(あくまで、連休ではないところが憎らしい)
ストックは、一応四国編の半ば辺りまでです。それでは続きをどうぞ!
ここは滋賀県、
奴良組傘下――
構成妖怪数は七十五匹と、大所帯な組員を多く抱きこむ奴良組の中でも、かなりの少数派ではある。
だが、彼らは奴良組の中でも一際名の知れた『武闘派』で知られている。
その実力は総大将である、ぬらりひょんも認めるほどだ。
彼らの本拠地はこの捻眼山の頂上の屋敷にある。
そこからこの山の中全体を管理しており、迷い込んだ人間やシマを無断に荒らしにきた妖怪たちを始末すべく襲いかかるのだ。
そして、この牛鬼組組長である大妖怪――牛鬼は今宵、とある一大決心を伝えるため、部下たちを自身の部屋に呼び寄せていた。
その呼びかけに応じ、彼の重鎮である牛鬼組の若頭――
「お呼びでしょうか、牛鬼様?」
畏まった様子で膝をつく二人の重鎮の内、牛頭丸が率先して今回呼び出した用件を問いかける。
寡黙で慎重派の主は、決して口数が多いとはいえない。
そんな主を煩わせぬようにと、自らが率先して彼の話に聞き耳を立てる。
やがて――数秒の沈黙の後、牛鬼はその重苦しい口を開いた。
「――この山に奴良リクオを入れる」
「「――っ!!」」
牛頭丸と馬頭丸。二人の間に緊張が走った。
「牛鬼様! それじゃあ!?」
「ついに奴を?」
主の言葉の意味を瞬時に悟り、馬頭丸が声を上げ、牛頭丸も念を押すかのように言葉を重ねる。
――ついに、このときがやってきた。
牛鬼はかねてより、奴良リクオの三代目就任を防ぐために裏で暗躍していた事実を、彼の側近である牛頭丸たちは知っていた。
表向き、総会などではリクオに肯定的な意見を出しつつも、裏では破門されていた窮鼠を言葉巧みに操り、リクオの友人たちを襲わせ、彼に三代目を継がないように迫っていたのだ。
まさに策士。力だけではなく、智謀を持って彼はこの牛鬼組の棟梁として君臨してきた。
しかし、今回――牛鬼は奴良リクオに対し、あえて力尽くな手段をとることにした。
「――っ……」
「なんだ馬頭丸、お前震えているのか?」
「む、武者震いだ!」
主の言葉の重要性に気がついてか、馬頭丸は手を震わせていた。
それを指摘する牛頭丸も、その額に汗を流している。
窮鼠の一件から、まだ一週間も経っていない。
既に本家の方では、今回の一件に何者かが裏で糸を引いていることに勘付き、調査員を派遣していることだろう。今、下手に動きを見せれば、牛鬼が裏で暗躍していたことを嗅ぎ取られかねない危険な時期だ。
本来であれば、もっと時間を置き、さらなる策を持って、リクオを追い詰めるべき局面の筈。
しかし、牛の歩みと揶揄されるほどに思慮深い筈の主はそんなこともお構いなしに、奴良リクオをこの山に誘い込むと――彼の命を直接狙いにかかると宣言した。
「牛鬼様のなさること、この馬頭丸、異論はございません! 如何なることでも、ごめいじ下さい!」
主の覚悟のほどを感じてか、馬頭丸は何一つ不満を述べることなく平伏する。
「うむ……牛頭丸、お前は?」
その答えに満足げに頷きながら、牛鬼は次に若頭たる牛頭丸の言葉を待つ。
牛頭丸は、僅かに思案を巡らせつつ、自身の考えを口にする。
「……本家に弓引くことは、仁義に反すること――」
牛鬼組にとって、親である奴良組は絶対の筈。
それに逆らうことは、妖怪仁義に反する道だと、牛頭丸は前置きを入れ――
「されど……牛鬼様の命令こそが、我らの『義』。交わした盃に誓って、必ずお役に立って見せましょう。それが、牛鬼様の出された結論であれば……」
それでも、牛頭丸は牛鬼の命令を承諾する。
本家への仁義よりも、牛鬼本人への忠誠心こそが、彼にとって優先すべきことだからだ。
そのためならば、この命すらも惜しくはないと、牛頭丸は牛鬼へと恭順の意思を示した。
「うむ……そうだな。長い間考えて……出した結論だ」
彼ら二人の忠誠心を受け取り、牛鬼は再度、何かを決意するように呟いていた。
「……済まんな。牛頭丸、馬頭丸」
その後、実際に奴良リクオを誘い込む手段について話し合った後、さっそく罠を仕掛けにいった牛頭丸と馬頭丸。二人がいなくなった部屋の中で、牛鬼は部下に謝罪の言葉を口にしていた。
今回の一件も、窮鼠の一件も、全ては自分自身の我儘から起こした謀反だ。
そんな自身の事情を何も知らず、何も聞かず、黙って従ってくれる二人の忠実な配下に何も言えずにいることが牛鬼には心苦しかった。
だが、そんな苦悩を抱えながらも、やめるわけにはいかない。
全ては、自分が愛した奴良組のため――そのためにも、牛鬼は奴良リクオの器は見定める必要があった。
ここは捻眼山――奴良組のシマの最西端。
