家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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令和元年台風第19号。
一時、作者の住む近くにも避難警告が出ましたが、どうにか無事にやる過ごすことができました。
ですが、多くの人たちが被災し、今後の復興にもまだまだ時間がかかるということ。
この場を借り、お見舞い申し上げます。


第六十六幕 続・混戦

「う、う~ん……あれ? 私……なんでこんなところで寝てるんだっけ?」

 

 地響きが鳴り止まぬ花開院本家の客室にて。清十字団のメンバーである白神凛子がゆっくりと体を起こす。どうやら自分は眠っていたらしい。すぐ側で寝息を立てている他の清十字団の寝顔を見つめながら、彼女は前後の出来事について思い返していた。

 

「そうだ、倉田くん。ううん……青田坊さんが叫んだら急に眠くなって、そのまま……寝ちゃって……」

 

 

 そう、あれは突如として振動がこの屋敷を襲った時だった。

 どうやら、例の京妖怪とやらがこの花開院家を襲撃しにやってきたらしい。廊下からはバタバタと走り回る人々の足音、部屋の中は清十字団の悲鳴で大騒ぎとなっていた。

 凛子はなんとか収拾をつけようとしたが、とても手に負えるような状況ではなかった。「妖怪に襲われるのはイヤー!」「建物に潰されるのもイヤー!」と泣き叫ぶ、巻や鳥居たちを落ち着かせることができなかった。

 

「――おい、うるせーぞ!! 寝らんねーじゃねぇか」

 

 そんな中、騒ぐ清十字団に向かってソファーに寝っ転がっていた倉田こと、青田坊が声を掛けてきた。彼はギャギャと騒ぐ子供たちを尻目に、「あーあ、小便してくらぁ」と平然と部屋の外へ出ようとしていた。

 

「倉田くん……? 今外に出るのは危ないと思うけど……」

 

 倉田が人間ではなく、青田坊という妖怪であり、リクオの護衛に浮世絵中学に通っていることをつい最近知った凛子だったが、流石に呼び止めようと声を掛ける。

 青田坊がどういった妖怪か詳しいことを知らない彼女は、彼が一人で外に出る危険性を言及したのだ。

 

「そんなに俺が心配か……?」

 

 だが、凛子の心配に特に動揺した様子もなく、青田坊は首にかけていた髑髏の数珠をこちらへと向け「喝!!」と一喝、声を張り上げる。

 

「……あ、あれ……?」

 

 途端、急激な眠気が凛子を襲い、他の子どもたちもパタパタと意識を失い倒れこんで行く。

 青田坊が発した妖術か何かの類なのだろう、彼はそのまま何事もなかったかのように清十字団に背を向ける。

 

「く、倉田くん……」

 

 意識が薄れていく中、凛子は見張りの陰陽師を足蹴にし、部屋の外に出て行く青田坊を見つめていた。

 

 

「そっか……青田坊さんも、外で京妖怪と戦ってるんだよね」

 

 そうして、眠りこける前後の記憶を思い返し、凛子は寝ぼけていた意識を覚醒させる。

 彼女が他の子どもたちよりいち早く目覚めたのは、その身に流れる妖怪の血の影響。八分の一、彼女の体の中に流れる白蛇の血が、青田坊の妖術の効きを若干鈍らせていたのだ。

 

「どうしよう……部屋で大人しくしていた方が、いいとは思うけど」

 

 凛子は自分一人が先に目覚めたこの状況で、どのような選択肢を取るべきか迷っていた。

 おそらく、青田坊が自分たちを眠らせたのはその方が安全だと彼なりに考えての行動だろう。下手にパニックになって動き回られるよりは、一か所に固まってくれていた方が守りやすいと。

 しかし――

 

『――もしもの時はお前らだけで脱出できるよう、避難経路を抑えとけ……できるか?』

 

 騒動が起こる前、クラスメイトである土御門春明に言われたことが脳裏を過る。

 もしも、万が一にでも青田坊や春明たちが負けるようなことがあれば、当然、ここに留まる凛子たちにも危険が及ぶ可能性が高まる。

 そうなったとき、この部屋で無防備に眠っている清十字団を誰が守れるというのか。

 

「……私が、やらなくちゃ!」

 

 凛子は彼らより一つ年上な立場として、半端ながらに妖怪の血が流れている身として、この子たちを守らねばという使命感に駆られる。

 とりあえず春明に言われて通り、避難経路の確保だけでもしておこうとその場から立ち上がる。

 

「見張りの人は……いない」

 

 自分たちの世話係兼見張り役の陰陽師の姿は見えない。どうやら、彼のような見習いも戦いに駆り出されているようだ。やはり、花開院家が墜とされるのも時間の問題かと、凛子は覚悟を決めて部屋の外へと一歩を踏み出す。

 

「…………誰も、いない?」

 

 廊下には味方である陰陽師はおろか、敵である京妖怪たちの姿も見えない。襲撃の影響なのか屋敷全体が停電しているため、凛子は暗闇の中をゆっくりと手探りで歩いていく。

 

「確か、こっちの方に裏口が……」

 

 前もって確認しておいた裏口。いざという時の避難経路に使えるかどうか、その裏口付近に京妖怪が潜んでいないか。それを確かめに凛子は足を進めていく。

 

 その時だった。彼女の耳に――バサバサという、鳥の羽ばたき音が聞こえてきたのは。

 

「! 誰かいるの!?」

 

