とりあえず、直ぐに修正しましたが同じミスをしないよう、小難しい前書きや後書きは後から追加します。
ほんと、すいません。
とりあえず、後書きに補足説明を入れました。
土御門春明が自身のルーツについて知ったのは彼が十歳になる頃であった。
半妖の里。先祖が残したとされる陰陽術の資料を読み漁り、実験と称して適当に陰陽術をブッパする日々を繰り返していた少年時代。唯一の同年代、家長カナが里を出て行ったこともあり、静かながらも張り合いのない毎日を過ごしていた中。
彼は蔵の奥に秘されていた——その秘密について触れることとなる。
「…………くだらねぇ」
陰陽師であったとされる半妖の里の開祖。春明にとって祖父にあたるその人物が後世のために書き記した『警鐘』。春明はそれを——自分には関係ないものとして放置することにした。
「どうせ里の外に出ることもねぇんだ。そんな事情、俺には何の関係もねぇよ……」
そうだ。どうせ自分はこの里で一生を過ごすことになるだろう。
外の世界で誰がどのように暗躍しようが、先祖が残したその警鐘が本当のことになろうとも自分には関係ない。
自分の世界はこの小さな里の中で終わる。
そのことに期待も不安も不幸も感じることなく、彼はただひたすらに日々を漠然と過ごしていた。
だが——
『春明よ。お前も……カナと同じように外の世界へと旅立つのだ』
カナが旅立って数年後。
里の大人たちが春明のことも彼女と同じように外の世界へと旅立たせようとしたことで何だか雲行きが怪しくなってきた。
めんどくさいと拒む春明に構わず強引に話を進め、里の住人たちは春明をカナが住んでいる外の世界——浮世絵町へと送り出したのである。
——はぁ~……何だってこんなことになっちまったんだか……。
そうして、人間社会に混じって暮らすことになった春明。最初は里での生活とのギャップに戸惑う彼であったが、徐々に慣れていき、今ではすっかり人間の文明社会というものに慣れ親しんでしまった。
今なら里での暮らしの方に違和感を覚えてしまう。もうあんな時代錯誤な生活など考えられない。
——このまま何事もなく、適当に過ごせりゃいいや……。
春明はこのまま、何気なく過ごせる平穏な日々を願うようになっていた。
ところが、カナの世話役だったハクが殺された辺りから、春明の望む平穏な日々が徐々に終わりを迎えていく。
ハクにカナのことを託された春明は、せめて彼女にも平和な日々を静かに過ごしてもらいたかった。しかし、奴良組の内部抗争に巻き込まれ危うい目に合い、それをきっかけに奴良リクオも覚醒。
徐々に激化していく奴良組の戦いに自ら身を投じていくカナを案じ、気がつけば自分も騒動の中心地へと足を踏み入れていく。
それでも、それでも、自分はまだ部外者だと高を括っていたのだが——京都から来たという、花開院家の竜二とやらの言葉に春明は人知れず動揺する。
『奴らが動き出した。京都の妖怪を束ねる大妖怪——羽衣狐』
「……羽衣狐」
花開院家の宿敵にして、奴良組とも因縁ただらならぬ相手。
そしてその名は——春明のルーツにも特別な意味合いを含んでいたのだが。
「……冗談じゃねぇ! 宿願だが、何だか知らねぇが……どうとでも勝手にやってくれ」
それでも自分は無関係だと、彼らの抗争に巻き込まれまいと静観を決め込むつもりだった。
浮世絵町に大人しく留まり、頭を低くして騒動が収まるのを待つつもりでいた。
『ちょっと京都に行くからついてきて、兄さん』
しかし、嫌な流れというものは続くものである。
修行から戻ってきたカナは何の脈絡もなく京都に——羽衣狐がいる地に行こうと春明を誘ってきた。たとえ彼の助けがなくとも、一人でも友達のために京妖怪と戦うと言うのだ。
春明は仕方なく、カナの面倒を見るために彼女と一緒に京都へと行く羽目になる。
「くそっ! どいつもこいつもふざけやがって……」
さらに京都の地で春明のストレスは加速度的に増していく。
予想以上に弱体化していた花開院家の頼りなさによる、自分たちへの皺寄せ。
混戦の中で現れたハクの仇、ふとした油断によりその憎き相手をとり逃してしまう。
しまいには、奴良リクオの人質として連れ去られてしまうカナ。その時点で彼の怒りは頂天に達していたが、せっかく救助されたカナが、開き直ったようにリクオと一緒に戦うと言って退こうとしないのだ。
勿論、力尽くでそれを阻止することもできた。カナの意思など無視して、彼女だけでも安全な後方へと無理矢理下がらようとした。
だが——
『一旦冷静になろうか? なあ、土御門くん。いや……」
忌々しいの十三代秀元。彼は春明の耳元で『その秘密』を囁き、彼に乱暴な行動を自制するように求め、脅してきたのだ。
未だに『そのこと』を誰にも知られたくない春明は大人しくするしかなかった。
——くそっ! あの野郎……死人の分際でやってくれる!
