家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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ゲゲゲの鬼太郎6期……三月にて放送終了……だと?
マジか……! う、嘘だと言ってくれ!!
毎週の楽しみが終わって……いったい何を目的に生きて行けと言うんだ……
はぁ~……今から鬼太郎ロスが…………怖い。

と、しょんぼりしたのも束の間。

デジモンアドベンチャー2020!? 四月放送決定だと!?
やばい、これはこれで楽しみだ!!
現代だからこそ描ける新しいデジモン!! 果たしてどんな物語になるか今から楽しみ!!

まあ、……どうせなら『デジモンストーリーサイバースルゥース』をアニメ化して欲しかったけど、こればかりは仕方なし。
せめて『tri』の二の舞にならないよう、しっかりと設定を練り込んだデジモンを見せてもらいたい!!

前書きが長くなりましたが、どうぞ本編へ!   


第七十一幕 つららの苦悩、悪魔の囁き

「――吉三郎……ですって?」

 

 京妖怪の襲撃で半壊した花開院家。怪我人の治療や建物の復旧など、陰陽師たちが忙しなく動き回る中心地——そこからだいぶ離れた人気のない、渡り廊下の庭先にて。

 雪女・及川つららは吉三郎と名乗る少年姿の妖怪と対峙していた。顔も名前も初めて見聞きする妖怪を前に、つららは最大限の警戒心を持って距離を取る。

 

 そう――吉三郎とつららは初対面である。

 

 リクオを始めとする奴良組の面々の前に姿を現したことはあるが、そのとき彼女は不在であった。合流した後も、奴良組内は色々とバタバタしており、その少年の存在のことなど誰も教えてはくれなかった。

 そして――彼は家長カナから大切な人々を奪い去った憎き仇ではあるものの、その事実をつららは依然知らないままだ。これは春明がカナの過去を語る際、余計な話題として吉三郎の名前を挙げることがなかったからだ。

 

「…………」

 

 そういったこともあり、つららは眼前の正体不明の少年に対し、警戒するにとどめていた。

 もしも、彼女が吉三郎の仕出かしたことを一つでも知っていれば――問答無用で飛び掛かり、彼の言葉に耳を傾けることもなかっただろう。

 それを知ってか知らずか、吉三郎はニコニコと薄っぺらい笑みを浮かべながら、馴れ馴れしくつららへと話しかける。

 

「そっ! 吉三郎……誰かから聞いてない? なら、この機会に覚えてほしいな~。君たちとは……長い付き合いになりそうだし……ねぇ?」

「―—っ!!」

 

 そう呟きながら笑みを深める吉三郎。その微笑みに、つららの頬から知らず知らずのうちに冷や汗が流れる。

 

 ―—なんなのこいつ……気味が悪い!!

 

 つららはこれまで、数多くの敵対組織の妖怪と相まみえてきた。

 窮鼠、玉章、夜雀、茨木童子。そして土蜘蛛。その中でも当然、土蜘蛛の存在は大きく、彼の者はつららの心に拭いきれぬ無力感を抱かせた相手ではある。

 

 だがそれ以上に、この吉三郎という妖怪の存在に、つららは言い知れぬ不快感と不安感を抱く。

 

 端正な顔立ちなど見せかけ。口元の笑み、どす黒く濁った瞳、その立ち振る舞い。全てが全て、つららの神経を逆撫でする。

 何故この少年の存在にここまで苛立つのか、つらら自身も理解できない。

 だが、彼女は己の感じた嫌な予感に従い、吉三郎の排除に乗り出す。

 

「みんな! 敵――」

 

 氷の薙刀を構え、屋敷の中で待機しているであろう奴良組の皆を呼ぼうと声を張り上げる。

 どの道、この吉三郎という男が敵であることは間違いない。仲間たちと共に彼を撃退する行為に何の疑問も抱きはしなかった。 

 しかし――

 

「ええ~、いきなりそれ~!? でも……仕方ないよね~!!」

 

 つららの応援要請を掻き消すような、わざとらしく間延びする声で吉三郎が呟く。

 

