家長カナをバトルヒロインにしたい   作:SAMUSAMU

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少し急ぎめに更新したので粗があるかもしれません。誤字脱字が見つかりましたら遠慮なく指摘してください、お願いします。


さて、今回の話。タイトルに人を喰らう村とありますので〈~~村〉の内容を主軸に話を進めていきますが……ハッキリ言ってそっちはおまけ要素。

今回の話は『とある人物』を視点に、『とある人物』の現状について説明する回となっています。割と重要な回なのでどうかじっくり読み進めていってください。

ちなみに、今回の一人称の対象者は方言を話すキャラですが、読みやすさ、書きやすさの観点からそこは標準語で進めていきます。

色々と至らぬ点があるかもしれませんが、よろしくお願いします。



第九十二幕 人を喰らう村

「…………はぁ~、今日もめっちゃ疲れたわ……」

 

 わたし、花開院ゆらは実家の自室でため息を吐いていた。

 自室内は未だに整理整頓がなされておらず、他の義兄様たちの資料や彼らの著者で埋まっている。わたしが留守にしている間、物置としてここを利用していた名残らしい。綺麗さっぱり捨てたい気持ちはあるが……中には既に亡くなってしまった義兄様たちの遺品などがあるため、捨てに捨てられない。

 先の戦いで亡くなった彼らの犠牲を忘れないためにも、今はそれらを部屋の片隅に置いておく。

 

「にしても、さすがにこの本はな……」

 

 だが遺品となった荷物の中、わたしは一冊の本を取り出して苦笑いを浮かべてしまう。

 その本のタイトルは『人はなぜ筋肉に惹かれるのか?』だ。著者は亡くなった陰陽師の一人——『花開院灰吾』という男である。

 

「……なんでこの人、陰陽師なのにこんな本出版してんねん……」

 

 陰陽師が副業として本を出版すること自体はおかしくないが、さすがにこの手の本は珍しい。

 そういえば……廊下ですれ違うたび、筋肉について何やら講釈を受けた記憶があるが……ほとんど聞き流していたためあまり覚えていない。

 

「あの教頭も……羽衣狐に殺されてもうたんやったな……」

 

 わたしは教頭(灰吾の渾名)が京妖怪との戦いで死んだことを思い出す。彼だけではない、他の義兄様たち……秀爾や是人に(ひさ)

 そして、大好きなお爺ちゃんも。それ以外にも多くの陰陽師たちが奴ら京妖怪に殺されてしまった。

 京妖怪への憎しみがないのかと言われば……嘘になるだろう。

 

「……それでも、今は……連中に構ってる場合じゃないんやな……奴良くん……」

 

 しかし、花開院家は現時点において京妖怪の残党に手を出すことを禁じていた。彼らを見逃す決断をした協力相手である奴良組……奴良リクオくんの顔を立てるため。新たな敵となるであろう鵺・安倍晴明を迎え撃つ準備のため。

 

 何より——今は疲弊した花開院家を建て直すのが先決と、皆で話し合って決めたのだ。

 その決断は本家・分家の総意であり、妖怪を『黒』と断じるほどに厳しいわたしの実兄である花開院竜ニですらも認めたことだ。

 

「だからって、わたしに仕事回しすぎやろ、あのバカ兄……」

 

 しかし、そこでまたもわたしはため息を吐く。何故ならその建て直しの過程において、あの馬鹿兄は様々な要件をわたしに色々と無茶振りしてくるからである。

 未だに京に蔓延っているはぐれ妖怪残党の整理や、先の戦いで被害にあった神社仏閣、犠牲者数の把握。次の戦いに向けて修行もしなければならないし……他にも、個人的な調べ物など。

 

 さらに、最近では近年増加傾向にある『都市伝説』やらについて色々と気にかけるように言われている。都市伝説……って、大半が眉唾ものなのに、正直そんなものに時間を割いている暇などないだろう。

 

「ふぅ~……あかんあかん……そろそろ風呂入らんと」

 

 色々と考えているうち、今日も随分と遅くなってしまっていた。わたしは一日の疲れを癒すため風呂に入ろうと着替えに手を伸ばす。

 風呂に入っているときだけは、さすがにあの阿呆兄も入ってはこれまい。わたしは誰にも邪魔されない唯一の癒しの時間を過ごそうと、鼻歌混じりに服を脱ぎかけて——

 

 

「——ゆら、いるか!!」

「な、何勝手に入ってんねんんんん!!」

 

 

 よりにもよってそのタイミング、部屋で着替えをしようとした直後に例の馬鹿兄が——花開院竜ニがノックもなしに乙女のプライベートエリアに侵入してきた。

 デリカシーのなさにブチ切れる私だが、まるで気にした様子もなく「なんだ、着替え中かよ……」と舌打ちする音が聞こえる。

 …………ていうか、この男。今わたしの身体をチラッと見て……なんか、ため息吐かなかったか?

