今年もよろしくお願いいたします。
さて、前回の後書きで書いた通り。暫くは日常もの、番外編をいくつか投稿していきます。流れを次章にあたる『百物語編』へと繋がる形に持っていきたいので時期系列の流れは『千年魔京編』の後日。
原作コミックスでいうところの、師走やお正月の話などを書いていきたいと思います。
ですが、タイトルにあるよう今回は『夏休み』の話を投稿。
さらにそこから『とある人物』へと焦点を当てていきたいと思いますので、どうぞお楽しみに!!
番外編① 夏休み最後の敵
「…………どうしよう」
家長カナは深刻な表情で目の前の現実に顔を曇らせている。
「……ヤバイよ! このままじゃ……絶対間に合わない。どうして……こんなことにっ!」
ここはカナのアパートの自室だ。
彼女は今朝からこの部屋の中で一人、先ほどから「う~ん……」と頭を抱えていた。
今の彼女は絶望的な状況に陥っている。助けは期待できない。
友達である清十字団のみんなも自分たちのことで手一杯。彼女の兄貴分である陰陽師の春明も、カナのことを見捨てて何処ぞへと姿を消した。
もはや彼女は一人——たった一人で、眼前の課題を今日中に片付けなければならない。
そう、この夏休みの『宿題』という魔物を——
「はぁ~……自由研究は何とか形になったけど……まだ全然残ってるよ……」
幸い、最大の敵とも呼ぶべき自由研究は片付いた。そちらを重点的に終わらせたことにより、何とかそれらしいモノにまとめることはできた。
だがそちらに意識を集中しすぎたせいか、その他の課題にほとんど手を付けることができないでいたのだ。
結局、何もできないまま——こうして夏休みの最終日を迎えていた。
そう、今日は八月三十日。夏休み最後の日だ。
この運命の日まで夏休みの宿題を持ち越し、今頃になって慌てている子供はきっとカナだけではないだろう。実際、巻や鳥居。島や清継ですら、最後の最後まで困難を持ち越し、今になって慌てているそうだ。
しかし、例年のカナであればこうなる前に宿題を全て終わらせ、夏休みの最後をゆるりと過ごしていたことだろう。
何故今年に限って、このような状況に陥っているのか?
それは彼女自身の事情、今年の夏休みのスケジュールが原因となっていた。
今年の夏休みは、家長カナという少女にとって怒涛の日々だった。
幼馴染の奴良リクオの力となるため、夏休みの当初から神通力の修行を行いに富士山へと向かった。勿論その間、宿題になど一切手をつけていない。
修行を終わらせた後も、間髪入れずに京都へと向かい激しい戦いへと身を投じた。勿論その間も、宿題になど一切手をつけていない。
京都での戦いを終えた後も、傷を癒すために結構な時間を要した。勿論その間、宿題になど——。
「ほんと……直前で気づいたからな……はぁ~」
そうして、気が付けば夏休みの大半を過ごしており、カナはつい先日になってようやく自分が宿題に手を付けていないことに気が付いたのである。正直、気づかなければよかったとも思ったが、思い出してしまったからには仕方がない。
別に宿題を終わらせなかったからといって死人が出るわけでもないのだが、そこは根が真面目なカナ。大量に残っていた課題の山を終わらせようと、ありとあらゆる手段講じて何とか手を打ってきた。
しかし、終わらない。
それほどまでに過酷なのが、夏休みの宿題という強敵なのである。
「…………やっぱ、最後の手段を使うしかないか。あまり迷惑はかけたくなかったけど、背に腹は変えられないよね……」
いよいよ持ってあとがなくなったカナは最後の手段。
それこそ、こんな最終日にまで残していた『切り札』を切ることにした。
「……きっと忙しんだろうけど……もう頼れるのは……」
ぶつぶつと呟きながら受話器を手にするカナ。
彼女は最後まで渋々といった様子で、とあるところへと電話を掛ける。
『——もしもし? カナちゃん!?』
コール音が二、三回鳴った後、すぐに繋がる電話。
