家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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ゲゲゲの鬼太郎最新話『地獄崩壊!? 玉藻の前の罠』の感想。

遂に登場した最後の大逆の四将『玉藻の前』。最後なだけあって、流石にスケールがデカい悪党でしたね。
それにしても石動零が外道過ぎる!! 偽の依頼を出して誘い出すだけならいざ知らず、豆腐小僧を人質にするとは……これは、名誉挽回するには苦労しそうだ。
まなちゃんの「私も鬼太郎の仲間でいさせて!」という台詞には痺れました。ぬら孫のカナちゃんにも、この台詞を言って欲しかったくらいです…………。

ちなみに同じ九尾ですが、玉藻の前はぬら孫の羽衣狐とは伝承が違う狐だった筈です。伝承によると、玉藻の前はその正体を安倍清明に見破られ、都を追い出されます。
何かと、狐に縁がある安倍清明の話……。

今回のエピソードの前半部分。話の流れをぬら孫のゲーム『百鬼繚乱大戦』のつららルートを参考にさせていただきました。ただ、後半の流れそのものは原作通りに進みますので、どうかよろしくお願いします。



第六十四幕 京妖怪の宿願

 京妖怪は現在、複数に別れて街中から人間の生き肝を集めて回っていた。

 

 既に第一の封印であった弐条城を解放し、羽衣狐は目的地へと辿り着いていた。

 そこは弐条の城の地下。洞窟に真っ黒い水が溜まっている場所がある。封印で解き放たれた京の怨念が流れ込み、その池を黒く染めているのだ。

 それこそ、妖気終焉の地――『鵺ヶ池(ぬえがいけ)』。千年前、羽衣狐が初めて『やや子』を産んだ場所であり、彼女はここで再び自らの子『(ぬえ)』を産もうとしていた。

 

 そう、鵺の生誕。それこそが京妖怪の宿願であり、彼らが羽衣狐の下に集った大儀である。

 彼らはそのために何百年、長い者であれば千年とこの日を待ち続けてきた。

 

『――さあ……妾に力を。下僕たちよ、もっと生き肝を持ってこぬか』

 

 鵺ヶ池に陣取った羽衣狐は、自身の配下である百鬼夜行に生き肝を持ってくるように命じていた。

 

『生き肝信仰』という考え方がある。古くは中国の三蔵法師。彼の法師の生き肝を妖たちが狙った話に端を発している信仰で、人間の生き肝には妖の力を増幅する効力があると妖たちの間では信じられていた。

 実際、羽衣狐は生き肝を喰らうことで力を増す妖怪であり、その力が彼女に――鵺を生むための力を与えていた。

 

 だからこそ、京妖怪たちは街中から生き肝を集めて回る。

 それが自分たちの宿願を叶える、唯一の方法だと信じて――。

 

 

 

「……だというのに、貴様は何をやっているのだ、土蜘蛛?」

 

 京妖怪・鬼童丸。彼は生き肝を集めて回っている最中、土蜘蛛が陣取っている相剋寺へと足を向けていた。

 

 

 土蜘蛛は京妖怪の中でも、取り分け身勝手で自由気ままに動く妖である。

 彼は四百年前、奴良組との抗争のときも、大阪城を留守にしており、あの羽衣狐さえ「おぬしが城にいれば、不覚をとらなかった」と断言したほどに残念がっていた。

 

 現代になっても、土蜘蛛の勝手は変わっていなかった。

 彼は単独で奴良組を襲撃しに行き、鬼童丸にも手出し無用と釘を刺した。おそらく、鬼童丸があそこで奴良組に手を出していれば、土蜘蛛は逆に鬼童丸と敵対していただろう。土蜘蛛がそういう妖であることを、長い付き合いである鬼童丸は知っていた。

 

 鬼童丸はそんな土蜘蛛の性分に溜息を吐きつつ、彼の好きなようにやらせていた。

 しかし、鵺の誕生がまじかに迫り、流石にこれ以上の勝手を許せなくなったのだろう。

 彼は土蜘蛛にも生き肝集めを手伝わせようと、相剋寺を訪れていたのだ。

 

 

「相変わらず……物好きな男よ」

 

 鬼童丸は土蜘蛛が捕まえてきたという人間の娘に目を向ける。

 

「…………」

 

 巫女装束を着た少女。それなりの深手を負っているのだろう。気を失い、宙ぶらりんに吊るされた状態で縄で縛られている。

 最初は羽衣狐への生贄かと思った鬼童丸だったが、どうやら違うらしい。土蜘蛛は特にその少女に何をするでもなく、ただそこに吊るしているだけだった。

 