 

「オイ! 今度の週末空けとけよ」

「な……なんなん、なんなん急に……」

 

 しかし、相変わらず有無も言わさぬ態度でわたしの週末の予定に口を出してくる。週末は少し調べものに没頭しようかと思っていただけに、わたしは兄の要件を断ろうとした。

 

 だが、竜ニは否応なしにわたしを巻き込んでいく。

 

「〈~~村〉」

「えっ?」

「〈~~村〉の調査依頼がきてただろうが……行くぞ」

 

 …………分かった。

 分かったから……早く出ていってくれ。まだ着替えの途中だから……。

 

 

 

 

 

 

 そして週末。わたしは竜ニと共に〈~~村〉の調査に向かうこととなった。

 

 

 

×

 

 

 

〈~~村〉。

 

 二千年頃に大流行した村系の都市伝説。陰惨な殺人事件により、地図からも消されてしまった村。

 日本中のマニアやマスコミを巻き込んでかなり大騒ぎになったみたいだが、所詮は一時のブーム。

 暫くして沈静化。そのままただの流行りとして終わる案件……だった筈である。

 

 しかし、ここ最近の都市伝説ブームで再熱。その村を訪れた人々の動画などがネット上に拡散されてニュースに取り上げられるなど。今になって何かと世間を騒がせている案件だ。

 

「はぁ、ふぅ……お兄ちゃんが、この手の話を信じて依頼を受けるとは思わんかったわ……はぁ、重い……」

 

 わたしは現在、兄と共に山道を歩いていた。

 ろくに道も舗装されていない悪路に苦戦するわたしとは正反対に、竜ニは先へ先へと進んでいく。ちょっと待てと。こっちは二人分の荷物を担いで歩いているんだから、少しはペースを合わせろと言いたいところだ。

 わたしは息を荒げつつ、愚痴と共に文句を溢していた。

 

「何言ってんだ、ゆら。まさかただの噂話だと思ってんのか? あるよ、〈~~村〉なら」

「え? ええ、でも……」

「ゆらは映像見なかったのか? 本物だっただろう? 陰陽師的に見ても……」

「ええ? 正気、お兄ちゃん!?」

 

 だが竜ニはこともなげに言う。

 調査を言い渡された時点で、わたしは〈~~村〉の存在を全く信じていなかった。わたしだけではない、真っ当な陰陽師ならまず取り扱わない眉唾案件だろう。

 

 しかし、竜ニは何かを確信するようにあっさりと断言していた。〈~~村〉は、存在すると。

 

 

 ニュースでも取り上げられた、例の映像ならわたしも目は通した。

〈~~村〉を訪れた若者たちが、何者かに襲われていくというタチの悪いホラー映像だ。

 

『——イェ~、ついに発見、今から入ろうと思います!!』

『——うわぁ、古っ……まじで村とかあったりして!』

 

 テンション高めに若い男女が意気揚々と山奥へと足を踏み入れていく光景から始まり——

 

『——アッ、アッ、ウ……アヴッ』

『——う、うそよ……こんなの……〈~~村〉なんて、存在しない筈じゃ……』

 

 暗転、『何か』から怯えて逃げ惑い、一人一人命を絶たれていく光景へと。

 そして最後——

 

 

『————————』

 

 

『何か』がカメラを覗き込む、ゾクっとする瞬間の映像で幕を閉じていた。

 

 

 ——……って言うても、あれだけじゃ、本物かどうかなんて判断はつかんて……。

 

 けれど、映像から妖気が伝わってくるわけでもないし、正直あの動画だけでは妖怪の仕業だと断定はできない。

 今の動画加工技術はかなり進んでいるというし、あのような心霊、パニック映像。ある程度機械に詳しければ素人にでも製作できるのではと、そのように勘繰ってしまう。

 

「着いたぞ」

 

 だが何か確信でもあるのか。竜二はこの山奥へとやって来て、何かを探し始める。

 

