家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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ここ最近になってようやく休止していたアニメ放送が再スタート。

やっぱり面白いのが『遊戯王セブンス』。
もうとっくにカードゲームは卒業した筈なのに、また始めたくなってしまうほど面白い! キャラもストーリーも今のところ文句なし。

『デジモンアドベンチャー』に関しては、現時点では何も言えない。
三話までは前日譚みたいな感じだったし、四話以降からどうなるか……。

さて、本編の方はようやく話が動き始めるところです。
ここからどうなるか……色々と予想しながら、お楽しみください。


第八十幕  誕生・千年の宿願

 ——随分と成長なされましたな。あのイタズラ坊主に過ぎなかった、リクオ様が……。

 

 戦闘の真っ只中でありながらも、黒田坊はリクオの成長ぶりを実感し、昔のことをふと思い出す。

 

 それはリクオが未だ妖怪変化もままならない、ただのお子様だった頃。

 黒田坊や他の妖怪たちは幼いリクオの仕出かす悪戯に翻弄され、随分と苦労させられた。子供のやることと、大半の妖怪たちは笑って見過ごしていたが、黒田坊はその悪戯にちょっぴり腹を立てていたし、今でも思い出すたびにイラッと、くることがあるくらいには根に持っている。

 

 加えて、本当にこの子に奴良組の未来を託してよいものかと、疑いがなかったといえば嘘になる。

 あの頃は鯉伴が亡くなってそれほど時間も経っていなかったこともあり、黒田坊もやや弱気だった。

 

 

 だが——そんなリクオへの疑いは、彼が妖怪として覚醒した日から期待へと変わる。

 

 

 リクオは必ず強くなり、きっと奴良組を建て直すだろう。黒田坊を始め、多くの側近たちが彼の成長に楽しみを抱くようになった。

 そうして、色々と紆余曲折ありながらも、彼は周囲の期待通りに成長した。

 

 奴良組への愛故に反旗を翻した牛鬼を退け、その深い懐で彼を許した。

 ぬらりひょん不在の中、四国妖怪の侵略を跳ね除け、総大将抜きでもやれるというところ反リクオ派の幹部たちに見せつけた。

 過酷な遠野での修行を乗り越え、妖怪としての戦い方も覚えてきた。

 

 未熟だと思っていたときから瞬く間に成長し、気づけば——あの鬼纏すらも扱えるようになっていた。

 

 ——齢十二で……いやはや、本当に驚かされましたよ。

 

 十三歳で成人とされる妖怪の世界においても、十二歳でこれほどの実力を身につけたなどという話は前例がない。少なくとも、黒田坊は聞いたこともない。

 ひょっとしたら、あの鯉伴でさえも、その歳でそれほどの強さは身につけていなかったかもしれない。

 本当に強くなったと、回想に耽っていた黒田坊。

 

「——戦いの最中に……余裕だな」

「——っ!!」

 

 しかし、思い出に浸る間もなく、黒田坊は現実に引き戻される。

 

「——櫻花(おうか)

 

 今は戦いの最中、対峙する敵は鬼の大将・鬼童丸だ。

 集中を欠いて勝てるような相手ではなく、彼は先ほど放った斬撃の雨『梅の木』以上の速度で鋭い斬撃を繰り出してきた。

 

 ——何っ!? さっきまでとは段違いの速さ!!

 

 過去を振り返りながらも、黒田坊は決して油断していたわけではない。梅の木くらいの速度の剣速であればある程度余裕を持って防げる自信はあった。

 だが、鬼童丸が放った櫻花は梅の木よりもさらに速い斬撃。暗器黒演舞を操る黒田坊でさえ防ぎきれず、リクオを庇いながら彼は結構なダメージを負ってしまう。

 

「すまねぇ、大丈夫か!? 黒!」

 

 自分を庇って痛手を負った黒田坊に、申し訳なさそうにリクオが謝罪を口にする。

 しかし、これは黒田坊の油断でもあるため、彼はリクオに心配かけまいとにっこりと微笑む。

 