 その音に反応した凛子が咄嗟に後ろを振り返る。

 しかし、そこには誰もおらず、人の気配もない。

 

「…………気のせい、だよね」

 

 自分の聞き間違いかと、ほっと胸を撫で下ろす。

 だがその時、彼女の顔――眼球付近に痛みが走る。

 

「痛っ! なに……これ?」

 

 凛子はチクリと、自分の眼球に触れて床に落ちたものに目を落とす。

 そこに落ちていたもの。それは――カラスのように黒い、漆黒の羽根だった。

 何故、こんなものが廊下に落ちているのだろうと、凛子は疑問を抱く。

 

 すると次の瞬間――突如、彼女の視界が真っ暗な闇に覆われてしまった。

 

「えっ、嘘っ? な、なんで!? 何も……見えない!?」

 

 確かに停電ではあったが、それでもある程度周辺の様子は見えていた筈だ。

 だが、今の凛子には本当に何も見えていない。

 全てが――暗い闇に閉ざされてしまっていた。

 

「きゃあ! いたたた……」

 

 何も見えないため凛子は足元がおぼつかなくなり、そのまま前のめりに転んでしまう。

 立ち上がろうにも、何も見えない恐怖で思わず足が竦んでしまう。

 

「うっ、なんで……なんで、こんなっ!?」

 

 凛子は――完全な闇に視界はおろか、精神すら支配されてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 そして、戸惑っている凛子のすぐ背後に、その黒い『毒羽』の持ち主が――。

 狐文字が書かれている布で顔を覆い隠した鳥妖怪・夜雀が静かに佇んでいた。

 

「………………………」

 

 彼女は何も語らず、何も喋らず――静かにその手に薙刀を構えていた。

 

 

 

×

 

 

 

 ――家長さん。なんで、なんでなんや……。

 

 龍炎寺にて京妖怪と接敵し、鬼童丸と対峙する陰陽師・花開院ゆら。

 土蜘蛛の突発的な奇襲後、何とか前へ進む決心をした彼女だったが、その心には常に『何故?』という疑問が渦巻いていた。

 

 幾度となく自分の前に現れては、何度も危機を救ってくれた狐面の少女。

 その正体が浮世絵町で仲良くなった友達――家長カナだったなどと、どうして素直に受け入れられるだろうか。

 清十字団の中で、特に誰よりも親しくなったと思っていただけにゆらのショックは計り知れないものだった。

 

 いったい、彼女は何者なのか?

 どうしてあんなお面を被ってまで、自分やリクオたちの加勢をしてくれていたのか?

 彼女の正体は? 人間なのか……それとも、妖怪なのか?

 

 それらの疑問を含め、ゆらにはカナに聞かなければならないことが山のようにあった。

 だが、それらを聞くことも出来ず――彼女は土蜘蛛に連れ去られてしまった。

 

 ――あいつなら……春明のやつなら、何か知ってる筈や。あの男なら――!!

 

 ゆらは当初、その疑問を解決するべく一度花開院家に戻ることも考えていた。花開院本家に残っているであろう外様の陰陽師・土御門春明に事の真相を聞くため。『狐面の少女』としてのカナと行動を共にしていた彼ならば、彼女の正体について知っている筈だと。

 だが、その考えは十三代目秀元によって止められてしまった。

 

『――ゆらちゃん。気持ちは分かる。けど……今は一歩でも前に進まなあかん時や』

 

 京妖怪の宿願達成まで時間がない。羽衣狐が『鵺』を出産するまで、残された時間を無駄には出来ないと、封印の攻略を最優先に進めるべきだと提言したのだ。ゆらの護衛である竜二と魔魅流もそれに賛同した。

 当然、すぐにでも友達の真相を知りたいゆらはその判断に渋る。しかし秀元から『どの道、一度は身体を安めに、本家に戻ることになるやろ』と言われてしまったため、やむを得ず今は進むことにした。

 

 それが京の平和を守ることに繋がると信じ――。

 土蜘蛛に捕らわれたカナを、友達を救うことに繋がると信じて――。

 

 

 

「黄泉送葬・水鉄砲――!!」

 

 ゆらは金魚の式神・廉貞を腕に纏い、強烈な水鉄砲『黄泉送り・ゆらMAX』をぶっ放す。

 今の彼女の心情、どうにも煮え切らないモヤモヤとした感情を八つ当たりのように込めた全力の一撃。ゆらの得意技、並みの妖怪なら木っ端みじんに砕け散りほどの威力が込められていた。

 

 しかし、彼女と対峙する京妖怪――鬼童丸は並みの使い手ではない。

 

「――ふん!」

 

 彼は真正面から放たれた水の大砲を、目にも止まらぬ居合の一閃『神速剣戟・梅の木』で斬り捨てる。

 そして、秀元の召喚者――式神である彼の主・花開院ゆらをギロリと睨みつけた。

 

「お前が……術者か」

「くっ、ゆらMAX!! ゆらMAX!!」

 

 鬼童丸に眼を飛ばされるも、ゆらは負けじとゆらMAXを連発する。しかし、それら一発一発を綺麗に斬り捨てながら、鬼童丸はゆらへと進撃――彼女の顔面を鷲掴みにしてしまう。

 

「ぐっ、は、はなしぇ……」

 

 ジタバタとゆらの抵抗も虚しく、鬼童子はそのまま彼女を片手で持ち上げる。

 

「……なるほど、お前が……ふっ、さぞ生き肝も珍重な味がするのだろう」

 

 そして、何かを吟味するように彼は呟く。

 

「――あの娘の代わりに、お前を羽衣狐様への手土産にしてやろう」

「――――っ!?」

 

 その呟きに、ゆらは目を見開く。

 

 ――あの娘って……まさか!?

