の母親が、黒い格好でハンカチを片手に泣き崩れている。

 

『誰……? お母さんを悲しませているのは……誰?』

 

 何故、母が泣いているのだろう? 誰が、彼女をこんなにも悲しませているのだろう?

 状況が呑み込めていないリクオは、ただただ大好きな母親が悲しみに暮れている姿に心を痛める。

 

 

 すると――そんなリクオの背後から、唐突にその巨大な影が現れる。

 

 

『――!! お前は……土蜘蛛っ!?』

 

 京妖怪・土蜘蛛。彼はリクオに問答無用で襲いかかり、その豪腕を振るってくる。

 

『土蜘蛛ぉおおおおおおお!!』

 

 リクオは叫びながら刀を手にした。幼かったリクオの姿はいつの間にか成長し、彼は妖怪としての夜の姿で土蜘蛛に立ち向かう。

 ぬらりひょんの鬼憑――『鏡花水月』で土蜘蛛の攻撃を躱し、彼の胴に向かって刀を振り抜く。

 

 だが――

 

『と、届かない。なんで……!?』

 

 リクオの刀が土蜘蛛の体に届くことはなく、刃は虚しく空を切る。

 認識をズラすことができても、相手の畏を断ち斬ることができない以上、リクオの技は通じないも同然だ。

 リクオは、どうあがいても自分では土蜘蛛に敵わない現実をこれでもかと思い知らされる。

 

 

 そして――

 

 

『リクオくん……』

『! カナちゃんっ!?』

 

 無力感に苛まれるリクオの背後から、何故か彼の幼馴染――家長カナが現れる。

 浮世絵中学の制服姿、無表情な顔でカナはリクオのこと見つめていた。

 

『駄目だ、カナちゃん! ここは危険だ!! 早く逃げ――――』

 

 リクオは慌てて彼女の下に駆け寄り、すぐに避難を促した。

 ここには土蜘蛛がいる。こんな危険な妖怪同士の戦いに――人間である彼女を巻き込むなどあってはならないと。

 リクオはカナの身を案じ、彼女の手を取ろうとし――

 

 

 

 

 

 

 

『――――――――嘘つき』

 

 

 

 

 

 

 

『――ッ!?』

 

 呼吸が――――止まった。

 

 幼馴染の口から吐き出されたその冷たい響きに、リクオは全身を締め付けられるかのような感覚に陥る。

 カナは、リクオを責めるような口調で罵倒し、冷徹な眼差しで彼を見つめていた。

 

 そこには、いつものように暖かい笑顔で自分を迎えてくれる日常の面影など感じられず。

 彼女は――リクオを徹底して追い詰めるかのように言葉を紡いでいく。

 

『リクオくんは……ずっと、私たちを騙してきたんだよね?』

『ち、違う……』

『ずっと、人間のふりをしてたんだよね?』

『違う!!』

 

 彼女の言葉に、リクオは首を激しく振る。

 その姿を妖怪としての夜の姿から、人間としての昼の姿へと変え、彼は己の言い分を口にする。

 

『ぼ、ボクは……怖かっただけなんだ。皆から妖怪だって怖がられて……避けられるのが……だからっ!!』

 

 幼少期、彼は『妖怪くん』と馬鹿され、クラスメイト達から距離を置かれていた。

 そのときになって、リクオは初めて知ったのだ。妖怪が人々から畏れられ、疎まれる存在だと。

 あのときのような疎外感を、もう二度と味わいたくない。だからこそ、リクオは人として平和な学園生活を送ってきた。しかし――

 

『言い訳しないでよ! この化け物――!!」

『――っ!!』

 

 リクオの表情が凍り付く。

 あのとき、幼馴染のカナだけがリクオのことを馬鹿にせず側にいてくれた。

 

 そのカナが自分を妖怪と――化け物と糾弾してくる。

 

 リクオにとって、これ以上の『悪夢』はなかった。

 

『ち、ちが……ちがう……ぼくは……ぼ、ぼく…………は……』

 

