家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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……嫌なニュースばかりが耳に聞こえる。
何かと不安なこともありますが、この危機をなんとか乗り切っていきたいと思います。

さて、更新が予定より少し遅れましたが理由が二つほどあります。
一つは体調が少し良くなかったこと。
もう一つは……とあるゲームに久々に熱中していたことです。その名も『十三機兵防衛圏』。

またも『ヴァニラウェア』がやらかした……!!
長い時間を掛けただけあって、これまたとんでもない名作である。

まだクリアはしていませんが、結末がまったく予想できない。
果たしてどんなエンディングが待っているのか……。
PS4を持っている人に是非ともおススメしたい作品ですので、この機会にご紹介しておきます!



第七十四幕 全部預けろ、雪の下紅梅

 ——…………。

 

 ——…………。

 

 ——……よかった。

 

 ——よかったですね……リクオ様、家長さん……。

 

 奴良リクオと家長カナ。二人が笑顔で再会するその光景に心からの祝福を述べる及川つらら。

 

 自分たちとは違い、余計なことを一切聞かずにただ謝罪と感謝を口にしたリクオ。

 彼の言葉にそれまで気丈に振る舞っていたカナが嬉し涙に泣き崩れている。

 互いに見つめ合う姿は、はたから見ているだけで二人の絆の強さが感じられる。

 

 リクオがどれだけ幼馴染みのカナを大切にしているか。カナが今日までにどれだけの苦難を乗り越え、今ここに立っているかを知ればこそ、その光景に喜びを感じられずにはいられない。

 

 しかしその一方で——つららは二人の間に立ち入れない、疎外感や嫉妬に似た感情を抱いていた。

 

 ——ああ……やっぱりわたしって……嫌な女なんだ……。

 

 それを自覚すればするほど、自分という女の浅ましさが露骨に浮き彫りになる。素直に喜ぶだけでいいのに、それだけで終わることができない感情が自身の中で渦巻いている。

 

 ——……わたしみたいな女、リクオ様のもとにいるべきじゃないんだわ……。

 

 ついそんなことまで考えてしまうつらら。彼女の脳裏に追い討ちをかけるように——あの男の言葉が思い出される。

 

『——君ってば、奴良組の側近の中でも一番の雑魚だし!』

『——君がいる必要性は……特にないんだよね~』

『——結局のところ、母親のコネがあるからなんじゃないの?』

 

 吉三郎と名乗ったあの性悪妖怪。あの男が放った数々の暴言。それを否定したいが故に、彼女は単独で家長カナを助けようと相剋寺までやって来た。

 カナを助けてやりたいという思いも当然あったが、それ以上に自分でもリクオの役に立てると証明したかったところが大きい。

 

 ——でも、きっと私一人じゃ何もできなかったわ。

 

 しかし、実際に土蜘蛛と相対したことで、より一層自分にできることなどたかが知れているのだと思い知らされる。土蜘蛛の油断をつき、一矢報いることこそできたものの、その策も家長カナが思いついたものだ。

 つららはカナの作戦通りに動いたに過ぎない。

 

 ——……私じゃなくても……きっと…。

 

 助けに来たのが自分でなくても、カナは突破口を開いていたかもしれない。寧ろ、最後までやり遂げていたかもしれない。

 結局、つららはカナを土蜘蛛の元から逃すことができず、リクオの手を煩わせてしまった。 

 

 ——………うん、そうよね。きっと……。

 

 自分でなくてもよかった。その事実がつららに静かにあることを決意させる。

 

 今も互いに再会の喜びを分かち合っている、この二人の絆を二度と引き裂いてはいけない。

 リクオにはカナが、カナにはリクオが必要なのだ。

 

 彼らを守るためにこそ、自分は全力を尽くすべきなのだと。

 

 

 

×

 

 

 

「——待ってたぜ、奴良リクオ」

「……土蜘蛛」

 

 カナとリクオの再開。それがどのような思いで紡がれているものであろうとも敵である京妖怪・土蜘蛛には関係のないものである。彼は適度な時間的余裕を二人に与えつつも、もういいかとリクオに向かって声を掛ける。

 リクオも刀を抜いて土蜘蛛と向かい合う態勢に入る。確かにここは戦地だ。いつまでも再開の喜びに浸っているわけにはいかない。

 

