作者の感想といたしましては、イベントシナリオは面白かったけど、夏イベントという感じは少し薄かったかもしれん。
前回の水着剣豪のカジノイベントのようなフリーシナリオを周回する楽しさもちょっとなくて、シナリオを終えた後は少しダレたかもしれん。
全体的には面白かったですけど、あと一歩、何かが足りなかった感じ?
ガチャに関しては100連ほど回してアビー、巴御前、紫式部をゲットしました!
逆に……ピックアップ1の面子は掠りもせず全滅。これがFGOのガチャか…………。
さて、本編の方ですが。
カナが宿命を発動させ、羽衣狐の過去・過去世を覗き見るところから始まります。
一応、前後編で進める予定。
ちなみに宿命と書いて『しゅくみょう』と読みますのでそこんとこ、注意を!
「——な、なんじゃ、ここは……? いったい、何が起きておるのじゃ?」
珍しく羽衣狐は動揺していた。味方である配下たちはおろか、敵相手でさえ余裕な態度を取ることが多い彼女が、何が起きているかも理解できずにその場に立ち尽くしている。
何せ彼女が立っている場所は白き地平——自分以外、何もない空虚で真っ白な世界だったからだ。
ついさっきまで、彼女は確かに弐条城で憎きぬらりひょんの孫、そしてそれを庇う連中と戦っていた筈。なのに気付けばこんなところで一人立ち尽くしている。
白だけの世界に、黒き衣の羽衣狐の姿がよく映えるが。
「…………そうじゃ! 妾はあの小娘に!!」
暫く呆然と立ち尽くしたところで羽衣狐は思い出す。
そう、あのとき。リクオにトドメを刺そうとした刹那に邪魔が入り、羽衣狐は巫女装束の女に抱きつかれ、気付いたらこの場所に立っていた。
幻覚か、それともどこか見知らぬ場所まで飛ばされたのか。
いずれにせよ、あの小娘が何かしたに違いないと、羽衣狐はこの不可思議な現象の元凶がいないか周囲を見渡す。
「——どうやら……成功したみたい……ですね」
「っ!!」
その矢先である。羽衣狐の耳に聞き慣れぬ少女の声が届く。
彼女がその場を振り返ると——そこには白髪に巫女装束の少女が一人、羽衣狐のすぐ側に立っていた。
「小娘! いったい、妾に何をしおった!!」
羽衣狐は怒りに問い掛けながら、己の尻尾を振るい容赦なくその少女に襲い掛かる。一切の手加減ない攻撃。ただの人間であればその一撃によって貫かれ、あっという間に絶命していただろう。
だが——
「なんじゃと……?」
羽衣狐は驚愕する。
少女を貫こうと放った己の尻尾が——まるでその体をすり抜けるように通り過ぎていったのだ。そこには一切の手応えがない。水面に映った月には触れられないの同じ、羽衣狐は少女に指一本触れることができないことに戸惑う。
「び、びっくりした……」
もっとも、戸惑っていたのは彼女だけではなかった。少女の方も、羽衣狐の攻撃が空振るとは思ってもいなかったのか、及び腰の姿勢で茫然と立ち尽くしている。
少女は少し考え込みながら、やがてボソリと独り言を呟く。
「そ、そっか……ここは現実じゃないから……互いに干渉し合うことはできない……のかな?」
「……何故貴様がそこで疑問符を浮かべておるのじゃ、小娘」
少女自身も今の状態をよく理解していないことに、羽衣狐は呆れ気味に溜息を吐く。
「神通力? 宿命じゃと……? ……ちっ! 厄介なことをしてくれたものじゃ……」
「す、すみません……」
羽衣狐と向かい合う少女——家長カナ。
彼女は現在の状況を羽衣狐に説明し、何故か心底申し訳なさそうに謝っていた。本来であれば敵同士の間柄、わざわざ彼女が謝罪する理由などない筈なのだが、やはり羽衣狐の容姿が山吹乙女と同じということもあり、カナは腰が引けている。
真実を知るためとはいえ、彼女に対して神通力・宿命を行使してしまったことに申し訳なさそうに頭を下げる。
そう、ここは六神通・第四の神通力である『宿命』によって訪れることになった精神世界。
以前も宿命の力で己の過去・過去生を知ったカナは、ここから様々な情景が流れ、いずれ知るべき真実を知ることができると経験から理解していた。
しかし、この場に羽衣狐の意識体まで一緒だったのはカナにとって予想外の出来事だ。
自分の過去だけを覗くときとは勝手が違い、他人の過去を覗く場合はその対象も一緒にこの精神世界に立ち会うことになるようだ。
