家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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ちょっと長めですが、これで投稿します。
結構難産だった……。



第六幕 お見舞いに行こう!

 浮世絵中学校の屋上――家長カナと花開院ゆら、二人の少女の姿がそこにあった。

 

 すでに時刻は夕方。授業も終わり、多くの生徒たちが忙しなく動き回る中、二人の少女は特に何をするでもなく、心地よい風に髪をなびかせ、そこから見渡せる景色を漠然と眺めていた。

 

「………家長さん、ごめんな」

「えっ?」

 

 不意に、ゆらが謝罪の言葉を口にする。

 ゆらは心底申し訳ないといった表情で、カナに向かって頭を下げた。

 

「怖い思いさせてしもうて、私に、もっと力があればよかったんやけど……」

「ううん、ゆらちゃんのせいじゃないよ! 気にしないで」

 

 昨日の自分たちを狙った、ネズミ妖怪たちの襲撃。

 ゆらはカナを守りきることができず、みすみす敵の罠に掛かってしまった自分の不甲斐なさが許せない様子だった。

 まるで、この世の終わりだといわんばかりに、今日一日、ずっとこんな調子で落ち込んでいる。

 そんな気落ちするゆらを励まそうと、カナは必死に言葉をかける。

 

「本当、気にしないで……もとはといえば、私が変に取り乱しちゃったせいで………ごめんね、ゆらちゃん」

「そんなことない!! 私がもっと周りを見てれば、あんなことには!」

 

 カナは自分が足を引っ張ったと主張するも、その意見を否定し自身の観察力不足を指摘するゆら。

 お互いがお互いに、自分を卑下して相手を庇う。

 そんな空気にますます気まずくなり、うつむく二人の少女。

 

 話題を変えたほうがいいと感じたカナは、自分が気になっていた『彼』の話を振ることにした。

 

「それに………妖怪は確かに怖かったけど、あの人は……わたしたちを、助けてくれたんだよね?」

「………」

 

 あの人、百鬼夜行を率いて、自分たちを助けに来てくれた『彼』。

 カナは四年前にも一度、彼に助けてもらったことがあった。

 その四年ぶりの再会に、カナの胸の内を何とも表現し難い、暖かいものが満たしていく。

 

「怖くない妖怪だっているのかもしれないね、ゆらちゃん?」

 

 陰陽師であるゆらにこんなこと言うのはどうかしてるとカナは思ったが、彼女にも分かって欲しかった。

 昨晩のネズミのように、人を襲う悪い妖怪だけではない。『彼』やリクオのように、人に危害をくわえるだけではない、良い妖怪もたくさんいるということをゆらにも知ってほしかった。

 

「…………」

 

 しかし、ゆらはカナの言葉を肯定も否定もしない。

 黙り込み、何かを決意するように式神の入った札を凝視していた。

 

「あっ! こんな所にいた!!」

 

 そこへ、聞き覚えのある声が響き渡り、二人が振り向く。

 屋上の入り口に、友達の巻と鳥居が立っていた。

 カナとゆらを呼んだ鳥居に続いて、巻がどこかめんどくさげに彼女たちに用件を伝えにきた。

 

「清継くんが呼んでるよ!! 清十字怪奇探偵団の会議だってさ!!」

 

 

 

×

 

 

 

「――皆、集まったようだな!」

 

 いつものように、清継がどこか偉そうに話しを切り出してきた。

 

 彼は教室に集まった清十字団のメンバー全員を見渡せるよう、教壇の上に立っていた。

 ご丁寧に、黒板にはデカデカと『清十字怪奇探偵団会儀』と書かれている。

 清十字団の団員たちも、各々がおもいおもいの場所に座っている。

 

 現在、この教室に団員以外の生徒は誰もいない。

 奴良リクオの護衛である雪女こと――及川つららもその中に混じっていた。

 

 人間たちの集まりなど、本来なら律儀に参加する必要などないのだが、この清十字怪奇探偵団は奴良組の若頭である自分の主――奴良リクオが所属しているクラブである。

 常に主に付き従うのが彼の護衛である自分の使命だと、つららは自身に言い聞かせ、この会合に顔を出していた。

 

「では、ビッグニュースを発表する!!」

「ビッグニュースって?」

「なになに?」

 

