家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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済まん!! 前回の後書きで書いた仮予告タイトル――あれは嘘だ!!

いや、嘘つくつもりはなかったんですけど……予定と大分違う感じの方向に話が進んでしまって。
今回に限らず、前もってイメージしていた話と、実際に文章にして書く話って大分違う展開になるんですよね。まっ、こればかりは書いてみないことには予想できないので仕方がないかと。
 
という訳で、タイトルが仮予告と違うことになり、割と区切りもよかったので、話の方も少し短めになりました。

千年魔京編は本当に書くことが多い!!
あと何話続くことになるかわかりませんが……どうかお付き合いください。



第七十幕  知るという痛み

「――さて……どこから話したもんか」

 

 家長カナについて、奴良組や花開院家の前で語ってやると決心した土御門春明ではあったものの。元々話し上手でもない彼は果たしてどこから話すべきかについて頭を悩ませる。

 これまで、あまり人とコミュニケーションを取ってこなかった弊害がこんなところにも如実に表れる。

 

「……そもそもな話、アンタはどこの何者なわけ?」

 

 すると、軽く悩む春明に奴良組の雪女・つららが率直に尋ねる。家長カナについて知ることが最優先だが、土御門春明という出自不明な陰陽師に関してもそれなりに気になっていたらしい。

 

「せやな……土御門なんか聞いたこともないで?」

 

 つららの疑問に同意する花開院ゆら。由緒正しき陰陽師の一族である彼女でも、土御門などという陰陽師の家名を聞いたことがない。ちゃんとした歴史のある陰陽師なら、苗字だけでもそれなりに知名度がある筈なのだから。

 

「あん? 知らなくて当たり前だ。土御門なんて、俺が適当につけた苗字だからな」

 

 彼女たちの疑問にあっさりと答える春明。 

 

「俺の生まれ育った『半妖の里』には苗字なんて風習はなかったんでな。一応、俺の家系には昔から伝わってる隠し名みたいなのもあるが……それをお前らに教えるつもりはないし、この先誰かに名乗るつもりもねぇよ」

 

 いくつかの情報の断片を提示しつつも、肝心なところを曖昧にする春明。そんな彼の言葉に――

 

「…………」

 

 十三代目秀元が何か言いたげな表情をしていたが、今は黙して語るずにいた。

 代わりに、春明の発したワードに奴良組の何人かが反応を示す。

 

「半妖の里だと!?」

「なんか聞いたことある場所よね?」

「ああ……どこかで?」

「……?」

 

 黒田坊や毛倡妓、青田坊、河童などが何かを思い出そうと思案にふける。その際、誰よりも先にその場所のことを思い出したのが首無であった。

 

「確か……富士の樹海にあるとされる半妖たちの集落だ。鯉伴様と若菜様が結婚前に訪れた場所だと話に聞いたことがあるが……」

 

 首無にとって主人でもあり、友だった鯉伴が妻である若菜と結婚前――所謂、新婚旅行で訪れた場所と記憶していたのだろう。その認識に春明は頷く。

 

「まっ、その通りの場所だな。それ以外……特に何もない場所さ」

 

 自身の故郷をそのように評しながら、春明はどこか懐かしむように呟く。

 

「半妖の……里?」

 

 その呟きに対し、半妖である白神凛子が強い興味を示す。しかし、今はカナのことを聞くのが先。とりあえず黙って春明の話の続きに耳を傾ける。

 

「俺はその半妖の里で育ったんだよ。俺の親父が半妖で、お袋は人間。まっ、特別珍しい家庭環境でもないさ。あの里ではな……」

 

 春明は自身の出生を簡潔に説明し、その上でカナとの関係について答える。

 

「あいつとも……カナともそこで出会った。俺が六つで、あいつが五つの頃だったかな?」

「…………ん?」

 

 特に何でもないような情報に思えた。しかし、奴良組の面子はその説明に違和感を覚える。

 