 

 

「君ってば、奴良組の側近な中でも一番の雑魚だし!! 他に仲間がいなきゃ、何もできないもんね~!!」

 

 

 

 その呟きに――

 

「―—な、なんですって……」

 

 つららは思わず叫ぶ声を途中で止め、吉三郎の方を振り返ってしまった。

 

「ん? ああ、聞こえちゃったかな~?」

 

 吉三郎は彼女の反応に、わざとらしく「うっかり本音が零れちゃった♪」といった態度で「てへぺろ♪」と舌を出す。そのふざけた仕草に、さらにつららの怒りが加速する。

 

「私が……雑魚!? それっ……どういう意味よ!!」

 

 あまりの屈辱につららはヒステリックに叫ぶ。だが、癇癪を起こす彼女の反応をまるで楽しむかのように、吉三郎はニヤニヤと、つららのことを『雑魚』と評した理由を楽しそうに語っていく。

 

「だってさ~、他の奴良組の側近たちに比べて……君ってなんかこう、パッとしないんだよね~」

「……っ!!」

 

 何気ない彼の言葉にハッと目を見開くつらら。吉三郎はさらに饒舌に言葉を吐き続ける。

 

「たとえば……『常州の弦殺師』。君もよく知ってる首無くんの昔の呼び名なんだけど。彼ってば、妖世界でも結構名の知れた妖怪なんだよね~。第七の封印だって、単独で攻略しちゃうし……ホント、強い強い!」

 

 まずは首無。独断専行とはいえ、実際に戦果を挙げた彼の功績を褒め称え拍手を送る。

 

「その首無の相棒である毛倡妓。二人揃うと尚厄介だ。あの攻守の見事な切り替えは中々真似できるもんじゃないよ、うんうん!」

 

 次いで、その首無の相方である毛倡妓。二人の華麗なコンビネーションを絶賛する。

 その調子で、吉三郎は他の面々についても評論を重ねていく。

 

「数百の刃を自在に操る暗黒破戒僧・黒田坊、怪力無双の青田坊、水を使ったトリッキーな戦術が得意な河童くん。歴戦の強者揃いだ~! いや~、流石は奴良組。隙のない布陣ですな~…………でっ、君は?」

 

 次々とリクオの側近たちを褒め称える中、吉三郎はつららの番になってわざとらしく首を傾げる。

 

「君は、雪女だっけ? けど……同じ雪女なら遠野からリクオくんについてきた子がいる筈だよ? 戦力的にいえばそっちの子で十分じゃない? 君がいる必要性は……特にないんだよね~」

「―—っ」

 

 吉三郎の言葉につららは息を呑み、咄嗟に言い返せないほどのショックを受ける。

 

 吉三郎の言う通り、遠野からやってきた妖怪の中に雪女の冷麗がいた。つららはまだ彼女と言葉を交わしてはいないが、遠野妖怪としての実績がある分、おそらくつららより手練れである可能性が高い。

 土蜘蛛の襲撃で負傷してはいるものの、復帰すれば必ずやリクオの力となってくれるだろう。

 自分よりも――と、つららの思考がネガティヴに陥る。

 

「そもそも君って……リクオくんの側近としての実力があるのかな? 君が彼の側で重用されてるのって、結局のところ、母親のコネがあるからなんじゃないの?」

 

 つららが弱気になったその隙を逃さまいと、さらに吉三郎は畳み掛ける。

 

「君の母親……雪麗さんだっけ? 彼女の実績があったからこそ、君は奴良組でリクオくんの側近として仕えることが許されてる。そのコネが無きゃ、本当なら君ごとき、リクオくんの目に止まることもなかっただろうに……」

「…………!!」

 

 吉三郎の発言——それはあながち的外れとも言えず、つららの心に刃物のように突き刺さる。

 

 つららの母親・雪女の雪麗はかつて、総大将であるぬらりひょんの百鬼夜行に名を連ねていた。ぬらりひょんの息子であり、リクオの父親であった鯉伴とも子供の頃から遊び相手をしてやったりしたことから、彼からの覚えも良かった。