 清継の口から放たれたその言葉に興味が湧いたのか、皆が彼に注目する。

 つららもビッグニュースという単語に多少の期待と不安を膨らませ、清継の次の言葉を待った。

 皆の食いつきように満足したのか、さらに誇らしげに清継は言葉を綴っていく――だが、

 

「喜ぶがいい! 我が清十字怪奇探偵団は今週末に……おや?」

 

 何かに気づいたのか、途中で言葉を止める。

 不自然に言葉を切った清継に、眉をひそめる一同。

 

「団員が足りないようだが?」

「えっ?」

 

 そう言われて、初めてつららは集まった面々に目を向ける。

 

 自分のすぐ後ろの席に巻が座っていた。

 そして、そのすぐ側に鳥居とカナが寄り添うような形で立っている。

 教室の廊下側には島と、陰陽師のゆらもいる。

 

 ――はて?

 

 確かに妙だ。元々団員が少ない清十字団だが、これは少なすぎる気がする。

 というより――

 

 ――何か、大事な人を忘れているような気が………。

 

 そこまでつららが考えを巡らせていると、誰かが呟いた。

 

「奴良くんは?」

 

 静かに放たれたその言葉に、つららは一瞬呼吸が止まった。 

 

「若?」

 

 もう一度、教室内を見回す。

 巻がいて、鳥居がいて、カナがいて、島がいて、ゆらがいる。教壇には清継もいる。

 しかし、何度見直しても、主である奴良リクオの姿が見えない。

 トイレにでも行っているのか?、と現実逃避しかけたが、そこで今日一日の学校での出来事を思い出し、ハッとなる。

 

「はっ!? 朝から一度も、若の姿を見ていない!?」

 

 リクオだけではない。自分と同じ護衛である筈の倉田――青田坊の姿も見かけていない。

 

 ――何故!? ホワーイ!? サボり!?

 

 軽いパニック状態に陥りながらも、何とか意識を保とうと必死になるが――

  

「皆なにを言ってるの?」

 

 何故か寒そうに体を震わせている家長カナが、つららの疑問に答えるかのように口を開く。

 

「今朝、横谷先生が言ってたじゃない?」

 

 彼女に現実を突きつける。

 

「――今日、リクオくん風邪で休みだよ?」

 

 及川つららこと、雪女の思考が――今度こそ完全に停止した。

 

 

×

 

 

 

「情けねえのな、昼のおめーはよ。ちょっと気負いすぎて発熱か」

「鴆くんの方が病弱でしょ……」

 

 自分が寝ているすぐ隣に座り込む鴆にリクオは強がってみせたが、リクオ自身も自分の脆弱さに少し情けなさを感じていた。

 

 現在、リクオは布団の中で風邪と戦っていた。

 カナたちを窮鼠一派から助け出し、自宅に戻ってすぐ。彼は妖怪から人間へと戻り、そのまま力尽きたかのように倒れ込んだ。

 無事に目的を達成できた安心感と、馴れない出入りをした疲労感によるものだろうと鴆は診断する。

 そして、次にリクオが目を覚ましたとき、既に今日の正午が過ぎていたのだった。

 

 学校を休みたくなかったリクオだが、自分の今の体調が最悪であることは、誰よりも本人が自覚している。

 皆に風邪をうつす訳にもいかないので、こうして大人しく家で寝ていることにしたのだが……

 

 ――学校、行きたかったな……。

 

 未だに未練たらたらで、そんなことを考えるリクオ。

 

「………なぁ、本当に出入りに行ったことも覚えてねえのか?」

「それは………」

 

 すると、寝ているリクオに鴆が話を振ってきた。

 その質問に咄嗟に答えることができず、口ごもるリクオ。

 

 

 

 昨夜、リクオはかつてないほどに、自分の無力感に打ちひしがれていた。

 何もできない自分、なんの力を持たない自分。

 カナたちを救うために、このままネズミたちの要求を黙って呑むしかない。そう思っていた。

 だが――リクオの中の『彼』はそうは思わなかったらしい。

 

 

 ――体があつい!

 

『――本当は知っているはずだぜ』

 

 ――知らない、僕に力なんてない!

 

『――自分の本当の力を』

 

 ――僕は人間なんだ!!

