75話『九尾の狐』
とうとう完結した地獄の四将編。クライマックスに相応しい戦いでした。
鬼太郎とファミリーの力が結集。石動零に力を貸す伊吹丸。
まなと猫娘も、アニエスたちと共に地獄へ――まさに総力戦な展開。(ねずみ男もカッコよかったよ!)
九尾も実に強敵でラスボスとして、納得の器。少し駆け足気味でしたが、とても満足な最終回でしたね(まだ終わってない)
76話『ぬらりひょんの野望』
ついに……ついに登場! ぬらりひょん!
全てはゲゲゲの鬼太郎という作品から始まったと言っても過言ではない存在。
声優さんがまさかの大塚明夫さん! ぬら孫でぬらりひょん役を担当した大塚周夫と親子二代でぬらりひょん役。
声もそっくりで、一瞬同じ人かと錯覚してしまいました。
しかし……楽しみである反面、これが最終章とちょっと気落ち気味。三年目………………続けて欲しかったな~。
さて、大分遅れてしまいましたが更新です。
ただ、今回の話はほとんど原作と変わりない説明会。
個人的にも「???」と思いながら投稿しましたが、まあ……次回までのつなぎと思って軽い気持ちで読み進めていって下さい。
「おいおい……やられちまってんじゃねぇか」
茨木童子は苛立っていた。部下の鬼たちの体たらくに。自分の目の前をうざったく立ちふさがるクソ虫共に。
彼が第六の封印・龍炎寺に訪れていたのは百鬼の主人である羽衣狐にここを守るように頼まれたからだ。
本来であれば、陰摩羅鬼という死霊の集合体がこの地を守護する妖なのだが、彼らではあまりに頼りなさすぎると。その戦力を危惧した羽衣狐が、不甲斐ない彼らの代わりに茨木童子を派遣した。
正直、街中で暴れ回りたい茨木童子としては気が乗らない話である。
彼は京妖怪の中でも古参で、もう千年近く羽衣狐と関りを持ってきた鬼の眷属だ。彼にとって羽衣狐は『主』というよりは『主の母』という側面の方が強く、彼女のことを呼び捨て呼んだりと、心から真に忠誠を尽くしているとは言い難い。
彼の主はあくまでも鵺――安倍清明。父として慕っていた酒呑童子を殺し、自分たちの頭に成り代わったあの男である。
しかし、羽衣狐とは『血を見るのが好き』という同好の趣味嗜好がある。そういう意味では何かと気が合う相手であり、そんな彼女の配下として振る舞うのもまんざら嫌という訳ではない。
どうせ鵺が復活するまでの辛抱だと我慢することにし、彼は龍炎寺で大人しく守りに徹することにした。美しい庭園――枯山水でも眺めながら心を落ち着かせようと、数人の部下たちを引き連れてここへやって来た。
だというのに――。
その美しい筈の庭が薄汚い下手人によって派手に荒らされていた。下っ端である陰摩羅鬼の死骸で――。
「クソ虫が……」
茨木童子は激怒していた。一度守れと任された以上、その地を汚されることは茨木童子自身の顔に泥を塗るも同然。彼は自身の面子を傷つけた『頭部と胴体が離れた男』に猛然と襲いかかった。
「鬼發・
茨木童子の畏・鬼太鼓で雷鳴の矢を放つ。その電撃をまともに喰らい、怯んだところを部下の鬼たちに襲わせる。それで片が付くと、茨木童子は軽くそのように考えていた。
しかし、男のすぐ側にいた『髪の長い女』の参戦で状況が変わる。
女はその長い髪を自由自在に操り、男を茨木童子の放った雷鳴の矢から逃す。そして、何事かを言い争った後、首が宙に浮いたその男と背中合わせに鬼たちと睨み合う。
「――かかってきな鬼共!! あんたらの首……コイツと同じにしてやるよ!!」
「……威勢のいい女だな」