いっそ殺してやろうかとも思ったが、既に相手は死んでいる身。彼の主人であるゆらごとぶち殺すことも考えたが、さすがにそんなことをやればカナから一生恨まれかねない。
まあ、秀元も春明の事情を何となく察しているのか。それ以上余計なことを言う素振りもないため、特別見逃してやるところだった。
秀元に手を出せないその腹いせとばかりに、奴良リクオに不意打ちをかましたわけだが——
『お、お前……あのお方の……!?』
京妖怪・サトリの呟きに春明は悟る。
こいつも秀元と同じように自分の秘密を知ってしまったのだろう。その心を覗き込むことによって。
——ああ、ダメだ……こいつはダメだ。
人の心を勝手に覗き込んだ行為に、自身の秘密を知ったサトリという妖怪を前に——彼の心の奥底から冷たくどす黒い感情が湧き上がってくる。
——黙っててくれって言っても無駄だろうな……。
秀元とは違い、サトリはこの秘密を仲間の京妖怪たちに知らせるだろう。それは春明の望む平穏な暮らしをぶち壊す許し難き所業だ。
そう考えたとき——彼にはサトリを生かしておく理由が、欠片も思い浮かばない。
——やっぱダメだわ。もう……殺すしかないわ。
意外にも怒りや喜びなどを感じることもなく、春明はサトリを殺すことを機械的に決定。
その決定を実行に移すために、彼は自身の相棒であるお面の妖怪・面霊気に語りかける。
「おい、面霊気……久々にあれをやるぞ」
『…………まあ、しゃあないわな』
彼に近しいものとして、面霊気は春明の秘密を知っている。
彼女は春明の心情を痛いほど正しく理解し、その決定も止む無しと同意する。
面霊気なりに、サトリに僅かな同情の念を抱きながらも——容赦なく敵を殺すために力を解放する。
×
「ひっ!? な、何なんじゃ、この人間は!?」
迂闊にも春明の心を覗き込んでしまったサトリ。彼は知ってしまったその秘密に驚愕し、それを仲間に伝えるべきだと思い立つ。
だが、そうはいかんとばかりに春明の『殺気』が急速に高まり、サトリの精神に直接襲い掛かる。
そう、本来であればサトリが覗き込もうと思わなければ決して覗けぬ他者の心。
それがこの春明という少年は己の本心を隠そうともせず、押し付けんとする勢いでサトリに向かって自身の感情を突きつけてくるのだ。
静かな怒り、憎悪——底知れぬ殺意を。
『——殺す。殺殺殺殺殺死ね死ね死ね殺殺殺す』
『——絶対殺す今すぐ殺す即殺す全殺す何が何でも殺す』
『——ゆるさねぇ。殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺!!』
「ヒ、ヒィ!?」
その感情の波に震え上がるサトリ。多くの人間の精神に触れてきた彼にとっても、それは初めての経験だった。
一人の人間の殺意が練りに練り固められ、自分一人に注がれることなど未だかつてないことであり、その未知の体験に震え上がる。
「お、鬼一口! こ、ここは一旦引くぞ!!」
「え~、どうして?」
その恐怖からすぐにでも逃げ出したくて、サトリは相方である鬼一口に退くように言って聞かせる。だが、鬼一口は春明のどす黒い殺意を感じ取れていないため、サトリがこうも取り乱す理由を理解できない。
結局、春明の本性を知ることの出来たものはサトリだけ。彼は——その秘密を抱え込んだまま、この世を去ることとなる。
「……もういい、もう殺す」
ついに春明は自身の感情を言葉にして吐き出す。
そして、その意思を実行に移すべく、彼は『狐面のお面・面霊気』を手にする。