「おのれ、まさかよりにもよって、この妾の精神に土足で上がり込むとはっ!!」
その立会人たる羽衣狐だが、彼女はカナから宿命の詳細を聞き、心底忌々しそうにこちらを睨み付けてきた。
今もカナを殺そうと、殺気を飛ばしながら何度か攻撃を加えてくる。
ところが、この精神世界にいる間はたとえ羽衣狐といえども手出しはできないらしい。
カナと羽衣狐は会話を交わすことはできても、お互いに触れたり攻撃をしたりといった干渉はできないようだ。
「ふん! まあいい。現実に戻った直後、すぐにでも貴様の首を跳ね飛ばしてやればそれで済むことよ!」
だが、宿命が解ければ即座に現実に、カナと羽衣狐が密着しているあの状況へと戻ることになる。
そのときこそお前の最後だと、羽衣狐は術が解けた直後にカナを殺すと宣言する。そう宣言することで、この一時の屈辱を耐え忍ぼうとしていた。
「…………」
一方、カナはそれどころではなかった。
この宿命の時間が終われば現実に戻り、確かに自分は殺されてしまうかもしれない。あの状況、羽衣狐ならばカナが逃げるよりも早く彼女を仕留めることができるだろう。
だがカナは羽衣狐、いや——山吹乙女の過去が気になって気になってしょうがなかった。
命の危機よりも、真実を知りたいという好奇心の欲求が優っていたのである。
「——っ!! 始まった……」
そんなカナの希望に応えてか、真っ白い世界に変化が訪れる。
宿命の本番が始まったのだ。
発動を成功させたものの、カナはこの宿命自体をコントロールすることは未だにできていない。
あるがまま、されるがままに。カナは羽衣狐と共に彼女の過去を振り返る『旅』へと飛び立つ。
景色が暗転する中、彼女たちは一番最初にその声を聞いた。
『はぁはぁ……』
暗い室内。どこか山小屋のような場所で一人の女が疲れきった表情で息を吐いていた。
外は真っ暗、嵐が吹き荒れ、雷が轟き渡る。女のいる小屋は今にも吹き飛ばされそうなほど、ガタガタと音を立てている。
『はぁはぁ……ふ、ふふふ……』
しかし女の顔に不安はない。彼女は本当に満ち足りた表情で自身の胸に抱かれた命——たった今生まれたばかりの赤子を愛おしそうに抱えていた。
『おぎゃ! おぎゃあ!!』
赤ん坊はこの世に生まれ落ちた証明として産声を上げる。将来的にどんな大物になろうとも、やはり最初は無垢な赤子である。
母親は——狐の耳を生やした妖狐の女性。彼女はその子を決して手放さんと、優しく、力強く抱き抱えながら——その子の名を呟く。
『ああ……妾の愛しいやや子。お前の名前は童子丸じゃ!!』
「!!」
これに衝撃を受けたのが現在の羽衣狐である。
それまでの殺気立った様子とは打って変わり、どこか懐かしむような縋るような表情で母親と赤ん坊——己自身の過去の情景に向かって手を伸ばす。
「ああ、晴明……そうじゃ、あの日……妾は初めてお前をこの胸に抱いたのじゃ!!」
感慨深い思いを抱きながら、その赤子に触れようとする。だが、その手は無情にもすり抜ける。
宿命で映し出されるその光景は全て過去の映像。今を生きる彼女では触れることは勿論、介入することもできない。
「あっ……」
そんな簡単なことに気づかないほど、羽衣狐も動揺していた。
それほどまでに、彼女にとってその赤子・幼名が童子丸——将来・安倍晴明と名乗ることになるその子の存在は大きかったのだ。
「…………」
カナは、羽衣狐の背中を見ていた。
愛しいやや子が目の前にいるのに触れられない。その寂しさに項垂れる彼女。
それまでの恐ろしい妖怪の大将としての姿など微塵も感じられない。
まさに、一人の母親としての姿がそこに垣間見えた。
×
宿命がカナたちに最初に見せたのは——羽衣狐という妖怪の千年前の記憶。安倍晴明というやや子が生まれてからの思い出だった。
正直、山吹乙女のことが一刻も知りたいカナにとって、その情景は予想外で困惑していた。
だが、前回宿命を発動したときもこういった意味がなさそうな情景から、全てが重要なことへと繋がっていた。
これも宿命が選んで見せている過去というのなら、それには何かしらの意味がある筈と、カナは大人しく流れてくるその場面に目を向ける。
場面が暗転していく中で、家長カナは安倍晴明という人物について知ることになる。