女だてらの啖呵の切りように、特に関心するでもなく呟く茨木童子。別に雑魚が一匹増えようと、戦況に何ら変わりはあるまい。こんな連中に自分たち鬼が負ける筈もないと、彼は当然のように思っていた。
だが、その女と男が共に戦うことで流れが変わっていく。女がその長い髪を自在に操り、鬼たちの攻撃を防ぎ、縛り、目をくらます。その髪の隙間から、男が手に持った紐で的確に鬼たちの急所を狙ってくる。
見事なコンビネーション、それにより配下の鬼たちがズタボロにされていく。
「オイオイ、てめぇら鬼だろうが……目くらましごときに何やってんだ」
茨木童子は不思議でならなかった。何故、部下たちがあそこまで苦戦しているのか、傍から見ている彼では全く理解できない。
あの程度の髪を前に――何をそんなに躊躇っているのかと。部下の鬼たちはその女の髪に何故だが『美しい』だの『怖い』などといった感想を抱いているようだが、少なくとも茨木童子には無縁の感性だ。
「髪など切れよ」
髪結床屋の経験がある彼にとって、髪など所詮は切るだけのもの。彼は二本の刀を抜き放つ。その二本をまるで鋏のように交差させ、雷を刀に纏わせる。
「
茨木童子の鬼憑・仏斬鋏。『鋏』という概念が女の『髪』という概念を呆気なく両断する。髪という守りの壁、遮るものがなくなり無防備になった女が呆気にとられた表情を浮かべる。
その女に向かって、茨木童子は容赦なくトドメの一撃を加えようと接近する。しかし――
『――かかった』
ほくそ笑むような男の声が響くと同時に、女の姿が暗闇の中に消える。
「? なんだ……この地面の文様は?」
いつの間にか男の姿も消えており、茨木童子は一人、枯山水の庭の真ん中に立っていた。彼は――自分を中心に砂が円を描いている光景に違和感を覚える。
枯山水とは、水を用いず石や砂などで山水の風景を表現する庭園様式である。白砂や小石が敷き詰められている庭は水面を表現しており、そこに描かれる文様は水の流れを意図している。
その文様が、何故か自分を中心に渦巻いている。まるで――今しがたその文様を描いたように。
「――殺取・
「!!」
次の瞬間、茨木童子がその場から飛び退くよりも早く男の声が木霊し、紐が彼に向かって襲いかかる。
その文様は――首の無い男によって配置された螺旋状の紐だったのだ。女との連携で茨木童子の隙を突いて張った罠。逃げ場を失い、竜巻のように渦巻く紐の攻撃の直撃を受ける。
茨木童子は体中を斬り刻まれ、そのダメージに一旦その場に膝を突いた。
「毛倡妓。またお前に気づかされた」
自分たちの作戦が上手く嵌ったことに、安堵の表情で首無が毛倡妓に笑みを浮かべる。
首無は当初、何もかも自分でやってやると意固地になっていた。リクオを守り切れず、土蜘蛛に完膚なまでに叩きのめされた敗北感が、彼の考えを間違った方向に昂らせてしまっていたのだろう。
そんな愚かな自分に彼女が――毛倡妓が手を差し伸べてくれた。
「――また昔のように、二人でやりゃいいじゃないか」
「――攻めんのはアンタ。守んのはアタシ」
「――一人で何もかも背負うのはやめて。私たちは仲間じゃないか」
そう言って、彼女は首無と共に鬼たちと戦ってくれた。
毛倡妓が参戦したことにより、戦況は劇的に変わる。彼女が首無の背中を守り、彼は後ろを気にすることなく攻めに徹することができた。
声を掛け合う必要もないほど、阿吽の呼吸で鬼たちと戦う二人の連携は完璧だった。
――……似たようなことを、大昔に言われたな。