 奴良組本家から離れた今も縄張りの一部を任されたりと、組織人としても有能な一面を兼ね備えている。

 

 そもそもな話、つららが本家に奉公するようになったのもその母親からの指示によるもの。

 雪麗はつららに自身の望み、長年の野望を成就させるため、幼い彼女を奴良組に寄越したのだ。

 

 即ち――『奴良家の男の唇を奪う』という雪麗の夢を。

 

 残念ながら、鯉伴相手にその願いが叶うことはなかったが、奴良家には奴良リクオがいる。

 つらら自身もリクオのことを慕っており、雪麗の野望うんねん以上に、つららがリクオの唇を奪うことに気恥ずかしいということ以外、心情的に問題はなかった。

 

 問題があるとすれば、つらら自身にその資格があるかどうかという話である。

 

「…………」

 

 先ほどからの吉三郎の批判的な言葉の数々。平時であれば「そんなことない!」と、言い返すだけの気力がつららにはあっただろう。

 しかし、この京都に来てからというもの。彼女は他の側近たちとの違い、己の戦力不足を痛感させられていた。

 首無のように目立った戦果を挙げることも出来ず、黒田坊や青田坊のように京妖怪たちと互角に戦うこともできない。

 茨木童子などからは母親と吹雪の質を比べられ、「温い」と一言で切って捨てられた。

 

 何より、つららは大事な主を――リクオを護ることができなかった。

 その事実が――彼女から自信というものを根こそぎ奪い取っていた。

 

 ―—私は……足手まといなの? 私じゃ、リクオ様の力になれないの?

 

 故に、つららは吉三郎の暴言に押し黙るしかなかった。

 そんな彼女の心情を読み取るかのように、より一層口元の笑みを深め、吉三郎は言葉を吐き続ける。

 

「ほんと……どうして君みたいな弱い妖怪がリクオ君の側にいるんだろうねぇ~……色目でも使ったのかな? いやらしい女!!」

「…………っ!」

 

 もはや、つららの力不足への批判は彼女の人格への直接的な悪口となり、その心の傷口を抉る。明らかに悪意のこもった誹謗中傷を口にし続ける吉三郎に、つららは唇を血が滲み出るほど噛みしめ、悔しがっていた。

 

 

「―—でも、よかったじゃないか」

「……?」

 

 

 だが不意に、吉三郎の責めるような口調が優し気な言葉遣いに変わる。

 

「君が弱っちいおかげであの女の――家長カナの正体が暴けたんだからさ~」

「―—えっ……?」

 

 その台詞に対しては怒りや悔しさより、寧ろ戸惑いを強く覚えるつらら。何故自分が弱いことがあの子の正体に繋がるのか。

 つららの困惑を解消すべく、吉三郎は発言の意図を説明してやる。

 

 

「だってそうだろ~? 弱っちい君を庇うために、彼女は自分から土蜘蛛の前に身を晒したんだからさ~」

「―—っ!!」

「結果として……君は家長カナの正体暴きに一役買うことができた……いや~素晴らしい成果だよ!!」

 

 

 あの戦いの最中。確かに家長カナは土蜘蛛の攻撃からつららを庇い、自らが負傷した。

 結果論かもしれないが、それによりつららたちは彼女の正体を知ることができ――彼女は土蜘蛛に連れ去られることとなってしまった。

 

 そのことで、密かにつららは自分自身を責めていた。

 

 もしも、あのタイミングでカナが自分を庇っていなければ、代わりにつららが重傷を負っていた筈だ。

 素顔に関しても。仮に正体がバレていたとしても、あそこで大怪我を負わなければ土蜘蛛に連れ去られるようなこともなかった。

 今のようなモヤモヤした気持ちも、気休め程度には緩和出来ていたかもしれない。

 

「……っ!」 

 

 その気にしていた事実を、吉三郎は『成果』としてつららを褒め称える。「お前のせいだ!」と、ただなじられるよりも、精神的に堪えるものがあった。

 すると、押し黙るつららを前に吉三郎はわざとらしく驚いたような顔つきになってみせる。

 

