家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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『モンスターファーム2』で全能力値999のモンスターが完成しました!

 種族はアローヘッド、派生はジョーカーのセルケト。
 名前は『デススティンガー』。某ロボットアニメのサソリ型から名前を付けました!
 モンファーでのブリーダー名は『サム』でやってます。
 ランダム大戦で見かけたら、お手柔らかにお願いします!

さて、今回の話で千年魔京編での戦いに一区切りがつきました。
今回の話を含め、残り三話。このペースなら(たぶん)今年中に京都編完結が間に合うと思います。
今年もあとわずか、どうかよろしくお願いします。


一つ、読む前に注意事項。
『安倍晴明』とオリキャラである『土御門春明』の名前が結構間際らしいことになってるかもしれません。もしも間違いがあったなら、報告してくださいすぐ修正します。

(設定上、この二人の名前を近しいものにしてしまったことが裏目に出てしまった……)
 


第八十八幕 芽生え始めた感情

 安倍晴明復活ッ!!

 

 その衝撃的な事実に誰もが息を呑み中——たった一人、即座に行動を起こすものがいた。

 彼は安倍晴明が完全復活を果たしたその刹那、瞬時に自らの気配を隠形術で消し去る。晴明に見つからぬよう、その視界に入らぬようにと細心の注意を払い姿を晦ます。

 

 その少年の名は土御門春明。

 

 彼は誰よりも晴明復活に反応し、呆れるほど早く物陰に身を潜めていく。

 

『……おい、春明』

 

 そんな、いっそ清々しいまでの逃げっぷりに、彼の懐から狐のお面である面霊気が声を掛ける。

 若干呆れた様子ではあるものの、決して面霊気は春明を責めはしない。彼女は静かに問い掛けていく。

 

『お前……どうするつもりだよ。晴明の奴、復活しちまったじゃねぇかよ』

「……うるせぇな、俺の知ったことかよ」

 

 面霊気の言葉に突っぱねる返答を返すも、その表情はかなりテンパっているように見えた。

 普段は大概のことに無関心な彼が——安倍晴明降臨にかつてないほど緊張した面持ち。

 

 まるでホラーゲームの、見つかったら最後の敵エネミーをやり過ごすため、息を殺す生存者のようである。

 

「あいつの方は……まあ、無事だしな……」

 

 しかし、そうして息を潜ませながらも春明はチラリとカナの方に視線を向け、彼女の安否だけは確認しておく。

 

「——家長さん……ホントに大丈夫なんか!?」

「——う、うん……大丈夫……ちょっと皮膚が切れただけだから……」

 

 そこでは引き続き、花開院ゆらによって介抱されている家長カナの姿があった。錯乱した羽衣狐に殴られた際の傷で頭から血を流していたが、今は止まっている。命に別状はなさそうだ。

 

「……あの様子じゃ、暫くは動けないだろう。無茶もできない、好都合だ」

 

 春明はそんなカナの様子に『あの状態ならば無謀な特攻もしないだろ』と、逆に安堵感を抱いていた。彼は現状、下手に動いて安倍晴明に目を付けられることを一番に危惧する。

 彼自身、安倍晴明と敵対する意思など微塵も持ち合わせていなかったのだから。

 

「なに……野郎だって、復活してすぐにそこまで自由に肉体を動かせるわけじゃねぇ。もってあと数分……今に崩壊が始まる。あとは勝手に地獄へと退散していくだろうさ」

 

 春明がそう考えるとおり、地獄から復活した安倍晴明も現時点ではその活動時間に限りがあった。

 本来、死者である晴明が現世にいること自体、世の理に反することなのだ。世界そのものが晴明の存在を認めず、拒絶反応を示す筈。

 あと少しすれば彼の肉体は崩れ始め、再び地獄へと逃げ帰るだろう。

 

 春明はその事実を『とある研究資料から得た知識』により理解している

 だからこそ、現時点でもそれなりに冷静でいられる。しかし——

 

『けど……どうせ半年もすれば、体を現世に馴染ませて戻ってくるんだろう?』

「……」

 

 面霊気の指摘に、春明は難しい顔になる。

 彼女の言うとおりだ。たとえ地獄に戻ろうとも、安倍晴明は一年としないうちに体を現世に馴染ませて戻ってくるだろう。

 結局のところ一度復活してしまった以上、彼は理想社会建設のために再びこの世で暴虐の限りを尽くすことになる。

 妖怪、人間という枠組みに限らず、この世に生きうる以上はその影響から逃れる術はない。

 

『それに……晴明が復活したとなれば、あの連中も動き出すだろうぜ』

「…………」

『そうなったらお前……『どっち』に付くつもりだよ?』

 

 さらに安倍晴明復活の報せを聞きつけ、動くであろう勢力。

 それにより、世の妖怪たちの勢力図なども大きく塗り変わるだろう。

 

 そうなった際、果たして彼は——『土御門春明』という人間はどのような場所、立場に立つべきかと。

 面霊気は真剣な様子で春明の『覚悟』を問う。

 

「…………勘弁しろよ、面霊気」

 