先に掛けられた言葉とその感覚に、首無は昔のことを思い出していた。
『――仲間がいる方が強ぇ……そうは思わねぇか?』
『……仲間だと?』
三百五十年前。首無が常州の弦殺師として名を馳せていた頃。
彼は生前――人間だった頃に仲間と自身を妖怪に嬲り殺しにされ、死後に妖怪として目覚めた。そして、その恨みを晴らすため、妖怪を無差別に殺しまわっていたのだ。
その暴挙にその周辺を縄張りにしていた奴良組の二代目・奴良鯉伴が出張って来た。シマの秩序を荒らす不届き者にお灸をすえるため、彼は仲間たちと共に首無と戦ったのである。
『こいつは御業ってんだ。百鬼夜行を率いる者だけの畏ってやつよ』
戦いの最中、鯉伴は一人では決して出来ない、仲間たちとの絆から繰り出される『御業』を用いた。そして、諭すように首無に一人で戦うことの愚かさを説いたのだ。
『はっ、そんなものは邪魔なだけだ。守るものは足手まといになる』
その説教を首無は鼻で笑った。実際、生前の首無は惚れた女を守ろうと助けに行き罠に掛った。仲間たちの危機に目を配るあまり、逃げる機会を失った。
その経験上、彼は仲間は足手まといだと、鯉伴に吐き捨てたのだ。
『……そうかい』
その返答に素っ気ない言葉の鯉伴。彼は首無を切り捨てるべく、刀を握る手に力を込めた――その時である。
『――待って!!』
彼女――毛倡妓が首無を庇って鯉伴の前に立ち塞がった。
その時の彼女は『紀乃』と呼ばれていた花魁であり――ただの人間の女性だった。
無力な人の身でありながら首無を庇い、彼女は鯉伴にこう言ったのだ。
『親分さん、お願いします。私の命を差し上げます。けれども、この人だけは救ってやってくれませんか?』
『……おいおい』
紀乃の命がけの行動に、鯉伴は刀を納めて笑みを浮かべて見せた。
『なんだよ……お前も、守られてるんじゃねぇか』
――そうだ……俺はずっと守られてきた。毛倡妓に……紀乃に……。
人間であった生前も、妖怪となってしまった死後も、首無の側には彼女がいた。
そして、首無は彼女と共に多くの困難を乗り越えてきたのだ。そのことを忘れ、またも自分は間違いを犯そうとしていた。
「ありがとう」
その間違いを身を張って止めてくれた毛倡妓に向かって、首無は照れくさそうな微笑みで礼を述べる。
「……バカ」
首無の感謝の言葉に、毛倡妓は頬を真っ赤に染める。
照れ隠しで彼を罵倒する言葉には当然、嬉しさのようなものが込められていた。
雨降って地固まる。
首無と毛倡妓の二人が改めて互いの絆を再確認し、元の関係に戻ろうとしていた。
「――ハァハァ」
その後方で――――鬼・茨木童子の卒塔婆が今まさに外れようとしていた。
×
「こ、この妖気は……もしや、あの時の妖か!?」
京妖怪の襲撃を受け、地響きを建てて崩れかけている花開院本家の屋敷。その屋敷の廊下を、花開院秋房が満身創痍の身でありながら駆け抜けていた。
彼は先の戦いにおいて、鏖地蔵に心の闇の隙を突かれ操られ、京妖怪の尖兵として仲間である筈の陰陽師たちに牙を剥いてしまった。多くの陰陽師たちが彼の作った妖刀の餌食となり、命を散らした者も数多くいる。
秋房自身は何とか正気を取り戻し、こちら側に戻って来れた。しかし、彼は自分の犯した罪に身を震わせ、最前線で戦うことのできない自身の怪我を不甲斐なく思いながら、大人しく傷を癒していた。
しかし、大人しく寝てもいられない状況に、彼は怪我をおして妖槍・騎億を手に戦いの場に駆けつける。
建物の外からは陰陽師たちの悲鳴が聞こえ、京妖怪たちの妖気が渦巻いている。