「なんのなんの、これくらい……大したことはございません!!」

「黒……」

 

 その笑顔に果たしてリクオがどのような気持ちを抱いたか。

 定かではないものの、すぐに気を引き締め直し、二人は眼前の敵と向き合う。

 

「さ……リクオ様。いま一度——先ほど伝えたやり方で、拙僧を纏ってください」

 

 既に方法なら伝えている。あとは心を合わせて実行するだけだ。

 リクオが会得していた鬼纏——『畏砲(いづつ)』とは異なる纏い方というものを。

 

 鬼纏は決して一種類ではない。

 リクオが会得し、雪女を纏おうとした方法は畏砲という。威力は高いが隙が多い。土蜘蛛のように真っ向から向かってくる相手には有効な手段だ。

 だが老練で、手数の多さを心情とする輩には放つ前に防がれてしまうことが多い。実際、鬼童丸に見事に止められてしまった。

 

 だが、もう一つの手段であれば、そんな心配もなくどんな相手とでも対等以上に戦える。

 それこそが——黒田坊が教えたもう一つの鬼纏の方法である。

 

「次で……終わりにしよう」

 

 一方で、鬼童丸はリクオたちが攻勢に出る前に片をつけようと、一気に全力を出し切る。

 

「これを出したあとには何も残らない。ただ虚しさだけが残る」

 

 鬼童丸は自身の技に実に風情にある名前を付けていた。

 

 抜刀の際、一気に神速で解き放つ剣戟を『(くすのき)』と名付け。

 天に登る無数の枝葉の如き連撃を『梅の木』と名付けた。

 そして『櫻花』を億万の花が吉野の山に散るが如く様からそのように名付ける。

 

 どこか詩人な鬼童丸。そんな彼の感性を持ってしても、その技に対しては名前を付ける気にもなれない。

 例える言葉が何も思い浮かばない——故に『虚空(こくう)』とも呼ばれる連続斬撃の最終形。

 

「今度の斬撃は……櫻花の速さのさらに十倍をゆく!!」

 

 生半可な速度ではない。剣速が上がれば剣圧の威力も上がり、チリも残さずリクオたちの肉体を細切れにするだろう。鬼童丸は躊躇なく虚空を放ち、何もかも全てを終わらせようとした。

 

 

 

 

「…………」

 

 そんな絶体絶命の最中、リクオは心を研ぎ澄ませて黒田坊と畏を重ね合わせることに専念する。

 

 焦りはない。絶体絶命の窮地など、幾たびも乗り越えてきた。

 不安はない。自分たちなら出来ると、リクオは仲間を信頼している。

 明鏡止水の心。黒田坊の畏を着物を羽織るかのように纏う。

 

 鬼纏には絶対の信頼関係が必要だが、そんなもの既に持ち合わせている。

 出来て当然だと——リクオも黒田坊も、一切の迷いなく互いの畏を重ね合わせる。

 

 そして——

 

 

 

 

「——何!! ワシの剣戟を止めよった!?」

 

 放たれた鬼童丸の超神速剣戟『虚空』。その連続斬撃を——リクオは食い止めてみせる。

 先ほどまでは、櫻花のスピードについていくのがやっとだったというのにと、驚愕する鬼童丸。

 

 彼の視線がリクオの姿——黒田坊を纏った奴良リクオへと釘付けになる。

 

「黒よ……てめぇの畏、確かに鬼纏った!!」

 

 そこにいたのは確かに奴良リクオだった。しかし、その容貌が若干だが変化している。

 どこか僧兵を思わせる衣装に、数十、数百の武器、武具を背中に背負うその姿。

 

 それこそ、黒田坊との鬼纏——畏を着物のように羽織る『鬼襲(かさね)』である。

 畏砲ほどの破壊力こそないものの、常時纏って相手の力を借りることのできる状態。

 

 黒田坊の畏を借り受け、いざ鬼退治と洒落込む奴良リクオ。

 

