家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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今日、カラオケ行ってきたんだけど……一時間くらいなら『デジモン』シリーズの曲をずっと歌っていられることに気づいた。

ホントにバリエーションが多くていい曲が多いデジモン。それでもやっぱ最後には原点である『Butterfly』に戻ってくるというお約束。

鬼太郎が終わるのは寂しいけれど、この曲がニチアサで聞けることを期待して、残り少ない鬼太郎6期を全力で楽しみたいと思います!!

と、いうわけで続きです、どうぞ!!


第七十二幕 ぶつける本音

 微睡の中、家長カナは思い出す。

 自分が初めて彼と――奴良リクオと出会った日のことを。

 

『——ねぇ、君何してるの?』

 

 最初に声を掛けてきてくれたのはリクオの方からだった。

 幼稚園の遊び場、他の子供たちが遊具やらボール遊びで活発に遊び回る中、幼い家長カナは一人砂遊びをしていた。

 別に虐められていたからとか、一人だけ友達がいないというわけではない。そもそも幼稚園に通うようになってから、まだ三日と経っていないのだ。少し内気な子であれば、まだ決まった遊び相手がいなかったとしても、それほど不思議なことではない。

 

『お砂で……お城作ってるの』

 

 リクオに問われたカナ、特に愛想もなくそのように答える。

 この頃のカナは両親と離れて過ごす幼稚園での時間をいつも不安に思っていた。幼稚園の先生も周囲の子供たちもみんな優しかったが、この年頃の子供にとってやはり親という存在は特別だ。

 カナは特に親に甘えん坊なところもあったため、見知らぬ人ばかりの幼稚園での生活に多少窮屈な思いを抱いていた。   

 

『ふ~ん……楽しいの、それ?』

 

 そんなカナに、リクオは気まぐれに声を掛けた。

 この頃の彼は年相応にやんちゃで活発な男の子だった。いつも他の男の子と一緒になってボールをぶつけあったり、追いかけっこをして遊んだりと、園内でも特に目立つような子だった。

 そんな彼が、一人砂場で遊んでいるカナに目を止めた。きっとこれといった深い意味も、理由もなかっただろうに。

 

『うん、楽しいよ。…………君も一緒に作る?』

 

 楽しいかと聞かれ、素直に答えるカナ。彼女も彼女で、リクオに一緒に遊ぶか気まぐれに聞き返す。

 

『うん、ボクも砂遊びする!! 一緒にお城作ろう!!』  

 

 丁度ボール遊びに飽きていたリクオはその誘いを受け、カナと一緒になって砂場で遊び始める。その日は一日、お互い砂まみれになるまで砂場で延々とお城を作り続けた。

 

 それをきっかけにカナとリクオは次の日、また次の日と毎日遊ぶようになった。

 

 砂場でお城やお山を作ったり、鬼ごっこで庭中駆けまわったり、ドッチボールで激しくボールをぶつけあったり。そうやって遊んでいるうち、カナもすっかり幼稚園での生活に馴れ、リクオ以外にもたくさんの友達ができるようになった。

 

 だがそれでも、カナとリクオはいつも一緒に遊ぶようになっていた。

 そうすることが当然であるとばかりに、二人はいつも一緒に笑い合っていた。

 

『——今思えば……運命だったのかもしれないね』

 

 そのことを思い出しながら、現在のカナはそのような考えを浮かべる。

 宿命にて垣間見た前世の記憶——彼との繋がりを知った今ならば、それが運命だったと考えることも出来る。

 

 だが、その頃の自分はそんなこと当然知る由もない。

 その出会いに運命やら、必然やらを感じることもなく、彼との毎日を当たり前のように過ごしていた。

 

 あの頃の自分たちはそんな楽しい毎日が当然のように続くと思っていた。

 日々の暮らしに不安など微塵もなく、この幸せが永遠に続くと何の疑いもなく無邪気に信じていた。

 

 

 そう――いったい、あの頃の自分たちに何を想像できたいうのだろう?

 両親を失い、自分が妖怪世界の事情に巻き込まれることになるなどと。

 

 

 彼と自分との関係がこのようなものになるなどと……いったい、どうして予想することが出来ただろうか?

