家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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ついに、ついに……千年魔京編完結!!
宣言通り今年中に完結まで書けて……ホンマに感無量です!!

小説を書くという行為は、本当に楽しく、そして辛いことです。
それでも最後まで書けるのは読んでくれる読者が一人でもいるからこそ!!

この後の『百物語編』も『最終決戦編』も。
たとえ時間が掛かっても、完結まで描いていきたいと思います!

どうか……どうか応援の方、よろしくお願いします!!


それでは、今年最後のぬら孫更新、最後までお楽しみください!!


第九十幕  さようなら、京都

「——諸君!! ここは京都だぞ!?」

 

 京都市内、花開院家にて。

 清十字団団長・清継の奇声が屋敷中に響き渡る。

 

「えっ……!? あ、う、うん……それは、知ってるけど……」

 

 彼の悲鳴とも呼べる大声に家長カナは相槌を打つ。

 

 彼女は京妖怪との戦いによる疲労でここのところずっと寝たきりだった。だが凛子による献身的な看護、数日間の療養でなんとか気分の方も戻ってきたので、清十字団と合流することにしたのだ。

 この京都で繰り広げられた激戦。それら一切と無縁であったみんなとの久しぶりの交流は、家長カナの心を一時的にとはいえ戦いから遠ざけ、日常へと戻してくれる……のだが。

 

「どうした、清継? またいつもの病気か?」

「まあ、清継くんだし……で? 今度は何が不満なわけ?」

 

 清継の『いつも』の珍行動を巻と鳥居が慣れた調子で適当にあしらう。

 そう、何も知らない人は清継の言動や行動に驚くだろうが、悲しいことに団員たちからすれば慣れたもの。

 残念なことにこれがいつもの清継、いつもの彼らの日常——

 

 今日も今日とて、清十字怪奇探偵団は平常運転であった。

 

「なんだね、そのやる気のない態度は!? いいかね!? 我々は今、京都にいるのだよ!! それを君たちは分かってない!!」

 

 冷めた態度の団員たちに向かって、尚も清継はタガが外れたように叫ぶ。いったい何を荒ぶっているのか当然理解できるものなどおらず。

 カナを含めた団員たち。リクオにつらら、巻に鳥居に島。そして凛子のほぼ全員が死んだ魚のような目で清継の言葉に仕方なく耳を傾ける。

 

「いいかね? 京都といえば歴史! 伝統文化溢れる神社仏閣に、伝記伝承数多の妖怪伝説!!」

「……う、うん。そうだね……それで?」

 

 清継の仰りたいことがいまいち把握しきれず、みんなを代表するようにカナが聞き返す。

 その鈍い反応に業を煮やしたのか。とうとう堪えきれずに清継は己の主張したいことを全力で叫んでいた。

 

「それでじゃないぞ!! この京都に来てから我々は引きこもってばかり! この京都に来た目的を何一つ遂げていないじゃないか!!」

「……あー、そういうことね」

 

 その叫ぶに、一行はようやく彼が何を言いたいのかを理解することになる。

 

 清十字団はこの京都に到着してすぐ花開院ゆらの手によって保護され、それ以降ずっとこの屋敷内に閉じこめられていた。

 それはあくまで清十字団の身を案じてのこと。京妖怪が街中を蔓延っていた中、無防備に神社仏閣などに近づけば彼らは早晩、生き肝を抜かれた変死体となっていたことだろう。

 彼らの命を守るためにも、これはこれで必要な処置であった。しかし——

 

「このまま終わっていいのか!? ぼくら、明日には東京に帰らなきゃいけないんだぞ!!」

 

 知ったことかとばかりに清継は己の欲求不満をぶちまけ、迫り来る現実に頭を抱える。

 

 

 そう——清十字団は明日、東京へと戻ることになっている。

 

 

 もともと、清継の思いつきと勢いで決行された京都旅行。スケジュールにある程度余裕を持たせてはいるが、滞在できる日数にも限度がある。これ以上京都に留まれば、みんなのそれぞれの個々の予定。家族旅行や他の友達との約束などに支障が出てしまう。

 

 いかに清継の強引さがあろうとも、それらの予定を潰すことはできない。

 よって、明日になったら帰宅する。このスケジュールは絶対に覆すことができない決定事項だった。

 

 

 だからこそ、清継は今日——今この瞬間に全てを賭けることにした。

 

 

「このまま終わって良いものか! と、いうわけで諸君!! さっそく出かける準備だ、四十秒で支度したまえ!!」

「えっ……で、出掛けるって……どこに!?」

 