「くっ……戦況は? 二十七代目はどこにっ――!?」
秋房は屋敷から飛び出すとともに叫びながら、その光景を見つめ――彼は言葉を失った。
そこには――凄惨な光景が広がっていた。
京妖怪と思しき、蟲妖怪の群れ――それが、一方的に陰陽師たちを蹂躙している。
本家の守りに残っていた筈の、残り少ない手練れの陰陽師たちが成す術もなく倒れ、殺され――喰われている。
「……ぐっ、おのれ……」
その中心地――総崩れとなっている陰陽師たちの中に、現当主・二十七代目秀元がいた。
その老体は地に倒れ伏しており、すぐ側には秋房が感じ取った妖気の持ち主――妖怪・しょうけらが立っていた。
妖怪の妖気の質というものは、それぞれ妖怪ごとに異なっている。通常であれば、大量の妖気が入り乱れる中、その妖気が誰のものかを特定するのは困難だ。
しかし、それが明らかに強大な妖力であれば話は別。
京妖怪の軍勢が入り乱れる中であっても、しょうけらの妖気は頭一つ飛び抜けており、秋房は以前戦ったその妖怪の襲来を感じ取っていた。
「お前……生きていたのか?」
一方のしょうけらも、秋房の顔を覚えていたようだ。
彼は鹿金寺にて、禁術である憑鬼槍で限界まで力を高めた秋房と熾烈な戦いを繰り広げた。結果的に、戦いはしょうけらが優勢のままで幕を閉じたが、そのしょうけらから「こやつ、やりまする」と賛辞の言葉を投げられるほど秋房は強く、しょうけらから『人間にしては強敵』と覚えられていたようだ。
「――憑鬼槍!!」
しかし京妖怪からの賛辞の言葉も、強敵として覚えられていた名誉も、秋房にとってはどうでもいいことだ。
彼は目の前の惨状――仲間の陰陽師たちが蹂躙されている光景に頭に血を昇らせる。妖槍・騎億を手に今一度、禁術『憑鬼術』にて自らを強化。
己の陰陽師としての誇りを守るためではない、仲間の陰陽師たちを守るために戦う。
「二度もやられはせん!」
ここは花開院本家。京を守る陰陽師たちの本拠地であり、今も最前線で戦っている陰陽師たちが帰ってくる『家』なのだ。そう、今も最前線で戦っているゆらと竜二。
鏖地蔵に取り憑かれ、我を失い取り返しのつかない失敗を秋房は起こした。だが、二人はそんな秋房のことを見捨てず命がけで救ってくれた。竜二が荒ぶる秋房を押しとどめ、ゆらが彼に寄生した鏖地蔵をひっぺがしてくれたのだ。
二人がいなければ、秋房がこうして生きて戻ってくることもなかっただろう。
「ここを通すわけにはいかんのだ!!」
彼らのためにも、ここを崩すわけにはいかない。秋房は蟲妖怪たちの頭目であるしょうけらを討ち取り、何とか敵の攻勢を押しとどめようと奮戦する。
この蟲妖怪たちの主は間違いなくしょうけらだ。その頭さえ打ち倒せば敵も勢いを失い、後退していくかもしれないと。
しかし、いくら血気盛んに吠えようと――現実は非情である。
「ふっ……」
秋房の妖槍の一撃一撃を、しょうけらは手に持った十文字槍で軽く受け流していく。既に過去に一度切り結び、こちらの手の内を把握しているのだ。しょうけらほどの手練れに、そう何度も同じ手は通用しない。
加えて、今の秋房は万全の状態ではなかった。
「くっ……」
本来であれば安静にしていなければならない怪我人。激しく動き回ったことで傷口が開き、包帯が巻かれた頭部から血が滲み出す。
秋房がその痛みに視界を塞がれた一瞬の隙を突き、しょうけらは彼の首筋に槍の穂先を突きつける。
「し、しまった……」
「ぬしの肝なら、闇の聖母もお喜びになるだろう」
