家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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よし、連休で筆も進んだので投稿!! いつもはこんなに早くないのでご注意。

なんか……ゲゲゲの新EDを聞いているとテンションが上がってくる!!
ここまでハマる曲も最近は中々珍しい。本当にいい曲なので皆さんも是非聞いてください! 今ならフルのミュージックビデオが公開されてますので!

タイトルに『解答』と銘打っていますが、リクオたちがカナの正体を知るにはあと一話足りない感じです。
今回の話は解答を得るために何をするか……と言った感じの話になりますので、とりあえず注意を!!


第六十九幕 解答―家長カナの正体について

「――ああ、くそっ! 頭いてぇ……」

 

 土御門春明が奴良組のいる部屋へと上がり込む、少し前。彼は痛む頭を抑えながら、花開院家の廊下を我が物顔で歩いていた。 

 

 先の戦い、吉三郎と夜雀の不意打ちで負傷した春明。包帯を巻かれた痛々しい見た目だが、怪我自体はそう大したこともない。彼は治療を受けるのもそこそこに、次なる戦いに備えて準備を進めようとしていた。

 本来、部外者で信用されていない春明は勝手に動き回ることを禁止されている。だが花開院家内はかなりバタバタしており、独断で動いたとしても誰も咎めないし、いちいち構っている暇すらもなかった。

 

「――ちょっと! まだ安静してなきゃ駄目よ! 土御門くん!!」

 

 そんな中、春明の行動を見咎め静止しようとその後をついてくる少女がいた。

 

 清十字団メンバー、白神凛子である。

 

 彼女は妖怪に襲われて部屋の外に出た際、花開院の切羽詰った状況を知ってしまった。部屋の中にこもっていては絶対に知ることのなかった危機的な現状。人々が忙しなく動き回るの目の当たりにし、自分にも何か手伝えることはないかと陰陽師たちに申し出ていた。

 幸いなことに、彼女が半妖であることは誰にもバレていない。そして、猫の手も借りたいほど忙しい花開院は凛子の申し出を二つ返事で承認する。

 能力的には一般人である凛子では出来ることも限られているため、主に怪我人の手当てなどに従事していた。

 

 その怪我人の中に、土御門春明も含まれていたのだ。

 

 確かに春明の傷はもう塞がってはいた。しかし他の怪我人同様、安静にしていなければならないことに変わりはない。凛子は彼にもきちんと休んでもらいたく、ずっとしつこく付きまとっていた。

 

「白神……お前、もう部屋戻ってろ」

 

 そんな凛子のことをウザいと思いながらも、春明はそれ以上彼女に強く当たることができずにいる。

 

 先の戦い、春明は吉三郎と夜雀の術中に嵌り、敵味方お構いなく無差別に陰陽術を行使してしまった。術を向けた相手は青田坊であり、彼の腕の中には凜子が抱えられていた。

 青田坊だけが相手なら、春明も大して罪悪感も抱かなかっただろう。だが、下手をすれば凜子にまで危険が及んでいたかもしれなかった状況に、彼なりに多少の負い目を感じていた。

 

「何言ってるの! 私が戻るんだったら、土御門くんも一緒に大人しくしてなきゃ駄目でしょ!?」

 

 一方で、凜子はいつもより強気に春明に詰め寄る。

 どうやら、一度命の危機に陥ったことでどこか吹っ切れたらしい。春明に対して遠慮というものがなくなり、彼にズケズケと物申すようになっていた。

 

「そういえば、カナちゃんはどこにいるの!? いい加減教えてくれない!? ずっと連絡が取れないから皆も私も心配してるんですけど!」

「……お前、若干性格変わってねぇ?」

 

 彼女のその変化に春明はやや戸惑いを見せる。彼からすれば凛子がこうもグイグイ自分に言い寄って来ることはかなり意外だった。

 しかし、白神凛子という少女には元からこういった一面もある。それを表に出すようになっただけで、彼女の本質に劇的な変化はない。

 

 凛子がこれまでずっと控えめ態度を取ってきたのは、周囲の環境が彼女にそうさせていただけに過ぎない。

 

 半妖であることの負い目。白い鱗が奇異に見られるのではないかという不安が、彼女の感情に蓋をさせてきた。

 だが、カナたちや清十字団の皆と触れ合うことにより、彼女は生来持っていた明るさを取り戻し、それを堂々と表現することができるようになっていた。

 

 そう、出逢い一つで『人』というものは、どのようにでも自身を変えることができるのだ。

 

 

 

 

 ――ちっ、めんどくせぇな……こいつも。

 

 春明はそんな凛子の変化を内心で面倒に感じながら、カナについてどのような言い訳をするか考えていた。

 

 家長カナは現在、狐面の少女として破軍使いである花開院ゆらに同伴し、外で京妖怪と戦っている。

 つい先ほど、そのゆらが戻って来たと花開院の陰陽師たちの話を小耳に挟んだため、おそらくカナもこの屋敷内に戻って来ていることだろう。

 カナが狐面――面霊気を被っている限り、正体がバレルことはまずない。しかし、いつまでたっても姿の見えないカナに、凛子が不自然さを感じるかもしれない。

 今のうち、何か適当な言い訳を考えておきたい春明――

 

 と、そのように彼が安易なことを考えていたタイミングだった。

 彼らのその言葉が――春明の耳に入ってきたのは。

 