「まったく、こんなところで油を売っている場合ではなかろうに……」

 

 そう言いながらも鬼童丸は持ち込んだ酒を飲み、つまみを口にしている。そんな彼と隣り合わせに土蜘蛛も徳利の酒をあおっている。長い付き合いなだけあって、こうして一緒に酒を飲むくらいのことはする。

 さらに土蜘蛛は煙草をふかし始め、口元に笑みを浮かべた。

 

「大きな楽しみができちまったものでな、くくく……」

「楽しみだぁ……?」

 

 土蜘蛛の言葉に鬼童丸の表情が険しいものになる。

 

「楽しみなど……フン! 大望があるだろう? 我らが四百年前に果たせなかった、鵺の――」

 

 そこでさらに日本酒をあおり、鬼童丸は口調を厳しくし、土蜘蛛に喰ってかかった。

 彼に自分たちの大望。それを今一度、はっきりと思い出させるために――。

 

「『あの方』の誕生ぞ、貴様も……それを望んでいた筈だろう、土蜘蛛!」

 

 

 

× 

 

 

 

 声が聞こえる。

 聞き慣れぬ二人の男性が話し込む声が――家長カナの耳に響いてきた。

 

 ――……あれ? わたし……どうなったんだっけ?

 

 カナは思考が定まらない中、自分の身に何が起きたのか順番に思い出そうとしていた。

 

 ――わたしは……リクオくんの力になりたくて……彼の百鬼夜行に入ろうとして……。

 

 伏目稲荷神社で再開した、幼馴染の奴良リクオ。彼の盃を受け取り、彼の百鬼として共に戦おうとカナは腹を括った。しかし、そこにあの強大なプレッシャーを持った妖怪・土蜘蛛が乱入してきたのだ。

 

 ――そうだ、わたし……戦ったけど、全然……歯が立たなくて……。

 

 土蜘蛛を前にカナの力は無力だった。せっかく身に着けた神通力も役に立たず、これまで幾度となく自分の危機を救ってくれたハクの形見である『天狗の羽団扇』もボロボロになってしまった。

 

 ――それでも……どうにかしたくて。リクオくんの、百鬼夜行を守りたくて……。

 

 それでも、カナは諦めなかった。自分に何か出来ることはないかと、面霊気の制止を振り切って彼女は駆け出していき――そう、雪女・及川つららを庇い、土蜘蛛に殴り飛ばされたのだ。

 

 ――だって及川さんは私の友達で……リクオくんの大事な百鬼の一人だから……。

 

 カナがつららを庇ったのは、彼女が清十字団の仲間であり、友達だったからだ。それに加え、彼女はリクオの大切な百鬼の一員。それだけの理由さえあれば、カナが命がけでつららを庇うことに躊躇はなかった。

 本当なら、つららを突き飛ばして自分も土蜘蛛の拳を躱せればよかったのだが、そう上手くいかないものだ。

 

 ――それから…………どうなったんだっけ?

 

 不思議なことに、土蜘蛛に殴り飛ばされてからの前後の記憶が酷く曖昧だった。

 あれから自分の身に何が起きたのか? 

 カナはそれを確かめるべく、ゆっくりと瞼を開いていく。

 

 

 

「――あれ? ここ……どこ? わたし、何で縛られてるの!?」

 

 そこでようやく意識をはっきりと覚醒させるカナ。彼女は周囲の状況、今の自分の状態に困惑する。

 

 カナは見知らぬ建物――構造から見て、どこかの寺のような場所にいた。体を縄で縛られ、天井から伸びたロープによって、宙ぶらりんに吊るされている。

 まるでミノムシのような状態で身動きが取れない。カナは咄嗟に体を動かし縄を解こうと試みるも、瞬間的に走った激痛にその表情を歪める。

 

「――痛っ!」

 

 土蜘蛛に殴られたダメージが残っているようだ。春明が防御式の結界を編み込んでくれた巫女装束のおかげで何とか一命を取り留めはしたが、それでもかなりに痛手。これでは縄を解くために力を込めることもできない。

 そうして、カナが痛みに声を上げたためだろう。彼女が目覚めたことに気づくものがいた。

 

「ああん? なんだ……起きたのか、お前?」

「……ふん」

「あ、あなたたちは!?」

 

 吊るされている自分を見上げる二人の京妖怪にカナは驚愕する。

 

 ――土蜘蛛!! ……とっ、もう一人は……誰?