「ここ? 場所あってんの?」

 

 一見すると何もない、なんの変哲もない山の中の少し開けた場所という感じだが……。

 

「インターネットで調べたから大丈夫」

「インターネット!? 正気!?」

 

 しかし、ここに来て語られる竜ニの情報源にわたしは彼の正気を疑う。

 ネットなど、それこそ嘘偽りがごっちゃに混ざった、真偽など当てにならない情報だろうに。普段から古文書やら文献などで知識を蓄えている兄にしては迂闊すぎる判断である。

 

「その結果、ここが一番多かったから『ここ』なんだよ」

「?」

 

 だがわたしのツッコミに気にした様子もなく、妙な言い回しでここに〈~~村〉があると確信する口ぶり。

 ……多かったから? それはどういう意味だろうか?

 

「ほら見ろ……〈ドクロの石〉じゃないか、あれは?」

「……言われてみれば、そう見えなくもないな……」

 

 ここに来るにあたり、わたしも〈~~村〉に関しては一通り下調べをしておいた。

 曰く、〈~~村〉の入り口には、〈ドクロに似た石〉があるらしい。確かに……ドクロに見えなくもない石ころが目印のようにそこに転がっている。

 

「あとは鳥居だな。ほら、あった」

 

 次にあるとされるのが〈鳥居〉だ。〈~~村〉に行くためには、合計して五つの鳥居を潜る必要があるという。そのうちの一つ、入り口にあるとされる〈古びた鳥居〉が目の前にいつの間にか立っている。

 こんな山奥に鳥居? この辺りに神社などがあるという話は聞いたこともないが……。

 

「しかし、噂の中には真っ黒な鳥居という話もある……なぜ黒いか分かるか、ゆら?」

「えっ? ……黒は邪悪やから?」

 

 突然話を振ってくる兄の問い掛けに、わたしは反射的に答えていた。 

 妖怪は黒、という竜ニの口癖からなんとなくそんなイメージが浮かび上がる。しかし、そうではないようだ。

 

「地獄の三原色……修羅が青。餓鬼が赤。畜生が黄。これを混ぜると地獄の黒になる……だからそこが地獄の入り口だ。知っとけ」

 

 修羅、餓鬼、畜生、地獄。これらは仏教の世界における六道のうちの四つ——『四悪趣』と呼ばれる世界を指していると言われている。

 そして、それぞれの世界を色で表す際——青、赤、黄。それらの色を混ぜて地獄は黒になるらしい。

 ちなみに、節分の鬼たちの色が青鬼やら、赤鬼である理由もここからきているとのことだ。

 

「ほら、言ったそばから……〈青い鳥居〉だ」

「え!? ま……まさか!?」

 

 竜ニがそのように解説を口にするや、まるでそれに合わせるかのように目の前に〈青い鳥居〉が見えてきた。

 さらに進んでいけば、続け様に〈赤い鳥居〉〈黄色い鳥居〉までもが見えてくる。

 

「う、うそやろ……」

 

 噂通りだ。いくらなんでもタイミングが良すぎる。

 まるで、わたしたちの話を聞いた後に——『誰か』が目印作っているかのようである。狐にでも化かされた気分に未だに半信半疑になりながらも、わたしと竜二は最後の目印であった〈黒い鳥居〉を潜っていく。

 

 

 地獄の入り口、そこを潜った瞬間——わたしの目の前にその風景は飛び込んできた。

 

 

「なんや……これ……噂や……なかったんや!!」

 

〈~~村〉などでどこにもないと、そう思っていた。しかし、そこには——確かに村があった。

 

 なんの変哲もない、これといって特徴もない。

 時代に取り残されたかのような、小さな農村。

 

「ここが……〈~~村〉…………」

 

 

 

 別名——人を喰らう村である。

 

 

 

×

 

 

 

「これはこれは……〈~~村〉へようこそ……」

「ほう……やはりここが〈~~村〉ですか」

「…………」

 

〈~~村〉に到着して早々、わたしと竜二は村で宿を探した。こんな辺鄙な村にも小さな旅館はあったので、とりあえずそこに腰を落ち着けることなった。

 

 わたしたちを部屋に案内してくれたのは旅館の女将さん……いや、もう女将というより、ただの老婆である。腰を折る姿、湯呑み一つ運ぶのにも手をプルプルと振るわせているなど、見るからに歳を感じさせる。

 小さな旅館とはいえ他に従業員はいないのだろうかと、ふと疑問を抱いてしまう。

 