 

 

 

 

 

 

 

「——っ!! ゆ、夢か……」

 

 リクオとの思い出を夢の中で思い出していた家長カナ。彼女は目覚めと共に現実へと意識を引き戻す。

 現在、彼女は土蜘蛛によって囚われの身であった。リクオへの餌であるというカナに土蜘蛛は手荒な真似はせず、黙ってその場――相剋寺の中に留まらせる。

 土蜘蛛相手に逃げ出すことなどできず、また彼に負わされた傷も体に響いていたため、カナは仕方なく虜囚の身に甘んじていた。

 怪我の自然治癒の為にも何度か睡眠をとり、どうにかして土蜘蛛の隙を突けないかと機会を伺っていた彼女であったが――

 

「…………あれ?」

 

 目を覚ました瞬間にカナは気付く。

 その場にいる筈の巨体。土蜘蛛の姿がどこにも見えない。

 ここから逃げ出す一番の障害となる筈の大妖怪の姿が影も形もないことに――

 

「これって……ひょっとしてチャンスなんじゃ?」

 

 千載一遇の好機があまりにもあっさりと訪れ、思わず拍子抜けするカナ。

 彼女はこの好機を逃さまいと、未だに疼く体をどうにかして起き上がらせ、その場から逃げ出そうと試みる。しかし――

 

「って……流石にそこまで甘くはないか」

 

 目で見える範囲では確かに誰もいなかった。だが――気配は感じる。

 相剋寺のあちこちから、何かが蠢いている気配が。恐らく、土蜘蛛がこの場に残した見張りの妖怪か何かだろう。

 

「——っ!!」

 

 カナは即座に式神を起動して護身用の槍を構える。同時に『天耳』と『他心』、二つの神通力を行使した。

 

「この気配は……」

 

 そうすることで聞こえてくるのは、カサカサと寺の中を這いずり回る足音。

 そして――カナを害そうとする、敵意と悪意が入り混じるドス黒い感情の波であった。

 

『ギシャシャ!!』

 

 彼女が臨戦態勢を整えると、それらは威嚇音のような唸り声を上げて暗闇の中から姿を現す。

  

 その気配の正体は――妖怪・蜘蛛憑(くもつ)き。人間サイズの蜘蛛型の妖怪たち。

 サメやカジキなどの大型魚に寄生する、コバンザメのような妖怪で、土蜘蛛が潰し終えた獲物をおこぼれとしてエサにする卑しい奴等。そのため、常に寄生虫のように土蜘蛛の周囲に屯している。

 土蜘蛛も、それを本能で理解しているため、彼らを無理やり追い払わず小間使いのようなものとして便利に使っている。ここを僅かに離れる間にも、カナの見張りをやらせるなどの指示も出していた。

 

 だが、この蜘蛛憑き――決して知能の高い妖怪ではない。

 

 目の前にぶら下げられた『ご馳走』を前にして、いつまでも我慢できるほど辛抱強い理性など持ち合わせてはいない。とうとう痺れを切らし、土蜘蛛の留守を良いことに、彼らはついに牙を剥き出しに『ご馳走』に殺到する。

 

 家長カナというご馳走——新鮮な少女の血肉を求め、その欲望を剥き出しにしたのだ。

 

 

 

×

 

 

 

「このっ!? 離れて!!」

 

 彼らに襲われたことで、カナは当然必死に抵抗する。蜘蛛憑きたちが近づいてこぬよう、顕現させた式神の槍を振り回して相手を牽制する。

 蜘蛛憑きという妖怪自体、それほど強い妖ではない。負傷したカナの斬撃でも十分に致命傷を負わせて下がらせることができた。

 

 だが如何せん、数が多すぎる。

 

 狭い寺の中のどこにこれほどの数が潜んでいたのかというほど、カナの周囲に密集する蜘蛛憑き。その数を十、二十、三十と段々と増やしながら、カナに向かって群がっていく。

 

「くっ、この数はっ!?」

 

 流石に分が悪すぎる。ただでさえ負傷した身、蜘蛛憑きたちはカナの逃げ道を封じるように彼女の視界を埋め尽くしていく。

 それでも何とかやり過ごそうと、カナは壁を背にして蜘蛛憑きたちを迎え撃つ。

 天狗の羽団扇さえあれば、彼らをまとめて吹き飛ばすことも出来たが、生憎と先の土蜘蛛との戦いで羽団扇は使い物にならなくなってしまった。

 