幸いなことに電話に出てくれたのは目的の人物——奴良リクオであった。
『どうしたの、こんな時期に? 明日になれば学校で会えると思うけど……』
彼が電話先で首を傾げているであろうことが伝わってくる反応だ。
明日になれば夏休みが終わり、学校で顔を合わせることになるであろう幼馴染がこのタイミングで電話を掛けてきたことを不思議がっているのだろう。
「あのね、リクオくん。今日なんだけど……そっちにお邪魔してもいいかな?」
カナはとりあえず、リクオの家にお邪魔しても構わないかお伺いを立てる。
『別に構わないけど……なに、どうかしたの?』
特に邪険にする様子も見せず、リクオは快くカナの来訪を受け入れてくれるようだ。
そんな幼馴染の答えにありがたい気持ち、申し訳ない気持ちの両方を抱きつつ——。
カナは遠慮気味にリクオに、自分がそちらへと訪問する理由を告げていた。
「——あのね……宿題、書き写させてもらえると、有難いんだけど……」
×
「「「「——いらっしゃいませ! 家長様!」」」」
「あっ、はい……ど、どうも……」
浮世絵町にある奴良組本家、奴良リクオの実家。
宿題を見せて貰いに来たカナなのだが、奴良家の門をくぐったところで彼女は面を食らった。
「すっげ…………」
門から玄関まで続く道のり、そこにズラリと奴良組の妖怪たちが集結し、列をなしていたのだ。カナ一人の来訪を奴良組の妖怪たちが総出で出迎えていた。ただ宿題を見せて貰いに来ただけなのに、随分な歓迎ぶりである。
既にカナがリクオの正体を知っていると奴良組の妖怪たち全員に伝わっているのだろう。もはや自分たちが妖怪であることを隠そうともしていない。
「……あの……リクオくんは?」
その光景にさすがに若干戸惑いながらカナはリクオの所在を尋ねる。電話では一応時間は取れるといっていたが、肝心の彼の姿が見当たらない。
すると、一人の男性妖怪がカナの前まで歩み寄り、声を掛けてきた。
「——申し訳ありません……若は少しばかり席を外しておりまして。代わりに私が応対させていただきます」
柔らかい物腰に整った顔立ちの美形だが——頭部と胴体は綺麗に分かれ、頭の方がフワフワと宙に浮いている。
見覚えのある顔と特徴であり、カナは記憶の糸を手繰り寄せてその妖怪の名を呼ぶ。
「ええっと……確か、首無さん……でしたっけ?」
「はい、覚えていただけて光栄です、家長様」
妖怪・首無。
リクオの側近である彼はニッコリと笑顔を浮かべ、人間であるカナにも紳士的に接する。きっと女性には優しいのだろう。
「ご用件の方は伺っておりますので、どうぞご案内しますね」
「えっ……!? あ、す、すいません……こんなことに時間を取らせてしまって……」
リクオに今日カナが訪問する理由を聞いているという首無。その事実にカナは羞恥に顔を真っ赤に染める。
そう、『宿題を見せに貰いに来た』などという理由で訪れてしまったことにカナは己自身の愚かしさを恥じているのだ。
しかし、首無は特に気を悪くした様子もなく笑顔のままで告げる。
「いえいえ……こちらこそ、我々も貴方を奴良組の事情に巻き込んでしまいました。謝っても謝りきれませんが、本当に……申し訳ありません」
それどころか、彼はカナを自分たち妖怪の戦いに巻き込んでしまったと。そのことを正式に謝罪していた。
「本来であれば、こちらから伺ってでも謝罪すべきだったのでしょうが……なにぶん立て込んでおりまして……」
首無はさらに申し訳なさそうに、これまでカナへ謝罪できる機会がなかったことに頭を下げる。
そういえばあの戦いの後、奴良組の妖怪たちとは顔を合わせる機会がなかったなと、今更になってその事実をカナは思い出す。
「……やっぱり、忙しいんでしょうか? その……リクオくんが三代目になるってことで……」
京都への遠征後。その活躍を持って奴良リクオは正式に奴良組の三代目として認められた。
