家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

78 / 118
デジモンアドベンチャー2020、視聴してきました!!

一話、二話だけだと……まだまだ何とも言えません。戦闘シーンは派手で面白いけど、ドラマパートがちょっと分かりにくい……というか、まだそこまで深く描写されていない感じですかね?

何か展開も無茶苦茶早い! もう既に究極体が出ちゃってるし!

とりあえず、三話目で分岐点になりそうですから、そこまで様子を見させてもらいます。
やっぱり……ゲゲゲの鬼太郎が恋しい、日曜日の朝……。


第七十六幕 弐条城へ!!

 奴良リクオとイタクの鬼纏・襲色紫苑の鎌により一刀両断された土蜘蛛。

 二つの強大な畏がぶつかり合う余波——それは離れた場所、弐条城の地下・鵺ヶ池にまで届いていた。

 

「——騒がしいな。人が食事中だというのに……」

 

 不機嫌に呟くのは真っ黒な池の中で一糸纏わぬ姿で佇む羽衣狐だ。彼女は生き肝を吸い終えた女性の死体を適当に放り投げ、外部の空気の変化を敏感に感じ取っていた。

 

「? そうですか……ちょっと見てきますね、羽衣狐様!」

 

 羽衣狐の指摘に彼女の付き添いで側にいた狂骨が動く。主の感じ取った異変を確かめるべく、外の様子を見てこようと地下の階段に足をかけた。そのときである——

 

 

「——それには及ばんよ。ただ……土蜘蛛が真っ二つになっただけだからのう」

「!? 何奴!!」

 

 

 自分たち京妖怪以外の何者かの気配に、狂骨は慌てた様子で自身の行使する蛇をけしかける。いつに間にか羽衣狐のテリトリーに入り込んできた無礼者を、問答無用に殺そうと一切の手加減もなく。

 そんな狂骨の一撃を容易く躱し、蛇を切り捨てながら堂々とその人影は姿を現す。

 

「なっ、だ、誰だ……お前は?」

 

 自身の攻撃をあっさりと防がれ、見たこともない男の顔に狂骨は唖然と戸惑いを口にする。

 そこに立っていた——長身の美丈夫。少なくとも、狂骨はその男の顔に見覚えはなかった。

 

「……貴様は!?」

 

 だが羽衣狐は覚えがあるらしい。常に冷静な彼女にしては、驚いた様子でその男の顔に魅入っている。

 

 羽衣狐がそうなってしまったのも、無理からぬこと。

 なにせその相手は……四百年前に自分を切り捨てた男なのだから——。

 

 四百年前。鵺を産む準備を整えていた自分たちの前に、ぬらりくらりと現れてはそれを阻止した男。

 人間の女一人のために、何もかもを台無しにした憎きヤクザもの・奴良組。

 

 その総大将・ぬらりひょん——それが在りし日の姿でそこに立っていたのだから。

 

「久しぶりじゃのう、羽衣狐」

 

 不敵な笑顔を浮かべる、ぬらりひょん。

 それに対して不愉快を隠しきれぬ表情の羽衣狐。

 

 殺した者と、殺された者。

 切っても切れぬ因縁を持つ両者が、四百年越しの再会にひたっていた。

 

 

 

×

 

 

 

「——リクオ様!!」

 

 切り裂かれた土蜘蛛の身体から飛び出す、血飛沫と妖気の黒い雨が降りしきる中。奴良組の側近の面々がその場に駆けつけてくる。

 首無に毛倡妓、河童、黒田坊に青田坊。

 彼らは皆、奴良リクオの帰還を感じ取り、慌てて彼の元へと駆けつけてきた。しかし、彼らがその場に着いた頃には戦いは終わっており、土蜘蛛はリクオの手によって倒されていた。

 

「……くっ、申し訳ございません!」

 

 これにひどく驚かされ、首無は自分たちの不甲斐なさに謝罪の言葉を吐くしかなかった。

 せっかくリクオが復活したというのに、肝心なところで自分たちは間に合わなかった。何が側近だ、何が百鬼夜行だと、己の不甲斐なさに彼らは一様に暗い表情になってしまう。

 