「カナちゃん、つらら。少し下がっててくれ」

「あ、う、うん……」

 

 リクオは側にいるカナとつららに下がるように告げる。先の戦いで疲弊しているということもあり、カナは大人しくその言葉に従うつもりで一歩下がる。

 しかし、つららはそれとは逆にリクオとカナの一歩前に躍り出た。

 

「及川さん!?」

 

 自分と一緒で疲労しているであろう彼女が前に出たことでカナが驚きを露わにする。だが、つららは決して引き下がろうとはしない。

 

「リクオ様……家長さんと一緒に……下がっていてください」

 

 声を震わせながら、一人で土蜘蛛に立ち向かおうと武器を構える。

 

「なんだぁ? 先にテメェが相手してくれんのかよ……まあ、俺はそれでも構わねぇけど」

 

 そんなつらら相手に土蜘蛛は一向に戦意を緩めない。先ほど一泡ふかされたこともあり、土蜘蛛の中でつららやカナの存在は既に敵として認められている。彼の心に慢心はない。

 実際に一対一で戦えば勝敗など火を見るより明らかではあるが、それでも土蜘蛛は容赦しないし、つららも決して引き下がらない。

 

「……お二人はわたしが守ります。だから……」

「な、何を言ってるの、及川さん!?」

 

 無謀とも言えるつららの発言にカナは困惑する。先ほどは確かに力を合わせて土蜘蛛に一矢報いたというのに、急に一人でどうしてしまったのだろうと不安そうな表情でつららを見やる。

 

「……家長さん。リクオ様のこと……お願いね」

 

 そんなカナに、つららはまるでリクオのことを託すかのように声を掛ける。

 実際、今のつららは捨て身の覚悟。悪い言い方をすれば自暴自棄になっていたかもしれない。

 

 ——そうよ。わたしがいなくても……家長さんさえ無事なら……きっと……。

 

 二人の立ち入れぬ絆を見せつけられ、あの『男』からも散々に罵られ、突きつけられた事実。

 

 

『——自分が、一番に愛されていないと思い知りながらね』

 

 

 そう、自分は決して——リクオの一番にはなれない。

 彼の隣を歩くのは——きっと自分ではないと。

 

 ——そうよ。だからこそ、わたしはここで!!

 

 だからこそ、つららは決意するしかなかった。

 リクオと『彼女』を守るためにこそ、全力を尽くすべきなのだと。

 もう二度と、二人の仲が引き裂かれぬよう——

 

 

 そのためにこそ、今ここで自身の命を使い潰すことになったとしても——。

 

 

 

「つらら……」

 

 そんな半ばやけっぱちのつららへと、リクオは声を掛ける。

 リクオは、決して自分のことを足手まといなどと正直に口にはしないだろう。だが、そんな主の優しさに甘え、現実から目を背けていてはダメだ。

 

「リクオ様……お願いします。この場は、私が……」

 

 このままではあのときの二の舞になりかねない。伏目稲荷神社で土蜘蛛に強襲を受けたときのよう、リクオを守れずに終わってしまう。

 

 ——いやよ……それだけは絶対に嫌!!

 

 今も目を閉じれば浮かんでくる。土蜘蛛に倒され、ズタボロの姿で地に伏せる彼の傷ついた姿が。

 その光景を思い出し、つららは何度絶望したものか。

 

 もうあんな思いはしたくないし、リクオにもさせたくない。

 

 たとえ彼に下がっていろと命令されても、つららは一歩も退く気はない。

 リクオとカナを守るために己の全てを捧げる、そのつもりだった。

 

 しかし——そんなつららに向かって、リクオは意外なことを口にする。

 

「つらら……。お前はもう、守らなくていい」

「…………えっ!?」

 

 一瞬、何を言われたか理解できず硬直するつららだったが、彼女なりにその言葉の意味を吟味し、さらに顔色を悪くする。

 もう守らなくていい——つまり、自分にはリクオを守ることすら許されないのかと、彼の盾になることもできない己の未熟さに絶望しかける。

 だがそうではないということが、続くリクオの言葉で悟らされる。

 

「けど、そのかわりお前の『思い』と『力』。俺に貸してくれねぇか?」

「!!」

 

