今回は後半の部分がどうしても納得が出来ず、ずっとスランプに陥っていました。
ぶっちゃけ、今回も最後まで納得が出来ないまま、急いで書いたものを投稿しています。
ちょっと駆け足気味な感じで、自分でも変な感じかと思いましたがとりあえず、これでお願いします。
「――の、紀乃……大丈夫か、紀乃……」
虚ろな意識の中、毛倡妓は人であった頃の自分の名前を呼ぶ声を聞いていた。
妖怪・毛倡妓。彼女もまた、首無や青田坊のようにかつては『紀乃』という人間の女性だった。
彼女は吉原の『秋月屋』という妓楼で遊女をしていた。秋月屋は吉原でもかなり名の通った店であり、紀乃は十九で最高級の花魁に昇り詰めるほどの美貌と気風のよさを兼ね備えていた。
当然、そこまでの人気者ともなれば身請けの話も数えきれず、しかし紀乃はその全てを断った。
彼女の心には、常に一人の男の寂しそうな横顔があった。
義賊さん、と呼んでいた名も知れない男。その男に――紀乃は八歳の頃から恋をしていた。
義賊さんが既に罪人として処刑され、それが永遠に叶わぬ恋だとも理解していた。
彼女はそれでも生き続けた。死んだ義賊さんとの想い出を胸に、苦界で懸命に生き延びてきた。
その想いが通じたかは分からない。ある日、紀乃は馴染みの客から怪談・首無の噂を聞く。
夜な夜な町中を徘徊する、首が宙に浮いた男の怪談を――。
その怪談の内容から、それが死別した義賊さんのことだとすぐに理解した紀乃。彼女はその日から、ずっと彼のことを想い続けた。
――もう一度会いたい……妖でも構わない。あの人に……もう一度会いたい!
朝も昼も夜も、花魁としての仕事中も、寝ても覚めても。
紀乃は義賊さんのことを想い続け――その精神はやがて、人ではないものへと近づいていく。
そして、決定的な場面に遭遇する。
義賊さん――妖怪・首無と他の妖怪との戦いの最中に、彼女は出くわす。
彼女は人質として捕えられ、首無は紀乃の命を救うため武器を手放す要求を受け入れてしまった。
――嫌だ、あの人を失うのは……もう嫌だ!!
自分のせいで義賊さんが死んでしまう。一度味わったあの時の絶望を、もう二度としたくない。
彼女は恋慕い続けた男を守るため、その身を人ならざるモノへと変貌させる。
そうして――妖怪・毛倡妓はこの世に産声を上げた。
首無と同じ妖となった彼女は、そのまま彼と共に戦い妖怪たちを退ける。
その頃から、毛倡妓が守り、首無が攻めるという戦い方を確立させていた。
そんな二人の戦法、『絆』は三百五十年後の今も続いている。
「…………首無っ! 無事でよかった!!」
朧げな意識から目覚めた毛倡妓。彼女は心配そうに自分を見つめてくる無事な首無の姿に感極まって彼を力一杯抱きしめる。生前のように手遅れにならずによかったと、生き延びたことを子供のように無邪気に喜んだ。
「…………う、うん……」
彼女に抱きしめられる首無の顔が真っ赤に染まる。たわわに実った毛倡妓の胸をギュゥゥッと顔面に押し付けられ、息苦しさや、嬉しさやらで、どうにも締まらない顔つきになっている。
「え――……コホン! いいかな、お二人さん?」
そんな二人の感動的な場面に、奴良組の河童が気まずそうに咳払いをする。
鬼童丸と茨木童子に倒され、成す術もなかった二人を救ったのは河童の功績によるところが大きい。
彼は水場のない枯山水の庭に竹筒で水を持ち込み、『河童忍法・通り抜け忍び池』を作り、そこを脱出経路に二人を助け出した。
この忍び池という技がとにかく不思議なもので。特別な水で輪を作り、その輪を潜ることで別の水場へと移動することができるようになっている。
まるで、どこぞの青い猫型ロボットが用いる不思議道具のようである。
その不思議ギミックで、彼らは龍炎寺から少し離れた水場へと避難していた。
「この子に礼を言っときなよ。助けるの協力してくれたんだから」
「…………」
だが、河童は助けた功績を自分一人のものとせず、離脱に手を貸してくれた陰陽師・花開院ゆらに礼を言っておくよう、首無たちに声を掛ける。ゆらもあの忍び池を潜り、首無たちと共に避難していた。