「いや、待て! ……確かリクオ様とあの者は幼馴染だった筈だぞ?」

 

 黒田坊が記憶の糸を手繰り寄せる。奴良リクオと家長カナは幼少期の頃から顔見知りだった。それこそ、そのくらいの年頃に浮世絵町のとある幼稚園で出会い、親交を深めていた筈。

 その彼女が何故、半妖の里――富士の樹海の奥地などにいたのか。春明の説明だと辻褄が合わなくなる。

 

「あん? んなこと、俺が知るかよ……大方、あいつがこっちに来る前に知り合ったんだろ?」

 

 黒田坊の疑問に不機嫌に顔を歪めながら、春明は推測を口にする。

 リクオとカナの出会いに関しては春明も知らないし、興味もない。彼はただ、自分の知っているあるがままの事実のみを話していく。

 

「まっ、半妖の里に来る前はあいつもただの一般人だったんだ。その頃からの知り合いなら、別におかしいことでもないだろうさ」

「……一般人?」

 

 今度は青田坊が疑問を抱き質問する。

 

「あの子は半妖の里の出身じゃないのか?」

 

 カナの能力、半妖の里から来たという話に、彼はカナが『元からそっちの世界の住人』――リクオと同じように、生まれた時から妖怪の世界に関わる特別な血筋か何かだと勝手に思い込んでいた。

 

「ちげぇよ。あいつは元から普通の人間だし、両親もただの人間だって聞いてるぜ」

 

 しかしその予想を悉く否定し、春明はカナの両親について触れる。

 

「――っ!!」

 

 その時、ゆらが何かに気づき表情を強張らせる。だが、そんな彼女の変化に気づくこともなく、ついにつららがその質問を口にしてしまう。

 

「ただの人間? ……その人たちは今どうしてるのよ?」

 

 その問いかけに――春明は気負うことなく答えを口にする。

 

 

 

 

「そんなの――とっくの昔に妖怪にぶっ殺されたさ」

 

 

 

 

「「「「――!?」」」」

「こ、殺されっ――」

 

 さらっと告げられた事実に妖怪である奴良組の面々が言葉を失い、既に両親の死を知っていたゆらが息を呑む。彼らの劇的な反応に春明は理解する。

 

「ああ……なるほど。その辺りから説明すりゃいいわけか……」

 

 話のとっかかりとしてどこから説明すべきか、その方向性を――。

 家長カナという少女が、どうして半妖の里などという場所に来ることになったのか――。

 

「あれは、ちょうど里の方で神出鬼没の鼠妖怪のことが噂になってた頃だったな……」

 

 すべての元凶であるあの忌まわしき事件――妖怪・鉄鼠の起こした殺戮事件からの少女の生還、復帰するまでの物語を語ったのである。

 

 

 

×

 

 

 

「――――――――」

 

 春明の口から語られる経緯に、誰も彼もが言葉を失い絶句する。

 奴良組も、凛子も、ゆらも。普段からお気楽な調子を崩さない秀元ですらも口を噤む。

 それは――年端もいかない人間の少女が体験するにはあまりにも、あまりにも過酷な物語であった。

 

 何の変哲もない幸せな家族との家族旅行が一変、地獄へと変わった鉄鼠による殺戮。

 その殺戮現場で両親を含めた多くの人が殺され、少女は一人生き残った。

 それを不憫に思った里の人間が彼女を保護し、面倒を見ることになる。

 だが、凄惨な殺戮を目の当たりにし、そのショックから少女は抜け殻と化す。

 ようやく言葉を発したかと思えば、その小さな口から『一人生き残ってしまった』という後悔がこぼれ落ちる。

 

 そうして――自責の念と富士の霊障に当てられ、彼女は人の精神を維持できなくなり、妖怪となりかけてしまう。

 幸い、周囲の人々のおかげでなんとか少女は人であり続けることができた。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 その話に『かつて人間だった』妖怪たちが複雑な表情を浮かべる。

