家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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今回の話を読み進めるにあたり、第五十一幕『覆せぬ過去―されど約束は消えず』を再度読んでおくことをお勧めします。

理由は……最後の方になれば、わかるようになっていますので……。


第八十二幕 四百年の因縁、三百年ぶりの再会

「——よし! ここまで来ればもう安心だよ!」

「う、うん……ありがとう、お姉ちゃん!!」

 

 奴良組と京妖怪との最終決戦が弐条城で行われている最中。家長カナは無事、弐条城に囚われていた女性たち、その全員の避難を完了させていた。

 カナに最後まで縋るようにくっついていた少女も、ようやく安心して彼女からそっと離れていく。

 

 ちなみに、カナたちが避難させた女性を集めていた場所——そこは京都府警察署、その屋上だった。

 

 ここならすぐにでも警察に保護され、身元の確認、保護者や近親者にもすぐに連絡がいくだろう。

 こういった細かい配慮はやはり人間の警察に任せるのが一番。あとのことは彼らに任せ、カナはすぐにでもその場から立ち去ろうとしていた。

 

「お姉ちゃん……どこに行くの? みんなとここにいようよ?」

 

 だが、助けた例の少女がカナの服の袖を強く掴み直してきた。未だに母親と再会できていないことが不安なのか、庇護を求めるような目でカナのことを見上げてくる。

 

「……ごめんね。お姉ちゃん、行かなきゃいけないところがあるの」

 

 カナはしゃがみ込み、不安げな瞳の少女と目線を合わせる。少女に対し、自分がどうしても行かなくてはならない、やらなければならないことがあるのだと。

 諭すように、優しく語り掛ける。

 

「もしかして……あのお城に戻るの? 危ないよ! ここにいようよ!!」

 

 しかし、少女はカナの服から手を離さない。

 カナが再びあの城に、お化けがたくさん居座っている恐怖の場所に戻ろうとしていることを察し、それを止めようと駄々を捏ねるように泣きじゃくる。

 これに困った表情をするカナ。すると——

 

「——その子の言うとおりだぜ。アンタはここにいてくれ」

「——ああ。きっと三代目もそれを望んでいる」

 

 少女の意見に賛同するものが、二人してカナに声を掛ける。

 カナと共に女性たちを避難させていた、三羽鴉のトサカ丸とささ美である。

 

「まあ……それは確かに」

「その方が……得策ではあるが……」

「うんうん」

 

 二人の他にも、富士天狗組の組員たちなど数十名。

 彼らも一様に同意するかのように頷き、カナが救出された女性たちと共に避難していることを望んでいた。

 

 それは決してカナを足手まといだとか、人間だから仲間外れにしているとか、そんな後ろ暗い感情ではない。

 彼女の身を純粋に心配した上で、その身を案じた上で、この場に留まるべきだと言ってくれているのだ。

 

「皆さん……ありがとうございます」

 

 カナはそんな周囲の気遣いを理解し、お礼の言葉を述べていた。

 

「だけど……ごめんね。わたし、行かなきゃいけないの……」

 

 だがそれでも、ここに残ることはできないと。

 カナは少女に、自分があの城に戻らなければならない理由を真摯に伝える。

 

「今ね……あの城ではわたしの大切な人たちが戦ってるの。この京都を、この街に住む人たちを守ろうと……頑張ってくれている人たちがいっぱいいるのよ……」

 

 そう、幼馴染の奴良リクオは勿論、友達の花開院ゆらや及川つらら。

 リクオの仲間や、花開院家の他の陰陽師たちも。

 妖怪と人間が、種族の垣根を越えてこの街を守ろうと必死に戦っているのだ。

 

「わたしにも、きっとできることがある筈だから。ここでじっとしていることはできないの……ごめんね」

 

 カナも、その人たちのように戦いたい。

 彼らと同じように街を守るために。みんなを助けるために戦いたいのだ。だから——ここでただ待っていることなどできない。

 すぐにでもあの戦地へと戻らねばと。自分を心配してくれる人たちに頭を下げながらも、カナは既に決意を固めていた。

 

「…………じゃあ、指切りして」

 

 カナの言葉に少女は何かを悟ったのか。駄々を捏ねるのを止め、彼女の巫女装束から手を離す。

 その代わりに、少女が要求してきたのはカナとの指切り——約束を結ぶことだった。

 

「約束して……。必ず、ちゃんと帰ってくるって。もう一度……わたしと会ってくれるって……」

 

 それが、その少女の精一杯の妥協点だったのだろう。

 涙を必死に堪えながら、カナに向かって指切りのための小指を差し出してくる。

 

「……約束、か……」

 

 少女のその言葉——約束というワードに、カナは過去幾度となく結んだ『大切な約束』について改めて思い返す。

 

『——あいつと友達になってくれないか?』

『——その子と友達になってくれないかしら?』

 

 今世と前世。それぞれの時代で結んだ違う人との約束だが、それは一人の同じ人物との関係に繋がっていた。

 カナにとって大切な人たちと結んだ約束。それが今のカナにとっての『彼』との架け橋になっている。

 

 きっと——この少女も、そんな自分との『懸け橋』を望んでいるのだろう。

 自分と約束を結ぶことで、自分との繋がりを求めているのだ。

 

「……分かったよ。約束する」

 

 カナは力強く頷き、少女の小指に自身の小指を絡めた。

 

「必ず、無事に帰ってくるから……きっと、もう一度この街で会おうね!」

「う、うん!!」

 