彼女はどこか気まずそうに首無が毛倡妓に抱きしめられている光景を目の当たりにする。
「陰陽師の……そ、そうか、すまないな……」
首無はとりあえず毛倡妓の胸から脱出し、戸惑いながらもゆらに礼を述べる。
当初、ゆらが第六の封印である龍炎寺に現れた際、首無は自分たちが『囮』に使われたのだと思った。決死に戦う自分たちの影に隠れ、こそこそと封印を施すのが彼らのやり口なのではと。
しかし、首無の抱いた疑いは懸念だった。ゆらたちは陰陽師としての使命を果たしつつも、自分たち妖怪を助けるための助力を惜しむつもりはなく、首無は彼女たちに疑いの目を向けた自身を恥じる。
だが、首無の感謝にゆらはそっぽを向く。
「えーんや、ただ借りをかえしただけや。窮鼠のときのな」
窮鼠――ゆらが浮世絵町に来たばかりの頃。リクオに対する人質として、彼女が妖怪に捕まったときの件だ。
確かにあのとき、首無たちはリクオの命令で彼女を救出した。その一件があるから手を貸したまでのことと、ゆらは口を尖らせる。
「妖怪助けるんはこれっきりや――!!」
首無たちに対し、ゆらは素直じゃない態度でそのように宣言する。しかし――
「まーま、ゆらちゃん」
つっけんどんな態度のゆらを諫めるように、彼女の式神である十三代目秀元が口を挟む。
彼は、自分たち陰陽師と奴良組の妖怪が共に肩を並べねばならない必然性を説う。
「ボクらがいんと封印はできんのやし、彼ら奴良組がおらんと羽衣狐一派は倒されへん」
そう、悔しいがそれが現実。
封印を再度施し、妖気の流れを喰い止めるには陰陽師の力が。
封印を守護する京妖怪たち倒すには、妖怪たちの力が。
それぞれ必要になってくる。
「一緒に闘うんや。奴良組と花開院……昔と同じようにな」
四百年前。羽衣狐を倒したときのようにと、秀元は改めて力を合わせるよう宣言する。
×
首無たちが無事敵地から逃れていた頃。龍炎寺に残った者たちが、京妖怪と激闘を繰り広げていた。
「魔魅流そこだ、合わせろ!」
「わかった」
陰陽師である竜二と魔魅流がタッグを組み、鬼の頭領たる鬼童丸と交戦する。鬼童丸はかなりの難敵であり、搦手で竜二がいかに策を講じようと攻略は難しい相手であっただろう。
だが、最初の不意打ちがかなり効いているのか、鬼童丸の動きは僅かに鈍い。それに加え、魔魅流の常人離れした動きが鬼童丸の機転を制し、その雷撃と竜二の水で徐々にダメージを与えていく。
「無駄な足掻きを……貴様ら!!」
忌々し気に吐き捨てる鬼童丸の言葉には今一つ力が足りなかった。本人としては一気に片を付けたいのだろうが、ダメージが蓄積しているため、中々上手いように戦況を動かすことができない。
しかし、そこはやはり鬼童丸。数多の戦を経験してきただけあって、陰陽師たちの攻撃をなんとか捌いていく。
竜二たちは戦いを優位にこそ進めてはいたが、決定打を与えられていなかった。
そんな、竜二たちと鬼童丸のすぐ隣で――。
黒田坊と雪女のつららが二人がかりで、もう一匹の鬼・茨木童子と交戦していた。
「――暗器黒演舞!」
「ちっ!」
奴良組のもう一人の特攻隊長・黒田坊の代名詞『暗器黒演舞』。
剣、槍、鎌、鎖、手裏剣から鉄砲まで。無数の武器が彼の法衣の袖から飛び出し、一気に茨木童子に襲いかかる。その数に流石の茨木童子も一度には捌くことができず、舌打ちしながら一旦距離を取る。
「凍えておしまい! 呪いの吹雪・風声鶴麗!」
そこへすかさず、つららが強力な吹雪『風声鶴麗』を巻き起こす。雪女の代名詞とも呼べる氷の攻撃。その冷気で茨木童子の動きを封じようと、つららは全力で己の畏を解放した。しかし――
「ふんっ!」
つららの業を――茨木童子は鼻を鳴らしながら己の業『鬼太鼓』で打ち破る。
「わ、わたしの氷がっ……くっ!?」
つららの動きを止めようとする試みは失敗し、逆に敵の雷による手痛い反撃を喰らうこととなってしまう。雷鳴の矢を受けて怯み、無防備となる雪女。