 だが、リクオは自分たちの無力さを嘆く首無の言葉を手で制する。

 そして、己を責める彼らにきっぱりと断言するように言葉を掛けた。

 

「俺の力が足りなかったばかりに、お前たちには苦労をかけたな」

「「「————!!」」」

 

 彼の言葉に首無たち側近は顔を上げる。

 リクオは本気で自分の力不足を痛感していた。奴良組の百鬼夜行が土蜘蛛に負けたのは自分のせい、自分が大将として弱かったせいだと、首無たちを一切責めず、ただ己の未熟さだけを恥じた。

 しかし、恥じただけでは終わらないのが奴良リクオだ。

 彼は自身の無力さを嘆き、一から自らを鍛え上げてこうして戻ってきた。

 

「首無、毛倡妓、河童、黒田坊、青田坊。これからも……よろしく頼む」

 

 リクオは居並ぶ側近たち、一人一人に声を掛ける。

 こんな自分だが、もう一度信じてついてきてくれるかと。

 一人で背負っていては決して戦い抜けない。鬼纏を通して『絆』の力を知ったからこその言葉である。

 

「リクオ様……」

 

 主の頼みに首無たちは温かい気持ちが溢れる。

 今更言葉にするまでもないと、リクオの言葉に彼らは笑顔で応えていた。

 

 

 

 

「…………」

「ほら、及川さん」

 

 首無たちが再開を喜んでいる一方で、つららとカナが少し離れたところでその光景を静かに見つめている。

 

 先ほどの土蜘蛛の戦いの最中、恥ずかしさから逃げ出した自分の迂闊さを後悔しているのだろう。つららは気まずさから、彼らの輪の中になかなか戻れずにいる。

 そんなつららを励ましながら、その背中をそっと押すカナ。きっと大丈夫だと。リクオはそんなことをいちいち気にするような器ではないと、つららを勇気付ける。

 

「お前もだぜ、つらら」

 

 思ったとおり、こっそりと戻ってきた彼女たちに気づき、リクオは声を掛ける。

 彼はこれからも自分の力になってくれるよう、つららを名指しで呼んでいた。

 

「は、はい!! あ、い、いえ。……知りません!」

 

 つららは名前を呼ばれたことを嬉しく思いながら、照れくささから視線を逸らす。恥ずかしそうに頬を真っ赤に染める彼女に、首無たちや遠野の面々、家長カナは温かい目を向け口元を緩ませていた。

 

「……君もだぜ、カナちゃん」

「えっ!?」

 

 さらにリクオはカナの姿を見つけ、彼女にも言葉を投げる。

 

「君も俺の力になってくれると嬉しいんだが……どうかな?」

「え、ええと……」

 

 一応確認は取っているものに、当たり前のようにカナにも声を掛けるリクオ。さすがに咄嗟に返事をすることができず、カナは言い淀んでいる。

 

「畏れながら、リクオ様……彼女は——」

 

 すると、首無がリクオに何かを申し出る。おそらく、知ってしまった彼女の境遇について何かしらの進言しよとしたのだろう。そこで首無が何かを伝えようとしたこと自体、それは配下として何一つ間違った行為ではない。

 

 だが、首無の言葉をリクオは再度手で静止する。

 

「何も言うな、首無」

 

 先ほどよりも少し強めの口調で、首無に余計なことを口にしないように押し留める。

 

「お前たちがカナちゃんの何を知ったのかは知らない。俺もカナちゃんの身に何が起きたかは知らない」

「——!!」

 

 首無を始め、カナの事情を知っている面々が驚いた顔になる。てっきりリクオも、誰かからカナの過去について教えられたかと思っていたが、どうやらリクオは本当に何も知らされていないらしい。

 家長カナについて何も知らないでいる事実を告げ、その上でリクオは宣言する。

 

「だがそれでも……俺は何度もカナちゃんに助けられたし、これからも力になって欲しいと思ってる」

 

 彼女のことをまっすぐ見つめながら、今度こそ自分の力になって欲しいと。

 あのとき——土蜘蛛の介入のせいで最後まで出来なかった盃の続きを交わすかのように、リクオは再び願い出る。

 