 それで少女の顔から完全に不安が消え去るわけではない。だがカナとの指切り——約束を結んだことを支えに、彼女はカナと離れる決心がついたのか。

 涙を堪え、その場から立ち去っていくカナを静かに見送ってくれていた。

 

 

 

 

「さっ! 行きましょう!!」

 

 少女との別れを経て、カナは再び弐条城へと視線を向ける。

 さすがにここからでは戦いの詳細までは分からないが、城上空には何やら黒い球体が顕現し、その物体に手足やらが生え、何かよからぬものが産まれ落ちようとしているのが見えた。

 あれこそが京妖怪の宿願、鵺——安倍晴明なのかもしれない。

 今の弐条城は、まさに未知の恐怖に支配された魔城だ。鬼が出るか、蛇が出るか分かったものではない。

 

「待っててね、リクオくん!!」

 

 それでも、カナに躊躇いはなかった。

 

 あの日、大切な人たちと交わした約束を守るために。

 そして、たった今少女と交わした『必ず無事に戻る』という約束を守るためにも、もう二度と自己犠牲に陥ることはない。

 自分を含め、大切な人たちを誰一人死なせはしないと。

 

 

 彼女の瞳には——確かな決意が秘められていた。

 

 

 

×

 

 

 

「…………」

「……うり二つじゃな、憎らしい顔よ」

 

 弐条城の最上階。

 屋根や天守閣が鵺復活の影響で跡形もなく崩れ落ち、空の景観までもが見えるようになったその場所で。

 奴良リクオと羽衣狐——因縁の二人が対峙していた。

 

 羽衣狐はリクオの顔を見るや、その美麗な顔を顰める。

 眼前に立ち塞がる奴良リクオの表情。それが四百年前に自分の邪魔をした憎っくき男・ぬらりひょんにこれでもかというほどに酷似していたからだ。

 

「何故、貴様らの血は……いつもいつも妾たちの邪魔をするというのだ!!」

 

 四百年前も、ぬらりひょんは珱姫・惚れた女一人を救うために自分と敵対し、羽衣狐の宿願をついでとばかりに潰した。

 その後、四百年間。幾度となくあった復活のチャンスもそのぬらりひょんの息子、奴良鯉伴が尽く潰してきたと話に聞いている。

 そしてこの孫だ。この孫も、きっと下らない理由のために自分の邪魔をするのだろう。

 

「理解できん……まったく理解できんぞ」

 

 つくづく理解できないと。羽衣狐は愚痴を溢すかのようにリクオに向かって吐き捨てる。

 

「だから……親父を殺したのか」

 

 一方のリクオも、羽衣狐に敵意剥き出しに問い掛ける。

 

「あのとき、桜の散るあの場所で……」

 

 

 八年前。リクオは父親と二人っきりで出掛けた先、そこで羽衣狐に父である鯉伴を殺されている。

 しかし、その場に居合わせていたリクオだが、鯉伴が殺される『瞬間』を目撃したわけではない。

 

 彼が少しの間目を離した後、目撃したのは——血溜まりに伏せる奴良鯉伴。

 そして、そのすぐ傍らで刀を握りしめていた、幼い羽衣狐の姿だけだ。

 

 状況から見て、彼女が鯉伴を刺したのは間違いないだろう。しかし、幼い子供の姿をしていたからといって、父が無抵抗で誰かに刺されるなどとは考えにくい。

 いったい、自分が目を離したほんの数秒の間に何があったのか。

 リクオはそれが知りたかった。

 

「……? 何を言うておる?」

 

 ところがリクオの問い掛けに、羽衣狐は首を傾げている。

 惚けているわけではない。本気で何を言っているかわからないといった感じで不思議がる羽衣狐。

 

「……? ……!?」

 

 彼女はリクオの言葉に何かを思い出すように一瞬だけ目を見開くが、すぐにでも首を振り、眼前の敵であるリクオを見据える。

 

「——よお、お互い因縁がある者同士だろ? ちゃっちゃとやりゃいいだろう」

 

 すると、そんな羽衣狐の背中を押すよう。

 彼女の背後に座り込んでいた妖怪・土蜘蛛が羽衣狐に声を掛けていた。

 

「いいぜぇ、鵺のお守りはオレがやってやるよ。だから存分にやりあえや。四百年前のあのときと違ってな……」

 

 戦闘狂らしい土蜘蛛の台詞だ。

 彼は無駄に駄弁るよりも、手っ取り早く拳で殴り合えと言っているのだ。そして土蜘蛛も、人の獲物に手を出すほど無粋ではないらしい。

 自分が鵺を守ることに徹し、羽衣狐が何の憂いもなく戦いに専念できるよう、彼なりに気を配っていた。

 

「……言われんでも、わかっておる!」

 

 そんな土蜘蛛の言葉に触発され、羽衣狐が動く。

 

 彼女は愛用の黒いバッグから扇——否、『鉄扇』を取り出してそれを振るう。

 振るった瞬間、鉄扇は通常のサイズから羽衣狐自身よりもさらに巨大化し、周囲の地形ごと奴良リクオを叩き潰そうと迫った。

 

「!!」

 

 リクオはその攻撃を躱すために後方へ緊急回避。何とか難を逃れる。

 

「これは……妾が平家にいた頃のもの……」

 

 それは彼女が遠い昔、護身用に用いていたもの。『二尾の鉄扇』と呼ばれる妖力の込められた武器だ。

 今回の宿願を確実なものとするため、現代に復活を果たした羽衣狐が配下に用意させた、九つの武器のうちの一つである。

 その中でも、鉄扇は攻撃にも守備にも応用が効く、攻防一体の武器である。

 