 

『――もう、時間だよ……』

 

 

 その瞬間――リクオは『彼』になっていた。

 

 

 

 四年前のあの日のことも、昨晩のことも、皆には覚えていないで通していたが、本当は覚えている。

 

 ガゴゼも、蛇太夫も、窮鼠も――自分が殺したのだと。

 

 妖怪のときは、なんだか血が熱くなって我を忘れてしまうリクオだが、記憶はちゃんと残っていた。

 だが、その記憶を、リクオは未だに現実として受け入れられないでいる。

 そもそもあの日から、人間として生きるとリクオは誓ったのだ。

 立派な人間になれば、もう二度と友達からあんな白い目で見られることもなくなる。

 正直、今さら三代目だの妖怪として覚醒しろだの言われても、どうしていいか分からないし、困る。

 

 

 

「俺はな、夜のお前に三代目を継いで欲しいと思ってるんだ………」

「…………………」

 

 しかし、そんな悩めるリクオに対し、鴆は真剣な顔つきで自身の想いを打ち明ける。

 彼の真摯な願いに、リクオは生半可な答えを口にすることができないでいた。

 そのまま、気まずい空気が彼らの間に流れる。

 

「四時か………」

 

 鴆が時計を見て呟く。

 もうそんな時間。学校の授業も終わり、とっくに下校時間が過ぎた頃合いだろう。

 

「そろそろ会議だ。じゃあな、リクオ、また今度薬を――」

 

 鴆は立ちあがり、会議とやらに出席するために部屋から出て行こうとする。

 しかし、その直後――

 

「――若!!」

「ゴハっ!?」

 

 ドーン!! と、すさまじい勢いでリクオの部屋に駆けこんできたつららが、その進路上に立っていた鴆を突き飛ばす。

 鴆は床に突っ伏しながら血を吐いていたが、そちらを見向きもせずにつららは床に手を突き、こうべを垂れる。

 

 つららは泣きながら、リクオに全力で頭を下げていた。

 双眸からポタポタと零れ落ちる涙。雪女である彼女の涙は、瞬時に氷となって床に転がっていく。

 

「すいません、私としたことが! 側近なのに……若が学校にきてないのも知らず、普通に一日過ごしてしまいました!!」

 

 ――ああ………目覚めてから一度も姿を見かけないと思ってたけど、学校に行ってたのか。 

 

 と、リクオはつららが不在だった理由に納得する。

 

「この雪女! いかなる罰も………」

 

 つららは懺悔するように、リクオの手を握る。

 しかし、彼女は忘れている。

 自身が妖怪――雪女であることを、現在――リクオは風邪を引いて、発熱していることに――

 

 ジュウウ!! と、熱々の鉄板で目玉焼きを焼くような音がした。

 

「熱っ!! 熱っ!! 熱っ!!」

 

 リクオの手を瞬時に離すつらら。

 雪女である彼女に、今のリクオの体温はとても堪えるようだ。

 彼女は大慌てで、リクオの布団の横に置かれている氷水に、真っ赤かになった手をつけて冷やす。

 

「ふ~」

「つらら……大丈夫!?」

「だ、大丈夫です これくらい………」

「そう……ふふふ」

 

 いつもどおりのつららの様子に、リクオは頬を緩ませる。

 彼女が元気いっぱいにはしゃぎまわる姿は、先ほどまでリクオを包んでいた憂鬱を吹き飛ばしてくれるだけの力があった。

 元気が出たついでに、リクオは目覚めてからずっと気になっていた件について、つららから聞くことにした。 

 

「つらら、学校行ってきたんだよね? カナちゃんや花開院さん、どうだった?」

 

 あの後、無事に帰ることができたのか。リクオはそれがずっと気がかりだったのだ。

 

「えっ? ああ、大丈夫でしたよ。二人とも普通に登校してきましたから」

「そうか、よかった……」

 

 それを聞き、リクオは心の底から安堵する。

 熱を出すほど頑張って、助けた甲斐があったというものだ。

 

 しかし、楽観視してはいられない。

 結果として助かったものの、本来なら何の関係も無い彼女たちを自身の妖怪事情に巻き込んでしまったのだ。

 もう二度と友達を危険な目に合わせるわけにはいかない、と。

 リクオは布団の中で決意を新たに――。

 

「………よいしょっと、ここをこうしてっと!」

 

 決意を――

 

「………つらら、なにそれ?」

 

 リクオが決意を新たにしている隣で、つららが氷嚢(ひょうのう)を作っていた。

 しかし、ただの氷嚢ではない。

 その氷嚢の氷は、どう見てもリクオの頭よりもはるかにデカかった。

 自分の冷気で作ったのだろう。普通の冷蔵庫等では絶対に作れない大きさだ。

 

「これでいいですわ、わたしの特製の氷嚢ですから、すぐに熱も下がりますよ!」

 

 ズン!と、リクオの頭にその氷嚢を置く。

 

「じゃあ、薬を持ってきますから、ちょっと待っててくださいね!」

 

 そして、そのまま薬をとりに、つららはリクオの部屋を後にする。

 

 ――重っ!!

