家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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ゲゲゲの鬼太郎最新話『妖怪大同盟』の感想。

またやりやがったな……ここのスタッフは!!
ラスト三話の一話目、去年の猫娘消失を越える絶望からのスタート。
きっと復活すると信じていても、この始まりは精神的にくるものがある。

残り二話……最後どうなるかまったく想像できん。
せめてどうか……希望のある終わり方でお願いします。


なんとか書き上がったので投稿しました。
季節柄なのか、暗いニュースばかりのせいか、なかなか執筆が捗らない。
気分転換しようにも、外にも出歩きにくい状況。せめてこの小説を読んで、気が紛れる人が少しでもいてくれたら幸いです。



第七十五幕 背中越しの絆、襲色紫苑の鎌

 遠野が土蜘蛛との戦いで奴良リクオの危機に駆けつける、その一日ほど前。

 

「…………」

 

 山の中腹から京都の街並みを見つめながら、鎌鼬のイタクはその場にて待機していた。

 仲間である冷麗や土彦は土蜘蛛に瀕死の重傷を負わされた。比較的軽傷であった自分も、土蜘蛛にズタボロにされたことで遠野妖怪の誇りを深く傷つけられた。

 今すぐにでも、単独でも土蜘蛛を殺しにいきたい衝動に駆られるイタクだが、それを押しとどめてまで、彼はひたすら『何』かを待ち続けている。

 

「……なあ、イタク。俺たち、まだこうして待ってなきゃいけねえのかよ?」

 

 殺気がダダ漏れのイタクに、同郷の淡島が声を掛ける。

 彼らが立つ場所には未だに妖気が渦巻いており、天邪鬼の淡島は現在女性の姿をしている。しかし、色っぽさなど微塵も感じられぬ、剣呑な雰囲気でイタクの隣に立つ。

 

「いつまで、リクオのやつを待つつもりなんだ?」

 

 彼らが待っているのは奴良リクオの帰還である。

 彼が再び立ち上がり、戦線に復帰することを彼らは律儀に待ち続けている。

 

「……あと一日だ。あと一日して来なかったら……俺たちで土蜘蛛を殺す!!」

「そうか」

 

 イタクの意見に不平不満を口にすることなく、淡島は彼の指示に従う。

 遠野からリクオについてきた面子の中で、イタクは淡島や雨造より頭ひとつ分ほど飛ぶ抜けて強い。強さを一つの信頼基準と考える遠野妖怪たち。イタクが待つと言うのであれば、黙ってその指示に従う。だが——

 

「にしても……イタクが待つって言いだすのは意外だったぜ」

 

 淡島はイタクが『待つ』という判断をしたことに少し戸惑った表情をしていた。

 

「いや、俺らは別に構わねぇよ? 俺も雨造もリクオのことが好きだから……それくらい、待ってやれるけど」

 

 既にリクオに好感を抱いている淡島は、臆面もなく彼への信頼を口にする。

 雨造も冷麗も土彦も紫も同じだ。彼らはリクオのことが気に入ったからこそ、京都の遠征までついてきたのだ。リクオの力になってやりたいという気持ちが強くある。

 

 しかし、イタクは少し違う。

 

 彼はリクオのことを完全には認めておらず、ことあるごとに背中を取り「常に畏をとくな」「危なっかしいんだよ、お前は」と彼の未熟を指摘してきた。

 弱い大将についていかないと堂々と公言もしている。土蜘蛛に負けた原因の一端でもある、弱い百鬼の主人であるリクオを見限り、早々に痺れを切らし、恨みを晴らすために独断で京妖怪に喧嘩を売るくらいのことはすると思っていた。

 

 だが、イタクは今もリクオの復帰を大人しく待っている。淡島にはそれが意外なことに思えた。

 

 ——……そうだ。何故、俺は大人しく待ってやってるんだ?

 ——あんな弱っちいやつに、何を期待しているんだ、俺は?

 

 イタク自身も驚いている。何故自分はリクオを待っているのだろう?