「くっ!」

 

 そのことを歯噛みして悔しがるカナ。どうにかしてこの窮地を乗り越えねばと、絶え間なく襲い掛かる蜘蛛憑きたちを迎撃しながら、必死に打開策を考える。

 

 だが――それも限界を向かえ、とうとう致命的な隙を見せてしまう。 

 

「痛っ! しまっ――」

 

 完治していない傷口が開いたのか、一際大きな痛みにカナは身を強張らせる。その隙を逃さまいと、蜘蛛憑きの一匹が槍が握られている彼女の腕にしがみつき、その動きを封じる。

 

『ギシャアァァアァ!!』

 

 唯一の攻撃手段を奪われたことで一気に態勢を崩すカナに、蜘蛛憑きたちが殺到する。

 集団で彼女の髪の毛を乱暴に掴み上げ、邪魔な衣服を剥ぎ取ろうと巫女装束に齧りつく。

 

「や、やめっ――やめてっ!!」

 

 これには流石のカナも気丈さを保っていられず、声を上げる。だが鳴こうと叫ぼうと、蜘蛛憑きたちは決して勢いを緩めず、自身の欲望の赴くままカナの身を蹂躙しようと我先にと群がる。

 

 ——こ、こんなところでっ、わたしは、わたしは……まだっ!!

 

 絶体絶命の窮地。それでも、カナは自分がまだ何も成していないと、こんなところで朽ち果てる訳にはいかないと。どうにか抵抗の意思を失わず、最後まで足掻こうと試みる。

 

 

 

 すると、そんな間一髪というタイミングで――

 

 

『か、ぎぎゃ?』

 

 カナの頭に齧りつこうとした蜘蛛憑きの一匹を掴み上げる『巨大な腕』が彼女の危機を救う。

 

「つ、土蜘蛛……」

「……」

 

 いつの間に戻って来たのか、その腕の主——土蜘蛛がカナたちを見下ろすように立っていた。四本腕の彼は一本の腕で先ほど掴んだ蜘蛛憑きを握りつぶし、他の腕で徳利の蓋を開ける。どうやら、酒の補充をしてきたらしい。

 その酒を勢いよく煽り飲みながら、土蜘蛛は実に不機嫌な声音で蜘蛛憑きたちに吐き捨てる。

 

「ちょっと目ェを離すとこれだ」

 

 そして握りつぶした蜘蛛憑きを投げ捨て、他の蜘蛛憑きたちに警告するよう睨みを効かせる。

 

「勝手にさわんな。こいつは『餌』なんだからな」

『——っ!!』

 

 土蜘蛛の言葉に、所詮は彼に寄生するしかない蜘蛛憑きたちは決して逆らえず。カナの身を喰らうことを断念し、逃げるように相剋寺の奥の方へと引っ込んでいく。

 

「はぁはぁはぁ…………ありがとう、ございます」

 

 一応の危機を脱し、心身共に満身創痍ながらもカナは息を整える。彼女は自分に助け舟を出した土蜘蛛に取りあえずの礼を述べていた。

 彼に囚われてこんなところに閉じ込められる羽目になったとはいえ、助けられたことは確か。しかし、律儀に礼を言う彼女の言葉に応えることもなく、土蜘蛛はつまらなそうにカナに背を向け、どっしりとその場に腰を下ろす。

 

「まだかね。ずっと待ってんだがねぇ」

 

 土蜘蛛にとって、家長カナという少女は所詮『餌』でしかない。奴良リクオともう一度戦うため、彼をおびき寄せる為に必要な大事な餌。

 カナ個人になど大して興味もなく、土蜘蛛は奴良リクオが彼女を助けに来るのを気長に待っていた。その間、決してカナに対し乱暴な真似などせず、ときより水を与えたりなど、必要最低限の世話はしてくれている。

 

「…………来ないかも……しれませんね」

 

 そんな土蜘蛛の呟きに、カナはボソリと相槌を打つかのように答える。

 