 足場が崩れていくような感覚に、リクオは足元がおぼつかなくなる。

 他の誰もが自分を半妖の化け物と蔑もうと、彼女だけは自分を受け入れてくれるなどと。リクオは根拠もなく、心のどこかでそう思っていた。

 その信じていた者に裏切れ、彼はどうすればいいか分からなくなり、その場に立ち尽くす。

 

 だが――

 

『でもいいよ……』

『えっ?』

 

 カナは口調は冷淡なまま、リクオを責めるのを止めて彼に背を向ける。

 

『だって私も――嘘つきだから』

 

 ふいに一陣の風がカナを包み込む。思わず目をつぶるリクオ、風が止み、彼が再び目を開く――

 

 

 そこには巫女装束を纏った家長カナの姿があり、彼女はその手に――狐のお面を握っていた。

 

 

『カナちゃんッ!? ど、どうして……』

 

 あり得ない、ある筈のない光景にリクオは愕然とする。

 その姿はまさに……今まで幾度となく自分を救ってくれた、あの『少女』そのものだ。

 リクオの戸惑いにも構わずカナはそのお面を被り、最後の言葉を告げる。

 

 

『さようなら』

 

 

 それっきり、カナは言葉を発することなく。そのまま黙って――土蜘蛛が待ち構えている方へと歩いていく。

 

『だ、駄目だ! カナちゃん、行っちゃ駄目だ!!』

 

 その光景にカナを止めようと手を伸ばすリクオ。

 だが、彼の足は地面に縫い付けられているかのようにその場から動かず、伸ばす手の長さにも限界があった。

 

 リクオは カナが土蜘蛛の下へと歩いていく光景をさまざまと見せつけられる。

 土蜘蛛が拳を振りかぶる。

 無防備に歩くカナはそれを避けようともせず、されるがままに立ち尽くしている。

 

『や、やめろ……土蜘蛛、土蜘蛛!!』

 

 その先にあるであろう未来を予測し、リクオはさらに必死になって呼びかける。

 だが、それでもリクオの言葉は届かず――最悪の結末がその視界を覆いつくす。

 

 リクオは最後まで、何も出来ない自分に絶望し――狂ったように泣き叫んでいた。

 

 

『カナちゃぁぁあああああああああああああああああん!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――奴良リクオは悪夢から目を醒ます。

 

「はっ!?」

 

 目覚めたリクオ。彼は人間の姿のまま小さな建物の中にいた。高鳴る心臓の鼓動、体に走る激痛がここを現実だということを教えてくれる。

 

「ゆ、夢……?」

 

 リクオは周囲の状況を確認するよりも、真っ先に先ほどまで見ていた悪夢の内容を思い返す。

  

 最初に見ていたものは過去。リクオが目の前で鯉伴を殺されたときに見ていた、記憶の断片である。

 そして――それは途中から全く別の悪夢へと繋がり、リクオを苦しめていた。

 

「――リクオよ」

 

 目覚めたばかりで中々定まらないリクオの思考。そんな彼に言葉を掛ける者が立っていた。

 牛鬼である。

 

「ここ……どこ……みんなは? ボクはどうして……?」

 

 同伴していた筈の百鬼夜行ではなく、何故牛鬼が自分の側にいるのかとリクオは問いかける。

 牛鬼はそっけなく答えた。

 

「私が運んだんだ」

「…………」

 

 その問いに暫し思案を巡らせるリクオであったが――彼はすぐに悪夢の続きを思いだし、立ち上がっていた。

 

「何処へ行く、リクオ」

 

 慌てて駆け出すリクオに、あくまで冷静な口調で牛鬼が告げる。

 

「土蜘蛛を倒しに行く!! 急がないと、カナちゃんを助けに行かないと!!」

 

 

『ごめんね』

 

 

 あのとき、あの瞬間。

 まじかで感じた彼女の体温、その息遣いは夢なんかじゃない。実際にあった現実だ。

 あの後、土蜘蛛に再び叩きのめされ、彼女を目の前で連れ去られ、そこで自分は意識を失った。

 

 リクオの幼馴染――家長カナ。

 何故、彼女があんなお面を被り、正体を隠して自分を助けてくれていたのか? 