しかし、認められたからといって、それで即座に三代目になれる訳ではない。
リクオが三代目になるにあたり、奴良組は現体制に大幅な変革が求められた。
それまで現役だった総大将・ぬらりひょんと彼に付き従う幹部の隠居・引退。
それに伴い、リクオの側近だった者たちの正式な幹部入り、その引き継ぎの段取りなど。
加えて、リクオが正式に三代目を継ぐには彼が成人する必要があった。
妖怪としての成人は——十三歳。リクオの誕生日は九月二十三日であり、その日に間に合わせるよう奴良組の新体制への移行もスケジュールが組まれており、今も奴良組総出でその日に間に合わせるように動いていた。
肝心のその日まで既に一ヶ月を切っており、奴良組も正直なところ自分の相手などしていられないのではと、カナはそのような心配を抱いていた。しかし——
「確かに忙しくはありますが、おかげさまで一息入れることができまして……」
首無は特に問題ないと。
忙しいのは確かだが、そこまで余裕がないわけでないと。カナの杞憂を笑顔で晴らす。
「それに……どれだけ忙しくても、貴方への対応を疎かにするわけには参りません。貴方はリクオ様にとって……大切な方なのですから」
さらに首無は遠慮気味なカナにそのように言葉を掛けた。
そう、奴良組の中でもカナの存在はリクオにとって必要不可欠という認識で罷り通っている。
なにせ主の幼馴染である以上に、カナはリクオの正体を知り、尚且つその事実を受け入れてくれている数少ない『人間側』の存在。
完全な妖怪である首無やつららでさえ立てない立場にいる少女なのだ。リクオに理解がある者であればあるほどその重要性を正しく理解し、そんな彼女を決して蔑ろにすることなどあり得なない。
「どうか今後とも、リクオ様とは仲良くしていただきたい。私たち下僕一同の心からの願いであります」
首無もリクオの将来を思い、今後も彼と仲良くして欲しいとさらに深々と頭を下げる。
「そ、そんな……! 私こそ……リクオくんには……そのいつもお世話になって……」
しかし、そんな首無の言葉と態度にカナは恐縮しまくっていた。
世話になっているのは自分の方だと。彼女はあまりにも丁寧な奴良組側の対応にただただ戸惑うしなかった。
「——では、もう少しすれば若がいらっしゃると思いますので、どうぞこちらでお待ちください」
そうして、カナは首無の案内で客間まで通された。
以前も来たことのある、古めかしい日本家屋の畳部屋。一応はそこへ腰を落ち着かせるカナなのだが——
「お~い、誰か手伝ってくれ! 今日中に離れ小屋の改装を終わらせたい!!」
「鴉天狗様~! 外部への正式な書状が出来ました。チェックの方お願いします!!」
「おい、誰だ! こんなところに刀置きっぱなしにしてるのは!? 危ないだろ、早く片付けろ!!」
「おいおい、これ発注間違えてないか? 先方に確認を取れ!!」
「うわっ~……ほんとに忙しそう……」
予想以上に奴良組はてんやわんやの大騒ぎだ。魑魅魍魎の妖怪たちが目が回る勢いで忙しなき動き回っている。
そんな中をカナだけが何をするでもなく、リクオが来るのをただ待っている。ものすごい場違い感にカナは思わず「か、帰ろっかな……」と思ってしまった。
「——お茶入りましたよ」
しかし、忙しさの中にあっても奴良組はきちんとカナを接客してくれた。
客人用の菓子と一緒にお茶を給仕しにきたのは、髪の長い色っぽい女性である。
「ええっと……貴方は……確か首無さんと一緒にいた……」
互いに正体を隠している頃から何度かこの屋敷で顔を合わしたことのある、見た目だけなら完全に人間で通じる容姿の女性。
だが名前を聞く機会がなかったため、何と呼べばいいか分からない。一応カナはその女性を『首無の相方』という風に覚えていたが。
「あら、そういう認識? まいったね、こりゃ……」
カナのその認識に女性は笑いながら少し頬を赤らめる。
首無とセットで覚えられていたことを彼女・毛倡妓は恥ずかしいがっているようである。