「う、うん……勿論、私は構わな——」

 

 彼の願いに、今更気負う必要のないカナは即答しようとしていた。

 既にお面で正体を隠していたときから決心は済ませていたし、正体がバレた自分を受け入れてくれた時点で、カナにはもう何の負い目もない。

 何の気兼ねもなく、カナはリクオの力になることを了承しようとする。

 

「——ちょ、ちょい待ちや!!」

 

 だが、カナがそう返事しようとするのを、阻止するかのように叫ぶ女の子の声が響く。

 

「はぁはぁ……ようやく追いついたで!」

「ゆ、ゆらちゃん!?」

 

 陰陽師・花開院ゆらである。十三代目秀元と共にその場に駆け込んできた彼女は息を切らせながらも、リクオに向かって吠えるように意見する。

 

「奴良くん! アンタ何考えてるんや!? 家長さんは妖怪でも、陰陽師でもない。ただの人間なんや! これ以上、この子を危険なことに巻き込まんといて!!」

 

 どうやら、ゆらも家長カナの事情を誰かから聞かされたらしい。彼女をこれ以上、妖怪と陰陽師の抗争に巻き込むべきではないと、声を大にして彼女がただの人間であることを主張する。

 ゆらはカナに素早く駆け寄り、その身を気遣う。

 

「家長さん、大丈夫やったか!? ああ……こんなにボロボロになって……」

「ゆらちゃん……私は——」

 

 これまで正体を隠していた自分のことを責めず、純粋に心配してくれるゆらにカナはありがたいと気持ちになる。しかし、ここまで来ておいて自分を危険から遠ざけようとするゆらの考えに、カナは若干の寂しさを覚える。

 ゆらの気持ちとは裏腹に自分だって、彼らの——リクオの力になれると己の意思を表明しようとする。

 

「……! り、リクオ様! つ、土蜘蛛が——!」

 

 だが、いざこざが始まろうとしたタイミングで、リクオの百鬼夜行たちが慌てふためく。

 土蜘蛛が——リクオとイタクの手によって真っ二つにされていた彼が再び動き始めたのだ。 

 

「ここまでの傷を負ったのは……鵺と闘って以来、千年ぶりだな」

 

 真っ二つに身体を裂かれているにもかかわらず、土蜘蛛は一切気にした様子もなく自分で傷の手当てを行なっていく。血を拭い、裂かれた身体を己の糸で縫い合わせ、無理やり身体を繋げていく。

 

「ええ……なんかもう、無茶苦茶だな……」

 

 人間なら絶対に死んでいるであろう傷を、適当に縫合する土蜘蛛にカナは唖然となる。こういう光景を見ると、やはり妖怪と人間は体の構造から違うんだなと、カナは妙に感心させられる気分になってしまう。

 

「鵺……。それが京の奴らが言ってる『宿願』ってやつか」

 

 一方で。リクオは土蜘蛛のタフさに驚きつつ、彼の口から語られる宿願——鵺という名前に反応する。

 ここまで来るのに必死すぎたリクオ。彼はここに来て初めて知ることになった。

 

 彼ら京妖怪が真に主と仰ぐ宿願の名を——。

 

「鵺、ううん……その人の本当の名前は……」

 

 だが、カナは既に知っている。土蜘蛛に人質として捕らえられている間に、彼の口から聞かされていた。

 その鵺の二つ名——人としての名を。

 

 安倍晴明という、本来であれば人間を守る側の立場が、花開院と同じ陰陽師が敵であるという事実を——。

 

 

 

 しかし、そもそも安倍晴明とは何者なのか?