 疑問が尽きないリクオだったが、それ以上に彼はカナの身が心配だった。自分がどれだけ眠っていたかは知らないが、こんなところで悠長に話している時間などない。しかし――

 

 

 牛鬼に背を向けた刹那、リクオは背筋が凍るような『畏』に呑まれかける。

 

 

「――ッ!?」

 

 咄嗟に前のめりに転がりながら、リクオは後ろを振り返る。

 そこには牛鬼が全身から畏を滾らせ、刀を抜き放ってリクオに襲いかかろうとしている姿があった。

 

「リクオよ……百鬼夜行を率いる者、奴良組を率いる者は決して負けてはならぬ」

 

 その禍々しい畏を纏う牛鬼の姿に、リクオの全身から汗が噴き出す。

 

 ――なんだ、牛鬼。前とは全然違う……! これが牛鬼の……本当の――。

 

 数ヶ月前。牛鬼は今のようにリクオに襲いかかった。

 彼に奴良組を、三代目を継ぐ意思があるのかと覚悟を迫るために。だが、そのときの牛鬼はあくまでリクオを試すため、人を惑わす幻と純粋な剣術のみでリクオと対峙した。

 

 しかし、今の牛鬼は違う。

 

 彼は妖怪としての本領。真の妖怪・牛鬼としてリクオの前に立ち塞がっていた。

 自分の全力の畏に気圧されるリクオに向かって、彼は憤慨するように吐き捨てる。

 

「刀を抜け、リクオ」

 

 牛鬼はリクオに何かを伝えようと、口だけではなく実戦にて活路を見出させようとしていた。

 

「己を――超えてみろ、リクオ!!」

 

 

 

×

 

 

 

 リクオが運び込まれていた場所は、どこかの山の小さな仏閣だったらしい。その仏閣の外――そこには深い森が広がっている。

 既に日も暮れて夜が訪れていたが、彼の姿は人間のまま。人の状態のまま、奴良リクオは妖怪牛鬼と対峙していた。

 

「やらねばならんことは、まず一つ」

 

 リクオと刀を交えながら、牛鬼は一つずつ言葉を紡いでいく。

 

「お前の畏を強くすることだ」

 

 牛鬼曰く、百鬼夜行とは総大将の力に比例するとのこと。

 リクオ自身が強くなり、決して崩れぬ百鬼夜行を作れば、その力は百鬼と大将――その両者を強くする。

 リクオが真の強者となり、誰からも信頼され固い絆が結ばれるとき、その力はリクオ自身に還ってくる。

 それこそ、妖怪が百鬼夜行を引き連れて戦うことの意味。かつて魑魅魍魎の主と畏れられた彼の祖父・ぬらりひょんが手にした力だ。

 だが、それだけではまだ足りないと、牛鬼は告げる。

 

「羽衣狐は、復活するたびに強くなる」

 

 四百年前。全盛期であった頃のぬらりひょんは確かに羽衣狐を倒した。だが、羽衣狐は転生妖怪。転生するたび、その力を増していく恐るべき相手。

 おそらく、過去にぬらりひょんが対峙したときよりも、彼女は強くなっているだろう。 

 だから、リクオが羽衣狐を倒すには、少なくともかつてのぬらりひょんよりも強くならねばならないと、牛鬼は言う。

 

「……こ、超えるって……」

 

 しかし牛鬼の言葉に、リクオは弱気に言い返す。

 

「ボクは、四分の三は人間だ。どうすれば、じーちゃんを超えられるの……!?」

 

 自分は人間だと。妖怪の血が薄まった自分に純粋な妖怪である祖父をどうやって超えろと、リクオは悩み戸惑っていた。だが牛鬼は首を振り、リクオの弱気な考えを否定する。

 

「人間だから弱いという考えは捨てろ。何故なら奴良組が最強を誇ったのは、お前の父の代だったからだ。人間の血が半分流れていたにもかかわらず――――だ」

「!!」

 