 首無に毛倡妓、青田坊。妖怪に至るまでの経緯に違いはあれど、彼らは人間から妖怪へと堕ちた身の上である。

 今だからこそ、奴良組という居場所を得たからこそ、彼らは妖怪と化してしまったことに後悔や負い目を感じてはいない。妖怪になれたからこそ鯉伴と出会い、奴良組の一員となって戦うことができている。

 

 しかし――時々、ふと考えてしまうのだ。

 もしもあの時、あの瞬間。自分が妖怪にならず、人間としての生を全うできたのなら。

 人であることを保ち続けることができていたのなら。また違った人生を歩み、終えることができたのではと?

 

 そんなもしもを――夢に見てしまうことがあるのだ。

 

 そんな彼らにとって、家長カナという少女はまさにその『もしも』なのだ。

 そんな彼女の境遇に、彼らは心を揺さぶられずにはいられなかった。

 

「――でだ。なんとかリハビリ生活も終えて、あいつを人里に返そうって話になったわけだが……」

 

 ひととおり、家長カナという少女が半妖の里に来ることになった経緯、そこで過ごした心のリハビリ生活のことを語り終え、春明は一息つく。

 その後、彼女は里の人々の総意で人里へと戻されることになった。その戻ってきた先こそ、カナが元から住んでいた場所『浮世絵町』なのだ。そこで彼女は奴良リクオと再会し、何気ない日常を過ごしていくことになる。

 妖怪に両親を殺されたという悲劇を、決して周囲に悟られぬように笑顔を浮かべながら――。

 

「……やっぱりろくでもない奴らや、妖怪なんてっ――!!」

 

 春明の話がひと段落つくまで、およそ三十分ほどであった。だがその短い時間の中、ついに感情を抑えきれずに花開院ゆらは立ち上がり、叫び声を上げる。

 彼女はカナの両親が殺されたという事実に、妖怪という存在そのものに怒りを爆発させる。

 

「そうやってっ! 簡単に人間から大事なもんを奪っていくんや! アンタたち妖怪はっ!!」

 

 その怒りの矛先はすぐ側にいる妖怪――奴良組の面々に向けられていた。

 

「な、なによ、わたしたちは……」

 

 ゆらの怒りは正直なところお門違いである。同じ妖怪とはいえ、鉄鼠と奴良組は何の関係もない。それで妖怪全体に憎しみを抱かれるのは筋違いだと、つらら何とかは反論しようとするも――上手く言葉が出てこなかった。

 今の話を聞いた後で関係がないと、ゆらの怒りを一言で切って捨てることができるほど、つららは冷酷な女ではない。

 家長カナという少女の人生を思えば思うほど、冷静に反論などできる筈もなく、彼女は押し黙るしかなかった。

 

「……きゃんきゃん喧しいぞ、花開院」

 

 しかし、意外なところからゆらの主張に冷静な指摘を入れる者がいた。他でもない、カナの悲惨な道中を語った土御門春明である。

 

「妖怪が人間を襲うなんざ、当たり前のことなんだよ。んなことでいちいち腹を立てて、話の腰を折るんじゃねぇよ」

「! そ、そんなことって……」

 

 これには信じられないものを見るように、ゆらが春明の表情に目を見張る。

 

 彼はここまでの間、あくまで淡々と親しい少女の過酷な人生について語っている。カナが連れ去られたと聞いたときの怒りようから、春明にとってもカナという少女は特別な存在の筈。

 何故そこまで冷静でいられるのか、ゆらには理解できなかった。

 

「別に同情が欲しくてこんな話をしてるわけじゃねぇんだ。妖怪が人間を襲うなんざ今に始まったことじゃねぇ。こんな悲劇、どこにでも転がってるありふれた話の一つでしかないんだよ……」

 

 それが陰陽師でありながらも、妖怪と縁深い半妖の里で育った春明の感性なのだろう。彼はカナを陥れた個人に殺意を抱くことはあっても、妖怪という存在そのものを否定するつもりはない。