 

 一人は土蜘蛛。自分を殴り飛ばし、リクオの百鬼夜行を壊滅させた恐るべき妖怪。その巨体が目を光らせ、自分を見つめている。

 そしてもう一人、土蜘蛛の隣に立つ一見すると人間のように年老いた男。だがその立ち振る舞いはしっかりとしており、眼光も鋭く、カナを見上げるその瞳には強い殺気が込められていた。

 

 その状況にカナはさらに混乱する。何故、土蜘蛛がすぐ側にいて、自分がこうして縛られているのか。いったいここはどこなのか。あの襲撃の後、自分の身にいったい何が起きたのかと。

 

「ふぅ……目が覚めたとあっては、尚やっかいなことだ……」

 

 カナが困惑していると、土蜘蛛の隣に立った老人は暫し考え込んだ末、その脇に差していた刀を抜き放った。

 

「ふん!!」

 

 そして気合一閃、掛け声を上げながらその刀を振り上げる。

 

「きゃっ!?」

 

 小さく悲鳴を上げるカナ。老人の放った剣の風圧はそれなりに距離のあったカナの場所まで届き、彼女を縛っていた縄を斬り捨てる。

 思わぬ形で束縛から解放されたカナだったが、それは同時に支えを失うことでもあった。

 カナの体は吊るされていた天井付近から、勢いよく地面へと落下していく。

 

 ――お、落ちる!!

 

 落下したところで死ぬような高さではなかったが、負傷した状態でこのまま落ちるのは不味い。咄嗟にそう判断したカナは、六神通『神足』を発動する。力を行使したことにより茶髪の髪が真っ白に染まり、ふわりと彼女の体が宙に浮く。

 

「……ほう?」

 

 感心するかのように目を細める老人。さっきまでの殺気立った視線が、僅かに興味深げなものに変わり、その目が真正面からカナを見据えてくる。

 カナは一瞬、神足で飛翔したまま逃げることも考えた。だが、その老人の視線がそれを許そうとはしなかった。もし逃げようと試みれば――間違いなく次はカナが斬られていただろう。

 

「…………どうして、縄を?」

 

 カナはやむを得ずその場に着地し、老人に向かって問いかける。

 あれほどの剣圧であれば、縄ごとカナの体を斬り捨てることも出来ただろうに、彼はそのようなことをせず、縄だけを斬ってカナを呪縛から解放した。

 しかし、それが親切心によるものでないことを老人はその口から語る。

 

「束縛された者を斬る趣味はない。それだけのことだ。しかし……」

 

 どうやら、縛られているものを一方的に斬ることを嫌っただけで、カナのことを見逃してくれるという訳ではないらしい。

 

「ふむ……今どき珍しい、神通力持ちか。これはいい! 羽衣狐様へのいい手土産になるだろう」

 

 口元に笑みを浮かべながら老人は刀を構え、カナにその凶刃を向ける。

 

 

 生き肝信仰において、神通力などの特殊な力を持った人間の生き肝は特に貴重とされてきた。赤子や巫女・皇女などといった尊い身分の人間以上に価値があり、それを喰うことでより力を高めることができるとされている。

 

 しかし現代。近代文明の発展と共に人は神や仏、妖怪の存在を信じなくなっていき、その信仰心が薄れてきた。

 それが結果的に、人間が神通力に芽生えるきっかけを奪ってしまった。

 

 四百年前、羽衣狐に生き肝を喰われた女性で、『髪長姫』と呼ばれる女性がいた。

 彼女は幼少期。髪が全く生えないことに絶望して海に身を投げたことがあったのだが、その際、海に沈んでいた金色の仏様を丁重におまつりしたところ、誰もが羨むほどの美しい髪を授かった。

 日本一美しいとされるほどの髪――それこそ、彼女の神通力だった。

 髪長姫は、仏を祀るという『信仰心』でその『力』を授かったのだ。

 

 

「拙者の名は鬼童丸。小娘、貴様の生き肝、羽衣狐様に捧げてやる!」

 

 老人――鬼童丸はカナが特殊な神通力持ちであったことを喜び、その生き肝を狙って刀を抜く。ちまちまと凡人の生き肝を大量に捧げるより、カナのような力を持った人間一人の肝を捧げる方が、より主たる羽衣狐の力が増すだろうと、そう考えての行動だった。

 

「くっ――!」

 

 鬼童丸の殺気に抗おうとカナは護符を起動し、式神の槍を構える。しかし、体の節々から激痛が走り、上手く態勢を取ることすら難しい。こんな体たらくで鬼童丸のような強者から逃れることなど不可能だ。

 

 ――こ、こんな、ところで……! 私は、まだ……!