 牛鬼の言葉に目を見開くリクオ。

 実際、奴良組の全盛期は江戸時代。リクオの父であった鯉伴が関東の荒くれ妖怪たちを束ね、妖世界の頂点と呼ばれるようになった。

 半妖である奴良鯉伴が――妖怪であるぬらりひょんの伝説を超えていたのだ。

 

「お前は以前、妖である自分を否定していたな」

「……」

 

 リクオは牛鬼の問いに黙って頷く。

 過去、リクオはクラスメイトたちに疎まれ、そのときから彼は妖怪である自分を否定し、人間として生きることを誓ってしまった。捩眼山で牛鬼に覚悟を迫られたことで、ようやくその間違いに気づき、リクオは妖怪としての自分を認めて強くなれた。

 今度はそれとは逆のことをしろと、牛鬼は再び彼に迫る。

 

「次は人である自分を受け入れるのだ。人は時に、雪に折れない樹々の弛みにも似たしなやかな強さを持つ」

 

 人の強さ。人は妖怪と違い、決して力強く頑丈な存在ではない。だからこそ、創意工夫を凝らし、知識を増やし、柔軟な発想の下、常に進化を続けてきた。

 それは永遠にも近しい寿命を持つ妖怪では、決してできない『生き方』である。

 リクオの父である鯉伴も、そんな人間の生き方を肯定し、自分の中に流れるその血を否定しなかった。

 だからこそ――鯉伴は奴良組最強を誇っていたのだ。

 

「リクオよ――自分を否定するな。全てを認めることで、お前は強くなるのだ」

 

 牛鬼はそのことを伝えたかった。人と妖怪、半妖であるリクオに、その全てを受け入れろと――。

 しかし、口下手な牛鬼は言葉だけでそれを上手く伝える術を知らない。

 これも妖怪としての『性』なのだろう。彼は実戦を通し、リクオに自分が知る全てを授けようと全力で襲いかかる。そして――敵は牛鬼だけではなかった。

 

「――その身で、ワシらの畏を受け止めてみろ……!!」

「っ!?」

 

 リクオの背後から忍び寄るのは、京妖怪――鞍馬山の大天狗。

 羽衣狐の百鬼夜行の一人だった筈の彼は、旧知の仲でもある牛鬼の頼みに応え、共にリクオを鍛えていた。

 この山も、彼の住処――鞍馬山。あの有名な源義経・牛若丸が天狗から修行をしてもらった伝説の地。

  

 かつての英雄。牛若丸のように、リクオはこの地で修行を受けることになった。

 牛鬼と大天狗。二人の容赦のない――強大な畏をその身一つで受け止める過酷な修行。

 

「う……うわああああああああああああああ!!」

 

 一瞬でも気を緩めれば、命を落とすだろう。

 そんなギリギリの綱渡りの中、奴良リクオは自らを奮い立たせるよう、叫び声を上げていた。

 

 

 

×

 

 

 

「――ほんと……おめーの体ってすげぇな。なーんでこんなに丈夫なんだよ?」

「ぼ、ボクに聞かれても……」

 

 その苛烈な修行から、数時間後。

 気を失うまで牛鬼と大天狗にしごかれたリクオ。彼が目を覚ますとそこには義兄弟・鴆の姿があり、森の中で横たわるリクオに手当てを施していた。

 どうやら、牛鬼がリクオの傷の治療のために連れて来たらしい。土蜘蛛にやられた傷もまだ完治していないのだから当然の配慮だろう。

 鴆はリクオの頑丈さに呆れを口にしながら、慣れた様子で傷口に薬を塗りたくり、その体に包帯を巻いていく。

 

「…………」

 

 その間、リクオはほとんど無言のままだった。ボーと空を見上げたまま、鴆の言葉にもどこかうわの空で返事をするばかり。

 

「…………」

 

 リクオと兄弟分の盃を交わした鴆にはその理由が分かっていた。鴆は暫しの間リクオの沈黙に付き合っていたが、意を決したのか彼が気になっているであろう、その話題を口にする。