 

「…………」

 

 そんな彼の考えに不満を抱きつつ、ゆらは話の続きを聞くべくその場にて座り込む。

 

「浮世絵町に戻って来てからのことは……まっ、特別語る必要もねぇだろ。色々あったが……後はお前らも知ってのとおりだ」

 

 だが、浮世絵町に来てからのカナの生活などについては曖昧に暈し、春明は話を終えようとしていた。彼が浮世絵町に来たのはカナよりもだいぶ後になる。その後の彼女の生活など、ここ一年くらいのことしか知らない。

 語れることも決して多くはなく、本人もそれ以上のことを喋るつもりはないようだ。

 

「……もうこれくらいでいいだろう。俺も十分に頭は冷えた」

 

 そう締めくくり、春明は話を終えて部屋を後にしようとする。

 

「まて!! 一つだけ教えろ。土御門とやら……」

 

 しかし、背中を向けて立ち去ろうとする春明に黒田坊は厳しい口調で問い詰める。

  

「家長カナが一般人であったというのなら、あの能力は何だ? それに……何故そんなお面で正体を隠してまでリクオ様を護ろうとしていたのだ?」

 

 黒田坊は首無などの面々とは違い――『怪談として語られた妖怪』。戦や飢饉で孤児になった子供たちが『助けて欲しい』と願い語り継がれた結果として誕生した妖。つまり、生まれた瞬間から妖怪だった。

 勿論、彼とてカナという少女の身の上について思うところはある。だがそういった出自もあり、他の面子よりもやや冷静な観点から肝心な部分を問い掛けることができていた。

 

「あいつのアレは後天的に身に着けたもんだ。妖怪に成りかけた後遺症で余計な才能が目覚めたみたいでな。確か……『六神通』って言ったっけか?」

 

 黒田坊の問い掛けに、春明は少し考えてからカナの力の正体について語る。

 するとその能力の名称に対し、ここまで話を無言で聞いていた秀元が反応を示す。

 

「――っ! 六神通やて? なるほど、あの子の力はそういう……」

「なんや? 知っとるんか、秀元?」

 

 ゆらが知る限り、少なくとも花開院家の陰陽術にそのような術はない。

 

「六神通いうんわ、仏教において仏や菩薩が持っているとされる、六つの超人的な能力のことや」

 

 だが秀元はその能力について知っているらしく、ゆらの質問に答える。

 

「伝承の伝わり方によって詳細は異なるいう話やけど……簡単に分類すると――」

 

 そう言いながら、秀元は六神通に分類される六つの超能力について語る。

 

 神足は――空を自由自在に飛翔する能力。

 天耳は――どんな小さな物音も聞き取る能力。

 他心は――他者の心の動きを察知する能力。

 宿命は――自身と他者の過去世を知る能力。

 天眼は――起こるべき未来を予見する能力。

 

「――そんで、六つ目の能力『漏尽』についてなんやけど……」

 

 六神通の内、五つまでの能力に関して要点を絞って秀元は簡潔に答える。だが六つ目の能力『漏尽』について語るべきタイミングで何故か彼は口ごもってしまう。

 

「……済まん。上手く言語化できん。概念としては分かるんやけど……それを言葉にする術をボクは知らん」

「言葉に、できない?」

 

 あの高名と名高い十三代目秀元ですら、説明することのできない能力であることにゆらは驚く。

 

「まっ、俺も専門じゃねぇからハッキリとしたことは言えないが、大体あってるんじゃねぇの?」

 

 詳細を知らないのは春明も同じらしい。カナの能力に関してはそれ以上何も話さない。

 

「あいつがなんで奴良リクオのためにあんな真似をしていたのかは……それは俺も知らねぇ。興味もなかったから聞いたこともないな」

 

 次いで、カナが面霊気を被ってまで、奴良リクオの側に居続けた理由に関してだが。こちらに関しては理解していないというより、理解したくないという気持ちが強いのか。春明は口を尖らせ、不機嫌に吐き捨てる。