『……いまは………………次の戦いに……』

『ああ……言われんでも…………』

 

「あん?」

「どうしたの?」

 

 思わず足を止める春明。急に立ち止まった彼に凛子が疑問符を浮かべるが、彼女も声が聞こえたので振り返る。

 春明たちのいる廊下。そこからでも聞こえてくる、部屋の中から話し合う声が。

 どこか、聞き覚えのある男性の声に凛子はハッとなった。

 

「この声……倉田くん……じゃなくて、青田坊さん?」

 

 既にその正体を知っている、浮世絵中学の学生として自分たちに紛れ込んでいた倉田こと青田坊の声だ。何やら神妙な声音で誰かと何かを話し込んでいる。

 二人は自然とその場に立ち止まり、揃って聞き耳を立てることにした。

  

『……より先に……話し合わなきゃなんねぇこと……』

『話し合う……』

 

 襖越しであったが故に、会話の中身まで詳しくは聞こえてはこない。

 しかし――青田坊の口から放たれたその名前だけは、確かにはっきりと聞こえてきた。

 

『決まってんだろ。あの子……家長カナについてだ』

 

「――っ!?」

「……カナちゃん?」

 

 意外なところから出てきた友達の名前に凛子は目を見開くが、彼女以上に驚愕していたのが土御門春明だった。彼はそこから先の会話を聞き逃すまいと、グイグイと襖に耳を当てる。

 もっとも、そこまでする必要もなく、続く青田坊の叫び声に春明の瞳孔も開く。

    

『あの狐面の女が、あの子だったなんて……いったい何がどうなってる! もっと詳しく聞かせろよ!』

「――っ!!」

 

「……狐面?」

 

 一方の凛子の反応は鈍い。狐面の女と言われても、あまりピンとこないのだろう。

 凛子自身、そこまで『狐面の巫女装束の少女』に思い入れがない。せいぜい、生徒会選挙の騒動の際にチラッと見かけた程度。

 まさか――それが家長カナのことを言っているなどと、今の言葉だけで気づくことは出来ない。 

 

「…………!」

 

 だが、部屋の中の会話にただならぬものを感じ、春明は動き出していた。

 僅かに逡巡した後、気配を殺して部屋の中に入り込む。

 

「あっ、ちょっと!?」

 

 勝手に人のいる部屋に上がり込む彼を制止しようと凛子が声を上げるも、春明は聞く耳を持たない。

 仕方なく後に続き、さらにいくつもの襖の間を越え、二人はそこに辿り着く。

 

「あっ!?」

 

 奥の間には青田坊を始め――数人の妖怪たちが屯していた。

 黒衣を纏った傘を被った僧。首が宙に浮いている男性と髪の長い色っぽい女性。頭が皿のように平らで水かきのような掌の少年。

 そして、どこかつららと似た雰囲気の着物の美少女。

 

「え……ええと……」

 

 咄嗟のことで反応が出来ずにいる凛子。そんな彼女のこともお構いなしに、春明は喧嘩腰に妖怪たちに眼を飛ばす。

 

「……何でテメェらがこいつを持ってやがる?」

 

 彼の手中には狐を模したお面が握られている。

 そして、確かな怒気と殺意を呪詛のように言葉に込め、彼は吐き捨てていた。

 

「詳しい事情を聞かせてもらおうじゃねぇか……奴良組のごく潰し共!」

 

 

 

×

 

 

 

「はっ! 土御門春明……と、し、白神……先輩っ!?」

 

 及川つららは突如として乱入してきた土御門春明、そして白神凛子の存在に慌てふためく。

 一昨日から花開院家にお邪魔していたつららは、春明がこの家に逗留していることは知っていた。

 

 彼は狐面の少女――家長カナとつるんでいた陰陽師の少年だ。

 

 そのことを考えれば、彼こそが家長カナの真相に最も近い位置に立っていると言える。あの少女の真実を知るためならば、寧ろこの対面は望むべき会合である。

 

 だが、白神凛子の存在は完全に予想外だ。

 

 彼女に自分が妖怪で、リクオがその大将などと知られれば、今後のリクオの学生生活に多大な迷惑を掛けかねない。

 

「スゥ~!」

 

 テンパったつららは咄嗟に口封じを実行しようと息を目一杯吸い込み、凍える吐息として吐き出そうする。

 全て氷漬けにしてしまえば、とりあえず誤魔化すことができると。

 そうなればあらゆる意味で全てが御破算になるのだが、そこまで深く考えることができず、彼女は安易に逃げに徹しようとした。

 しかし――

 

「は、初めてお目に掛かります!!」

 

 つららが先走るより前に白神凛子がその場に平伏し、奴良組の妖怪たちに頭を下げていた。

 

「わ、私……白神家の長女――白神凛子と申します。奴良組の皆さんにはいつもお世話になって……このような場で失礼でしょうが、改めてご挨拶させてください!」

「……へっ?」

 

 彼女のその挨拶につららは目を丸くする。まるで自分たち奴良組のことを前々から知っていたかのような口ぶり。すると、凛子の言葉に首無がピクリと反応する。

 

「白神家……聞いたことがあるな。確か奴良組傘下の商家だったか……」

「知ってんの、首無?」

 