「憎っくきぬらりひょんの血、根絶やしにしてくれようぞ」

 

 この武器の力を借り、今度こそ因縁深き敵——ぬらりひょんの血族を皆殺しにしてやろうと。

 羽衣狐が、ついに自ら動き出した。

 

 

 

 

「くっ!!」

 

 鉄扇から逃れるため、羽衣狐から大きく間合いをとるリクオ。そんな彼に向かって、その後ろにいた陰陽師・花開院竜二が声を掛けてきた。

 

「助けられたカッコになっちまったな。一応礼は言っとくぞ……」

 

 竜二は羽衣狐に殺され掛けたところ、割り込んできたリクオのおかげで何とか九死に一生を得た。妖怪に助けられたという事実に不快そうに顔を歪めてはいるが、一応形だけでも礼はする。

 

「ハッ……鵺だけ封印すりゃ、あとは高みの見物の予定だったんだがな……。妖怪同士相打ちになってバンバンザイってつもりだったんだが……」

 

 しかし、すぐにでも不敵な笑みを浮かべ、陰陽師としての本音を堂々と溢す。

 

「相変わらず……お前喰えねぇ奴だな」

 

 まさに妖怪嫌いな竜二らしい考え方に溜息を吐くリクオ。

 

「……竜二兄ちゃん……」

 

 リクオの鏡花水月の力を借り、彼と一緒にここまで登ってきた妹のゆらでさえも、兄である彼の図太さに言葉もない。同じ陰陽師の彼女からしても、竜二の狡猾なやり口には呆れるしかないのだろう。

 

「で? どうやって倒す気でいる、奴良リクオ。四百年前より奴は強くなっているぞ……」

 

 そんな竜二ではあるものの、すぐにでも真面目な顔つきに戻り、奴良リクオに羽衣狐相手にどのように立ち回るかを問い掛ける。

 

 転生妖怪である羽衣狐。彼女は転生するたびに強くなり、その力はもはや四百年前——ぬらりひょんと十三代目秀元が力を合わせて討ち取ったときよりも強い。

 少なく見積もっても、ぬらりひょん以上の力が必要になってくる。

 果たして、今のリクオにそれだけの力があるのかと、竜二は疑問を抱いていた。

 

 

「——なんとしても袮々切丸を届かせるさ」

 

 

 竜二の疑問に対して、リクオは答えになっていないような答えを返す。

 

「どのみち倒せるかどうかはやってみなきゃわからねぇ。やりあうしかねぇだろ……」

「…………ハッ!」

 

 それは、作戦も何もあったもんじゃない根性論だ。

 策を弄するのを旨とする竜二からすれば無謀もいいところ。思わず鼻で笑い飛ばしてしまいそうになる。

 だが——

 

「ゆら! 魔魅流と組め!!」

 

 竜二はどうすればいいか迷っているゆら。羽衣狐の攻撃で倒れている魔魅流の名を呼んでいた。

 

「えっ……魔魅流くんと!?」

「ゆらと組む? それは命令か竜二……」

 

 自分の指示に戸惑うゆら。それが命令かどうか、起き上がりながらロボットのように聞き返してくる魔魅流。

 対照的な二人に対し竜二は自分の考えも含め、ゆらたちに指示を出す。

 

「しかたねぇ、鵺は後まわしだ!!」

 

 本当なら、真っ先に倒しておきたいのは鵺の方。

 だが、今は土蜘蛛がぴったりと護衛についているため、竜二たちだけでは近づくこともできない。

 

「奴の……奴良リクオのサポートにまわれ! ここで羽衣狐を倒すぞ!!」

 

 ならば今は戦力を集中させ、先に羽衣狐を倒すしかない。

 そして——それができるのは、今この場では奴良リクオだけだと、才能のない竜二はそれが痛いほど身に染みている。

 

 リクオに託す。

 策も何もあったもんじゃないが、策を弄している時間もない。

 一か八か。竜二は奴良リクオが羽衣狐を倒してくれる可能性に賭け、自分たちの戦力を全て総動員していく。

 

 

 

×

 

 

 

 奴良リクオと羽衣狐がぶつかり合っている間。

 その階下では、奴良組と京妖怪たちとの激しい攻防が繰り広げられていた。

 

 

 

「オラァぁぁ!! 血だ! 俺に……親父にもっと血を吸わせろ!!」

 

 大声で血を求めながらところ構わず暴れまわっているのは京妖怪・茨木童子だ。

 既に卒塔婆は外れてしまっており、完全に力を制御するつもりもなく、彼は周囲一帯に『鬼太鼓』、雷の雨を降らせまくっている。

 

「ちっ! 毛倡妓、止めるぞ!!」

「わかってるよ! 首無!!」

 

 そんな凶悪化している茨木童子を止めるべく、首無と毛倡妓が互いに声を掛け合う。

 一度は茨木童子に敗れている二人だが、大将たるリクオが強くなったことで百鬼としての強さを全盛期に近い形で取り戻している。

 その強さで今度こそ茨木童子を倒そうと、首無と毛倡妓は見事な連携で敵を押さえ込んでいた。

 

 

 

「ちょっと、がしゃどくろ! 何をチンタラやってんのよ! さっさとこいつらを潰して、羽衣狐様のところへ行くわよ!!」

「あいい~!」

 