 

 はっきり誰と明言されたわけでもないのに、ゆらは脳裏に巫女装束姿のカナを思い浮かべてしまう。

 作戦通り――やられる振りをすることも忘れ、鬼童丸に問いただしてやりたい衝動に駆られる。

 

「――走れ、言言」

 

 ゆらがそう思った次の瞬間、封印の柱の影より式神・餓狼が鬼童丸に襲いかかる。

 

「ムッ!」

 

 その奇襲に気づいた鬼童丸はゆらを慌てて離し、その不意打ちに対応すべく両手で刀を握り締める。しかし、咄嗟の判断で餓狼自体を斬り捨てるも、攻撃の余波で彼は大量の水を被ってしまう。

 式神言言が鬼童丸の体内に忍び込む。

 

「う――――ん……もうちょっと早いタイミングでもよかったかな。助けに入るタイミング……」

 

 言言の術者――花開院竜二がその場に姿を現す。

 土蜘蛛の襲撃からゆらを庇ったため、右手が骨折し包帯でぐるぐる巻きにされてはいるものの、その表情はいたって普段通り。普段通りの悪人面で、彼は自身の思惑が嵌ったことに笑みを浮かべていた。

 

「やれ、魔魅流」

 

 前準備を終えた竜二はもう一人の仲間にも合図を出す。竜二の命令を受け、花開院魔魅流がどこからともなく出現し、雷撃を纏いながら鬼童丸に奇襲を掛ける。

 既に水浸しな鬼童丸の体に、その一撃はかなり堪えることだろう。

 

 そう、これこそ竜二が仕掛けた策。

 

 非力な人間が妖怪に真正面から立ち向かって勝てる見込みがない以上、少しでも勝率を上げるために策をめぐらすのは当然のこと。囮、奇襲、騙し討ち、望むところ。

 ゆらが囮になり、竜二が奇襲、魔魅流がトドメの一撃を見舞う。

 

 これこそ三兄妹――式神融合。

 

「滅」

 

 紫電を纏った魔魅流の一撃が炸裂する。

 

 

 

「おいおい、やられてんじゃねぇかぁぁ……鬼童丸ぅぅ!」

 

 同僚の鬼童丸が人間の陰陽師にしてやられる姿に、茨木童子は呆れ気味に声を上げながらも救援に向かう。

 共に鬼の復権を願った者同士、出生は違えど同じ者を父とあがめた義兄弟。

 千年――宿願のために戦い続けた身内、二匹の鬼は互いに助け合う。

 

 しかし、その援護を阻止するべく、無数の刃と凍える吹雪が茨木童子の背後より襲いかかる。

 

「ああん!?」

 

 茨木童子は苛立ちながらも、その奇襲に対応する。

 凍える吹雪を鬼太鼓・雷撃の矢で撃ち落とし、迫りくる刃の雨を二刀流の刀で押しとどめた。

 

「――お前の相手は……」

「――私たちよ!!」

 

 奇襲を防いだ茨木童子が振り返ると、そこには『黒い法衣に笠を被った僧』と『長い黒髪の少女』が臨戦態勢で佇んでいた。

 僧の法衣の袖からは無数の武器が突き出ており、少女はその身に冷気を纏った雪女である。

 

「……ちっ、クソ虫が!!」

 

 新たに湧いて出てきた邪魔者に茨木童子は舌打ちする。

 鵺の復活まで、宿願の達成まであと少しだと言うのに、何故こうも次から次へと目障りな連中が現れるのかと。

 

 茨木童子はその表情を憤怒に染め、敵を皆殺しにすべく雷の刃を振るう。

 

 

 

×

 

 

 

「――ここで死ね」

 

 花開院本家の上空にて。土御門春明は怪鳥に乗った少年姿の妖怪・吉三郎に向かって問答無用の死刑宣告を告げる。減刑、情状酌量の余地なしと、彼は無慈悲に冷酷に吉三郎をぶち殺すべく、陰陽術木霊・針樹を行使する。

 彼の意思を受け、異常成長を続ける樹々が鋭い針となって吉三郎に襲いかかる。

 

「ふっ……ほら、逃げろ、串刺しにされちゃうぞ!!」

 

 吉三郎は殺意満載のその攻撃に対し、自身の乗り物たる怪鳥の背中を叩いて即座に逃げるように指示を下す。

 

「クワワッ!!」

 

 無造作に背中を叩かれ抗議の鳴き声を上げる怪鳥だが、巻き添えで串刺しにされるのもゴメン被るため、襲いかかる樹々の針から必死に逃げ惑った。

 

「ほら、上! 今度は下!!」

 

 翼を激しくバタつかせて全力飛行する怪鳥に、背中に乗る吉三郎が逃げる方向を指示していく。そのコンビネーション(?)により、何とか春明の攻撃を躱していく二人。

 だが、全方位から繰り出される樹々の猛攻は徐々にその包囲網を狭めていく。

 そして、あっという間に逃げ場を失い、春明の針樹が吉三郎たちを取り囲み、その殺傷範囲に捉えた。

 

「――殺った!!」

 