「鬼を斬れと、怖ぇぐらいに滾ってやがる!!」

 

 今ならどんな相手であれ負ける気などしない。

 溢れ出す戦意を抑えきれずに、リクオは笑みを浮かべていた。

 

 

 

×

 

 

 

「焦るな! ゆっくり、落ち着いて避難するんだ!」

「こっちです! 皆さん、落ち着いて。慌てないでください!」

 

 弐条城の天守閣。連れ去られた女性たちを見つけた家長カナ一行は城からの脱出を試みていた。

 このとき、一同が逃走経路として選んだのが天守閣の外廊だった。最上階付近から一階の正面玄関までは距離が長く、まだまだ敵の戦力が配置されていることが予想される。

 さすがに二十人以上の無防備な人間たちを守りながら、そこまで辿り着くのは困難。そのため、飛翔できるカナや三羽鴉たちが空から女性たちを連れて、脱出することにしたのである。

 しかし、彼女たち全員を素早く脱出させるのにカナや三羽鴉たちだけでは心許ない。

 

「蛇ニョロさん!! お願いします!!」

「…………」

 

 だからカナは援軍を要請した。彼女が名前を呼びかけると空中を浮遊する妖怪・蛇ニョロが外廊に顔を出す。

 彼もまた三羽鴉と同じよう、奴良リクオから派遣された人員だ。いつもはその頭に乗って空中散歩を楽しむリクオだが、今回は女性たちを城から連れ出す手段として彼を遣わしてくれた。

 

「ひっ! ば、化け物!?」

「ちょっと……気持ち悪いかも」

「…………」

 

 三羽鴉と違い、人間らしい部分がまるでない蛇の妖怪に引き気味になる女性たち。

 彼女たちの悪口に、心なしかちょっぴり項垂れる蛇ニョロ。

 

「だ、大丈夫ですよ皆さん! し、式神……そう! この子は式神ですから!!」

 

 カナは咄嗟に蛇ニョロが陰陽師の使役する式神であることにして、女性たちに彼が無害な存在であることを訴える。

 

「さっ! 時間がありません! 皆さん順番に乗ってください、地上まで送りします!」

 

 そして、蛇ニョロの頭に乗ってこの場から避難するよう彼女たちに促す。

 

「えっ! こ、これに乗るの?」

「ちょっと怖いかも……」

 

 最初は抵抗感を示す女性たち。だが、さすがに駄々を捏ねている暇などないと分かっているのか、恐る恐ると一人ずつ蛇ニョロの頭に乗っていく。

 

「三人、四人……詰め込めても五人が限界か!」

 

 そうして乗れたのは四分の一ほど。トサカ丸が蛇ニョロに一度に乗せられる人間の数に顔を顰める。

 さすがに一度に全員を運べるとは思っていなかったが、それでも四分の三も残ってしまった。

 

「仕方ない……トサカ丸、行くぞ!!」

「おうよ!!」

 

 だからといって立ち往生しているわけにもいかず、まずはその面子だけでも避難させるため、蛇ニョロは出発する。

 空を飛べる妖は京妖怪側にもいるため、護衛のためにささ美とトサカ丸が蛇ニョロの両脇をガードするように着いていった。

 

 

 

 

「……ねえ、やっぱり貴方も先に避難した方が……」

「嫌っ!! お姉ちゃんと一緒がいい!!」

 

 避難の第一陣を見送りながら、カナは先ほどから自分の側を一向に離れようとしない女の子に少し困った表情を浮かべる。

 先ほどカナに泣きついてきた、生き残った女性たちの中でも一番の幼子。彼女のような子供こそ真っ先に避難するべきなのだが、その少女は蛇ニョロに乗ることを拒否。

 カナと一緒じゃなきゃ嫌だと、駄々を捏ねて彼女の側に引っ付いている。

 

「仕方ないな……。絶対に助けるから、大人しくしててね!」

「う、うん!!」

 

 ため息を吐きつつも、カナはその子の頭を撫でて優しく告げる。少女は満面の笑みでより一層、力強くカナにしがみつく。

 