 あんな弱いやつに、自分は何を期待しているのだろうと、誰よりも彼自身がその理由を理解できないでいた。

 

 イタクにとっても強さは絶対の価値基準。いかに土蜘蛛が強大な妖とはいえ、あれほど無様に大敗を喫したリクオにこれ以上自分がついていってやる理由もないというのに。

 

 ——……あと一日、あと一日だけだ……。

 

 リクオのことを否定的に自問しながらも、やはりイタクは待つことを選択する。

 まるで、リクオが戻ってくるのを願うような気持ちで。

 

 

 そして——彼は戻ってきた。

 

 

 ——ようやくか……待たせやがって!

 

 心中でそのようなことをぼやきながらも、イタクの心は昂っていた。

 もう一度リクオと共に戦える。その事実に知らず知らずのうちに戦意を高揚させ、急ぎ仲間たちと共に彼の元へと駆けつける。

 既に土蜘蛛との戦いは始まっており、またも百鬼をバラバラにされ、危機に瀕しているリクオたち。

 

 ——何をやってやがる! やっぱり、俺たちがいねぇとまだ駄目だな!

 

 その光景に再びリクオの未熟さに不満を抱きながらも、イタクはリクオに向かって言い放つ。

 

「——リクオをお前が望むのなら……」

 

 そう、自分たち遠野は——いや『俺』は……。

 

 

 お前の力になってやると。

 

 

 

×

 

 

 

「イタク……ふっ、どーこ行ってやがったんだよ。逃げ出して遠野に帰ったのかと思ったぜ!」

 

 自分たちの加勢に現れたイタクたちに向かって、奴良リクオは口元に笑みを浮かべながらそのような憎まれ口を叩く。その表情から、本心ではそんなこと微塵も思っていなかったことが窺える。

 彼らなら、遠野なら自分の危機に必ず駆けつけてくると、心底信じて疑わぬ眼差しを彼らへと向ける。

 

「バッキャロ~リクオォ!! こういうときは遠野を出たときみてぇ~に正直に言えよな! 力を貸せってよ!!」

 

 そんな、リクオの微笑みに応えるように淡島が軽口を叩く。強がりなど言ってないで、素直に自分たちを頼れ。

 素直に自分たちの力が必要だろうと、リクオに力を貸す気満々で快活な笑い声をあげる。

 

 今は女となっている淡島のそんな笑顔に場の空気が一瞬朗らかになるも、ここはまだ戦場だ。

 

「七人、これで……全部かい?」

 

 土蜘蛛が再び襲い掛かってきたことで、緩んだ空気が一瞬で緊迫した状況へと押し戻される。

 

「ごちゃごちゃやってんな!!」

 

 加勢に現れた遠野たちへと、土蜘蛛の振りかぶる拳が迫る。

 

「みんな、下がってな!!」

 

 その土蜘蛛の攻撃を押し止めるべく、雨造が自らの畏——沼河童忍法『泥沼地獄』を発動する。

 奴良組の河童とは異なり、雨造は沼を用いた技を得意とする。泥沼地獄は特に雨造の技の中でも、相手の動きを封じることに優れている。泥水で作られた渦の中に入ったら最後、底無し沼のように抜け出すことは困難。

 その沼の中に土蜘蛛の拳を絡みつかせ、その動きを封じようと試みる雨造、だったが——

 

「ふん!!」

 

 そんな小細工を真っ正面から粉砕するからこその土蜘蛛だ。泥沼地獄はあっさりとブチ破り、土蜘蛛の拳が雨造に直撃する。

 

「! おおお、ほほほ、土蜘蛛~……さすが、雨造妖怪番付横綱だじぇ~」

 

 雨造はその一撃を亀のように甲羅の中に隠れることで耐え凌ぐ。ダメージを殺しきることができず頭から血を流しているが、この程度でやられてたまるかと、彼は自らの戦意を高めるべく「ケケケ!」と笑う。

 

「こりゃあ、倒すの時間かかるぞぉ~」

「いくぞ、雨造!」

 

 雨造を援護すべく、淡島も土蜘蛛に斬りかかる。

 彼らとて伊達に遠野の里で技を磨いてきたわけではない。二人がかりで土蜘蛛を押しとどめ、なんとかその場を凌いでいく。

 

「リクオ」

「…………」

 

 戦いを一時仲間たちに預け、イタクがリクオの元へと駆け寄っていく。彼は殺気だった様子を隠すこともなく、リクオへと告げる。

 

「俺たちも土蜘蛛に恨みがある」

 