 

 

 

 かの者の名を、日本人であれば一度は聞いたことがあるだろう。

 陰陽師としての知名度はピカイチ。否——陰陽師という存在そのものを指すといっても過言ではない人物。

 それだけこの国の人間にとっても、安倍晴明の名は馴染み深いもの。

 その知名度から数多くの映画、ドラマ、小説などの題材とされ、数多の物語を紡ぎ人々の想像力を掻き立ててきた。

 

 では、彼という人物が実際に何をしたのか? その質問に答えられる人は意外と少ないかもしれない。

 

 安倍晴明は平安の世。『陰陽寮』と呼ばれる政府機関の下で天文博士を務めた。

 あの時代は今よりも妖たちの活動が活発で、当然それに対抗する陰陽師たちの実力も軒並み高いものだった。

 だがその中でも、晴明の実力は抜きん出ており、それ故『天才』ともてはやされ、多くの貴族たちから信望を集めていた。

 しかし、いくら人望があろうと所詮は安倍晴明も国家に仕える役人に過ぎない。にもかかわらず、彼は裏で妖たちを操り、外法とされる呪術や禁術を行使し、裏から京の都を支配していた。

 

 その支配者としての名こそ——鵺と呼ばれている。

 

 表の世界で人々から信頼されながらも、裏では妖怪たちを使役し、間接的にも人間たちを支配していた。

 それこそ、安倍晴明という男の正体なのである。

 

 

「——鵺は人の味方なんてしねぇ。やつは使う側だからな」

 

 かつて彼と死闘を演じた土蜘蛛は鵺——晴明のことをそのように評する。

 彼は使う側の人間。妖怪も人間も彼にとっては道具に過ぎない。人間を守っているかのように伝えられていたのも、彼が当時の人間たちを道具として必要としていたからだ。

 断じて——陰陽師としての正義感など持ち合わしてはいない。

 

「そ、そんな……安倍晴明が……敵? わたしは……どうしたらええや?」

「ゆらちゃん……」

 

 土蜘蛛の口から語られる晴明の人間像にゆらが戸惑っている。きっと同じ陰陽師として、彼の存在を尊敬していたのだろう。

 露骨にショックを受けている彼女にカナが優しく寄り添う。

 

「さてと、鵺が生まれるまで俺は寝る」

 

 ゆらの顔色が悪くなるのも構わず、治療を終えた土蜘蛛はそんな呑気なことを口にしていた。

 リクオとの戦いで疲れたのか、傷が思ったより深いのか、あるいはある程度暴れて満足したのか。

 

「おう、おまえ……なかなかおもしろかったぜ」

 

 先ほどまでガチで殺し合っていた筈のリクオ相手に、土蜘蛛は気軽に声を掛ける。

 

「ふっ……」

 

 リクオもリクオでそんな土蜘蛛に薄く笑みを浮かべる。

 百鬼をバラバラにされ、幼馴染を攫われたのだ。恨み辛みが重なってもおかしくはないのに、彼はまるで——そう、親しい友人と喧嘩を終え、仲直りしたかのように晴々とした表情をしている。

 

 ——ああ、そっか……そうなんだ……。

 

 そんなリクオの表情にカナは以前、妖怪同士の戦いを『ガキの喧嘩』と評した土御門春明の言葉を思い出す。あのときは彼の言葉の意味を理解できなかったが、今この瞬間であれば、なんとなくだが理解できてしまう。

 

 結局のところ、これは喧嘩だったのだ。

 

 百鬼を背負うリクオと、その百鬼を崩さんとする土蜘蛛との大喧嘩。その喧嘩の過程で色々なこともあったが、決着がついた以上、それをいつまでも引きずるのは筋違いというもの。

 少なくとも、リクオと土蜘蛛との間にはそのような奇妙な関係が成り立っていた。

 

 ——あーあ……なんか、すっごい損した気分だな~……。

 

 そんな男の子同士の喧嘩に巻き込まれ、振り回され——カナは自身の正体を衆目に晒すこととなった。

 

 結果的にカナの全てをリクオが受け入れてくれたおかげで、何とかいい感じにまとまったものの、最後まで彼らの都合に振り回された感じで、カナはなんだかとっても損をした気分にガクッと肩の力が抜け落ちる。

 

 ——ほんと、男の子って……仕方ない生き物だな……。

 

 そんなことを思いながらも、カナの口元には笑みがあった。

 男の子ってしょうもないなと、そう思いながらも優しく彼らを見守り見つめる。そういった目線で見られているとも露知らず、土蜘蛛は豪快な笑い声を上げながらその場を立ち去っていく。