 

「あの――家長って女のことだが……」

「っ!!」

 

 表情の変化は劇的だった。リクオはカナの名前を耳にした瞬間、青ざめた表情になり、全身が震える。それだけ、本人にとってショックな出来事なのだろう。

 だが、リクオ以外にもカナの正体に動揺しているものが大勢いた。

 

「うちの連中にも、大分混乱が広がってたよ。「何であの子がっ!?」って雪女のやつなんか、結構な感じで動揺してたぜ? 一応は、同級生だったていうからな……」

「つららが……」

 

 リクオの側近として、彼と同じ浮世絵中学に通うつらら。彼女もまた、カナの正体に愕然としていた。リクオを除けばつららが一番、奴良組の中でカナと接触する機会が多くあったのだから当然だろう。

 だがつららだけではない。リクオの人間としての生活を知るもので、カナの存在を知らないものはほとんどいない。それだけ『人間』としてのリクオになくてはならないのが、家長カナという少女の存在だった。

 

「ほれ、例の陰陽師の女――ゆらだっけか? あの嬢ちゃんもかなり驚いてたみたいだからな。花開院の関係者って線も薄そうだ……」

「そっか……花開院さんも知らなかったんだ……」

 

 あの場にいたもう一人のクラスメイト、花開院ゆら。陰陽師である彼女も、狐面の少女がカナだとは知らなかったという。

 誰も知らなかったカナの素顔、ますます謎は深まるばかりだ。

 

 ――カナちゃん……君は一体?

 

 リクオは悶々と、そのことでずっと頭を悩ませていた。

 

 いつも側で笑いかけてくれた、彼女の笑顔を脳裏に浮かべながら――。

 その笑顔が、本当の意味で自分に向けられていたのかと、僅かなしこりを胸に抱えながら――。

 

 そうして悩むリクオの心労を少しでも減らそうと、鴆は自分が知る限りのことをリクオへと伝える。

 

「今……あの場に残った連中と花開院家で共同戦線を張ってるよ。螺旋の封印、だったか? 順番に潰していかねぇと前に進めねぇって話だからな。土蜘蛛がいる相剋寺は第二の封印だっていうから、まだまだ先は長いだろうけど……今はあいつらに任せて、お前は修行と治療に専念しな……」

「…………………………ゴメン、鴆くん」

 

 すると、鴆の言葉にリクオは頭を下げていた。

 

「おいおい、なんで謝んだ?」

 

 鴆は今の言葉のどこにリクオが謝る必要があるのかと、疑問を投げかける。すると、リクオはポツリポツリと自分の今の心境を語っていく。

 

「ボク……最低だよ。皆が頑張ってくれてるっていうのに、ずっと……カナちゃんのことばかり考えてた」

 

 そう、目覚めてからリクオは真っ先に家長カナのことを脳裏に思い浮かべた。大切な幼馴染とのあり得ない邂逅にショックを受けているのだから、それも無理はない。

 だが、傷ついていたのは彼女だけではない。

 

「傷ついているのは、他の百鬼の皆も同じだっていうのに……」

  

 カナ以外のものたちも、土蜘蛛との戦いで痛手を負った。それでも、彼らはリクオのために、彼が不在の間にも道を先に進めようと封印の攻略に励んでいる。

 そんな、自分のために集まってくれた百鬼夜行たちの労をねぎらいもせず、自分はなんて勝手なのだろうと、リクオは自己嫌悪に陥る。

 

「土蜘蛛に負けたのだって、ボクのせいだ。ボクが弱いばっかりに……本当に、ゴメン……」

 

 土蜘蛛に敗退したのも元はと言えば自分のせいだと、リクオは己を責める。大将である自分があっさりと土蜘蛛の畏に呑まれたから、その配下である百鬼の皆にも迷惑をかけてしまったと。

 大将としての自身の不甲斐なさに、リクオはひたすらネガティブな気持ちで暗い顔をする。

 

「……チッ! この馬鹿ちんがっ!!」

 