 矢継ぎ早な清継の言葉に、もはや思考が追いつかない一行がキョトンと目を丸くする。

 ちなみに現時刻は午前八時。朝食を終えたばかりのこんな朝早くから一体何処へ行こうというのか。

 

「——そんなの決まってるだろ!!」

 

 疑問に思ったメンバーの問い掛けに、清継はさも当然のように叫んでいた。

 

「——今日一日で京都中の名所……有名どころの神社仏閣は勿論、妖怪伝説が残る地を巡るんだ!!」

 

 

 

「京都妖怪弾丸探索ツアーだ!!!!!!」

 

 

 

 もはや、完全にヤケクソである。

 

 

 

×

 

 

 

 言うまでもない事かもしれないが。

 京都は日本でも有数、世界的にも超人気な観光スポットである。

 

 数多くの重要文化財に指定されている歴史的建造物、数多の妖怪伝説が眠る建物や土地、物品の数々。

 日本国内で見ても、これほど特異な環境は唯一無二といっても過言ではない。

 

 そんな魅力のたくさん詰まった街を、たったの一日で廻ろうなどというのだから無茶苦茶もいいところ。

 

 実際、清継もそれが無茶だという自覚はあるのか。

 彼はあくまで主要な神社仏閣に妖怪伝説の残る地を重点的に周り、今回の京都旅行を満足のいくものとして終わらせようとしていた。

 ちなみに、清継は今回の旅行の出発前から事前に京都知識を仕入れていた。そういった場所に関しても既にリサーチ済みなため、どこをどのような順番で行くかというルート選択に関しては問題ないようだ。

 すぐに支度を終え、さっそくみんなを連れ立って京都の街へと繰り出そうと意気込んでいた。

 

「——しょうがねぇ……付き合ってやるか」

 

 これにため息を吐きながらも、巻沙織がやれやれと彼の後に続いていく。

 鳥居も勿論、他の清十字団のメンバー。京都での激戦を終えたばかりのリクオやつらら、カナですら清継のわがままに付き合ってやろうとばかりに出掛ける準備をしていく。

 

 彼らも、この京都での思い出を戦いばかりで終えることに寂しさを感じていたのか。

 最終日くらい、みんなとの楽しい思い出でこの京都での日々を完結させようと、市内へと観光に繰り出すことになった。

 

 

 

 

 ところが——

 

 

 

 

「——な、何故なんだ……?」

 

 街に飛び込んで行って早々、清継は地面に手をつけて倒れ伏すことになる。

 

「——どうしてなんだ……?」

 

 現実はいつだって非常。

 どうしてこう、いつも上手くいかないのかと。

 

 

 きっとそういった星の下に生まれたのであろう、清継の悲痛な叫び声が京の青空の下に響き渡った。

 

 

「——何故、どこの神社もお寺も……全部閉まってるんだぁああああああああああ!?」

 

 

 清十字団が見て廻ろとしていたスポット。

 そのほぼ全ての建物の入り口が、黄色いテープによって封鎖されていた。

 

 

 

 

 

『立入禁止 KEEP OUT』

 

 

 

 

 

「ねぇ、リクオくん……これって、もしかして?」

 

 がっくりと項垂れる清継の背中に同情しながらも、家長カナは隣にいたリクオに小声で尋ねる。既にカナにリクオへの後ろめたさや緊張した様子はない。

 

「う、うん、花開院家の人たちがね……ほら、ここって……その、例のあの『場所』だから……」

 

 リクオは若干、カナに顔を寄せられて頬を赤らめているが大体はいつも通りである。

 いつも通り『仲の良い幼馴染』として、二人は揃って眼前の立ち入り禁止テープの貼られている建物に目を向けている。

 

 そこは——リクオやカナにとって、いろんな意味で思い出深い場所であった。

 なにせ、そこは二人にとって分岐点とも呼べるポイント。

 

 その建物の名は——『伏目稲荷神社』。

 そう、奴良組が京妖怪・土蜘蛛の強襲を受け、壊滅状態にまで追い込まれた場所。

 カナにとっては『リクオに正体が見破られてしまった』ある意味で因縁深いところである。

 

「……まさか、またここに来ることになるとはね。はぁ~……」

 

 リクオの護衛としてついてきたつららにとっても、そこはあまり良い思い出の場所ではない。

 主人であるリクオと、カナの後ろで盛大に溜め息を吐きながら、彼女はせめてその場所に足を踏み入れることができなかった幸運に感謝する。

 

 

 