 しかし、面霊気の問いかけに歯切れ悪く答える春明。

 返答をごまかすように、彼はカナのことを気に掛けながら、面霊気にだけ聞こえるような小声で呟いていた。

 

「……あいつ以外の誰がどうなろうと……俺には関係ないことだろうが……」

 

 

 

×

 

 

 

「——たたっ斬る!!」

「…………」

 

 復活した安倍晴明相手に誰もが言葉を失い、その圧倒的なカリスマに押し黙る中——果敢に彼へと挑むものが妖刀・袮々切丸を振るう。

 激しい連戦で疲弊しているにもかかわらず、その眼光に些かの衰えも感じさせない少年・奴良リクオである。

 

 彼の行動に多くのものが目を見張り、それぞれの反応を見せる。

 

「リ、リクオ様!? 一人じゃダメだ!!」

 

 首無があの土蜘蛛を一撃で退けた晴明の力に、一人で立ち向かうことの危険さを説く。

 

「リクオなにやってんの!? 見てなかったのか、今のお!?」

 

 喧嘩っ早い淡島でさえ、リクオの行動があまりにも無茶だと汗だく。

 

「……援護するぞ、リクオ」

 

 逆に好戦的な笑みを浮かべるイタク。リクオの援護に入ろうと鎌を構える。

 

「奴良くん……!」

「リクオ様!?」

「リ、リクオくん!!」

 

 リクオを慕う少女たち。

 ゆら、つらら、カナの三人も。リクオが晴明に滅せられるのではと彼の身を案じて声を上げる。

 

 そう、安倍晴明の力を目の当たりにし、ほとんどのものがリクオの好意を『無謀』だと叫んでいた。

 

 

 実際そのとおりであり——。

 

 

 

 

 

「——なるほど……袮々切丸か。確かにいい刀だ」

 

 

 

 

 安倍晴明は振り下ろされた刀の切っ先を——なんと指一本で押さえ込んでしまっていた。

 

 

 

「な、なんだと……!」

 

 これにはリクオも目を見張る。

 リクオとて、安倍晴明が決して容易い相手などと思っていなかったし、この一撃だけで致命傷を与えられるとも思ってはいなかった。

 しかしこれはあまりにも、あまりにも力量差があり過ぎる。

 

 たった一瞬ではあるものの、リクオは安倍晴明に今の自分との実力差を感じ取ってしまい、唖然と立ち尽くす。

 

 

 そして——

 

 

「だが私を、倒すほどの力ではない」

 

 

 指先から、晴明が七芒星を起点にほんの少し力を込めた、次の瞬間——

 

 

 袮々切丸がひび割れていき、その刀身がガラスのように脆くも砕け散ってしまった。

 

 

「ね、袮々切丸が……」

「砕けた!?」

 

 奴良組の妖怪たちや、花開院家の陰陽師たちが色めき立つ。

 あの袮々切丸が、羽衣狐を倒すのに絶対必要とまで言われていたあの妖刀が、彼らにとっての最後の希望とも呼ぶべき刀が。

 

 羽衣狐の息子である安倍晴明の肉体には、傷一つつけることなく消滅する。

 

「——!!」

「……力が足りんな」

 

 唯一の武器を失ってしまい無防備となるリクオに、その未熟を口にしながら晴明は躊躇なく襲い掛かる。

 魔王の小槌を、先ほどたった一振りで街を破壊してしまった力を、晴明はリクオ一人に向かって振りかぶろうとしている。

 

「——リクオッ!!」

 

 その暴虐を阻止しようと、仲間の中でも足自慢のイタクがリクオに向かって駆け出す。しかし、距離があり過ぎて間に合わない。どう足掻いても、晴明の刀が振り下ろされる方が早い。他のメンバーでも無理だ。

 

 首無にも、淡島にも。

 つららにも、ゆらにも、カナにも。

 他の誰にも——リクオを助けることはできない。

 

 

 

 そして、無情にも晴明の一撃がリクオへと振り下ろされ——

 

 

 

 

 

「——っ」

 

 

 

 

 その一太刀は——自らの体をリクオと晴明との間に滑り込ませた彼女・山吹乙女の依代を切り捨てていた。

 そう彼女だけが、リクオのすぐ側で横たわっていた乙女だけが間に合い、リクオを守るために自らの体を盾にしていたのだ。

 

「おい……アンタ、なにを……おい……羽衣狐! お前、何やってんだよ!!」

 

 しかし彼女の捨て身の行動に、リクオは理解できないとばかりに声を荒げる。

 リクオにとって、彼女は未だに『羽衣狐』なのだ。どうして自分を庇うのかわかる筈もない。

 

「リ、リクオ……」

 

 それでも、それでも記憶を取り戻した乙女にとって、リクオは愛しい人の——鯉伴の息子。

 守らない理由など、彼女にはない。

 

「哀れな女だ……」

 

 そんな報われない想いで動く乙女を、安倍晴明は哀れと吐き捨てる。

 その気持ちを利用したのは彼だというのに、まるで無関心な視線で崩れ落ちる乙女を見下ろし、さらに追い討ちをかけようとした。

 

 