 リクオが百鬼をバラバラにされ、親しい少女を連れ去られたように、イタクたちにも土蜘蛛を敵視する確固たる理由がある。

 冷麗と土彦の二人、仲間を殺されかけ、自分たち遠野妖怪の誇りも傷つけられた。その恨みを晴らすためなら、たとえリクオ抜きでも彼らは土蜘蛛に喧嘩を売っていただろう。

 

「お前が望まねぇなら、俺たち遠野が土蜘蛛を倒す!」

 

 リクオの百鬼に入らずとも、自分たちだけで土蜘蛛を殺すために。

 だが、そんなイタクの言葉にリクオは反論する。

 

「……バラバラに戦っても、土蜘蛛は倒せねぇぞ」

 

 

 

 

 ——さっきのアレ……まだ感覚が残ってる。

 

 リクオとイタクが問答を繰り広げる横でつららは先ほどの感覚、リクオに畏を預ける『鬼纏』の感覚を思い出す。リクオの中に自分の畏が流れ込んでいく感覚。全力で畏を解き放つが故に、つららにかかる負担も並大抵のものではない。

 

 ——でも、私はリクオ様の百鬼夜行、リクオ様のお役に立てる!

 

 しかし現状、土蜘蛛に通じる技はこれしかない。

 今の土蜘蛛にカナとつららが二人がかりで行ったような奇襲は通じない。あの怪物を倒すには、もう一度鬼纏を用い、真っ向から切り伏せるしかない。

 そのために自分の力が求められるのであれば、つららは何度でもリクオのために自らの畏を解放するだろう。

 

「り、リクオ様! あの、もう一度、鬼纏を……お願いします!」

「及川さん、大丈夫なの?」

 

 側で見ていたカナがつららに心配そうな眼差しを向けてくる。

 鬼纏を放った後のヘロヘロな状態のつららを見ていたからだろう。人間である彼女の目から見ても、鬼纏が相当な負担を強いる業だと理解できている。

 しかし、躊躇などしていられない。

 

「何、まとい……?」

「なんだそれ?」

 

 聞きなれぬ単語に一時土蜘蛛への攻撃の手を緩め、淡島と雨造の二人が振り返る。

 

「あの土蜘蛛の腕を破壊した『業』だ」

 

 彼らの問い掛けにリクオの義兄弟である鴆が答えると、遠野は驚いたように声を荒げる。

 

「はぁ!? マジかよ!? あれリクオがやったの?」

「そんな技もってんならさっさとやれよ、バカ!!」

 

 土蜘蛛との戦いにラチがあかないと音を上げそうになっていた淡島や雨造。あのタフな土蜘蛛の腕を奪ったリクオの技とやらに一筋の光明を抱き、再び使用するよう要求してくる。

 だが、そう簡単にできる業ではないと、鴆は鬼纏の使用条件を語る。

 

「自分の畏を解放してリクオに預けるんだ。信頼関係が無けりゃ無理だが、成功すりゃ何倍もの力が得られる」

 

 ——……私が、リクオ様を信頼することが力……。

 

 そう、鴆の言う通り。リクオに畏を預けるには、それ相応の信頼関係が必要だ。

 それこそ、彼に全てを委ねると誓った自分くらいの——。

 

 ——私が……やるしかないんだわ!

 

 だからこそ、つららは疲労でぶっ倒れるのも構わず、もう一度リクオと畏を重ねるべく覚悟を決める。

 この局面を打開できるのは、自分とリクオの二人だけなのだからと。

 

 少なくとも、この時点でつららはそのように考えていた。しかし——

 

 

「——よし! じゃあ、俺がやってやるよ!! 俺、リクオ好きだから大丈夫だな」

 

 

「…………!? へぇ?」

 

 淡島の「リクオが好きだ宣言」に、思わず間の抜け出す声がつららの口から漏れ出す。まさかのライバル出現に呆気に取られている中、淡島は恥ずかしげもなく声高らかに叫ぶ。

 

「おめぇが修行で得た業だろ? どんなのか見せてくれよ。リクオ——俺を纏え!!」

「ブァっ……!?」

 

 先ほどの好きという発言といい、偏った聞きようによっては告白とも取れる淡島の言葉につららは激しく動揺する。

 ちなみに、つららは淡島が性別の変化する妖怪で、本来の性格が男寄りであることを知らないでいる。性別の変化するタイミングを見かけはしたが、リクオやカナのことで頭が一杯だったため、正直それどころではなかった。

