とりあえず150箱くらいで完走しましたが、あと一日あるのでもう少し回って見たいと思います。
林檎はまだまだあるけど、正直回るだけの余力がない……そんな作者であります!
さて、今回の話はタイトルにあるとおり、黒幕たちの記憶がメイン。
原作でも指折りの愉悦?シーンだと思いますが、オリキャラが無駄にハッスルするのでおそらく原作以上に胸くそ悪いシーンになったかと思います。
ぶっちゃけ、人によってはマジでこの小説が嫌いになるかもしれん。
そんな覚悟のもと、今回の話を投稿します。
みんな……真実を知る覚悟はできてるか?
それは——山吹乙女という妖怪がこの世界へ別れを告げる記憶から始まった。
『!! 乙女ちゃん!? どういうことだい! こんなところで一人で!?』
『雪麗さん……ごぶさたして……』
外で吹雪が吹き荒れる中、暗い暗い小屋で二人の女性が久しぶりの再会を果たしていた。
一人は山吹乙女。瀕死な状態で布団に横になった華奢の肉体。その命の灯火が、今にも尽きようとしているのが誰の目から見ても明らかな儚い命。
それを看取る形で美しい女性、雪女の雪麗——つららの母親であり、ぬらりひょんの側近だった女性。
雪麗は山吹乙女にとって、本当にお世話になった姐さんのような存在である。
彼女たちが二人っきりで対面していたのは——山吹乙女の意思によるもの。
鯉伴との離別の後、山吹乙女は長い時間をたった一人で彷徨い続けていた。その間、様々な人との出会いこそあれど、鯉伴と一緒だった頃のような輝かしい日々など終ぞあることもなく。
日々妖怪としての力を弱めていき——乙女はとうとう自力では動けないほどに衰弱してしまった。
自分の死期を悟った乙女は、最後の力を振り絞り手紙を書いた。
彼女は自分を看取る相手として雪麗を選び、ここまで足を運んでもらったのだ。
彼女を通して——あの人への遺言を残すために。
『お願いがあります。もう……わたしを捜さないよう、あの人に……伝えてください……」
あの人——奴良鯉伴が失踪した自分を捜していることを、乙女は風の噂で耳にしていた。
けれど、いつまでも自分という過去に振り回されることを乙女は望んでいない。
『わたしは……もう…………』
自分の生はここで終わるのだ。死者などにいつまでも、心を縛られて欲しくないと。
乙女は——鯉伴に未来を生きて欲しく、自分のことを忘れて欲しいという願いを、他でもない雪麗に託したのだ。
『乙女ちゃん……! 駄目だよ!? しっかりおし!!』
雪麗は乙女の言葉を受け取りつつも、それでも彼女に生きろと呼びかける。
だが、もう何もかも手遅れだった。
もはや口を動かす気力もなく、乙女は最後の力を振り絞って雪麗の耳元で囁く。
『でも……最後に……あの人に………………』
最後の最後に何かを呟いたようだったが、その言葉が雪麗以外のものに届けられることはなく。
山吹乙女は——その一生をひっそりと終えることとなった。
「…………」
「…………」
言葉が出てこないとは、まさにこのような状況を言うのだろう。
鯉伴と山吹乙女。二人の出会いから別れの一部始終を宿命にて垣間見た、家長カナと羽衣狐。
二人は何一つ言葉を発することができず、恐ろしいほどに気まずい沈黙の中に陥る。
家長カナは「二人の離別が前世の自分のせいなのでは?」と自らを責めていた。
羽衣狐も「妾の呪いで……」と、自身の呪いで苦しむことになった、山吹乙女に同情のようなものを抱いている。
経緯はどうであれ、二人とも自身の過去世のせいで今この瞬間に苦しんでいるもの同士だ。
馴れ合いをするつもりはないが、互いに何と言っていいか分からずに口を噤んでいた。
だが、そんな二人の困惑に関係なく。
宿命は山吹乙女が死んだ——『その先』を二人に見せつけようと周囲の景色を一変させる。
その記憶こそ、『羽衣狐』の中に『山吹乙女』の記憶がある理由。
乙女が——狐になったその理由を映し出すものだった。
×
それは——何もない闇から始まった。
「……えっ!? こ、ここって、どこ? 誰の記憶なの……!?」
ショックを受けて蹲っていたカナですら、その異常事態に顔を上げる。
今までの宿命であれば、その人物がその場にいたそのときの情景が映し出される筈だ。だが、周囲の景観は黒一色。一変の光さえ感じられない、暗闇の中に立たされカナは困惑する。
「なんじゃ、これは? おい、小娘! いったい、何が起きておる!?」
姿が見えないが羽衣狐も近くにいるのか、彼女も戸惑った声を上げる。妖怪の彼女ですら、何も見えていないらしい。その世界が本当にただの『闇』であることが窺い知れるだろう。
すると、その闇の中から——何者かの呻くような声が聞こえてきた。