 

 どうあがいても絶望的な状況。だがカナは諦めない。

 自分はまだ『約束』を果たしきっていない。その想いを胸に、彼女はこの窮地を乗り切る術はないかと必死に知恵を巡らせる。

 すると、意外なところから助け船が入った。

 

「――おい。勝手なことすんじゃねぇよ」

 

 同じ京妖怪である筈の土蜘蛛が、ご立腹な様子で鬼童子の行動を咎めていた。彼は勝手にカナを殺そうとする鬼童丸に詰め寄り、カナを生かす理由を口にする。

 

「コイツは『エサ』なんだよ。あのガキを誘き出すための……殺しちゃつまんねぇんだよ」

 

 土蜘蛛の意外な行動。しかし、カナの意識はその行動よりも彼の発言の方に気を取られていた。

 

 ――エサ!? あのガキって……まさか、リクオくんのこと!?

 

 土蜘蛛の発言に、再び状況を整理するカナ。

 言動から察するに、自分をここまで連れてきたのは土蜘蛛のようだ。彼は――どういう訳だか知らないが、リクオともう一度戦うため、気を失っていたカナを連れ去り、彼女をここに縛り吊るしたのだ。

 リクオがカナのことを助けに来ると、そのように考えて。 

 

 ――ど、どうしよう! 確かにリクオくんなら……来てくれるかもしれない、けど……!

 

 自分だからという訳ではない。リクオなら、あの場にいた誰が連れ去られようと、きっと助けに来るだろう。

 それがたとえ、正体を隠して今までリクオのことを騙し続けてきたカナであろうと。

 

 ――そっか……きっと知られちゃったよね。

 

 カナはそこまで考えてようやく、自分の正体がリクオに知られてしまったことを悟る。面霊気を脱ぎ捨てたのはカナの意思によるもの。しかし、彼女は自身の軽率な行動を後悔しつつ、今は目の前の困難に目を向ける。

 

「土蜘蛛。厄介事を抱え込むな。宿願成就のときが目の前に迫っているのだぞ」

「俺のやることに口を出すんじゃねぇよ」

 

 カナの身柄を巡って、カナそっちのけで睨み合う土蜘蛛と鬼童丸。二人の強者の間に迂闊に口を挟むことも出来ず、カナは緊張でツバを飲み込む。

 二人の言い合いは言葉を重ねるごとにヒートアップしていく。

 

「俺を止めたきゃ、力でねじ伏せるんだな」

「……いいだろう、望むところだ。言っても分からぬなら、もはや刀を抜くまで!」

 

 とうとう、力を以ってお互いの意思を決定しようと、土蜘蛛が腰を低くし、鬼童丸が刀に手をかける。身構える両者の全身から、恐ろしいほどの畏が漲っている。

 

 ――……わ、わたしじゃあ、止められない!!

 

 たとえ万全な状態であっても、カナ一人ではこの両者の戦いを止めることはできないだろう。

 そして、この強者同士がぶつかれば、その余波に巻き込まれただけでも今のカナではひとたまりもない。

 

 

 

 

「……………」「……………」

 

 静かに睨み合う強者たち。互いに相手の実力を知っているだけあって、迂闊には動けない。

 彼らはきっかけを待っていた。

 

 西部劇のような荒野の決闘。コインが落ちるような瞬間を――。

 強風によって転がる回転草(タンブルウィード)がピタリと止まる刹那を――。

 

 静寂に包まれる相剋寺。どんな小さな物音一つでもそれがきっかけとなり、殺し合いが始めるだろう。

 その開始の合図を――彼らは今か今かと待ち望んでいた。

 

 

 そして――ついにきっかけとなる『音』が静寂の中で鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐぎゅるるる~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あん?」

「――はっ?」

 

 しかしそれはあまりにも滑稽、あまりにも間の抜けた音だった。

 流石にそんな合図では戦い始めることができず、土蜘蛛も鬼童丸も音の出どころ――カナの方へと視線を向ける。

 

 

「…………………………………ごめんなさい」

 

 

 二人に視線を向けられたカナはプルプルと震えながら、その顔を羞恥に赤く染め、心底申し訳なさそうな声を絞り出していた。

 

 そう、その音源の正体は、彼女の腹の虫――お腹が鳴る音だった。

 

 実は京都に着いてから、カナはほとんど何も口にしていなかった。忙しくてその機会がなく、また別に食べなくても平気かと思っていたからなのだが――どうやらその空腹に、体が耐え切れずに音を上げてしまったようだ。

 

「貴様、この状況で……どういう神経をしているのだ!? これだから、人間というやつは……」

「……………ホントに、ごめんなさい」

 

 思わぬ形で戦意を削がれ、鬼童丸はこめかみを引きつかせ、カナはさらに恥ずかしそうに俯いてしまう。

 しかし、それにより冷静さを取り戻したのか。鬼童丸は刀を鞘に納め、土蜘蛛に背を向ける。

 