安倍晴明が誕生後、しばらくの間は羽衣狐が彼を育てていたようだ。
しかし、意外なことに一緒にいた期間は短く、晴明が五歳になる頃には羽衣狐は彼の前から姿を消し、近くの村に彼を預けていた。
羽衣狐がそうした理由は——彼女自身の力の低下があったようだ。
羽衣狐は安倍晴明を産んだことで力の大半を失ってしまったらしい。そんな弱い自分では彼を守りながら育てることが不可能と悟ったのか。一首の短歌を残し、彼女は安倍晴明の下から去っていった。
『恋しくば 尋ねてきてみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉』
いつか、恋しければ信太の森を尋ねて自分に会いにくるがいいという、彼女が愛する息子に宛てた歌である。
母と別れることになった晴明。彼は村人たちに育てられることとなり、やがては神童と呼ばれるようになっていく。
安倍晴明が陰陽師として名を馳せるようになったのは——母と別れてから三十五年後。意外にも人間社会の表舞台に姿を表すようになったのは遅く、彼が四十歳になったときである。
しかし、彼が人間社会で頭角を表すようになったときには、既に裏で多くの妖たちを支配下に置いていた。
鬼の頭領である酒呑童子を倒し、茨木童子といった多くの鬼たちを従えていた。
父の敵討ちに現れた鬼童丸を撃退し、彼を腹心の部下として迎え入れていた。
そして、母である羽衣狐との再会も既に済ませており、彼は京都の表と裏。その二つを実質的に支配する存在として都に君臨していたのだ。
常人の目からすれば、彼の人生はその時点で満ち足りていたかもしれない。
しかし晴明はその先——自分がいなくなった京の都・その後の世界がどうなるのかと憂いていた。
『母よ……今日は貴方にお願いがあって参りました』
『ほほう、晴明よ。何なりと申して見るがいい』
成長した安倍晴明。立派な男となった彼が母である羽衣狐と向かい合い、大事な決断を話し合っていた。
『人は死ぬと必ず『
『私も、死ねばその輪廻に囚われ、ただの凡人として過去の記憶も、今の経験も全て忘れ生まれ変わってしまうでしょう』
『ですが、私は永遠を生きたい。この京都の陰陽の秩序、私が築いた秩序を永遠のものにしたいのです』
『だからこそ、私は貴方の胎内に還る』
『それこそが完全なる復活の法、完全なる『
安倍晴明は己の身を嘆いていた。
半妖でありながらも、人と同じ寿命しか持たない自分を。
いずれ死んでしまう己の矮小な命を。
彼は己の寿命、輪廻転生の環すらも越える術を身につけるべく『反魂の術』での復活を目論んでいた。
そのために彼が必要としたもの——それこそ、母親たる羽衣狐の母体である。
彼はもう一度、完全なる姿で復活するために羽衣狐の胎内に還ることを望んでいた。
『——晴明。昔からお主は奇妙な子ではあったが、何故そんな奇天列なことが思いつく?』
晴明の話を黙って聞いていた羽衣狐。彼女は息子の提案に笑みを浮かべながらも、内心ではかなり驚いていた。
彼の発想は千年を生きる羽衣狐でさえ、思いも寄らないものである。永遠の命を得るために、まさかもう一度母親から産まれたいなどと、いったい他の誰にそんな奇想天外な方法が思いつけるだろうか。
羽衣狐はそんな息子の思いつきに戦慄しながらも、その案を快く快諾した。
当時の、そして今の彼女にとっても——実の息子である安倍晴明は世界の全てだった。
彼が望むというのなら、何度でも自分が彼を産んでやろう。羽衣狐は晴明を抱き寄せながら彼の耳元で優しく囁く。
『愛しき晴明や。何度でも何度でも……妾がお前を産んでやるぞ』
『ありがとう、母上。人と妖の理想世界のため、必ず反魂の術を完成させてみせます』
「——そうじゃ、あのとき。妾は晴明と約束した」
その場面を見ていた羽衣狐は昔を懐かしむように口を開く。
「全てはあの子が永遠にこの世に君臨するため。あの子の夢——人と妖の理想社会を実現するために!!」
「っ!!」
羽衣狐の叫びに、今度はカナが驚く番であった。
そう、かの安倍晴明も最初は人との共生——カナの幼馴染みである奴良リクオと同じよう、人との共存を夢見ていた。
てっきり最初から人間など眼中になかったのだろうと誤解していただけあって、羽衣狐の言葉はカナにとって何気に衝撃的である。