「ご、ごめんなさい……奴良組のみなさんの名前、まだ全員覚えていなくて……」
毛倡妓のその反応にカナが頭を下げる。彼女も奴良組の妖怪たちの顔ならある程度覚えているのだが、まだ名前の方までは記憶していないのだ。しかし毛倡妓は特に気にすることなく、微笑みを浮かべてくれる。
「いやいや、構わないさ。あたしらの方こそ、アンタのことまだ何も分かっちゃいないんだから」
同性ということもあってか。首無とは違い砕けた口調でカナと話す毛倡妓。
彼女の言葉通り、奴良組の妖怪たちにとって家長カナという少女は——あくまで『若の友人』『幼馴染』という認識。大切な人材であることを理解していても、カナ個人のことを深く理解しているとは言えない。
そのためか、毛倡妓はこの機会にコミュニケーションを取ろうと。リクオが来るまでの間、カナの話し相手となってくれるようだ。
「改めて名乗っておこうかね。あたしは毛倡妓。今後ともよろしく頼むよ、家長さん」
「あ、はい。……家長カナです。こちらこそ、よろしくお願いします」
互いに改めて名乗り合い、暫くの間彼女たちは『ガールズトーク』に花を咲かせることとなった。
×
「——お待たせ、カナちゃん……って、何だか盛り上がってるね……」
カナが奴良家に訪れて数十分ほど。
ようやく奴良リクオがカナのいる客間に顔を出すも、既にそこは女性たちの溜まり場となり、和気藹々と盛り上がっていた。
「それにしても偉いね……あんな激しい戦いの後だってのに、ちゃんと宿題を終わらせようだなんて」
「いえ、そんな……結局間に合わず、こうしてリクオくんに迷惑を掛けちゃってますし……」
「そんなことないさ! つららや青田坊なんて、宿題が出されてたことも忘れてたし……ねぇ?」
「う、うるさいわね、毛倡妓!! だからこうして急いで書き写してんでしょうが!!」
カナに毛倡妓、そしてつららの三人。
つららも、どうやら自分が宿題に全く手を付けていないことに気が付いたらしい。リクオの護衛の為とはいえ、つららや青田坊も仮初ながらも学生としての身分を背負っているのだ。夏休み中、何も勉強していませんでしたでは決まりが悪いと、つららは急いでカナの宿題を書き写させてもらっていた。(ちなみに……青田坊は元から不良じみているという理由から、完全に開き直って一切宿題に手をつけないようだ)
しかし、カナ自身も宿題を見せて貰いに来た身の上のため、やはり肝心のリクオがいなければ話にならない。
「あっ、リクオくん! ……ごめんね、わざわざこんな理由で家にまで来ちゃって……迷惑だったよね?」
そのリクオが客間へと訪れてくれたことでカナが笑顔を浮かべるも、すぐに表情を曇らせる。
宿題を見せてもらうだなんて、そんな個人的な理由で貴重な時間を。それもこんな忙しくて大事な時期にお邪魔してしまったことを相当に気にしているようである。
「ううん、そんなことないさ!! 久しぶりにカナちゃんの顔を見れて、ぼくも嬉しいから!!」
だが、リクオはそんなカナの遠慮を無用なものだと笑い飛ばす。
実際、京都から戻って来て暫くの間は互いに会う機会もなかった。夏休みが終わる直前とはいえ、いつもと変わらない日常でのカナの元気そうな姿を見れてリクオも内心ホッとしている。
「おっと、リクオ様もいらしたようだし、あたしは席を外そうかね……」
リクオが訪れたことで、入れ違いに毛倡妓がその場を退席していく。どうやら忙しい中、わざわざカナが退屈しないようにと時間を割いてくれたらしい。部屋を出ていくや、他の妖怪たち同様に慌ただしい喧騒の中へと戻っていく。
「リ、リクオ様……あの……よろしければ私にも、その……宿題を見せていただければと……」
毛倡妓がいなくなったところで、つららがしおらしい態度で主人であるリクオに申し出る。
相手がリクオであればこそ、恥ずかしながらもそのように言い出すことができるのだ。勿論、リクオに断る理由はない。