「はいはい、何やら最近有名になってしもうたみたいですなぁ……」

 

 老婆は〈~~村〉のここ最近の評判に対し、ニコニコした笑みを崩さなかったが少し困ったように呟いていた。

 噂のせいで人の出入りが増えたり、村の悪評が世間に伝わったりと。色々と困っているとのことだ。

 

 気持ちは分かる。普通に暮らしている村人の立場からすれば、とてもではないが気分のいい話ではないのだろう。

 

「ところで……お二人さんは何故ここへ?」

 

 そういった心情もあってか、老婆はわたしたちにこの村へ来た理由を尋ねてきた。冷やかし気分なら帰れということだろうか。思わず返答に困り、チラリと竜ニの方を盗み見る。

 

「あ、いや~……こちらの地質調査をしてたら迷い込んでしまったのですよ。なぁ、ゆら君?」

「は、はい……先生」

 

 兄はわたしとは違い、全く動揺した素振りを見せることなくペラペラと嘘八百を並べ立てる。さすが『言葉を操るのも陰陽術』だと豪語するだけに、咄嗟の嘘にも遠慮や躊躇がない。

 我が兄ながら、これは人としてどうなのだろうと疑問に思いながら、わたしも予め決めておいた設定に従う。

 

 設定では——わたしとお兄ちゃんは陰陽師ではなく、地質調査に来た先生と助手ということにしてある。

 陰陽師だと表立って知られれば調査もやりにくくなるとのことだが……別に何も調べる必要などないのではないか?

 

 少なくとも、現時点では特に不自然な点は確認できない。

 どこの山奥にでもあるような、ごく普通の村にしか見えなかったのだから。

 

 

 

 

「ふぅ~……まったく、人騒がせな都市伝説やで……」

 

 とりあえず、老婆に勧められたこともあり、わたしは旅館の露天風呂に浸かって長旅の疲れを癒すことにした。ここまであの馬鹿兄にあれだけ大量の荷物を背負わされたこともあり、もうクタクタだ。

 大きな露天風呂にゆっくりと浸かりながら……とりあえず、今後の予定についてどうするか思案を巡らせようとした——

 

 

「——っ!?」

 

 

 その刹那——背筋を、何かゾクっとした感覚に襲われる。

 この感覚、覚えがある。以前にも似たような視線を入浴中に浴びたことがある。

 

 

 

 この感覚は————間違いない、覗きだ!!

 

 

 

「馬頭丸かぁああああ!! こりんやっちゃでェえええ!!」

 

 女湯を覗く妖怪、馬頭丸!!

 捩眼山で遭遇した、全ての女子の敵であるあの助平妖怪を思い出させる。

 

 またも懲りない奴の仕業かと。慌てて護身のために持ち込んでいた式神を護符から解放しかけたわたしだったが——

 

「……って、さすがにそれはないか……」

 

 一旦落ち着きを取り戻して護符を引っ込める。さすがにこの村と捩眼山の馬頭丸では『温泉』という要素の他には何の因果関係もない。

 ここ最近のストレスで神経質になり過ぎていたかと。自身の短慮さを反省しながら再び温泉へと浸かっていく。

 

「捩眼山か……そういえば、あの子に最初に助けられたのも、確かあの山だったな……」

 

 そこで馬頭丸との戦闘、捩眼山のことを思い出したせいか。わたしの脳裏に——とある女子のことが浮かび上がる。

 

 

 家長カナ。

 浮世絵町に引っ越してきて初めて出来た……大切な友達だ。

 

 

 彼女のことを……わたしは今でも『守るべき存在』として認識している。たとえ彼女に戦う力があるといっても、それを無闇に振り回させるわけにはいかない。

 だって、力を酷使すればするほど——

 

 

 彼女は着実に『死』へと近づいていくことになるのだから。

 

 

 あれは……京都での戦いを終えてすぐの話である。

 

 

 

 

 

『——死ぬ……って、家長さんが死ぬって! どういうことや、秀元!?』

 

 花開院家の廊下でわたしは人目も憚らすに叫んでいた。

 十三代目秀元、式神破軍によって現代へと呼び出された陰陽師の天才。性格が軽く、色々と秘密主義も多そうなため、正直人としてはそこまで尊敬できる部類の男ではない。

 だが、陰陽師としての才覚に関しては文句のない一級品。溜め込んでいる知識量も相当なもの。

 