「あれ~もしかして……狙ってやった? 弱い自分を庇ってくれることを期待して、わざと土蜘蛛の攻撃を受けようと思ったりしちゃった!?」

「―—なっ!?」

 

 このデタラメな発言には、意気消沈としていたつららも声を上げて否定する。

 

「ち、違う!! そんなこと、考えてない!!」

 

 自分をわざわざ危険に晒し、カナに――狐面の少女に重傷を負わせようなどと。そんなこと考えもしていない。

 しかし、吉三郎は嬉々としてその考えを、さも事実かのように語る

 

「だとしたら、君は相当な策士だよ!! リクオくんに近づく女を排除するために、そこまで手の込んだことをするなんて!! 君に対する評価を改める必要がありそうだ、はははっ!!」

「ち、違うって言ってるでしょっ!! アンタ、いい加減に――」

 

 流石にもう黙っていられなくなり、つららは力尽くで吉三郎を排除しようと氷の薙刀を彼に突きつける。

 どちらにせよ、目の前の相手が自分たちの敵であることに変わりはないだろうと、一気に攻勢に出ようとし――

 

 

 

 

 

「本当に――?」

「!!」

 

 

 

 

 

 刃物のように鋭い吉三郎の発言。彼の目、つららの心の奥底を覗き見るような黒く淀んだ瞳に彼女は息を呑む。

 

「君は……いつだって疎ましく思っていた筈だよ? リクオに馴れ馴れしく近づく女どものことを。当たり前のように彼の横に居座る家長カナのことを。リクオの危機にいつも駆けつけてくる、あの狐面の女のことを――」

 

 先ほどまでと違い、一切の笑みもなく静かに語る吉三郎。

 彼の言葉がつららの鼓膜を震わせ、頭の奥へとクリアに響き渡る。

 

「結局のところ、あの二人は同一人物だったわけだけど、おかげで手間が省けたじゃないか。このまま放置しておけば、いずれ痺れを切らした土蜘蛛があの子を始末してくれる。リクオに近づく女を一人消し去ることができる。君にとって……これは喜ばしいことなんじゃないかな?」

「―—なっ、そ、そんな、そんなのっ!」

 

 絶句するつらら。確かに家長カナのことを快く思ってはいなかったが、それはあまりに飛躍した論理だ。

 家長カナを始末してもらい安堵するなど、如何につららと言えどもそれは――

 

 

「―—でも疎ましく思っていたのは事実だろ?」

 

 

 だが吉三郎は『攻撃』の手を一向に緩めない。

 及川つららという女性を徹底的に追い詰めるべく、さらに言葉を紡いでいく。

 

「けど……ひょっとしたら逆効果かもしれないね。もしも、家長カナという少女が死ねば、彼女と過ごした日々はリクオの中で唯一無二の『想い出』となる。リクオの心は――永遠にあの子のものだ」

 

 生者は死者には勝てないと囁く。

 死んだ者との記憶は『想い出』として美化され、リクオの心に『疵』として残り続ける。

 

「まあ、あの子を失って抜け殻になったリクオをせいぜい慰めてやればいい。ひょっとしたらワンチャン、あるかもしれないしね……」

 

 そうなった後、せいぜい互いに傷を嘗めあえと。つまらなそうに吉三郎は言い放つ。

 それが――どれだけつららという少女の心に突き刺さる言葉か、真に理解しながら。

 

 

「自分が、一番に愛されていないと思い知りながらね……」

 

 

 

 

 

 

 

 暫しの沈黙の後——

 

 

 

 

 

 

「……させないわ」

「ん~?」

 

 吉三郎の言葉によってつららという少女が打ちのめされた――かに思われた。

 だが、つららは地の底から這い上がるかのように声を振り絞り、訝しがる吉三郎に向かって叫ぶ。

 

「―—あの子を……土蜘蛛に始末なんかさせない! 私が――あの子を助け出してみせる!!」

 