そして、そのお面を自身の顔に貼り付けた途端——突然、春明の内側からおぞましいほどの瘴気……否、妖気が渦巻いていく。
「——っ! なんだ、この妖気は……デカイ!!」
これには両者のやり取りを茫然と静観していた奴良リクオも目を見張る。
春明が半妖であることはリクオも知っている事実だ。しかし彼の場合、リクオのように妖怪に覚醒して力を振るうということができるタイプではない。
凛子などと同じように妖怪の血が薄く、ここまで『人間』として『陰陽師』として戦ってきた。
だがお面を被ったことにより、周囲に渦巻くようになった妖気は紛れもなく純粋な妖怪そのもの。
リクオですらも、思わず鳥肌が立ってしまうほどの凄まじい妖気が春明から立ち上っていた。
妖怪・面霊気ことコン。
お面の付喪神である性質上、自身は決して戦うことのできる強い妖怪ではない。しかしその弱点を補うかのように、彼女には様々な『機能』が備わっている。
認識阻害——被ったものの正体を隠し、バレないようにするための機能。
肉体操作——被ったものの肉体を乗っ取り、限定的ではあるが操る機能。
記憶譲渡——自身が見てきた記憶や記録を所有者の脳裏に焼き付ける機能。
その他にも付喪神の範疇を越えた、大小様々な能力を秘めている面霊気。
だが——彼女の本質はそこにはない。
先の機能はあくまで副次的なものにしか過ぎない。仮の所有者である家長カナでは、その程度の能力しか発揮できない。
真の主人である土御門春明が彼女を被ることにより、面霊気を本来の用途を取り戻す。
面霊気の本来の用途——それは『血を覚醒させる』ことだ。
春明の家系の血。狐面のお面は彼の中に流れる『——』の血を無理やり活性化させ、一時だが所有者に妖怪としての力を引き出させる。
それにより、僅か数分の間であるものの——面霊気をこの世に恐ろしい怪物を顕現させる。
「ふしゅぅうう……」
面霊気を被り、完全に妖怪化した春明。既に狙いをサトリのみに絞り、その妖気を陰陽術へと変換。
この状態は長く続かないため、春明は一気に決着をつけるべく、自身最大の術をその場にて唱えていた。
「陰陽術・木霊——樹海」
「ん……なんだ? 地震か?」
その異変に最初に気づいたのは春明たちの戦いとは関係なく、離れた場所で他の敵と交戦していた猩影であった。
リクオ同様若手の彼は、四国戦以来の百鬼夜行戦に少し押され気味であった。奴良組全体の勢いに乗ることで何とか戦えているが、弐条城を守る京妖怪はなかなか強く、士気の方もかなり高い。
そんな連中の相手とあって、とてもではないが周囲に気を配る余裕などなかった——筈である。
「——っ!? な、何だありゃ!?」
にもかかわらず、その光景を前に暫し唖然となる。
敵前でありながらも呆然と立ち尽くす、隙だらけの猩影。対峙していた京妖怪は容赦なく彼に襲いかかってくる——こともなく。
「な、なんじゃありゃ!?」
京妖怪も京妖怪で、その光景に度肝を抜かれている。
そう、彼らだけではない。その戦場に散らばっていた全ての者が目撃し、視線を釘付けにされていた。
戦場に突如として出現した木々、異常な速度で成長を進めるその植物の群れに——。
「あれは、土御門の仕業か!?」
土御門春明という陰陽師のことを知り、彼の得意とする陰陽術が『木』であることを知る面子は、それが彼の仕業だと即座に察する。
しかし——それが本当に彼の陰陽術によるものなのかと、これまでの彼の術の『威力』を知るものほど目の前の光景を疑った。
無理もない。なにせ眼前で生い茂る木々は、それまでのものとは——『規模』そのものが違う。