 そうなのだ。

 土蜘蛛によって何もかも破壊された伏目稲荷神社は現在——絶賛立入禁止中である。

 

 表向きは『改装工事中』ということになっているが、本当は境内が破壊され、それを観光客に見せられないというやんごとなき事情があった。

 妖怪が暴れ回った後を隠すためにも、花開院の陰陽師と警察との協力によって一般人の立ち入り制限がなされていた。

 そして——それは伏目稲荷神社に限った話ではない。

 

 

 弐条城、相剋寺、鹿金寺、西方願寺、清永寺、龍炎寺、柱離宮。

 

 

 清継が巡ろうとしていた主要な探索ポイントは、奇しくも十三代目秀元が『らせんの封印』の要を設置した封印の地だった。

 そして、それらの場所は此度の戦いで程度の差さえあれど、大なり小なりの損害を被っている。

 

 そのため、その全てが『改装工事中』の名目の下、花開院と警察の厳重な監視下に置かれていた。

 一般客が以前のように観光できるようになるには、少なく見積もっても一ヶ月は掛かるだろう。

 

 当然——明日東京に帰ることになっている清継たちでは、どうやっても中に入ることはできないのである。

 

 

 

「おお……こ、こんな、こんな馬鹿なことが……」

「き、清継くん……元気だすっす!!」

 

 この現実を前にさすがの清継も打ちひしがれていた。

 がっくりと項垂れるそんな彼を、清継の腰巾着である島が慰める。

 

「清継……お前ってやつは、どこまでついてないんだよ……」

「なんか……ちょっと可哀そうになってきた……」

 

 巻と鳥居もこれには同情的。憐れんだような視線を向ける。

 

 

 結局、清十字団の京都旅行——妖怪探索ツアーは不完全燃焼での終わりを告げることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと……これからどうするよ?」

 

 それから数分ほど。

 適当に街の中を散策しながら、巻が今後の予定をみんなに訪ねていく。

 

 なんだかんだあって、清継の企んでいた妖怪探索ツアーこそ不発に終わったものの、京の街は歩いているだけでもそれとなく雰囲気を味わえる場所だ。その街の空気を堪能しつつ、それぞれが明日の東京帰還までの予定を話し合っていく。

 

「わたし、お土産買わなきゃ」

「そっか……なら、あたしも付き合うよ、鳥居!」

 

 鳥居は適当に土産物店を見て廻るようで、巻もそれに付き添うこととなった。

 

「…………ぼくは……先に花開院家に戻ってるよ……はぁ~…………」

「き、清継くん……ぼくも付き合うっす」

 

 清継は一足先に花開院家に戻るとのことだ。

 廻る予定だった観光ポイントが悉く閉鎖だったことで出鼻を挫かれたのか。すっかり意気消沈してしまった彼は目に見えて落ち込んでいる。そんな清継の後ろに島が付いていく。

 

「あっ、ぼくも戻るよ! ちょっと、花開院さんと話があるから……」

「なら私も若……じゃない、リクオくんと一緒に戻ってますね!!」

 

 リクオも花開院家へ戻るつもりだ。

 

 彼は奴良組の大将として今後の決戦——安倍晴明復活に備える必要があり、そのためにゆらを始めとした花開院家の陰陽師たちと色々と打ち合わせをしなければならない。晴明が復活する時期や、秋房に頼んだ新しい袮々切丸を受け取る際の段取りなど。まだ話し足りていない。

 そしてリクオの護衛として、つららが当然のように同行する。彼女以外の仲間たちなどは既に東京に戻っており、後から帰ってくるリクオたちを出迎える準備をしている。

 

 彼らの方も——リクオを新たな三代目に迎える準備で色々と忙しいのだ。

 

 そう、リクオは今回の京都遠征で見事に三代目として正式に認められるだけの力量を見せつけた。

 彼の堂々たる姿に、組内部の反対派筆頭だった一ツ目入道などですら、異論の声を上げることはなかった。

 

 東京に戻れば正式に、奴良リクオをトップとした奴良組の新体制が始まることだろう。

 

 

 

「わたしは……」

 

 そうして。みんながそれぞれの予定を立てる中、家長カナは僅かに考え込む。

 彼女は何かを躊躇しているのか少し迷いつつ、それでもしっかりと己自身の予定に付いて口にしていく。

 

 

「——ちょっと……寄りたいところがあるんだ」 

 

 

 

×

 

 

 

「ひどい状況ね……こっち側は……」

「そう、ですね…………」

 