『——お……おのれ……またも、奴良組……こんだぁワシの脇腹を潰しおった、はぁはぁ……』
かすれた、どこか弱々しい瀕死の重症といった男の声。
これっぽちも余裕など感じられない狼狽しきった、追い詰められた人間の息遣いそのもの。
だが、その弱々しい筈の声には果てしない憎しみが感じられた。
言葉だけで——その男の心情が憎悪に彩られていることがよく理解できる声音である。
さらに、そんな男の言葉に応えるように、もう一人の何者かが闇の中で囁く。
『幕末、明治、戦中、戦後……それは世が闇に包まれし時……』
憎しみに駆られる弱り切った男とはまったく性質の異なる声音。
落ち着いた、どっしりと腰を構えた男性の声だ。どことなく、カナにも聞き覚えがあるような気がした。
「!? こ、この声は……! ま、まさか!!」
その声の主に真っ先に羽衣狐が反応する。
「せ、晴明? 晴明なのか!?」
「安倍……晴明? そ、そっか、どうりで聞き覚えがあると……」
思い出すのに時間が掛かったものの、確かにカナも彼の声を既に過去の回想で聞いている。
確かに、この声は安倍晴明その人のものである。
光の見えぬ暗闇の中。どうやら晴明は怨嗟の声の主と何かしらの密談を行っているようだ。
『母が出るべき時は何度もあったというのに、そのたびに彼奴に潰された。あの男、奴良鯉伴に……』
「鯉さん!?」
晴明の口から思わぬ人の名前が出たことにカナは驚きを隠せない。
いったい、ここはどこで。何故、まだ世に復活していない筈の安倍晴明が奴良鯉伴のことを知っているのだろう。
カナも羽衣狐でさえ知らなかっただろうが、彼女たちが見ている景色は真っ暗なこの世の底。
俗に『地獄』と呼ばれる場所であった。
地獄——それは死したものが行き着く場所。人も妖も関係なく、全てのものが還るべき場所である。
本来であれば、その地獄で死者は自我を保つことなどできない。肉体を維持したままの生者であれば、あるいは活動できるかもしれないが、既に死者の筈である安倍晴明。本来であれば魂だけの存在となり、いずれは生まれ変わる輪廻の環に組み込まれていただろう。
しかし、彼は『反魂の術』の力を応用し、魂だけの存在となって千年もの間、ずっとここで待ち望んでいた。
母である羽衣狐が自分を誕生させてくれるその瞬間を——。
だがそんな企みも、とある一人の男によって幾度となく阻止されてきた。
それこそが、奴良組二代目・奴良鯉伴である。
彼の活躍により羽衣狐は転生することすら許されず、宿願は先送りにされてきた。
その様子を——実は安倍晴明も歯痒い思いで地獄の底から覗き見ていたのである。
現世に奴良鯉伴がいる限り、自分は復活できない。
それが安倍晴明の結論であり——彼が『ある男』と組むきっかけとなった。
『——晴明殿……私と貴方の思いは同じ。ここは手を組みませぬか?』
それこそが地獄の底で苦しんでいた男——山ン本五郎左衛門、その本体であった。
山ン本五郎左衛門——彼は三百年前に起こった奴良組との抗争で敗北し、この地獄に繋がれる運命を背負わされてしまった。もっとも、それはあらゆる意味で自業自得であり、一切同情の余地もない結末だ。
『私は……どうしてもあの者に復讐せねばならないのです!』
だが、彼は自らの行いを反省するどころか、未だに奴良組に復讐する機会を伺っていた。
地獄から現世にいる『脳』を通じ、百に分かれた『口』や『手』。『左目』や『耳』へと指令を送り、幾度となく奴良鯉伴へと刺客を送ったりもした。
しかし、そのどれもが失敗に終わった。
山ン本率いる百物語組だけでは、どうやっても奴良鯉伴は殺せないと悟り——ついに彼も安倍晴明へと協力を申し出たのだ。
『しかし、いったいどうやって?』
山ン本が声を掛けたとき、安倍晴明にはこれといってアイディアは浮かばなかった。
山ン本と違い、安倍晴明は直接現世に干渉することが基本的にはできない。
己の子孫たちや、彼の忠実な配下である鬼童丸や茨木童子などとも連絡を取ることができないのだ。いかに強大な力を持とうと、地獄にいる死者である限りは安倍晴明でもそう大したことができない。
『なに……私めによい考えがあります』
だが、山ン本五郎左衛門は違う。
彼は地獄にいながらも、手足となるべく配下たちが現世にいる関係上、柔軟な対応が取れる。
そして——その自由な配下の手を借り、彼は一計を案じた。
『どんな大物でも必ず油断する時があるはず。そう、男であれば……娘などには弱いはず』
『娘? 彼奴に娘などおらんぞ?』
山ン本の提案に初めは晴明も眉を顰める。
確かに実の娘でも人質にとれば隙の一つや二つくらいできるだろう。しかし、晴明の知る限り鯉伴には息子こそいれど、娘などいない筈だ。