 だが、山吹乙女ごとリクオを切り捨てようと振るわれた晴明の腕が——次の瞬間、腐ったように崩壊を始めていく。

 

 

「……………なに……?」

 

 これは晴明も予想外の出来事だったのか、動揺で僅かに動きが硬直する。

 

「リクオ!」

「リクオ様!!」

「リクオ、何やってんでぇ」

 

 その隙をつき、リクオの元へと仲間たちが集まってきた。

 イタクにつらら、淡島と。先ほどは間に合わなかった面々がリクオを守ろうと晴明の眼前に立ち塞がる。

 

「せ、せんせい!!」

「ちょっ、家長さん!?」

 

 傷の手当てが終わった家長カナも倒れ伏す山吹乙女に慌てて駆け寄り、その付き添いで花開院ゆらも一緒に走ってくる。

 

「……まだ、この世に体が馴染んでいなかったのか。仕方ない」

 

 だが集結するリクオの百鬼夜行を特に脅威とも感じず。晴明は我が身に起こったことを瞬時に理解し、溜息を一つ。

 

 彼は冷静な判断の元、この場は退くべきだと考え——撤退するための通路をこの世に出現させる。

 

 

 

 

 

「——ひっ!」

「——な……なんじゃこりゃ!?」

 

 突如、迫り上がって来た『それ』を前に多くのものが戸惑い、震え上がっただろう。魑魅魍魎、悪鬼羅刹の類でさえも、それに対する『異物感』を拭い去ることはできない。

 何故ならそれはこの世のものではない、『あの世』と『この世』を繋ぐという、明らかに世の理に反したものだったのだから。

 

「じ、地獄の……門?」

 

 誰かが呟いた通り、それは地獄へと繋がる通路だった。

 羽衣狐や土蜘蛛が落ちていった燃え滾る地獄の穴とは異なり、それは生きたまま地獄へ向かうための出入り口。本来であれば、とっくの昔に失われてしまった『黄泉比良坂』『冥土通いの井戸』などといった特殊な出入り口と同じ類のものである。

 この世に再誕した安倍晴明はその地獄への出入り口を自由に造り出し、行き来できるようになったのだ。これも彼が千年間、地獄で延々と過ごしてきた成果である。

 

 

「ここは一旦引くとしよう」

 

 

 復活して早々の撤退宣言。だがそこには尻尾を巻いて逃げ帰るようなみっともなさなど欠片も感じさせない。

 堂々たる凱旋の如く、晴明は地獄へと繋がる扉へと向かっていく。

 

「千年間ご苦労だった……鬼童丸、茨木童子。そして京妖怪たちよ」

「——!!」

「…………」

 

 その最中、晴明は名指しで鬼童丸と茨木童子を呼び、その他の京妖怪たちへと振り返る。

 自身に従う彼らの、千年間の苦労を労いながら——彼は口にする

 

 

 

「地獄へゆくぞ、ついてこい」

『……………………』

 

 

 

 

 それが当然だとばかりの傲慢とも言える発言だが、その言葉に——京妖怪たちは何も言えずに震え上がる。

 怯えて口を噤んでいるわけではない。ただ純粋に言葉にならないほどの感動を覚えていた。

 

 彼らにとって——特に鬼の眷属である鬼童丸や茨木童子にとって、安倍晴明復活は何よりも待ち望んでいた、千年の宿願。

 

「あ……せ、晴明……さま……」

 

 鬼童丸など、感動のあまりに涙すら流している。

 

「どうした行かないのか。俺は行くぜ」

 

 茨木童子はそんな同胞に挑発的な言葉を掛けながら先を急ぎ、一番乗りで地獄の門へと飛び込んでいく。

 

「茨木っ……!! わ、わたしは……感動していただけだ!!」

 

 茨木童子に先を越されたことを不覚に感じながらも、鬼童丸も彼の後に続いていく。

 その流れに、さらに多くの京妖怪たちが駆け出していった。

 

「オ……オレも!!」

「晴明様!」

「鵺様!!」

 

 安倍晴明・鵺こそが自分たちの真の主だとばかりに。

 もはや彼らの視界に——羽衣狐だった山吹乙女の依代など眼中にすらない。

 

「え……ああ……」

「狂骨~……どうするよ~?」

 

 勿論、全員ではなかった。

 

「私は行かない。私の主は……お姉さまだから……」

 

 京妖怪の中でも新参者の部類。安倍晴明のことなど昔話でしか知らず、あくまで羽衣狐個人に忠誠を誓っていた狂骨、がしゃどくろなどの面々。

 そういった面子は地獄の門などに飛び込まず、その場に留まることを選んだ。数にして、およそ三割といったところか。

 

「ふん……」

 

 そうして、残りの七割の配下たちが地獄の門を潜ったことを見届け、安倍晴明は現世から離脱するためその門を閉じようとしていた。

 

 

 

 

 その刹那である。

 

 

 

「——ん?」

 

 地獄の扉を閉めようとした晴明の腕を、足を、その肉体を——植物の蔓が絡め取り、その動きを妨害する。

 地獄へ向かおうとした晴明をそのまま行かせまいと——木々がその身を現世へと押し留めようとしていたのだ。

 