まさに森と言うのにふさわしい勢いで、あの弐条城をも『侵食』し始めたのだから。
「し、城が……我らの弐条城が……!」
植物のツルが居城に絡まっていく光景を前に、京妖怪たちの方がショックを受けて呆然としている。
彼らの士気が著しく下がり、その勢いが弱まっていく。
「! 隙だらけだぜ!!」
「し、しまっ——ぎゃあああ!!」
怯んだ相手の隙を窺い、猩影は目の前の敵を切り捨てていく。残念ながらこれが戦いである以上、隙を見せた方が悪い。見れば他の味方も、京妖怪の油断を突いて一気に攻勢を仕掛けている。
「お、押し返せっ!!」
その勢いに呑まれまいと、一部の京妖怪が号令を掛ける。だが、一度崩れた体勢を立て直すには相当な労力が必要となる。
どうやら、未だ幹部級の味方が戦場に出張っていないのか、京妖怪たちは完全に奴良組の勢いに呑まれていく。
そうして——まだ前哨戦ながらも、最初の戦いは奴良組が制する。
「……何だってんだ。あれは……」
だが、猩影の中にその戦果を純粋に喜ぶ気持ちは湧き上がってこない。
彼は目の前の現実、未だに異常な速度で成長を続け、弐条城の敷地内を侵食する木々『樹海』を前に呆然と立ち尽くすしかなかったのである。
×
「な、何なんじゃ! これは——!?」
「ヒィっ、ヒィえええええ!?」
春明の陰陽術・木霊『樹海』に最も恐れ慄いていたのはその殺意の矛先たるサトリであり、そのとばっちりに巻き込まれた鬼一口である。
彼らは春明を中心に広がっていく樹海を前に逃げ場を失い、木々の間に挟まれ身動きが取れない状態となってしまった。
既に窒息死寸前、それでもなお——春明は攻撃の手を緩めようとしない。
「…………」
サトリと鬼一口をまとめて木々で押し潰しながら徐々に、少しづつ、彼らの体を締め上げていく。
「くっ、苦しい……た、助けて……!」
懇願して泣き叫ぶサトリだが、春明の心はまったく揺るがない。
その気になれば人思いに息の根を止めることもできる筈なのに、拷問のようにサトリたちの苦しむを長引かせていく。
自分の秘密を知った罪人。無遠慮に心の奥底を覗いてしまった愚か者に制裁を加えるかのように、そこには欠片も慈悲はない。
「ぐぐ……き、貴様……な、何故……何故なのだ……」
サトリは苦しみの中で己の死期を悟る。
だがせめて最後くらい、一矢報いてやると彼の秘密を暴露するために大きく息を吸い込み、叫ぼうとする。
「何故!! あの方のし……も、モガガ!?」
「……」
しかし、サトリが叫ぼうとした瞬間にも、木々が彼の口元を覆って黙らせてしまった。
もはや息をすることも許可しないとばかりに、春明は無慈悲に判決を下す。
「——死ね」
とどめを刺すときは一瞬だった。
ぐっと握り込まれる春明の拳に連動するかのように、木々がサトリたちの肉体を押し潰して圧死させる。
ぐちゃり、と。
この世にサトリという妖怪がいた痕跡すら許さぬと、その肉体の肉片一つ残すことなく握り潰した。
「…………」
その光景を、一番まじかで見ていた奴良リクオは完全に言葉を失っている。
面霊気を被った際に放った妖気のデカさにではない。樹海の驚くべき成長速度にではない。
何の躊躇もなく、慈悲もなく。じわじわとサトリたちをなぶり殺した、彼の恐ろしいほどに機械的で残忍な手際にリクオは戦慄していた。
「な、何もそこまですることはねぇだろ……」
敵である以上、倒してしまうことは仕方がないことかもしれない。サトリたちは『羽衣狐に美しい娘を捧げてきた』ことを自慢するような、リクオからすれば飽きれるような連中である。