「そうじゃ……あの子はあくまで人との共存を望んでいた!! 妾は闇に包んでしまえばいいと何度も言ってやったが、それでもあの子は人と妖怪を等しく平等に扱っておった……」
親子仲の良かった安倍晴明と羽衣狐。
そんな二人の唯一と言っていい、意見の食い違いがそれだ。人との共存を望むべきか、それとも支配するか。
少なくとも、その語り合いでの晴明は人と妖の共存を理想社会だと心の底から信じていた。
「じゃが……そんなあの子の純粋な思いを……貴様ら人間共が裏切ったのじゃ!!」
羽衣狐の叫びに呼応するかのように、場面が暗転する。
『おお!! ようきたのう、晴明!!』
『およびでしょうか、頼道様』
晴明はその日、とある貴族の屋敷を訪れていた。
晴明が畏った姿勢で対面するのは関白・
この頃の彼には未だに人に対する期待のようなものがあった。例え——相手が絵に描いたような無能な貴族であろうとも、己の身の程を弁え、決して人としての領分まで侵すことはないだろうと考えていた。
その考えで、彼は人の世での生活を正しく維持していたわけだが——
『お主にいつも聞いておったろう? 不老不死の方法を。何故こんな素敵なことを教えてはくれぬのだ?』
『? どういうことでしょう。延命の術なら多少のおぼえはありますが……』
話の嫌な流れに晴明がやや顔を曇らせるも、頼道という貴族は気づいた様子もなくその言葉を口にしていた。
『——違う違う! 信田の狐のことじゃ』
『————————』
信田の狐。それは他でもない羽衣狐、晴明の母のことである。
何故、そこで母親の名前が出てくるのかと思いきや、頼道は側に置いてあった箱からその狐——。
羽衣狐の無残な亡骸を取り出したのだ。
『————————』
言葉を失う晴明に向かって、頼道はその亡骸をまるで物のように気軽に扱いながら彼に突き出していた。
『見ろ~、やっとのことで捕まえたぞ~』
『ホレホレ、千年も生きるというコイツの肝を喰らえば不老不死になれるそうじゃぞ?』
『お主なら、知ってそうなもんじゃが?』
はっきり言ってそんな効果、羽衣狐の肝には元より存在しない。
いったい誰に聞いたかは知らないが、不老不死の薬など晴明にだって作り出すことはできない夢物語である。
『うむ! これをお主に託すぞ。見事不老不死の薬を作り、ワシに永遠の命をもたらすのじゃ!!』
それなのにこの男は、大した知識もないくせにそんな妄言を信じ込み、よりにもよって安倍晴明に羽衣狐の生き肝で薬を作れなどとほざいているのだ。
実の母親の体を使って——薬を作れなどと。
『貴様ら……!!』
当然のことながら、晴明は激怒した。
彼の煮えたぎる殺意が頼道に、彼の周囲を取り巻く貴族たちに向けられる。
『闘えぬ母を何故射った!?』
怒りに燃える彼は叫ぶ。
晴明は人間が妖怪を討ち取ることを否定はしない。現に彼だって人間に害を及ぼすものとして酒呑童子を殺し、その配下であった茨木童子たちが必要以上に人間に悪さを働かないよう、彼らを支配下に置いていた。
人々が自分の身を守るためだというのなら、妖相手の殺生もやむを得ないことだろう。
だが——晴明を出産した後の羽衣狐に戦える力などなく、彼女は本当に無力な弱い妖だった。
そんな弱い妖を、よりにもよって不老不死などという身の程知らずの願いのために追い回し、殺した。
そんな身勝手で自分勝手な人間という生き物に——このとき、晴明は心底失望したのだ。
『堕ちろ人ども……貴様らは……上に立つべきではない!!』
怒りの感情に任せるまま、晴明はその屋敷にいた人間たちを全て皆殺しにした。
『人は愚かだ』
燃え盛る屋敷を背景に、晴明は母の亡骸を抱き抱えていた。既に羽衣狐は完全に息絶えている。事切れる前、彼女は晴明に『愛しておったぞ……』と、最後まで自分への愛を語ってこの世を去った。
『この世にふさわしいのは人と妖、光と闇の共生ではない。闇が光の上に立つ秩序ある世界だ!!』
安倍晴明は母の死に目を看取り、自分が間違っていたことを悟る。
人を守る必要などない、彼らにくれてやる慈悲など必要ない。母の言っていたよう、全てを闇に包み込み支配する。そうしなければ人間たちはどこまでもつけ上がり、この美しい世界を破壊してしまうだろう。