「なにっ!?」

 

 晴明の後を追おうと身を乗り出していたリクオでさえ、思わず目を見張る。

 植物が敵の動きの邪魔をする。それが誰の仕業なのか一拍遅れて理解した彼と、家長カナが叫んでいた。

 

「土御門!?」

「に、兄さん!?」

「…………」

 

 そこにいたのは——土御門春明だった。

 狐のお面で顔を隠しながらも、彼は安倍晴明の前に姿を現していた。

 

 

 

 

「——よくよく考えてみたが……これってチャンスじゃね?」

 

 先ほどでまでは確かに晴明から距離を置き、身を隠していた少年陰陽師。彼は事前に仕入れていた情報通り、現世に適応できないために地獄へと逃げ帰る晴明を、そのまま黙って見逃すつもりでいた。

 しかし——直前になって考えを改め、物は試しとアクションを起こしていた。

 

「——このまま……現世に押し留めておけば、勝手に自滅してくれるんじゃねぇのか?」

 

 そうだ、わざわざ律儀に見送ってやる必要もない。ここで安倍晴明を現世に留めておくだけで、その体は勝手に崩壊して自滅してくれる。

 今、この場で奴を仕留めた方が後々面倒なことにならずに済むと——ここで奇襲を賭けることにしたのだ。

 

「つーわけだ、安倍晴明……悪いがアンタには、ここでくたばってもらうぞ!」

『やれやれ……やるんなら最初からやれってんだ!!』

 

 ギリギリのところで攻勢に出た春明に、面霊気が呆れながらも彼に力を貸す。面霊気の力で春明の『血』を覚醒させ、彼に妖怪としての力を振るわせる。

 陰陽術・木霊——『樹海』。本日三度目となるが残る妖力の全てを振り絞り、安倍晴明の動きを食い止めるべく死力を尽くす。

 

「むっ……」

 

 実際、この手法を今の安倍晴明ならば有効であった。既に崩壊が始まっているその肉体が、絡まる木々を払うために腕を振るうたび、足を動かすたびに腐食を早めていく。

 晴明もこのタイミングでの奇襲を読んでいなかったのか。初動の対応にも遅れ、僅かに判断も鈍る。

 

「この妖気………貴様……」

 

 だが、安倍晴明にそこまでの焦りはない。

 寧ろ、彼は春明の放つ妖気の『質』に何か感づいたように眉を潜めていた。

 

「ちっ……小賢しい」

 

 しかし悠長に考え込む時間的余裕はなく、晴明は早急に木々の束縛を解くために魔王の小槌を術者である春明に向かって無造作に振るう。

 

「——!!」

 

 これはさすがにヤバいと、春明は攻撃の手を緩めざるを得なかった。木霊・防樹壁で幹の盾を慌てて展開し、晴明の一撃を防御態勢で身構える。

 しかし、晴明の一撃をそのような急ごしらえの盾で完全に防げる訳もなく。放たれた斬撃の衝撃波で春明の体は後方にぶっ飛んでしまい、そのまま床に激突。

 

「ちょっ! 兄さん!? 大丈夫!!」 

 

 瀕死の山吹乙女を介抱しつつも、春明を心配して声を上げるカナ。

 

「あ……くそっ……生きてるよ……ペっ!」

 

 かなり手痛い目に遭いながらも、なんとか無事に耐え切ったのか。倒れながら悪態をつき、春明は己の健在ぶりを示す。

 

 

 

 

「…………」

 

 そんな春明へ、何かしらの含みを持たせた視線を向ける安倍晴明。

 しかしもう時間がない。これ以上は本当に自身の消滅にかかわるため、急いで地獄の門を潜る。

 

 そうして——『向こう側』へと踏み込み、安倍晴明は完全に現世から離脱を果たす。

 もうこれ以上、『こちら側』から彼に危害を加えることはできない。春明の奇襲も失敗に終わった。

 

「待て!!」

 

 それでもまだ諦め切れずに奴良リクオが晴明の後を追い、自らも地獄へと飛び込もうと身を乗り出す。

 

「——リクオ、早まるな!!

 

 しかし、そんなリクオの無謀を体を張って止めるものが姿を現す。

 

「じ……じじい……っ!?」

 

 奴良組の総大将・リクオの祖父である、ぬらりひょんだ。

 彼が京都に来ていることを知らなかったリクオが驚いているが、その間にも地獄の門が閉じてしまった。

 

 

 

 扉が閉じられる直前——地獄側から安倍晴明がリクオたちを覗き込みながら囁いた。

 

 

 

「——近いうちにまた会おう。若き魑魅魍魎の主。そして、我が…………」

 

 

 その言葉を最後まで聞かせることなく、今度こそ安倍晴明はこの世から完全に姿も気配も消し去っていく。

 

 

 

×

 

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 安倍晴明やその下僕たちが去った後の弐条城に気まずい沈黙が流れる。誰もが自分たちの無力感に打ちひしがれ、口を開くこともできない。

 

 何も——何も出来なかった。

 