 周囲の敵を叩き潰しながら上の階、羽衣狐のところへと向かおうとしている、狂骨とがしゃどくろ。

 がしゃどくろは緩慢な動きながらも、その巨体とパワーを生かして徐々にだが確実に羽衣狐のいる頂上を目指そうとしていた。

 

「待て、もうちょっと遊んでけよ……」

 

 だがその背骨を後ろから引っ張り、がしゃどくろの歩みを若き半妖——猩影が力尽くで抑え込む。

 見た目が人間の彼だが、その身は大猿の妖怪・狒々の血をしっかりと受け継いでいる怪力の持ち主だった。

 

「頑張って、猩影くん!!」

 

 そんな猩影にエールを送りながら、雪女のつららは吹雪で敵の攻撃を鈍らせたり防いだりと、彼の援護にまわっている。

 

「リクオ様は勝つわ! 絶対に!!」

 

 彼女はリクオの勝利を信じている。

 だからこそ、余計な邪魔をさせるわけにはいかないと。狂骨たちに羽衣狐の加勢をさせぬよう、ここでその進軍を阻止していた。

 

 

 

「遅いぞ、淡島! 何をチンタラしてやがる」

「しゃーねぇだろ~、こいつらおぶってんだから!」

 

 遠野妖怪のイタクと淡島。二人はリクオの援護に向かうべく、上層を目指す。

 

 既に弐条城は鵺復活の影響で半壊状態、階段もなくなっている。空を飛べない彼らが上の階層に行くには、地を這いながら壁をよじ登っていくしかない。

 鎌鼬のイタクだけなら身も軽く、本来ならもっと悠々と登っていける。だが淡島の方がなかなか上手く登っていくことができず、そのペースに合わせてやっているため、イタクの足も自然と鈍くなっている。

 

「早く登れバカ者~」

「リクオ様をお守りしたい~」

 

 ちなみに淡島のペースが遅い理由は、その背に小妖怪をおぶっているせいでもあった。

 面倒見の良い淡島は、非力ながらもリクオを守りたいという小妖怪たちを放っておけないらしく、仕方なく彼らの面倒を見ながら戦っている。

 だがそのせいで動きも遅く、敵である京妖怪たちからすれば格好の的でもあった。

 

「そこっ!! 登らせんじゃねぇ!!」

「鵺に近づけんな!!」

 

 イタクと淡島の姿を捕捉した京妖怪たちが、容赦なく襲い掛かってくる。

 

「うわっ!? 上からも下からも湧いてきやがった!!」

「……チッ」

 

 後方から鬼、上からも鬼。 

 挟み撃ちの形で押し寄せてくる敵。それを迎撃しようとイタクが身構える。

 だが、彼が鎌を振るうまでもなく、その敵を蹴散らすべく加勢が入る。

 

「——先に行け!」

「——オラッ!!」

 

 上層の敵を、新参者の部類である邪魅が刀で切り倒し。

 下層の敵を、特攻隊長の青田坊が怪力で投げ飛ばしていく。

 

 二人がイタクたちの道を切り開き、その場で敵を引き付けていく。

 

「お、おう……サンキューな」

「ふん……」

 

 自分たちの代わりに障害を排除してくれた二人に礼を言うのもそこそこに、淡島とイタクは再び弐条城を登っていく。

 目的地は当然、弐条城の頂上。

 雇われた身として、妖怪忍者たる遠野の意地と誇りにかけ。

 

 彼——リクオを決して一人にはさせまいと、急いで彼の下へと急いでいく。

 

 

 

 城の外でも激しい戦いは続く。

 羽衣狐の登場と鵺の復活で勢いを盛り返した京妖怪たちが、街へ繰り出さんばかりの勢いで城の周囲を暴れており、それを食い止めるために奴良組が奮戦しているのだ。

 

「う~ん、なんかもうキリがねぇよ~」

 

 そんな中、弐条城の川堀でマイペースに戦っていた河童がボヤきを口にする。

 得意の水場のおかげで沼河童の雨造と一緒に活き活きと戦っていた彼だが、際限なく増殖するような京妖怪相手に流石にうんざりしてきた。

 

 いったいこの攻防はいつまで続くのかと。彼がため息を溢し始めた——そんなときだった。

 

「——なんでぇ、河童。もう根を上げるのかい? お前さんのマイペースはいつものことだが、もっと気を引き締めろ」

「!?」

 

 やる気が削がれてきた自分を奮い立たせるその言葉、その声音に河童は思わずギョッと目を見開く。

 聞き覚えのあるその声に彼が顔を上げると、そこには奴良組の総大将・ぬらりひょんの姿があった。

 

「総大将!! 京都に来てたんですか? ……って、怪我してるじゃないですか?」

 

 彼が京都に来ていたことも驚きだが、それ以上に彼が負傷していることに驚く。

 

「雨造! ちょっと鴆様に連絡頼むわ!!」

「お……おう……」

 

 河童は急いでその傷の手当てを鴆にしてもらおうと、近くにいた雨造に声を掛ける。

 雨造は戸惑いながらも、直ぐに連絡を入れようと頷くが——

 

「——その必要はないぞ、既に鴆には連絡済みだ」

「——まったく……総大将が一人で先走るなど」

「——ほんとうに……困ったものです」

 

 既に連絡が行き届いていることを伝える『影』がぬらりひょんの背後に立つ。

 

 そこに立っていたのは——牛鬼を始めとする奴良組の幹部たちだった。

 牛鬼に鴉天狗、一つ目入道に木魚達磨といった主だった面々。

 

「……? あれ……誰だろう?」

 