「…………」
だがこのとき、茨木童子はさらなる追撃を掛けようとせず、何かを考え込むようにつららの顔を凝視していた。
雪女の美貌に惚れた……というわけではないだろうが、その視線につららが眉を顰める。
「な、なによ……私の顔になんかついてんの!」
つららは茨木童子はおろか、京妖怪ともほとんど初対面だ。何故、これといった関りのない彼にそのような視線を向けられるのか、まったく心当たりがなかった。
暫しの末、茨木童子はやっと何かを思い出したらしく口を開く。
「ああ、やっぱりだ。てめぇのその面……四百年前に俺がズタズタにしてやった雪女のババアとおんなじ顔だぜ」
「だ、誰がババアよ!! ……って、四百年前?」
茨木童子の「ババア」という暴言に対し怒りを露にするつららだったが、相手の口から出た発言に思わず考え込む。
四百年前。それは総大将であるぬらりひょん率いる奴良組の百鬼夜行と、羽衣狐率いる京妖怪たちとの間で起こった百鬼夜行戦だ。
その頃にぬらりひょんの配下にいた雪女で、つららと似た人相をもった人物。思い当たる相手は一人しか考えられない。
「ひょっとして……お母様のことを言っているの?」
茨木童子が言っている雪女――十中八九、つららの母親・雪麗のことだろう。ぬらりひょんが全盛期だった頃、つららがリクオに仕えているように、雪麗もぬらりひょんの配下として彼に付き従っていた。
四百年前に茨木童子が雪麗と刃を交えていても不思議ではない。
「なんだてめぇ、あのババアの娘なのか。道理で――」
つららの返答に茨木童子は合点がいった様子で頷き――内側の殺意を高めていく。
「道理で……吹雪の質が一段と温いわけだぜ!」
そのように叫ぶと同時に彼は鬼太鼓・乱れ打ちを放ち、つららへと襲い掛かる。
「――っ、呪いの吹雪・氷の卵!!」
連続で放たれる雷鳴の矢を防ごうと、つららは氷で自身の周囲を囲み即席の盾を作り出す。だが複数の雷鳴のうち、何発かが氷を貫通してつららへとダメージを与える。
「くっ……」
「下がれ、雪女っ!」
つららが怯む姿に同僚たる黒田坊が彼女に一旦退くように指示を出す。だが、つららはムキになるように氷の薙刀を構え、茨木童子へと斬りかかる。
「おいおい、寝ぼけてんのか?」
そんなつららのやけっぱちの攻撃を軽くいなしながら、小馬鹿にするように茨木童子は吐き捨てる。
「てめぇの母親でさえ、俺に敵わなかったんだ。それに劣るテメェなんざ――相手になるわけがねぇだろぅが!」
「――っ!!」
その発言に、つららはショックを受ける。
確かにつららの実力は母である雪麗には遠く及ばない。妖怪の中でもまだ比較的若いつららでは、戦闘経験でも妖気の大きさでも、母たる雪麗に敵わないのだ。
ましてや、向かい合っている敵はその母ですら敗北した相手、茨木童子である。つららがタイマンで彼に勝てる道理などどこにもなかった。
「下がれと言っているだろ!」
鍔迫り合う両者の間に割って入り、つららを強引に下がらせて黒田坊が茨木童子の相手を務める。無数の武器を操る黒田坊の暗器の数々に茨木童子も無駄口を叩く暇がないのか、刃を捌くことに集中している。
黒田坊は茨木童子の相手をしながら、つららへと声を掛ける。
「やつとは拙僧が戦う。雪女、お前は援護に専念しろ」
「……わかった……わよ」
援護に専念しろ――聞こえはいいが、遠回しに足手まといだと言われたような気分である。
黒田坊に他意はないのだろうが、今のつらら――土蜘蛛からリクオを守り切れず、意気消沈としていた彼女にとっては余計に堪える言葉である。
そう、彼女は第八の封印である伏目稲荷神社から、ここ龍炎寺に来るまでの間、ずっと落ち込んでいた。
それは大事な主であるリクオを守り切れなかった無力感からくるもの。彼に一番近い場所にいた側近と自負していただけに、その事実はつららの自信を大いに喪失させていた。