 それは――決意に現れだ。

 土蜘蛛が痺れを切らす前に、家長カナという少女を救ってみせると。

 たとえ花開院家が間に合わなくても、奴良組が間に合わなくても――リクオが、間に合わなくても。

 

 たとえ未熟でも、自分だけでも。彼女のために今すぐに動いてみせると。

 

「へぇ~……」

 

 つららの雄叫びに、吉三郎は再び口元にいやらしい笑みを浮かべる。

 

「まっ、そうなるよね~。彼女に『想い出』になられても困るし、君としては絶対に阻止したいところだよね~」

 

 つららがそこまでムキになってカナの救出にこだわる理由を、吉三郎は『リクオの心を渡さないため』と解釈する。カナが死ねば、想い出と共にリクオの心は永遠に彼女のものだと。

 リクオを慕うつららの女心がそれを許さないだろうと、あくまで己のためだろと罵る。

 

「何とでも言いなさいよ……私はあの子を助けに行く。邪魔するなら――まずはアンタからよ!!」

 

 しかし、つららはもう吉三郎の言葉に聞く耳を持たない。宣言した通り、今すぐにでもカナの救出に向かうべく行動を開始していた。

 手始めに、自分に向かって耳障りな台詞を吐き続ける、眼前の『敵』を打ち倒すべく武器を突きつける。

 

「…………やけくそ? 少し、追い込み過ぎたかな……?」

 

 つららの心境の変化に意外そうに独り言を溢す吉三郎。

 だがすぐに気を取り直し、彼は奮起するつららに過酷な現実を突きつける。

 

「そうかい……けど、君ごときに何ができる? 今から第五、第四、第三の封印を一人で攻略するつもりかい?」

 

 土蜘蛛とカナがいるのは第二の封印『相剋寺』。

 奴良組である彼女がそこに向かうためには、その道中にある他の封印『清永寺』『西方願寺』『鹿金寺』と順番に進んで行く必要がある。

 

 家長カナの救出を急ぐというのなら、最悪でも、それらを全てを彼女一人で踏破しなければならない。

 

 そんなことが出来るほど、つららの実力が飛び抜けていないことは彼女自身が一番よく理解している筈。

 よしんば、相剋寺に辿り着けたとしても、そこには土蜘蛛が待ち構えている。

 奴良組総出で掛かって全く歯が立たなかったあの土蜘蛛の手から、どうやって家長カナを助け出すつもりなのか。

 

「…………」

 

 つららはその質問に答えることができなかったが、その目に一切の揺らぎはない

 何があろうと絶対に家長カナを救ってみせると、確固たる意志の下で吉三郎を見据えている。

 

「……ふん、いいだろう。そこまでの覚悟があるのなら、ボクも手を貸してやるよ」

「なんですって?」

 

 自身に鋭い視線を向けてくる小癪な雪女相手に鼻を鳴らしながら、吉三郎は意外な発言でつららを驚かせる。

 彼はその場にて、指をパチンと鳴らす。

 

「―—クワワッ!!」

 

 するとその合図に呼応し、上空から鳥の鳴き声らしきものが聞こえてくる。つららが慌てて空を見上げると、一羽の怪鳥――巨大な鳥妖怪が大空を羽ばたいていた。

 怪鳥は花開院家の庭先、つららの目の前に着陸。翼を折りたたみ、その場にて待機する。

 

「こいつはいつもボクが愛用している乗り物でね。こいつに乗って行けば封印なんて関係ない。何処へだって自由に行き来できる。……当然、土蜘蛛のいる相剋寺にだって、ねぇ?」

「!!」

 

 つららは吉三郎の言わんとすることを察する。その言葉が本当なら、少なくとも道中の封印をショートカットし、土蜘蛛のいる相剋寺——家長カナの下に真っ直ぐ向かうことが出来る。

 

「…………」

 

 当然、そんな都合の良い話など鵜呑みに出来ない。十中八九自分を罠に嵌めるつもりだろうと、つららは警戒心を露にする。

 