 

 氷の温度は自体は意外にも心地いい。

 だが重い、重すぎる。  

 バランスもかなり悪く、今にも額からずり落ちそうでヒヤヒヤする。

 

「つらら、氷がデカいよ! ちょっと溶かしてくれるかな?」

 

 とりあえず、もう少し小さいものでお願いしたいと、リクオは薬を取りに台所に行ったつららに聞こえるよう、今出せる精一杯の声を搾り出す。

 

「――えっ、つらら?」

 

 そんな彼の頼みに対して、返事が返ってきた。

 しかし、それはつららの声ではなかった。

 聞き覚えのある声にリクオは冷や汗をかきながら、そっと視線を向ける。

 

「カ、カナちゃん!?」

 

 予想外の来客に、リクオは戸惑いを見せる。

 

「家長さんだけじゃない、皆いるぞ!!」

「やっほー!」

「お邪魔します!」

 

 狼狽するリクオを、さらに畳み掛けるかのように清十字怪奇探偵団の面々が顔を見せる。

 清継に島、昨日は来なかった巻に鳥居、ゆらまで――全員がそろい踏みだ。

 

「ど、どうしたの、皆……」

「どうしたのじゃない、お見舞いにきたんだよ! 情けないぞ奴良くん! 風邪を引くのは、馬鹿な証拠だ!!」 

 

 困惑するリクオに向かって、当然だと言わんばかりの勢いで清継が答える。

 そんな彼の答えに、思わず目頭が熱くなるリクオ。

 皆がこうしてお見舞いに来てくれたことが嬉しくて、リクオは感動に心を震わせていた。

 

 そう、嬉しいは、嬉しいのだが……。

 

「じゃあ、私はここで……」

「ありがとうございます! お手伝いのお姉さん!!」

 

 ここまで皆を案内したお手伝いのお姉さん――妖怪・毛倡妓がそそくさとその場を立ち去り、その様子を、陰陽師ゆらが探るような目つきで見ていた。

 

 ここは妖怪の総本山『奴良組』。れっきとした妖怪屋敷。

 いたるところに奴良組の妖怪たちが潜んでいる。

 幸い、皆気配を消して隠れてくれているようだが、ゆら相手にどこまで隠しきれるか内心、気が気でないリクオ。

 ばれないでくれと、彼は心中で必死に祈りまくる。

 

「リクオくん、今誰かと間違えた?」

「な、なんのことかな!?」

「つららって言ったような……」

 

 カナがリクオの顔を覗き込みながら尋ねる。 

 さっきの、リクオがつららを呼ぶ声が聞こえていたのか。

 まずいと思ったリクオは、咄嗟に咳き込んで誤魔化しを入れる。

 

「大丈夫!? お薬飲んだ?」

「いいや、まだ……」

 

 リクオの咳き込むよう様子に、カナはすぐに心配そうに彼の具合を気遣う。

 そんな彼女の気遣いに、少しだけ罪悪感を覚えるリクオであったが、その罪悪感もすぐに焦りへと変わる。

 

「ちょっと待ってね。お薬もらってくるから。お台所……こっちだったよね?」

 

 そういって台所のある方へと歩いていくカナ。 

 

 ――やばい!