 だからこそ、淡島の存在を『リクオへ好意を寄せる女子』と認識し、慌ててその間に割って入る

 

「む、無理ですよ!! 鬼纏は私とリクオ様だけができる業で……」

 

 そう、自分とリクオだけの必殺技。

 こんな、昨日今日知り合ったようなポッと出の娘には無理だと、つららは強く主張しようとした。

 だが、そんなつららの言葉が聞こえた様子もなく、鬼纏の解説をした鴆が既に口を開いていた。

 

「大丈夫か、リクオ。鬼纏は何度も出せんのか? 俺はキツかったぜ?」

「……え、ええ!?」

 

 なんと、つららだけではない。鬼纏は他の者でもできると、鴆自身が先に証明してしまっている。

 初体験は——自分ではなかったのだ。

 

 ——そ、そんな!? わ、私だけじゃないの!? 

 ——既に、鴆様とも、お、畏を重ね合わせたって言うんですか、リクオ様!?

 

 鴆に先を越されたことの悔しさ。自分以外でも鬼纏ができるという事実。

 そうとも知らず、自分とリクオだけが特別などと、勝手に勘違いしてしまったことに、つららは恥ずかしさから身悶えする。

 

「……及川さん?」

 

 表情をコロコロ変えるつららに、先ほどとは別の意味でカナが心配そうな目を向けてくるが、それすら視界に入ってこない。

 つららはただただ恥ずかしく、いたたまれない気持ちで立ち尽くす。

 

「つらら!! やるぞ!!」

 

 すると、そんなつららのテンパった心中に気づいた様子もなく、リクオが彼女に「鬼纏をやるぞ!」と声を掛けてきた。

 淡島との鬼纏は断念したようだが、それは単に『淡島の畏を纏ったときにどのような業になるか分からない』という不安からでしかない。

 心情的なことを言えば、リクオも淡島も互いに畏を重ね合わせることに抵抗はなかったりする。

 淡島がそこまでリクオのことを信頼しているからなのか。それとも、つららが思っている以上に鬼纏を行うのに必要となる信頼関係がそこまで深いものでないのか。

 どちらかはわからないが、つららの心は激しく取り乱される。

 

「お前の畏を——魅せてくれ!!」

 

 リクオが今一度、つららに畏を自分に預けてくれるように頼む。

 それに対するつららの答えは——

 

「…………お、お断りします」

「「…………」」

 

 明確な拒絶である。まさか断わられると思っていなかったのか、一同はシーンと静まり返る。

 

「はっ、ごめんなさい! けど……今は無理ですぅう!!」

 

 自分が馬鹿なことを言っているのは自覚している。しかし、こんな動揺した心持ちでリクオと畏を合わせるなど、つららには出来なかった。

 彼女は皆の視線に耐えられず、その場にとどまる気まずさから逃走。

 

 リクオの百鬼を一時離脱することを選択したのだった。

 

 

 

 

「お、及川さん!?」

 

 脱兎の如く戦場を離脱していくつららに、カナもまた唖然としている。つららのことだから土蜘蛛に恐れをなして逃げ出したというわけではないだろうが、さすがに心配になってくる。

 

「ご、ごめん! リクオくん……私も、ちょっと!」

 

 土蜘蛛戦で苦楽を共にしたということもあり、つららのことがどうしても気になってしまう。リクオに断りを入れつつ、及川つららの後を追いかけるべく、家長カナも戦線から一時離れていく。

 

「あ、ああ……頼む……」

 

 二人の信頼すべき少女の離脱にさすがに唖然となるリクオだが、とりあえずつららのことをカナに任せ、目の前の敵・土蜘蛛へと意識を向け直す。

 

「——レラ・マキリ!」

 

 リクオが振り返ると、鎌鼬のイタクが己の秘儀・妖怪忍法『レラ・マキリ』で土蜘蛛の顔面を切り裂いていた。

 リクオたちが鬼纏をやるか、やらないかのいざこざをしている間、彼一人で戦線を維持していたのだ。かすり傷程度ではあるものの、単独で土蜘蛛にダメージを与える彼の実力に、リクオの口からは素直にイタクを褒め称える賞賛が飛び出す。

 

「……イタクは、やっぱすげぇなあ」

「あん?」

 