 力を貸してくれ。リクオからそう言われたことでつららの心に温かいものが戻ってくる。こんな未熟な自分でも彼の力になれるのだろうかと、未だ疑問を持ちながらリクオと向かい合う。

 

「百鬼夜行の主は……お前たちの『思い』を背負って強くなってゆく。俺が……これからそうなっていってみせる!」

 

 彼は、過去の己の弱さ——土蜘蛛に敗北した事実を踏まえ、その上で今度はそのような無様を晒さないと。

 つららに今一度、力を貸してくれと頼み込んでくれた。

 

「り、リクオ様……わ、わかりました……でも、わたしはどうしたら?」

 

 彼が力を貸してくれというのであれば、勿論つららはそうするつもりだ。しかし、己の弱さを自覚しているつららには、どうすれば彼の力になれるのか見当もつかない。

 カナが土蜘蛛に立ち向かったときのように、何か具体的な策でもあるのかと、リクオに今一度尋ねる。

 

 そんなつららに、奴良リクオは実に堂々と言い放った。

 

 

 

「だから……お前のその心も体も——全部俺に預けろ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………へっ!?」

 

 

 

 彼の言葉に思わず間の抜けた言葉がつららの口から漏れ出す。

 しかし、顔を真っ赤に困惑するつららに構わず、リクオは恥ずかしげもなく言葉を紡いでいく。

 

「いくぜ、つらら。魅せろ、お前の畏を!」

 

 彼女ならきっとそうしてくれると確信するように自信満々に告げるリクオだが、つららの困惑は止まらない。

 

「え……? 若? 心……か、体!?」

 

 心はともかく、体という単語にちょっとアレな妄想をしてしまう。

 

 ——ちょ、何を言ってるんですか! そんな……家長さんの見ている前で!?

 

 思わずカナの方を振り返る。つららの聞き間違いというわけでないようで、見れば家長カナもリクオの発言に顔を真っ赤に二人から気まずげに目を逸らしている。

 

 ——ち、違うのよ、家長さん!? そういうんじゃないのよ!!

 

 心の中でカナに言い訳するつららだが、リクオはつららやカナが羞恥に顔染めているのも気づいていないのか。

 さらにつららに顔を寄せ、いっそ清々しいほどに真面目な顔で——

 

 

「俺のために畏を解き放て、つらら!!」

 

 

 自分に全てを曝け出せと、そう要求してくる。

 

「え……あ……」

 

 息づかいを感じるほどに顔を寄せてくるリクオに、つららはまともな言語能力を維持できない。

 しどろもどろに言い淀む彼女だが——最終的な答えは既に決まっている。

 

「は、はい!!」

 

 つららは赤面しながらも、迷いない返事でリクオの望みに答える。

 そう、リクオが望むのなら——彼女はいつだって全てを捧げる覚悟でいる。

 

 未来永劫、お側でお仕えすると盃を交わして誓ったのだ。

 

 リクオの言い方にかなりの戸惑いを感じはしたものの、全てを預けるという行為そのものに抵抗感など全くなかった。

 

 だからこそなのか——。

 ぶっつけ本番でありながらも、つららの畏は何の障害もなく——リクオへと流れ込んでいく。

 

 ——え?

 

 初めて体験する感覚だった。自分の体が、まるで溶け込むようにリクオの身へと流れ込んでいく。

 リクオの全身を包み込むかのように、つららの畏が広がっていく。

 

「お、及川さん?」

 

 その光景が幻でないことを、すぐ側で見ていたカナの戸惑いが証明する。

 驚く彼女たちとは正反対に、それが当然であるかのように、リクオは土蜘蛛に豪語する。

 

「いくぜ、土蜘蛛!! 魅せてやる! これがお前に届く刃だ!!」

「ほおおおおお! おもしれえじゃねぇか! 向けて来い、その刃!!」

 

 リクオが自信満々に構える『刃』。その刃の切れ味を確かめてやるとばかりに、土蜘蛛は真正面から拳を突き出す。激突する土蜘蛛の拳と、つららの畏を纏ったリクオの刀。

 

 優ったのは——リクオの刃だった。

 

 リクオの刃が土蜘蛛の拳を切りつけた、その瞬間——そこからリクオとつららの折り重なった『畏』が土蜘蛛の腕を凍てつかせる。

 

「——あん?」

 