 

 

「知りたいのなら本人に聞けよ。アイツを助け出した後にでもな……」

 

 

 その言葉を最後の締めくくりに、彼は今度こそその場を去っていった。

 

「…………」「…………」「…………」「……………」

 

 気まずく押し黙る、奴良組や花開院の面々を放置して。

 

 

 

 

 

 

「――待ってよ! 土御門くん!!」

 

 一同の下を去り、足早に花開院家の廊下を歩いていく春明。その後を唯一追いかけてきた少女――白神凛子が彼に追いすがりながら息を切らせていた。

 

「なんだよ……もう何も話すことなんてねぇぞ」

 

 わざわざ追いかけてきた彼女のことを、春明はつっけんどんに突き放す。

 

 本来なら話すつもりのなかった家長カナの過去を長々と語ってしまったことで、春明としてはかなり不機嫌であった。最終的に語ると決めたのは自分自身だが、そういった流れになってしまった原因には凛子の言葉がある。

 彼女に向けて、やや八つ当たり気味なとげとげしい視線をぶつける。

 

「あの……ありがとう! わざわざ話してくれて……」

 

 だが、そんな春明の苛立った態度にもめげず、凛子は頭を下げて礼を言う。

 

「本当なら君に聞くべきことじゃなかったかもしれない。話しづらいこと、話しさせちゃったね……」

 

 家長カナという少女の道のりに関して語ってくれたこと。本来なら、それはどんなに気まずくてもカナ自身の了承があって、初めて知る権利を得ることのできる話だった。

 こんな、彼女が不在の間に知っていいような軽々しい話ではない。その道理もわきまえず、春明に無理に語らせてしまったことに、凛子は大きな罪悪感を抱いていた。

 

「……別に、気にすんな」

 

 謝られたことが意外だったのか、目を丸くする春明。彼はそのままそっぽを向き、足を進めていく。

 その後を当然のようについてくる凛子。春明は歩くペースを少しも緩めず、彼女に向かって声を掛ける。

 

「……白神。準備が整い次第。俺はカナの救出に行く」

「――!!」

 

 彼の宣言に凛子はハッとなる。

 

「一応聞いておくが……まさか、付いてくるなんて言わねぇよな?」

 

 念を押すような問い掛け。

 先ほどのように『話してくれ!』と強引に聞き出す感覚で『付いていく!』なんて言われても困るため、あらかじめ釘を刺しておく。

 これから春明が行こうとしている場所は戦場だ。非戦闘員である凛子など、ただの足手まといにしかならない。

 

「……正直なところ、付いて行きたいって気持ちはあるよ。わたしも、早くカナちゃんの無事を確かめたいから」

 

 案の定、付いていくという選択肢は頭の中にあったらしい。凛子は自身の気持ちを正直に伝える。

 

「けど、わたしなんかが行っても足手まといだし、奴良組の皆さんにも迷惑を掛けることになるから」

 

 だが、自分が付いて行っても何の戦力にならないことをわきまえているのか。冷静な判断の下、彼女は花開院家に残ることにした。 

 怪我人の手当や、復旧作業の手伝い。ここでなら一般人である凛子にもやるべき仕事が山のように積み上がっている。それに――

 

「それに……カナちゃんに『清十字団の皆のこと』よろしくって、頼まれちゃったからね!」

 

 何よりも、約束がある。

 京都旅行に出発する際、電話で後輩である家長カナに先輩として頼まれたのだ。

 皆を――清十字団の仲間たちのことをお願いしますと。

 

「だから……ここで帰りを持っていることにするねっ!」

 

 だからこそ、凛子は大人しくここで待つことにした。

 不安を強がりの笑みで消し飛ばし、奴良組や花開院、カナや春明のことを信じて待つことに決めたのである。

 

「土御門くん……カナちゃんのこと、どうかお願いします!」

 