リクオがトドメを指すことになっていたとしても、多分切り捨てていただろう。
だが、敵といえどもその死に様はあまりにも惨いものであった。
春明はサトリたちが身動き取れぬ状態のまま、ギリギリと痛めつけるように苦しみを長引かせていた。
何かを叫ぼうとしたサトリの最後の希望の芽を容赦なく摘み取り、まるで己の無力さを味合わせるかのように無残に握り潰した。
「…………」
狐のお面で表情は読み取れないが、とても心を動かした様子はない。それら一切が機械的な動作であった。
あんな残虐な行為を無感情でやれてしまう春明という人間に対し、リクオはますます不信感を募らせる。
——こんな奴を……カナちゃんは「兄さん」なんて慕ってんのかよ……!
よりにもよってそんな男が、自分の幼馴染みでもあるカナの兄貴分であるというのだから、リクオの心は穏やかではいられない。
「…………」
そんなリクオに対し、春明は無言で彼の方を振り返る。何を思ったのか、スッと彼に向かって手を伸ばす。
その挙動とシンクロするかのように、リクオの周囲に生え茂っていた木々もざわめき出す。
それはまるで——サトリを殺したときと同じような予備動作であった。
「——っつ!!」
洒落にならないものを感じ取り、リクオは素早く刀を抜き放った。
相手がどのような暴挙に出ようとも、すぐに対処できるよう祢々切丸を構える。
「…………」
「…………」
数秒ほど、その状況で睨み合う両者の間に緊張の糸が張り詰める。しかし——
「——リクオくん!! 兄さん!!」
「…………ちっ」
家長カナが二人のことを呼び掛けながら駆け寄ってくる。カナがこちらに近づいてくるや、春明はそっと手を下げ、狐のお面を外した。
それにより彼を中心に渦巻いていた妖気が消え去り、周囲の木々も成長をピタリと止める。
「うわっ! ……なんか凄いことになってるけど、これ兄さんの仕業!?」
カナも本気を出した春明を初めて見たのか、彼が陰陽術で生み出した『樹海』の光景を眺めながら感嘆の声を上げる。
「まあな……」
だが、カナの驚きに春明は何でもないことのように呟く。
そして一瞬、チラリとだけリクオの方を振り返り、何かを口パクで伝えてくる。
リクオは読唇術などの心得はなかったものの、彼がなんと言ったのか何故か直感的に察することができた。
『——命拾いしたな?』
×
「やれやれ、随分と派手にやったもんやで……」
「ふん……」
それから数分後。春明のやらかした惨状にため息を溢しながら、十三代目秀元が弐条城を見上げる。
春明の陰陽術の影響により、すっかり植物によって侵食された城の壁面。だが、城内部まではさすがに木々を送り込むことができず、未だ手付かずのまま。
主だった幹部たちともまだ遭遇していないため、おそらく敵の主力メンバーは城の内部で待ち構えていることだろう。
「さあっ! ここからが本番やで! 二人とも、気を引き締めていかんと!!」
秀元は城の正面に集まった自分たちの要——祢々切丸と式神・破軍を扱う、リクオとゆらに声を掛ける。
ここから先、羽衣狐を討ち取る上で二人の力は必要不可欠だ。二人を羽衣狐の前に立たせるために、他のメンバーは全力を尽くさなければならない。
「……ああ、そうだな」
「わ、わたしは、いつでも準備万端やで……」
多少の緊張感を漂わせながらも、秀元の呼び掛けに頷く両者。リクオの後ろで控える百鬼夜行一同も言わずもがな。その場にいる全員が、既に弐条城内部へと突入する覚悟を決めていた。