 自分の腕が凍りつく感覚を直に感じとる土蜘蛛。

 唖然となる彼がその異変を頭で理解するよりも先に、凍った腕は脆くも粉々に砕け散っていった。

 

 

 これこそ、奴良リクオが牛鬼との修行で得た新たな力——『鬼纏(まとい)』。

 過去にリクオの父である、奴良鯉伴が生み出した『半妖』にのみ行使できる御業である。

 半妖の人の部分に、配下である妖怪の畏を纏わせることでその特性を技として繰り出す。鴆ならば『毒』。雪女ならば『氷』と、それぞれの特性ごとの力を発揮することができる。

 

 勿論、言うほど簡単なことではない。

 人である部分に他者の畏を纏わせるなど、無防備に背中を晒すも同然のこと。畏を預ける側にしても、自身の全てともいえる畏を託すなど、生半可な覚悟でできることではない。

 

 守ってやるだの、かわりに戦うなどと。そんな『一人で背負う』などという、自己犠牲の精神では絶対に成り立たない。

 互いに信じ合い、背中を預けられるほどの信頼関係があってこそ、この業は初めて成立する。

 

 百鬼の主として、つららを信じたリクオ。

 配下として、彼に全てを託すと誓ったつらら。

 二人の信頼は重なり合うことで何倍もの力を発揮し、氷の奥義『雪の下紅梅』として放たれ——見事、土蜘蛛に真正面から打ち勝ったのだ。

 カナとつららが土蜘蛛の油断を突いて一矢報いた『策』も大したものではあるが、正面から土蜘蛛に打ち勝ったリクオとつららの『絆』はさらに凄まじいものだった。

 

「す、すごい……」

 

 その見事な戦果に、カナはただただ感動したように唖然と口にする。

 鬼纏を放ったことで大量の妖気を消耗したのか、つららはぐったりと疲れた様子でふらついている。

 

「り、リクオ様……今の、なんですか?」

 

 説明もなしで畏を預けたためか、当事者であるつららも何が起きたか理解できずに困惑していた。

 

 だが、彼女はすぐに気付く。

 

 リクオの背中——先ほどの土蜘蛛との衝突により、少しはだけ素肌が僅かに露出している。

 その背中に——雪の紋様のようなものが、しっかり刻まれていることに。

 

「り、リクオ様! 何ですかその背中!? そんなのありましたっけ!?」

 

 つららの記憶にある限りで、リクオの背中にそんなものはなかった筈である。疑問を抱くつららの問いかけにリクオは堂々と答える。

 

「ああ、これは百鬼を率いる者が、百鬼と共に戦った証だ」

「共に戦った証……?」

 

 既に「そんな資格など自分にないのではと?」自身の力に疑いを持っていたつららに彼の言葉は深く響く。

 背中に刻まれたその証は雪模様——雪女である自分が、リクオと共に戦ったという証明である。

 つまり——

 

「リクオ様……それってもしかして……」

 

 未だに自信の持てないつららは、おっかなびっくりとリクオに尋ねる。

 

「あの、わたし……お役に立ったということですか? わたし、足手まといになってない、ですか?」

 

 

『——どうして君みたいな弱い妖怪がリクオくんの側に……』

 

 

 今も呪詛のように思い出される吉三郎の言葉。

 だが、そんな愚者の戯言など切り捨てるように、つららの主である少年はキッパリと断言する。

 

「——あったりめえだろ。また俺の背中について来い、つらら!!」

「は、はい!!」

 

 彼の言葉につららは涙ぐみながらも笑顔を浮かべた。

 こんな自分でも彼の役に立てるという事実。それがたまらなく嬉しくて。

 

 既に彼女の心に、弱い自分がなんて後ろめたさは微塵もない。

 吉三郎の言葉を自らの力で払拭し、つららはリクオの背中に、隣に立つ資格を示した。

  

 

 きっとこの先も彼と共に戦って見せると。そんな『未来』を彼女は己の手で掴み取ってみせたのだ。

 

 

 

 

 

 

「り、リクオ様。やってくれた!」

「土蜘蛛の腕が消失した!?」

「か、勝てる……勝てるぞ!!」

 