 

「……あいつ、なんかもう勝った気しねぇよ」

 

 奴良組の誰かがそんなことを呟いたが、全く持ってその通りである。

 最終的に土蜘蛛を切り伏せたのは鬼纏を放ったリクオの筈だが、そんな敗北感を微塵も感じさせない土蜘蛛にはもう苦笑いしかない。

 

「ははは……」

 

 思わず口に出てしまう笑い声。

 すると——。

 

「——何を笑ってやがる……」

「——っ!!」

 

 カナの笑い声を気に食わないと、不愉快さを欠片も隠そうとしない男の子の声が耳元に響いてくる。

 瞬時に、カナの額にびっしりと汗が浮かび上がる。頭を鷲掴みにされたような感覚——というより、実際に彼女の頭部を鷲掴みにしながら、その声の主は彼女の背後に陣取っていた。

 恐る恐ると、カナは後ろを振り返る。

 

「よお、元気そうで嬉しいぜ……家長カナさんよ」

 

 わざとらしく彼女のフルネームを呼びながら、彼——土御門春明がそこに立っていた。

 

『ほんと……無事で良かったな』

 

 彼は狐面——面霊気を手にしており、彼女の方からは純粋にカナを心配する声が上がっている。

  

 だが——春明の目は笑っていなかった。

 完全に顔から表情を消し去り、その眼光が冷ややかにカナのことを見下ろしている。

 

「に、兄さん……久しぶり、だね。ま、また会えて嬉しいよ……」

 

 冷たい兄貴分の視線に晒されながら、カナは何とか言葉を返すも春明はニコリともしない。

 彼は——怒りを隠しきれぬ声音をなんとか抑えるよう努力しながら、カナに選択肢を与えていた。

 

「——とりあえず……『罵倒』か『鉄拳』、どっちか選ばせてやるよ」

 

 どちらにせよ——キレることに変わりはないのだろうが。

 

 

 

×

 

 

 

「——くっ、うぐっ!!」

 

 奴良組総大将・ぬらりひょん。彼は現在、絶体絶命の危機に陥っていた。

 

 

 

 かつての若りし頃の姿で羽衣狐と対面したのも束の間、彼はすぐに老人の姿に戻り、彼女と一瞬だが刃を交えていた。そしてその戦いの最中、羽衣狐は突然産気付く。

 そう、いよいよ彼らの宿願——鵺の誕生。そのタイムリミットが刻一刻と迫っていた。

 

 ——何じゃ? この……異様で邪悪な畏は?

 

 そのあまりにも邪な気配には、リクオに全てを任せようと思っていたぬらりひょんですら、この場で殺った方がいいのではと思い立つ。

 出産で動けなくなるその隙をつき、斬り込むタイミングを狙っていた。しかし——

 

「なっ、しま——」

「信じられねぇ……またクソ虫がでやがった」

 

 逆にぬらりひょんの隙をつき、茨木童子が背後から斬りかかり、彼に致命傷を与える。茨木童子だけではない、騒ぎを聞きつけた京妖怪たちが次から次へと鵺ヶ池に駆け込んでくる。

 

「何故、いつも儂等の邪魔をするのか!」

 

 その場の京妖怪を代表するかのよう、鬼童丸が忌々し気に吐き捨てる。

 

「……くっ」

 

 いかにぬらりひょんに『真・明鏡止水』があるとはいえ、さすがに傷ついた状態で畏を維持することはできない。中途半端に畏が解かれてしまったところ、敵陣の真っ只中で孤立してしまうぬらりひょん。

 しかし——この時点において、まだぬらりひょんには脱出の希望があった。

 

「——総大将!!」

 

 ぬらりひょんの危機に、彼の側近でありカラス天狗が風のように颯爽と駆けつける。いつもは小さく、口うるさいだけのお目付役かと思いきや、そこは歴戦の強者。

 神速の速度でぬらりひょんをその小さな体で掴み上げ、そのまま突風のように鵺ヶ池を脱出していく。

 運がいいことに巨大な妖怪・がしゃどくろが他の京妖怪たちの進路を妨害してくれたおかげで、追ってからも距離を置くことができた。

 