 他の清十字団と一旦別れた、白神凛子と家長カナ。

 病み上がりのカナを一人にする訳にはいかないと、今は凛子だけだが同行してくれている。リクオも、カナが一人で寄りたいところがあると言った際は「同行するよ?」と申し出てくれたのだが、これはカナの方で断わった。

 リクオはリクオでやらなければならないことがあるのだ。自分の都合に彼を振り回すわけにはいかないと。

 

 だからカナは凛子と二人で。

 二人だけで——この『瓦礫の廃墟』と化してしまっている京都の街中を歩いていく。

 

 そう、ここは安倍晴明の爆撃により、脆くも崩されてしまった街の一角だ。

 晴明がすぐに地獄へと引き返したことで崩壊したのが一部区画で済んだものの——直撃を受けた区画はまさに廃墟と化した。

 

 一歩、そのエリアに足を踏み入れれば、そこはまさに別世界。

 本当に、ここが京都の街だったのかと疑いを持ってしまうほどに見る影もない。

 

「守れなかった……私、何も出来なかった……」

 

 その光景を前にカナは表情を悲痛に歪める。

 

 カナを始めとした奴良組は弐条城の戦いの場に、安倍晴明の眼前にいた。なのにこの暴挙を、この被害を食い止めることができなかった。

 聞いた話では重傷者の数は勿論、爆発に巻き込まれて死亡してしまった一般人も数多くいると聞く。

 しかも、炎上した区画には京都府警察署が含まれていたという。

 

 

 

 そう、カナが良かれと思って捕まっていた人々を避難させておいた場所。

『もう一度会おう』と約束したあの女の子が——そこで保護されていた筈だった。

 

 

 

「…………」

「カナちゃん……あなたのせいじゃないのよ。だから……そんな顔しないで」

 

 カナと凛子は今、その警察署の目の前に来ていた。

 全壊こそ免れていたが、そこには建物の半分が文字通り『削り取られ』、今にも崩れてしまいそうな建物がかろうじて立っている。とてもではないが、警察署としての機能を果たせるような状態には見えない。 

 カナはこのような事態を未然に防げなかったことで己を責めており、凛子はそれが彼女のせいではないと慰めていく。

 

 けれども——

 

「——身元の確認にご協力ください! こちらに住所の記入をお願いします!!」

「——急げ!! 早く病院まで連れていくんだ!!」

「——誰か!! この子の親を知りませんか!? 両親とはぐれてしまったらしくて……」

 

 警察署はなくとも、そこでは人々の喧騒が慌ただしくも活発に飛び交っていた。

 

 それは崩壊した街で人々が懸命に足掻く姿だ。

 近くの広場には仮設テントが張られ、連日連夜で負傷した人の手当てや行方不明者の身元確認などが行われている。警察官は勿論、派遣された自衛隊やボランティア、花開院家の陰陽師もそこで忙しなく動き回っていた。

 一人でも多くの人たちを救おうと、皆が一丸になって協力し合っているのだ。

 

「凛子先輩……少し、手伝っていきますか?」

「!! ええ、勿論よ!!」

 

 その情景を前に、落ち込んでいたカナは顔を上げる。

 そうだ。こんなところでしょぼくれているわけにはいかない。あの女の子や、犠牲になってしまった人たち。人々を守れなかった罪悪感を抱きながらも、カナは今の自分にできるせめてもの償いとして目の前の人々に手を差し伸べていく。

 凛子も、それに手を貸してくれると力強く頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、夕暮れ時まで。

 カナと凛子はその場に残ってボランティア活動に従事していく。

 

「——いや! 助かったよ……ありがとう、君たち!」

 

 その日の活動が一段落終了し、ボランティアチームのリーダーらしき男性にお礼を言われ、カナと凛子はその場を後にした。

 本当はまだまだ残って手伝いたい気持ちはあったが、彼女たちにだって帰らねばならない場所がある。

 

 あまりに帰りが遅ければ、清十字団のみんなが心配するだろう。

 彼らに迷惑をかけないためにも、名残惜しくとも帰路へと向かうカナたち。

 

 廃墟だった地区から、またも風情ある京都の街中へと戻ってきた。            

 そのまま、寄り道もせず帰ろうとした——その矢先である。

 

「!! あれは…………」

「ん? どうしたの、カナちゃん?」 

 

 カナが何かに気づき、通ってきた道を振り返る。彼女の挙動に凛子も釣られて後ろを振り返るが、特にこれといっておかしいところはない。

 少なくとも凛子の感覚では。

 