 先ほどよりも深々と頭を下げ、切実な思いが込められた言葉と共に凛子は大切な友達を春明へと託した。その願いに――

 

「……ふん。言われるまでもねぇさ……」

 

 当然だとばかりに春明は応える。

 

「…………」

「…………」

 

 その数秒後、二人は会話もなくその場にて別れる。

 

 少年は戦場へ親しいものを救いに――。

 少女は友を少年が救ってくれることを信じ――。

 

 

 自身のやるべきことを見定め、それぞれの道を歩いて行く。

 

 

 

×

 

 

 

「……………………………わたし、今まで何を見てきたんだろう……」

 

 雪女こと及川つらら。彼女は花開院家の廊下を一人フラフラと危なっかしい足取りで歩いている。

 

 春明の話を聞き終えた奴良組と花開院。彼らは知ってしまった家長カナの事実に衝撃を受け、咄嗟に言葉を絞り出すことができずにいた。

 沈黙に支配される室内。黒田坊が「次の作戦を開始するまで解散だ……」と言い出してくれたことで、ようやく止まっていた時を進めることができた。

 他の面子が次の戦いの準備を進める中、つららはボーっと庭先が見える渡り廊下まで人知れず歩いてきた。

 

「ずっと…………あの子の側にもいた筈なのに…………気づくことすら……できなかった」

 

 そこから見える景色を漠然と眺めつつ、つららは弱々しい声で呟きを漏らす。

 

 あの場にいた中で、カナの秘められた過去に誰よりも衝撃を受けたのはつららであった。

 彼女は今日にいたるまでの間、ずっとリクオを見守り続けてきた。護衛として小学校でも中学校でも。その隣にいた幼馴染である家長カナのことも当然その視界に収めてきた。

 

 その筈なのに、何一つ気づくことができずにいた。

 あの少女の事情に、あの笑顔の裏に隠されていた真実に何一つ気づくことなく。

 

 家長カナのことを――何も知らない無力な人間の少女と決めつけていたのだ。

 

 その事実が罪悪感となり、及川つららの心に暗い影を落とす。

 

「わたし…………本当に何も知らなかったんだな…………」

 

 つららは己の無知さが恥ずかしくなる。

 もともと、つららは個人として家長カナのことを快く思ってはいなかった。これは彼女に限らず、リクオに近づく女性につららはいつだって警戒心を抱かずにはいられない。

 とりわけ、カナに対しては常に厳しい視線を向けていたかもしれない。リクオの幼馴染みを自称し、いつだって自然に彼の隣に居座る人間の少女。

 半妖であるリクオにとって、人間の彼女が掛け替えのない『架け橋』であることは理解している。だが、それでもつららにとって、カナが目の上のタンコブであることに変わりなかった。

 

 

 リクオとカナが仲良くしている光景を眺めている際、つららの心の奥底には、いつだってこんな思いがあった。

 

 

『――何が幼馴染みよ。わたしなんて、生まれた時からずっとリクオ様のお側にいたんだから』

 

 

 つららはリクオが生まれる前から奴良組に仕えていた。彼の出産にも立ち会っているし、その成長を赤ん坊の頃から見守ってきた。幼馴染のカナなんかより、もっともっと長い時間を彼と過ごしてきたのだ。

 それはこの先も変わらない。妖怪である自分はいつまでだってリクオの側に居続けることができる。人間であるカナなど長くて100年。どれだけ親しかろうと、どれだけ愛しかろうと別れは必然。

 

 そんなことも知らずに、無邪気に笑っているカナのことを馬鹿にしていたかもしれない。

 所詮は『何も知らない無知な人間』と、見下していた瞬間だってあったかもしれない。

 

 けれど――違ったのだ。

 何も知らなかったのは、本当に無知だったのは己自身だったのだと。つららは先ほどの話で気付かされる。

 

 