 当初、カナは土蜘蛛に決していい印象を持っていなかった。リクオの百鬼を崩し、自分の身を攫った対象として、怒りや反感を強く抱いていた立場である。

 だが、一日二日彼と共に過ごすにつれ、そういった敵対心が徐々に薄れていく。誘拐された人質が犯人に情を抱いてしまうという症状——『ストックホルム症候群』というやつではないにせよ、ある程度カナは土蜘蛛に気を許していた。

 現状、唯一の話し相手ということもあり、彼女は己が心境を知らず知らずに溢していく。

 

 

「わたしは……嘘つきだから。リクオくん……きっと怒ってると思う……」

 

 

 家長カナは土蜘蛛の隙を伺う一方、ずっと奴良リクオについて思案を巡らせていた。

 

 あのとき、あの場所――伏目稲荷神社で、彼女はずっと隠していた正体を幼馴染の前に晒すことになってしまった。本当なら、ずっと隠すつもりでいた自身の素顔。

 

 それをリクオが知り、どのように思ったか――カナはそれがずっと気掛かりで仕方がなかった。

 

 素顔を隠していたことに、やむを得ない事情があったと理解してくれたか。

 もしかしたら――ずっと嘘を付き続けてきた自分に『裏切り者』と怒りを抱いたかもしれない。

 もしそうであった場合、リクオは自分のことなど助けに来ないだろう。

  

 それはそれで悲しいし、辛い。

 しかし、それでも構わないと思っている自分がいることをカナは自覚する。

 

 もしも彼がここに自分を助けに来なければ、土蜘蛛と戦う必要もなく、彼が危険な目に遭わずに済む。リクオを護りたいと思っているカナにとっては、リクオが傷つかないこと。それこそが最善の選択肢だ。

 

 それに……いったい、何を話せばいいというのだ?

 

 よしんば、彼が助けに来たとしてだ。カナはリクオと真正面から対面し、上手く言葉を交わせる自信がない。

 リクオはきっと知りたがるだろう、カナの抱えている事情を。

 彼女が何故、あんなお面を被っていたのか。何故、神通力など行使できたのか。

 

 家長カナという少女が――いったい何者だったのか。

 

 正体がバレた今、それを語ることはやぶさかではない。

 しかし、頭の整理も、気持ちの整理を付けられない今の状況で、それを上手く伝えられる自信が彼女には全くなかった。

「どうして黙ってた!!」「なんだよ、それはっ!?」などと、糾弾されたらどうしようと不安な気持ちも徐々に大きくなっている。

 

 そういった理由もあり、今の家長カナは『リクオの助けを待つ一方、来ないで欲しいと思う』という、少々複雑な心境に陥っていた。

 

「いいや、来るさ。アイツは来る、ぜってぇにな。くくくっ……」

 

 だが、そんな複雑なカナの心境からこぼれ落ちた呟きを土蜘蛛は否定する。

 彼はリクオがカナを助けに来ると確信しているのだろう。辛抱強く酒を煽りながら、その時が来るのを静かに待ち続けている。

 

 

 そして――ついに、そのときは訪れる。

 

 

「——ん、来たか」

「——っ!!」

 

 土蜘蛛が何者かの気配を感じとったのか、退屈そうだったその表情がほんのわずかに揺らぐ。カナもその反応に釣られるよう、妖気を感じ取るべく意識を集中させる。

 

 確かに何者かの妖気を感じ取れた。しかし――それは相剋寺の外。遥か上空の方から感じられる。

 

「あん、なんだ? 空から?」

 

 土蜘蛛が怪訝そうな表情でその方角、建物の屋根の方へと目を向ける。カナもそれに続くかのように、視線を上の方へと向ける。

 カナは反射的に天耳を発動。聴力を研ぎ澄ませ、上空に現れたその妖気の持ち主の出す『音』を拾い上げる。 

 

『クワワァッ!!』

 

 カナの耳にまず聞こえてきたのは――鳥の羽ばたき音だった。

 ワシか、ハヤブサか、あるいは鳥妖怪か。何者かが翼を広げて空を飛ぶ音に、怪鳥のような鳴き声が聞こえてくる。少なくとも、今までにカナが聞いたことのない種族の鳴き声であったが――

 

「——ちょっ、ちょっと……まさか……ここから飛び降りろってんじゃないでしょうね?」

 