 こんな状況でありながらも、自身を褒めるリクオの言葉に怪訝な表情のイタク。

 リクオはイタクに対し正直に、どこまでも真っ直ぐに自身の思いを言葉にして紡ぐ。

 

「イタク、お前が欲しい」

 

 土蜘蛛を倒すためにどこまでも貪欲に、リクオはイタクの力を欲する。

 

「てめぇの畏、俺に鬼纏わしちゃくんねぇか?」

「……リクオ、どんな業か知らねぇが……俺は誰の風下にも立たねぇよ」

 

 しかし、イタクの返事はそっけない。

 盃も交わさない。たとえ雇い主であろうとも、誰かに屈するつもりはないという、遠野妖怪としての尊厳が彼の言葉の熱量から伝わって来る。

 

「第一、お前に畏を託すなんて、危なっかしくてできるかよ!!」

 

 自身の畏を他者に預けるなど、きっと考えたこともないのだろう。イタクはそんな不確かな業に頼らずとも土蜘蛛を倒してみせると、もう一撃レラ・マキリをお見舞いすべく鎌を振りかぶる。

 

 

 だが、そんなイタクの背後をとり——奴良リクオは彼の首筋に祢々切丸の刃を突きつける。

 

 

「……! リクオ、なんのつもりだ」

 

 土蜘蛛に意識を割いていたため、さすがに反応できなかったイタク。いや、そもそもな話、こんな状況でまさかリクオがこんなことを仕出かすなど、微塵も思っていなかった。

 しかし、リクオは悪びれた様子もなく、イタクへ意地悪い笑みを浮かべてみせる。

 

「オレもちっとは、やるようになったろ?」

「!!」

 

 イタクがリクオに対していつも言っていたことだ。「常に畏をとくな」と——。

 

 修行中など、特にイタクは隙あらばリクオの背後を取ってくる。その趣向返しだとばかりに、リクオはイタクに示したのだ。

 自分が、いつまでも未熟者ではないという事実を——。

 

「俺の刃になれ、イタク」

 

 刀を下げながら、リクオは再度イタクに告げる。

 土蜘蛛の巨体が迫りくる中、挑むかのように視線を、意思をイタクへと真っ直ぐ突きつけた。

 

 

「俺が、そう望んでいる」

 

 

 リクオの有無を言わさぬその口調に——

 

 

「——フン、しくじったら殺す」

 

 

 物騒な言葉を吐きつつ、イタクは自らの畏をリクオへと託していた。

 

 

 

×

 

 

 

「はぁはぁ……!」

「及川さん! ちょっと、待ってよ!」

 

 戦線を離脱し、リクオの元から離れていくつららを、ひたすら追いかけるカナ。

 彼女たちは土蜘蛛の作った蜘蛛の糸のリングを飛び越え、土蜘蛛にびびって遠巻きにリクオたちの戦いを見ていた百鬼たちがいた場所よりも、さらに後方へ。

 その辺りまで来たところで、ようやくつららは息を切らしてその場にて蹲る。

 

「……え、ええと、及川さん。いったい、どうし——」

 

 つららの元へと追いついたカナは彼女の行動の意味を問いつつ、その身を心配する。

 

「黙って、ちょっと黙ってて! お願いだから、気持ちの整理をさせて!」

 

 気遣いの言葉を投げかけるカナに、つららは未だにパニック状態になっているのか。羞恥に顔を真っ赤に染め、膝を抱えて恥ずかしそうに叫んでいた。

 

 ——ああ!! 私ったら、またやっちゃった!!

 ——なんだって、いつもこうなのよ! 私ってば!!

 

 走っている間に多少は頭が冷えたつららだったが、冷静になった分、自身の行動が意味不明すぎて自己嫌悪に陥る。

 リクオも、他のみんなも必死に戦っている最中だというのに、子供のように深く考えもせず、こんなところまで逃げ出してしまったことに罪悪感を抱いてしまう。

 

 ——でも、しょうがないじゃない……。

 

 だが、つららにだって言い分はある。

 彼女は、純粋に嬉しかった。足手まといだと思っていた自分がリクオの役に立てた。奴良組の側近の中でも一番実績もなく、弱っちい筈の自分が彼と鬼纏を使えたことが何よりも嬉しかったのだ。