加えて、家長カナの正体。只の人間だと思い込んでいた彼女に土蜘蛛の攻撃から庇われた事実。もしも、あそこでカナが自分を突き飛ばしていなければ、自分が彼女の代わりに重傷を負っていたことだろう。
そして――実際に京妖怪と矛を交えて思い知った事実が、さらにつららの気持ちを打ちのめす。
――ああ……そうだ、やっぱり……。
今、目の前で黒田坊が茨木童子と互角にぶつかり合っている。つららの援護により、戦いを有利に進められているところはあるが、黒田坊ならば一対一でも問題なく茨木童子を抑えることができただろう。
そして、首無。一人暴走し、独断専行で皆に迷惑をかけた彼だが、彼は彼で第七の封印を守る京妖怪たちをたった一人で殲滅するという活躍を見せている。
その首無と共に茨木童子を追い詰めた、毛倡妓。
先走った二人を救出するのに一肌脱いだ、河童。
花開院本家に残っている青田坊も、清十字団を守るという務めを果たしていることだろう。
――ああ、やっぱりだ。
奴良組の妖怪だけではない。
花開院家の陰陽師たちも、再封印を施すのに大いに貢献し、奴良組が進む道を切り開いてくれている。
そうやって、皆が皆。己の役割を立派に果たしている状況だからこそ、つららは――余計に考えてしまう。
――わたし……足手まといにしか、なってない!
自分が彼らの戦いについていけていない現実を――。
側近たちの中で、自分が一番実力が足りておらず、皆の足を引っ張ているいう事実を――。
つららはこの京都の地に来て、それを思い知っていた。
×
「――あらら……呆気なくやられちゃったよ、しょうけらのやつ……」
花開院本家の正門にて。花開院家を襲撃していた蟲妖怪たちの主であるしょうけらが青田坊によって一撃で粉砕されていた。地面から足だけを突き出す――犬神家なしょうけらの死体、その情けない恰好に吉三郎は溜息を吐く。
しょうけらが青田坊に敗北を喫したのはある意味、仕方のない部分があった。
伝承において、しょうけらは60日に一回来るとされる『庚申』の日、天に昇り人々の罪科を告げ、その命を奪う虫の妖怪とされている。
それを防ぐための方法の一つに『庚申の日に青面金剛の鬼神像を祀り徹夜で過ごす』というものがある。
実はこの青面金剛、後の世に妖怪となった青田坊と暫し同一視させることがあるのだ。
その影響により、青田坊にも『しょうけらを退ける』という作用が密かに働いていた。
なにより、青田坊は『子供を守る』妖怪である。目の前で子供――白神凛子が泣いているのを見て、彼の畏は急速に高まる。
一人で戦うよりも、子供を守るための方が青田坊は強くなる。これは精神論などではない、実際にそのような力を発揮したからこそ、彼は格上の妖怪であるしょうけらを倒すことができたのだ。
「さてとこの状況、どうしたもんかね……」
しかし、そんな相性による敗北など知ったこっちゃないと、吉三郎は負け犬たるしょうけらに侮蔑の視線を向けながら、現状に思案を巡らせていた。
現在、青田坊は花開院家の陰陽師と協力し、京妖怪の残党と交戦していた。
「おらぁああああああああああああああああっ!!」
しょうけらから助け出した凛子をその手に庇いながら、次から次へと押し寄せてくる蟲妖怪たちを粉砕する。
「くっ、怯むなっ! 数で押しきれ!!」
対する京妖怪たち。頭を失い、青田坊の怒涛の強さに怯みながらも、彼らは退く様子もなく玉砕覚悟で突っ込んでいく。
主であるしょうけらを失ったにもかかわらず、彼らの士気は高い。それだけ、この宿願にかける思いが強いのだろう。羽衣狐に、彼女から生まれてくるであろう鵺に対する忠誠心が彼らを突き動かしていた。
「やれやれ……ご苦労なことで」
そんな京妖怪たちの気持ちを吉三郎は理解できずにいた。彼は元より京妖怪でもなく、羽衣狐や鵺に向ける忠義などない。また親と呼ぶべき山ン本五郎左衛門のこともうざったく思っている。
吉三郎にとって、他者は人間も妖怪も全て道具に過ぎない。
自身の欲望を満たすために使い潰す、玩具に過ぎないのである。
「…………」