勝敗は決した。後はしょうけらがゆっくりと刃を引けば、秋房の首が跳ね飛ぶ。しょうけらは上等な生き肝を羽衣狐に捧げられる喜びに笑みを浮かべ、秋房は己の迂闊さを呪いながら差し迫る『死』に歯噛みする。
「くそっ!」
絶望にその表情を歪める秋房。
彼の命を断つべく、しょうけらは十文字槍を引く――。
秋房以外の陰陽師で彼の助けに動けるものなどおらず、その凶刃を止められる者など誰もいない。
かに、思われた――。
「――おっと」
「…………………え、だ、誰だ?」
今まさに秋房の首を切り落とそうとした、しょうけらの刃を素手で掴み、その凶行を止めるべく『謎の大男』が二人の間に割って入ってくる。
秋房の見覚えのない顔だった。どこかの学校の制服を着ているようだが、中学生にも高校生にも見えない。
明らかに只者ではない風格と雰囲気に押し黙る秋房。彼の呆気にとられた様子にも構わず、大男はしょうけらに向かって語り掛ける。
「おいおい何してんだ? あんたら京妖怪がここに入ってきちゃ~ダメだろぉ~」
「……なんだ、貴様?」
しょうけらが怪訝そうな顔で訝しがる。彼も、その大男の異様さに勘付いたのだろう。
――この男……妖怪!?
秋房も一歩遅れて気が付いた。大男が人間ではない、その事実に――。
隠していたのだろう。大男が纏う妖気が徐々に大きくなっていき、その語気を強めて言い放つ。
「人と妖には領分てものがあるぜ。むやみやたらと命を奪うの……俺はあんま好きじゃねぇ~」
「お前! 出しゃばってんじゃねぇぉおおお!!」
どこか説教臭い大男の言葉に、しょうけらの部下である芋虫のような妖怪が襲いかかる。
妖怪のくせに自分たちの邪魔をするなと、同じ妖怪である大男に――。
だが――
「……ふん!」
その京妖怪の顔面を裏拳一発でぶちのめし、大男はその本性を露にしていく。
「ただし、てめぇらみてぇのは……別だ!」
むやみに命を奪うのは好きではないが、人と妖の領分を侵すものに遠慮する拳はないとばかりに大男は容赦なく京妖怪に鉄槌を下す。
そしてその姿を――人間から妖怪のものへと変えていった。
十分に巨体だった体がさらに大きく伸び、筋骨隆々の男がさらに逞しい肉体を見せる。
黒い逆立った髪がぞわぞわと、灰色のドレッドヘアへと生え変わる。
闇の中で白刃のように光る瞳をギラつかせ、首に骸の数珠を掛けた鉄紺色の法衣を纏う破壊僧。
その妖怪の名は――青田坊。
「兄ちゃん悪いけど……出て行ってくれや!」
彼は口調をさらに強め、京妖怪へここを出て行くように眼を飛ばす。
「陰陽師を助ける義理はねぇが……守んなきゃなんねぇもんがあるんでなっ!!」
花開院の陰陽師のためではない。
この屋敷で守られている『子供たち』のため、青田坊はしょうけらと臨戦態勢で向かい合っていた。
×
「…………遅いな」
青田坊としょうけらが対峙している、その花開院家敷地内の上空にて。京妖怪と共にこの場所へやって来た少年姿の妖怪・吉三郎。彼は乗り物たる怪鳥の背中で暇を持て余していた。
彼は奴良リクオの弱みとなる清十字団の少年少女たちを手中に収めるべく、しょうけらたちを唆して花開院家を襲わせた。そして自身の手を汚さず、この騒ぎに便乗して目的を達しようと漁夫の利を狙っていたのだ。
だが、肝心の目的――清十字団の子供たちを攫いに屋敷に侵入していった京妖怪たちが、いつまでたっても戻ってこない。破軍使いであるゆらや、その護衛である竜二や魔魅流などといった手練れが花開院家にいない今、誰も彼らの侵攻を止める相手などいない筈。