その息子も、普段は厳重な護衛に守られているため、そう上手くことを運ぶことはできないだろう。
『鯉伴はかつて……一人の妖と恋に落ち、結婚しておりました』
しかし、山ン本は嫌らしい笑みを浮かべながら、続く己の策を口にしていく。山ン本のその言葉に、晴明もすぐに相手の言わんとしていることを察する。
『なるほど……でっちあげるわけか。しかしお主の幻術といえども上手くいくかどうか……』
ただの幻で娘を作ったところで、あの鯉伴のことだ。すぐにでも見破ってしまうだろう。それがただの幻影であれば、どうしても違和感を拭いきれないからだ。
だが——そこに本物の魂が宿れば話は別である。
『そこで晴明殿……貴方の反魂の術が必要となるのです』
『ほう……なるほど、そういうことか』
山ン本五郎左衛門の提案の真意を見抜き、晴明は全てを悟った。
彼は地獄にて反魂の術を用い、『とある女』の魂をその手元へと引き寄せたのである。
それがいったい誰の魂だったのか。
「…………ま、まさか……!?」
「晴明……お前……!」
二人の会話を聞いていたカナと羽衣狐には即座に理解することができた。
そして——場面は暗転する。
×
「……こ、ここは……?」
カナが視界を開けば、周囲の景観は先ほどと様変わりしていた。
真っ暗な闇の中から、自然豊かなどこかの神社。狐を祀る社なのか、狐の石像が至るとこに設置されている。少し遠くを見れば現代的な建物としてビルなども見えるため、おそらくは現代なのだろうが。
「ここは……見覚えがあるぞ! ここで、妾は……」
見知った場所だったのか、羽衣狐が反応を示す。
現代的な風景で見覚えがあるというのなら、これはそれほど昔の記憶ではない。実際、彼女たちの視界の先には現代的な格好の女の子、黒いワンピース姿の少女が一人ポツンと佇んでいる。
「お、乙女先生……?」
その少女の容姿が——まさに山吹乙女そのものであったことにカナが驚く。
まるで乙女を子供に戻したかのような、それほどまでに瓜二つの容貌。
「あれは……妾の依代の……」
羽衣狐はその少女の正体にいち早く気づいた。
そう、彼女は現代における羽衣狐の依代、その子供時代の姿だ。
『…………』
しかし、今はまだ羽衣狐の意識が目覚めていないようで、少女は何をするでもなく、ただ虚空を見つめていた。
すると、そこへ彼がやって来る。
『——お姉ちゃん、こんなところで何してるの?』
「っ!! リクオくん!?」
カナの幼馴染である奴良リクオだ。
まだ小学校に入る前。カナが彼と出会った頃くらいの年頃のように見える。おそらく、カナが浮世絵町から離れていた時期の出来事なのだろう。彼は一人で遊んでいるのが寂しいのか、幼い少年特有の好奇心で見知らぬ乙女似の少女に声を掛けていた。
『……遊びましょう』
少女が笑顔で応える。そうするのが当たり前であるかのように、彼女はリクオと一緒になって遊び始める。
まるで——本当の姉弟かのように。
「……あの小僧が言っていたのは……このことだったのか」
その光景を複雑そうな表情で見つめている羽衣狐。
カナが宿命を発動させる直前、羽衣狐は敵対するリクオから声を掛けられていた。
『——俺の中にある、このありえねぇ記憶……人間のアンタなら、何か知ってるんじゃねぇか?』
リクオの幼少期の記憶。羽衣狐らしき女性と楽しく遊んだものだと彼は言っていた。
当然、羽衣狐にそんな記憶はなく、その言葉を世迷言と切って捨てていたのだが——どうやら、リクオの言っていたことが正しかったようだ。
彼は確かに遊んでいた。羽衣狐の依代の少女と——。
「…………何故、妾は……」
少年と少女は他愛もない遊びに耽っていた。追いかけっこをしたり、落ちている石を拾ったり、アリの行列を眺めていたりと。
実に子供らしい、そんな二人の様子にぬらりひょんの一族が憎い筈の羽衣狐の胸に込み上げるものがあった。
いったい、この気持ちがどこから来るものなのか、まだ分からないでいる。
その答えを握る人物が、その場に現れるまでは——。
『——リクオ……その子は……』
「こ、鯉さん……」
少し遅れてその場に鯉が、奴良鯉伴が姿を現す。
彼にしては珍しく、山吹乙女と瓜二つの少女を前に明らかに動揺していた。
『お父さん! 遊んでくれてたの、このお姉ちゃんが!』
当然、リクオは鯉伴の困惑などに気づくわけもなく。彼は無邪気にこのお姉さんが一緒に遊んでくれていたと楽しそうに語り、二人の橋渡しとなる。
『…………』
『一緒に遊びましょう』
戸惑う鯉伴に、乙女似の少女は笑顔で微笑む。
そうするのが必然とばかりに鯉伴の手を握り、困惑する彼を引っ張っていく。
『……あ、ああ!』