この地にいるからこそ、よくわかる。――このままでは、奴良組に未来がないことが。
リクオの父である奴良鯉伴が何者かに殺されて以降、奴良組の力は急速に弱まった。
老いた総大将たるぬらりひょんが、二代目に代わり皆を纏めているが、それにも限界がある。
いずれは外部勢力に喰われるか、内部の反抗勢力によって徐々に腐り落ちていくかの二つしかない。
早急に立て直さねばならぬと、牛鬼は次なる奴良組の跡目候補、リクオの覚悟を迫ろうとしている。
彼には才能がある。四年前、反旗を翻したガゴゼを斬り捨て、その夜の姿で『魑魅魍魎』の主になると宣言したという。
その才能に牛鬼は奴良組の未来を見出した。
しかし、今の昼のリクオは人間になると腑抜け、その意思を示そうとしない。
「リクオよ。私の愛した奴良組を潰すのであれば、お前とて容赦はしない……だが」
もしも、リクオがそのままの腑抜けのままでいるのであれば、牛鬼は自分の全てを賭けて、奴良リクオを葬り去るだろう。
だがもし、次なる牛鬼の捨て身の一手でリクオが妖怪として覚醒するのであれば、奴良組三代目を継ぐ意思を見せるのであれば――
「俺の屍を越えて見せるがいい……奴良リクオ」
自身の命など惜しくはないと、牛鬼は決意を胸にしていた。
×
「なんだよ! ず~~~っと山じゃんか!!」
「足痛い!」
巻と鳥居の二人が満身創痍といった様子で愚痴をこぼす。
無論、彼女たちだけではない。
清継を除く、清十字怪奇探偵団の全員が、この合宿に参加したことを早くも後悔し始めている。
電車を何度か乗り継ぎ、ようやく到着した今回の合宿の目的地『梅楽園』。
そこで彼らを待っていたのは、素敵な旅館でなければ、豪華な食事でもない。
延々と続く険しい石段だった。
彼れらはかれこれ、一時間以上もこの石段を登り続けている。
清継が言うには、この山のどこかにあるという『梅若丸のほこら』で妖怪先生を名乗る人物と待ち合わせをしているという話だっだが、
「うう~、本当にこんなところで待ち合わせなの?」
巻がもうウンザリだとばかりに溜息を溢す。
何故こんなところに来てまで、こんな苦労をしなければならないのかと、そんな彼女の心境が、お人好しのリクオにもヒシヒシと伝わってくる。
「人なんて……いなさそうです……」
島が率直に疑問を口にする。
確かに彼の言うことは的を得ており、山を登り始めてからまだ誰ともすれ違っていない。
こんな人気のこないような場所に、果たして旅館などあるのだろうかと、誰もが疑問を抱き始めた頃だろう。
「ん? なんやろ……あれ?」
不意に、陰陽師であるゆらの足が止まった。
石段の横に広がる、霧深い森の中を彼女は指さしながら皆に言葉をかける。
「小さな祠に、お地蔵様が奉ってあるみたいやけど……」
「どこ?」
彼女の指し示したその先に、清継たちも目を凝らす。だが、霧が深すぎる為か、よく見ることができない。
「遠くてよく見えへんけど、なんか書いてあるみたい、ちょっと見てきます!」
祠の発見者たるゆらが、皆を代表して、もっと近くで確かめようと森に足を踏み入れようとした。
きっと、他のメンバーを危険に晒さまいとする、彼女の心遣いからくるものだろう。
その意気に応えようと、リクオはさらに目を凝らし祠に書かれていた字を読み上げる。
「『梅若丸』って、書いてあるよ」
リクオは普段から眼鏡をかけているが、視力は決して悪い方ではない。
寧ろ、妖怪としての血によるものか、人間などと比べようもなく目が良い。
普通の人間であれば、絶対に見えないような場所の文字を正確に見抜くことができる。
彼がダテ眼鏡をかけているのは、偏に優等生っぽく見えるからという理由からである。
決して目立たないようにと、人間たちの輪に溶け込もうとする、彼なりの努力の現れであった。
しかし、その常人離れした視力を無意識に披露したためか、リクオの発言につらら以外の全員が驚きで数秒ほど立ち止まっていた。
だが、特に気にはならなかったようで、すぐにお地蔵さまに向って歩いていく一同。
「あっ、ほんまや!」
「梅若丸の祠! きっとここだ! やったぞゆらくん!!」
清継はしきりに感心しながら、発見者たるゆらの背中を褒め叩く。
他の面子も、目的の場所へと無事たどり着けて気が抜けたのか、力尽きた様子でその場にへたり込んでいた。
リクオもまた、妖怪に襲われることなく、待ち合わせの場所にこれたことに安堵しかけた――
「――意外と早く見つけたな、さすが清十字怪奇探偵団!!」
だが、そんな一同に向かって、まったく聞き覚えない声が響き渡る。
その声の主と思しき影が、霧の向こうから清十字団の元へとゆっくりと歩いてくる。
――まさか、妖怪!