 大抵は知っている、奴良組を代表する顔ぶれ。

 だが、河童はそこに見慣れぬ顔があったことに首を傾げる。

 

「……」

 

 鼻が長い山伏の格好をした、見るからに天狗といった男が無言で立っている。

 

「やれやれ……そういうところは何も変わっていないのだな」

 

 また背の低い、一見すると人間のような老人がぬらりひょん相手に溜息を吐いていた。

 何か、ぬらりひょんや他の幹部に対する距離感のようなものが感じられるが。

 

「ふん……確かめたかったんじゃ……」

 

 苦言を呈する幹部たちに対し、ぬらりひょんはその傷を負うことになった単独行動の理由について語っていた。

 

「やはりな……あやつの、羽衣狐のあの顔……見知った顔じゃった」

「……?」

 

 ぬらりひょんの呟きに、現在の羽衣狐の『顔』を見たことのないものたち。

 ほぼその場の全員が意味を理解できず、疑問符を浮かべる。

 

 

 

 ぬらりひょんが確かめたかったこと——それは、羽衣狐の正体である。

 

 八年前。奴良鯉伴が何者かに殺されたことは、ぬらりひょんも疑問に思っていた。あれだけ強かった息子をいったい誰が殺せるのかと。

 リクオの目撃情報が確かなら、息子を殺したのは幼い女の子という話だが、その女の子が羽衣狐だったとしても、やはり府に落ちない。

 

 鯉伴が——自慢の息子がたとえ幼い少女が相手であろうとも、そのような致命的な隙を見せるとは考えにくいのだ。

 

 だが事実、鯉伴は殺され、奴良組も窮地に立たされることとなった。

 ならばそこには——何かしら、『そうなるべき要因』があったと考えるべきだ。

 ぬらりひょんはその原因を突き止めるべく、こっそりと羽衣狐の面を拝みに行っていた。

 

 

 

「どうやら羽衣狐の復活には……誰かが裏で糸を引いているようじゃ」

 

 そうして——羽衣狐の『顔』を見て、ぬらりひょんは一つ確信した。

 

 今の羽衣狐の依代。

 あの娘が相手であるならば、ひょっとすれば——鯉伴も致命的な隙を見せた可能性がある。

 そういったことを確信させるほどに——ぬらりひょんにとって『あの顔』は心当たりのあるものだった。

 羽衣狐があの顔をしていること。それ自体が何かしらの意図を感じさせる——陰謀を確信させるものでもある。

 

「ふん……おめぇら。この芝居に幕を引くぞ」

 

 羽衣狐の復活、それ自体が陰謀だとするならば、それらの計画に図面を引いたものがいる筈だ。

 

 魔王の小槌を持っていた爺に、それを援護する謎の少年。

 裏で糸を引いている何者かの正体。

 

 それら全ての真相を突き止めるべく、ついにぬらりひょんも幹部たちを伴い動き出そうとしていた。

 

 

 

×

 

 

 

「千本の刃か……鬼童丸を倒したのも納得じゃな」

「……っ!!」

 

 弐条城の頂上決戦。依然として、奴良リクオと羽衣狐の激突は続く。

 

 黒田坊を『鬼襲』で纏った奴良リクオ。彼は一振りで千本の刃を繰り出し、絶え間ない斬撃を羽衣狐へと浴びせていく。

 鬼童丸ですら捌き切れなかった刃の物量だ。並大抵の相手であれば楽々と倒すこともできただろう。

 

「だが、自慢の刃も妾には届かん」

「くっ……刃が……」

 

 しかしそこは羽衣狐、京妖怪の総大将だ。

 鬼童丸ほどの速さこそないものの、彼女は九つの尾と二尾の鉄扇・伸縮自在の武器でリクオの繰り出す千本の刃を全てまとめて蹴散らしていく。

 どうやら、羽衣狐相手に黒田坊の鬼襲はこの上なく相性が悪いらしい。

 リクオは羽衣狐に、決定的な一撃を与えられないでいた。

 

 

 

 

 ——リクオ様! 

 

「!! 黒……」

 

 羽衣狐との不利な攻防の最中。リクオの心へ黒田坊が直接語りかけてくる。

 鬼纏で一体化している間は、纏っている相手と言葉を交わす必要もなく、意思の疎通ができるようである。

 

 ——リクオ様……これでは埒が明きません。

 ——なんとか隙を作って、懐に入らねば……。

 

 黒田坊の畏で生み出した斬撃では、いくら浴びせても意味はない。本丸である祢々切丸本体の刃を届かせなければ羽衣狐を倒すことはできない。

 このままチンタラと戦っていたら、いずれにせよ『鵺』の復活を許してしまうことになるだろう。

 故に、黒田坊は早期に決着を付ける手段として、一つの提案をリクオに進言していた。

 

 ——畏砲を……リクオ様、拙僧を畏砲として放つのです!

 

 畏砲はリクオが一番最初に習得した鬼纏の形。纏った下僕の畏を全力で放つ大技だ。

 隙こそ鬼襲に比べて大きいものの、その威力は絶大。

 

 ——私がやつの九尾全てにぶつかっていく!

 ——その隙に、袮々切丸をやつの本体に!!