「……さっきの子……それに、この妖気……!」

「あっ! カナちゃん!?」

 

 だがカナは何かを感じたのか、歩いて来た道を戻っていく。

 

「すいません、先輩!! ちょっと……一足先に戻っていてください。すぐにわたしも行きますから!!」

 

 心配無用と凛子に先に帰っているよう声を上げながら駆け出していた。

 

 

 

 

「ええ……と、確かこの辺りで……あっ!」

 

 凛子と別れ、カナは大通りに出ていた。

 もうすぐ日が暮れようとしているため人も少なめだが、それでも結構な人混みとなっている。

 

 その人混みの中に——彼女は目的の少女を見つける。

 

「ねぇ……そこのあなた……ちょっといいかな?」

 

 カナは躊躇いつつも、意を決してその少女を呼び止める。

 

「——はぁ? 何よ、アンタ。わたしのこと……見えてんの?」 

 

 呼びかけに対し少女の口から、『まるで普通の人間に自分の姿など見える筈もないのに』という、おかしな発言が飛び出す。実際のところ少女の反応は正しいものだ。

 今の状況、きっと周囲の一般人には『何もないところに向かって話しかけるカナ』の姿しか見えていなかったのだから。

 

 しかし周りの目など気にせず、カナは霊感の低い一般人では見えないその少女——妖怪の彼女に話しかけていた。

 

「あなた……乙女先……じゃない。羽衣狐さんと一緒にいた……京妖怪の子だよね?」

「!!」

 

 カナの言葉に少女が反応を示す。

 それまではカナのことなど眼中になかったのか。ここにきて始めて、その少女は向かい合っているカナの方へと視線を向ける。

 

「アンタ、奴良リクオといた……」

 

 それでようやく気づいたのだろう。

 その家長カナという少女が、つい数日前まで争っていた敵大将・奴良リクオと一緒にいた女の子だと。

 

 

 その少女——京妖怪・狂骨はそこでようやく気づいたのであった。

 

 

 

×

 

 

 

 狂骨が単身、京都の街中を歩いていたのには彼女個人の理由があった。

 安倍晴明に着いて行かなかった京妖怪の残党は現在、京都市内の外れにある山中に身を隠している。狂骨はその妖たちを束ねる主の役目を、代理として請け負っている責任ある立場。

 本来であれば悪戯に京都の街中に顔を出し、陰陽師たちを刺激するのは避けなければならない。

 

 しかし、狂骨は京都の街中へと来ていた。

 花開院の守りが盤石になれば、それこそおいそれと訪れることもできなくなるだろうと。

 もうじき見納めになるかもしれない、この街の風景をその目に焼き付けておくために。

 

 狂骨がお姉様と慕った『あの人』が手に入れようとしていた都の情景を——しかとその心に刻む付けておくために。

 

 だから、彼女は他の仲間にも誰にも知られずひっそりと訪れ、特に何をするまでもなく帰るつもりであった。

 だが——

 

「はい、どうぞ、狂骨ちゃん」

「……何よ、これ? ……あんみつ?」

 

 どういうわけか、狂骨は甘味処の外ベンチに腰掛け、人間の少女から何故かあんみつをご馳走になっていた。

 

 その人間——名前を家長カナと名乗った少女。彼女は街中でたまたま見かけた狂骨に声を掛け、どういうつもりかこんなところまで『一緒にお茶でもしないか?』と誘ってきたのだ。

 

「ふん!! こんなもんであたしを懐柔できると思ってるのかしら? 浅はかな人間が考えそうなことね!!」

 

 狂骨はカナの行動を鼻で笑いながらも、あんみつを引ったくるようにして奪い取り、口にしていく。

 顰めっ面を浮かべながらも、甘味の方はしっかりと味わう狂骨にカナが口元を緩ませる。

 

「ふふ……」

「なに笑ってんのよ」

 

 まるで童女に向けるような優しい微笑み。実際、狂骨の外見は人間の女の子同様だが、少なくとも彼女はカナよりは歳上。妖怪としては若い世代だが、五十歳は超えているのだ。

 自分より歳下の、それも人間の女子などにそのような目を向けられ、狂骨は少なからず苛立ちを抱いていた。

 

 しかし、それでも彼女はカナが隣にいることを許容する。

 それは狂骨の方にも——カナに聞いておきたいことがあったからだ。

 

「ねぇ、アンタ。お姉様……羽衣狐様と……どんな関係なのよ」

「えっ? か、関係って……?」

「あの方のこと……『先生』って、呼んでたわよね?」

 