 すると次の瞬間、リクオの弱気な態度に――鴆は彼の頭を殴りつけていた。

 怪我人である筈のリクオの頭部を思いっきり。

 

「いたっ……! 何すんだよ、鴆くん!?」

 

 罵声の一つくらいは覚悟していたが、まさか治療中のところを殴られるとは思わず、リクオは殴られた頭を抑えて抗議の声を上げる。

 そんなリクオに向かって、鴆は喝を入れる。

 

「てめぇっ! 何言ってんだくるるぁあああ!! 大将だろうが――!?」

 

 鴆はリクオが弱くて土蜘蛛に負けたことを責めたのではない。彼は、リクオがすっかり弱気になってしまっている、その心情を叱ったのだ。

 彼はさらに大声で、快活な笑みを浮かべながらリクオを励ます。

 

「たとえ人助けだろうと、敵討ちでも好きにやらぁいい!! てめーは大将なんだ! だったら、もっと堂々としてりゃいいんだよ!!」

 

 たとえ、リクオがどれだけ個人的な理由で戦おうと、自分たちはそれについていくだけだと。

 それこそ百鬼夜行だと、鴆はどこまでもリクオについていくことを宣言する。

 

「まっ、どの道あいつらが天下とりゃ、俺たちは全滅だ! 奴良組にとっても、決して他人事じゃねぇ! だから気にすんな!」

 

 そもそもな話、京妖怪が天下を獲れば自分たちだって危ないのだ。奴良組としても、京妖怪と戦う理由は十分にある。鴆はそう言ってリクオを励ました。

 

「……ありがとう、鴆くん」

 

 そんな鴆の不器用な励ましに、リクオはこの鞍馬山に連れてこられて初めての笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 ――そうだ……ボクは、ボクは一人じゃない!

 

 リクオは改めて教えられる。自分が一人ではないことを。

 ここにいる鴆以外の皆も、自分のために今も戦ってくれている。

 ならば、その信頼に応えるためにも、自分は今よりも強くならねばならない。

 

 ――そうだ! ボクは……みんなのためにも力を手に入れたい。そして…………。

 

 傷ついた仲間のためにも、自分は土蜘蛛に打ち勝てるほどの『何か』を身につけなければならない。

 土蜘蛛を倒し、そして――彼女を取り戻すためにも。

   

 ――カナちゃん……ボクはもう迷わないよ。

 

 リクオは空を見上げながら、相剋寺にて囚われているであろう、カナに想いを馳せる。

 

 彼女が、本当はいったい何者だったのか?

 彼女の身に何が起きたのか? 

 

 小難しいことを考えるのは止め、ただ一つのことを彼は夜空の星々を見上げながら願う。

 

 ――どうか、どうか無事でいてくれ、カナちゃん!!

 

 彼女が無事でいてくれること。それだけをただひたすらに祈った。

 

 

 

×

 

 

 

 時を少し巻き戻す。

 

 奴良リクオが牛鬼に連れていかれ、彼が鞍馬山で修行を受けていた頃。京の夜の街中を一人、毛倡妓が息を切らせて走っていた。

 

「ハァハァ……首無。どこいっちまったんだい、アンタは……」

 

 彼女は自分たちの前から姿を消した大切な仲間――首無を捜していた。

 

 

 

 鴆がリクオに伝えたとおり。奴良組はなんとか百鬼を立て直し、花開院と共に封印の攻略に向かっていた。

 

 当初、リクオが不在となったことで妖怪たちはやる気をなくしていた。

 彼らはリクオの百鬼であり、彼がいない以上自分たちが京妖怪と戦う理由も、陰陽師なんかと協力する理由もないと、不貞腐れたかのように立ち止まってしまった。

 ゆらなどは、そんな奴良組の態度に呆れていたが、それこそ妖怪として正しい姿である。百鬼は主がいなくては成り立たない。主であるリクオが不在であれば当然、彼らも足を止めるしかない。

 

 そんなやる気を失くした百鬼たちを立ち上がらせ、再び奮起させたのが毛倡妓だった。

 