 暫くの間、黙って蛇ニョロが戻ってくるのを待つ一同。

 何もないことを祈るカナだが、さすがにそうそう上手いことにはならない。

 

「……おい、なんか後ろから来てんぞ」

「そう、みたいだね」

 

 春明がそれに気づいたように、カナもその気配を察知していた。

 三羽鴉の中、一人天守閣に残った黒羽丸も気づいて声を上げる。

 

「追っ手か!」

「——うらぁあああ! 待ちやがれ人間ども!!」

 

 侵入者に仲間を殺され、女性たちが逃げ出しことに気付いた京妖怪たちだ。

 カナたちを逃さまいと、階段を駆け上がって迫ってくる。

 

「ちょっと、ゴミ掃除してくら。先行ってろ……」

「兄さん!?」

 

 人ごとのように呟きながらも、春明が追っ手を食い止めるために来た道を戻って行く。カナは彼一人で大丈夫かと思いながらも、他の人々を守るためにもその場から離れるわけにもいかなかった。

 

「——待たせたな。次の五人、早く乗れ!!」

 

 そうこうしているうちに、蛇ニョロとトサカ丸たちが戻ってきた。無事安全な場所まで最初の五人を送ってきたのだろう。次に避難させる人たちを乗せて、またすぐに天守閣を離れて行く。

 第二陣を見送りながら、この調子なら全員無事に避難させられるかもとカナは安堵する。

 

 

 だが、ホッと胸を撫で下ろすのも束の間。一際大きく、弐条城全体が揺れ出したことで危機感が込み上げる。

 

 

「こ、これってっ!?」

「不味いな……あまり時間もなさそうだぞ!」

 

 鵺の復活がすぐそこまで迫っているのか。城そのものが倒壊しそうな勢いで揺れ出している。

 このままモタモタと留まり続けるのは得策ではない。もっと早く避難できる手段はないかと、カナと黒羽丸が頭を悩ませる。

 

 そのときだった。蛇ニョロが行き来する方向とは別の方角から——鳥の一団らしきものが迫ってくる。

 よく目を凝らしてみれば、それが翼を生やした妖怪・天狗の集団であることが見て取れた。

 

「ちっ! 京妖怪か!」

 

 黒羽丸はその天狗たちに見覚えがなく、見知らぬ彼らを敵であると認識して武器を構える。

 

「! 待ってください!!」

 

 だが、家長カナはその集団から敵意を感じなかった。

 徐々に近づいてくる天狗たちをよく見れば、誰もが見覚えのあるものたちであることに気づく。

 

「あれは……富士天狗組の皆さんです!!」

「なんだと!?」

 

 そう、彼女が察したように、彼らは全員富士天狗組に属する天狗妖怪たち。

 あちらもカナたちの存在に気付いたのか、天守閣へと真っ直ぐ近寄ってきた。

 

「カナ殿! こちらにおられましたか!!」

「皆さん! どうしてここに!?」

 

 思わぬ援軍に目を丸くするカナだが、富士天狗組の組員たちは口々に言う。

 

「我々もこの戦、奴良組と手を組む形で参戦させてもらっています!」

「太郎坊様も現在、この京都に来ておられます!」

「我々は太郎坊様からカナ殿を手助けするように言われて来ました! 不躾ですが、お手伝いさせてください!」

 

 それらの発言に、カナも黒羽丸も驚きを隠せないでいる。

 

「お、おじいちゃんが!?」

「富士天狗組との……共闘だと!!」

 

 カナは、まさかあの人間嫌いの太郎坊が自分のために兵を遣わせてくれるとは思っておらず、少し涙ぐんでしまう。一方で、黒羽丸は長年音信不通だった組と肩を並べて戦うという状況に警戒心を抱く。

 

「あ、ありがとうございます! これだけの人手があれば、今すぐ皆を避難させることができますよ、黒羽丸さん!!」

「あ、ああ。確かにそうだが……」

 