一瞬、何かを探るかのように少女を見つめる鯉伴だったが、すぐに警戒心を消し去る。もしかしたら、これが何者かの罠かもしれないと疑ったのかもしれない。
しかし、乙女に似た容姿にではない。彼女の内側に秘められた『何か』に強く惹かれるものがあったのか。
三人で仲良く——本当の親子のような時間を過ごしていく。
その光景を——黒幕たちが影から見ていることに気付くこともなく。
『——フェ~フェフェ! 上手くいっておる、おる!!』
茂みの中から、一人の老人が声を忍ばせた含み笑いを漏らす。その老人は自身の妖気、気配を断ち、嫌らしい笑みを口元に浮かべ鯉伴と子供たちを——その額の巨大な瞳で覗き見ていた。
「京妖怪!?」
「み、鏖地蔵……」
その光景は第三者視点であるカナと羽衣狐には筒抜けだったが、鯉伴たちには気付かれていない。
この鏖地蔵——今は京妖怪の一員である彼がこの出会いを仕組んでいたのか。だが、完全に油断している奴良鯉伴を前に、鏖地蔵自身が動く気配はない
彼は今か今かと、その時が来るのひっそりと待ち続けている。
もう一人、傍に立つ少年と共に。
『ふ~ん……あれが山吹乙女と似せて作った人形かい? 随分とよく出来てるじゃないか……』
「!! き、吉三郎!?」
鏖地蔵と共に鯉伴たちの様子を伺っていたのは、家長カナにとって許せない仇である妖怪・吉三郎であった。意外な場所での意外な人物の登場に、怒りよりも困惑を覚えるカナ。
「こやつは、確か……」
羽衣狐も一様は吉三郎と面識があるようだが、彼が何者なのかは知らない様子。
お互い理解が追い付かずに困惑するカナと羽衣狐だったが——そんな彼女たちの疑問に答えるかのように、鏖地蔵が吉三郎の質問に答えていた。
『ああ、人形じゃよ、あの肉体の方はな。じゃが……内側に詰め込んだ魂は間違いなく本物の山吹乙女のものじゃ!! だからこそ……あの男もあそこまで油断しておるのじゃ! フェフェッ!』
「——っ!!」
そう、それこそが答えだった。
鏖地蔵の台詞は、カナの抱いていた疑問を見事に氷解させた。
そう、あの依代には——やはり山吹乙女の魂が宿っていた。
決してカナの勘違いなどではなかった。あの少女——その成長した姿である今の羽衣狐の中にも、確かに山吹乙女の意識が混ざっているのだ。
「妾の中に……あの娘の魂が……?」
羽衣狐の表情がますます困惑に歪む。
過去の記憶で既に垣間見た山吹乙女の思い出。自分の呪いのせいで愛しい人と別れざるを得なかった彼女の精神が、今も自分の中にあることに、羽衣狐が苦しそうにその胸をギュッと握りしめていた。
彼女たちが真実へと近づいていく中、黒幕たちはさらに自分たちの企みを話し続けていく。
『ふ~ん……安倍晴明の反魂の術か……。けどさ、このままじゃ、ただのほっこりした思い出作りにしかならないよ? ここから先をどうするつもりか……勿論考えているんだろうね?』
『当たり前じゃわい! 山ン本様の仕込みはここからじゃ……よく見ておけ!』
彼らの言葉から察するに、あの肉体だけの容れ物に魂を込めたのは安倍晴明の仕業。彼が地獄で行使した反魂の術によって呼び寄せられたのは、山吹乙女の魂だった。
その魂を、現世で準備を進めていた鏖地蔵たちが乙女と似せて作った肉体に詰め込み、ここまでの段取りを整えたのだ。
晴明と手を組んだ、彼らの主人・山ン本とやらの指示によって。
「山ン本……それがあいつの!!」
仇敵である吉三郎の、そのさらに黒幕とも呼べる人物の名にカナは緊張感を滲ませる。
『お姉ちゃん、お父さん! 早く早く!』
『ふふっ……待ってちょうだい』
その一方で、鯉伴たちの時間は穏やかに進んでいく。
リクオがはしゃぎ回り、それを少女の山吹乙女が鯉伴と手を繋いで一緒に追いかけていく。
『…………フッ』
鯉伴も、すっかり彼女に気を許したようで、もはやそこに一切の気負いもない。
彼はただこの時間が嬉しくて、それが永遠に続けばいいとさえ思っていたかもしれない。
けれども——終わりのときは刻一刻と迫っていく。
『あ! 何だろう、アレ?』
『リクオ、あまり遠くへ行くなよ』
リクオが何か物珍しいものを見つけたのか、鯉伴と乙女から離れていく。息子のことを心配しながらも、鯉伴はそこに留まり——ふと、咲き乱れるその木々に目を向けていた。
『山吹……』
『わぁ、キレイ……』
咲き誇っていたのは山吹の花だ。ただの少女としての記憶しかない乙女は、その山吹の花を単純にキレイだと手にとって愛でる。
だが、乙女との出会い、想い出を忘れることのできない鯉伴にとってその景色は特別なものだ。
『七重八重 花は咲けども山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき』