 あとはそのまま弍条城を離脱し、外で待機している幹部たちと合流すれば無事安全圏に逃れられる……筈であった。

 

「なっ、羽根が……目に……!?」

 

 あと一歩で外と、緊張が緩んだタイミングを狙いすましたかのように、黒い羽根がぬらりひょんたちの進路上にばら撒かれる。

 その羽根が目に触れた瞬間——ぬらりひょんとカラス天狗の視界が漆黒に染まる。

 

「——————」——

 

 元四国妖怪の幹部・夜雀の畏『幻夜行』だ。不意打ちで彼女の畏に当てられ、ぬらりひょんたちはその場で足止めを喰らってしまう。

 

「フェフェフェ、奴良組三代の血はいただいた。ワシらの主の世はもうすぐじゃ!」

 

 そこへすかさず、山ン本の目玉・鏖地蔵が現れ、魔王の小槌をぬらりひょんの身体に突き立てる。急所こそ辛うじて外れたものの、苦悶の表情を浮かべるぬらりひょん。

 

「総大将!? がっ!」

 

 主の呻き声に視界が見えないながらも駆け寄ろうとしたカラス天狗。だがその小さな身体を、乱入してきた山ン本の耳・吉三郎が虫ケラのように踏みつける。

 

「魑魅魍魎の主と呼ばれた男もあっけないもんだよ……やっぱり老いとは怖いものだねぇ~」

「フェフェ、まったくもってそのとおりじゃ!」

 

 カラス天狗を足蹴にしながら、ぬらりひょんに侮蔑の言葉を吐き捨てる吉三郎。同意するかのように鏖地蔵も嘲笑を浮かべる。二人の山ン本の後ろに、それを無表情で見つめる夜雀が控える。

 あと数分もすれば、階段を駆け上って援軍の京妖怪が追ってくるだろう。

 

 そうなれば詰み——いかにぬらりひょんとて、生き残る術はない。

 

「ちっ!」

 

 この危機的状況を打開すべく、ぬらりひょんは何とか突きつけられている刀を引き抜こうと、魔王の小槌の刀身に掴みかかる。

 しかしそうはさせまいと、耳たる吉三郎が自らの能力——『阿鼻叫喚地獄』でぬらりひょんの動きを阻害する。

 

「ぐっ!? ぐぁああああ、こ、これは!?」

 

 脳髄に直接叩き込まれる呪いの言葉。さすがのぬらりひょんでも、その不可視の力を初見で防ぐこと叶わず。

 どこにも逃げられず八方塞がり、完全に退路を絶たれてしまった。

 

「はははははっ!! このまま狂い死ぬか、それとも魔王の小槌の錆になるか!! どちらか好きな方を選んで——」

 

 勝ちを確信した吉三郎は高笑いを上げ、せめてもの慈悲とぬらりひょんに選択肢を与える。

 どちらにせよ——殺すことに変わりはないのだろう。

 

 

 だが、そんな危機一髪のぬらりひょんを救うべく——その場にて『神風』が吹き荒れる。

 

 

「っ!!」

「な、なんじゃああああ!?」

「————————!!」

 

 吉三郎も鏖地蔵も、夜雀もが。荒れ狂う突風に吹き飛ばされ、壁や床にその身を叩きつけられる。その風は敵対する妖怪全てを吹き飛ばし、ぬらりひょんとカラス天狗の窮地を救う。

 

「——まったく、四百年経っても貴様は世話の焼けるやつだ」

 

 その風を起こした大天狗・富士山太郎坊が弍条城の外から倒れ伏すぬらりひょんに声を掛ける。

 四百年ぶりの共闘。傷だらけのかつての盟友に対し、太郎坊はやれやれとため息を吐く。

 

 リクオを牛鬼と共に再び戦地へと送り出した太郎坊。彼はそのまま、ぬらりひょんと合流した。

 そこには『家長カナの行く末を見届ける』という、彼個人の目的も含まれてはいるものの、それ以上に『この戦いそのものを見届ける』という大きな目的を定めていた。

 京妖怪と奴良組の若き大将。この戦の結末は、そのまま妖世界の勢力図にも大きな影響を及ぼすだろう。

 その大局の変化を、時代の変化をこの目で確かめるべく、太郎坊は京都へやってきた。

 