そうさせないためにも、世界の秩序を維持するためにも。やはり自分が立ち上がらなければならないと、血の涙を流しながら晴明は部下の妖怪たちに宣言する。
『この晴明が……闇の主となる!! いかなる手を使ってもだ……』
母の亡骸を抱きしめながら、彼は決意する。
『私は必ずや復活し——母と共に世界を闇で覆う!!』
やがて彼は人々や妖怪から『鵺』と呼ばれ、畏れられるようになる。
自らが理想とする『絶対的秩序』を実現するため、修羅の道を歩むこととなるのだ。
それから——八十年ほどの月日が経過する。
『——ん……ううん? ここは……どこじゃ…………』
愚かな人間たちのせいで死した筈の羽衣狐。彼女は見知らぬ海岸で目を覚ましていた。
潮の香りに、波のさざめき。
水面に映る自分の顔を見てみれば——そこには見知らぬ人間の少女の戸惑う顔があった。
『わ、妾……か? いったい、何がどうなって……』
茫然としながらも、手で顔を触れてみる。そうすることで、羽衣狐は眼前の水面に映るその少女が自分自身であることを理解する。
だが、何故自分がこんな妖力もほとんど感じられない、ただの人間の少女の姿をしているのか。それが全く理解できない。
意識が鮮明になればなるほど、それが不可解でますます混乱する羽衣狐だったが——
『羽衣狐様、お懐かしゅうございます』
『……っ! お主、鬼童丸か?』
目の前に現れた数人の妖怪たち。その中の一人が晴明の側近である鬼童丸であることに気付く。
『せ、晴明はどうしたのじゃ?』
羽衣狐は真っ先に愛しの息子・晴明がどこにいるのかを尋ねていた。
『残念ながら……』
他の妖怪たちが跪く中、鬼童丸が静かに答える。
『晴明様は……四十年前にお亡くなりになられました』
『な、何と? せ、晴明が……死んだ?』
その報せに羽衣狐は絶望に打ちひしがれる。
『妾は……晴明をもう一度産むと……約束したのじゃぞ?』
あれから八十年は経っているが、先ほど目覚めた羽衣狐にとってはつい最近の出来事だ。
何よりも大切な、誰よりも大事な息子と交わした、何事にも代えがたい約束。
その約束を交わした相手が、晴明が——もういない。
『おお、晴明……ではもう、妾は晴明に会えぬ……う、うぉおおおおお…………』
晴明にもう会えない。
その事実に、約束を果たすことができない事実に羽衣狐は嘆く。
いったい自分はこれから先、何を頼りに、何を楽しみに生きていけばいいのかと。彼女の視界は真っ暗になっていた。
『いえ、羽衣狐様』
しかし、悲観に暮れる羽衣狐に対し、やはり鬼童丸は静かに現状を伝えていた。
『貴方には晴明様の手によってある術が施されました。再び晴明様をその身に宿すために!』
『!!』
顔を上げる羽衣狐。
鬼童丸は晴明の残していった反魂の術。羽衣狐が母体となり、再び安倍晴明を産み落とす方法を教えていた。
妖として、一度はその身を失った羽衣狐。晴明は寿命でこの世を去る前に、母である彼女に術を施した。
その術により、羽衣狐は今までは違う。人間の身を渡り歩く『転生妖怪』として生まれ変わったのだ。
寿命は人並みなれども、死ぬたびに力を得ていく。力ある人間の生き肝を喰らうことで、その妖力を無限に高めていく『特別な妖』となったのだ。
『そう……全ては我らが主、復活のためにです!!』
『…………』
鬼童丸の話を聞き、羽衣狐は動けずにいた。
これまでの自分とは違う、全く異なる生き方を歩むことに戸惑っている。
少なくとも、このときの鬼童丸はそのように判断したため、ゆっくりと彼女の答えを待つつもりであった。しかし——
『そうか……それが、あの子の術……くう……ぐ、く……くくく…………』
羽衣狐は、泣きながら笑っていた。
彼女は自分の肉体の変化よりも、もう一度息子に会えるという事実に歓喜の涙を浮かべる。
『あの子は、やっぱり……頭がよいのう…………ふ、ふふふ……』
今は亡き息子を褒め称えながら、喜びを噛み締めるように泣き崩れる羽衣狐だったが——彼女はすぐに顔を上げた。
『——何をしておる』
周囲の晴明の部下たち。今後自分の手足となって働く妖たちに彼女を即座に命令を下す。
『早く持ってまいれ!! 生き肝が必要なのじゃろう!?』
『は……ハッ!!』