そんな吉三郎の傍らに立つ、夜雀。彼女は相変わらず何も喋らないが、その視線はまるで責めるように吉三郎に向けられている。その視線に気づき、吉三郎はおどけた調子で夜雀へと肩を竦める。
「わかってるよ。これが終わったら、魔王の小槌はちゃんと鏖地蔵に返すからさ~」
今現在、彼が手中に収めている刀・魔王の小槌。これは本来であれば鏖地蔵の手元にあるべきものであった。
四国八十八鬼夜行に潜入していた夜雀が、玉章の敗北と共に回収した覇者の証。
しかしこれは元より、山ン本の心臓であり『妖怪の力をなるべく多く吸い上げる』という作戦のため、それを玉章に貸し与えていたに過ぎない。
充分に力を蓄えたこの刀は「本来の主」である人物に捧げるまで、鏖地蔵が厳重に管理していた。
しかしその管理から盗み出し、吉三郎は魔王の小槌を勝手に自身の武器として使用していた。
『な……ななな……よ、夜雀っ!!』
これに慌てた鏖地蔵、急いで夜雀に刀を回収するように命じた。場合によっては裏切り者として粛清されても仕方ない状況の中、吉三郎はいけしゃあしゃあと『ちょっと、ボクの遊びに付き合ってくれたら返してあげるよ♪』などと、宣った。
力尽くで刀を奪還してもよかった夜雀だが、大事の前の小事。事を荒立てるのも面倒と考え、仕方なく吉三郎の気の済むように彼に付き合うこととなった。
彼の指示通りに花開院家の屋敷に侵入し、凛子を拉致。春明との戦いにも割って入り、吉三郎が有利になるように動いてみせた。
「…………」
だがもうそろそろ、この遊びを切り上げてもいいだろうと、夜雀は視線で吉三郎に訴える。実際、これ以上の遅延は計画全体に支障を及ぼす可能性がある。
もうすぐ『鵺』が誕生する。それまでに――魔王の小槌をいつでも『あの方』に渡せるようにしておかなければと。
「もう、わかってるって……あとちょっとだけ――」
しつこく絡んでくる夜雀の視線を流石にうざったく思い、吉三郎は苛立ち混じりに吐き捨てた――
まさに――その時である。
京妖怪の襲撃により、半壊状態となっていた花開院本家。
瓦礫に埋もれていたその屋敷の一角から――大質量の樹々の針が飛び出してきたのは。
「…………っ!」
真っ直ぐにこちらを貫かんと迫ってくるその樹々を、夜雀は慌てて斬り払う。
夜雀が警戒した状態でその攻撃の出所を視線で辿る。そこには頭からダラダラと血を流しながらも、両の足でしっかりと立っている少年陰陽師・土御門春明の姿があった。
「ふぅ~、すぅ~……………」
瓦礫を吹き飛ばして這い出てきた春明は、精神を落ち着かせるように深呼吸をし――刹那、その表情を憤怒に染め上げる。
「このっ!! 糞野郎がぁあああああああああああああああ!!」
そしてなりふり構わず、陰陽術・木霊で急成長させた樹々を四方八方へと伸ばしていく。
この時、春明は未だに夜雀の畏『幻夜行』で視界を封じられていた。それは光が一切届かない闇の世界。普通であれば何も見えない恐怖で蹲り、震え上がりそうなもの。
だが、春明は何も見えない状態で針樹を発動、辺り一帯に向かって無差別に攻撃を繰り出していた。
「な、なんだっ!?」
「お、陰陽師! まだこんなやつがぁ!?」
無論、無差別と言ってもある程度の当たりはつけており、その攻撃は的確に周囲にいた京妖怪たちを貫いていく。
視界が封じられた状態の中、彼は妖気で敵の位置を把握しているのだ。妖気を強く感じた場所へ、針樹を真っすぐに突き刺していく。そこに憎むべき敵、吉三郎もいる筈だと。
しかし、今の春明は完全に頭に血が上っており、それが『誰の妖気』かまで推し量ることができずにいた。
そのため、彼の攻撃は『この場で最もデカい妖気の持ち主』へと集中する。
しょうけらが倒された今、この場で最も強い妖怪・青田坊の下へと――。
「なっ!? て、てめぇ……何しやがる!?」
青田坊は持ち前の怪力で樹々の針を蹴散らしながら抗議の声を上げる。だが、春明は聞く耳を持たず自分の攻撃を防いだ生意気な妖怪に向かって容赦なく術を行使し続ける。
「…………うん、逃げよっか?」