 リクオが鬼纏で土蜘蛛の腕を一本破壊してみせたことで、周囲の百鬼たちが色めき立つ。先の戦いによる苦い記憶を持つ者も多い中、この戦果は追い風だ。

 あの化け物に、土蜘蛛に勝てるとここぞとばかりに殺気立つ妖怪たち。

 リクオの後に続こうと、土蜘蛛を取り囲むように包囲網を構築していく。

 だが——

 

「……」

 

 腕が一本奪われたにもかかわらず、土蜘蛛は全く焦る様子を見せない。

 愛用の煙管を取り出し、一服吸いながら——

 

 彼は歓喜を隠しきれぬ声音で静かに呟いていた。

 

 

「——やっと……見つけた」

 

 

 

×

 

 

 

「——何や、これ……これ、全部奴良くんがやったんか!?」

 

 リクオが土蜘蛛と交戦していた頃。百鬼を率いて進軍していったリクオたちの後を追うかのように、陰陽師・花開院ゆらが彼らが戦ったと思われるその痕跡を辿っていた。

 彼女が今いる場所は、第四の封印・西方願寺である。

 ゆらはその場所で現在、封印の後始末に追われている。彼女の側には式神である十三代目秀元が佇んでおり、彼は周囲の状況を見回しながら驚いたように呟いていた。

 

「ほんま……たいしたもんやな。まさか……こんな短い間に封印の妖どもを潰して回るやなんて」

 

 いかに高名な彼でもこればかりは予測できなかった。まさかこんな短期間で復帰し、こんなにもあっさりと第五、第四、第三の封印を崩し、そのまま第二の封印のある相剋寺に乗り込んでいくなどと。

 破竹の勢いに乗る奴良組の快進撃に、流石と称賛の言葉を贈るしかない。

 

「けど、少し暴れ方が雑やで……後片付けするこっちの身にもなって欲しいな。なあ、ゆらちゃん?」

「せや! まったくしょうがないで、奴良くんめ!!」

 

 だが、褒めてばかりはいられない。何故なら彼らは一番大事なこと『封印を再度施す』という作業を完璧に忘れているからだ。

 敵を倒すだけ倒し、先に進むことだけを考えた戦い方。これでは京妖怪たちに『またこの陣地を奪ってくれ』と言っているようなものだ。

 

 ぶっちゃけた話——奴良組だけでも封印を破ることはできる。その場所に陣取る守護者たる妖を倒せば、とりあえず先に進むことはできる。

 

 しかし、封印を再度施して妖気の流れを食い止めねば、再び京妖怪は封印の地に陣取ろうと押し寄せてくる。

 

 京妖怪たちをこの京都から退けるためにも、陰陽師である自分たちの協力は必要不可欠。だというのに、彼らはそれを忘れたかのように、じゃんじゃん先に進んでいってしまう。

 

「まったく、奴良組の連中も、春明のやつも先に進んでしもうたし、ほんま……損な役回りやで!」

 

 ゆらはこの場にいない面子に向かって愚痴を溢す。

 

 奴良組の面々はこのリクオの快進撃に「よもや!?」と血相を変えて先に進んでしまったし、春明にいたってはいつの間にか姿を消して行方知れず。

 そのせいで、自分たち花開院の負担が色々と増えてしまった。再封印は勿論なこと、妖怪たちの残党処理や建物の封鎖など、やるべき仕事が山積みだ。

 竜二や魔魅流などはその作業に追われ、未だに第五の封印・清永寺で足止めをくらっている。

 

「まったく! 縁の下の力持ち……って言えば聞こえはいいかもしれんけど、これじゃ体のいい使い走りやで! めっちゃ腹立つわ!!」

 

 秀元以外、誰もいないことをいいことに盛大に不平不満を吐き出すゆら。奴良リクオの独断先行に相当苦労させられているのか、一切オブラートに包まない、容赦のない言いようである。

 だが——

 

「ふっ、そんなこと言うて……内心嬉しいんやろ、あの子が戻ってきて?」

「えっ!?」

「口元……にやけてるで」

 

 そう、秀元が指摘したように、なんだかんだ言いつつゆらの口元には絶えず微笑みが浮かんでいる。リクオが戻ってきたかもしれない、そのニュースを耳にしたときからずっとそうだ。

 彼女も奴良組の配下たち同様、彼の復帰に嬉しさを隠しきれずにいる。

 