 あの業を使えたという事実は自分がリクオを信頼し、またリクオからも信頼されている何よりの証である。

 自分など必要ないのではと思っていた直後なだけに、嬉しさの反動は凄まじく、つららはそれだけで自分が『リクオの特別』になれたような気がした。

 

 ——って、そんなわけないわよね。リクオ様は、みんなから慕われてるんだから……。

 

 しかし、そうではなかった。

 リクオは自分一人を特別扱いしているわけではない。彼は仲間をみんなを大事にする大将であり、誰からも慕われる深い器を持つ人物だ。

 きっと、自分も大切にされている仲間たち、そのうちの一人に過ぎない。

 

 初めから分かりきっていることだ。それなのに勝手に特別だと思い込み、そうじゃなかったことに勝手にショックを受けている。

 

 ——ほっんと、私ってば。めんどくさい女だな、はぁ~……。

 

 改めて、自分という女のめんどくささにつららは深々とため息を吐く。

 

「……及川さん」

 

 そんな落ち込みつららに、カナはどのように声を掛けるべきか迷っている様子であった。だが、すぐに口元に微笑みを浮かべながら、カナは俯くつららの側まで寄り添う。

 

「さっきの凄かったね! 鬼纏……て言ってたっけ?」

「え? ええ……そうだけど」

 

 元気づけようとしてのことだろう。先ほどのつららの活躍をカナは話題にするが、その反応はイマイチ薄いものであった。

 つららは自分以外ともリクオが鬼纏を放てると知った今、鬼纏そのものにそこまで特別なものを感じることができずにいる。

 しかし、カナはつららを称賛しながら——僅かに寂しさを交えて呟く。

 

「ほんとに、やっぱり凄いよ、及川さんは。……人間の私じゃ、どうやってもあんなこと……出来ないから」

「あっ……!」

 

 その発言の意味。カナの心情を読み取り、つららは口元を押さえる。

 

 そうだ、自分は鬼纏を使えるだけ恵まれている方だ。カナは鬼纏を——使うことすらできないのだから。

 

 きっと、リクオとカナほどの絆があれば間違いなく発動条件は満たしているだろう。だが、カナは人間だ。人間である彼女では鬼纏の性質上、どうやっても畏を預けることができない。

 自分がリクオに信頼されているという証を、確かな形として証明することができない。

 

「私は……人間であることを後悔したことはないけど。けど……ちょっとだけ、羨ましかったよ」

 

 そのことに一抹の寂しさを抱いているのだろう。暗い表情で落ち込むように呟くカナだったが——

 

「——何よ。そんなこと……気にするようなことじゃないわよ」

「えっ?」

 

 そんな弱気なカナの態度に、自然とつららの口から言葉が出ていた。

 

「鬼纏は強力な業よ。けど……そんなもの使わなくたって、アンタならリクオ様の力になれてる。もっと……自信を持ちなさいよ」

 

 確かに、鬼纏は使えることはリクオとの絆の深さを証明する手立てかもしれない。戦力としても大きな力となるだろう。

 しかし、わざわざそんなことをせずとも、カナはリクオの力になれている。

 半妖であるリクオにとって、人間である彼女の存在がどれだけ支えになっているかを、つららは知っている。

 

「私だって……ときどきアンタのことが羨ましくなる。人間のアンタにしか……できないこともあるから」

 

 つららだって、妖怪である自分を後悔したことはない。でも、学校でリクオがカナや清十字団のみんなと一緒にいる光景を見ていると、ときどき考えてしまう。

 自分が人間だったら、あの輪の中に何の『疎外感』もなく、混じれるのかなと。

 

 そう、護衛のために身分を偽って浮世絵中学に通っている身とはいえ、所詮つららは妖怪だ。

 

 学校にいる間、彼女はいつだって違和感というものを感じれずにはいられない。

 ここは、自分のいる場所ではないと。

 リクオにとって心休まる学校での日常。それはリクオにとっては癒しになるかもしれないが、つららにとってはそうではない。

 いつもいつも、正体がバレないように、リクオに迷惑が掛からないようにと。彼女は学校での日々を緊張感と共に過ごしている。

 

「ほんと……羨ましいわよ。リクオ様と……同じ時間を過ごせるアンタが……」

 