その光景に、もう少し遊んでもいいかなと考えていた吉三郎が百八十度態度を変える。春明の無差別な術の行使に巻き込まれるのはごめんだとばかりに、怪鳥に乗って一足先に花開院本家を後にしていく
夜雀も、その後に続こうと翼ははためかせる。
しかし、彼女は去り際、チラリと暴走する春明の方を訝し気な表情で見つめる。
「………………?」
感情の見せぬ彼女には珍しく、何か引っ掛かるようなものを感じ、その表情を曇らせるも。
やがて、何事もなかったかのように――その場を黙って立ち去っていく。
×
「くそっ! 落ち着きやがれ、このクソガキ!!」
つい先ほどまで京妖怪と交戦していた青田坊。彼は、戦う相手が急遽入れ替わったことでやや押され気味になっていた。腕の中に抱きかかえる凛子を庇いながら防御に徹し、春明の陰陽術を防いでいく。
春明の敵味方問わず周囲を巻き込む攻撃によって、大半の京妖怪たちが掃討された。既に青田坊と秋房があらかた残党を片付けていたこともあったが、春明の介入が最後の駄目押しとなり、京妖怪たちは全て花開院家から立ち去っていく。
だが、敵勢力がいなくなったことに気づかぬまま、怒り狂う土御門春明は術を行使し続ける。
「うらあぁああああああ!!」
敷地内に唯一残った妖怪である青田坊に向かって、ひたすら殺意のこもった攻撃ぶつけていく。
「くっ、駄目だ……こいつ、全然聞く耳をもたねぇ!」
青田坊が本気になれば、手負いの春明を力尽くで黙らせることも不可能ではない。だが、いかに陰陽師といえども、春明も青田坊が守るべき『子供』であることには変わりはない。
相手が子供では全力を出せない。それも――青田坊という妖怪の『畏』である。
「君は下がっていてくれ、ここは私がっ!!」
そんな青田坊に代わり、秋房が前に出る。妖槍・騎億で春明の攻撃を受け止めるべく、衝撃に備えて歯を食いしばる。だが――
「――その声……土御門くん? 土御門くんなんでしょ!?」
未だに夜雀の畏で視界が封じられている凛子だが、先ほどから怒声をまき散らして暴れている人間が、春明だということに気づいたようだ。
彼女は春明の暴走を止めようと、懸命に声を張り上げて呼びかける。
「お願い、やめて春明くん! 青田坊さんは――敵じゃない!!」
すると、その叫び声とほぼ同時のタイミングで夜雀の畏――『幻夜行』の効果が消える。夜雀がこの場から離れて離脱した影響だろう。それにより、春明と凛子は正常な視界を取り戻す。
「――――っ!!」
視界が正常に戻ったことで春明は眼前の敵が吉三郎でないことに気づいた。あと一歩というところで青田坊に向かって放っていた針樹の攻撃をピタリと止める。
「つ、土御門くん……」
「あ……………白神か?」
凛子の呼びかけの効果もあったのか、春明は冷や水を浴びせられたかのように急に冷静さを取り戻し、どこかきまり悪げに頭を掻く。
「……ちっ、逃がしたか…………」
そして、自身の暴走を誤魔化すかのようにそっぽを向きながら、吉三郎たちが去っていったであろう方角へと悔しそうに視線を向ける。
視線の先の向こうからは、既に日の光が昇り始めていた。
こうして、長い夜が明ける。
京妖怪との交戦そのものは続いているものの、混戦は収まり、一時の平穏が訪れる。
この一時の合間に花開院家では怪我人の手当、建物の修復などが行われている。先の戦いで比較的軽傷であったものが中心となって瓦礫を撤去し、重症な怪我人を建物の奥へと運んでいく。
「この四百年で……花開院も随分と弱体化したようだな」
「…………」
その光景を見つめながら花開院秋房がポツリと呟き、その隣にはとりあえず人型に変化した青田坊が立っている。春明と凛子は怪我人と一緒に奥の方に引っ込んでおり、秋房の自嘲気味の愚痴を青田坊が一人静かに聞いている。
実際問題秋房の言う通り、花開院家は代を重ねるごとに弱体化していた。最大の宿敵である羽衣狐が復活することもなく、慶長の封印が京の封印を守って四百年。実質、戦いと呼べるほどの大きな戦を花開院は経験してこなかった。