「うん、いいよ。ほら、カナちゃんも。あっ、けど……」
既にカナの用件も分かっていたため、彼の手には今年の夏休みの宿題の成果が抱えられており、それを机に広げる。国語、数学は勿論。理科に社会や自由研究も。真面目なリクオは全てを終わらせていた。ただ——
「カナちゃん……英語の宿題って終わってるかな? ちょっと自信がなくて……答え合わせしておきたいんだけど……」
リクオは自信なさげに英語のノートを取り出す。
リクオにとって唯一の苦手科目がその英語なのだ。課題そのものは終わっているものの、それが正しい解答なのか不安げな様子で逆に宿題を見せてくれるようにお願いする。
「あっ、英語だったら終わらせてるから……うん、良いよ! 答え合わせしよっか?」
実のところ、カナは英語の宿題だけならキチンと終わらせていた。それは完全にただの偶然だったのだが、ただ頼るだけではなくリクオの力になることができる。そのことが嬉しくて、カナも二つ返事でリクオの頼みを承諾する。
「う、羨ましい……」
つららはそんな学生二人——『互いに勉強を教え合える』というシュチュエーションに羨望の眼差しを向ける。
こればかりは普段の授業も適当に受けている、仮初の中学生でしかないつららでは割って入ることはできない。彼女はこのときほど、勉学をサボり気味だった怠惰な自身を呪ったことはなかったという。
完全に余談だが——つららはこの件をきっかけに、それなりに勉学に身を入れるようになったという。
「じゃあ……ここの問題なんだけど——」
「どれどれ? ああ、そこだったら——」
そうして、つららが己の不甲斐なさに悔しがりながらも必死に宿題を写している横で。
カナとリクオは互いに顔を寄せ合い、宿題の答え合わせをしていく。
ところが——
「——失礼します。勉強中のところ申し訳ありません、若。少しよろしいでしょうか?」
そのタイミングで先ほどもカナと顔を合わせた首無が姿を現し、リクオへと声を掛ける。
「ああ、構わないけど……ごめん、カナちゃん。ちょっと……」
呼び出されたリクオ。カナに謝罪しながらも一時席を外す。
「二代目と交流のあった
「ああ、それだったら明後日の——」
「…………」
部屋の外で何かしら大事な用事を話し合う二人。
とりあえず、カナはリクオの宿題を書き写しながら彼が戻ってくるのを待った。
「ごめん、ごめん。さっ、続き続き……」
話自体は数分で終わりすぐに戻ってきた。再びカナとリクオが顔を寄せ合う。
「それで……次はこの問題なんだけど——」
「ああ、それはね——」
しかし、またしても——
「——申し訳ありません、リクオ様、少しお時間よろしいでしょうか?」
今度は黒田坊が客間に顔を出し、リクオを部屋の外へと呼び出した。
「先ほど花開院の方から連絡がありました。検証の結果、やはり弐条城から晴明が復活することは考えられないと——」
「……そっか。けど油断はできない。警戒を緩めないよう各組に伝えてくれ。それから——」
「…………」
またしても大事なことを話し合っている様子。
カナにとっても他人事ではない内容だが、とりあえず今は宿題を書き写していく。
「いや~、ほんとにごめん! それじゃあ次の問題なんだけど……」
またしてもリクオは数分で戻ってきた。今度こそはと、勉強に集中しようとする。しかし——
「——すいやせん、若!! ちょっとお時間の方を……」
今度は青田坊。再三にわたってリクオに話を聞いてもらおうと大声で部屋へと押しかける。次の瞬間——
「——ああ、もう!! いい加減にしなさいよね、アンタたち!! 今が取り込み中だって分かんないの!? 気が散るじゃない!!」
そんな度重なる呼び出しに、ついにつららがキレる
せっかくやる気を出して勉学に励んでいるところを邪魔され、苛立ちが最高潮に達したようだ。
「ちょっと青! アンタだって学生やってんだから! 宿題くらい終わらせておきなさいよ! 若に恥かかせる気!?」