 

 彼女の心からの気遣いに、リクオの体中から汗が滝のように流れ、彼の心臓が今日一番の跳ね上がりを記録する。

 そっちにはさっきつららが――と内心で焦るリクオの期待を裏切ることなく。

 

 「おまたせ~、リクオさま………」

 

 カナが襖を開けようとした、まさにジャストタイミングで。つららとカナは鉢合わせで向かい合う形となった。

 

「及川さん?」

「い、家長………さん………」

 

 カナの存在を認識するや、つららの表情が固まる。

 一方、カナがどんな表情をしているのか、リクオの位置からでは見えない。だが、きっと驚いているであろうことが、手に取るように理解できる。

 

「あれ?」

「なんでここに!?」

 

 案の定、いきなりのつららの登場に、他の清十字団のメンバーが一様に驚いている。

 その中で何故か島が一番ショックを受けているのが、リクオの印象に残った。  

 

「あ、あのね、そのね………」

 

 リクオは、なんとか必死にこの場を取り繕う言葉を探すが、熱があるせいで上手く考えがまとまらない。

 つららも、彼らの突然の訪問にテンパっているらしく、体から冷気が漏れ出していた。

 

 余談だが、彼女は動揺したり、緊張したりすると、時よりこうして冷気を放出する癖がある。急激な気温の低下に、皆が体を縮こませる。

 本格的にどうしていいか分からず、リクオの頭が真っ白になりかけていた。

 

 だがそのとき、落ち着いた声音が彼の耳へと届けられる。

 

「そっか……及川さん、先にリクオくんのお見舞いに来てたんだね?」

 

 カナだった。

 彼女は特に驚いてた様子もなく、リクオたちに笑顔を向けていた。

 

「ははーん!! そういうことか!!」

 

 清継が納得したといった調子で、はやしたてる。

 

「お茶まで持ってきて、気がきく娘だ!!」

「そ、そうなんだよ。ほんの十分ほど皆より早く来てくれて!」

「そ、そうなんですよ! ほほほほほ……」

 

 リクオとつららは咄嗟に話を合わせ、その話に他の皆も納得してくれた様子だった。

 止まっていた時間が動き出したかのように、ワイワイと騒ぎ始める面々。

 どうにか誤魔化しきれたようで、学校にいるときのような、いつもの空気にようやく一息つくリクオであった。

 

「さあて!! 看病はさておき!! 清十字怪奇探偵団全員がそろったところで改めて週末の予定を発表する!!」

「週末って?」

「そうだ!! どうせ君たちヒマだろ。アクティブな僕と違って!!」

 

 そんな空気の中、清継がかなりのテンションで、清十字団の予定とやらを口にする。

 そのテンションから、団員はほぼ強制参加なのだろうと、リクオは諦め半分、嬉しさ半分で彼の話に耳を傾ける。

 週末まで、まだ三日ほど猶予がある。

 三日もあれば熱も引いて風邪も治るだろう。

 その予定とやらに、参加することはできるはずだと、改めて覚悟を決める。  

 

「ボクが以前からコンタクトを取っていた、『妖怪博士』に会いに行く!!」

「え!?」

「なにそれ!?」

「妖怪博士が素敵な旅館を用意してくれているぞ!! ――妖怪合宿だ!!」

 

 清継の声高らかな宣言。

 やはりというか、流石と言うべきか。

 彼らしいその合宿名に、リクオは静かに溜息を吐いていた。

 

 

 

×

 

 

 

「――お願い!! 合宿、行ってきてもいいでしょ?」

「ダメだ」

 

 家長カナのささやかな願いを、土御門春明が一蹴する。

 

 リクオのお見舞いから、既に三日が経過していた。

 清十字怪奇探偵団の合宿は明日、すぐ目前まで迫ってきている。

 カナはすでに荷物をまとめており、今すぐにでも出かけられる状態でスタンバイをしていた。

 後は明日になるのを待ちながら、ベッドに横になるだけで済む筈だったのだが――

 ここで一つ、重大な問題が浮上した。

 

 自身の保護者ともいえる春明から、まだ外泊の許可を貰えていなかったのだ。

 三日前から頼み込んではいるのだが、その間、一度として首を縦に振ってはくれなかった。 

 

「お願いします。どうか合宿に行かせてください」

「口調を改めても、ダメだ」

 

 さっきよりも少し丁寧な口調でお願いするも、断られる。

 

「………兄さん………お願い」

「シリアスぶっても、ダメだ」

 

 真剣な顔つき、深刻そうな声音を作って頼んでみるも、断られる。

 

「お願い! お・に・い・ち・ゃ・ん☆」

 

 ちょっとぶりっ子ぶってお願いしてみる。

 口調に合わして、声も少し高めにしてみた。

 

「気持ちの悪い声を出すな!!(怒)」

 

 軽く切れられた。彼の額に血管が浮かび上がっている。

 