 狂骨がカナに尋ねたのは、自分がお姉様と慕うあの方との関係性。

 カナが羽衣狐——山吹乙女のことを『先生』と、何やらただならぬ感情を込めて呼んでいたことである。

 

 羽衣狐が山吹乙女という女性を器としていたことは、弐条城で話を聞いていた狂骨も既知のこと。

 しかし、カナがその乙女のことを先生と呼んでいた理由に関して、カナはまだリクオ以外には語っていない。

 

 別に知ったところでどうということではないが、それとなく気にはなっていた狂骨。

 自分が慕っている相手が、他の誰かと何やら深い関係であることに嫉妬心を抱いたのである。

 

「あー……それは……そうだね。あなたにも、話しておこうかな……」

 

 狂骨の問いかけに、カナは僅かに言い淀むもその口を開く。

 

 自分と山吹乙女との関係性——リクオにも話した己の前世の記憶について。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ふ~ん、なんだ。そんなのほとんど赤の他人じゃない! わざわざ話を聞いてやって損したわ!!」

 

 カナの説明を一通り聞き終え、狂骨はふんと鼻を鳴らす。カナと山吹乙女との関係性、それがただの前世との記憶だと知り、まるで対抗心を燃やすように狂骨は『自分の方が今のあの方と親しい』ということをアピールしていく。

 

「わたしなんか……あの方と一緒にお茶する仲なんだからね!! それに、前世がどうだったかは知らないけど、今のあの方は羽衣狐様なんだから……そこんとこ、勘違いしないでよね!!」

「うん……わかってるよ」

 

 狂骨の主張を、カナは特に文句も不満も言い返すことなく受け入れる。

 実際その通りだと感じていた部分もあった。カナにとって、あくまで山吹乙女の存在は自身の前世——お花との繋がりがあるだけだ。それを大切だと思っているカナだが、それを他者に分かってもらおうとは思っていない。

 

 しかし——それでもカナにとって、今の山吹乙女の器を持っている羽衣狐は特別な存在だ。

 だからこそ、こうして狂骨をお茶に誘ってまで、彼女は伝えたいことがあった。

 

「狂骨ちゃん……あの人のこと、羽衣狐さんのことお願いね……」

「——えっ?」

 

 カナがそう言って頭を下げて頼み込む姿に、狂骨はキョトンと目を丸くする。人間にそのような形で『お願い』されることなど初めての経験であり、彼女は即座に返答することができなかった。

 

「あ、当たり前じゃない!! そんなの、アンタにお願いされるまでもないわよ! あの器は……わたしたち京妖怪にとって大事な『殺生石』なんだから。いつか……きっと戻ってきてくださる!」

 

 しかし、それでも何とか強気で言い返す狂骨。

 そう、頼まれるまでもなく、狂骨たち京妖怪があの方の亡骸を無下に扱うことなどない。

 

 何故なら、あの器こそ羽衣狐にとっての殺生石——その魂の宿るべき場所だと。

 いつかの日かもう一度、彼女が戻ってくると、そう信じていたからだ。

 

「ありがとう……」

「べ、べつに……感謝されることじゃないし……」

 

 狂骨の言葉に、カナは安堵の表情を浮かべながら感謝の言葉を述べる。

 その微笑みに狂骨は不覚にもドキリとさせられ、それを誤魔化すように彼女は慌てて話題を別の方向へと逸らす。

 

 

「そ、それにしても……許せないわよね、鏖地蔵の奴! 最初から羽衣狐様を裏切って、鵺や山ン本とかいう連中と一緒になってあの方を陥れるだなんて!!」

 

 

 狂骨が口にしたのは黒幕たちへの愚痴。ずっと自分たちを騙し、敬愛する羽衣狐を嵌めた連中に怒りをぶつけるように吐き捨てていく。

 カナと羽衣狐に関して話していたことで、連中のことを思い出して怒りが再熱したのだろう。それまで以上に感情を露わにする。

 だが——

 

「うん……そうだよね。許せないよね…………」

 

 声を荒げる狂骨とは対照的に、カナは静かに呟くだけ。

 その声の低さから彼女はそこまで怒っていないのかと、不審に思った狂骨がカナの表情を伺う。

 

 

「——っ!?」

 

 

 

 刹那——ぞくりと、狂骨の背筋に冷たいものが走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——絶対に許せないよ……報いを受けさせなくちゃいけないよね……ふ、ふふふ……」

 

 

 カナは狂骨のことが見えていないのか。

 虚空を見上げながら、ぶつぶつと——口元に笑みを浮かべながら呟く。

 

 その氷のような冷たい微笑に、狂骨の頬から汗が雫となって流れ落ちていく。

 

 

 

 ——…………えっ? い、いま、わたし……こいつに…………ビビった?