なのに、待てど暮らせど屋敷内に侵入した妖怪たちが戻ってくる気配はない。
「やれやれ、何を手こずってるんだか……仕方ないなぁ~」
吉三郎は苛立ち気味に重い腰を上げ、再び耳を澄ませる。
異常な聴力を持つ『耳』とはいえ、より鮮明に音を拾うためにはある程度集中する必要がある。彼は妖怪としての畏を発揮し――建物内の音を拾い、中の様子を詳しく探っていった。
「確か……こっちの部屋だったよね。清十字団の子たちがいるのは……ふっ」
吉三郎の口元は知らず知らずにニヤけていた。
この状況、今にも建物が崩れそうな中、果たして彼らはどのような悲鳴を上げているのか。その無様な様子を想像するだけでも胸が躍る吉三郎であった。だが――
「ん? やけに静かだな……って、あれ? なんか寝てない、この子たち?」
いざ耳を澄まして清十字団の様子を探ってみたものの、聞こえてきたのは阿鼻叫喚の悲鳴ではなく、スヤスヤと穏やかな寝息を立てる子供たちの息遣いである。
先ほど探った時は確かにパニくって叫んでいたというのに、それが嘘のように静まり返り眠っている。
これはつい先ほど、倉田こと青田坊がしょうけらとの戦いに入る前、護衛対象である彼らを妖術で眠らせていたからだ。下手にパニックになって部屋の外に飛び出されても困るため、あえて彼らを眠らせた青田坊の好判断。
しかしそれにより、吉三郎は大好きな人間の悲鳴を聞きそびれてしまった。
「ちっ! しょうがない。叩き起こしてやるか……」
吉三郎は仕方なく、自らの手で清十字団を手に入れるべく行動を開始する。
上空から眼下に広がる花開院本家に降りようと、怪鳥の背から身を乗り出そうとした――
まさにその瞬間である。
凄まじい轟音を立て、『それ』が花開院家の屋根を食い破るように伸びてきた。
「――躱せ!」
吉三郎は咄嗟に声を上げ、『それ』から逃げるように怪鳥に指示を飛ばす。
怪鳥は翼をはためかせ回避行動を取った。先ほどまで自分たちがいた空間に『それ』が突き刺さるように伸びていく。コンマ数秒の差、あと数秒でも回避が間に合っていなかったら『それ』に串刺しにされていただろう。
彼らのように――
「あ、あがががが……」
「ぎげ? ぎぎゃあああ」
伸びてきた『それら』に、しょうけらの命令で屋敷に突入していた京妖怪たちが串刺しにされていた。彼らは生きながらにして全身を貫かれるという生き地獄を味わっている。
その光景はまさに、モズのはやにえのようである。
「これは……木か?」
吉三郎はそんな苦悶の表情の京妖怪などには目も向けず、彼らを串刺しにする『それら』に注目する。
彼らを刺し貫いているものの正体は、『木』だった。
まるで意思を持って動いているかのように、その樹々は花開院家の屋敷全体を侵食していく。
「よお」
そして、伸びる樹々の枝の一つに腰掛けながら、一人の少年が吉三郎に声を掛けてきた。
ぐんぐんと異常成長を続けていくその枝は、吉三郎が乗る怪鳥と同じ高さまで伸び、同じ目線で――陰陽師の少年・土御門春明が彼と相対する。
「やあ、どこかで見た顔だね…………」
遥か高みから地上の人間たちを蟻のように見下ろしていた吉三郎。彼は自分と同じ高さまで昇り詰めてきた人間の陰陽師に、どこか不快そうな表情を浮かべる。
せっかくの余興を邪魔され、気分を害したのだろう。以前も同じような感じで楽しみを邪魔されたことを思い出しながら、声を掛けてきた春明の方を振り返る。
「くっ、くくく……」
するとそこでは彼が、土御門春明が――ニコニコと『笑顔』を浮かべていた。