「嫌だな~、そんなに警戒しないでよ? 別に何も企んじゃいないさ~。だいいち、君ごときを罠に嵌めたところでボクに何のメリットがあるっていうの?」

 

 そんなつららの警戒心などお見通しだと、吉三郎は軽薄な言葉遣いで吐き捨てる。

 

「君一人が欠けたところで大勢に影響なんかないんだから~。君を陥れるくらいなら、破軍使いのあの子の方に声を掛けるよ」

「……そうね、そうなるわよね……」

 

 吉三郎の言葉につららは静かに同意する。破軍使い・花開院ゆらの力は京妖怪はおろか、羽衣狐にすら届きうる刃だ。その排除のためなら、どのような卑劣な手段も講じよう。

 しかし、つららを排することに、京妖怪に直接的な利益など存在しない。

 彼女一人を片付けるなど、歴戦の妖である彼らにとっては造作もないことなのだから。

 

「あっ! 言うまでもないと思うけど、コイツは一人乗りだ。それに……あまり考える時間もなさそうだけど、どうする?」

 

 つららに考える時間を与えず、吉三郎は彼女を急かす。一人と言わず、二人くらいならしがみついていけそうな気もするが、あえて一人乗りと念を押し、時間が差し迫っていることも伝える。

 

「―—なんだ、今の音は!?」

「―—また京妖怪か!!」

 

 怪鳥の着地音が聞こえたのか、俄かに慌ただしくなる花開院家。あと一分もすれば花開院の人間、奴良組の誰かが騒ぎを聞きつけ、この場に駆けつけてくるだろう。

 そうなれば吉三郎は逃げ出すし、怪鳥もこの場から飛び去ってしまう。

 

 家長カナへの近道、せっかくのチャンスをふいにしてしまうことになる。

 

「……いいわよ。やってやろうじゃないのっ!!」

 

 喧嘩腰に叫ぶつららは、それが罠であると疑い、自分が窮地に追いやられようとしていることを理解する。

 吉三郎が何を目的としているかは知らないが、おそらく彼なりに企みを抱いての行動だろう。

 

 それでも、全てを承知の上で――つららは怪鳥の背に飛び乗った。

 

 たった一人で、土蜘蛛の手から彼女を――家長カナを救うために。

 

「クワワッ!!」

 

 つららを背に乗せるや、怪鳥は勢いよく大空へと羽ばたいていく。

 行き先は――土蜘蛛の待ち構える相剋寺。そこに偽りはなく、真っすぐ目的地へと飛び去っていく。

 

 それは地獄への片道切符。

 一度乗り込んだら最後、戻ることはできぬ死地へと及川つららを運んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―—ふっ、ちょろいもんだね」

 

 怪鳥がつららを乗せて大空へと飛び立つ光景を見送りながら、吉三郎は一人呟く。

 

 吉三郎はつららを罵り、煽り、憤らせることで彼女をあの怪鳥に乗せることに成功した。

 全ては己の楽しみのため、奴良リクオにさらなる絶望感を与えるためである。

 

 つららを罠に嵌めるメリットはないと、吉三郎は言ったし、つらら自身もそれを認めた。

 しかし、吉三郎はよく理解している。

 及川つららもまた、奴良リクオの大事な側近。彼にとって『大切な存在』であることを。

 

 カナを失っても、つららを失っても、リクオに大きな精神的なダメージを与えることができる。

 リクオの『ファン』を公言する吉三郎は、そのことを当然のように熟知していた。

 

「さてと……あとは土蜘蛛の奴が勝手にあの女を潰してくれるだろう。今からリクオの反応が楽しみだな、ふっ」

 

 吉三郎が余計なことをせずとも、あとは土蜘蛛がつららを捻る潰すだろう。

 その勢いで、ついでにカナのことも始末してくれれば二度美味しい。

 

 そんな邪な考えを抱きながら、吉三郎は音もなく花開院家をあとにしていく。

 

 

 

×

 

 

 

 つららが単身、相剋寺へとカナ救出に向かおうとしていた頃。

 