「ああん? なんだよ、やんねぇのかよ?」

 

 カナの腹の虫にシリアスな空気をぶち壊されて尚、土蜘蛛は鬼童丸と戦う気満々だったらしい。戦意を引っ込めた相手に不満を口にするも、鬼童丸にもはやその気はなかった。

 

「やめだ、やめ! そんな小娘一人のために、貴様と敵対してもしょうがない。生き肝なら、別の場所から調達すればいいからな……」

 

 鬼童丸は神通力持ちのカナの生き肝を羽衣狐に捧げられるメリットよりも、土蜘蛛と敵対するデメリットの方を大きくとったようだ。下手に土蜘蛛を敵に回し、また勝手な行動をされても困ると、鬼童丸は溜息を吐きながら相剋寺を後にしていく。

 去り際、彼はカナの方にチラリと視線を向けながら、土蜘蛛に忠告しておく。

 

「その小娘を生かしておくつもりなら、水くらい飲ませておけ。人間は我々妖怪と違って脆弱だ。飲まず食わずでは三日ともたずに死んでしまうぞ……まっ、私の知ったところではないがな」 

 

 

 

 

 

「………………た、助かったのかな?」

 

 鬼童丸が去ったことで、カナは命の危機を脱した。

 その代償として死ぬほど恥ずかしい思いをしたが、やむを得ない犠牲だった。

 カナは乙女として何か大事なものを失った代わりに、窮地を乗り越えたのだ。

 

 だが勿論、それで全てが解決する訳ではない。未だカナは土蜘蛛に捕らわれの身であり、現状は何一つ好転していなかった。

 

 ――どうにか隙を見て逃げ出さなくちゃ、けど……。

 

 改めて現状を整理し、カナが真っ先に考えたのが逃げることだ。

 リクオが自分を助けに来る前に、土蜘蛛の目から逃れ、相剋寺から逃げ出すこと。自分が無事であることが伝われば、リクオも無理に土蜘蛛の下に来る必要もなくなるだろう。

 しかし、それですら難しいとカナは思い悩む。

 

 ――痛っ! ……多分、肋骨にヒビくらいは入ってると思うな……。

 

 カナは自身の怪我の具合を見る。全身の激痛、特に脇腹の上あたりが深呼吸するたびに痛む。槍を握って抵抗するのもそうだが、これでは逃げることもままならない。多少、痛みが引くまで休息をとる必要があるだろう。

 

 ――それに、周囲を囲まれてるみたいだし……。

 

 さらにカナは気づいていた。土蜘蛛以外にも、この相剋寺には常に何者かの気配があり、カナの見えない所で蠢いていることを。『天耳』で足音を探った限りだと、おそらくクモ妖怪か何かの類だろう。敵意と悪意に満ちていることが『他心』で感じ取れる。 

 たとえ土蜘蛛の目を掻い潜れても、彼らの包囲網を突破しなければ脱出できない。

 

 ――くっ、駄目だ! 今のわたしじゃあ……! せめて、羽団扇さえあれば……。

  

 せめてハクの形見である天狗の羽団扇さえあれば、選択肢も増えるのだがとカナは悔しさに歯噛みする。先の戦いで羽団扇はボロボロになってしまい、カナは風を起こせなくなってしまっている。

 戦力的にも大きく弱体化した自分に、彼女は否定的な気分で落ち込む。

 

「ほれ」

 

 そんな気落ちするカナに土蜘蛛が声を掛けてきた。鬼童丸の忠告を真に受けたのだろう、どこからか水を汲んできてそれをカナに差し出す。

 

「…………どうも」

 

 カナは暫し迷った末、その水の入ったコップを大人しく受け取る。ここで意固地になったところでどうにもならないと考え、大人しく水分補給をしていざという時に備える。

 

「………………」

 

 カナが水を飲んでいる間、土蜘蛛は煙草をふかしていた。特に何を喋るわけでもなく彼は星空を眺めている。

 

「……………あの」

「あん?」

 

 沈黙に耐え兼ね、カナは思い切って土蜘蛛に話しかけていた。

 別にお喋りがしたかったわけではない。何か、土蜘蛛から逃げ出せるようなきっかけでも見つからないかと、カナは慎重に言葉を選んでいく。

 

「……どうして、リクオくんと戦いたいんですか?」

 

 さしあたり、彼女が問い掛けたのは土蜘蛛がリクオに固執する理由だ。何故、自分を攫ってまで彼と戦うことにこだわるのか。その理由がカナには見当もつかなかった。

 すると、カナの問いに土蜘蛛は笑みを浮かべながら答える。

 