普段、彼は妹分の家長カナに対してすら、ほとんど笑みを浮かべない、笑顔を向けない。
実の両親でさえ、彼の笑った顔など数えるほどしか見たことがない。
そんな彼が微笑みを浮かべ、吉三郎を見据えていた。
彼という人間を知るものほど――その笑顔が不自然で、不気味なものに見えることだろう。
「……何をそんなに嬉しそうにしているんだい?」
吉三郎は、土御門春明という人間をそこまで深く知らない。
だからこそ彼は気づかない。そんな微笑みを他者に向ける彼の異変に――。
その笑顔の奥に隠されている、その憎悪に――。
「いや~柄にもなく、嬉しくなっちまってな~」
春明が、柄にもなく声を弾ませる。
常に気怠げに喋る彼の高いトーンの声音。凛子あたりが聞けば、その不自然さに身震いすることだろう。
だが次の瞬間、浮かべていた笑顔を無表情に、声も低く、春明は殺伐とした空気を纏う。
「あんとき、言ったよな? 『てめぇはオレが殺す』って……」
半年前――吉三郎の手によって木の葉天狗のハクは殺された。
カナはそのことと両親のことで彼を憎んでいるが、ハクのことを根に持っているのは彼女だけではない。
春明もまた、ハクを殺された恨みを今日という日まで抱いてきた。
「アイツの手を……煩わせる必要もねぇ」
春明はその恨みを果たせる千載一遇のチャンスに歓喜の笑みを浮かべ、カナの手を汚させることもないと、ここでケリをつけるべく行動する
「てめぇは今――――ここで死ね」
陰陽術・木霊。未だに異常成長を続ける樹々たちが、春明の言葉と共に一斉に吉三郎に襲いかかった。
×
「――もっと俺にお前の血反吐を見せろ、くくく……」
「ガッ! な、なんだ、こいつはっ……」
再び龍炎寺。首無は敵の豹変ぶりに困惑し、有利だった戦況が一変して押され気味になっていた。
毛倡妓に大事なことを気づかされ、二人の間に和んだ空気が流れたのも束の間。倒したと思った敵の大将――茨木童子が突如として豹変し、猛然と襲いかかってきたのだ。
彼の鬼の部下たちは「茨木童子様の卒塔婆が外れてしまった!」と怯えるように距離を取っていった。おそらく茨木童子の顔の半分を覆っていた木の板。アレが彼にとって、何かしらの楔となっていたのだろう。
その楔を解き放ち、卒塔婆の下から『鬼』の顔を覗かせる茨木童子。彼はその鬼の顔を「親父」と呼び、「血を吸いたい」だの、「暴れたい」などと物騒なことを語りかける。
危なげな雰囲気がさらに危険なオーラに包まれ、彼自身の戦闘力も格段に跳ね上がる。
鬼太鼓・乱れ打ち――雷鳴の矢の連打。
鬼太鼓桴・仏斬鋏――雷を纏った斬撃もさらに鋭さを増し、首無の体を斬り刻む。
「これが……こいつの本気の力……」
首無はその猛攻に怯む。彼は敵の突然の戦闘力の向上に対処することができず、防戦一方になってしまう。なんとか態勢を立て直したいところなのだが、それを許さないとばかりに茨木童子の攻撃は激しさを増すばかりだ。
「首無!!」
そんな首無を守ろうと毛倡妓は髪を伸ばそうとした。再び彼の『守り』となるため、二人で力を合わせればこの窮地を乗り越えられると信じて。しかし――
ドス――と、何者かが無防備だった毛倡妓の背中を刀で刺し貫く。
「――えっ?」
「――生き肝が届かぬからと来てみれば……こんな奴らに何をしている?」
毛倡妓が後ろを振り返ると、そこには白髪の老人が刀を握り立っていた。首無のことを心配するあまり、敵であるその男の接近に、毛倡妓は気が付けなかったのだ。
倒れ伏す毛倡妓。彼女は瀕死の重傷を負いながらも、最後まで首無のことを案じて呟く。