「人間は……組織というものは……危機に直面して初めて現実に気づく。愚かなことだ……」
危機がなければ人は緩やかに堕落していく。
分家同士で次期当主の後継者争いなど内輪もめをしている間に、陰陽師として大切なものを花開院は蔑ろにしてきたのではと、秋房は自分たちの愚かさを今更になって気づく。
「気が付いてよかったじゃねぇか。アンタみたいな人がいりゃ、組も大丈夫だろ……知ったこっちゃねぇが」
だが青田坊は秋房の発言に感心したように呟く。
その愚かさに気づけただけでも良かっただろう。これから挽回すればいいと。口調こそ素っ気ないものではあるが、彼なりに花開院家のことを気にかけ声を掛けてくれる。
「すまないな。妖怪なのに気を使わせてしまって……」
「……ふん」
青田坊の言葉に秋房は礼を言う。
彼は竜二同様、どちらかといえば妖怪に対して厳しい目線を持つ陰陽師の筈だった。だが、共に背中を預けて京妖怪の襲撃を乗り切り、暴走する春明に手こずらされた者同士、奇妙な友情が芽生え始めていた。
これも妖怪と人との、新たな関わり方の一つなのかもしれない。
「はぁはぁ……秋房兄ちゃん!?」
「ゆら……」
するとそこへ、外での戦いをひととおり済ましてきたのか、花開院ゆらが本家の敷地に駆け込んでくる。彼女は十三代目秀元、奴良組の妖怪と思しき数人と共に一時の休息を取るために花開院家に戻って来た。
しかし、すっかり変わり果ててしまった屋敷の光景に絶句し、傷つき倒れる陰陽師たちの有り様に困惑する。
そして、なによりも彼女を驚愕させたのは――。
「お……おじいちゃん!?」
「おお……ゆらか……もっと……近くにおいで…………」
今まさに事切れようとしている大好きな祖父・二十七代目花開院秀元の弱々しい姿であった。
そう、重傷者の中にはもはや手の施しようがないものも大勢いた。陰陽術で傷を癒すのにも限界があり、どんな高名な医者であろうと救えぬ命がある。
しょうけらによって致命傷を受けた彼も既に手遅れ。正直、ゆらが駆けつけるまで保ったことが奇跡である。
だがその奇跡も、もうすぐ終わりを迎えようとしている。
彼は――最後の力を振り絞り、孫であるゆらの頭を撫でながら、彼女に最後の言葉を掛ける。
「ゆらは……結晶だ。お前の中には花開院家の未来がつまっている」
それは単純に、ゆらの才能が飛び抜けているからというわけではない。
ゆらのように若く、真っ直ぐで、純粋で、正しく陰陽師であろうとする姿に、いつだった秀元は元気づけられてきた。
「老いた私の目にはまぶしい。わしらの結晶なのだ……」
二十七代目秀元は花開院家の当主として、花開院家内で密やかに行われてきた権力闘争をまじかで直視してきた。自分たちの利益のために陰陽術を悪用し、隣人を蹴落とさんと暗躍する者たちもいた。
「ゆらを見ていると……いつも……前向きで……いつも希望がわいてくる……」
ゆらは、そんな後ろ暗い世界とは程遠いところで人々のためになろうと頑張っている。その懸命な彼女の姿に、彼がどれほど勇気づけられてきたことか。
「もっとつよくなりなさい、もっと……もっと……強くなって……ワシらの代わりに、人々を――」
人々を守れと――二十七代目秀元は最後の力を振り絞り、ゆらに後のことを託す。
彼女ならきっとやってくれると――死に行く彼の心は『希望』に満ちていた。
「お、おじいちゃん……う……うう…………うぁあああああああああああああああ!!」
ゆらはその場で泣き崩れた。
未だ戦いの最中で在りながらも、人目も気にせず祖父の遺体に縋って涙を流す。
その光景を前に誰もが下手な慰めを口にすることができず。
ただ静かに、少女が泣き止むのを待つしかなかった。
今後について
去年もそうでしたが、この時期はとにかく仕事が忙しく、思うように執筆できません。とりあえず12月中は冬眠期間としてお休み。何とか書き溜めて、年明けから再開できるようにしてみますので、どうかよろしくお願いします。