「よし、いくぜ! 目指すは、羽衣狐が待つ……鵺ヶ池だ!!」
リクオが皆を代表するかのように号令を掛け、弐条城の内部へと足を踏み入れようとした。羽衣狐が鵺を産む前に片を付けるため、一気に目的地まで駆け抜けようと走り出す。
「——ちょっと待って!」
ところがその出鼻を挫くかのように、家長カナがリクオたちに静止を促す。
「な、なんなのよ、いきなり……!?」
突然のカナの言動に、彼女を信頼し始めていたつららもさすがにツッコミを入れる。他の面子も何気に不満そうな顔色になっている。
だが、そんな彼らの苦い表情を気にする暇もなくカナは『天耳』を発動し、周囲の音を拾い上げようと精神を集中する。
「……やっぱり、聞こえる」
「? 聞こえるって……何がだい、カナちゃん?」
カナが理由もなく自分たちの邪魔をするわけがないと、リクオは知っている。彼女が『天耳』——普通なら聞き逃してしまうであろう音を拾い上げる、聴力を強化する神通力でいったい何を聞いたのかと問い掛ける。
『——助けて……助けて』
『——帰りたい……』
『——あ母さん!! いやぁ!!』
「……女の人の声だ……助けてって……泣いてる」
「なんだって?」
カナが拾い上げたのは——人間の女性たちの悲鳴だ。
決して届く筈がないと、諦めながらも呟かずにいられない、小さな小さな心からの悲鳴。
そう、それは京妖怪たちが京都中から攫ってきた人間たちの泣き叫ぶ声。
羽衣狐に生き肝を捧げるため、用意された人間たちの生き残りだ。
「天守閣から聞こえてくる。結構多い……二十人はいるかも!」
「そりゃあ、助けねぇわけにはいかねぇな……」
なるほどと、リクオはカナが自分たちを止めた理由に納得する。
囚われている何の罪のない人間たちがいるなら、それを助けなければならない。少なくとも、知ってしまった以上、それを放置することはリクオの仁義が許さない。
「ちょい待ち! さすがに、そんな時間はないで……」
だが、これに待ったを掛けたのが秀元である。
「羽衣狐のいる鵺ヶ池は地下や。そんな寄り道しとったら、手遅れになってまう……」
「秀元!?」
秀元の発言の意図を察し、ゆらが責めるように叫ぶ。
彼の言いたいことは分かる。羽衣狐のいる鵺ヶ池と女性たちが囚われている天守閣はまったくの逆方向。
そんな場所へ助けに行っているうちに鵺が復活してしまう。時間切れになってしまう可能性を恐れているのだ。
「けど……!!」
その理屈はゆらにも分かる。
しかし、彼女も陰陽師として助けを求める声を無視することはできない。たとえそれが、後々になって取り返しのつかない事態を招くことになろうとも、今ここで彼女たちを助けなければきっとゆらはずっと後悔を引きずることになるだろう。
リクオもゆらも、その人たちを助けたいと思う気持ちは同じだ。
だからこそ——
「うん!! 二人は先に行って。天守閣には……私が行くから!!」
リクオとゆらに代わって、カナが女性たちの救出に行くことを申し出ていた。
羽衣狐との決戦に、彼らが心残りなく向かえるようにと。
「私なら神足で天守閣までひとっ飛びだよ。リクオくんとゆらちゃんは鵺ヶ池に!!」
カナの提案は理に適ったものだ。羽衣狐の討伐にはリクオとゆらの力が必要不可欠。彼らを守るためにも、ある程度の護衛も必要だ。
だがカナは、彼女は——正直、実力的な観点でいえば羽衣狐の決戦にいてもいなくても構わない人材だ。周囲を警戒することのできる神通力だって、他のメンバーが警戒を怠らずに護衛として固まればいいだけのこと。