 

 黒田坊の畏砲は——『流星天下』という。

 この技は一度に数千の武器を流星の如く向けて対象に放つ。いかに羽衣狐とはいえ、この技を捌くには相当の労力を必要とするだろう。

 それこそ、全ての尾を総動員して武器を捌くのに専念する筈だ。

 その隙を突き、リクオが羽衣狐の懐まで近づき、袮々切丸で切り込む——それが黒田坊の思いついた戦法だった。

 

「……わかった、やってみるか……」

 

 黒田坊のその提案に、リクオは乗ることにした。

 このまま、ただ無策に戦い続けても何も進展しない。

 

 ならばその一瞬に、全身全霊の一撃を浴びせたその刹那に全てを賭けるしかない。

 

「……いくぜ、黒!!」

 

 時間もない。リクオはその策を即座に実行に移すため、精神を集中。

 畏砲の発動そのものを防がれないよう、少し羽衣狐から距離をとり——そして一気に畏を解き放った。

 

「!! 鬼纏……気を付けなされ、二人おりますぞ!!」

 

 リクオが仕出かそうとしていることを察し、遠くから鬼童丸が羽衣狐に警告を促していた。

 常に二人という人数を意識しなければならない——対鬼纏戦。 

 それを失念していたため、鬼童丸はリクオたちに不覚をとった。その失敗を主である羽衣狐にさせないよう、彼は叫んだのだ。

 

「————」

 

 鬼童丸の助言を受けてか、羽衣狐の口元から余裕の笑みが消える。

 リクオたちの攻撃を全身全霊全神経で受け止めるべく、彼女も畏を昂らせる。

 

 鬼纏をぶつけるリクオと、受け止める羽衣狐。

 そうして衝突する、二つの強大な畏。

 

 黒田坊との畏砲、流星天下はまさに無数の武器の『流星』であった。

 剣、槍、鎖、錫杖、鎌、手裏剣——などなど。

 もはや、その全てを数えるのも馬鹿らしくなるほどの物量、総量の武器が羽衣狐に襲い掛かる。

 

「————!」

 

 その一つ一つを、羽衣狐は着実に潰していく。

 彼女の九つの尾が、二尾の鉄扇が迫りくる刃の悉くを蹴散らしていく。

 

 黒田坊の畏砲は、羽衣狐に通じていない。

 しかし——ここまではリクオたちの想定どおりだ。

 

「——とった!」

 

 羽衣狐が降り注ぐ刃を退けるのに集中している隙を突き、奴良リクオは単身、羽衣狐の懐に飛び込んでいた。

 ぬらりひょんの鬼憑——『鏡花水月』だ。

 羽衣狐も、さすがに一度に畏砲とリクオの相手をすることができなかったのか、彼の接近を許してしまう。

 

 

「!!」

「!!」

 

 

 そして、リクオの袮々切丸の刀身が、ついに羽衣狐の体に突き立てられる。

 リクオ自身も何かを貫く手応えを確かに感じていた。

 

 しかし——

 

 

「……ふっ、お前の祖父も、同じような小細工をしてきたなぁ……?」

「!?」

「だが妾には二度、同じことは効かぬぞ?」

 

 リクオの瞳が驚愕に見開かれる。

 ニヤリと、羽衣狐の口元に余裕な笑みが浮かべられる。

 

 

 そう、リクオの一撃は——羽衣狐の体に達していなかった。

 

 

 貫いたと思われた手応えも、羽衣狐の鉄扇を破壊しただけだ。しかも鉄扇に刃が喰い込んでしまっているため、リクオは羽衣狐から離れることができない。

 

「くっ……!」

 

 鉄扇から刀を引き抜こうと四苦八苦するリクオ。そんなリクオを刀ごと近くまで引き寄せ、羽衣狐は彼の耳元で怪しく囁く。

 

「三尾の太刀……ふふふ、この刀でお前らの血を絶やすことを夢見てきたぞ、覚悟せい!!」

 

 羽衣狐が新たに取り出したのは『三尾の太刀』。彼女が自らのために部下に拵えさせた、豪華な装飾が施された太刀である。

 その太刀で——羽衣狐は奴良リクオの体を両断する。

 

「り、リクオ様!?」

 

 黒田坊が悲鳴を上げる。

 彼は畏砲を放った後ということもあり、疲労から満足に体を動かせない状態にあった。

 リクオが惨殺される光景を、彼は黙って見ているしかない。

 

「生き肝をいただくぞ」

 

 さらに追い討ちをかけるように、羽衣狐はその太刀でリクオの胸を刺し貫き、彼の生き肝をくり抜いていた。

 

 

 リクオと羽衣狐の決戦はリクオの死。羽衣狐の勝利で幕を閉じた…………かのように思われた。

 

 

「はぁはぁ……」

「なに……?」

 

 羽衣狐の眼前には、息を切らせながらも立っている奴良リクオの姿があった。

 死んだかと思われた奴良リクオは『幻』だ。彼は太刀の一撃を片手で受け止め、もう片方の袮々切丸を握る右手で羽衣狐に斬りかかる。

 

「ちっ……ぬらりくらりとやりすごしおったか……」

 

 その一撃を弾きながら、羽衣狐は仕留め損なったことに苛立ちげに舌打ちする。

 これも全て、リクオの鏡花水月の能力だ。攻めにも守りにも転じることができる幻は、相手をする羽衣狐としては実に厄介な畏である。

 

「ぐっ……」

  

 しかし、完璧に避け切れたわけではないらしい

 羽衣狐ほどの強敵の認識を完全にずらせるわけもなく、致命傷こそ避けたものの、リクオもだいぶ痛手を負い、傷の痛みに顔を苦痛に歪めている。

 

「まったく……無駄に足掻かなければ苦しまずに死ねるというのに……」

 