 首無の言葉に毛倡妓が尋ねる。

 

「ああ。かなり昔から奴良組に所属する商売人の一家だ。酒の席で良太猫から聞いたことがある」

 

 首無は化け猫屋の店主――良太猫と個人的に親しい関係にあり、同じ商売人である彼経由で白神家の存在を伝え聞かされていた。

 流石に家族構成までは把握していなかったため、凛子が言い出すまでは気づけずにいたが。

 

「はい、仰る通りです。私の家は代々奴良組に仕えてきました。私は……八分の一だけ妖怪の『半妖』ですが、そこの跡継ぎです」

「八分の一……半妖」

 

 リクオよりもさらに血は薄いが、彼女も主と同じ半妖のようだ。つららはビックリしながらも、それまで感じていた凛子に対する違和感の正体を教えられて納得する。

 凛子に対し、つららは何か隠し事をしていると怪しんでいたのだが、まさか自分の主と同じような秘密を抱えていたとは。

 

「はい。リクオくん……あっ、いえ。リクオ様には先にご挨拶させて頂きました……一応、あの方の夜の姿も知っています」

  

 凛子は既にリクオにも挨拶を済ませていたらしい。護衛である自分を差し置いていつの間にと、油断ならないものを感じながらも、つららはとりあえず安堵する。

 奴良組に関して既知なら、わざわざ口封じする必要もないと。

 

「あの、カナちゃん……家長さんの話をしていたようですけど、何かあったんでしょうか?」

「あ、いや……それは……」

 

 挨拶を済ませた凛子は、すかさず先ほどから話題に上げられているカナについて尋ねてきた。どこから自分たちの話を盗み聞きしていたか知らず、思わず言い淀む奴良組一同。 

 その件については、つららたちでも分かっていないことが多すぎるのだ。おいそれと発言することすらできない。

 

「はぁ~……もういい!」

 

 黙して語らない奴良組。そんな彼らの煮え切らない態度に春明が大きく溜息を吐く。

 彼は奴良組へ敵意の視線を向けたまま――手に持っている狐面に向かって話しかける。

 

「起きろ、面霊気!」

『――ふぅ~。ようやく戻って来れた……』

 

 彼の呼びかけに応えるかのように、狐の面が言葉を発する。

 その瞬間――それまで何も感じなかったそのお面から、妖怪の気配がただ漏れに漂ってくる。

 

「っ!! そのお面……妖怪だったの!?」

「へぇ~……ずっと持ってたけど気づかなかったや」

 

 あまりにも見事に妖気を消していたため、同じ妖怪であるつらら、それをここまで持ち運んできた河童でも、そのお面が妖怪の類であると気づくことができなかった。

  

「いったい、何があった? ……『あいつ』はどうした?」

 

 奴良組の驚く様にも目を向けず、春明はその狐面と共にいる筈の少女について問い詰める。

 狐面――面霊気はかなり気まずそうに言葉を濁らせた。

 

『ああ、話すと長くなるからな…………よし! とりあえずお前――アタシを被れ!』

「――?」

 

 お面のその発言につららたちが訝しがる。『被れ』というのは、お面を『付けろ』という事なのだろうが、果たしてその行為に何の意味があるのか。

 

「……ちっ! わーったよ」

 

 春明には面霊気の言いたいことが伝わったようだ。彼は渋々といった様子で狐のお面を顔に装着する。

  

 瞬間――狐面の『目』の部分が光を放ち始める。

 時間にしてほんの数秒間――狐面を被ったまま春明は硬直し、身動き一つとらなくなった。

 

「つ、土御門くん?」

 

 春明の様子の変化に恐る恐ると、凛子が彼に声を掛ける。

 

 

「――――ああ、なるほどね……はいはい…………」

『――っ!!』

 

 

 暫くすると、春明は頷きながら面霊気を外す。

 そのお面の下の表情を目の当たりにし――つららを始め、その場にいた全員が息を呑む。

 

 彼の顔には――驚くほど感情というものがなかった。

 いつも無表情ではあるが、それとはまるで違う。まるで――内側から込み上げてくる何かを無理やり抑え込むように、その顔から一切の表情を消し去っている。

 

 だが、そのポーカーフェイスも限界を迎えたらしく。

 刹那――彼は顔面を思いっきり怒りに歪め、畳の床を思いっきり蹴り飛ばす。

 

 

 

 

 

「――くそったれがぁあぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!!」

『――――っ!?』

 

 

 

 

 

 屋敷全体に響き渡るほどの怒声。その大音量に大慌てで耳を塞ぐ一同。

 鼓膜が破れるかと思うほどの声量だが、声が枯れるのも構わず春明は叫び続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「――クソっ、馬鹿が!! いざとなれば、奴良組なんざ見捨てて逃げればいいものを! 下手打ちやがったな! あのお人好しめぇぇぇぇ!!」

 

 春明が面霊気を被って知ったのは――そっくりそのまま、面霊気が観測してきたこと全てだ。

 

 実はこの面霊気――被った人間に自身の記憶や知識の一部を譲渡する機能というものも備わっている。

 

 それを行う際は無理やり対象者の脳に記憶をフラッシュバックのように映しださせるため、脳内にそれなりの負担がかかる。

 春明はそれを分かっているからこそ、その機能を使うのに難色を示していた。

 