『………………』
彼は自然とその山吹の花々。自分が同じ名前を付けた女性が残していった古歌のことを思い出し、それを口ずさんでいた。
『あの後……山吹の花言葉を何度も調べちまったけ。『気品』『崇高』……』
山吹の花言葉。
それは乙女という女性を表現するのに相応しい言葉。そして、他にも意味合いがあった。
『そして……『待ちかねる』。まるで……オレたちの娘みてぇだ……』
若菜と出会い、リクオをもうけてからは極力乙女との思い出に浸る機会も減ったが、決して忘れたわけではない。山吹乙女と瓜二つの少女を前にし、鯉伴は在りし過去の日々を思い返し、もしもについて考えてしまう。
もしも、自分と彼女との間に子供が出来ていたら——このような娘がいたかもしれないと。
『お父さん~!』
『リクオ……』
しかし、そんなことを考えていた鯉伴にリクオが遠くから声を掛けてきた。
鯉伴は息子の声にハッと我に返り、馬鹿なことを考えた自分を戒めるように呟く。
『乙女は……もういない。今の俺には……若菜とリクオが…………』
既に乙女が亡くなってしまったことは、鯉伴も彼女の最後を看取った雪麗から聞いていた。
その話を聞くまではずっと乙女のことを捜していた鯉伴も、流石に死んだものとは会えないと諦め、ずっと心の奥底で沈んでいた。
そんな彼の憔悴した心を癒し、彼のことを好きになってくれたのが若菜という女性だった。
彼女は鯉伴が乙女への想いを今でも忘れられずにいることを承知の上で結婚し、一緒になってくれた。
いくら乙女に似ているとはいえ、眼前の少女は彼女とは別人だと必死に言い聞かせ——
鯉伴は——乙女似の少女に背を向ける。
刹那——乙女は鯉伴を背中から刀で突き刺した。
『おおっとー!?』
その光景に歓声を上げる吉三郎。
それまでは三人の穏やかな時間を退屈そうな視線で見ていた彼だったが、乙女が刀——魔王の小槌で鯉伴を刺し貫いた瞬間から身を乗り出す。
乙女が鯉伴を傷つける光景を、まるでショーでも眺めるかのような笑みで見届けている。
『イッヒッヒッヒ、イッヒッヒッ!! やったぞ、成功じゃ!!』
鏖地蔵もだ。彼は山吹乙女に仕掛けた催眠——『時限爆弾』が正しく動作したことに喝采を上げていた。
そう、鏖地蔵は山吹乙女に対し、とある暗示を掛けていた。
最初は普通のただの小娘として接するよう鯉伴と接触させ、『その時』になった瞬間——彼女が己の意思とは関係なく、鯉伴を殺すべく動くようにと。
そのスイッチが入るきっかけこそ、先ほど鯉伴が読み上げた『古歌』だった。
山吹乙女への未練を捨て切れていない彼であれば、乙女似の少女と山吹の花を前にすれば絶対にその古歌を口ずさむと予想したうえで。
全てが——安倍晴明と山ン本五郎左衛門の策略だった。
『へぇ~、良い感じに仕上げてきたね~……見直したよ、鏖地蔵!』
『ひゃっひゃ!! 黙って見とれ! ここからが最後の仕上げじゃ!!』
計略が思いのほか上手くいったことを喜び合う、実行役の吉三郎と鏖地蔵。
しかし、ここで終わらないのが彼らの悪辣さである。
『——ああ……あぁ? あ……り、鯉伴……さま……?』
力なく崩れ落ちる鯉伴、血だらけで横たわる彼を前に少女の瞳に動揺の色が宿った。
己の意思とは関係なく鯉伴を刺した山吹乙女。彼を手に掛けたその時——彼女は全てを思い出した。
自分が——山吹乙女であることを。
彼女が鯉伴と深く愛し合っていた記憶を。
そこで思い出すように『成されていた』のだ。
『あああああああああああああああああああああああ!!』
山吹乙女は絶叫する。
死んだ筈の自分が何故ここにいるのか? 何故自分がこんな子供の姿をしているのか?
そういったことを何一つ分からずとも、彼女は目の前の現実に絶望する。
『いや……いやぁ!! 鯉伴様、鯉伴さまぁああああああああああああああ!!』
愛した人が、誰よりも愛しい人が眼前に倒れている。
それを殺ったのが自分なのだと——血だらけの掌に思い知らされる。
『ひぇっひっひっひ、そうじゃ悔やめ女!! 自ら愛した男を刺したんじゃぞ?』
そこへ追い討ちを掛けるのが鏖地蔵の言葉である。
絶望する山吹乙女の心をさらに追い詰めるように、彼は叫ぶ。
『出来なかった偽りの子のふりをしてなぁ!! あっひゃひゃひゃひゃあああ!!』
『あ、ああああああああああああああああああああああああああああ!!』
鏖地蔵の笑い声と山吹乙女の悲鳴が響き渡る。
徹底的に追い詰められていく山吹乙女の心。彼女の目覚めたばかりの精神は今、極限まで追い詰められ——その心根が黒い感情によって支配されていく。
途方もない絶望、それが乙女を乙女でなくさせる。
『あああああああああああああああああ……は、あははははははははは!!』