 思わず歓喜の声を上げて、春明はほくそ笑む。思ったより呆気ない最後だと拍子抜けしながらも、きっちりとトドメを刺すべく、樹々たちにそのまま串刺しにするよう命令を下す。

 もはや逃げ道などなく、吉三郎には絶命する未来しか待っていない筈であった。しかし――。

 

「やれやれ、仕方ないな……」

 

 すぐそこまで迫りくる死に対し余裕の溜息を吐きながら、吉三郎は腕を横凪に振るう。

 次の瞬間――吉三郎を貫かんと迫っていた樹々たちが一つ残らずバラバラに切り裂かれる。

 

「……んだとぁ!?」

 

 これには流石の春明も驚愕する。彼が最も得意とする陰陽術・木霊。それがたったワンアクションで全て無力化されてしまったのだ。

 その所業は――明らかに吉三郎という妖怪の実力と釣り合っていない。

 

 その妖怪がどの程度の力を秘めているのか?

 それは、その妖怪の妖気の大きさ――畏の質を測ればおおよそのところは把握できる。

 

 いかに意図的に妖力を消していようと、戦いの最中でそれを隠しながら戦うことは困難。それ相応の大妖怪ならただ突っ立ているだけでも相応しい貫禄を放っているもの。

 少なくとも、春明が感知できる範囲で吉三郎という妖怪はそこまで大した力を秘めてはいない。

 なのに何故、彼程度の妖怪に針樹の包囲網があっさりと食い破られてしまったのか。

 

 その答えを――吉三郎はその手に握り締めていた。

 

「てめぇ、その刀……」

 

 春明の視線が吉三郎の右手、その得物に釘付けになる。

 彼が手にしていたのは、ところどころが刃こぼれしたボロボロの日本刀。左手に持った鞘の方には――『魔王召喚』と記されていた。

 

「魔王の小槌!!」

 

 そう、四国に神宝として伝わる覇者の証・魔王の小槌。

 先の奴良組と四国妖怪との百鬼夜行戦の際、四国側の大将であった玉章が持っていた刀。妖怪を斬り殺すたびに力を増す、陽の力を秘めた蠱毒の武器。

 先の戦いにおいて玉章はその力で猛威を振るい、奴良組を大いに手こずらせた。

 最終的にその刀は玉章の側近であった夜雀の裏切りによって持ち逃げされた筈。

  

 その所在不明だった刀を今現在、吉三郎が手にしていることに春明は目を見開いて驚く。

 

「へへっ、いいでしょ? ちょっとね……知り合いから借りパクしてきたんだ!」

 

 春明のリアクションに無邪気な笑みを浮かべながら、吉三郎は人のものを勝手に拝借してきた自身の悪行をあっさりと暴露する。

 

「…………」

 

 そんな相手の言葉に、一転して春明の態度が大人しいものになる。吉三郎が魔王の小槌を手にしている意味、その経緯に関して瞬時に考えを巡らせていたからだ。

 すると、その思考の隙を突くかのように、今度は吉三郎が攻勢に打って出た。

 

「――阿鼻叫喚地獄」

「……!!」

 

 吉三郎がそう呟いた刹那、不可視の力が春明に襲いかかる。

 

 阿鼻叫喚地獄――それは山ン本五郎左衛門の『耳』たる吉三郎が生まれながらに備えていた畏。

 地獄に繋がれている山ン本を通じ、亡者たちの嘆きを強制的に他者に聞かせる能力である。

 生者を妬みばがら、地獄の責め苦で苦しみ嘆く亡者たちの喚き声。

 生きとし生けるもの全てを呪う、闇からの呼び声。

 

 頭蓋骨をスピーカーにするかのように、直接脳内に響く不快な音響には妖怪ですら耐え切れず膝を突くほど。人間であれば尚のこと、その悲鳴の暴風雨に正気を保ちきれず発狂することになるだろう。

 

 並みの神経であれば――

 

「…………はっ!」

 

 一瞬だった。

 春明が阿鼻叫喚地獄を喰らって怯んだのはほんの一瞬。その一瞬で彼は何事もなかったかのように立て直し、すぐさま反撃に出る。

 魔王の小槌を手に勇んで斬り込んできた吉三郎に向かい、針樹でカウンターをお見舞いする。

 

「おっととと!?」

 

 動けなくなった相手を一方的に斬りつけるつもりで刀を振りかぶっていた吉三郎が慌てた様子で怪鳥に回避行動を取らせる。何とか相手の攻撃範囲から離れつつ、彼は疑問の目を春明に向けた。

 

「あれ? おかしいな……君には聞こえてないの、この亡者たちの嘆きが?」

 

 経験上、いかなる相手でもその動きを数秒は止められる筈の阿鼻叫喚地獄。それが目の前の相手にほとんど通じていない現実に首を傾げる。

 今、こうして交戦している間にも、相手の脳髄には不快な音響が直接響いている筈なのだが。

 そんな吉三郎の疑問に春明が答える。

 

「ああん? 嘆き……? さっきから聞こえている、この耳障りな雑音のことか?」

 

 どうやら吉三郎の力は確かに春明に届いているようだ。不愉快そうに眉間に皺を寄せてはいる――がそれだけだ。

 耳元で騒ぎ立てる怨嗟の声にも構わず、変わらず針樹での攻撃を続けながら、彼は吉三郎への怒りに眉間に青筋を立てていた。

 

 