リクオたちと別行動になっても、ここは女性たちを救うために動くべきだと、カナも己自身を納得させる。
「それは……確かにそうだが、いや……けど……」
それを理解した上で、リクオは不服そうに渋る。
理屈の上では納得できる。羽衣狐の討伐と人間たちの救出。その二つを同時にこなすためにも、ここでメンバーを分けることは必要かもしれない。
だが、その別れるメンバーの筆頭がカナであることに、リクオは言い知れぬ不安を覚える。
カナのことを信頼していないわけではないのだが、つい先日まで彼女のことを一般人だと思っていたリクオは、未だにカナのことを庇護すべき対象と見る癖が抜けないでいる。
「それじゃ……俺も救出隊の方に志願しようかね……」
「——っ!!」
さらにリクオの不安を煽るかのように、土御門春明が当然とばかりにカナに同伴する。
先のやり取りから、ますます春明のことが信用ならないリクオ。せめて他に信頼できる組員をカナと付き添わせなければと、人間たちの救出隊人選に頭を悩ませる。
「——若!!」
まさにそんな時である。リクオたちの頭上から漆黒の翼が三羽、彼の元へと羽ばたき舞い降りてきた。
「遅れて申し訳ありません! 我ら三羽鴉、これより京妖怪との戦いに加わらせていただきます!」
「黒羽丸!」
駆けつけてきたのは奴良組のお目付役、カラス天狗の息子たち三羽鴉であった。
長男の黒羽丸、次男のトサカ丸、長女のささ美。諜報活動で長らくリクオの元から離れていた彼ら三人組。
自在に空を舞う翼を持ち、かなりの実力者でもある彼らなら、リクオも安心してカナを任せることができた。
「いいところに来たぜ! 黒羽丸。早速で悪いが……お前らはカナちゃんと一緒に天守閣に向かってくれ。捕まってる人間を助けてぇんだ、頼まれてくれるか?」
「はっ! 御命令とあれば……ん? カナ……殿? うん? 貴様は……何故、あれ?」
リクオの命令に生真面目な黒羽丸は即座に頷く。しかし、狐面の少女の正体がカナだということを知らないでいた彼らは混乱している様子。
何故ここにリクオの幼馴染みである彼女がいるのかと、キョトンと目を丸くしている。
「あ、あの……よろしくお願いします!!」
「あ、ああ……よ、よろしく頼む」
だが説明している時間も惜しいと、カナはとりあえず頭を下げて黒羽丸たちに協力を願い出る。
黒羽丸も空気を読んでか深く突っ込まず、彼女と力を合わせて人間を救出することを了承した。
「よし、これで……」
信頼できる戦力を確保できたことで、とりあえず安堵するリクオ。未だ完全に不安感を拭いきれるわけではなかったが、これ以上、ここで立ち止まっているわけにはいかない。
次なる戦いへと赴くため、今度こそ弐条城内部へと向かう。
最後に一度だけカナの方を振り返りながら、リクオは彼女の無事を祈る。
「カナちゃん……気をつけてな!」
「うん、お互いにね……」
互いに成すべきこと成すため、二人は一時その場にて別れるのであった。
補足説明
面霊気の能力について
面霊気の能力は『物語の都合上後から考えたもの』が多いです。
ですが、今回披露した能力は『春明というキャラのため』最初から用意していたもの。
基本、これ以上の能力の付け足しはしない予定です。
陰陽術・木霊『樹海』
土御門春明・最後の切り札です。面霊気で一時でも『妖怪化』しないと使えない奥の手。
強力ですが、持続時間も消費する精神力も半端ないため、多用はできない。
強がっていますが、これを使った後の春明はかなり疲労困憊です。