 むざむざと復活を許してしまった鵺・安倍晴明を前に、まったくの無力だった自分たち。

 リクオの袮々切丸も通じず、春明の虚を突いた奇襲も失敗に終わった。

 見せつけられた圧倒的な実力差を前に「いったい、あんな化け物相手にこの先どうすればいいのか?」と諦めムード、絶望的な空気が一同を支配していた。

 

 だが、そんな中においても——傷つき倒れたものを気にかける心の余裕、優しさを未だに保てる者たちがいる。

 

「う……ん…………」

「おい、羽衣狐!!」

「先生、乙女先生!! しっかりして下さい!!」

 

 安倍晴明の手によって瀕死の重傷を負わされた山吹乙女。

 彼女に庇われたことで急死に一生を得たリクオが素早く彼女に駆け寄る。

 そして彼女の「山吹乙女」という本当の名前を必死に呼びかける、家長カナ。

 

 当然のことながら、その事実に不思議そうに首を傾げるものが口を開く。

 

「!? お、お嬢ちゃん……どうしてその名前を知ってんだい? 山吹乙女……確かにあの娘に似ちゃいるが……」

 

 この場に先ほど顔を出したぬらりひょんだ。

 

 彼は家長カナ——狐面の少女が彼女だったことに関しては実のところ、ここに来る前に太郎坊から聞かされて知っていた。しかし、カナが山吹乙女の名前を口に出したことにはさすがに驚く。

 当然、その名前を現代で知るものは限られている。奴良組の中でも、鯉伴の時代から奴良組に仕えていたものたち。それこそ、三百年前から奴良組にいたものだけが彼女の容姿を知り、その名前を知っている。

 人間の、しかもリクオの友人である家長カナが知ることのできるような事実ではない筈なのだ。

 

 ぬらりひょんのその戸惑いに、カナはやや躊躇しながらもゆっくりと口を開いていく。

 

「この人が……乙女さんに似ているのは当然です……この器は…………あいつらが!! あの人を……鯉さんを嵌めるために用意した器で………この方は紛れもなく、山吹乙女……彼女本人なんですから…………」

『!!!!!!!』

 

 いくつかの衝撃的な事実に仰天するぬらりひょんを始めとした、奴良組の面々。

 疑問を一つ一つ解消するために、首無が口を出す。

 

「い、いやいや待ってくれ!! 家長殿、どうして貴方が二代目の……鯉伴様の愛称を知っているのだ!?」

「お、親父の……!?」

 

 鯉さん——というのは奴良鯉伴が馴染みの店などによく言われていた愛称である。

 

 鯉伴はときたま、ふらっと遊び歩きに姿を消すことが多く、人間、妖怪問わずそこいらの店員たちから本名ではない『鯉さん』と言う愛称で親しまれていた。

 近代になってからはそういった振る舞いも大人しくなり、その愛称で呼ばれることもなくなっていた。少なくとも、現代生まれの家長カナが知るような呼び方ではない。それ以前に、既に亡くなっている鯉伴と面識があること自体が驚愕すべき事実である。

 リクオも、まさか幼馴染の口から父親の愛称が出てくるとは思わず目を丸くしている。

 

「それに……山吹乙女様本人だと!? あの方は……とうの昔に……その、お亡くなりになったと、風の噂で聞いたことが……」

「…………」

 

 さらに首無は彼女が——自分たちが羽衣狐だと思っていた相手が、山吹乙女本人であるという家長カナの言葉に不自然さを感じる。他の鯉伴の側近だったものたちも同じ考えだ。

 彼女が既に亡くなったことは、鯉伴の配下である彼らも知っていたようだ。それなのに何故、彼女がこの現世にいるのか。しかも羽衣狐の依代であったことを考えるなら、その肉体は人間のものである筈。

  

 妖怪であった乙女が、人間としてここにいる。

 その矛盾、もはや説明なしで納得できるような状況ではない。

 

「家長殿、貴方はいったい何を知って……いや、何者なのだ?」

 

 首無が皆の疑問を代表するかのよう、家長カナに問いかける。

 彼女の過去に関しては、既に土御門春明から聞かされていたが、鯉伴のことも、乙女のことも知っている事実は初耳である。

 

「……?」

 

 春明もその件に関しては知らないらしい、彼ですら疑問の表情を浮かべていた。

 

「そ、それは…………」

 

 それらの視線に気まずそうにするカナ。別に彼女としては説明しても構わないことなのだが、さすがに一から十を話すには時間がかかり過ぎる。 

 それに山吹乙女の、彼女が今のような瀕死な状態ではそこまで頭が回らず、カナはどこからどう話すべきかと途方に暮れていた。

 すると——意外なところから、カナへ助け舟を出すものがいた。

 

「——宿命やろ、お嬢ちゃん」

「——っ!?」

 

 突然、自身の能力の名称を呟かれたことで、カナは思わずそちらを振り返る。

 そこには戸惑った顔の花開院ゆらがおり、その後ろで彼女の式神である十三代目秀元がしたり顔の笑みを浮かべていた。

 

「やっ! お久しぶりやな、ぬらちゃん」

「……秀元」

 

 秀元はぬらりひょんへと親しげに声を掛けつつ、カナへと歩み寄りながら彼女の代わりにペラペラと喋っていく。

 