その命令に京妖怪たちは僅かに戸惑っていた。
それまで、復活してばかりの生まれ変わった直後ということもあり、羽衣狐の容貌は無垢な少女のように酷く頼りないものだった。
だが——晴明を産むために生きると決心した彼女の瞳に、それまでの悲壮さは全く感じられない。
氷のように冷たい眼差し。
妖力こそまるで赤子のままだが、その貫禄はやはり千年の時を生きる妖狐のそれだ。
『ゆくぞ……案内せい』
京妖怪たちを引き連れ、彼女は歩き出す。
『全ては愛しきやや子、晴明のために——』
そう、全ては安倍晴明を産むために。
あの子との約束を果たし、もう一度この手で愛しき息子を抱きしめるため。
そのためだけに羽衣狐はこの先、千年に及ぶ『宿願』へと挑むこととなるのだ。
×
「…………」
そこまでの羽衣狐の過去を傍観者として見ていた家長カナは息を吐くのも忘れ、それらの情景に魅入っていた。
本来なら、それはカナが見たかった記憶ではない。
羽衣狐の過去など、知ったところでどうなるのかと本音の部分では思っていたかもしれない。
けれども——
——羽衣狐……。
——どうしよう……わたし……
——この人のこと……嫌いにはなれない……。
羽衣狐の過去を知ったことで、家長カナの心中にはそのような葛藤が生まれていた。それは彼女が山吹乙女と同じ顔をしているという理由からではない。
彼女の、羽衣狐自身の過去から現代へと続く一途な思い。
ただ息子に会いたいという、痛ましいほど実直な願いに一人の人間として共感してしまったからだ。
勿論、カナに息子などいない。母親たる羽衣狐と真の意味で気持ちを通わせることはできないだろう
けれど、カナにだっているのだ。
会いたい人が、もう二度と会えないと分かっていても、どうしても思い出してしまう人たちが。
——……お父さん、お母さん。
——…………ハク。
父に母、恩人である木の葉天狗のハク。
みんな、カナを守るためにその命を散らした人たち。できることならもう一度会いたい。会って色々なことを話したい。
そう願うカナの心と、羽衣狐の願い。
そこにいったい、何の違いがあるというのだろう?
——わたしは…………みんなのおかげで、自分の気持ちに折り合いをつけることができた。
——けど…………この人はできなかったんだ。
違いがあるとすれば周囲の環境だけ。
カナには他にも大切な人たちがいた。その人たちのおかげで何とか立ち直ることができ、平穏な心を取り戻した。
けど羽衣狐には、彼女には——晴明しかいなかったのだ。
安倍晴明の取り巻きであった京妖怪たちも、ただ主の復活だけを望み、それを羽衣狐一人に託した。いったいどうして、その期待を裏切ることができるというのだろう。
「…………」
カナは今のもどかしい気持ちを言葉にすることもできず、ただ黙って羽衣狐を見つめる。
いっそ敵として憎むことができれば、巨悪として恐るだけであれば、とても楽だっただろう。
けれども、息子を求めるただの母親としての羽衣狐を知ってしまった以上、カナはそんな単純な思考で彼女を敵視することができなかった。
「そうじゃ、そうじゃ……妾の長い長い旅路は……ここから始まったのじゃ!」
しかし、羽衣狐はそんなカナの気持ちなどどうでもいいようだ。複雑な心境のカナに気づいた様子もなく、過去の己自身を見つめながら、ここに至るまでの途方もない旅路を思い返していく。
「最初は色々と苦労させられたぞ。上手く妖力を集めることもできず、生き肝の選別にも苦労させられたわ……」
そんな彼女の回想を引き金に場面が暗転していく。
復活してすぐに、羽衣狐は逸る気持ちを抑えることができず、無節操に生き肝を部下たちに集めさせた。
だが、そんな凶行はすぐさま陰陽師たち・晴明の政敵であった
「二度目は……鬼童丸たちが駆けつけてくるのが遅かったのう……」
二度目ともなれば落ち着きを取り戻し、些か冷静に立ち回ることもできた。だが、今度は部下たちが転生した自分を探し出すのに苦労したせいか。護衛もおらず、羽衣狐はあっさりと命を落としてしまった。
「三度目の転生で……そうじゃ! 妾はやり方を変えたのじゃったな……」
三度目の転生から、羽衣狐は方法を変えることにした。