「はぁ~……俺たちどうなっちまうんだ?」

「四百年前のようにはいかんな……」

 

 鴨川に浮かぶ宝船の甲板上から、奴良組の妖怪たちが暮れる夕日をただ漠然と眺めていた。

 この地に到着したときの勢いは何処へいったのやら。完全に戦意もやる気も失くし、彼らはただひたすらに無為に時を過ごしていた。

 

「毛倡妓は百鬼夜行を守れって言ったけどよ。こんなんじゃ……」

 

 納豆小僧が呟くように、彼らとて一度は毛倡妓に発破を掛けられ、立ち上がろうとした。奴良リクオのため、彼がいつ戻って来てもいいよう、百鬼を維持しようと努力したのだ。

 だが、毛倡妓や黒田坊たちとはぐれてしまったことで、彼らは完全に道を見失ってしまう。

 

 色々と街中を彷徨った後、結局のところこの場所へと戻ってきてしまった。

 

 鴆の指示のもと、宝船には多くの怪我人が運ばれていた。土蜘蛛の襲撃により、傷を負ってしまったその怪我人の中に彼ら――遠野からリクオについてきた妖怪たちの姿もある。

 

「……」

「……」

 

 雪女の冷麗に、経立の土彦。体中に包帯を巻かれたりと、この二人は特に重傷である。

 

「けほっ、けほっ」

 

 二人の付き添いとして、その傍らには座敷童子の紫がピッタリと付いている。彼女は非戦闘員で後ろに引っ込んでいたおかげで怪我を負わずにすんでいた。

 

「冷麗……ずっとここにいたら体に悪いよ?」

 

 紫は自分の姉貴分とも呼べる冷麗の身を気遣って声を掛ける。雪女である彼女、怪我により弱った体には暮れる夕陽の陽射しさえ、毒になりかねない。

 大人しく船内に戻ってゆっくり休むべきだと、紫は何度もそう口にしている。

 

「…………」

 

 だが、冷麗は決してここから離れようとはしなかった。目を覚ましてからというもの、ずっとその場に座り込み、ときおり顔をあげたり、耳を澄ましたり。

 外の風に当たるだけでも傷口に響くであろうに、彼女はそれでもひたすらに『何か』を待ち続ける。

 

 そして――その時は訪れた。

 

「……!!」

 

 不意に、何かに気づき冷麗が顔を上げる。

 

「冷麗?」

「どうしたの?」

 

 彼女の反応に土彦と紫が不思議そうに首を傾げる。二人は気づかなかったようだが、確かに冷麗には感じ取れた。

 

 何者かの気配を――。

 

 痛む体を引きずりながらが移動し、甲板上から外の景色——川辺を見下ろす。

 

「ん……なんだなんだ?」

「どうしたってんだ?」

 

 冷麗の行動に奴良組の面子も何事かと目を向ける。

 彼女に続くかのように、その視線の先を目で追っていき――

 

 

 

 

 

 

 

 そこで彼らは見た。

 

 

 

 

 

 

 

「―—お、おお!?」

「―—わ、わ、わ、若っ!!」

 

 宝船のすぐ側、鴨川の辺りに立っていたのは紛れもない彼らの主君——奴良リクオである。

 その隣に兄弟分である鴆を伴い、彼はここに――奴良組の元に帰ってきた。

 

 体のあちこちに包帯を巻いてはいるものの、綺麗に身支度を整えた姿で彼は戻って来た。

 

「……冷麗、土彦」

 

 開口一番、彼は重傷の冷麗たちを見つめ、心底申し訳なさそうにその名を呼ぶ。

 手練れの彼女たちがこれほどの重傷を負ったのは自分のせいだ。自分が百鬼の主として、もっとしっかりしていれば、こんな怪我を負わせることもなかったと、自らの未熟さを恥じる後悔の呟き。

 

「……気にしないで早くおゆき」

 

 そんな暗い表情のリクオに精一杯の微笑みを向け、冷麗は彼に先に進むよう言い聞かせる。

 

「私たちは大丈夫。紫がいれば不幸にはならないから」

「けほっ、リクオ……完全復活だね」

 