「君の能力……六神通の一つ『宿命』は対象の過去生を知る力や。大方その力で色々知ったんやろ……なあ!」

「えっ……ええ、まあ、そうですけど……」

 

 秀元の勢いに乗せられ頷くカナ。しかし、それだけでは明らかに説明できない部分もある。

 カナが鯉伴のことを「鯉さん」と親しみを込めて呼んでいたことや、山吹乙女のことを「先生」と呼んでいたこと。

 羽衣狐と山吹乙女の過去世を観ただけではあり得ない部分などが多々ある。しかし——

 

「——ここは、ボクに話を合わせて」

「!!」

 

 秀元は、カナにだけ聞こえるような小さな呟きでこっそりと耳打ちしてきた。

 

「ここで込み入った話をするのもアレや。キミはこの人の、山吹乙女って子の身に何が起きたかだけ、説明してくれたらええ……」

「は、はい……あ、ありがとうございます」

 

 どうやら、秀元なりに彼女の心情を汲み取ってくれたらしい。

 必要最低限の情報——山吹乙女という存在に何が起きたのか。それだけを話してくれとカナに呼びかける。

 

 カナはその心遣いに一旦落ち着きを取り戻す。

 未だに目覚める気配のない乙女のことを気に掛けながらも、ポツリポツリと先ほど宿命を行使して知った事実を公開していく。

 

「せ……山吹乙女さんは……鯉さんの妻だった妖怪です。全ては何百年も前、二人が出会ったことから——全てが始まりました」

 

 

 

 

 そこから、カナの口から語られるのは山吹乙女という妖怪の人生そのもの。

 

 妖怪として、いつの間にかこの世に存在していた山吹乙女。彼女が奴良鯉伴という男性と出会い、結婚したという事実。幸せだった奴良組での日々、五十年以上は愛しい人と過ごしてきた時間があった。

 

「た、確かに……それは我々も知っていることだが……」

 

 その時間に関しては首無を始めとした鯉伴時代の側近たちもよく知っている。そこに目新しい事実はないが、その話がカナの口から語られることで改めて理解することになる。

 カナが本当に——山吹乙女の過去を観てきたのだと。

 

「けど……その生活も……永遠じゃなかった」

 

 そして、首無の傍に立つ毛倡妓が呟くように、その幸福が長く続かないことも知っていた。

 

 鯉伴は——ぬらりひょんの一族は狐の呪いによって、妖との間に子を成すことができない。

 その事実を知らず、なかなか跡継ぎができないことを山吹乙女は「自分の方に問題があるのでは?」と考えてしまい、断腸の思いで鯉伴の元から立ち去ってしまったという。

 

「——奴良組を去ったあと、乙女さんは……静かに息を引き取りました。雪麗さんという方に見送られて……」

「お、お母様が!?」

 

 意外なところから母親の名前が飛び出し、つららが目を丸くする。どんなところに自分との関わりがあるかわかったものではない。つららも、改めて気を引き締めてカナの話に耳を傾けていく。

 

 

 けれど、知らない方がいいこともあった。

 そこから先、乙女が亡くなってから彼女の身に起きた——胸糞悪くなる話など、その最たる例だろう。

 

 

「——そして……そんなあの人の想いを……魂を、安倍晴明と奴ら……魔王山ン本五郎左衛門という連中が利用しようと企んだんです」

「……山ン本……五郎左衛門!!」

 

 ここで出てきた山ン本五郎左衛門の名に、特に黒田坊が反応を示す。個人的にも何か因縁がある相手なのだろう、その顔がより一層険しくなる。

 

「——そう、です。反魂の術で……晴明が乙女さんの魂を無理やり現世に呼び戻して、それを山ン本の……散り散りになっていた一部たちが用意した人の器に……埋め込んだんです」

「——!!」

 

 そこから先の話をするのに、家長カナは多大の労力を必要とした。

 

 それは、口にするだけでも憚れるような残酷な手口。『愛した人を愛した人に殺させる』という、彼らのやり口を説明しなければならなかったからだ。

 カナにとっても、それは思い出すだけでも辛いことだったが、この部分は皆に伝えなければと——カナは意を決してあの時の出来事。

 

 

 八年前のあの時のこと——奴良リクオがずっと求めて来た父親の死の真相を、その口から語っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 そこから先の出来事に関しては——誰もが途中で口を挟めないような衝撃的な事実の連続だった。

 

 あれだけ強かった奴良鯉伴が誰に、どうして殺されたのか?

 何故、羽衣狐の依代が山吹乙女と酷似していたのか?

 彼女がどうして、リクオを庇うような真似をしたのか?