 だが使ってよかったと思う。もしもこのような事実――奴良組の口から直接語られようものなら、怒りのまま彼らを八つ裂きにしていたかもしれない。

 

 

 家長カナが土蜘蛛に連れ去られ、彼女が京妖怪の手中に囚われているなどと――。

 

 

 

×

 

 

 

「――なっ、なんや!! なんの騒ぎや!!」

「――あれま。こらまた、皆さんお揃いで……」

 

 春明の怒声を聞きつけ、彼を捜していた人物たちがその場に姿を現す。

 

 花開院ゆらと十三代目秀元である。

 

 ゆらの方はとにかく家長カナのことが聞きたく、先ほどからずっと春明のことを捜しまわっていた。見つけたら質問攻めにするつもりで、かなり気持ちを昂らせていたゆら……だった筈なのだが。 

 部屋の中に入った瞬間――あまりに殺伐とした雰囲気の土御門春明に彼女は尻込みする。

 

「ああん!? 何の用だ、やく立たずのドチビが!!」

「…………!」

 

 ゆらの方を振り返るなり、春明は怒りに任せて罵倒をぶつけてくる。生徒会選挙の後も似たような感じで罵られたが、あの時とは比べようもないほどの殺意を込めて怒鳴りつけてくる。

 あの時のように縮こまり、ゆらは思わず口を噤んでしまう。

 だが――今のゆらはあの時とは違う。彼女にも――決して引けない理由があった。

 

「……いきなりご挨拶やな。けど……アンタには喋ってもらわなきゃアカンことがあるんや!!」

 

 式神の札を取り出し、いつでも解放できるように身構えながら、ゆらも恫喝するように問いかける。

 

「さあ、白状してもらうで!! 家長さんのこと! 何であの子が……あんなお面を被ってまで危険な戦場に立ってたんや!!」

 

 大切な友人である家長カナの秘密。この少年なら何か知っている筈だと。

 ゆらは妖怪と相対するときのような覚悟で、春明と向かい合う。

 

「そ、そうよ! 白状しなさい!」

「……確かに、お主なら何か知っていよう」

 

 奴良組の妖怪たちもゆらの考えに同調し、春明を包囲する。

 周囲の者全てを敵にまわす立ち位置。だが、それでも春明は憮然とした態度を崩さず、全ての者たちを喧嘩腰に睨みつけていた。

 

 

「――――え?」

 

 

 ゆらの言葉に戸惑いの表情を浮かべる少女――白神凛子を除いて。

 

「カナちゃん? カナちゃんが戦場って……いったい、どういうこと! ねぇ、土御門くん!?」

「…………」

 

 面霊気から記憶を見せられたわけでもなく、その場にいた当事者でもない彼女には、先ほどからゆらたちが何を言っているかさっぱりだ。

 しかし、言動や雰囲気から察するに、家長カナの身に何か大変なことが起きていることだけは察することができる。

 

「!? し、白神先輩……ええと…………」

 

 今更になって、ゆらはその場に白神凛子がいることに気づく。しかし、既にカナのことを口走ってしまった後で、適当に誤魔化すことも出来ない。

 状況はますます混沌とし、ちょっとやそっとでは収拾がつけられない事態に発展しかける――。

 

 

「――まあまあ……落ち着きや。皆の衆」

 

 

 そんな中、一人だけ極めて冷静な人物――十三代目秀元が人間、妖怪問わずに周囲に呼びかける。

 

「ここでボクらが争い合ったところで、京妖怪が喜ぶだけや。まずは一旦落ち着こう……なっ?」

 

 いつもの微笑みを浮かべつつ、やや脅しを含めた声音で一度冷静になることを提案。

 

「…………」

「…………」

 

 流石の貫禄と言うべきか、これには奴良組の妖怪たちも春明も僅かにではあるが、戦意を緩めるしかない。

 

「君は……家長さんって子の友達かな?」

 

 このまま場の空気を緩ませようと、秀元はこの場唯一の非戦闘員であろう白神凛子に声を掛ける。

 

「は、はい。同じ学校の友人です」

 

 見知らぬ人物の問い掛けに、とりあえず場の空気を読んで頷く凛子。

 

「ふむ、僅かやけど妖気を感じる。君も奴良組の若い大将と同じ……半妖なんかな?」

「えっ?」

 

 何の気もないサラッとした発言に、初耳だったゆらの方が軽く驚く。

 

「はい……仰るとおり。私は半妖です」

 

 だが問われた当人の方はそれほど気にした様子もなく、あっさりと認める。 

 今の凛子にとって、自分が半妖であることなど大した負い目ではない。そんなことよりも――今の彼女にはもっと気にかけなければならないことがあった。

 

「あの……カナちゃんがどうかしたんでしょうか? ずっと連絡も付かないから心配で……」

 

 家長カナの行方。音信不通の彼女の身にいったい何があったというのか。

 

「……せやな。状況を一旦整理するためにも、君には詳しく話しておこうか……ええやろ、ゆらちゃん?」

「え、あ、ああ……そ、そうやな……」

 

 先輩が半妖であったという衝撃的な事実を割とあっさり流され、ゆらは動揺したまま勢いで頷く。

 

「とりあえず、昨日の事――奴良組と合流したところからおさらいするで?」

 

 

 