「ち、違う! 違うで、秀元! べ、別に奴良くんが戻ってきて嬉しいとか、そんなんちゃうからな!!」

 

 そんな自分の本心を誤魔化そうと、必死になって弁明するゆら。彼女は未だに妖怪に対して表向き、一歩引いた態度を貫いているようだが、はたから見ている秀元からすればバレバレである。

 

 彼女がリクオの帰還を喜んでいることが。

 妖怪である彼を——友として信頼していることが。

 

「まあ、ええやないか。仲がいいことは結構なことやで?」

「だ、だから違うんやて……ああ、もう!!」

 

 見栄っ張りで素直になれないゆらを秀元は適度にからかう。式神のいじりに反論しながらも、ゆらは手を休めず、この地で必要な作業をこなしていった。

 

 

 

「——けど、これで希望が見えてきたで、秀元! これならっ!!」

 

 ひと通りの作業を終わらせ、ゆらは改めて秀元に向き直り、現状について声を明るくする。

 

 正直なところ、それまでのゆらはどこか不安の方が大きかった。

 同盟相手の奴良組が土蜘蛛によってバラバラにされ、花開院本家を襲撃され祖父を殺され、友達である家長カナも連れ去られた上、彼女の悲惨な過去を知ってしまった。

 戦力も乏しい上、心情的にも暗くなる一方。そんな中、届いてきた奴良リクオの活躍劇にゆらは気持ちを前向きに傾ける。

 この勢いなら、このまま羽衣狐討伐までこぎつけることができると、秀元に明るく声を掛ける。

 

「いや……まだや。まだ楽観視するには早いで、ゆらちゃん」

「秀元?」

 

 しかし、神妙な面持ちと共に呟かれた彼の言葉に、ゆらは緊張感を高めざるを得なかった。

 どちらかといえば、自身が楽観的な発言などをし、常に飄々とした態度で場の空気を和ませることを得意とする秀元。そんな彼が一切のジョークを交えず、安心するのはまだ早いと忠告を口にしたのだ。

 いつになく真面目な雰囲気の秀元に、ゆらも襟を正す気持ちで背筋を伸ばす。

 秀元はリクオたち、彼らが現在も戦っているであろう、相剋寺の方角に目を向けながら、一切ふざけた様子もなく呟いていた。

 

「ぬらちゃんの孫……今頃は相剋寺で土蜘蛛とぶつかってる頃やろうけど——奴を甘く見たらあかんで」

 

 

 

「土蜘蛛は文字どおり『格』が違うんやから——」

 

 

 

×

 

 

 

 実際、秀元が懸念した通りだった。

 

「ヒェ、ヒェェエエエ」

「し、静かになったぞ」

「も、もうダメだ……」

 

 数分前まで調子づいていた奴良組の勢いが完全に失速する。あれほど「土蜘蛛に勝てる!」と息巻いていた百鬼たちが相剋寺の外へと逃げ出し、林の中で縮こまって身を隠す。

 いったい、この数分の間に何が起こったのか。それは——相剋寺の惨状が全てを物語っていた。

 

 屋根も壁も、全て無残に破壊された跡地。数分前までは確かにあった相剋寺という建物が——完膚なきまでに破壊されている。言うまでもなく、全て土蜘蛛の仕業である。土蜘蛛が——本気になって大暴れした結果である。

 

 そう、それまで土蜘蛛は『本気』ではなかった。

 

 カナとつららに一杯食わされたときは勿論のこと、最初の襲撃で奴良組の百鬼夜行を壊滅させたときでさえ、彼は本気ではなかった。

 

 土蜘蛛という妖怪は、それまでほとんど全力で戦う機会に恵まれてこなかった。強大な妖である彼の前では、どのような相手であれ本気を出すまでもなく叩き壊されてしまう。

 妖たちが派手に暴れ回ったとされる源平の世も、戦国の世でさえ、彼にとっては退屈な日々でしかない。

 その退屈を癒すために、彼は鵺・安倍晴明の誕生を望んでいたわけだが——。

 

「——やっと、俺と戦える奴が見つかった」

 

 その復活を待つまでもなく、自分と真っ向から戦える強者・奴良リクオの存在に彼は歓喜した。鬼纏によって自分の腕を粉々に砕いたリクオを相手に彼は惜しみなく全力を発揮する。