と、何人かのメンバーがその妖しい影の存在に、身構える。
リクオが握る拳に力を込め、その彼を庇うように雪女のつららが前に出る。
ゆらが財布から護符を取り出し、いつでも式神を開放できる状態で待機していた。
しかし、霧の向こう側から顔を出した相手は――中年のおじさんだった。
あからさまに怪しい、うそん臭げな男ではあったものの、見たところはただの人間にしか見えず、リクオたちは揃って警戒を緩める。
「なんだ? あのキタナイおっさんは?」
島が思ったことを言葉にして出す。
それはかなり失礼な発言ではあったが、何一つ否定できないおじさんの異様な風体。
すると、清継が慌てた様子でその人物へと駆け寄った。
「あなたはっ!? 作家にして、妖怪研究家の
「うん」
「「ええ!?」」
感無量といった調子で清継が怪しい中年――化原先生とやらの手を取って握手を交わすも、一同は信じれれぬとばかりに声を張り上げる。
妖怪博士――いったい、どのようなイメージを各々が抱いていたのだろう。
皆が複雑な心境から生まれる、複雑怪奇な表情をする中、ゆらはその先生に向かって、ずっと気になっていたのだろう、その質問を投げかける。
「あの……梅若丸って何ですか?」
その祠を祭っているであろう人物の名前。
陰陽師である彼女も聞き覚えがないのか、専門家として知識を深めようと、先生に質問する。
「うむ、そいつはこの山の妖怪伝説の主人公だよ」
彼女の問いに、化原先生は語り始めた。
妖怪――梅若丸のその伝説を――。
梅若丸。
千年ほど前にこの山に迷い込んだ、やんごとなき家の少年。
生き別れた母を捜しに、東へと旅をする途中。
この山に住まう妖怪に襲われた彼は、この地にあった一本杉の前で命を落とす。
そして、母を救えぬ無念の心が、この山の霊瘴にあてられたか、梅若丸を悲しい存在へと変えてしまう。
梅若丸は『鬼』となり、この山に迷い込むものどもを襲うようになったのである、と。
「その梅若丸の暴走を食い止めるために、この山にはいくつもの供養碑がある。そのうちの一つが、この『梅若丸の祠』だ。……どうかね? 素晴らしいだろ? 妖怪になっちょんだよ?」
その梅若丸の祠周辺に腰を下ろし、化原先生の口から語られる伝説に清十字団の面々は静かに聞き入っていた。
だが――
「ふむ……」
「よくある、妖怪伝説っぽいですね?」
「意外にありがちな昔話じゃんか!」
よく聞くようなありがちな展開に、緊張の糸が切れたのか、軽口を叩き始める一行。
話を聞く前よりも、どこか賑わいを見せる清十字団の面々に化原先生はにやついた表情で笑みを深める。
「あれ、信じてない? んじゃもう少し、見て廻ろうか」
彼は一行を、さらに奥へと誘い込むように歩き出す。
やれやれといった調子で、大半のメンバーが楽観的な空気の化原の後へと続いていく。
しかし、一人だけ――その場から動かずにいるものがいた。
家長カナである。
彼女は深刻そうな顔で何かを考え込みながら、梅若丸の供養碑たる祠へとじっと目を向けていた。
動かないカナに気づいたゆらが、彼女へと声をかける。
「家長さん、なにしてるん? はよ行かんと、遅いてかれるで」
「ご、ごめん、今行くよ!」
しかし、ゆらに促された後も、暫くの間カナの足は止まっていた。
化原先生の話を聞いていたカナは、複雑な気持ちになっていた
皆は妖怪博士の話を、ありがちな展開だと笑い飛ばしていたが、カナにはそれができなかった。
母親を――愛する人を救えぬ無念から、妖怪となってしまった梅若丸。
彼はどんな人間だったのか。
なにを想い、その身を妖怪と化したのか。
今はいないかもしれない彼へと、思いを巡らせる彼女――。
カナの脳裏には、ある映像が浮かび上がってきた。
――深い霧に蔽われた森の中。
――巨大な影に逃げ惑う人々。
――その影の爪で無残に切り裂かれる『父親』。
――血だらけでカナを抱きしめたまま息絶える『母親』。
――その光景を震えながら見ていることしかできなかった幼き『自分』。
その『自分』の姿は、まさに妖怪伝説にある『梅若丸』そのもの。