 それにつららとて、四六時中リクオの護衛として側にいられるわけではない。

 彼が成長し、もしも高校、大学へと進路を進むようになれば、今のように身分を偽り生徒として学校に潜入するのも難しくなる。

 

 リクオと同じ時間——青春をつららは一緒に過ごすことができない。

 

 妖怪として、いつまでも彼の成長を見守ることはできても、共に成長できないというのは——それはそれで寂しいものだ。

 

「及川さん……そっか。及川さんでも、そんなことを考えたりするんだね……」

 

 つららのボソリとこぼれ落ちた本音を聞けたことが嬉しかったのか。カナは少し嬉しそうに微笑みを浮かべる。

 

「そうだよね。及川さんは妖怪で、私は人間なんだから。きっと……抱えてる悩みも違うんだ」

 

 妖怪として鬼纏を使えるつららを羨む——家長カナ。

 人間として同じ青春を過ごせるカナを羨む——及川つらら。

 

 種族や立場、苦悩の形こそ違えど、互いが互いのことを羨ましがる気持ちは同じだ。

 けれど——

 

「けど……だからこそ。違うからこそ、私たちはお互いにそれぞれリクオくんの力になれる。そう考えると悪くないかもね。人間と妖怪っていう、種族の違いってやつもさ!」

 

 人間だから、妖怪だから。種族の壁に悲観することもあるかもしれない。

 けど、その違いが明確に分かれているからこそ、『半妖』であるリクオの支えになれると、カナは気づいたことを口にする。

 

「……ふ、そうかもしれないわね」

 

 つららもそれに同意し、口元に微笑を浮かべる。

 やっと笑顔を取り戻したつららに、カナはそっと手を差し出す。

 

「ほら、戻ろう? リクオくんは、今もきっと……私たちのことを心配してる筈だから」

「……ふん! アンタに言われなくても、そんなこと分かってるわよ!!」

 

 憎まれ口を叩きつつも、つららはカナの手を取った。

 顔を上げ、前を向き、二人の少女は互いに顔を見合わせ、その顔には確かな笑顔が浮かべられている。

 

 人間と妖怪という違いが、明確に浮き彫りになっている二人の少女。

 けれども、互いに守りたいと思っている人が同じである以上、種族の差異などもはやどうでもいいことだと。

 

 二人はリクオの元へ戻るため、彼の力となるべく。

 共に手を携え、急ぎ駆け出していた。

 

 

 

×

 

 

 

 ——リクオの野郎……バカか。

 

 土蜘蛛に対抗すべく、鬼纏でイタクの畏を身に纏うことになったリクオ。だが、畏を預ける側のイタクは無防備な背中を遠慮なく晒すリクオに呆れていた。

 

 ——何を無防備に背中を見せてやがる。畏をとくなってあれほど……。

 

 イタクは傭兵として、常に『常在戦場』を心掛けている。いついかなるときであれ、常に畏を維持し、特に自分の背後を誰にも預けないことを心情としている。

 これは仲間として信頼する淡島たちのような遠野妖怪相手であろうと、例外ではない。彼らと肩を並べて戦うことはあっても、絶対に自分の背中を任せたりはしない。

 自分の背中は自分で守る。それがイタクの傭兵としてのプライドである。

 おそらく、この先もその心情を曲げることはないだろう。たとえどれだけ信頼できる相手が見つかったとしてもだ。だが——。

 

 ——だがリクオは、俺を背負ってやがる。

 ——……まったく、面倒をかけやがる。

 

 あっさりと己の背中を他者へと託すリクオに呆れつつも、イタクはそこに居心地の良さを感じていた。

 自分には、そんな無防備な背中を誰かに託すなんてことはできない。だが、託された背中を守るというのは——案外悪くない。

 

 今のリクオを守れるのは、きっと自分だけだ。

 背中越しに感じる信頼に、応えることができるのも。

 

 ——だけどな、リクオ……遠野は傭兵集団だ!

 

 だが、どれだけ言葉や態度で信頼を示そうと、自分は誇り高き妖怪忍者・遠野妖怪である。

 遠野の中には弱い大将の百鬼夜行について行き、痛い目にあったものたちがたくさんいる。実際、イタクたちもリクオの未熟さに足を引っ張られた。

 傭兵として、強くなければ誰であろうと認めない。そんな思いがイタクの根底に根付いている。

 

 ——だから、この一太刀で証明して見せろ! お前の……強さを!!