「てめぇの仕業らしいが……この不快な雑音も、てめぇを八つ裂きにすれば収まるのか?」

「――ああ……なるほど、なんか納得したよ」

 

 

 並々ならぬ敵意を隠そうともしない、春明の言葉に吉三郎は理解する。

 この陰陽師は――妖怪の、吉三郎の言葉になど聞く耳を持っていない。

 彼が何を口にしようと、どんな小細工を仕掛けてこようと――バラバラにして殺すことしか頭にない。

 

 敵に対する殺意が、完全に精神を凌駕しているのだ。

 吉三郎の阿鼻叫喚地獄を跳ね除けるほどに――。

 

「嫌だ嫌だ……怖いねぇ~」

 

 そんな春明の怒りに吉三郎は困ったように肩を竦める。だがその仕草や声音には未だ余裕があり、そんな彼の態度がさらに春明の神経を逆撫でする。

 

「てめぇ、やる気あんのか? さっきからちょこまかと逃げてばっかり……その魔王の小槌は飾りか、あん?」

 

 春明は憎悪を込めながら挑発気味に吐き捨てる。

 実際、吉三郎の戦い方はどこか消極的だ。魔王の小槌を手にし、総合的な戦闘力を何倍にも高めている状態にもかかわらず、春明の攻撃を避けることに専念し、あまり積極的には攻めてこない。

 玉章のように、魔王の小槌の力に酔い痴れる様子も、増長し天狗になる様子もない。

 

「まあね、やっぱりボク程度じゃあ、この刀の力を十全に発揮するのは難しそうだし……」

 

 春明の指摘に対して、吉三郎は平然としている。わざわざ借りパクしてきたという魔王の小槌の刀身をしげしげと眺めながら、誰に聞かせるでもなくボソッと小声で呟いた。

 

「あの人に使ってもらうのが一番効果的なのかねぇ……ちょっと、気に喰わないけど……」

「ああん? 何をブツブツ言ってやがる!!」

 

 吉三郎の独り言に特に関心を示すことなく、春明は怨敵を仕留めるべく陰陽術・木霊の操作に集中した。

 相手がそれなりに強力な武器を所有していることを前提に力のコントロール、配分を考え直し術式を頭の中で組み直していく。

  

 

 

 

 

 

 このとき、春明の意識は完全に吉三郎にのみ向けられていた。

 それ故、彼は屋敷の内部から飛び出してくるその黒い影の存在に気づくのが一歩遅れる。

 その一歩が致命的な隙となり、黒い毒羽の視界への侵入を許してしまう。

 

「………………………」

 

 

 妖怪・夜雀の畏『幻夜行』の発現を――。

 

 

「こいつはっ!? ちぃっ!!」

 

 瞬く間に春明の視界が真っ黒に染まる。

 彼はすぐにそれが誰の仕業かを理解し、目が見えないながらに咄嗟に防御態勢に移行する。

 花開院家の屋敷の屋根を足場に、攻撃に回していた樹々を自身の周囲に張り巡らせる。木霊・防樹壁――それにより、いかなる方向からの不意打ちにも対応できるようになった。

 彼のその判断は間違いではない。実際、その防御陣がなければ夜雀はさらに追い打ちを掛けていただろう。

 

 しかし、その防御の上からでも関係ない。魔性の威力を秘めた魔王の小槌を吉三郎が振りかぶる。

 

「はははっ! そらっ!!」

 

 既に多くの妖怪の血肉を啜ってきた魔王の小槌。

 使い手の実力不足な面があろうとも、十分な威力を発揮する衝撃波を放ち、春明が足場としていて屋敷ごと彼の防御を消し飛ばす。

 

「うおっ――!?」

 

 ガラガラと崩れ落ちていく花開院本家。

 

 その屋敷の倒壊に呑まれ、陰陽師・土御門春明も瓦礫の中へと埋もれてしまった。

 

 

 

×

 

 

 

「――ちくしょう、体が……ちくしょう!!」

 

 奴良組特攻隊長・青田坊は危機に瀕していた。

 

 清十字団の子供たちを守るため、しょうけら率いる蟲妖怪たちと相対していた彼は、その自慢の腕力で次から次へと向かってくる京妖怪たちを捻り潰していった。

 青田坊の実力は抜きん出ており、京妖怪といえども下っ端程度では相手にもならない。

 だが、やはりしょうけらは別格だった。彼は真正面から向かってくる青田坊相手に、目くらましに謎の光を放ち、その隙を突いて自らの触腕に備わった鋭利な爪で青田坊の腹部を刺し貫く。

 

「ガッ――!」

 

 しょうけらはその一撃を『罪人を刺す針』と称する。ただ槍などで刺されるよりも何十倍の激痛が青田坊を襲い、彼は膝を地面に突いてしまう。

 

「なんだ……お前は……」

 

 その激痛に戸惑う青田坊は、思わずしょうけらに問いかける。すると、しょうけらは青田坊を無知と罵りながらも、神父らしく御高説を唱えながら自らの正体を晒していく。

 

「何も分からぬお前に教えてやろう。この神に与えられた体を……」

 

 人間状態のしょうけらは見目震わしい青年の姿をしていた。しかし、彼の妖怪としての本性はそんな見せかけの容姿とは程遠いものであった。

 

 天使の羽と自称する翼は、純白で美しいとは呼べぬ昆虫の翅。

 全てを見通す瞳は、いくつもの小さなレンズが束状に集まった複眼。

 自ら輝くと自慢する聖なる体は徐々に人間から遠退いていく。

 