 そうして、秀元が一旦腰を据えて話すこと、約二十分。

 彼は家長カナが狐面の少女として戦い、負傷して土蜘蛛に攫われてしまったことを語る。 

 

 

 

「――そんな、カナちゃん……」

 

 秀元の話を聞き終え、凛子は意気消沈する。

 しかし、彼女が特に落ち込んでいたのはカナが土蜘蛛に攫われたという部分。カナが正体を隠して戦っていたという事実には、あまり驚いてはいなかった。

 彼女が妖怪世界に関わっていたことは以前から知っていたし、何か隠し事をしていることは何となく察していた。まさかそれが――生徒会選挙の時の狐面の巫女装束とは夢にも思わなかったが。

 

「君は……家長さんのこと、どこまで知ってたんかな?」

 

 その反応に秀元は凛子が家長カナの事情に関して、ある程度のことまで知っていたことに目ざとく気づく。

 

「わ、私は……カナちゃんが妖怪について詳しくて、リクオくんのことを知っていたことくらいまでしか……」

 

 凛子は正直に答える。彼女にとってそれは大した秘密でもなかったかもしれないが、周囲の者たちからすれば十分に衝撃的な話である。

 

「し、知ってた!? 若のことを? いったい、いつから!?」

 

 学校でリクオにずっと寄り添っていたつららなど特に驚いている。勿論、狐面の下の素顔を知った時点で、リクオの事情くらいはカナも知っていたであろうことは予測できたが、改めて言葉にされると戸惑いが生まれてくる。

 

 いったい、彼女は何処まで知っていて、何を思いあのようなお面を被っていたのか――。

 

「ちっ……! んなことはどうでもいいだろうがっ!!」

 

 おそらく、その全てを知るであろう土御門春明は秀元の話にさらに苛立ちを募らせる。

 

「こんな下らねぇことになるんだったら、あいつの単独行動なんざ許すべきじゃなかったぜ!!」

『お、落ち着けって、春明』

 

 時間が経っても怒りが一行に収まる気配もなく悪態をつく。それを必死に宥めようと面霊気が何とか説得を入れるも、今の彼には逆効果でしかない。

 

「大体……てめぇがいながら何てザマだ!! いざって時は体を乗っ取ってでも止めろって言っただろがぁ! このガラクタが!!」

『ああん!? 誰がガラクタだ!! あたしだってそうしようとしたんだよ!! それをカナのヤツが――』

 

 苛立ちのあまり、身内同士で言い合いまで始めてしまう春明と面霊気。互いに感情をぶつけた罵り合い。

 この喧嘩に割って入り、春明から話を聞き出すにはかなりの『勇気』が必要になるだろう。

 

「――土御門くん」

 

 その勇気を、白神凛子という半妖の少女が振り絞った。

 

「……んだよ、白神。今は取り込み中で――」

 

 同級生である彼女の言葉を、春明は心底どうでもいいこととし、切り捨てようとしていた。

 今は彼女などに構っている暇はない。カナを助け出す算段をつけるのが先と心ここにあらずの態度。

 

「――土御門くん!!」

「!?」

 

 だが、しつこく喰いつくように彼の名前を呼びかけ、無理やりにでも、こちらに意識を向けさせる。

 そして、自分の方を振り向いた春明へ――凜子は真っすぐな瞳を向ける。

 

 責めるでもなく、負い目を感じるでもなく。ただ真摯に――確かな覚悟の下、凛子は春明に問いかける。

 

「土御門君は知ってるんだよね? カナちゃんのこと……あの子の、ここまでの道のりを……」 

 

 今日という日まで、凜子はカナの事情にあまり深く触れようとはしなかった。

 何か隠し事をしていることを知ってはいても、それを追求しようなどとは考えなかったのだ。

 秘密は誰にでもある。自分だってそうだったと。

 

「お願い教えて! 私だって知りたいよ……友達なんだから!!」

 

 だが、いつまでも知らないままではいられない。

 ここでさらに目を背け続ければ、自分はもう二度とカナの友人を名乗れない気がした。

 

 ゆらやリクオのためにも、自分自身のためにも。

 カナが帰還を果たしたとき――胸を張って彼女を出迎えるためにも、彼女のことをもっと知らなければならない。

 

 たとえそこに、どんな過酷な真実が秘められていようとも――。

 

「…………はぁ~」

 

 凛子の覚悟のほどが伝わったのか。春明は見せつけるように大きくため息を吐きながらも、その覚悟に応えるために重たい口を開く。

 

「いいだろう……頭を冷やすついでだ。俺の話せることなら聞かせてやる」

 

 彼自身、少しヒートアップしすぎたことを自覚しているのだろう。昔話をすることで、気持ちと頭の中を整理しようと腰を落ち着かせる。

 

「…………」

 

 ようやく、ようやくカナのことを話す気になった春明に奴良組一同、花開院ゆらが神妙な面持ちで身構える。

 

 やっと触れることができる、家長カナという少女の真実。

 その解答を得て、果たして彼らが何を思い、何を感じることになるのか。

  

 それにより、『彼女たち』の運命が大きく動き出すことになる――。

 

 

 

×

 

 

 

「――そ、そんなバカな……こ、こんな筈では……」

 