 

「——んははは! 楽しいな!! オイィ!!」

「——ほらよぉ~! しゃがんでる場合じゃねぇわな!!」

「——ヨォォオオォォォオオオ!!」

 

 全力の土蜘蛛の攻撃はさらに激しさを増す。しゃがみ込む姿勢から立ち上がり、周囲の物をやたら滅多らに叩き壊して暴れ回る

 

「くっ!」

 

 激しすぎるそれらの攻撃は、リクオの鏡花水月でもかわしきれない。

 

「リクオ様!?」

「リクオくん!?」

 

 つららやカナたちが彼の援護に入ろうとするも、それを阻むかのように土蜘蛛は口から糸を吐き、リクオから逃げ場を奪う『プロレスのリング』のような地形を作りあげた。

 そこで土蜘蛛とリクオは真っ向からぶつかり合い、その畏に再びリクオの百鬼夜行が——呑まれた。

 

 土蜘蛛に畏を抱き、逃げ惑う百鬼たちの敵前逃亡。これこそ土蜘蛛の畏『百鬼夜行破壊』の恐ろしさ。

 

 敵大将を徹底敵に叩きのめす『土蜘蛛』という妖怪の本懐である。その力を前に、またしてもリクオが血の海に沈む——かに思われた。

 

「はぁはぁ……」

 

 だが、奴良リクオは立っていた。

 土蜘蛛の巨体から繰り出されるぶちかましにも、張り手の練撃にも耐え、彼は五体満足でその場に立っていた。これも修行の成果によるものだろう、確実に以前よりも強くはなっている。

 しかし——

 

「俺の畏に呑まれて、お前の百鬼夜行は散り散りになっちまった。お前はもう一人ぼっちだぜ?」

 

 土蜘蛛が指摘するように、リクオは今一人で立っている。

 満身創痍な今のリクオについてくる百鬼が、果たしてどれだけいるものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「——リクオ」

 

 

 

 

 

 

 

 いた。

 

 少なくとも数人。彼の名を呼び、駆けつける者が。

 

 リクオの義兄弟・鴆。

 彼の側近・及川つらら。

 そして——リクオの幼馴染み・家長カナ。

 

 少なくとも三人。彼の百鬼夜行として、リクオの危機に駆けつけてきた。

 

「……言っただろ、土蜘蛛」

 

 そんな彼らを背に、奴良リクオは堂々と言い放つ。

 

 

「——俺を壊さねぇと、百鬼夜行は壊せねぇ!!」

 

 

 自分を倒さない限り、百鬼は決して崩せないと。

 しかし——

 

「はっ! たった四人で百鬼夜行ヅラかい?」

 

 リクオを含めてたったの四人。文字どおり『百』には遠く及ばない戦力を前に、土蜘蛛は余裕の笑みを絶やさない。その程度の人数で何ができると、やはり挑発的な笑みを崩さない。

 

 

 

「——いいや、七人だ」

「!!」

 

 

 

 だが、リクオたちの戦力もこれで終わりではない。

 絶望的な戦力差を覆すべく、さらなる救援が駆けつける。

 

「リクオ、お前が望むのなら——遠野はお前の力になる」

 

 遠野から奴良リクオについてきた、遠野妖怪たち。鎌鼬のイタクに天邪鬼の淡島、沼河童の雨造。

 負傷して戦えない、冷麗や土彦の分まで——。

 

 

 

 リクオの力となるべく、その場に集い始めていた。

 

 

 




補足説明
 鬼纏 
  半妖の御業。リクオが配下の妖怪たちと協力することで成せる奥義。
  こればかりは、人間であるカナにはできない。妖怪ヒロインつららの特権。
  この業でカナとつららのバトルヒロインとしての差別化をはかっていきたい。

 リクオのはだける着物 
  ふと思ったことですが……リクオの着物ってしょっちゅうはだけてない?
  牛鬼との修行でボロボロになった着物を新調して、すぐ土蜘蛛との戦いでまたボロボロに……。
  お前は劇場版の孫悟空か! 彼もいつも上半身がはだけてましたから……つい思ってしまった。


 次回予告タイトル(仮)『背中越しの絆、襲色紫音の鎌』。
 次回は一時戦線を離脱するつららに、カナが…………。

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