もし、もしほんの少しでも歯車が狂っていたのなら。
自分もきっと、彼のようになっていたかもしれない――。
彼と同じような――人を襲うような妖怪へと変わり果てていたかもしれないと。
「……ごめんね、梅若丸さん。今は……こんなものくらいしかなくて」
カナは立ち去る間際、持参したおにぎりを一つ、祠へとお供えした。
こんなものでも、供養の足しになるかどうか不安ではあったが、彼女は手を合わせ、梅若丸の魂へと祈りを捧げる。
そして、数秒後。皆の後を急いで追うため、その祠を後にしていった。
×
誰もいなくなった梅若丸の祠にて、一つの影が静かに降り立つ。
「よし……ここまでは順調だ。上手く連中を留まらせろよ、馬頭丸よ」
牛鬼組若頭の牛頭丸だ。彼はリクオたちがさらに山の奥まで立ち入るうしろ姿を遠目から確認しながら、ここにはいない馬頭丸への期待を寄せる。
あの化原という男は、リクオをこの梅楽園こと、捻眼山に誘い込むために用意した手駒だ。
彼は現在、馬頭丸の糸繰術によって意のままに操られる、人形と化している。
彼を通して、清継という、リクオの学友との繋がりを利用し、今回の妖怪合宿の場所にこの地を指定させた。
馬鹿正直に知名度が高い捻眼山の名では警戒して寄ってこないと考え、別名として呼ばれている梅楽園の名で彼らを誘い込んだ次第だが、現時点で未だにリクオたちはここが牛鬼組の縄張りだと気づいていないようだ。
その鈍さを有難く思いながらも、苛立ちを募らせる牛頭丸。
「ちっ、気づいてもいいものだがな……それでも貴様、奴良組の跡目かよ、虫唾が走るぜ!」
初めて直に見る奴良リクオの姿に、牛頭丸は決していい印象を抱かなかった。
ずっと遠目から観察していた自分の気配に気づく様子もなく、人間とワイワイ友達ごっこに浸る彼に、ふつふつと苛立ちがこみ上げてくる。
「貴様のような腑抜けを殺すために、牛鬼様は裏切り者の烙印を押されることになってしまうんだぞ! わかっているのか、あの甘ったれの坊ちゃんはっ!」
本家が大事に抱え込んでいる奴良リクオに手を出したことがバレれば、牛鬼組はただでは済まない。
最低でも破門――その後、彼らとの全面戦争へと突入するかもしれない可能性だってあるのだ。
だが、どんな事態になろうとも、牛頭丸は最後まで牛鬼についていくつもりだ。
たとえこの命に代えても、彼に仕え、お守りしてみせる。
それこそ――彼の配下たる自分の存在意義だと改めて決意を新たにする。
「ん?」
ふと、牛頭丸は先ほど、リクオの連れの女の一人が祠にお供えしていった供物に目を向ける。
梅若丸に対して捧げられた供物の握り飯に。
梅若丸――それは妖怪牛鬼の、人間であった頃の名前。
かつての主が、人として生きてきた時代の記憶の残滓。
「……ふん、まあいい、一仕事済ます前に腹ごなしでも済ましておくか……」
牛頭丸はそのおにぎりを手に取り、自分の口へと運んでいく。
本来であればそれは主である、梅若丸――もとい牛鬼の為に捧げられた供物。彼が口にすべきもの。
だが、人間のガキが作ったものなど、主の口に入れたくはなかったし、自分でも口にはしたくなかった。
しかし、人々の畏敬を集める妖怪という種族にとって、お供え物一つとっても、それは自分たちの力を高める、『畏』として機能する。
少しでもこの仕事を成功させる確立を上げるため、牛頭丸は敬意をもって捧げられたその品を、畏と共にその身に取りこんで行く。
「…………案外いけるな」
不本意ではあったが、その握り飯はそこそこ旨かった。
その味に暫し浸ること数秒、作戦の首尾を確認する為、牛頭丸は馬頭丸の元へと急ぎ駆け出していった。
補足説明
ガゴゼ
詳しい描写を書いてきませんでしたが、ガゴゼ討伐に関してはほぼ原作通りです。
過去編も一応書く予定がありますので、その時に描写できれば幸いかと思います。
牛鬼組
牛鬼と牛頭丸、リクオとの戦闘描写。
あくまでこの小説はカナちゃんを主軸に書きますので、詳しくはやりません。
その代わりに、この章で彼らの心情などを書き記しておきました。
原作では名シーンの一つですが、申し訳ありません。何卒ご容赦を……。