 

 

 

 一瞬とはいえ、その瞬間。

 狂骨は確かに家長カナという少女に恐怖を——『畏』を抱いた。

 畏を抱かせる対象である筈の人間に、妖怪である狂骨が気押されてしまっていたのだ。

 

「ねぇ……ねぇ……アンタ————」

 

 その感情を何かの間違いだと。

 狂骨は今しがた抱いた感情を払拭するつもりでカナに声を掛けようとする。

 

 

 だが——

 

 

「————お姉ちゃん!!」

 

 

 そんなカナに向かって、大きな声を上げながら手を振って歩み寄ってくる少女がいた。

 

 

 

 

 

 

 

「——えっ……!? あなたは……ぶ、無事だったのね!?」

 

 瞬間的に抱いていた暗い感情を即座に引っ込めたカナ。彼女は自分に対して親し気な笑みを向けて近寄ってくる少女に瞳を潤ませる。

 

 

 その少女は——あの時、カナが弐条城で助けた相手。

 警察署に避難させたせいで、安倍晴明の攻撃に巻き込まれていたと思っていた少女だった。

 

 

 

 その少女が、五体満足な姿でカナの前へ現れ——そして再会を祝福し、こちらへと飛びついてきてくれた。

 

 

 

「約束通りまた会えたね!! お姉ちゃん!!」

「う、うん!! そうだね!! また会えたね!!」

 

 正直、諦めかけていただけにその再会はカナにとっても喜ばしいことだった。

 少女の小さな体を抱き寄せながら、奇跡的な少女の生還にカナは涙する。

 

「——あなたが……この子を助けてくれた方ですね? 本当に……なんとお礼を言ったら」

 

 少女のすぐ後ろには、彼女の母親が立っていた。

 親ともしっかりと再会できたようで、母親はカナに感謝の言葉を述べる。

 

 母親から話を聞くに、どうやら二人は警察署で再会を果たしたらしい。その警察署が晴明の攻撃に巻き込まれたものの、奇跡的に建物の崩れなかったところにいたらしく、九死に一生を得たようだ。

 

「そうだったんですね……本当に良かった……!」

 

 その事実を純粋に喜ぶカナ。

 

 

 その横顔に——先ほどまで感じられた暗い空気の面影は一切なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナから黒い感情が一時的に消え去り、彼女は少女との再会に満面の笑みを浮かべていた。

 

「…………」

 

 そんな感動的な光景を——京妖怪である狂骨が複雑な表情で見ていた。

 

 彼女は、決して人間に対していい感情を向けてはいない。

 そして人間も、狂骨たち京妖怪の所業を許さないだろう。

 

 だからこそ、狂骨はその光景を前に何もすることなく、口を挟むこともなく静かにその場から立ち去っていく。

 いずれ人間たちと再び敵対するような未来があるかもしれないが、少なくとも今は大人しくしておくつもりだ。

 

 見るものを見た今、特にこれ以上この京都に止まる必要もないだろうと、未練は感じていない。

 

 

 しかし、去り際。

 狂骨は一瞬だけ、カナの表情を遠目から覗き込む。

 

 

「——アイツ……今、どんな精神状態なんだろう」 

 

 

 あんなドス黒い感情を発露して、すぐに太陽のような笑顔に切り替えた彼女。 

 いったい、彼女の『本心』は今どこにあるというのか?

  

 

 珍しく、人間であるカナのことを気に掛けながら——彼女は仲間の待っている御山へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして——当日。

 

 

 ついに、京都との別れの日がやってきた。

 

 

「——みんな、忘れ物してへんやろな?」

 

 朝早くの京都駅。

 東京に帰るために新幹線に乗り込む清十字団をお見送りするべく、ゆらがホームまでやってきてくれた。

 

 しばらくの間、ゆらは花開院家に残るとのこと。

 もしかしたら、夏休みが終わっても東京には来れないかもしれないと別れを惜しんでくれている。

 

 

「おー! ゆら、頑張れよ!!」

「いつでも東京に遊びに来て! 歓迎するから!!」

 

 

 巻と鳥居もゆらとのお別れを惜しみ、いつでも遊びに来いと誘っていた。

 

 

「なんだかんだで世話になったよ、マイファミリー!! 東京に来たら、遠慮なくボクを頼りたまえ!!」

「お世話になったっす!!」

 