「いや、雪女。こっちも結構大事な用事で……」
「何でもかんでも若に頼ろうとすんじゃないわよ!! 自分でできることなら自分で解決しときなさい!!」
「……宿題見せて貰ってる状態でよくそんなこと言えるな……」
つららはあくまで学生として、夏休み最後の敵と必死に戦っている。
しかし、青田坊も組の大事な用事を背負ってここいるのだ。
どちらも大切なことであり、互いに退くことができずに舌戦を繰り広げる両者。
「ちょっ、つらら、そんなに怒んないで。ボクは気にしてないから……」
「お、及川さん……落ち着いて……」
そんな両サイド。
主に激昂するつららを宥めるため、さらに貴重な時間を消費していくリクオとカナであった。
「はぁ~……行っちゃたわね……リクオ様……」
「は、ははは……そうだね」
あれから数十分後。
結局、あの後も次から次へとリクオを頼りに下僕たちが客間へと押し寄せてきた。さすがにこれ以上、いちいち勉強の手を止めるのは非効率と。リクオは奴良組の問題を優先すべく、重い腰を上げて客間から離れていった。
去り際、リクオは『ごめんねカナちゃん……また明日学校で!』と言っていったため、おそらく今日はもう戻ってこないだろう。
今は部屋の中にカナとつららが二人っきり。どちらも課題をこなすため、黙々と作業に没頭していく。
「…………」
「…………」
二人の間に特にこれといった会話はない。
早く宿題を終わらせなければという思いもあるが、それ以上に何を話せばいいのか分からないのだ。
——……やっぱりわたしお邪魔だったのかな……早く終わらせて帰らないと!
——……家長さん。怪我の方はもう大丈夫なのかしら……べ、別に心配なんかしてないけど……。
と、互いにそんなことを悶々と考えながらも、黙って手だけを動かしていく。
「——二人とも頑張ってるのね~、とっても偉いわ!」
すると、そんな二人の下へ新たな訪問者がやってきた。
リクオにではなく、カナとつららに会いにきた『彼女』に対し、二人は揃って目を丸くする。
「あっ! リクオくんのお母さん……」
「若菜様!!」
その女性の名前は——奴良若菜。
リクオの母親。大半が妖怪たちで埋まるこの奴良本家の中。
ただ一人、何の能力も持たない唯一の人間であった。
×
「けど、あんまり根を詰めすぎちゃダメよ。休憩にしましょう。ほら、ドーナツ揚げたから、食べて! 食べて!」
若菜は勉強を頑張る子供たちのため、おやつに手作りドーナツを持ってきてくれた。
明るい笑顔を振りまく彼女に、カナもつららも勉強の手を止めてドーナツへと手を伸ばす。
「あ、い、いただきます……ふぅ、ふぅ」
「ありがとうございます……って、熱っ!!」
揚げたてのドーナツ。カリッとした食感がたまらないが、いかんせん熱すぎる。
猫舌のカナはふぅふぅと冷ましながら、雪女であるつららは手に持つこともできず、しばらくドーナツが冷めるのを待ってから少しづつ口に加えていく。
「ふふっ、それにしても夏休みの宿題か……。いいわね~青春って感じで!」
そんな子供たちを優しい眼差しで見つめながら、若菜は少女たちが勉学に励む姿に懐かしむように呟く。
「私も子供の頃は苦戦したな……自由研究とか、結構大変なのよね~!」
「もぐもぐ……自由研究? …………はっ!?」
自由研究という言葉につららがドーナツを口に加えたままハッと息を呑む。
大方、そちらの方も全然手をつけていないのだろう。
「ど、どうしよう! まだ何をするかも考えてないわ! い、家長さん! 家長さんは自由研究は終わってるのよね!? お願い、見せてくれないかしら!!」
「えっ? いや、それはさすがに……」
なりふり構っていられなくなったつららは、ついにはカナへと助けを求める。
しかし、その他の宿題ならいざ知らず、自由研究だけは他の人のを丸写しするわけにはいかない。正解が存在しない課題であるため、誰かのを写せば一発でパクったのがバレてしまう。