 手傷を負った状態のリクオに、羽衣狐は冷酷な笑みを浮かべ、彼の血がついた太刀を指で拭う。

 指についたその血をペロリと舐めながら、彼女は今度こそとリクオに狙いを定める。

 

「その血、その生き肝もまとめて喰らうてやる。大人しくせい」

「奴良くん!? 魔魅流くん、援護するで!!」

 

 リクオの危機に対し、ずっとタイミングを見計らっていたゆらがとうとう動き出す。

 

 先ほどまで、リクオと羽衣狐が激しくぶつかり合っていたため、なかなか割って入ることができず、手をこまねいていた彼女。だが、今自分たちが助けに入らなければ、リクオは殺されてしまう。

 ゆらは大切な友達を守るためにも、決死の覚悟でリクオの下まで駆け寄ろうとする。

 

「……待ちな」

「奴良くん!?」

 

 ところが他でもない、リクオ自身がゆらの救援を止めた。

 彼は着物を破き、破いた着物を包帯代わりに傷口に巻いて止血。自分自身で傷の応急手当てをしながら、その視線を真っ直ぐ羽衣狐に向け——彼は問い掛ける。

 

 

「よお、アンタ……いつから羽衣狐になったんだ?」

「…………?」

 

 

 羽衣狐は、リクオの問い掛けに答えない。

 いつからも何も、自分は元より羽衣狐という妖怪である。

 リクオのふざけた問い掛けに答える意味も見いだせず、三尾の太刀を彼へと突きつける。

 

 だが、羽衣狐に無視されるのにも構わず、リクオは問い掛けを続ける。

 そうして再び投げ掛けられたその問いに対し、羽衣狐は驚き、その体を硬直させる。

 

 

「人間の……アンタに質問してんだぜ」

「!?」

 

 

 

 

「羽衣狐……いや、アンタの依代にされている……その『人間』と、俺は話がしたいんだ」

 

 

 

×

 

 

 

 羽衣狐は普通の妖ではない。転生妖怪という、少し特殊な存在だ。

 その最大の特徴として、彼女は『その時代ごとに人間を依代にする』というものがある。

 花開院家が残した記録『妖秘録』によれば——

 

『羽衣狐は乱世にて現れ、素質あるものに取り憑き体内で育つ。

 そのものの黒い心根が頂点に達した時、体を奪って成体になる。

 成体になった後、世に渦巻く怨念を吸うため、政の中心へ赴く。

 世に渦巻く怨念を際限なく吸い、強くなる妖である』

 

 人という衣を羽織っていつの世も都を乱そうとする。

 故に——彼女は『羽衣狐』と呼ばれている。

 

 四百年目、彼女は淀殿。つまり茶々と呼ばれていた幼子に取り憑き、転生した。

 さらにその昔も、彼女は北条家の尼将軍と呼ばれることになる幼子に取り憑き、後々に政治を動かことになった。

 

 しかし、どの女性たちも——最初から羽衣狐だったわけではない。

 彼女たちには羽衣狐に完全に体を乗っ取られる、その前の人格が確かに存在していたのだ。

 

 羽衣狐となった瞬間にその人格は、記憶ごと彼女の中から失われるが——その人格が成した行為そのものが、抹消されるわけではないのだ。

 

 

 

 

「俺の中にある、このありえねぇ記憶……人間のアンタなら、何か知ってるんじゃねぇか?」

 

 奴良リクオという少年の中に一つ。どうしても解せない記憶が存在している。

 

 それは血だらけで倒れる父親と、その傍らに立つ刀を持った幼い羽衣狐——

 

 

 そのほんの数分前だ。幼い彼にはその直前。

 父親である鯉伴と一緒になって、幼い彼女——つまりはあの羽衣狐と一緒に遊んでいた思い出がある。

 

 

 父が殺される直前、その殺した相手と——リクオは楽しく遊んでいたのである。

 

 普通ならあり得ない。だが、確かにリクオには記憶がある。

 優しい顔つきで微笑む、あの綺麗な黒髪の少女と楽しく遊んだ思い出が——。

 

「なあ……いったい、どういうことなんだよ。この記憶は……なんで、俺はアンタと……」

 

 憎い筈の仇なのに、父を殺した怨敵である筈なのに、どうしても笑顔で微笑む彼女の顔が忘れられない。

 この記憶のチグハグ具合、それを解消するためにも。

 あの時の真実を知るためにも、リクオは羽衣狐——もしくは、そうなる前の彼女と話をつけなければならない。

 

「っ!! ……関係ない!!」

 

 リクオに問われた羽衣狐。彼女は——明らかに動揺していた。

 

 リクオの言葉に何かを揺さぶられたのか。

 頭を抑え、何かしらの記憶を思い返しているのか。

 

 彼女は明らかに——何かに苛立ち、誤魔化すように叫んでいた。

 

「千年を転生し続ける妾に、こんな記憶は……必要のないものじゃ!」

 

 こんな記憶と言うからには、ひょっとしたら羽衣狐にもリクオと似たような思い出があるのかもしれない。

 彼と、奴良鯉伴と楽しく遊んだ思い出が——。

 だがそんなものは依代の記憶。自分には関係ないものとし、羽衣狐はリクオとの殺し合いを再開する。

 

「その口……二度と戯言を吐けぬようにしてやろう!」 

 

 羽衣狐はカバンから新たな武器を取り出し、それをリクオに向かって放っていた。

 

「ちっ……!?」

 

 反射的に防ごうと手を翳すリクオ。

 だが、羽衣狐の投擲した武器——それは真っ黒い鎖だった。

 