 鞍馬山大天狗は戦慄していた。

 目の前の惨状――自身が選び抜いた鞍馬山の精鋭天狗たち。それが一人残らず地にひれ伏している光景に。

 

「ぐ、ぐぐ……ぐるじい」

「も、申し訳ありません……大天狗様」

 

 彼らは休憩中の奴良リクオに襲い掛かった天狗たちだ。訓練ではない。本当にリクオたちを殺すつもりで鞍馬天狗が差し向けた刺客である。

元から鞍馬天狗はこうする算段だった。リクオを謀殺し、彼から妖刀――祢々切丸を回収する腹積りで牛鬼に協力していたのだ。

 

 鞍馬山大天狗は京の重鎮。本来であれば羽衣狐の出産に立ち会い、鵺を迎える側の妖怪である。

 しかし、復活して再集結した京妖怪たちの中に自分の席はなかった。彼が座る筈だった席には――鏖地蔵という、正体不明の妖怪が居座っていたのである。

 鏖地蔵は一部幹部の記憶をいじり、自身と鞍馬天狗の認識をいじった。それにより、鞍馬天狗は幹部の地位を追われ、今回の出産に立ち会うことができなくなってしまった。

 

『――おのれっ! この鞍馬天狗をコケにしおって!!』

 

 これに大激怒した鞍馬天狗。彼は奴良組と協力することを受け入れ、此度の出産を妨害することにしたのだ。

 もしもこのまま鵺の出産を許せば、自分たち天狗も鵺に『敵』として粛清されてしまう。自身の命と山を守るためにも、その決断は当然のものであった。

 だが、彼自身は奴良組の三代目――奴良リクオに何ら期待もしていなかった。

 彼の目的は初めから祢々切丸だけ。羽衣狐を倒すために必要となる妖刀を奪うため、適当に修行をつけるフリをしていたに過ぎない。

 

 だが、いざ祢々切丸を奪い取ろうとした段階になり、鞍馬天狗は己の計略が失敗に終わったことを悟る。

 

「牛鬼……いったい何をやったのだ? 何を……仕込んだのだ?」

 

 震える声で、彼は顔馴染みでもある牛鬼を問い詰める。

 形だけとはいえ、リクオに修行を付けていた鞍馬天狗は彼の力量をある程度把握していた。

 

 今のリクオに、このような真似できる筈がない。

 鞍馬の精鋭たちを何十人と一度に屠る力など、ある筈がないのだと。

 

「…………」

 

 だが――そこに奴良リクオは立っていた。

 打ち倒した天狗たちを見下ろす位置で。自身の戦果を誇るでも、戸惑うでもなく。

 

 

 ただ当然のように――百鬼の主としてそこに君臨していた。

 

 

「お前が知る必要はないことだ、天狗」

 

 答えを求める鞍馬天狗の問い掛けに、牛鬼は冷静に言い返す。

 

「これは奴良組の……強みなのだ」

 

 きっとお前には理解できまいと、これは自分たちだけの強さだと。

 自分の家族――奴良組を誇るような口調で牛鬼は口元に笑みを浮かべていた。

 

 

 

「牛鬼……これが『業』か?」

 

 奴良リクオは自分に修行を付けてきた牛鬼に問う。

 これが、今自分が行った『これこそ』が、牛鬼の伝えたかったこと――『御業』なのかと。

 

 

 

『――逃げろ! お前ら!!』

 

 あの時、天狗たちに取り囲まれ殺されかけたとき。リクオは何よりも仲間である鴆や牛頭丸、馬頭丸を逃がすことに専念した。

 天狗たちは相当に手練れで、彼らを守りながら戦うにはあまりにも分が悪かったからだ。殿は自分が務める。その隙に天狗たちの包囲網を突破しろと叫ぶリクオ。

 

『わ、わかった!!』

 

 牛頭丸と馬頭丸はリクオの言葉に従い、足早に小屋の外へと避難した。リクオは鴆にも早く退散するように重ねて言いつける。元から鴆は非戦闘員。戦うことが苦手な妖怪なのだから。

 

『……ざけんな、リクオ』

 

 しかし、そんなリクオの言葉に鴆は反発してその場に残った。リクオの言動がまるで自分のことを足手まといだと決めつけるかのようで、腹が立ったのだ。

 そして、彼はリクオに言った。

 

『リクオ。俺は下がらねぇし、逃げたくもねぇ。俺は――お前の役に立ちてぇんだよ』

 

 鴆は確かに弱い妖怪だ。体も脆く、己の毒羽のせいで直ぐに体調を崩す脆弱な妖怪だ。

 だがそれでも、それでもリクオの力になりたい。 

 

 この毒の羽を彼の為に広げたい。

 彼の百鬼夜行の一員としてこの困難を共に乗り越えたいと、自身の抱く気持ちをリクオへと告げる。

 

『……わかったよ。ウルセェ下僕だぜ!!』

 

 鴆の覚悟のほどに、リクオの方が根負けした。

 確かに、リクオは彼を守るものと認識し――どこか下に見ていたかもしれない。

 

 リクオと鴆は兄弟分の盃を交わした間柄。本当なら上も下もない――共に肩を並べて戦う仲間の筈なのに。

 

『てめぇの毒の羽……俺の為に広げてくれ!!』

 

 リクオは己の過ちを認め、鴆に背中を預ける。

 

『おう、まかしとけっ! 若頭!!』

 