 

 だからこそ、イタクはリクオに己の畏を託し、その力で土蜘蛛を打ち破ることを望む。

 自分たち遠野がリクオを信頼に値すると、確かに信じられる『強さ』をここに示して見せろと——。

 

 

 

 

「……リクオが!!」

「イタクの、畏を背負った!?」

「あれが……鬼纏ってやつか!?」

 

 リクオとイタクが畏を重ね合わせる姿に、その光景を外側から見ていた鴆と雨造、淡島が声を上げる。淡島と雨造は初めて目の当たりにする鬼纏という業に。鴆はイタクの畏を纏ったリクオの姿に驚いていた。

 

 鎌鼬の畏を纏ったリクオは、その手に巨大な大鎌を握り締めている。

 

 鴆のときは毒、雪女のつららのときは氷だった。

 やはり託される妖怪の畏の性質によって、業の形状は変わるらしい。

 

「——必ず斬る」

 

 リクオは大鎌を構え土蜘蛛を斬ると、真っ向から迎え撃つ姿勢で宣言する。

 

「——こっちもいくぜ、真剣勝負だ」

 

 相対する土蜘蛛も、決して後退はない。

 つららとの鬼纏で腕を一本奪われている痛みの記憶など、まるでないとばかりに、微塵も恐れを抱いた様子もない。腰を低く構え、はっけよーいの姿勢で身構える。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 睨み合う両者に周囲のものたちも固唾を呑んで見守る。だが、そんな沈黙も一瞬だった。

 

「うぉおおおお!!」

 

 雄叫びを上げながら突っ込んでくる土蜘蛛。張り手の一撃がリクオたちに襲い掛かる。

 

「ふっ!!」

 

 だがその一撃を躱し、リクオは跳び上がった。

 そして、落下する勢いを利用し、土蜘蛛の頭部めがけて大鎌を振りかぶる。

 

 これこそ——『襲色紫苑(かさねいろしおん)の鎌』。

 土蜘蛛を両断すべく繰り出される『力』という名の、リクオとイタクの信頼の証である。

 

 刃を確かに振り下ろされた。しかし——

 

 

「————————」

 

 

 土蜘蛛は、その場に平然と立ち尽くす。

 見た目に変化はなく、その体に一切のかすり傷なし。

 

「はぁはぁ……まさか」

「きいて、ねぇのかよ……」

 

 勢いよく振り下ろし過ぎたせいか、着地に失敗し転げ回るリクオとイタク。

 鬼纏特有の疲労感で息を切らせながら、自分たちの刃が届かなかったのかと、その表情を曇らせる。

 

 

 だが——。

 

 

「フハッ、そうよ」

 

 土蜘蛛はよろめきながら、近くにあった己の糸で作ったリングを強く握りしめる。

 まるで——崩れ落ちる自身の巨体を支えるかのように。

 

「それだよ、避けたりしちゃー、勿体ねぇ!」

 

 そう、リクオとイタクの刃は届かなかったわけではない。

 そのあまりの斬れ味に、土蜘蛛の体が——斬られたと認識することができなかっただけだ。

 

「滅多に味わえねぇからなぁ……こういう、うめえもんはよ!!」

 

 ようやく認識が現実に追いつき、バトルマニアである土蜘蛛はその痛みを歓喜と共に迎え入れる。

 自分を真っ向から斬り捨てる、強者の存在に彼は喜びを抱かずにはいられない。

 

 

「——う、うがわぁああああああああ!!」

 

 

 たとえその痛みが、真っ二つに裂かれたことによる、特大な一撃によるものであろうとも。

 

「や、やった……」

「つ、土蜘蛛が真っ二つだ!!」

 

 遠巻きにしていた百鬼たちが歓声を上げる。真っ二つに裂かれた土蜘蛛の傷口からは、血飛沫と共に妖力が抜け落ちていく。土蜘蛛の巨体が沈黙し、その膝が地面についた。

 

 その光景に、彼らは今度こそ悟るだろう。

 

 あの土蜘蛛を、あの恐るべき怪物を今度こそ打ち倒したのだと。

 自分たちの主が——奴良リクオが、見事土蜘蛛討伐を成し遂げて見せたのだと。

 

 




とりあえず、三月の更新はここまでかな?

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