 正体を現したしょうけらに美青年の面影はなく、その本性は様々な昆虫のパーツを混合した蟲妖怪。人間の感性であれば、まず生理的な嫌悪を覚えるであろう、実に悍ましい姿をしていた。

 

「私こそが、選ばれし妖……!」

 

 それでも、しょうけらは自身を神に選ばれた妖怪だと豪語する。

 神の名の下に、京妖怪千年の宿願を邪魔する愚か者たちに裁きを下す『審問官』だと。

 その権限を持って、彼は花開院家の陰陽師たちを無慈悲に裁いていく。

 

「二十七代目よ。貴様も、闇の聖母の糧になるがいい」

「ぐ……」

 

 闇の聖母――羽衣狐への捧げものとして、しゅうけらは能力者たる陰陽師たちの代表、二十七代目秀元の首筋に刃を突き立てる。既に瀕死だった老体はその一撃が致命傷となり、その体が地に崩れ落ちていく。 

 

「二十七代目っ!! くっ!」

 

 当主たる秀元が倒れる姿に、その場に蹲っていた花開院秋房が叫ぶ。しかし、怪我人である彼では秀元の側に駆け寄ることもできず、己の不甲斐なさに歯噛みするしかなかった。

 

「さて、次は……」

 

 倒れる二十七代目に目もくれず、しょうけらは次なる獲物を捜して周囲に視線を巡らす。

 配下の蟲妖怪たちにも生き残っている人間たち見つけてくるよう指示を下そうとしていた。 

 

 

「――お取込み中、失礼するよ、しょうけらさん」

 

 

 すると、そんな彼の側に上空から怪鳥が舞い降りてきた。その鳥の背中には少年姿の妖怪が乗っており、彼はささっとしょうけらに近づき、わざとらしく周囲に聞こえる大きな声で耳打ちする。

 

「いや~、屋敷中を捜したんだけど、破軍使いの少女……どこにもいなかったよ、ゴメンね!」

「なんだと……?」

 

 少年のその言葉に、しょうけらの顔つきが険しいものになる。

 

「話が違うな、吉三郎よ。お前がここに破軍使いがいるというから、私が直接出向いたのだぞ?」

 

 京妖怪たちがいま最も狙っている陰陽師・花開院ゆら。その目的の少女が不在であったことに、しょうけらはここに彼女がいると予想した少年・吉三郎の失態を問う。

 しかし、しょうけらの責める口調に吉三郎は全く悪びれた様子を見せない。

 

「いや~、ごめんごめん! 一応、捜しはしたんだけど、屋敷の中に大した力を持った陰陽師はいなかったよ」

 

 いけしゃあしゃあとそのような言い訳を口にしながら、次の瞬間――その口元を愉悦に歪める。

 

「その代わり……ちょっと面白いもんが見つかったんだけどね」

「――ちょっ! 何!? 何がどうなってるの!?」

 

 彼がそう口にしたのと、ぼぼ同じタイミングだった。

 

 少女の悲鳴がその場に響き渡ったのは――。

 

 

 

 

「あれは、夜雀!? それに――」

 

 激痛に蹲っていた青田坊が悲鳴のした方へと目を向ける。

 そこには自分を刺し貫いたしょうけらと、多数の蟲妖怪。そして見知らぬ少年姿の妖に、大きな怪鳥、それに夜雀の姿があった。

 四国妖怪との抗争の際、土壇場で主である玉章を裏切り、魔王の小槌を持ち逃げした四国八十八鬼夜行の幹部。

 何故、そんな彼女が京妖怪であるしょうけらたちと共にいるのか、青田坊は疑問を覚える。

 

 しかし、そんな疑問を吹き飛ばすほどに衝撃的な光景がそこにはあった。

 

「白神……凛子!!」

 

 清十字団の団員の一人、白神凛子。彼女が――夜雀の腕の中に捕らえられていたのだ。

 夜雀の幻夜行の影響を受けているのか、その瞳は真っ黒に染まっており、何も見えていない。

 

「誰!? そこにいるのは誰なの!?」

 

 彼女は視界が真っ暗に覆われている中、誰かに身動きを封じられているという感覚にひどく混乱し、怯えていた。

 すると、取り乱している彼女のすぐ横、少年の姿をした妖怪がニヤニヤと笑みを浮かべながらしょうけらに話しかける。

 

「実は……この子『半妖』みたいなんだよね~」

「――っ!?」

 

 少年の言葉に、図星を差されたかのように凛子の表情が固まるのを青田坊は目撃する。

 

 ――そうか……やっぱり。あの子もそうだったんだな……。

 

 実のところ、その疑いは以前から抱いていた。凛子から感じ取れる微弱だが確かな妖気に、青田坊は以前から彼女が半妖の類なのではないかと勘付いていた。

 だが、主であるリクオから『誰にでも言いたくない秘密がある』と余計な詮索をしないように釘を刺されていたため、あえて何も言わずに見守っていた。まさか、こんなタイミングで明るみになるとは思ってもいなかった。

 しかし、青田坊がそんなことを考えている間にも状況は動く。 

 

「それで、どうだろう? この子を羽衣狐……様の手土産にするのは? 普通の人間の女の子よりは美味しいと思うよ? この子の『生き肝』……」

 

「……えっ?」

「――!!」

 