 富士天狗組の援軍は十人ほど。避難させるべき女性たちも十人ほど。

 組員一人がそれぞれ女性たちを運んでいけば、すぐにでも彼女たちを全員避難させることができる。

 

「あの者たちを地上まで送ればいいのですね?」

 

 カナの提案に富士天狗組は嫌な顔を一つせずに応じてくれる。

 

「なっ、なんでもいいから早く逃げましょう!!」

 

 女性たちも。たび重なる城の揺れに強い危機感を持ち始めたのか。恐る恐るとだが、天狗たちにそれぞれしがみつき、すぐにでも避難できる体制に移行することができた。

 

「…………」

 

 その状況にやや複雑な顔をしたのが黒羽丸だ。彼は父である鴉天狗から、富士天狗組がどういった経緯で奴良組と疎遠になっていたか、その詳細を聞かされている。

 また同じ天狗としてか、何か対抗心のようなものが自然と心の奥底から湧き上がってくる。

 自分たちの窮地を助けてくれるという状況に、助かった思う一方、ちょっとだけ悔しいという感情がどこからか溢れ出してくる。

 

「……黒羽丸殿。貴方のお話は鴉天狗様から聞いております」

「…………」

「色々と仰りたいことは分かりますが、この場はどうか穏便にお願いしますよ?」

 

 そういった対抗心は富士天狗組の方にもあるのか。

 少しだけ、ちょっぴりだけ高いところから見下ろす感じで黒羽丸に「今は何も言うな……」と優越感を滲ませて呟く。

 

「くっ……仕方あるまい」

 

 その発言を屈辱に感じながらも、真面目な黒羽丸は耐え忍ぶ。

 今は自分に与えられた役割、それを全うするだけだと自身に言い聞かせながら。

 

 

 

 

「——では、我々は先に。家長殿も急いでくださいね!」

 

 そういう経緯がありつつも、女性たちを連れて富士天狗組は一斉に天守閣を飛び立ち、地上へと向かう。

 カナもその光景を見送った後、幼い少女を抱き寄せてそこから飛び立とうとする。

 

「最後はわたしたちだ。さあ、しっかり掴まっててよ!!」

「う、うん!!」

 

 カナは自身の胸にギュッとしがみつく少女の体をしっかりと抱き寄せる。しかし、彼女の体温を直に感じながらも、カナは下の階——春明が未だに足止めをしている場所にも意識を向ける。

 

「兄さんは……まだ戻ってこないの?」

 

 京妖怪との戦闘がまだ続いているのか。なかなか戻ってくる気配がない。

 自身で呼びに行こうにも、幼い少女を抱えたまま敵地に戻るのは気が引ける。

 

「家長殿! あの少年のことは私に任せて、先に逃げていてください!!」

 

 すると迷っているカナを見かねてか、黒羽丸が声を掛けてくれた。あとのことは自分に任せて先に避難してほしいと、彼の方が春明と合流すべく下の階へと戻っていく。

 

「……分かりました。兄さんのこと、お願いしますね!」

 

 カナは少し迷いながらも、黒羽丸に春明を任せることにした。

 一人で残すのは気が引けたが、二人なら戦力的にも大丈夫だろうと思ったし、いつまでもこの子を——胸に抱えている幼い少女を自分たちの都合で振り回すわけにはいかない。

 

「よし……行くよ!!」

 

 そうして、今度こそその場から飛び立ち、逃げようとしたところで——

 

 

 

「——あれ? なんだい……せっかくここまで来たのに、尻尾を巻いて逃げちゃうのかい?」

「——っ!!」

 

 

 

 どこか残念がるような、人を嘲笑するような言葉を上空から浴びせられ——カナの動きがピタリと停止する。

 

「!! お、お前は……!」

 

 カナが視線を上げると、そこには巨大な怪鳥とその背中に乗った一人の少年が佇んでいた。

 

 忘れる筈のない声、忘れる筈のない姿。

 

 その少年を前に——カナは心の奥底へと封じ込めていた感情が沸々とこみ上げてくる。

 その少年の名を——彼女は憎しみと共に吐き捨てる。

 

 

 

「——吉三郎!!」

 

 

 

 そんな、カナの悲痛な叫び声に——

 

 

「ああ、うん。自分の名前くらい、別に呼ばれなくても分かってるから……」

 

 どこまでも人を小馬鹿にした態度、冷めた眼差しで吉三郎はカナを見下ろしていた。

 

 

 

×

 

 

 

 ——こ、この数は!?