 家長カナは全てを知っていた。

 自分たち奴良組のことも、妖怪世界のことも、奴良リクオのことも。

 全てを承知の上で、全てを正しく理解した上で皆の前で笑顔を浮かべていたのだ。

 

 両親を妖怪に殺され、自身も妖怪に成りかける。

 そんな過酷な体験を経験しながらも、それを周囲の人々に悟られぬように生きてきた。

 本当のことを言い出せない辛さをずっと、仮面の内側に押し込み耐え忍んでいたのだ。

 

 

「……知らなかった。ううん……知ろうともしなかった」

 

 そんなことも知らずに、いや――知ろうともせず、つららはカナのことを『リクオに近づく馴れ馴れしい女』と敵視していたのだ。

 

「なんて……なんて……酷い女なのかしら……わたしって……」

 

 その瞬間、つららは自覚する。

 カナや他の人々のことなど目にも入れず、ずっとリクオのことだけを考えてきた己の視野の狭さを――。

 己の自分勝手が恥ずかしくなり、顔を伏せてその場にしゃがみ込む。

 

 つららは弱々しい呟きを人知れずこっそりと溢していた。

 

 

 

 

 そんなつららの呟きに――

 

 

 

 

「――ホント、酷い女だよね~」

「――だ、誰!?」

 

 軽々しく答える少年の声が響き渡る。

 咄嗟に顔を上げるつらら。彼女の視線の先――庭先に気配もなく立っていたのは、高校生くらいの人間の少年であった。

 

「酷い女だよ、家長カナってやつは~。ずっと君たちを、リクオくんを騙していたんだからさ~。ねぇ、君もそう思うだろ? 及川つららさん?」

「――っ!!」

 

 人間に化ける際のつららの偽名を軽々しく呼びながら、その少年は彼女に近寄ってくる。

 中性的で整った容姿の美少年。何も知らない人間の女性であれば思わず頬を赤らめていたかもしれない。

 

 だが、それは見せかけだけの姿に過ぎない。

 

 巧妙に気配を隠しているのだろう。徐々に近づいてくることでその少年が纏う『妖気』につららは察する。

 

「! 京妖怪――!?」

 

 その少年が妖怪であるということを。

 奴良組ではない。自分の知らない妖怪であることから、それが自分たちの敵――京妖怪であることを。しかし、つららの予想を否定しながら、その少年姿の妖怪は薄っぺらい笑みを浮かべる。

 

「違うよ~、ボクは京妖怪なんかじゃないよ~。悪い妖怪でもないよ~…………多分ね」

 

 おちゃらけた調子で肩を竦め、自分が京妖怪でもなければ敵でもないことを主張し、彼は戸惑うつららに笑みを向ける。

 その笑顔は――まるでこの世の全てを見下すような、嘲るような傲慢と侮蔑に満ち満ちている。

 

「…………」

 

 その笑顔に本能的に嫌悪感を抱くつらら。油断なく身構えながら「ならばお前は何者だ?」と、視線で疑問を投げかける。

 つららの無言の問いかけに、少年――の皮を被った悪魔はにっこりと答えた。

 

「君とは、初対面だったね? 改めてこんにちは。及川つららさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボクは吉三郎――君たちの大将……奴良リクオの大ファンなんだ、よろしくね……」

 

 

 

 

 

 




補足説明
 天眼 
  話の中で秀元がサラッと語っていますが、本作における天眼は『未来予知』に類する力にするつもりです。
  調べた限りだと『世の中の全てを見通す』とか『過去・未来・現在全てを見通す』とかありますが。そこまで大げさなものにするとちょっと扱いに困るので。
  過去を知る力である『宿命』と対をなす感じで、未来を知る力として『天眼』を活用させていただきたいと思います。
  カナが初めて天眼を使えるようになるタイミングに関しては……かなり先になりそうですが……。


 こりずに次回タイトル仮予告を掲載しておく……また変わるかもしれないけど!

 次回『つららの苦悩、悪魔の囁き』

 次回もお楽しみに!!
  
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