「――ホラ、何やってんだい、アンタたち!」

「――リクオ様が戻ってくるときに悲しませたいの!? しっかり百鬼守ってなきゃダメだろ!!」

 

 彼女は鯉伴の代から奴良組を支えてきた女傑だ。流石の貫禄を見せつけ、その一喝で戦意を失いかけていた奴良組の妖怪たちも慌てた様子で立ち上がり、進軍の準備を進める。

 

「ほら……つらら。アンタもだよ……」

 

 次に毛倡妓は自分と同じ女性、リクオの側近であるつららに声を掛けた。

 

「………………」

 

 つららは、まるでこの世の終わりといわんばかりの落ち込みようで俯いてた。瞳からは光が失われており、どんよりとした凍える冷気に、他の妖怪たちは声を掛けるどころか近寄ることもできないでいる。

 

 

 実のところ、つららは鴆と共にリクオに付いていこうとしていた。カナのことも気にはなっていたが、つららにとっては何よりもリクオが最優先。彼の傷を心配し、彼の面倒を見ると牛鬼に直談判していたほどだ。

 

 しかし、そんなつららの想いを、牛鬼は真っ向から拒絶した。

 

『――駄目だ、雪女。今のお前では、リクオを甘やかすだけだ』

『――っ!!』

 

 その言葉に息を呑み、つららは呆然と立ち尽くしていた。

 

 実際、牛鬼がやろうとしている修行をつららがまじかで見ていれば、それを全力で止めていただろう。牛鬼はそのことを予想し、つららの同伴を断ったのだ。

 必要最低限の人員、リクオの傷の手当。そして――牛鬼の厳しい修行を目の前にしても文句を言わない相手として、牛鬼は鴆を選んで連れて行った。

 奇しくも、鴆はリクオと初めて盃を交わした相手でもある。

 この二人ならきっと掴める。自分がこれから、『何』をリクオに教えようとしているのか。

 それを冷静に、牛鬼なりに考えての人選。彼に他意はなかった。

 

 しかし、そんな牛鬼の判断が、結果としてつららを深く傷つけていた。

 

 

「…………私では……リクオ様の、力になれないの……?」

 

 牛鬼から、まるで邪魔者のように同伴を拒否され、彼女は主の下に行けなかった。

 悲しみに暮れ、抜け殻のようにつららはその場で立ち尽くす。

 

「つららっ!!」

 

 そんなつららに、毛倡妓は再度呼びかけていた。

 誰もがつららの纏う空気に怖気づく中、彼女だけがつららと真正面から向かい合う。それは同じ女性として、つららの気持ちを誰よりも汲んでやれるからこそ。

 だからこそ――彼女は黙って見ているわけにいかなかった。

 

「アンタの気持ちもわかるけど……今は前に進まなきゃ駄目よ。それが……きっとリクオ様のためになるんだから」

「リクオ様の……ため……ええ、わかってる……わよ」

 

 毛倡妓の言葉にハッと我に返り、つららは瞳に光を取り戻していく。その表情は完全には吹っ切れていなかったが、つららは先を進むことを決意したようだ。氷の薙刀を握る手に力が籠っていた。

 

「よしっ! ほら、遠野勢も……」

 

 立ち直ったつららに目を向けながら、毛倡妓は遠野妖怪たちに話しかける。

 リクオが遠野から連れて来た彼の新たな百鬼夜行。彼らもリクオのためなら力になってくれるだろうと、期待して声を掛けていた。だが――

 

「……俺たちは自分で行く。悪いが別行動だ」

 

 何かしら思うところがあるのだろう、イタク、淡島、雨造。土蜘蛛の襲撃を耐え抜いた彼ら三人は明確な意思の下、毛倡妓の誘いを断っていた。

 

 ――……私じゃあ、これ以上は無理か……。

 

 遠野勢たちのそんな勝手に対し、毛倡妓は溜息を吐きつつもそれ以上、何も言い返せないでいる。

 