 

 奴良リクオの鬼纏——『鬼襲』を前に鬼童丸は防戦一方の戦いを強いられていた。

 鬼童丸は京妖怪の幹部の中では最速の剣戟を誇る。戦いの熟練度や素早さだけなら、あの土蜘蛛すらも凌ぐ凄腕の達人だ。

 

 しかしそんな彼の剣捌きを持ってしても、奴良リクオの剣戟を凌ぎ切ることができない。

 

 黒田坊という、無数の暗器を操る妖怪の力を借りた影響だろう。リクオが刀を一振りするたびに無数の武器が、暗器が鬼童丸を切り刻み、彼を窮地へと追い込む。

 

「へぇ……まるで一振りで千の刃が溢れ出るようだ」

 

 リクオがそう呟くよう、まさに千の武器が襲いかかってくる感覚だ。

 剣速はまだ鬼童丸の方が早いが、彼の武器はそれぞれの手に握られている二本の刀のみ。一振りで数百、数千という武器を生み出すリクオとは、手数から違って追いつくことができない。

 そうして、何合と切り結ぶ中で、いよいよ鬼童丸は自身の限界を悟る。

 

 ——刀が……保たんか。

 

 リクオとの激しい斬り合いの末、長年愛用してきた刀がついにボロボロにひび割れ、全身が傷だらけになっていく。このまま戦い続けても、いずれは致命傷を食らって終わる。

 鬼童丸に勝ちの目はない。

 

「まだだ……まだ、やられるわけにはいかんな……」

 

 だが、それでも鬼童丸はここで退くわけにはいかない。鵺の復活、千年にわたる宿願達成まであと一歩のところまで来ているのだ。

 最後の瞬間を護れるのなら、自身の命すら惜しくはない。

 

 その覚悟から、ついに鬼童丸は最後の手段に打って出る。

 

「…………」

「! 羅城門に飛び乗った?」

 

 鬼童丸は後方へと大きく飛び退き、幻影で生み出した鬼たちの住処・羅城門の屋根へと飛び移る。ただ逃げただけではない、何か仕掛けてくると気配で察しリクオも警戒心を抱く。

 鬼童丸は屋根に着地するや、その手に握られた二本の刀を羅城門に突き立てた。

 

 

 刹那——鬼の角でも生えたかのように、羅城門に巨大な刀身が出現。

 羅城門そのものが——巨大な刃へと姿を変えたのである。

 

 

「————」

 

 さすがに唖然となるリクオに、鬼童丸は言い放つ。

 

「千年の修行の末、これ以上の速度は——不可能となった!」

 

 どれだけ鍛えても、人間はチーターよりも早く走ることができない。

 どれだけ進化しようと、チーターは新幹線よりも早く走ることはできない。

 どんな生物であれ、出来る範囲には必ず『限界』というものが存在し、それは妖怪とて例外ではない。

 鬼童丸は千年間の修行で、己の身体能力の限界へと至った。

 

「だから刃を変えた。このまま神速を越えればどうなるか!」

 

 だからこそ、彼は見方を変える。

 これ以上の速度が無理なら、得物の方を変えればいいと。

 ただ単純に得物を大きくし、同じような速度で振るえば自然と破壊力が増すのだと。極々単純な真理へと辿り着いた。

 

「その身で受けよ! 剣戟・無量!!」

 

 刃を生やした羅城門がまるで移動要塞となって奴良リクオへと襲い掛かる。これこそ、鬼童丸が修行の末に辿り着いた最終奥義——『無量(むりょう)』である。

 これならばいかに数千、数万の刃を振るおうとも関係ない。小手先の技や武具など、全て一蹴する。

 