悲鳴は途中から笑い声に変わっていた。
山吹乙女は血の涙を流しながらも——その口元に笑みを浮かべる。
『……? お姉ちゃん、誰?』
騒ぎを聞きつけて戻ってきたリクオが少女の変化に目ざとく気付く。
純粋に子供の目線であったからこそ、その『中身』が変わってしまったことに気づいたのだろう。
『そうだ、妾は待ちかねたのじゃ……』
そう、山吹乙女は絶望したその瞬間、もはや山吹乙女ではなくなっていた。
彼女はそのときから、転生妖怪として体内に巣くっていた羽衣狐にとって代わられたのである。
愛しい人を、その手にかけて——。
×
「ああ……そうじゃ、妾はあの時から……妾に、けど……わ、『私』は……?」
「は、羽衣狐……?」
羽衣狐の様子がおかしい。
彼女にとって、そこから先——鯉伴を手にかけた先のことを既知の出来事の筈だ。彼女はこの後、リクオすらも殺そうと無慈悲に襲い掛かることになる。
だが当時の羽衣狐はともかく、今ここで過去を振り返る彼女は山吹乙女のことを知ってしまっている。
山吹乙女の魂が自分の中にあることを知ってしまった今——彼女は過去に起こした己の所業に頭を抱える。
「う、い、痛い……何故、妾っ!! 私は……あのようなことをっ!! ぬらりひょんの息子……り、鯉伴さま!? い、いや……ち、違う!! 私は……妾はっ!!」
憎いぬらりひょんの息子を殺せて嬉しい筈の——羽衣狐。
愛しい人を手にかけて絶望する——山吹乙女。
宿命によって記憶を同期させたことで二人の女性の心が、想いが同調して反発しあっている。
それが精神的ジレンマ、ストレスとなって彼女を苦しめているのだ。
「うう、ううううううううううううううううううううううううううう!!」
「羽衣……乙女先生!?」
羽衣狐の苦痛な呻き声にカナが駆け寄る。
もはや彼女は羽衣狐であり、山吹乙女でもあるのだ。
「し、しっかり!! 気を確かに——!?」
カナは彼女の意識を繋ぎ止めようと必死に呼び掛ける。
彼女の主人格が今は羽衣狐か、山吹乙女なのか。どちらにせよ、カナはこれ以上彼女に苦しんで欲しくなく、すぐ側まで寄り添う。
「う、ううう……」
しかし羽衣狐には、もはやカナや周囲の景観に目を向ける余裕もない。
彼女は強烈なストレスからくる頭痛にひたすら頭を悩ませ、耐え忍ぶしかない状態まで追い込まれていた。
だからこそ、ここから先の光景は——カナ一人が目撃することになる。
『——いやいや!! 面白いものを見せてもらったよ!!』
「っ!! 吉三郎……」
彼女の怨敵である吉三郎。
この男の行った、『外道』な行いを——。
『逃げろ、リクオぉおおおおおおおお!!』
乙女に刺された奴良鯉伴。魔王の小槌によって致命傷を受けた身だったが、この時点で彼はまだ生きていた。
彼は最後の力を振り絞り、リクオだけでも逃すために奮闘していた。
『……乙女……なのか……』
鯉伴は、先ほどの彼女の悲鳴で全てを悟った。
自分が——彼女に刺されたことを。
乙女が——自分を殺そうとしていることを。
『なんじゃ、貴様。まだ動けたか……』
乙女の顔をした少女が冷酷な瞳を鯉伴へと向ける。
理屈は分からないが、どうやら彼女はもう乙女ではない、別の誰かへと入れ替わってしまったらしい。
けれど——乙女が自分を殺そうとしていることは事実。
その事実に鯉伴は打ちのめされながらも、それでも彼は立ち上がる。
『リクオにだけは……手は出させねぇ!』
鯉伴にとってリクオは誰よりも大切な一人息子であり、人と妖の架け橋となる未来への希望だ。たとえ山吹乙女が真に自分の『死』を望もうとも、リクオにだけは絶対に危害を加えさせないと。
鯉伴は最後まで立ち塞がるつもりで、そこに立っていた。
だが、そんな鯉伴の覚悟を嘲笑うかのように。
奴が、吉三郎が鯉伴の元へと歩み寄ってくる。
『いやいや! 面白いものを見せてもらったよ!! ……奴良鯉伴さん?』
『…………だ、誰だ……テメェは………』
はじめて見る顔。おそらく今回の策略を画策した一味の一人なのだろう。
この時点において、鯉伴も未だに力強い瞳を維持し、ここは通さないと己の意思をはっきりと持ちあわせていた。
しかし、そんな鯉伴へと、吉三郎は静かに歩み寄りながら——その問いを投げ掛ける。
『ねぇ、奴良鯉伴』
『——自分が捨てた女に刺されるってどんな気分だい?』
『…………な、なん……だって?』
鯉伴の——呼吸が止まった。
しかし茫然と立ち尽くす彼に吉三郎は畳み掛けるように言葉を重ねていく。
『昔の女に……捨てた女に背後から刺されるのはどんな気分だい。悲しい? それとも……悔しかったりして?』
『なっ……なにを………言って……』
捨てた? 自分が乙女を?