 彼らの性分は宝船での一件でなんとなくだが理解した。彼らは自分たちが認めた者以外の言うことを聞く気がないのだろ。毛倡妓がこれ以上、強引に誘っても逆に角が立つだけだ。

 だからこそ、彼女はそんな頑固な遠野妖怪たちを説得しようと、相棒である首無を頼っていた。

 

「ね、首無。アンタが大将になってよ」

 

 彼は宝船の一件でイタクに認められていた――ように毛倡妓には感じられた。首無の言葉なら、少しくらい遠野勢も聞く耳を持ってくれるのではと、淡い期待を抱いていた。

 

 しかし――毛倡妓の隣に、肝心な首無の姿がなかった。

 

「……首無?」

 

 いつも隣にいる筈の、いて当たり前だと思っていた男の姿がどこにも見えない。

 

 毛倡妓は胸騒ぎを覚えた。

 

 

 

 

「首無! どこ行ったの!?」

 

 それから、百鬼夜行の方を黒田坊に任せ、毛倡妓は一人で首無を捜していた。

 

 一人百鬼から抜けた彼のことが腹立たしくて――。

 一人百鬼からはぐれた彼のことが心配で――。

 

 彼女は首無の姿を捜しまわっていた。

 

 そう、まるで――三百五十年前にもそうしていた時のように――。

 

 ――いた! 首無!!

 

 どれくらいの間、走り続けていただろうか?

 彼女はそこでようやく、馴染みの後姿を見つけた。

 

「ちょっと、首無っ!! なにこんなところで油売って…………!?」

 

 毛倡妓は首無の無事な姿にホッと安堵の息を漏らしつつ、彼を叱り飛ばそうと声を上げていた。

 勝手に百鬼夜行から離れ、自分を心配させたバツとして、思いっきり引っぱたいてやろうかと思っていた。

 

 だが、毛倡妓は首無に駆け寄ろとし、そこで足を止めていた。

 

 

 

 彼の足元に――――――おびただしい数の妖の死骸が転がっていた。

 

 

 

 体中をバラバラに引き裂かれ、地面は内臓と血だまりで真っ赤に染まっている。

 おそらく京妖怪だろう。原型すら留めていない無残な死体。

 

 まるで――地獄絵図。その地獄の中、一人返り血で染まる首無の姿――。

 

 誰がその地獄を作り出したなどと、考えるまでもなく明白だった。

 

「首無……アンタ……これ……」

 

 その場の空気に戸惑いながらも、問い掛ける毛倡妓。

 彼女の問いに、首無はゆっくりと振りかえりながら答える。

 

「毛倡妓……ちょっと待ってろ」

 

 彼はその口元に酷薄な笑みを浮かべていた。

 主であるリクオを慕ったり、仲間の妖怪たちを励ましたりするときの優男の笑顔ではない。

 

 どこまでも冷たく、他者を寄せ付けない鋭い目つきで、彼は毛倡妓に言い放った。

 

 

「封印の京妖怪と……(あそ)んでくるから」

 

 

 その笑みはまるで、妖を殺してまわっていたあの頃のよう――。

 

『常州の弦殺師』と呼ばれていたあの頃に戻ったかのようだった。

 

 首無が最も危険で、荒れていた頃に――。

 

 

 首無の、暴走が始まる。

 

 




補足説明
 鞍馬山の大天狗
  初登場は原作八巻。ぬらりひょんの過去で牛鬼と対峙した天狗妖怪。
  鏖地蔵に重役ポジションを奪われ、京妖怪からも忘れられた可哀想な人。
  その腹いせにリクオに協力するところが大人げなく、さらに祢々切丸を奪おうとするところが小物臭い。

 首無の過去の矛盾点。
  原作において、首無が鯉伴に出会ったのは二百五十年前とされていますが、それだと百物語編の回想。三百年前に彼が鯉伴と一緒にいたことに矛盾が生じます。
  それに気付いてか、アニメ版だと出会ったのが三百五十年前に変更されています。今作でも、当然三百五十年前に出会ったことにしています。混乱しないよう、ご注意ください。

  

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