「そ、そうよね……それくらいは自分の力でやらないとね……あ~! けど自由研究って何すりゃいいのよ!?」
そのことに気が付いたのか。つららもなんとか自力で課題を終わらせようと思い立つ。
だが『自由研究』という、何をしていいか分からないテーマ。小学生を演じていた頃も苦戦していた覚えがあるが、中学生となった以上はある程度きちんとした『それっぽい』ものが求められる筈だ。
本来であれば一朝一夕でできるようなものでもなく、あまりに適当に片付けてしまえば最悪、再提出なんてこともあり得る。
どうしたものかと、うんうんと頭を悩ませるつらら。
「そうね……なら、妖怪研究なんてどうかしら!?」
「「——妖怪研究?」」
するとそこへ若菜が助け船を出す。しかし、その発言内容にカナとつららが揃って聞き返していた。
妖怪研究——彼女たちからすれば聞き慣れた、まるで清継のような考えをまさか若菜の口から聞かされるとは思ってもいなかったのか。
「あら、そんなに意外かしら? 私だって子供のころは妖怪とか興味津々だったのよ?」
しかし、意外そうにするカナたちにもめげず、若菜はニコニコと笑顔を浮かべている。
「それに……ここは天下の奴良組よ? 妖怪のことなら妖怪に聞くのが一番! 確か……離れの蔵の奥の戸棚にも妖怪の伝承とかまとめた古い記録があった筈よ。それをつららちゃんなりにまとめれば、きっといい感じのレポートになると思うけど?」
「!! な、なるほど……離れの蔵ですね!?」
これに天啓を得たとばかりにつららが動く。
そうだ、自分たちは妖怪だ。妖怪からすれば何でもないようなことかもしれないが、人間からすればきっと珍しい記録や伝承などを残しているかもしれない。
それをそれっぽくまとめて数枚のレポートにする。それなら今日一日でも片付きそうな気がする。
「そ、それじゃあ……わたし、今から蔵の方に行ってくるから……じゃあね、家長さん!!」
「あっ! 及川さん!?」
つららは自由研究を優先するようで、離れの蔵へと向かうため客間から飛び出していく。
大慌てで駆け出していくつららをカナが呼び止めようとするも、その声が彼女に届くことはなかった。
「…………」
つららがいなくなったことで、カナは宿題と一人で向き合う。書き写すというだけの作業でも、それなりに時間と労力を必要とする中、カナは黙々と手を進めていくのだが——
「ふふふ……」
その間、何故だか分からないがずっと若菜がそこに残っていた。
彼女は笑みを絶やすことなく、カナが宿題をする光景を見守るように見つめてくれている。
暖かい母親のような視線だ。むず痒くて……正直、ちょっとやりにくい。
「あの……」
「あら、ごめんなさい。お邪魔だったかしら?」
カナが声を掛けるや、自分が邪魔になっていることを察して若菜は謝る。だが、やはりその顔にはニコニコと笑顔が浮かべられている。
「いえ! そんなことは……けど、若菜さんは大丈夫なんですか……その忙しかったりは?」
別にカナとしてはそこに若菜がいても構わない。やりずらいのは確かだが、それくらいで効率が落ちるような複雑な作業をしているわけでもない。
しかし若菜の方は忙しくないのかと、カナは相手の心配に気を回してしまう。
「そうね、確かに忙しいけど……ふふふ、ごめんなさい、ちょっと嬉しくて!」
すると、若菜はその問い掛けに問題ないと、さらに自身の心情を吐露するようなことを口にしていた。
「……嬉しい、ですか?」
若菜のその言葉に思わず聞き返してしまうカナ。
こんなに忙しいときに自分のようなお邪魔な客が来て、何がそんなに嬉しいのだろうと。
すると、若菜はさらに笑顔。しかし、その眼差しに僅かに『寂しさ』のようなものを含めてカナを見つめる。
「ええ! だって滅多に訪れない人間のお客様だもの!! それに貴方は……カナちゃんは、リクオの正体を全部知った上で……ここに来てくれたのでしょ!? それが、ふふふ! とっても嬉しくて!!」