その言葉の意味を理解することで鯉伴は反論しようと声を絞り出す。
『ち、違う……俺は、俺は乙女を捨ててなんて……』
自分は彼女を捨ててなど、乙女への想いを忘れたことなどない。
乙女が自分から去っていった日のことを今でも後悔しており、何度も引き留めたいと思ったことか。
だが、そんな鯉伴の想いの深さなど知ったことかと吉三郎はさらに続ける。
『そうかい? けど、君にとって……いや、奴良組にとって跡取りを産めない女なんか居座ってもしょうがない穀潰しだろ? だから、キミも彼女を黙って見送ったんじゃないのかい?』
『だ、だれがそんなこと——』
乙女への暴言に怒りを露わにしながら反論しようとする鯉伴。しかし——
『だったら! だったら……どうしてすぐに見つけ出してあげなかったんだい?』
『——っ!!』
こちらの反論を潰すかのように被せてきた相手の台詞に鯉伴は息を呑む。
押し黙る鯉伴に、つらつらと吉三郎は述べていく。
『奴良組が本気になれば失踪した若い女妖怪一人、簡単に見つけ出すことができた筈だよ? けれどキミは、山吹乙女が亡くなるその日まで、結局彼女の居場所を捜し出すことが出来なかった……これって、本当は山吹乙女と寄りを戻す気がなかったからなんじゃないかな? そのせいで……キミは彼女の死に際を看取ることも出来なかった、違うかい?』
『ち、ちがう……』
そう、違うのだ。勿論、鯉伴に乙女を放置するつもりなどなかった。
実のところ、山吹乙女が失踪した当時、奴良組は他組織との抗争を控えていた。そのため鯉伴は大将として迂闊に動くことができず、その問題を解決した頃には——既に乙女は完全に行方を眩まし、足取りを掴むこともできなくなっていた。
そういった事情もあり、鯉伴は山吹乙女を見つけ出すことができずにいたのだ。
だが——そんな全てが言い訳でしかないと吉三郎は鯉伴への非難を口にしていく。
『挙げ句の果てに……違う女を作って、あんなガキまでこさえて……薄情な男。そりゃ……山吹乙女がキミを憎んでもしょうがないよね』
『!! そ、それは……』
『一人で幸せになっちゃって……そんなんで過去の過ちを無かったことにできると思っているのかい?』
『いずれにせよ、キミが彼女に許されることは永遠にない。永遠にね……』
『お、俺は……ゆるされ、ない…………?』
トドメとばかりに吐き出されたその言葉に、鯉伴は崩れ落ちた。
体の傷もそうだが、もう——心が限界だった。
『……すまない、乙女…………すまない————』
鯉伴は悲しみに涙を流し、山吹乙女への許しを心から乞いながら、その身から急速に『畏』を失っていく。
そこに魑魅魍魎の主たる堂々な姿など欠片も感じられない。
もはやそこにいるのは、一人の女への罪悪感に押し潰された、哀れな男の姿であった
『今更謝ったってしょうがないでしょ? なあ……聞いてる? 聞いてます~!?』
もはや死に体である鯉伴を嬲るように耳元で囁き、さらに痛みつけるように蹴りまで繰り出す吉三郎。
そんな彼の残忍さに、さすがの鏖地蔵も引いている。
『お、おい、そこまでにしておけ! もう時間もない、ここは一旦引くぞ』
逃げたリクオが、屈強な奴良組の面々を応援として呼んでくるかもしれない。
羽衣狐も覚醒したばかり。今の時点で奴良組とぶつかるのは得策ではないと、戦略的な面から鏖地蔵は撤退を進言していた。
そして、羽衣狐も。
『——もうよい!』
彼女は吉三郎に向かって声を張り上げる。
『それ以上、その死に損ないに構わずともよい。不快じゃ、小僧。その薄汚い口を閉じよ!』
『あらら~? なんだか知らないけど、お気に召さなかったでしょうかぁ~?』
何故か吉三郎の言動に不愉快になる羽衣狐。
もしかしたら、ひょっとしたらこの時点から既に羽衣狐の精神は山吹乙女の影響を受けていたのかもしれない。
『…………ふん、行くぞ』
『————————』
彼女は、自らが刺し殺した男の亡骸を実に複雑そうな表情で一瞥し、そして顔を背けて立ち去っていく。
「——————っ!!」
全ての過去を宿命にて見届けた家長カナ。
彼女は最後の光景に——これまで抱いたこともないような怒りが腹の底から湧き上がってくるのを感じていた。
血が滲むほど拳を握り込み、気が狂いそうになるほどの憤怒を理性で必死に押し留める。
最後の最後で、彼女は本当に——本当に許せない『悪』をあの仇敵の中に垣間見たのだ。
「きち……サブロウうううううう!!」
憎しみを噛み締めるかのように、カナはその怨敵の名を呼ぶ。
その名を、その男の外道な行いを決して忘れぬようにと、その心に刻み付けるかのように。
そう、このときからだ。
このときから——家長カナの中の『何か』が狂い出そうとしていた。
しかし、それがなんなのかを彼女自身が理解する前に——。
第四の神通力・宿命による記憶の旅路がそこで終わりを告げる。
「——はっ!?」
「う、うううううううううううう!!」
宿命の効果が終わり、現代の弐条城へと意識を戻した家長カナと羽衣狐の二人。
二人の状況はカナが宿命を発動させるために羽衣狐に抱きついたところから、数秒も経過していない。
「カ、カナちゃん!?」