 かつての盟友——ぬらりひょんの下へ、四百年ぶりに帰ってきたのである。

 

 

 

×

 

 

 

「——どこまで馬鹿なんだ! テメェは!!」

「——あ痛っ!?」

 

 キレる土御門春明の拳が家長カナの脳天に突き刺さる。

 カナは罵声か鉄拳かという彼の問いに、暫し迷った末に鉄拳を選択した。拳一発で叱責が済むならそれで越したことはないと考えたからだ。

 だが実際には拳骨をお見舞いされ、さらに口汚く罵られる。完全に殴られ損である。

 

「な、なんだなんだ!?」

「あれ? あいつ、いつの間に!?」

 

 土蜘蛛の存在に目がいっていた妖怪たちが、その罵声で春明の存在に気づく。周囲から何事かと向けられる視線を一身に浴びるという恥ずかしい思いをしながら、カナは彼の叱責を甘じて受ける覚悟であった。

 

「ちょいちょい! 殴るなや! 怪我人相手に何してんねん!!」

 

 しかし、春明の説教タイムに釘を刺すように、花開院ゆらがカナを庇い前に出る。ついさっきまでカナは囚われの身であり、ましてや怪我人なのだ。

 いきなり暴力を振るうなど、決して見過ごせることではない。

 

「そ、そうよ!! 傷になったらどうするつもり!? 女の子なのよ!!」

 

 ゆらだけではなく、つららもカナを擁護するために春明の前に立ち塞がる。

 土蜘蛛との戦いをきっかけに相互理解を深めた影響なのだろう。親しみを抱いた相手を守ろうと、怒り心頭の春明に抵抗する意思を示す。

 

「……ああん!?」

 

 だが、二人の女子がカナを健気に庇おうと、春明の怒りは一向に収まる気配を見せない。寧ろ、ゆらやつららにまで飛び火するかのような勢いで、彼は激昂している。

 

「ウルセェぞ、クソガキども! 元はと言えば、てめぇらがしっかりしてねぇから、この馬鹿が無茶する羽目になったんだろうが!!」

「そ、それは……」

「…………」

 

 カナが土蜘蛛に人質にされてしまったそもそもの経緯、奴良組と花開院家の未熟さを指摘され、ゆらもつららも黙り込んでしまう。

 確かに彼の言う通り、自分たちが土蜘蛛にもっと抗えていれば、カナが連れ去られることもなかったと彼女たちは自分たちの弱さを恥じる。

 

「まったく、こんな連中を庇って自分から危険に首を突っ込むなんざ……アホのすることだぞ、分かってんのか! ああん!?」

 

 かなり怒鳴って怒りを発散した春明だが、まだまだ腹の虫が収まらない。さらに続けて拳骨をお見舞いしようと拳を振りかぶる。

 

『おい、春明!! その辺にしとけ!!』

 

 さすがに止めようと、彼の相棒たる面霊気が静止をかける。しかし、春明もなかなか振り下ろす手を止めようとはしない。

 

「——っ」

 

 痛みに備えて目をつぶるカナ。だが——いつまで待っても衝撃はやってこなかった。

 

「…………? あっ、リクオくん」

「……………」

 

 カナがそっと目を開くと、振り下ろされる筈だった春明の鉄拳を——奴良リクオが掴んで押しとどめていた。

 彼は鋭い眼光を春明に向け、挑むような口調で告げる。

 

「カナちゃんが危険な目にあったのは俺のせいだ。どうしても殴るってんなら……俺を殴れ」

「……離せよ、クソガキ」

 

 責めるなら自分を責めろと、カナの身代わりを買って出る。そんなリクオに対し、春明は険悪な目つきで睨み返す。

 

「これは身内の問題だ。『部外者』は引っ込んでろ……奴良リクオ」

「——っ!!」

 