 リクオの期待に応える為、鴆も全力で己の毒羽を広げる。

 互いに心から信じ合い、認め合い――全力で畏を解き放った。

 

 その刹那である。

 リクオの身に、鴆の畏が流れ込んできたのは――。

 

 

 

「――なんだこりゃ? 毒羽根か? どーなってんだ?」

 

 倒れ伏した鞍馬の天狗たちは全員、毒によってその身を蝕まれていた。苦しむ彼らを介抱しながら、解毒を試みる鴆。解毒薬そのものはすぐに調合できる。何せその毒は――鴆という妖怪が体内で生成する毒素なのだから。

 

「こういうことかよ、親父……」

 

 自分の毒の力で、手練れである天狗たちが一人残らず戦闘不能となった光景に、鴆は亡くなった父親の言葉を思い出す。 

 

『ワシは総大将のために力になれた。お前も百鬼夜行のために翼を広げるのだぞ――』

 

 リクオの父の代、彼の百鬼夜行の一員だった親父の言葉だ。その言葉があったからこそ、鴆はリクオのために自分の翼を広げようとした。

 そしてその翼は――本当の意味で百鬼夜行の力となり、リクオの危機を救った。

 比喩でもなんでもない、弱い妖怪でもある自分たち『鴆』という妖怪でも、奴良組の力となれたのだ。

 

 

 

「……きっとお前たちなら、掴むと思っていた」

 

 その戦果を叩き出したリクオと鴆に、牛鬼が歩み寄ってくる。

 

「リクオ、今ならわかるな? お前は仲間を信じ、また信じられることで力を得るのだ」

 

 彼はこの窮地を乗り越え、『御業』を行使したリクオに改めて問いを投げかける。

 

「守るものでも、守られるものでもない。それが――百鬼の主の業へとつながるのだ」

「そうか……俺は今まで何でもかんでも、自分一人でやろうとしてたんだな……」

 

 牛鬼の問いに何かを悟り、リクオは鴆に視線を向ける。

 自分に力を預けてくれた兄弟分。きっと彼の助けがなければ自分はこの危機を乗り越えられなかっただろう。

 牛鬼が自分に何を伝えようとしていたのか、その意味をリクオは理解した。

 

「牛鬼、済まねぇな、気づかせてくれて」

「……フッ」

 

 苦労をかけた牛鬼に礼を述べるリクオ。予想外の事態があったとはいえ、無事に自分の伝えたかったことがリクオに通じ、牛鬼は微笑みを深める。

 そして、彼は最後の仕上げとばかりに自分の刀を抜き、リクオに向かって刃を突きつける。

 

「リクオ。その業で私の畏を断ち切ってみろ!」

 

 一度限りのまぐれでは困る。御業を真に己のものとするため、もう一度と自分と対峙してみせろと。

 牛鬼は最終試験として、奴良リクオの眼前に立ち塞がる。

 

「牛鬼……」

 

 リクオは最後まで律儀に体を張る牛鬼に感謝し、刀を構える。

 先ほどの感覚――それを忘れないうちにもう一度。鴆に声を掛け、再び『業』を行使しようと試みる。

 

 

 

「――待てい。牛鬼」

 

 

 

 だが、リクオたちと牛鬼が激突する前に、その戦いに待ったを掛けるものが上空より姿を現す。

 

「その最後の仕上げ……このワシに譲るがいい」

 

 高圧的な物腰、尊大な口調で牛鬼に話しかけながら、その人物――白い髭をたくわえた小柄な老人は風と共にその場に着地する。

 鋭い眼光を光らせ、試すかのような視線でその老人――富士山太郎坊がリクオへ目を向けていた。

 

「貴様が奴良リクオ、ぬらりひょんの孫か……」

 

 

 

×

 

 

 

「……何者だ、貴様?」

 

 自身の名を気安く呼ぶその老人を前に、牛鬼は訝しがるような視線を向ける。総大将であるぬらりひょんほどに背の低い老人。彼の姿に牛鬼はトンと見覚えがなかったからだ。

 

「お、お主……太郎坊ではないか!? み、自ら出張って来たのか? わざわざ富士山から!?」

  

 だが、同じ天狗である鞍馬天狗がその老人の名を叫んだことで、牛鬼はようやく気付く。その老人がかつての同胞。四百年前にぬらりひょんと喧嘩別れして奴良組を離脱した、富士山太郎坊その人であることを。

 

「!! 太郎坊だと……お前が!?」

 

 四百年前の彼は筋骨隆々とした山伏姿の大男だった。それが見る影もなく、小柄な老人となっていた。

 しかし、言われてみれば確かにその妖気は太郎坊のもの。牛鬼は未だに怪しみながらも、その老人と向かい合う。

 

「久し振りだな、牛鬼。貴様は相変わらず、仏頂面をしておる。つまらん奴だ……ふん!」

 

 顔を見合わせるなり、牛鬼の顔つきに文句を吐き捨てながら太郎坊は鼻を鳴らす。姿こそ変われども、口の悪さは四百年前と変わらない。

 その瞬間、目の前の人物が確かに富士山太郎坊であると牛鬼は納得する。

 

「……今更何の用だ、太郎坊? まさかとは思うが貴様……京妖怪の傘下に鞍替えしようというのか?」

 