「い、家長さん……どないしたんや?」
その数秒間に何があったかなど、宿命の効果範囲外にいた奴良リクオや花開院ゆらなどには理解できていない。
彼らは突然声を上げるカナに、そして唐突に苦しみ出した羽衣狐に対し、疑問の表情を浮かべる。
「う、うう、妾は……私はっ!!」
羽衣狐は、尚も頭を抱えて苦悶の表情を浮かべていた。
精神世界で受けたストレスが現実の肉体にも影響を及ぼし、彼女を苦しめているのだ。
宿命が終わった直後に、カナの首を刎ねると宣言していた羽衣狐だったが、正直そんな余裕など微塵もない。
「お、乙女先生……!」
カナは咄嗟に彼女を労わろうと、乙女の名を呼びながら羽衣狐の顔に触れようとした。だが——
「ち、近寄るなぁああああ!!」
苦しみから、ついには錯乱状態に陥る羽衣狐。
彼女はこの苦しみを作った原因でもあるカナを遠ざけようと、その尻尾でカナをはたき落とす。
「——っ!?」
羽衣狐の尾で殴り飛ばされ、そのまま倒れる。
致命傷にはならなかったが、打ち所が悪かったのか彼女は頭から血を流す。
「カナちゃん!? てめぇ……羽衣狐ぇええええええ!!」
「ちっ! 駄狐が!」
その光景に激昂するリクオと土御門春明。
リクオは祢々切丸で斬りかかり、春明が陰陽術を行使する。険悪な仲の二人が、そのときばかりは手を組むかのように同時に羽衣狐に襲い掛かる。
「く、ううううううううう!!」
咄嗟に二人を相手に防御姿勢に入る羽衣狐だが、その動きは明らかに精細さを欠いていた。苦しみで戦闘どころではないのか、あまりにも緩慢な動き。
そのタイミングこそ最後のチャンスと——ついに花開院家の者たちが動き出す。
「——今だ、ゆら!!」
「——竜二兄ちゃん!?」
機会を伺っていた花開院竜二が妹のゆらに号令を掛ける。
兄の突然の呼びかけに戸惑いつつも、ゆらも構える。
そうだ、今しかない。
何があったかは知らないが、これほど狼狽する羽衣狐など、これが最初で最後だろう。
ここでやらねば、いったい自分たちは何のために存在しているのかと自問しながら、ゆらは花開院としての使命を全うすべく——切り札を行使する。
「——式神・破軍!!」
先祖の力を借り受け自らの才を増幅する、花開院家最強の陰陽術。
破軍はそのときに力を借りる人数を調整することで威力の強弱を付けることが出来るのだが。
このときは全員。ゆらの呼びかけに応え、歴代当主二十六名——いや二十七名が列を成して集結する。
「!! じ、爺ちゃん……」
「————————」
先日亡くなったばかりのゆらの祖父、二十七代目当主の姿もそこにはあった。
歴代当主は基本的に才能豊かな十三代目以外は骸骨の姿なのだが、ゆらの祖父は亡くなったばかりということもあり、未だに生前の姿を保ったままその場に現れてくれた。
さすがに言葉を交わす暇はなかったが、祖父は優しく、ゆらに向かって微笑みかけていたような気がした。
「破軍——発動!!」
ゆらは、祖父や多くの先人たちの想いを背にしていることを改めて実感する。
絶対に外せないと、ついにその力を自らの式神・廉貞に上乗せし——式神・破軍を放った。
「ゆら!!」
「おっと!?」
破軍の発動の巻き添えを避けるため、その射線上から距離を取るリクオと春明。
二人がギリギリまで羽衣狐を引き付けてくれたおかげで、破軍は見事に彼女へと命中した。
「ぐううううう!?」
破軍の効力により、羽衣狐はその場にて動きを封じられる。
ゆらの発動した破軍は、敵を滅ぼすためのものではない。あくまで、その動きを完全に封じ込める力に徹していた。
故に羽衣狐は動けない。破軍によりその動きを、力を全て無力化された。
「今だ! やれ!! 奴良リクオ!!」
自分たちの役目は終えたぞと、竜二はここから先のことを奴良リクオへと託す。
最後の一撃、羽衣狐を葬るのに——ここで奴良リクオの祢々切丸を叩き込む必要があったからだ。
「ハァハァ……」
連戦に次ぐ連戦、既に満身創痍のリクオだったが、ここまで来たからには最後まで走る抜くしかないと。
彼は僅かな躊躇を抱きつつも——その刀身を羽衣狐へと突きつける。
「だ、だめ……リクオくん…………」
リクオがその刃を羽衣狐へと突き立てる間際、彼を制止するカナの声が聞こえてきた気がした。
しかし、その声はとても小さく。リクオの動きを止めることは出来ず。
無情にも、リクオの祢々切丸が羽衣狐の——山吹乙女の肉体を刺し貫く。
その光景に——カナは『後ろから乙女に刺される鯉伴』という構図へのデジャヴを感じ取ってしまった。
そして——
「ああ…………鯉伴様…………」
まるで己の罪を懺悔するように。
山吹乙女が——愛しきその人の名を囁いていた。
補足説明
雪麗と山吹乙女
冒頭の二人のシーン。OVAの特典映像なのかな? それを参考に書かせてもらいました。この二人の関係も中々に複雑。もしかしたら、この小説でのカナとつららも似たような関係になるかもしれませんね……。
これにて三話まで続いた宿命編は完結。
次回から、ついに『あの男』が復活しますが、彼に関してそこまで事細かにやる予定はないです。
この小説におけるラスボスは——あくまで『耳』の方なので。