「てめえ……この間、妖怪どもに拉致られたばかりだろうが。それで妖怪を探すための合宿とは……良いご身分だな」

「うっ!」

 

 彼の皮肉めいた言葉に、カナは思わず口を紡ぐ。

 そういわれると返す言葉も無いのだが、ふとここで疑問がよぎる。

 カナは春明に心配をかけまいと、先日のネズミの件については黙っていた。

 しかし、この口ぶりから察するに、とっくにご存知のようだ。

 いったい、どうやって知ったのだろうか。

 彼とはそれなりに長い付き合いではあるが、まだまだよく分からないことが多く油断ができない。

 

「そ、そんなに心配しなくても大丈夫だって………ゆらちゃんだっているし………まだ妖怪がいるって決まったわけじゃないし………」

 

 なんとか、彼からより良い返事を引き出そうと、慎重に言葉を選びながら説得を試みるカナ。

 

「ゆらだぁ? ああ………あの半端な陰陽師か。あの程度の連中からお前一人守れないなんざ。程度が知れるな」

 

 しかし、効果は薄く。同じ陰陽師として、ゆらの前回の失態に呆れているのか、辛辣な言葉を吐き捨てる。

 

「ゆらちゃんは悪くないよ、あれは私が!!」

「とにかく、ダメだ! 今回は家で大人しくしてろ」

 

 カナは咄嗟にゆらを庇ったが、春明は聞く耳を持たない。

 話は終わりだといわんばかりに、こちらに背を向けて寝っころがる。 

  

 春明の頑なな態度に完全にお手上げ状態になったカナ。彼女は合宿に行くことを半分諦めかけていた。

 すると、そんなカナの落ち込み具合を見て気の毒に思ったのか、意外なところから助け舟が来た。

 

『いいんじゃねえの。行かせてやっても?』

「面霊気……」

「コンちゃん……」

 

 春明とカナの他に、人がいない筈の室内で声が響く。

 声の主はこの部屋の壁にたてかけられていた、狐のお面――面霊気のものであった。

 

 ――面霊気。

 

 それが『彼女』の妖怪としての名前である。

 年月を経たお面が変化した『付憑神』の一種。

 

 ――器物百年を経て化して 精霊得て より 人の心を誑かす――

 

 打ち捨てられた器物が変化した妖怪。それが『付憑神』。

 付憑神の大半は、打ち捨てられた恨みから持ち主やその周りの人間に危害をくわえるものが多いという話だが、少なくとも『彼女』は違うようだ。

 春明の相棒として、カナにとってはより良い友人として、友好的な関係を築いている。 

 

 ちなみに――コンちゃんとは、カナが幼少時の頃につけた彼女のあだ名であり、中学生になった今でも、カナは面霊気のことをそう呼んでいた。

 

 春明は、相棒である筈の彼女からの予想外の意見に眉をひそめる。余計なことを言うなといわんばかりに、面霊気を睨みつけていた。

 しかし、そんな彼の視線にまったく堪えた様子もなく、面霊気は話を続けた。

 

『なんなら、あたしを連れて行けばいいさ! そうすりゃカナも、気兼ねなく『力』を使えるだろしな、てーか、あたしのこと、カナに預けるつもりだったんじゃねえのかよ、春明?』

「………そういえば、そうだったな」

  

 春明はおもむろに立ち上り、壁に立てかけていた面霊気を手に取り、そのままカナに投げ渡す。

 カナは反射的に手を伸ばして、面霊気を受け取った。

 

「い、いいの?」

「別に構わん。この町の妖怪ども相手なら、わざわざそいつを被って戦うまでもない」

 

 カナの疑問に、なんでもないといった調子で答える春明。

 

「だけどな、そいつをカナに預けるのと、合宿とやらを許すのとはまた別の問題だぞ」

 

 しかし、それとこれとは話は別だとばかりに、なおも口酸っぱく言う春明。

 

『いいじゃねーの? カナの言う通り、ゆらって陰陽師の小娘だっているし、あたしだっている。それに――』

 

 すると、そんな春明の言葉に、面霊気が己の意見を口にしていく。

 

『――奴良リクオのやつだっているしな』

 

 面霊気の発言に、顔をしかめる春明。妙な空気が、二人の間に漂い始める。

 そんな二人の奇妙な会話に違和感を覚えたのか、カナが口を開いていた。

 