 鎖は蛇のようにリクオの右手、祢々切丸の握られている手に絡みつき、リクオの武器ごと彼の動きを封じてしまう。

 

「しまっ!」

「ふっ……八尾の鎖、これでもうその刀は使えまい」

 

 羽衣狐とて、リクオたちの頼みの綱があの刀・祢々切丸にあることくらいはとっくに見抜いている。

 故に、その武器を振るえない状態にしてしまえば、恐れるものは何もないと理解していた。

 

「さあ、妾が直に切り刻んでくれる! 下らんお喋りの罰としてな!!」

「ぐっ!!」

 

 そうして鎖に繋がれたリクオを、羽衣狐は思いっきり手繰り寄せる。

 もう片方の手に持った三尾の太刀で、今度こそ奴良リクオの生き肝を抉り出そうと構える。

 

「奴良くん!?」

 

 ゆらがとっさに鎖を千切ろうと何発かゆらMAXをお見舞いするが、一発二発当てた程度では壊れない。

 若干のヒビこそ割れたものの、以前としてリクオは鎖に繋がれたまま。

 

 そのままリクオの体が引っ張られ、羽衣狐の刀の間合いに入ろうとした、その瞬間——。

 

 

 風が……一陣の風がリクオと羽衣狐との間に割って入り、彼らを繋ぐ鉄の鎖を一刀の元に断ち切る。

 

 

「なにっ!?」

「っ……!!」

 

 鎖が千切れたことで、リクオと羽衣狐の二人が除ける。

 

「…………」

 

 それは上空から現れた、一人の少女の乱入によるものだった。

 彼女は上空から降下するとともに、勢いのまま槍を振り下ろし、鎖のヒビの入った部分を断ち切り、リクオを束縛から解放したのだ。

 

「なっ! カナちゃん!? どうして、ここに!?」

「…………」

 

 その少女——家長カナの登場に助けられたリクオの方が驚きを口にする。

 

 囚われていた女性たちの救出活動でリクオとは別行動をとっていた彼女。てっきり、人間たちを避難させた先で一緒に退避していたとリクオは思っていた。

 

 どうやら、彼女は戦地に戻ってきてしまったらしい。

 空を飛翔することのできる彼女なら、確かにここへ辿り着くことも容易だろう。

 

「あ、ありがとう、カナちゃん。けど、下がっててくれ……危険だ!」

 

 リクオはカナの救援に礼を言いながらも、彼女を後ろに下がらせようと声を掛ける。

 並大抵の相手ならともかく、敵はあの羽衣狐だ。たとえ救援に現れたのがカナでなくても、リクオは味方を下がらせていただろう。

 

「…………」

「カナ……ちゃん?」

 

 だがカナは下がらない。

 というよりも————彼女は、リクオのことなど視界にも入っていないかのように、彼のことを見もしていなかった。リクオを助けこそしたもののその視線は眼前の敵、羽衣狐ただ一人へと注がれている。

 

「なんじゃあ、小娘。ジロジロと……不愉快じゃぞ」

 

 そんな無遠慮な視線を向けてくる『初対面』のカナに向かって、羽衣狐は不機嫌さを隠そうともせずに吐き捨てる。

 ただでさえ、あと一歩でリクオにトドメをさせるところを邪魔されたのだ。

 そこへ、さらにそのような視線に晒されたとあっては、羽衣狐の不満も限界を迎えようというもの。

 

「貴様も、その小僧を庇おうというのなら……まとめて生き肝を喰ろうてやるまでよ!」

 

 もはや問答無用と、羽衣狐はカナの生き肝を喰らってやると、太刀を構えてカナも標的に加える。

 

「!! 逃げろ、カナちゃん!!」

 

 殺気立つ羽衣狐に、リクオは悲鳴のような叫び声を上げる。

 

 カナを、大切な幼馴染を羽衣狐の餌食になどさせられる筈もない。

 彼は自らが傷を負っているのにも構わず、彼女に直ぐにここから離れるよう避難を促す。

 

 

 

 しかし——

 

 

 

「……どう、して…………」

 

 

 羽衣狐の怒りも、リクオの焦燥も。カナには何一つ見えていなかった。

 

 彼女は目の前にいる羽衣狐の『顔』。

 その顔だけに視線を向けながら、信じられないといった表情で——とある人物の名を呟く。

 

 それはカナにとって。

 彼女の前世にとって——決して忘れられない、忘れてなどいけない大切な女性の名前である。

 

 

 

「山吹……乙女、先生?」

 

 

 

 目の前にいる羽衣狐の顔は、確かに三百年前の記憶。

 カナが前世で親しくしていた女性——山吹乙女その人のものだ。

 

 カナにとって大切な約束を交わした内の一人。

 見間違える筈のないその顔を前に、カナは『何故?』という疑問に包まれていた。

 

 




補足説明

 羽衣狐の武器設定について。
  今作において、羽衣狐の武器は九尾ということもあり『全部で九個』あるとしていきたいと考えています。
  原作の分も含めて、その全てを出せるとは限りませんが、一応は以下の方で解説をしておきます。

 ・二尾の鉄扇     伸縮自在の鉄扇。
 ・三尾の太刀     豪華な装飾が施された太刀。
 ・四尾の槍『虎退治』 何故か名前付きの槍。
 ・八尾の鎖      オリジナル、即興の思い付きです。

 残りは未登場の武器が一、五、六、七、九。
 ひょっとしたら、正式な形で募集を掛けるかもしれません。
 その時はよろしくお願いします。
 

 
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