「首無……ご……めん」
「紀乃――――――――!!」
首無は彼女の名を叫んでいた。だが自身も茨木童子の攻撃で重傷を負っているため、彼女の側に駆け寄ってやることもできない。
生前のような無力さに打ちひしがれる首無。そんな彼に向かって、茨木童子がトドメをくれてやるとばかりに刀を振りかぶろうとしていた。
「――――!?」
その時、首無は見た。自分にトドメを刺そうとしている茨木童子の背後。
その空中に巨大な杭。例の『螺旋の封印』の杭が浮いている光景を――。
その杭の接近に京妖怪たちは気づいていない。視線を首無たちに向けていたため、それを防ぐことも出来ない。封印の栓は荒れた枯山水の庭に散らばっていた、陰摩羅鬼たちの死骸を地面に押し込みながら地脈に蓋をしていく。
「なっ…………!」
「んだぁ!?」
杭が轟音を立てながら地面に突き刺さったことによって、ようやく京妖怪たちがその存在に気づく。白髪の老人が大慌てで杭を除けようと試みるも、彼ではそれに触れることも出来ず弾かれてしまう。
「――ムダやで。封印してもうたら、君らでは解くことはできん」
その足掻きを嘲笑うかのように、封印を施した陰陽師たちが姿を現す。
「京妖怪の中で封印に触れることができるのは羽衣狐だけや……残念やったな、鬼童丸?」
「……………」
破軍にてこの世に召喚された十三代目秀元、そしてその主人である花開院ゆら。
二人の陰陽師が実に堂々たる態度でその場に立ち、その封印が妖怪では触れることも出来ないと嫌味っぽく解説する。
そう、たとえどれだけ強力な力を持っていようと、人間の体を依り代に持つ羽衣狐でなければ、封印の栓を抜くことはできない。しかし、その羽衣狐は出産の準備に入っているため、鵺ヶ池から離れられない。
事実上、これで京妖怪がもう一度封印を破ることはできない。
これこそ、十三代目秀元が狙っていた反撃の機会である。
「おのれっ! またしても貴様か、秀元!!」
白髪の老人――鬼童丸は激怒していた。
人間共のさかしい知恵に、人の神経を逆撫でするような秀元の喋り方に。
これまで幾度となく自分たちの邪魔をしてきた、花開院家の血に――
「いまいましい!! 我ら鬼の眷属の手で塵にしてくれる!!」
およそ千年分の怨念を込めながら吐き捨てる鬼童丸。その全身から凄まじいほどの畏が迸っている。
「ふ~ん……どうする、ゆらちゃん?」
秀元は余裕の表情を崩さず、傍らの主人に問いかける。
花開院ゆらと京妖怪。
真正面から戦えば、どちらの方に軍配が上がるかは明らか。
『千年も生きる大妖怪相手に人間に勝てる道理はない』――秀元が笑いながら言った言葉である。
それでも、彼女は鬼たちに向かって堂々と啖呵を切って――叫んでいた。
「――やれるもんなら、やってみぃ!! 人間なめんな!! 返り討ちにしたる!!」
戦いは――さらに混迷を極めていく。
補足説明
茨木童子
もうすぐFGOで鬼ランドの復刻が始まりますね。作者はあっちの茨木童子に聖杯を捧げていますが、ぬら孫の茨木童子も大好き! 声優が津田さんなのも個人的にグッドです!
今回の話
VS茨木童子&鬼童丸
VSしょうけら
VS吉三郎
戦いを同時進行で進ませる、アニメの展開を参考にしてみましたが、ちょっとわかりにくいかなと首を傾げながら書いています。
去年もそうだったのですが、十月くらいから年末にかけて、ちょっと仕事が忙しくなっていきます。少し、更新がスローペースになるかと思いますが、ご容赦下さい。