「リクオくん? なに言ってるの?」

 

 純粋に、わからないといった気持ちで、彼女は首を傾げている。

 

「リクオくんに――戦うことなんてできるわけないじゃない?」

 

 奴良リクオは四分の一しか妖怪の血を引いていない。 

 同じ妖怪の血を引いている春明のように、陰陽術を身につけているわけでもない。

 彼に戦うことなんて、できるわけがない。

 カナは――何の疑いもなく、心の底からそう思っていた。

 

「おまえ………」

「なに?」

「………いや、なんでもない」

 

 カナの発言を聞いた春明が、一瞬呆けるように口を開けたが、すぐに手を顎に当てながら思案に耽った。

 一分ほどで考えがまとまったのか、苦々しいといった感じで溜息をつく。

 

「まあ、いいだろう」

 

 カナの表情がパーッと明るくなる。

 春明が折れた。ようやくもらえたGOサインに、飛び上がって喜びそうになるがカナであったが、

 

「ただし、なにがあったかはしっかり報告してもらうぞ、いいな!!」

「は、はい!!」

 

 恐喝するかのような彼の迫力に、直立不動の姿勢で答えてしまっていた。

 

 

 

×

 

 

 

「ふぅー……」

 

 春明から許可をもらったカナは、自分の部屋に戻ってから安堵の息をこぼした。

 実際のところ、春明から許可をもらえなくても行こうかと思っていたが、その場合、彼の陰陽術でどんな妨害工作を受けるかも分からない。

 しかし、その心配も杞憂で終わり、これで明日の合宿に何の問題もなく行けそうだ。 

「ありがとう、コンちゃん!」

 

 これも全て面霊気――コンちゃんが口添えしてくれたおかげだと、カナは礼を述べる。

  

『別にいいさ……あたしもその合宿とやらに興味あるしな。……あと、そのコンちゃんって呼び方は止めろって、前にも言っただろ!』

「ふふふ、そうだったね、コンちゃん」

『だから、やめろっていってるだろうが!!』

 

 ずっと抱えていた問題を解決できたことで余裕ができたのか、カナは面霊気との他愛のない会話を楽しむ。

 考えてみれば、彼女とこうして二人っきりで会話をするのは久しぶりだ。

 この機会に、彼女ともっとたくさん話そうと思った。

 

 しかし、その矢先――無機質な電話のベルが部屋に鳴り響く。

 

「ちょっと、待っててね」

 

 面霊気との会話を切り上げ、狐面である彼女をそっとベッドの脇に置く。

 電話の子機を手に取ると、ディスプレイの表示には『奴良リクオ』の名前が映し出されていた。

 

 ――リクオくん? なんの用だろう?

 

 合宿を控えた前日での幼馴染からの連絡に、少し驚きながらも電話に出る。  

 

「はい、もしもし?」

『カナちゃん……ちょっといい?』

「うんいいけど、なに?」

『明日からの合宿だけど……普通の女の子って何をもっていくものかな?』

「普通の女の子? なんで、リクオくんがそんなこと聞くの――」

 

 そこまで言いかけて、唐突に気付く。

 

 ――あっ! そっか、及川さんの………

 

 及川つらら。

 自分やリクオとは別のクラスだったが彼女も、清十字怪奇探偵団の団員である。

 しかし、彼女もまた、ただの人間ではない

 リクオの護衛として、中学校に通っているれっきとした妖怪だ。

 

 こんなことを聞いてきたのも、妖怪である彼女の荷物が不自然にならないようにとの配慮からだろう。

 正直、人間でも妖怪でも女の子が旅行に持っていくものなど大して変わらないと思ったが、いちよう答えるカナ。

 

「まあ、いいけど。着替えとか、ナイトクリームとか……」

『うん、うん、なるほど……』

 

 リクオはカナの言葉に、関心したかのように聞き入っている。

 彼のそんな様子に、何故だか気恥ずかしさを覚え、カナの頬がほんの少し紅潮する。

 

『――誰に電話しているんですか?』

 

 と、そんな話をしていると、リクオ以外の声が受話器の向こうから聞こえてきた。

 リクオの動揺が電話越しに伝わってくるが、カナはそれが及川つららの声だと、すぐにわかった。

 