 部外者という単語をわざとらしく強調し、喧嘩を売るようにリクオを突き放す。一方のリクオも、春明の敵意満々の言葉にますます険を強める。

 

「リクオ様!」「奴良くん!!」「に、兄さん!!」

 

 険悪な空気に少女たちが彼らの名を呼び掛け、何とか止めさせようと試みるも、一触即発な空気は変わらない。

 あわや、決戦の地たる弍条城突入前に仲間割れかと危惧された——そのときである。

 

 

「——はいはい、そこまでやで、二人とも~」

 

 

 飄々とした態度で十三代目秀元が二人の少年の間に割って入る。

 

「ここで君らが潰しあったところで、羽衣狐が喜ぶだけや……一旦、冷静になろっか? なあ、土御門くん。いや……」

 

 彼はリクオと春明の二人に落ち着くように声を掛け、おもむろに春明に接近。

 彼の耳元で「————」と、他の誰にも聞き取れないような小さな呟きで、何事かを囁く。

 

 

「……………………はっ?」

 

 

 刹那——春明は怒りの表情から一変、完全に呆気に取られた表情で目ん玉をひん剥いていた。

 

「えっ? に、兄さん?」

 

 幼い頃から彼のことを知るカナでさえ、そんな顔を見たことがなかった。

 やや時間を置き、我を取り戻した春明。彼は——敵意以上に困惑の眼差しを秀元へ向け、忌々し気に吐き捨てる。

 

「お前……このタイミングで『その話題』を持ち出すか? 性格悪すぎるだろ……芦屋道満の一族は!!」

「ふふふ、褒め言葉として受け取っておくで……『——』の一族さん?」

 

 どうやら、秀元は何らかの秘密を春明へと突きつけたらしい。ギリギリと歯軋りする彼の悔しそうな表情が秀元の握る『弱み』の大きさを物語っている。

 

「ちっ、これ以上の面倒事はごめんだ……今回はこの程度で勘弁してやる」

 

 秀元に水を刺される形で春明はカナへの制裁を止め、リクオへの敵対行動を止める。

 大人しくなった春明にしめしめと頷きながら、式神である秀元は主人であるゆらに問いを投げ掛ける。

 

「それで……どうするんや、ゆらちゃん?」

「え、どうするって……」

「この子……カナちゃんって子を連れて行くんか? 置いて行くんか?」

 

 先ほどの問答の続きだ。家長カナをこのまま戦場へと連れて行くか、それとも安全な場所へ預けておくか。

 

「そんなん、決まってるやろ!!」

 

 ゆらの返事は既に決まっている。

 陰陽師のゆらにとって、カナは守られるべき人間だ。安倍晴明とは違い、人を守ることを心情としている花開院家のゆらにこれ以上、カナを危険に晒す選択肢を選び取ることはできない。

 

 されど——

 

「行きます。いえ……行かせてください」

 

 他でもないカナ自身がそれを良しとしなかった。自分も、皆と一緒に戦地へ赴くと。

 

「お前……まだそんなこと言ってんのかよ」

 

 一度は痛い目にあった筈なのに懲りないカナ。一旦は冷静になった春明も怒りを再熱させる。

 だが、カナは叱責されるのを覚悟で己の意思を堂々と主張する。

 

「ここまで来て……仲間外れは嫌だよ」

 

 それは、実に子供じみた主張だった。

 

 皆の力になりたい、リクオの力になりたいという気持ちは勿論あった。

 

 だがそれ以上に、置いて行かれたくないという気持ちが、その言葉に強く表れている。

 ここに至るまで、仮面と共に己の素顔と気持ちをひた隠しにしてきた反動なのか。

 もう遠慮するつもりはないと、カナはここぞとばかりに己の意思を貫く決意を表明していた。

 

 

「ここまで来た以上は最後まで見届けたい……この戦いの行く末を、私自身の……この目で!!」

 

 

 その選択が、そんな彼女の強い意志が——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲しい再会の幕開けになるとも知らずに————。

 

 

 

 

 

 




とりあえず、今回は弐条城に行くまでの冒頭部分といったところ。
次回以降から——羽衣狐との決戦編が始まりますので、よろしくお願いします。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。