 咳き込む紫もリクオの帰還に笑みを浮かべる。座敷童子である彼女の畏は白蛇などと同じく『幸運を呼び込む』ことができる。

 直接的な戦闘力こそないものの、彼女が側にいてくれれば冷麗たちの怪我がこれ以上悪化することはない。

 

 リクオが安心して前に進めるよう、冷麗も紫も、土彦も力強い笑みで彼を送り出す。

 

「すまねぇ……遠野への恩は必ず返す!」

 

 そんな彼らへの謝罪と感謝を口にし、リクオは頭を下げる。

 

 牛鬼と鞍馬天狗との修行。そして富士太郎坊との最後の『仕上げ』を終えたリクオ。

 色々と思うことはあるものの、彼の足は真っ先にここへと向けられていた。

 

 自分のために戦い、傷ついた多くの仲間たち。

 彼らを見舞うため、リクオは遠回りしてでもここへ来なければならなかった。

 

「…………」

 

 仲間たちの見舞いを終えたリクオは、そのまま黙って歩き出す。その後を鴆が当然のようについていく。

 

「リ、リクオ様!!」

 

 主の帰還に感極まったように納豆小僧が叫んでいる。すると、その頭上を跳び越え――

 

「—————」

 

 妖怪・邪魅が宝船から飛び降り、リクオの後を黙ってついていく。

 奴良組の中でも新参の彼。土蜘蛛との戦いである程度負傷し、痛い目に遭った筈。

 

 それでも、リクオへの忠義を果たすべく、邪魅は文句一つ口にすることなく彼の後に続く。

 

「まっ、待ってくだせぇ! リクオ様!!」

「お、俺も!!」

「よ~し! 京妖怪、何するものぞ!!」

 

 新入りの彼に負けじと、奴良組の中でも古参の納豆小僧、手の目、小鬼が続々とリクオの後を追いかける。さらに彼らに触発され、さっきまでのお通夜ムードが嘘のように、奴良組の妖怪たちが活気づく。

 

「…………」

 

 リクオは、彼らに対し「ついてこい」とも「共に闘え」とも口にしていない。

 土蜘蛛によって一度は百鬼をバラバラにされた。そのため、彼はあえて何も言わず、たとえ誰一人ついてこないような状態でも、前に進むつもりで黙々と歩いている。

 

 

 そんな彼の背中に――奴良組は意気揚々と集っていく。

 

 

 たとえ何度バラバラにされようと、どんな強敵に打ちのめされようとも。

 大将さえ、リクオさえいれば――自分たち百鬼は不滅だと。

 何の躊躇も迷いもなく、彼らはリクオの後ろで群れをなすばかりだと。

 

 

 そう、奴良リクオ一人の帰還により、奴良組の百鬼夜行はあるべき姿を取り戻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずいぶん時間が掛かっちまったな……」

 

 リクオは自身の後方で群れとなす百鬼の気配を感じながら、前方の夕焼けに目を向ける。既に日は半分以上沈みかけ、もうすぐ夜が訪れようとしていた。

 土蜘蛛に敗れてから、およそ三日目の夜。修行で大事なことを学ぶためとはいえ、少し時間を掛け過ぎたかもしれない。

 果たして『彼女』は無事なのか。仲間たちの見舞いを終えた今のリクオにとって、それこそ一番の懸念だった。

 

「無事でいてくれ、カナちゃん……」

 

 リクオは土蜘蛛によって連れ去られた少女の名を呟き、その安否をただひたすらに祈る。

 

 

「今……助けに行くからな!!」

 

 

 大切な幼馴染を思う彼の気持ち、その瞳には一切の迷いも揺らぎもありはしなかった。 

 

 

  

 




ふぅ~……やっと、ここまで来たか……。
次回から、ようやく本作の主人公であるカナちゃんを登場させられそうです。いったい何話ぶりだろう?

つららとリクオ。果たしてどちらが先にカナの下に辿り着くのか?
どうか予想しながら、次回をお待ちください。


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