「ああ、ああいう『面白れぇ奴』は中々いねぇからな。いい暇つぶしになるだろうぜ」

 

 暇つぶし、と好戦的な笑みを浮かべる土蜘蛛の言葉に裏表はない。彼は本当に、ただ暇を潰したくて奴良組の百鬼夜行を襲撃し、奴良リクオともう一度戦うためにカナを連れ去ったのだ。

 

「まっ、鵺とやるまでのつなぎにはなるだろう……楽しみだな、くくく……」

「…………鵺?」

 

 カナは土蜘蛛の言葉に厳しい表情を見せる。ただの暇つぶし目的で、リクオたちを傷つけた土蜘蛛に反感を抱いたからだ。しかし、彼の口から出た『鵺』という言葉にカナはピクリと反応する。

 

「鵺って……確か、千年くらい前に京で暴れたっていう……あの?」

 

 以前、清継の妖怪談義で聞いた覚えがある。千年前、平安時代の京で暴れ回ったされる大妖怪。

 伝承によれば、鵺は『猿の顔、狸の胴体、虎の手足、蛇の尾』を持つとされているが、その姿も後世におけるイメージとのことで、実際のところはよくわかっていないらしい。

 そのことから、『鵺』には『何だかよくわからない、得体の知れないもの』という意味合いがある。

 

「そうだ。俺はその鵺と闘いたくてしょうがねぇのよ!」

 

 鵺のことを語ったことですっかり饒舌になったのか、土蜘蛛はさらに言葉を滑らせる。

 

 鵺こそ、京妖怪たちが待ち望んでいた宿願。羽衣狐が弐条城で出産しようとしている大妖怪だと。

 京妖怪たちは、その鵺を魑魅魍魎の主として仰ぎ、この世を闇に染めるつもりでいると。

 

 人間であるカナにペラペラと、土蜘蛛が京妖怪の内情を話していく。ここまで彼の口が軽いのは、土蜘蛛自身の目的が他の京妖怪たちとは少し違うからだ。

 彼は千年前。その鵺と真正面からぶつかり合い、千年後の今も好敵手として鵺の再誕を待ち望んでいるとのこと。彼自身、京妖怪たちが望む『妖怪たちが人間を統べる世界』とやらに欠片も興味を抱いていない。

 

 土蜘蛛は常に『強者』との闘いを望んでいる。ただそれだけの妖怪だった。

 

「だが――鵺ってのは得体の知れねぇものの二つ名でな……」

「二つ名……ですか?」

 

 カナは土蜘蛛の話を静かに聞いていた。敵の内部事情を知ることで、今後の戦いが有利になるかもしれないと考え、相手に話の先を促す。

 しかし、そこでカナは知ることになる。京妖怪が鵺と呼ぶ、その者の正体を――。

 自分たちが戦う相手が何者なのか、その実態を――。

 

「ああ、奴は『人間』としてはこう呼ばれていたよ」

 

 土蜘蛛は鵺の――『人』としての名前を口にしていた。

 そう、彼の者は千年前の京の闇を支配した男。その名も――――

 

 

 

安倍清明(あべのせいめい)……ってな――」

 

 

 

×

 

 

 

 カナが土蜘蛛からその名を聞いていた頃。

 魔都と化した京都では、多くの京妖怪たちが暴れ回り、人間たちの生き肝を集めていた。

 

 骸骨の妖怪・骸輪車(むくろわぐるま)暴走団が街中を暴走族のように疾走し、霊感の高い人間がそれを目撃。警察に通報しようとしたところを彼らは襲いかかり、その人々を弐条城へと連れ去っていく。

 霊感の低い人間は彼らの姿を見ることができず、襲われることもない。なるべく活きの良い、霊力の高い人間の生き肝を選別して、彼らは羽衣狐へと捧げていたからだ。

 弐条城へと連れ去られた人間の運命――それは推し量らずとも分かることである。

 

 

 そしてここ――第六の封印『龍炎寺』。

 この地の封印を守護する京妖怪・陰摩羅鬼(おんもらき)もまた人間の生き肝を集めていた。

 死霊の集合体である彼らが狙ったのは――若くてみずみずしい、人間の子供たちの生き肝だった。

  

 陰摩羅鬼は見た目が黒い鳥のような妖怪だが、その姿を人間に擬態することが出来る。

 彼らは引率の先生に化け、京都に旅行中だった中学生たちを言葉巧みに誘い出し、自分たちが巣くう龍炎寺へと連れて来た。

 何十人もの若者たちの生き肝を一度に大量に奪う、嫌らしいやり方だ。誘い出された子供たちはいったい何が起きたのか分からず、正体を現した陰摩羅鬼相手に、最後まで恐怖と困惑にその表情を歪めていた。