 その怪鳥らしきものと共にしている――少女の声。それは、どことなく聞き覚えのある声であった。

 その少女は何かを戸惑っているらしく、声を強張らせながら誰かに何かしらの文句を口にしている。

 

「——ちょっ、ちょっと!! そんなに激しく動き回らないでよ!! お、落っこちちゃうでしょ!!」

 

 天耳から聞こえてくる情報を整理すると、どうやらその少女は大きな怪鳥の背中に乗っているようだ。その怪鳥は、背中に乗っている彼女を振り落とそうと激しく飛び回っている。

 何とかしがみついて落っこちまいとする少女だったが、その抵抗も虚しく――彼女はその身を空中へと投げ出される。

 

「——ちょっ!? お、落ちるぅうううううううう!!」

 

 耳を澄ませるまでもなく、少女は素っ頓狂な叫び声を上げながら、真っ逆さまに上空からこの相剋寺へと落下してくる。そして――

 

「——!!」

 

 相剋寺の屋根をぶち破り、ガラガラと盛大な物音を建てながら、少女はその場に着地――いや、墜落してきた。

 

「…………」

「…………」

 

 カナも、流石の土蜘蛛もそんな乱入方法を予期していなかったのか、咄嗟に反応が出来ずに沈黙する。そんな彼らを尻目に、その少女は瓦礫を押し退けながらゆっくりと立ち上がった。

 

「ああ、もう!! あの馬鹿鳥!! もっと優しく運びなさいよね、けほっ、ごほっ!」

 

 落下の衝撃で舞い上がった埃が少女の姿を隠し、シルエットのみをその場に浮かび上がらせる。

 土煙に咳き込む彼女――その吐息には『冷気』が混じっており、その場の気温を二度、三度と下がらせる。

 

「…………お、及川さん?」

 

 それにより、カナはその少女が何者なのか理解する。彼女が雪女――及川つららであることを。

 

「……い、家長さん……と、土蜘蛛!?」

 

 案の定、土煙が晴れ渡るとそこには及川つららの姿があった。

 彼女は家長カナの姿を見つけ、どこか気まずそうに言葉を詰まらせる。だが、彼女の後ろで胡坐をかいている土蜘蛛の姿を目に止めた瞬間、殺気立って身構える。

 

「土蜘蛛……アンタっ、よくもリクオ様を!!」

 

 リクオを害した京妖怪に対し、敵意を剥き出しに武器を突きつけた。

 

「なんだオメェ……奴良リクオじゃねぇのかよ」

 

 土蜘蛛の方はどこか拍子抜けしたように溜息を吐いている。ようやく来たと思った待ち人が、全くの人違いで露骨にがっかりしたであろう空気がヒシヒシと伝わってくる。

 特に身構えて相手をする必要もないと、胡坐をかいたまま酒を飲み始める。

 

「っ……まあ、いいわ。それより……」

 

 自分が相手にもされていないことを屈辱に感じたのか、つららは実に悔しそうに歯を食いしばる。しかし、すぐに気を取り直し、つららは人質——家長カナの身を危惧し、彼女に声を掛けてくる。

 

「家長さん! 無事っ!! こいつに何か変な事されてないでしょうね!?」

「えっ? ……あ、う、うん……私は……大丈夫だけど……」

 

 つららの登場シーンがあまりにインパクトがあったせいか、カナはつららの問い掛けに反射的に頷くしかできなかった。

 実際、土蜘蛛に危害は加えられていないし、寧ろつい先ほど助けてもらったくらいだ。

 だが、つららは一向に敵意を緩めることなく、土蜘蛛に向かって声高らかに叫び声を上げる。

 

 

「その子を――家長さんを返してもらうわよ!!」

 

 

 そう、それこそが自分がここに来た理由だと、宣言するかのように――。

 

 

 

×

 

 

 

 ——土蜘蛛……やっぱり凄い迫力ね……この化け物!!