 

 一日経ったことで清継がいつもの調子を取り戻し、島と一緒に数日間世話になった礼を口にする。

 

 

「ありがとう、花開院さん……本当、色々と助かったわ!」

「……まあ、世話になったわよ」

 

 

 半妖である凛子も、妖怪であるつららも。

 陰陽師であるゆらに手を振り、別れを済ませる。

 

 

「花開院さん……また、いずれ顔を出すよ」

 

 

 他の面子とは違い、リクオはまたすぐの再開を約束していた。

 彼はまだまだ花開院家に用事があり、今後も何度か京都へと足を運ぶことになるだろう。

 そのときにでも、ゆっくりと話をすればいいと笑顔を浮かべる。

 

 

「ゆらちゃん!! 本当に——」 

「あっ……い、家長さん……!」

 

 

 カナも他のみんなのように、別れを告げようとしていたが、何故かそこでゆらが口を挟む。

 

「……家長さん、昨日も言うたけど……ホンマに、危ないことは控えてほしい!!」

「え? あ、う、うん……それは分かったけど……どうしたの急に?」

 

 ゆらは昨日から。顔を合わせるたびにカナに『危ないことはするな』やら『神通力を多用したらあかん』など、妙に具体的なアドバイスを口にしていた。

 他のみんなにも妖怪に用心するような助言をしていたが、カナに対してだけは変に神経質になっているように見える。

 

「そ、それは……いや、なんでもない……なんでもないんや…………」

 

 どうしてそんなことを口にするのかと。ゆらの過剰な心配にカナは首を傾げる。

 しかし何度か理由を尋ねても、ゆらはなぜか気まずそうに口ごもり、決して詳細を語ってはくれない。

 

「? まっ、いいっか。それじゃあ、もうすぐ出発だから……またね!!」 

「ああ、またな…………」

 

 カナはそのことを不思議に思いながらも、決して深くは追及しなかった。

 

 

 

 結局——新幹線が出発する最後まで、ゆらはカナに対して、沈痛な表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————————」

「どうかした……カナちゃん?」

 

 新幹線が走る。

 京都の街を徐々に離れていく景色を窓から漠然と眺めているカナに、リクオが声を掛ける。

 

 二人は当然のように隣り合わせに座っていた。

 東京から京都へと向かう際はバラバラだった二人が、帰るときは一緒になって故郷へと戻っていく。

 

 

 二人にとっての故郷、東京・浮世絵町へと。

 

 

 感慨に耽るカナはリクオの呼びかけに、窓から視線を離すことなく答えた。

 

 

「色々あったね……リクオくん」

「……そうだね、色々あったよ……カナちゃん」

 

 その場に何も知らない清十字団のみんながいたため、詳細を深く語り合ったりはしなかったが、本当に色々あった。

 

 

 

 

 

 

 ゆらを助けるつもりで始まった、奴良リクオの京都遠征。

 それをさらに助けるため、カナも修行の末、京都へと赴いた。

 

 そこで京妖怪と激しくぶつかり合い、互いに秘密を曝け出し合い、そして共に力を合わせた。

 

 

 嬉しいこと、楽しいこと。

 辛いこと、悲しいこと。

 憎いこと、許せないこと。

 

 

 様々な感情に目まぐるしく翻弄され——そして、それは現在進行形でカナの心中を激しく蠢いている。

 

 

 

 だけど、今だけは。

 この瞬間だけは、カナも穏やかな心で京都への別れを告げる。

 

 

 

 

 たとえこれから先、修羅の道が彼女に待ち構えていようとも——それくらいは許される筈だと。

 

 

 

 

 家長カナは——『京』という街に深々と頭を下げ、お世話になった感謝を口にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——さようなら、京都」

 

 

 

 

 

 

 

 




今後の展開について。
 
 前書きの方で書きましたように、次章は『百物語編』です。
 ですが、その前にちょっぴりいくつか日常回を挟みますので、本編の方は来年の春くらいからスタートしたいと思います。
 
 百物語編で、ついにカナは宿敵と真正面から対峙する。
 千年魔京編ではリクオやつららとの関係、そういった『他者との絆』を意識していましたが、次章では『カナ個人の戦い』が始まります。
 
 ぶっちゃけ、作者が本当に描きたかった部分が百物語編に集約してると思います。
 基本は原作の流れを意識しますが、基本的にカナの活躍を中心に描写していきます。

 それでは皆様、よいお年をお迎えください。
 
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