 

 しかし、間一髪のところで彼らに救いの手が差し伸べられる。

 

「――てめぇらがこの寺の妖だな」

 

 冷たく吐き捨てながら現れた頭部が宙に浮いている男――首無。

 彼は陰摩羅鬼たちが子供たちを殺そうとしたその時、颯爽と現れ武器である紐で陰摩羅鬼たちの体をバラバラのミンチにした。

 彼の鬼憑の一種『殺取・蛇行刃(じゃこうやいば)』は紐を刃のように研ぎ澄まし、敵を切り裂く技だ。その技で陰摩羅鬼たちはただの鳥肉と化し、子供たちもすぐにその場から逃げ出すことができた。

 だが、首無は敵を倒した達成感に浮かれることもなく、助けた子供たちにも目をくれない。彼は殺すべき敵を求めて次の目的地へと向かう。

 

 その表情は鋭く、一片の微笑みもない、冷たい眼差しをしていた。

 

 

  

 

 ――戻っていってる。二代目と出会う前に……。

 

 首無のすぐ側にはいつものように毛倡妓の姿があった。彼女は首無の変化。彼が過去、もっとも荒れていた時期――『常州の弦殺師』と呼ばれていた頃のことを思い出し、今の彼の精神状態に危機感を抱く。

 

 今の首無はその頃のように冷たい目をしており、その容赦のない戦い方もまさにその当時のものだった。

 

 毛倡妓はそんな首無のことを心配し、彼に着いてきていた。奴良組の百鬼夜行の皆には悪いと思ったが、今の状態の首無を一人にはしておけない。

 目を離したら最後、もう二度と会えないのではないかとそう直感したからだ。

 実際、今の首無の戦い方は実に危うい。既に第七の封印『柱離宮』の妖たちも彼が一人で潰していた。誰にも頼らず、背中を預けず、全てを敵として蹂躙する。

 

 ――バカ首無。このままじゃあ……!

 

 毛倡妓は首無のそんな無茶な戦い方に叫びたい思いに駆られる。

 確かに今の首無は強いかもしれない。だがその強さは間違いだと、ただの強がりだと。他でもない、主である奴良鯉伴に教わった筈だろうに。

 首無はそのことを忘れ、一人で全てを抱え込もうとしている。

 

「……毛倡妓、行くぞ」

 

 首無が毛倡妓に声を掛ける。危うい状態であっても自分のことをキチンと仲間として認識してくれている彼に僅かな希望を抱き、毛倡妓は首無へと駆け寄った。

 

 ――行かせては、ダメッ!

 

 これ以上行かせたら戻って来れなくなる。

 あの頃に――孤独だった常州の弦殺師に戻ってしまうと。

 

「首無……!!」

 

 毛倡妓は彼の名を叫びながら、手を伸ばしていた。三百五十年前にも、そうしたように――

 

 

 しかしその手は――轟音と共に放たれた斬撃によって遮られる。

 

 

「――!!」「――!!」

 

 二人の間を分断するかのように放たれたその斬撃は、龍炎寺の塀を叩き壊し、庭園に広がる枯山水(かれさんすい)の地面を真っ二つに引き裂く。ついでとばかりにバラバラになっていた陰摩羅鬼たちの死骸をさらにバラバラにし、その斬撃を放った京妖怪が塀の向こうから姿を現す。

 

「――血の匂いがすんな」

 

 その声音には既に怒りがこもっていた。苛立ちを隠そうともしない表情でその京妖怪・茨木童子は首無に向かって殺気を飛ばして問いかける。

 

「血生ぐせぇ刃の、鉄くせぇ匂い。野郎……名を名乗れ」

 

 

 

×

 

 

 

 首無が茨木童子と相対していた、同時刻。

 別の場所でも京妖怪たちの侵攻が始まろうとしていた。

 

「――なっ、何事だ!!」

 

 何の前触れもなく起こった爆発音に、見張りをしていた陰陽師たちが声を上げる。

 そう、ここは花開院本家――京都を守護する陰陽師たちの総本山である。

 その本家屋敷が突如として爆発し、その異変が彼らを襲った。

 

 空が――割れる。

 

 まるで空間を切り裂くかのように、花開院家の結界を破り、奴等――京妖怪たちが姿を現す。

 侵入してきた妖の大半が蟲の姿をしており、その不気味な羽音を鳴り響かせる。

 

「――神に身を捧げられる、お前たちがなんと羨ましい」

 

 そんな蟲妖怪で構成される集団の中――神父姿の青年が眼下の陰陽師たちに向かって語り掛ける。

 