 

 つららは臨戦態勢で身構えながら、眼前の京妖怪・土蜘蛛に対して心中で毒づく。

 敵は自分たち奴良組の百鬼夜行を一人で壊滅せしめた大妖怪。歴戦の強者である自分を除いた奴良組の側近や、遠野妖怪が束になって敵わなかった男だ。

 つらら一人でどうこうできる相手ではないことを、既に身をもって理解している。

 

「ぐびぐび……プハッ、プイ~~」

 

 おまけに、土蜘蛛は自分のことなど眼中にないと徳利の酒を煽いでいる。きっと奴良組の一員でしかない自分のことなど、これぽっちも覚えていないのだろう。

 

 ——このっ! 馬鹿にして!!

 

 そう叫びたい衝動に駆られるつららであったが、それを必死に堪える。実際、自分が土蜘蛛にとって取りに足らない存在であることは自覚している。今はそんなことを気にするより――

 

「家長さん!」 

 

 彼女はここに来た目的である少女――家長カナの下へと小走りで駆け寄る。

 

「お、及川さん……どうして、ここに?」

 

 つららの姿を見つめ、カナは困惑した表情ながらも彼女の下へと駆け寄る。

 二人の少女が合流する分には土蜘蛛も特に何もしてこなかった。少女たちの再会を無表情に見つめる土蜘蛛の視線を気にしながら、つららはカナの怪我の具合を確かめる。

 

「ほんとに大丈夫……って! あなた、服が乱れてるじゃない!!」

 

 つららはカナが五体満足、無事な姿であったことに安堵しかけた。だが――彼女の衣服が不自然に乱れていることに気づき、つららは目を見張る。

 

 その乱れよう……まるで無理矢理、衣服を剥ぎ取ろうとした痕跡にも見える。

 

「土蜘蛛っ!! アンタって奴は……この!!!」

 

 つららは『女』として、土蜘蛛に改めて殺意と嫌悪、軽蔑の感情を向ける。 

 人質であるカナに何か――そう、言葉にできないような、いかがわしい行為に及ぼうとした破廉恥極まる大妖怪をその視線で射殺さんと睨みつける。

 

「!! ち、違うから!! これはそんなんじゃないから!!」

 

 そんなつららの誤解を察し、慌ててカナは巫女装束を整える。そして、つららが今抱いているであろう疑念が完全な誤解であることを必死になって説明する。

 

「これは違うから!! 土蜘蛛さんには何もされてないから!! 寧ろ、間一髪のところを助けてもらったというか……と、とにかく! わたしは大丈夫だから!!」

「……ほんとに? ほんとに何もされてないのね?」

 

 カナの死に物狂いな説明に、つららは何度か念を押すように尋ね、ようやく納得する。とりあえず、あのときつららを庇ったとき以外、特にこれといって土蜘蛛に危害は加えられていないようだ。 

 そのことに、つららはホッと胸を撫で下ろす。

 

「及川さん……一人? どうして、こんなところに…………?」

 

 すると、カナは自身の安否を気遣い、こんな場所にまで一人でやってきたつららに何故と問い掛ける。先ほどの宣言を聞いていただろうに、彼女はまだ、つららがここに来た理由を今一つ理解していない様子だった。

 

「どうしてって……な、何度も言わせないでよ。わたしは……ア、アンタを助けにきたのよ!!」

 

 改めて尋ねられると恥ずかしくなってくるが、つららはちゃんと自分の意思がカナに伝わるよう本人に向かってハッキリと伝える。

 自分はここに――貴方を助けに来たのだと。

 

「えっ? わ、わたしを…………『どうして?』」

「……!!」

 

 しかし、ハッキリと伝えたにもかかわらず、カナは尚も不思議そうに首を傾げる。そんなカナの様子に、つららは思わず目を見張って相手の表情を伺う。 

  

 ——…………この子……。

 

 カナはつららの言葉に『どうして?』と、心底不思議そうな呟きを口にしていた。

 何故自分を――自分なんかを助けにと、本当に理解できていない表情をしていた。

 

 きっと、彼女は思っているだろう。自分など……『助けてもらう価値もない』人間だと。

 正体を偽っていたという負い目から、きっと自分など、見捨てられて当然だと思い込んでいるのだろう。

 

 きっと想像もしていないのだろう。つららたちが、つららが……どれほど、カナの身を心配していたのか。

 

 そんなことも察せない、自分のことに無頓着な家長カナという少女につららは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだか――無性に腹が立ってきた。

 

 

 