 

 その全てが——彼女の過去を垣間見てきた、家長カナの口から一行へと語られていく。

 

 そう、全ては仕組まれていたことだった。安倍晴明によって、山ン本五郎左衛門によって。

 奴良鯉伴と山吹乙女の互いの想いの強さを利用した、あの外道どもの手によって。

 

 

 その全てが——彼らの掌の上の出来事だったのだ。

 

 

「っ!! おのれっ……山ン本!!」

「けっ!!……胸糞悪くなる話だぜ!!」

「そ……そんな、そんなことが…………」

「そうか……それは……なんと、声をかけるべきか……」

 

 それらの話を聞き終え、あるものは怒りを露わにし、あるものは悲しみを露わにし、あるものは戸惑いを露わにする。

 反応はそれぞれ異なるものの、大半の者たちが鯉伴と乙女に同情する思いで一致していた。

 

 それだけ、皆の感情を突き動かすに値する話であった。そして——

 

 

「——そう、すべて……その子の言う通りです………」

「!!」

 

 

 カナの話が佳境を迎えた頃、息を吹き返すように羽衣狐——いや、山吹乙女が意識を取り戻した。

 

「おい! まだ起き上がるな!!」

 

 そのまま、カナの話を引き継ぐように口を開きかける乙女。だが、彼女の傷の手当てをしていた鴆がそれを静止しようとする。

 今の彼女は到底動けるような状態ではなく、口を開くのだって苦痛を伴うと、医者である彼がドクターストップをかけようとしていた。

 

「……妾……私は……鯉伴様を手に掛け……その時の絶望から……狐になった……」

 

 しかし、山吹乙女は己の心情を語るのを止めようとはしない。きっと、彼女にも分かっていたのだろう。

 

 

 今の自分が、もう長くないことを。この肉体が限界を迎えようとしていたことを——

 

 

 ならばせめて、せめて最後にメッセージを残そうと。彼女は愛しい人の子を自らの元へと呼び寄せる。

 

「リクオ……もっと、よく顔を見せておくれ……」

「……」

 

 そんな彼女の最後の願いを、リクオも黙って承諾し、そっと彼女の側まで歩み寄る。

 山吹乙女の手が、リクオの顔に優しく触れる。

 

「瓜二つ……あの人に……」

 

 おぼろげな視線でも確かに山吹乙女は見た。リクオの顔から——あの人の面影を。

 

「私に子が成せたのなら……きっとあなたのような子だったのでしょう……」

 

 その面影から、もしかしたら、ひょっとしたら自分にもあの人と子が成せた可能性があったかもしれない。

 

 

 

 そんなもしもの『未来』を——夢想せずにはいられない山吹乙女であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——……耐えろ……耐えるんだ、わたし……。

 

 そんな、リクオと山吹乙女の対面を——家長カナが蚊帳の外から見守る。

 彼女は必死に自制心を働かせ——山吹乙女に駆け寄りたくなる衝動を必死に抑え込んでいた。

 

 ——……わたしが、立ち入るわけにはいかないんだ。

 ——あの二人の対面に、水を差すわけにはいかないんだ。

 ——だって……今のわたしは家長カナであって……お花じゃ、ないんだから……。

 

 そう、カナは前世の記憶——山吹乙女の生徒であったお花として、今すぐにでも彼女の側に駆け寄りたかった。

 駆け寄って謝りたかった。自分の軽率なあの『約束』が、あの二人のあり得たかも知れない未来を引き裂いてしまったことを。

 

 泣いて詫びたい気持ちでいっぱいだった。

 

 ——けど、今のわたしがそんなことを口にしたところで、きっと先生は混乱してしまうだけだから……。

 ——だから……このまま……黙って見送ることが……きっと…………。

 

 けれども、それは三百年も昔の話だ。

 今のカナと前世のお花は確かに同じ魂を持ち、似た容姿こそしているが本来であれば全くの別人。

 そんな彼女から一方的に謝罪されたところで、きっと乙女には分からないだろうし、説明したところできっと悪戯に彼女を苦しめるだけだと。

 

 カナは自らの感情を呑み込み、このまま黙って山吹乙女とリクオとの対面をただ見届けることに徹しようとしていた。

 ところが——

 

 

「——……お花ちゃん」

「——!!」

 

 

 カナが覚えていないと決めつけていたところ、なんと山吹乙女の方からカナを『お花ちゃん』と呼ぶ声がした。

 もしかしたら、混乱しているだけなのかも知れない。カナが別人だということも分からず、ただ似ている容姿から、声を掛けただけなのかも知れない。

 けれども、山吹乙女は確かにカナの目を見つめながら——言ってくれた。

 

 

「約束……守ってくれたんだね?」

 

 

 約束——遠い過去、前世で交わしたあの約束。

 

『生まれてくる子と友達になる』という、今のカナの根底を支えていた大切な約束だ。

 

 それはカナにとって大事なものであり、山吹乙女の方もしっかりと覚えていてくれていた。

 

「あ……あ、ああ!!」

 

 その事実に——もうカナは感情を抑えることができなかった。

 

 

「先生……!! 乙女先生!!」

 

 

 周囲の視線、困惑もお構いなしに縋り付くように山吹乙女に、彼女の元へと駆け寄ってその手を取る。

 そして涙ながらに、過去の己の軽率な発言を乙女に懺悔していた。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい、先生!! わたしが、わたしが……あのとき、余計なことを言わなければ!!」

「か、カナちゃん!?」

 

 リクオもその剣幕には戸惑っていた。いったい、どうして彼女がこんなに苦しそうな顔をして、山吹乙女に謝らなければならないのかと。

 それは彼以外の者たちも、春明でさえ理解できないことであっただろう。

 