 さっきの気恥ずかしさのお返しに、なんとなくからかってみたくなり、カナは人の悪い笑みを浮かべ、何も知らない風を装って『声』について言及してみることにした。

 

「リクオくん、今、及川さんの声しなかった?」

『ち、違うよ! 今のは……お母さん、お母さんだよ!』 

「ふーん……」

『ありがとう、じゃあ、明日ね!』

「あっ! ………もう」

 

 リクオが矢継ぎ早に電話を切った。

 彼の慌てた様子に、カナは少しだけ意地の悪いことをしたと、反省する。

 

 

 カナは、リクオが必死になって隠そうとしている彼自身の事情は全て知っていた。

 

 奴良リクオが人間ではないこと。

 彼が『半妖』――四分の一妖怪であること。

 妖怪の総大将ぬらりひょんの孫であること。

 妖怪任侠一家『奴良組』の跡継ぎであること。

 

 事実を打ち明けてしまおうかと考えたこともある。

 自分が彼の事情を知っていることを話してしまえば、どれだけ楽か。

 そうすれば及川や倉田のように、学校でリクオのフォローを堂々としてあげることもできるようになるだろう。

 

 だが――。

 

 そこまで考え、カナは一人首を振る。

 そのことを打ち明けるということは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そうなったとき、自分の事情をうまく伝えることができるかどうか、彼女には自信がなかった。

 

 また、下手に話してしまって今の関係が壊れてしまうのも怖い。

 自分一人が知らないふりさえしていればいいのだ。

 お互いが気楽でいられる、この状態を維持したいという願いもある。

 

 故にカナは……

 

 ――このままでいい、このままでいい。

 

 そう、自分に言い聞かせることにした。

 

 今のままでも、楽しい。

 今のままで、十分幸せだ。

 

 実際、今までそうやって上手くやってこれたのだ。

 これからもきっと大丈夫だろう。

 

 リクオとの思い出を振り返りながら、カナは何度でも自分に言い聞かせる。

 

 ――リクオと再会した転校初日。

 ――感動を共有した小学校での様々な行事。

 ――涙に濡れた卒業式。

 ――不安と期待に胸を躍らせた中学校の入学式。

 ――現在進行形で進む、彼と過ごす中学生活。

 

 ――そして、朝霧に浮かぶ『あの人』の顔

 

「………………………………あれ?」

 

 不意に、カナの思考が止まる。

 

 自分は確かに、リクオとの思い出を振り返っていた筈だ。

 それなのに何故だろうか?

 

 ――何故、自分を助けてくれた『彼』の顔が浮かぶのだろう?

 

「なんか………」

 

 カナ自身にもよく分からない。

 一瞬、リクオと『彼』の姿が重なって見えたような気がする。

 今まで感じたことのない感情の波が、彼女に襲いかかる。

 体中が熱くなる不思議な気持ちだった。

 

『………どうした カナ?』

「ひゃあ!?」

 

 そこで面霊気が話しかけてきて、驚く。

 自身の考えに夢中になるあまり、今は彼女が一緒だということを失念していた。

 

「な、なんでもないよ」

『???』

 

 とっさに作り笑いで誤魔化すカナ。

 

「あ! もうこんな時間だ。明日は早いからもう寝なくっちゃね!」

 

 時計を見て面霊気に聞こえるよう、わざとらしく呟いてみせる。

 

 現在の時刻は午後十時。

 いつもより少し早いが、明日に備えて早めに就寝してもいい頃合だろう。

 幸い、春明の部屋に行く前に、すでに風呂やら歯磨きやらを終わらせておいた。

 カナの体はいつでも寝れる体制に入っていた。

 

「それじゃあ、お休み コンちゃん!」

『? ああ お休み……』

 

 面霊気をテーブルの上に置きなおし、部屋の電気を消す。

 そのまま何も考えず、ベッドへと身をゆだねるカナ。

 

 もともと寝つきがよかったこともあり、すぐに睡魔が彼女を夢の世界へと誘っていった。

 

 




補足説明
 
 今作でのカナとつららの距離感
  現時点で、カナは原作のようにつららに嫉妬心を抱いてはいません。
  今作において、カナはリクオの事情をある程度知っているため、つららが彼の側にいることに特に不信感を抱いていないからです。
  逆につららに関しては原作と変わらず、カナに対して、露骨にリクオとの仲の良さをアピールすると思います。
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