「——アンタっ!! いい加減にしなさいよ!!」

「えっ?」

 

 目の前に土蜘蛛がいることなど忘れ、つららはカナの胸倉に掴みかかる。カナはますます混乱し、少女たちのことを無関心に見つめていた土蜘蛛ですら酒を飲む手を休め、つららの動向に目を見張る。

 

 だが、周囲の困惑など知ったことかとばかりに、つららは自身の思いの丈をぶちまける。

 

「わたしは……ずっとアンタのことが嫌いだった!! 人間のアンタが!! リクオ様に馴れ馴れしくしてるアンタが……ずっとずっと嫌いだった!!」

「えっ……? え、え?」

 

 助けに来ておいてそんなことを宣うつららに、カナはショックを受ける以上に困惑する。何故、今そんな話をするのだと。しかし、そんなカナの混乱を置き去りにつららは叫び続ける。

 

「幼馴染とか何とか言ってるけど、所詮は人間だって内心馬鹿にしてた!! わたしの方がリクオ様のお側に長く仕えてるんだって、己惚れてた!! リクオ様のこと、何も知らないくせにって、ずっとずっと……アンタのこと、心の奥底で見下してた!!」

 

 そうだ、あの性悪妖怪・吉三郎に言われたことは何一つ間違っていない。

 

 自分はこの子のことを快く思っていなかった。いつだって敵意満々、冗談とはいえ勢いに任せて凍らせてやろうかと思ったのも一度や二度ではない。

 

 この京都に着いた時もそうだった。清十字団と別行動をとっているというカナを積極的に捜そうとせず、つららはリクオと合流することを優先させた。

 リクオやゆらがカナの身を心配し、封印攻略そっちのけで彼女を捜しに行こうとしたときも不満を抱いた。

 

 いっそ――京妖怪にでも襲われてしまえばいいと。

 そんな、ドス黒い感情に支配されそうになった瞬間だって、きっとあった筈だ。

 

 

 

 だが、それでも――

 

 

 

「でも、助けるしかないじゃない!! 全部知っちゃったんだから!!」

「―—!!」

 

 つららがそのように声を荒げた瞬間、カナの肩がビクンと震える。そんなカナの『怯え』の感情を察し、つららは少し声のトーンを落として続ける。

 

「聞いたわよ。あの土御門って奴から……アンタの身に起こったこと、全部……」

「そう、か……。全部…………知られちゃったんだね……」

 

 つららの言葉に、カナは全てを察したのだろう。ずっと隠していた事実が明るみになったことを――。

 彼女の呟きには罪悪感や虚脱感、寂しさや肩の荷が下りた僅かな安堵感のようなものが入り混じる、複雑な胸中が吐露されていた。

 

「そ、そうよ……全部聞いたわ。アンタの過去を……その……なんていうか…………」

 

 カナの感情、それら全てをつららは正しく理解することなどできず、言葉を濁す。

 つららは妖怪。カナは人間。

 これまで歩んできた道筋も全くの別物。本当の意味で互いが互いを理解し合えるほど、彼女たちの絆はそう深いものでもない。

 

 けれども、つららは言わずにはいられなかった。

 自分の今の感情を、カナに対する気持ちを。

 

 かつてカナに抱いていた『敵対心』。それを含め、つららは真正面から挑むかのように、カナに自らの意思をぶつける。

 

「と、とにかく……アンタがただの人間じゃないってことはわかったわ!! リクオ様のために、今までずっと一人で頑張ってくれたことも、わたしは知ったから。だから――」

 

 

 

 

「——だから……もう一人で全部抱え込むのは止めなさいよね!! アンタはもう――何があっても一人じゃないんだから!!」

 

 

 

 

「………………っ!」

 

 つららの言葉に、カナの中で張り詰めていた『何か』が崩れ落ちたのだろう。

 

 

 

 その瞳から――大粒の涙がこぼれ落ちる。

 

 

 

「も、もおお~……しっかりしなさいよね! 調子狂うじゃない……」

 

 声もなく泣き崩れるカナに、困ったような表情を浮かべつつも。つららは優しく――カナの体をギュッと抱きしめる。

 

 彼女が泣き止むまで、ただ静かに抱きしめ続けた。

 

 