 少年の提案に、当の本人である凛子の顔が青ざめ、青田坊の心臓がドクンと高鳴る。

 京妖怪たちが生き肝信仰とやらを信奉していることは青田坊も知っていた。だが、まさかあんな子供の生き肝まで欲していようとは夢にも思わず、彼はその凶行を止めるべく声を荒げる。

 

「おい!! その子は関係ねぇだろ! 離してやれ!!」

 

 陰陽師である花開院家の人間であれば、青田坊もここまでムキになって止めはしなかっただろう。陰陽師が妖怪を滅するように、妖怪が陰陽師の命を奪うのは戦場において仕方のないこと。ある程度は割り切れる。

 しかし、凛子は半妖だが、ただの子供だ。

 そんな彼女の命を一方的に奪うなど、青田坊という妖怪の心情がそれを許さなかった。

 

 だが、彼の慌てた様子に、心底不思議そうにしょうけらは首を傾げる。

 

「……まさか、守るものとはこいつのことか?」

 

 青田坊の方に視線を向けながら、しょうけらは夜雀から凛子の身柄を引き取る。

 

「ひっ!?」

 

 人間ではないものが自分の体に触れる感触に、凛子が短い悲鳴を漏らす。だが、あまりの恐怖にそれ以上声を上げることができず、彼女は耐えるように口を閉ざして震えていた。

 そんな凛子の頬を愛おしそうに撫でまわしながら、しょうけらは自身の中の『神』に問う。

 

「関係なくはない。全ての人間は神への供物なのだ。神よ……この子の罪を受け入れますか?」

 

 しょうけらがそのように問うた瞬間、彼の頭上に光が差す。まるで天がその提案を聞き入れたかのように。

 実際のところ、それは勝手にしょうけら自身が発光しているだけ。神にお伺いを立てる形で人々の罪を天に告げ、しょうけら自身の判断で人の命を奪う。

 それが『しょうけら』という妖怪の本質だ。

 

「おお……天よ、主よ……!」

 

 しゅうけらはそれを天のお告げと勘違いし、感極まったように笑みを深める。

 そして、天のお告げとやらを実行に移すべく、十文字槍の切っ先を凛子へと向ける。

 

「わかりました。今すぐ――この子を殺します。羽衣狐様へ……生き肝を届けましょう」

「……あ、ああ……」

 

 その言葉に目の見えぬ凛子は震え上がり、すぐそこに迫ろうとしている『死』に涙を流す。

 そんな凛子の泣き顔に――。

 

「――――――――!!」

 

 妖怪・青田坊の脳裏に過去の記憶が蘇っていた。

 

 

 

 

 

『――青田坊よ……それ以上、人を殺せば化け物になっちまうぞ』

 

 かつて、田舎臭い古びた古寺に僧兵がいた。

 その拳は岩をも砕き、掌の平は大きく、人間の頭など造作もなく握りつぶす。

 千人もの武士を殺した、愚かなる大破戒僧。

 

 それこそ後の世、奴良組の特攻隊長と呼ばれるようになった妖怪。人間だった頃の遠い日の『青田坊』だ。

 

 人だった頃、青田坊は生きるため武士たちを殺していた。彼らから路銀や食料を奪い、その日その日の糧とするべく彼は武士たちを殺して殺して……殺し続けた。

 そして、僧兵として破壊の限りを尽くした彼は罪人として捕えられた。一切の情状酌量の余地なく、そのまま処刑され、人としての生を終わらせることになる筈であった。

 

 だがそこへ、徳を積んだ僧――聖人(しょうにん)がたまたま通りかかり、その処刑に待ったをかけた。

 

『お前はこれから、犯した罪の分だけ人を救っていかなければならん』

 

 聖人はそのように青田坊を諭し、彼に己の罪を償う機会を与えた。

 人としての生をまともに終えようにも、青田坊は人を殺し過ぎた。これ以上人を殺しても、このまま処刑されたとしても、その業の深さから彼は『妖怪』として蘇り人々に害を与えるだろう。

 彼が『人間』としての生と死を得るには、罪を償ってやり直さなければならない。

 

『……わかったよ、聖人』

 

 聖人の言葉に目をひらかされ、青田坊は人のために生きることにした。

 困っている人がいれば進んで手を貸し、その有り余った力で畑を耕し、腹を空かせた人々に食料を分けてやった。

 気が付けば、青田坊の周囲には戦で親や家を失った子供たちが集まっていた。

 無邪気な子供たち。青田坊のおっかない人相にも、彼が過去に犯した罪にも怯えず、彼らは純粋な気持ちで青田坊を慕っていた。

 

『早く帰って来てね、お坊さん!』

 

 そう言って彼らは毎日、畑仕事に向かう青田坊を笑顔で見送っていた。

 あの運命の日も――。

 

『ひゃははははっ! 殺せ!!』

『食い物! それと……女を寄こせ!!』

 

 戦場から逃げてきた落ち武者たち。それが大挙して青田坊たちの住処へと押し寄せてきたのだ。

 運悪く青田坊は留守にしており、戻ってくる頃には全てを燃やされ、子供たちは……。

 

 

『うぁあああああああああああああああああああああああ!!』

 

 

 怒り狂う青田坊。

 彼は激情に身を任せ、子供たちを守ろうと武士たちを皆殺しにする。

 聖人との約束を破り――人に戻れる最後のチャンスをふいにしてしまったのだ。

 

『すまねぇな……聖人』

『…………』

 