 牛鬼は今になって太郎坊が現れた理由を色々と考え、一番危険な解答を導き出す。

 人間嫌いの彼なら京妖怪――羽衣狐の思想に賛同し、鵺復活に加担することもありえなくはない。その場合、彼は奴良組の敵ということになる。牛鬼は畏を全身に滾らせ、太郎坊と戦う姿勢を見せる。

 

「ふん、馬鹿め! 誰があんな連中の傘下に下るものか!! ワシは誰の風下にも立たん!」 

 

 だが太郎坊は牛鬼の考えを一笑に付す。自分が誰かの配下になるなど、絶対にありえないと。

 確かに、太郎坊は四百年前も奴良組に在籍していたが、ぬらりひょんとは対等の立場を築いていた。そんなプライドの高い彼が今更誰かの配下になるなど、考えにくいことである。

 では何故ここにと、牛鬼がさらに太郎坊に問い掛けようとした――その時であった。 

 

 

「――待てよ。アンタ……今、太郎坊っていったか?」

 

 

 太郎坊と初対面の筈のリクオがその名に反応し、厳しい視線を彼に向ける。

 

「富士天狗組の組長……ならてめぇが……カナちゃんの――」

 

 リクオがそのように呟いた瞬間――太郎坊はその表情を歪め、不思議そうに首を傾けていた。

 

 

 

「? なんだ……あの小娘。もう正体をバラしてしまっているのか?」

 

 

 

「そうか。やっぱり、そうなんだな…………」

 

 富士天狗組の組長・富士山太郎坊。その組の名と、長の名をリクオはしっかりと覚えていた。

 あの夜、正体を隠したカナと化け猫屋へ行った日。リクオは酒の席を共にしたカラス天狗から、その組織のことを教えられた。

 

 狐面の少女――家長カナがそこに所属している妖怪であるとも。

 彼女が、その事実を否定しなかったこともしっかりと記憶している。

 

 先ほどの太郎坊の口ぶり。彼がカナと何かしらの関係を持っていることは明白であった。

 

「アンタが太郎坊っていうんなら。知ってる筈だぜ……カナちゃんのことを!!」

 

 リクオは、そのことで頭に血が上る自分を止められなかった。

 

「教えてくれよ!! いったい、カナちゃんの身に何が起こった!! てめぇ……カナちゃんとどういう関係だよ!!」

 

 ずっと胸の奥で燻らせていた疑問。それを解消できる人物が目の前に現れ、逸る気持ちを抑えることができなかった。

 しかし――

 

「…………ふっ、所詮は半妖か……」

「! なんだとっ!」

 

 リクオの何故という問いに太郎坊は彼を半妖と嘲り、がっかりだと言わんばかりに肩を竦める。

 

「何故、何故、何故と……問われて素直に答えてやるとでも?」   

 

 馬鹿にするような台詞を口にし、同時に全身に妖気を滾らせる太郎坊。

 彼はいつでも戦える姿勢を取りながら、リクオに向かって吐き捨てていた。

 

「貴様も妖怪の端くれならば、力づくで聞き出すがよい!! 自身の望む答えを――己が畏で勝ち取ってみせるがいい!!」

 

 それこそ、妖怪としての太郎坊の『価値観』だ。

 家長カナについて知りたければ、『言葉』ではなく、『力』を持って問いを投げかけろ。

 そう言って、彼はリクオを挑発する。

 

「――っ!! ……いいぜ」

 

 その挑発に――リクオは乗った

 カナのことを知りたいというのもあったが、そこまで言われて黙っていられるほどリクオの中の妖怪の血は薄くない。

 まして、今は新しい業とやらを身につけて間もない。

 それを実戦を通して試してみたいという、欲求に戦意を高揚させる。

 

「鴆……やれるか? 力を貸してくれっ!!」

 

 リクオはすぐ傍らで天狗たちに解毒を施す鴆に声を掛ける。

 牛鬼に教えられたことを忘れてはいない。彼の体力を心配しつつも、共に戦ってくれるように願い出る。

 

「――おうよっ!!」

 

 既に全員に解毒を済ませ、鴆は間髪入れずにリクオの呼びかけに応えた。

 

 リクオがあの天狗――富士山太郎坊と戦う理由は完全に私情だ。

 カナのことを聞き出すため、挑発されたから乗る――子供の喧嘩にも等しい。

 

 それでも、鴆はリクオに力を貸すことを躊躇わない。

 それこそが百鬼夜行――主の為に翼を広げる、彼ら任侠妖怪の心意気なのだから。

 

 

「……いくぜ!」

「来い!! ぬらりひょんの孫!!」

 

 

 

 そして、両者は『力』にて問いを投げかける。 

 

 少年は幼馴染の真実について。

 老人はぬらりひょんがあの日、人間と寄り添うことを決めた選択が果たして正しかったのか?

 その結果である、半妖――奴良リクオを通じて、それを理解しようと。

 

 

 互いに解答を求めて、己の全てをぶつけ合った。

 

 




 次回(仮)タイトルは『及川つららの苦悩』としておきます。

 春明や太郎坊がカナの正体を語る過程は、ある程度すっ飛ばします。
 次の話の開幕時には、もうつららたちがびっくらこいてるって感じで、その表情を思い描いておいていただけるとありがたいです。
 

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