このまま、ただ目ぼしい幼子に寄生し続けるだけでは時間を無為に過ごすだけ。羽衣狐は部下たちに有力な——将来的に権力者の側にいけそうな女を探させ、その女性の体内に潜むようになった。
その女の黒い心根が頂点に達した時にその人格を奪い、その者の地位と権力、その両方を奪っていくやり方。
この方法が——思いのほか上手くいった。権力者に取り入ることで、陰陽師といった邪魔者たちも羽衣狐の妨害ができにくくなる。
さらにその立場を利用すれば、人間の生き肝など簡単に集まる。その頃から彼女はこの方法を確立し始め、以降はこの手段で四度目、五度目と転生を繰り返していく。
「ああ……それでも、やはり何もかもが上手くいくわけではなかった……」
しかしそれでも、ままならないのが人生というもの。権力者に取り入ることで新たな問題——人間同士の争いに否が応でも介入せざるを得なくなったのだ。
政治、勢力争い、権謀術数。政の中心に渦巻く怨念は羽衣狐にとって心地よいものではあるが、それにより自分の身の置いた勢力が破れ、羽衣狐自身が殺され、命を落とすこともあった。
その過程で、やはり人間の治める世の中はどうしようもないものだと。羽衣狐はその事実を再確認していくこととなり、人間への失望をさらに強めていった。
「ようやく……ようやく……妾はついに晴明に手が届くところにまで至ったのだ……」
そういった、長い苦労を重ねていくこと幾星霜。
ついに七度目の転生・八尾となった頃に羽衣狐は『淀殿』として豊臣家の中枢に潜り込み、自らの手で政治の実権を握るところまで登りつめた。もっとも、そのときの羽衣狐にとって権力など無用の長物だったかもしれない。
何故なら出産の準備——安倍晴明復活の準備が、その時点で万端整っていたのだから。
ようやく愛しいやや子に会えると、羽衣狐は柄にもなく心を昂らせていた。だが——
「それを……それを!! あの男が邪魔をしたのじゃ!!」
憎悪の込められた彼女の言葉に場面が暗転する。
『終わりだぜ……羽衣狐!!』
「——っ!? あれは……リクオくん……いや、違う?」
映し出された情景に、カナが目を見張る。
それはどこかの城の屋上。上空に暗雲が立ち込める中、リクオによく似た人物が淀殿・羽衣狐を一刀両断に切り捨てていた。
それは四百年前。羽衣狐が初めて他の妖怪に苦渋を舐めさせられた体験。
彼女が奴良組百鬼夜行・ぬらりひょんと対峙したときの記憶である。
記憶の中で既に羽衣狐はトドメを刺されており、淀殿からは本体である狐の精神体が飛び出し、怨嗟の声を上げていた。
『——お主ら……ゆるさん! 絶対にゆるさんぞぉおおおおおおおお!!』
『——呪ってやる! 呪ってやるぞ!! ぬらりひょん!!』
『——妾の悲願を潰した罪! 必ず償ってもらうからなぁあああああああああああ!!』
「……っ!」
映像越しでも伝わってくる、凄まじい怨念にカナは息を呑む。
羽衣狐は自分の邪魔をしたぬらりひょん。その手助けをした十三代秀元に対し『呪いの言葉』を浴びせながらその場を立ち去っていく。
そうして——羽衣狐の悲願は遠い未来に先送りされることになってしまった。
「…………」
「満足したか? 小娘」
場面の転換が終わり、そこでカナと羽衣狐は真っ白い世界へと戻ってきた。
振り返る過去がそこで終わったのか、二人っきりで対面する両者。
「まさか……貴様のような小娘に妾の過去がここまで暴かれることになろうとはな……!」
羽衣狐は無遠慮に自身の過去を知ったカナに憎悪の視線を向け、彼女を罵っていく。
特に晴明を失ったばかりの弱々しい頃の自分など、誰にも見せたくなかった羽衣狐にとっての汚点だ。
「……ごめんなさい」
カナ自身も失礼なことをしてしまったという自覚があるのか、羽衣狐相手に素直に謝罪する。
だが、羽衣狐は許さない。
「謝罪など不要じゃ……その無礼、貴様の命で償ってもらうぞ!!」
羽衣狐はとっととこの世界から抜け出し、この愚かな小娘の息の根を止めてやろうと天に向かって叫んでいた。
「さあ、もう余興は終いじゃ!! 宿命とやら! もう妾に見せてやる過去などない!! さっさと妾を現実に……晴明の元へと帰すがいい!!」
カナと羽衣狐の意識を縛りつける神通力・宿命。その力そのものに『意思』とやらがあるのかは知らない。
しかし、少なくとも羽衣狐自身にはこれ以上、見せてやる過去などない。