 

 

 

「——さっ、これ以上の話は後よ! こんなところ、さっさと逃げ出して――」

 

 カナの涙が引っ込む頃合いを見計らい、つららはカナの身を引っ張り、相剋寺の出口へと誘導しようとする。

 これ以上、こんな場所に留まっている必要はないと。当初の目的通り、カナを安全な場所まで連れて行こうと試みる。

 

「——待ちな」

 

 しかし、その行動に対し、それまで黙っていた土蜘蛛がドスの効いた声音で待ったを掛ける。

 

「勝手なことすんじゃねぇぞ。そいつは餌なんだ。ついでだ……おめぇもここで大人しく奴良リクオのやつを待ってろ」

 

 カナとつららの会話を律儀に待っていた彼でも、流石にそれは看過できないと。つららたちを逃さまいと睨みを効かせる。

 

「!! ふ、ふん! 止められるもんなら、止めてみなさいよね!!」

 

 土蜘蛛のプレッシャーに、つららは完全な強がりで言葉を返す。眼前の大妖怪相手に自分の力などほとんど意味をなさないことなど承知している。 

 それでも、カナをここから助け出さなければ、リクオがここに来てしまうだろう。

 リクオの側近として、彼の身を守らなければならない彼女にとって、それは絶対に避けなければならない。

 

 ——せめて……この子だけでも……。

 

 つららはそんなことを無我夢中で考えながら、カナの手を握る。

 リクオにとって、家長カナという少女は人間との『架け橋』。決して失う訳にはいかない大切な少女だ。

 

 きっと自分などよりも、この先必要となってくる。

 

『——君ってば、奴良組の側近な中でも一番の雑魚だし!!』

 

 吉三郎の言葉が『しこり』として残っている今のつららは、そのような考えに陥っていた。

 だが――

  

「——及川さん、大丈夫だよ」

 

 つららの手を握り返しながら、カナは優しい笑みを浮かべる。

 既に涙を全て拭い去り、彼女は気丈な言葉でつららに語りかける。

 

「二人でここから逃げよう? わたしたちは……もう一人じゃないんだから!!」

「——っ!!」

 

 そう、先ほどつらら自身が言ったことだ。自分たちは一人ではないと。

 

 つららは妖怪。カナは人間。

 これまで歩んできた道筋も全くの別物。本当の意味で互いが互いを理解し合えるほど、彼女たちの絆はそう深いものでもない。

 

 だが一つだけ、確かに共通しているものがある。

  

「リクオくんの為にも……二人でここから無事にっ!!」

 

 二人の共通点。一人の少年を護りたいと思う心——奴良リクオの力になりたいと願う使命感。

 それだけは他の誰にも負けないと、確かに胸を張って言えることなのだから。

 

「けど……どうやって?」

 

 カナの言葉につららは一旦冷静さを取り戻すも、具体的にどうすべきかイメージが全く湧いてこないことに不安を募らせる。 

 いったいどうやって、誰の犠牲も出さず、土蜘蛛の魔の手から逃げ出そうというのか。

 

「わたしに…………考えがある」

 

 つららの不安に答えを示すように、カナは静かに口を開く。

 

 土蜘蛛に聞かれぬよう声を潜ませ、つららの耳に自身の思いついた『策』を口にする。

 

 

 

 

「力を貸して及川さん。今から——わたしが土蜘蛛の隙をつくって見せるから……」

 

 

 

   




補足説明
 蜘蛛憑き
  土蜘蛛の配下? 原作ではつららにイケないことをしようとした不埒者ども。皆が期待?していたので、今作でもカナちゃんにイケないことをさせようと襲わせました。土蜘蛛のおかげで未遂に終わったけど、そのせいで誤解したつららが土蜘蛛を……。


 というわけで、次回は『土蜘蛛VSつらら&カナ』です。
 無謀な挑戦のように思えますが、どうにか形になるよう落とし込んでいきたい。
 
 ちなみに次話ですが、かなり丁寧に作り込みたいので、それなりに時間を掛けた執筆になります。何故なら土蜘蛛との戦いの後に……とても大事な場面が控えているから。

 下手に分けたくないので、文字数も多くなると思いますがご了承下さい。
 では、また次回に。
 
 

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