「捧げられぬ自分が呪わしい。できることなら代わりたい」

 

 そう呟きながら後光を放ち、十字架を握り締める神父の青年は京妖怪・しょうけらだ。一見すると見目麗しい美青年に見えるが、その正体は蟲の妖である。

 彼は自身の配下たる昆虫妖怪たちを従え、花開院本家を襲撃しに来た。陰陽師といった能力者の生き肝こそ、羽衣狐に捧げるのに相応しいと考えたからだ。

 

「やがて死にゆく者へ。神よ、慈愛の光あれ……」

 

 しょうけらはそう言って、陰陽師たちを祝福する。

 

 闇の聖母たる羽衣狐にその身を捧げられる彼らを羨みながら――。

 人間を殺す自分の罪を主に許しを請いながら――。

 

 その実、一片の躊躇も後悔も持たぬまま、陰陽師たちを全滅するべく攻撃を開始する。

 

 

 

 

「……それで? 本当にここにいるのだな? 破軍使いの少女とやらが?」

 

 そうして、部下たちが花開院の陰陽師たちに襲いかかる光景を眼下に収めながら、しょうけらは後ろの方で待機している『怪鳥の背に寝そべる少年』に声を掛けていた。

 その少年は陰陽師たちの悲鳴を聞きながら、悦に入る表情を浮かべてしょうけらの質問に答える。

 

「うん、そうそう! なんたって大事な大事な破軍使いだからね~! きっと後生大事に抱え込んでいる筈さ! 間違っても戦場の、それも最前線に出すなんて……そんな馬鹿なことはないよ、きっと!!」

 

 少年は、軽い調子で妙に確信めいた推測を口にする。それは根拠のない推測だが、しょうけらはその少年の言葉に「ふむ……」と納得した様子で部下の蟲妖怪たちの一部に命令を下す。

 

「さあ、天の御使いたちよ! 破軍使いの少女を捜してくるがいい!」

「はっ!!」

 

 しょうけらのその命を受け、花開院の陰陽師と戦っていた一部のものたちが屋敷内に侵入、破軍使い・花開院ゆらの捜索に乗り出していく。

 

 その屋敷内にゆらの姿など影も形もないことを、露知らずに――。

 

 

 

 

「ふっ、西洋かぶれのナルシストは扱いやすくて助かるよ……」

 

 しょうけらに聞こえぬよう、小声で呟きながらその少年――吉三郎は口元を歪める。

 

 彼は、ゆらがここに居ないことを始めから知っている。知った上でしょうけらたちを騙し、この花開院本家を襲撃するよう焚きつけた。

 自分では花開院家の結界を破るのは難しいと判断したからこそ、彼らの手を借りるために平然と偽りを口にしたのだ。

 

「さて、あの子たち……清十字団の皆はどこにいるのかな~? ふふふ……」

 

 吉三郎は自身のターゲットである少年少女・清十字団の居所を捜すために聞き『耳』を立てる。

 端から花開院家など眼中にないし、生き肝を羽衣狐に捧げるつもりもない。

 

 彼は自らの欲望を満たすため、奴良リクオを苦しめる材料として彼らの身柄を欲していた。

 ただ、それだけだった。

 

 

「おっ! 見ぃつけた~」

 

 

 そして、吉三郎の常人離れした聴覚が清十字団の存在を捉える。

 彼はその口元を、さらに邪悪に歪めていく。

 

 

 




補足説明
 ゲームのシナリオだと?
  ゲームのつららルートだと、この後土蜘蛛が鬼童丸を潰してしまい、そのまま調子に乗った土蜘蛛がつららと共に京妖怪をばったばったとなぎ倒していきます。ホント、敵でも味方でも厄介なバトルマニアだ……。

 髪長姫
  本名は宮古姫。日本一美しい髪を持った女性。かなりの美人でしたが、呆気なく羽衣狐に生き肝を喰われて退場された人。人間がどのように神通力を持つのか、その理由説明の為に名前だけ登場してもらいました。
 
 安倍清明
  鵺という名前と共に原作よりも一足先に登場。ぬら孫以外にも色々な作品に登場する超有名人。織田信長とか、宮本武蔵とかくらいに、色んなバーションの安倍清明さんがいらっしゃるんじゃないんでしょうか? 日本人の想像力、恐るべし!!

 
 とりあえず、九月の更新はこれで最後です。
 FGOのボックスがとりあえず百箱達成したので、その息抜きに今回の話を書いてます。それにしても、今年の高難易度クエストは鬼畜過ぎる……。無駄に長くてやり直すのも一苦労だよ……ハァ~。

 
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