「塵となれ!!」

「——!!」

 

 無量の刃が、呆然と立ち尽くす奴良リクオ一人へと向けられ、彼を切り刻み押し潰す。

 

 鬼童丸は確かな手応えを————感じなかった。

 

「…………」

 

 何故なら押し潰したと思った奴良リクオの体が、ゆらりと蜃気楼のように揺らめいたからだ。

 次の瞬間、気が付けばそこに彼の姿はなかった。

 

「——しまっ!?」

 

 見覚えのある感覚。鬼童丸は咄嗟に何が起きたかを理解し、後ろを振り返りながら刀を振るう。

 それは鬼童丸だからこそ出来た機転の速さだったが、その動きすら読み切り、パシッと刀の切っ先を抑えられてしまう。

 

 そして——いつの間にか後方へと回り込んでいた奴良リクオによって、鬼童丸は無数の斬撃の浴びせられる。

 

「こいつは黒の畏だけじゃねぇ。二人の畏を襲ねたもんだ」

「っ!!」

「忘れたのか? 遠野で見せたオレの畏を……!!」

 

 そうだ。数千の刃に目を引かれすぎて失念していた。

 黒田坊の畏だけではない、リクオ自身の畏・『鏡花水月』があるのを——。

 無量で押し潰したのはリクオの幻、本体はとっくに鬼童丸の背後を取っていた。鬼童丸が気押された時点で既に彼はリクオの術中に嵌っていたのだ。

 

 力や素早さだけではない。これぞ妖の戦い。

 ぬらりくらりと相手の攻撃を上手く躱しきった——奴良リクオの勝利である。

 

 

 

 

「——鬼童丸……!」

 

 盟友が敗れるそのときを、他の妖怪と交戦しながらも茨木童子は目撃していた。思わず駆け寄ろうと試みるも、それを対峙していた首無が阻止する。

 

「あれが今のオレたちの大将だ。立派になられた……もうオレたちの百鬼が負けることはない!」

「……ああ? 何を言ってんだ、おめぇは?」

 

 デカい口を叩く首無の言動にギロリと睨みつける茨木童子。しかし、首無の言う通りでもある。

 これは百鬼夜行戦。この羅城門の戦いで京妖怪の大将は鬼童丸がつとめていた。その鬼童丸が奴良組の大将である奴良リクオに敗れた。百鬼の戦いにおいて、これほど致命的なことはない。

 以前の戦いのように、茨木童子も首無のことを一蹴できず、他の鬼たちも徐々に劣勢の戦いを強いられている。

 この度の戦、既に京妖怪側に勝ち目など無くなっていた。

 

 

 

 もっとも——それはあくまで、この場においての話に過ぎなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………長かった」

「?」

 

 奴良リクオに切り捨てられた鬼童丸。

 彼は血だらけで地に這いつくばりながらも、どこか満足げな笑みを口元に浮かべている。

 

「時間は多く過ぎ去った。今の時、千年の長さに比べればほんの僅かなれど……」

 

 彼にとって、本当に長い千年だった。

 何度も宿願を阻止され、屈辱に耐え忍びながら過ごした千年間。それは永劫にも感じる悠久のときでもあった。

 

 だが、そんな永遠に感じていた全てが、ようやく終わる。

 千年と数刻。まさに最後の土壇場で——彼は自身の『役割』を全うすることができたのだ。

 

「この時を守れて……本望だ」

「なっ——!?」

 

 次の瞬間、周囲の風景が一変する。鬼童丸たちの怨念で変化していた場所が、羅城門から弐条城の廊下へと戻ったのだ。

 それは、本来であればリクオたちにとって喜ぶべきことだっただろう。これで当初目的としていた場所——鵺ヶ池まで行くことができると。

 リクオが倒すべき敵——羽衣狐の元まで、邪魔者抜きで突き進むことができる筈であると。

 