 

 だけど、今はそれでいい。

 今この瞬間だけは——カナと乙女の間だけで伝え合える想いがあればいいのだから。

 

 

「謝らないで……お花ちゃん。あなたのおかけで……私は、未練を断ち切ることができたの……」

 

 山吹乙女は決してカナを、お花を責めてはいなかった。

 彼女は約束を守り、自分を奮い立たせてくれたお花に感謝の言葉を述べていた。

 

「あなたの言葉がなければ……わたしは、いつまでもあの人のもとを……去ることを躊躇っていたかもしれない……」

 

 そう、お花との約束のおかげで乙女は鯉伴と別れる決心がついたのだ。

 そうでなければいつまでも彼の元から離れず、鯉伴は今の奥さん——若菜とも出会わなかっただろう。

 

 そうなっていたら、リクオが生まれてくることもなかったかもしれない。 

 そう意味でいうのなら——お花はリクオの誕生に関わる、恩人でもあるかもしれないのだ。

 

「だから……謝らないで、お花ちゃん……わたしは……あの人のもとを去ったことを……後悔はしてないから……ねっ?」

 

 だからこそ、山吹乙女は鯉伴のもとから離れたこと自体を悔いてはいない。

 彼に幸せになってほしいと、心から願って立ち去ったのだから。

 

 乙女が立ち去ったことで、今回のように策略の駒として利用されてしまったことは悔やまれるものの、それはお花の責任でもなければ、カナの責任でもない。

 

 だから——最後の瞬間まで、乙女はカナに笑顔を向けていた。

 その命が、燃え尽きるその間際まで。

 

 

「これからも……あの子の……リクオの……良き友達でいてあげて……やくそく……だから——」

 

 

 そして、彼女は力尽きた。

 誰一人憎むことなく、最後まで気高く、美しい女性として————。

 

 

 

 まさに山吹の花のように——。

   

 

 

「せんせい……? せんせいぇ!? あ、あああ…………」

 

 

 そんな彼女の最後に——

 

 

「う、うう、うああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 家長カナは感情を抑えきれず、大粒の涙を流して慟哭する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——じじい」

「!!」

 

 幼馴染の痛ましい叫びを目の当たりにし、奴良リクオは己の祖父に静かに要求する。

 

「今すぐ、三代目の座をよこせ」

「リクオ……お前……」

 

 声は穏やかだが、その声音に凄まじいまでの覇気を感じ取ったぬらりひょん。

 その胸の内から滾る静かな決意を、リクオはその場にいる全員に聞かせるよう告げる。

 

 

「力がいる……どんな手を使ってでも、強くなんなきゃいけなくなった」

 

 

 敵がどれだけ強大だろうと、どれだけ今の自分との力量差があろうとも関係ない。

 父が愛した女性を陥れ、大切な幼馴染をここまで悲しませた奴らの親玉——安倍晴明。

 

 奴らは、奴だけは絶対に許さないと。

 揺るがぬ信念の下で、リクオは宣言していた。 

 

「この敵は——俺が刃にかけなきゃなんねぇ!!」

 

 安倍晴明を必ず倒す。

 そのために——もっともっと強くなってみせると。

 

 幼馴染の流す涙に——彼は強く、何よりも強く誓うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして——リクオがそのように誓うのと同じように。

 

 ——……………許せない。

 

 家長カナもまた誓うのである。

 山吹乙女の亡骸を抱えながら、彼女は——心の底から湧き上がるどす黒い感情に支配されていく。

 

 ——許さない、許さない!!

 ——あいつだけは……あいつだけは……絶対に許さない!!

 

 リクオが安倍晴明を許せぬと感じたように、カナの怒りと憎しみは、とある一人の人物へと向けられていた。

 

 

 ——吉三郎……お前だけは……絶対に許さない!!

 

 

 そう、カナが怒りを向けた矛先は山ン本の耳である吉三郎であった。

 許せないのは安倍晴明や山ン本五郎左衛門も同じだが、カナはあの外道こそが自身の殺すべき敵と見定めていた。

 

  

 ——わたしの、父さんと母さんを殺した!!

 

 ——わたしの恩人を、ハクを殺した!!

 

 ——乙女先生の想いを利用し、その命を弄んだ!!

 

 ——そして、鯉さんの気持ちを嘲笑って……あの人を踏みにじった!!

 

 

 どれもこれもが、カナにとって決して許せないことだ。

 どれだけ精神的に成長しようとも、これだけの所業を前にして冷静でいられるカナではなかった。

 

 ——お前は……お前だけは、絶対許さない!!

 

 

 ——わたしのこの手で……必ず、必ず!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——殺してやる!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間こそ、家長カナの中でどうしようもないほどの憎悪が芽生え始めた瞬間であり。

 

 

 

 同時に——『何か』が狂い始めた瞬間でもあった。

 

 

 

 

 




さて、いかがだったでしょうか?

一応ここで話を区切り、残り二話はエピローグ的な話で千年魔京編を完結させたいと思ってます。

それでは次回は11月に……さいなら!!

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