実際、羽衣狐の八度目の転生はぬらりひょんにしてやられた、四百年後の現代だ。
彼女からしてみればごく最近のことであり、わざわざ遡って見るものでもないと感じていた。
「——いえ、まだです」
「なに……?」
しかし、それを良しとしなかったのが家長カナである。
彼女は失礼千万と分かっていながらも、真に知らなければならないことがまだ知れていないと、ここを断じて譲らない。
「まだ……終わっていませんから!!」
「——っ!!」
強い意思を秘めた瞳で羽衣狐を見つめるカナ。怒っていた羽衣狐も、それには少々面食らう。
そんなカナの確固たる意志に応えたのか——宿命が次なる過去を見せようと周囲の風景を変えていく。
「ちっ! これ以上何を……っ?」
まだ自分を辱める気かと、宿命がさらに過去を見せようとすることに、苛立ち気味に吐き捨てる羽衣狐。
「…………何じゃ? これは?」
だが、続く場面転換に羽衣狐は怒り以上に戸惑いを強く感じていた。
先ほどの続きとばかりに見せられたその風景は、羽衣狐にとっては見知らぬ情景。
彼女の記憶の中には、存在しないものだったからだ。
それは静かな片田舎。
ポツポツと雨が降る中を、一人の男が雨宿りにあばら屋に立ち寄っていた。
着物を着流した色男だ。カナはそれが誰なのか瞬時に理解する。
「……っ、鯉さん!!」
鯉さん——つまりは奴良リクオの父親・奴良鯉伴である。
彼は『ちっ……こいつは参ったねぇ~』などと呑気そうに呟きながら、そのあばら屋で雨が降り止むのを待っていた。
すると、そんな彼の後ろから——。
『あの……雨宿りするのであれば、もっと中の方にどうぞ……』
と、控えめながらも女性が声を掛けていた。
『んっ?』と振り返る鯉伴。それにシンクロするよう、カナと羽衣狐の視点もその女性の方へと移動していく。
「なっ!? 妾と……同じ顔!?」
これに羽衣狐は目を見張る。
その女性は今の羽衣狐の依代の少女。それと全く同じ顔をしていたのだ。纏う雰囲気や服装、細かい違いこそあるものの、まさに瓜二つの容貌。
「……知らぬ、知らぬぞ! こんな記憶! これは……妾の過去ではない!!」
自分と同じ顔の女の登場。普通に考えれば、それはこの依代の記憶ということになる。
だがそのシュチュエーションに羽衣狐は何一つ思い当たる節がない。幾度となく転生を繰り返してきたが、こんな出会いは羽衣狐の人生にはなかった。
「やっぱり……そうだったんだ!」
しかし、羽衣狐が戸惑う一方で家長カナは興奮気味に叫ぶ。
彼女からすれば、これこそ知りたかった過去の記憶。
羽衣狐の中に眠る——『あの人』の過去世なのだと、疑念が確信に変わった瞬間である。
『…………君は、誰だい?』
記憶の中の鯉伴が戸惑った表情でその女を見つめている。
常に飄々としている彼にしては珍しく、どこかその人相手に緊張している様子だ。
もしかしたら——この時点で彼はその女性に一目惚れしていたのかもしれない。
『私は…………』
女の方が口を開こうとしている。
だが、いきなり男の人に名前を聞かれて戸惑っているのか、なかなか続く言葉を口にすることができない。
そんな彼女に代わって、その景色を見つめる家長カナがその女性の名前を呟いていた。
「——山吹……乙女……」
そう、その女性こそ山吹乙女。
後に奴良鯉伴の妻となり、カナの前世であるお花の先生となる人物。
そして、あらゆる者たちの思惑に翻弄され、数奇な運命を辿ることになった。
悲運の女性である。
補足説明
藤原頼道
大体コイツのせい。
安倍晴明が人間に失望する原因になった無能貴族。
かなり失礼な発想だが、やっぱ問題を起こすのはいつも『藤原氏』……なんだよね。
芦屋道満
安倍晴明のライバルで、色々な作品で悪役ムーブをかましているお爺ちゃん。
FGOでは、どうしようもない外道リンボだけど、ぬら孫だと普通に正義?の人。
花開院家の祖先。
羽衣狐の過去について
羽衣狐の過去に関しましては原作の十四巻の本編内容。
そして十五巻、十六巻のおまけ漫画を参考に書かせてもらっています。
おまけ漫画の方はコミックス見ないと分からないと思うので、気になった方は是非読んでみて下さい!!
宿命編の後編となる次回タイトルは『宿命・山吹乙女の記憶』です。
次回もお楽しみに!