 しかし、もうその必要もなくなった。

 もはや鵺ヶ池になど、わざわざ出向く必要もなくなったのだ。

 

「まっ、間に合わなかった?」

 

 呆然と誰かが呟くように、全てが遅すぎたのだと悟る。

 突然の鳴動、何かが地の底から押し寄せてくるような地響きに身構える一同。

 

 

 刹那——リクオたちの立っていた廊下の地面に突如、『七芒星』の光の図形が浮かび上がる。

 

 

 七芒星。それそのものが安倍晴明と、それに連なる者たちを意味する。

 そんな光り輝く七芒星の輝きと共に、真っ黒い巨大な球体が城の床をぶち破って迫り上がってきた。

 

「わっ……危ねぇっ!?」

 

 慌てて飛び退く奴良組一同を尻目に、さらに天井を突き破りながら上昇を続ける黒い球体。

 

「くっ……!?」

 

 その球体から仲間たちを庇いながら、リクオは目撃する。

 その球体と一緒に浮上する、美しい黒髪の女の一糸まとわぬ姿を——。

 

「……ふふふっ」

「——っ!?」

 

 一瞬ではあるが、確かにその女と視線が交わったリクオが目を見開く。

 

 巨大な球体と女はさらに浮上を続ける。

 城を真っ二つにカチ割りながら、天守閣を破壊し、城の上空まで来たところでピタリと停止した。

 

「————————」

「————————」

「————————」

 

 奴良組も、遠野も、京妖怪でさえ。

 誰もが争うことを止め、皆で黒い球体を仰ぎ見る。

 

 それはまさに『黒い太陽』とでも呼ぶべきものだった。

 黒一色という不気味な塊でありながらも、神々しさすら感じさせる『それ』を前に等しく誰もが息を呑む中——

 

 

「感じるぞ……晴明ェ」

 

 

 美しい女の、美しい歓喜の声が歌声のように響き渡る。

 

 黒い太陽と共に現れたその女は、あまりにも美しかった。

 もともとの器量の良さもあるが、それ以上に女の感情が『歓喜』に満ちていたからだ。

 

 千年の宿願達成。それにより、女は——羽衣狐はかつてないほどの喜びの中にあった。

 京妖怪として、魑魅魍魎の主——安倍晴明の母として、これほどの喜びに包まれた日はなかっただろう。

 

 だからこそ彼女は美しく、慈愛に満ちた微笑みで全てのものたちに祝福を述べる。

 

 

「皆の者……大儀であった」

 

 

 

 

「あれが我らの望むものだ……奴良リクオ!!」

 

 黒い太陽と羽衣狐の降臨に、満身創痍ながらも鬼童丸が勝ち誇る。たとえ自身が敗北しようと、ここで朽ち果てようとも関係ない。

 宿願さえ達成できればそれで良いのだと、自分たちの勝利を噛み締める。

 

「くっ!」

 

 反対にリクオは己の不甲斐なさに肩を落とす。

 目の前の敵、鬼童丸との交戦に専念するあまり、本来の目的である羽衣狐討伐を失念していた。

 時間切れとなり、むざむざ鵺の復活を許してしまったことに、戦いを制しながらも敗北感を抱く。

 

 だが、決して落ち込むだけではなく、リクオは強い意志と共に空を見上げた。

 

「あれが……羽衣狐っ!!」

 

 改めて目の当たりにする、京妖怪たちの現時点での大将・羽衣狐。

 鵺という巨大な敵のことも勿論考えなければならないが、やはりリクオにとって彼女の存在は捨て置くことが出来ない。

 

「親父の……敵!!」

 

 あの日、父親を殺したのは間違いなく彼女だと。

 

 在りし日の面影を感じさせる羽衣狐の容姿に——リクオは自然と祢々切丸を握る手に力がこもっていた。

 

 




次回から、いよいよ羽衣狐との最終戦が始まります。
長かった、千年魔京編。もう少し続きますが、どうか最後までお付き合いください。

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