 異変を察知して駆けつけてきた聖人に青田坊は謝った。

 その膝元には既に息絶えた子供が寝かされており、その頭を青田坊が優しく撫でる。

 

 生き残った子供たちは、一人としていない。

 全て殺され、青田坊も『化け物』となってしまった。

 

 妖怪となった青田坊の目には、一筋の涙がこぼれ落ちていた。

 

 

 

 

 

「――おい」

 

 身悶えするような激痛すら忘れ、青田坊はしょうけらに向かって駆け出す。

 首元の『骸の数珠』を解放し、青田坊本来の怪力『剛力礼賛』を発揮していた。

 

 そう、その首の数珠こそ、子供たちの亡骸――彼らの頭蓋骨。妖怪となった青田坊が聖人に頼み、この骸たちで自分の力を封じてもらえるようにしたのだ。

 それはあの日々を、子供たちと過ごしたかけがえのない日々を忘れないようにする、青田坊の『良心』だった。

 

 この骸の数珠を見ることでいつでも思い出せる。子供たちと接していた時の優しさを。

 たとえ肉体が化け物となってしまっても、人であろうとした心が彼を踏み止まらせてくれる。

 

 それを一時的にとはいえ解放することは、青田坊が完全なる『化け物』になるということだ。

 それこそ『青面金剛(しょうめんこんごう)』のように。

 荒ぶる神、病をまき散らす極悪な『鬼神』になるということ。

 

 だがそれでも構わない。

 

 今、目の前で泣いている子供がいる。その子を守れるのなら――。

 

 ――そう、だからこそ……俺は!!

 

 あの時のような悲しい思いは、もうたくさんだ。

 今度こそ守って見せる。そのために――自分は鬼神となったのだから。

 

 だから――。

 

 

「その子から、手ェ放せやぁああああああああああああああああああ!!」

 

 

 青田坊は子供を守る妖怪。

 白神凛子という非力な少女を守るため、彼はその畏を全開に発揮する。

 

「ひかり――」

 

 しょうけらは突撃してくる青田坊を止めるべく、再び目くらましの光を放とうとする。

 だが、そんな小細工を発動させる暇も与えず、青田坊はしょうけらの頭を鷲掴み。

 

 

 

 そのまま全力で地面へと叩きつけ、その頭部を容赦なく握りつぶした。

 

 

 

「なっ……!?」

「しょ、しょうけら様が……」

「おのれぇ!?」

 

 自分たちの頭であるしょうけらの敗北。

 配下の蟲妖怪たちが浮足立つが、それでも彼らは引こうとはしない。

 しょうけらの仇をとるべく、残った全戦力で青田坊に狙いを集中する。

 

「……白神凛子、無事か?」

 

 青田坊はそんな京妖怪たちに目を向けるより先に、しょうけらから助け出した凛子の身を気遣っていた。

 

「えっ……そ、その声は……?」

 

 まだ夜雀の幻夜行の影響下にあるのか、何も見えていない凛子。

 しかし、自分が誰かに助け出された事実を何となく理解したのだろう。わずかに声音に安堵な雰囲気を纏う。

 そんな彼女の無事な様子に、青田坊は心底喜びを噛みしめ、優しく彼女に語りかける。

 

「すまねぇな……もうちっとだけ、我慢しててくれ」

「は、はい!!」

 

 青田坊の言葉に、凛子は元気よく返事し、彼の体にギュッとしがみつく。

 自分を頼ってくれる守るべき子供の体温をその腕の中に感じながら、青田坊は眼前の敵に目を向けた。

 

「そこの陰陽師! 立てるか……?」

 

 京妖怪と戦う上で、青田坊はすぐ近くで蹲っている陰陽師・秋房にも声を掛ける。

 一人で戦うよりも、子供たちを守れる確率を上げるために。

 

「き、君は……?」

 

 青田坊の叱咤激励するような力強い声音に、秋房も何とか立ち上がる。

 そして、共に肩を並べて共闘することになるであろう、妖怪の名を問う。

 

「……青田坊。田舎臭い……青二才だ」

 

 

『青いのう。青二才じゃ。お前はまるで青坊主……いや、田舎臭いから「青田坊」か……』

 

 

 青田坊は過去、聖人から名付けられた名前を答える。

 それ以前の名前など、もう忘れた――自分はただの青田坊。今は――それで十分だ。

 

「守るぞ! ここは崩しちゃいけねぇ!!」

 

 ここには凛子の他にも、守るべき子供たちがいる。

 彼らを守るためにも――絶対に、一匹たりとも通すわけにはいかないと。

 

 

 青田坊は全力で京妖怪たちを迎え撃つ。

 

 

 




補足説明
 しょうけら
  京妖怪・幹部の一人の蟲妖怪。西洋かぶれのナルシスト。
  一応、茨木童子とかと同じ立ち位置なのに青田坊に一撃でやられてしまった。
  京都で殺られて幹部って……こいつと鏖地蔵くらいではないだろうか?

 青田坊の過去
  青田坊の過去エピソードは個人的に好きな話の一つです。
  彼の人間としての罪、その償いの記憶。そして、妖怪となってしまう過程。
  原作での『泣いた青鬼』は短いながらも、しっかりと纏まった良回。
  ただこれ以降、原作の青田坊の活躍が少なくなっているようで、少し残念。
  本作では、もうちょっと活躍させてみたい。

  ちなみに、キリストでは聖人と書いて『せいじん』。
  仏教では聖人と書いて『しょうにん』と読むそうです。


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