「!! わ、若菜さん……そっか、そうでしたね……」
その言葉にカナは作業の手を止め、若菜へと視線を向ける。
そう、ここは関東妖怪任侠組織の総元締め・奴良組。妖怪たちの総本山なのだ。
人間の立ち入るような場所ではなく、そこに嫁いできたとはいえ若菜のような純粋な人間、本来であれば異質な存在だろう。
あの奴良組の優しい面々が若菜を人間だからといって蔑ろにすることはないだろうが、それでも大なり小なりの苦労はあったことだろう。その立場上、あまり他の人間とも関りを持ってこなかった筈だ。
そんな若菜の気苦労など、カナはそれとなく汲み取ろうとし——ふと、そこで彼女はとある疑問を浮かべた。
——あれ? そういえば……若菜さんって、鯉さんと結婚したんだよね……。
鯉さんこと・奴良鯉伴。
リクオの父親であり、その相手が若菜。
カナは鯉伴とは不思議な出会いをしており、彼との約束がこの浮世絵町に戻ってくるきっかけになっている。
だが——カナが約束を交わした相手は一人ではない。
——…………この人は知ってるんだろうか? 鯉さんと……乙女先生のことを…………?
三百年前の前世。
カナは一人の女性・山吹乙女ともとある約束を交わした。
その女性は当時、鯉伴が最も愛した女性。彼の妻——つまりは前妻だった。
鯉伴にとって若菜は二番目の妻——後妻にあたる。
——……三百年前のことでも……鯉伴さんは……きっと今でも…………。
三百年前にその乙女と鯉伴は悲劇的な別れを体験している。
そして別れた後でも——鯉伴がずっと乙女のことを忘れないでいることを、カナは過去の記憶を覗き見たことで知ってしまった。
しかし、そもそも若菜は知っているのだろうか?
自分の夫がかつて結婚していたことや、今でもその相手を想っていることを——。
そのことを疑問に思うあまり、カナは若菜の顔をじっと見つめてしまっていた。
「あらあら、どうしたの? 私の顔なんて見つめて?」
すると、その視線に気づいたのか若菜が首を傾げる。
「あ……え、ええっと…………」
若菜の反応にカナはビクッとなってしまう。
まさか、鯉伴が他に好きだった女性・乙女のことを考えていたなどと。そのようなデリケートな発言をするわけにもいかない。カナは咄嗟に話題を逸らそうと、それとなく若菜の興味を引くような話を振ることにした。
「わ、若菜さんって……どういった経緯で奴良組に嫁ぐようになったのかな……なんて」
それはカナ自身も気になっていたことであり、ギリギリ話題にしても失礼にならない範囲だと思った。
実際、その質問に若菜は瞳をキラキラと輝かせる。
「あら? あらあら!! 気になっちゃう!? 気になっちゃう!! そうよね……カナちゃんも、もしかしたらって……思っちゃうわよね!!」
「は、はい? もしかしたらって……えっ、何がですか?」
予想以上にすごい食いつきである。
何をそこまで興奮しているか分からないカナだが、とりあえず今は若菜の話に黙って耳を傾けていく。
「いいわ!! カナちゃんがその気なら聞かせてあげる!! 私の話を聞いて参考にしてもらっても全然構わないんだからね!!」
どうやら若菜は何かを誤解しているらしい。
家長カナという少女が将来的に『どこかの誰かさん』に嫁ぐことを期待し、自身の恋物語を参考代わりに聞かせていくこととなった。
「——私と奴良組との出会い……ううん、鯉伴さんとの馴れ初め。あの人が……本当はどういう人だったかも……ねっ?」
補足説明
奴良若菜
山吹乙女と比べて、だいぶ影の薄い人物。
ですが鯉伴にとって大事な人であることには変わりません。
なかなか語られることない彼女の恋物語。原作にあるのは断片的な情報ですが、それらを拾い上げて今回の話を描いてみたいと思いました。
次回仮タイトル『若菜恋物語』とでもしておきましょう。
過去回想から始まる次回をお楽しみに!