 そんな男の——家長カナが『死ぬ』かもしれないという発言に、わたしは冷静さを保てないでいる。

 冗談の絶えない奴ではあるが、質の悪いジョークを言うような男ではないことも承知済みだ。

 

 わたしは、彼の発言の真意を問うしかなかった。

 

『…………あの子の髪の毛、白くなっとるやろ?』

『……えっ?』

『あの子が、神通力を行使するときや……なってたやろ、白く?』

 

 言われて初めて意識した。そういえば……確かに家長さんの髪の毛は神通力を行使している際や、お面で正体を隠している状態のときなど真っ白になっていた。

 彼女の地毛は茶髪であり、あの白髪への変化もわたしたちが誰一人あの子の正体に気づくことができなかった要因の一つである。

 てっきり、髪の毛を白くするのも神通力か何かだと思っていたのだが……そうではないらしい。

 

 

 あの髪が白くなっている現象こそ、あの子の体に——相当な負荷が掛かっている。

 その証拠だと秀元は語るのだ。

 

 

『……陰陽師の世界でも稀に起きることがある現象や、才の足りないものが……自身の限界以上に才を引き出そうとして、死ぬ気で力を振り絞る時とかな……まっ、才能の塊であるボクやゆらちゃんには無縁の話やろうけど!』

『…………』

 

 冗談でわたしを和ませようとしたのだろうが、秀元の軽口など耳には入ってこない。

 わたしは神通力の行使が、家長カナの力そのものが——彼女自身の体に負担を掛けている、という話に思考が停止する。

 

『もともと……あの子には『才能』なんてもんがなかったんやろう。特別な生まれでもない、ありきたりな一般人や。それがどういう理由かは知らんが……六神通なんてもんを身に付けてしまった。本当ならありえんことやで、あの歳であんな力が身につくやなんて……』

 

 秀元曰く、六神通の習得にはそれ相応の修行期間が必要になるらしい。それこそ子供が大人になるくらいの。若者が老人になるくらいの年月を必要とするとのことだ。

 にもかかわらず、家長さんは僅か十三歳にして六神通のうち、四つまでの神通力を身につけてしまっている。

 

 それは、才能があるからではない。

 おそらく妖怪になりかけた過去とやらが関係していると秀元は予測していた。

 

『いずれにせよ……あの子は力を使う際、常にあの状態やった。それはつまり……神通力を行使しし続けることそのものが、彼女にとってかなりの負担なんや……』

 

 神通力そのものが負担。であるのならば、彼女はその力を行使できるようになってから、常にその負担を払い続けていたことになる。

 もしもそうであったのなら——その反動が体のほうに現れている筈だと秀元は推測する。

 

『おそらく……寿命の方はだいぶ削られとる……これ以上の力の行使は……文字通り、命懸けやで……』

『…………っ!?』

 

 負担は少しずつだが体に蓄積し『何か』の拍子で限界を越え、自覚症状になって本人を苦しめるという。

 

 だが……わたしは、その自覚症状とやらが起きている可能性があることを、本人に面と向かって聞く勇気すら出てこなかった。

 

 

 家長さんが京都を去る間際も、せめて能力の使用を控えるようにとしか言えないでいたのだ。

 

 

 

 

 

「……うちに戻ったら、また記録の方を当たってみんと……」

 

 わたしはあのときの悔しさを思い出し、この仕事が終わった後のことを考えながら湯船から上がる。

 ここ最近、忙しい陰陽師としての役目をこなす合間を縫って、わたしはうちにある古文書や記録の類を片っ端からひっくり返して調べものをしていた。

 調べている内容は勿論……家長さんの症状に関してだ。

 

 彼女の負担を抑える方法はないか、あるいは削られているかもしれない寿命を元に戻す方法はないか血眼になって探していたのだ。

 だが元よりそういった事例が少ないためか、大した資料は残っていない。秀元や、竜ニにも頼ったが……返答は芳しくなかった。

 

 けど……諦めるなんて出来ない!

 なんとしてでも彼女を救う方法を探そうと、わたしは今も手探りで資料を漁っている最中だった。

 本当であれば、今週末もそのために時間を割くつもりだったのだが……。

 

「まったく……あの阿呆兄のせいで無駄に時間を浪費してしまったで……って、あれ? 兄ちゃんどこ行った?」

 

 風呂から上がり、部屋に戻ってきたがそこには誰もいなかった。

 無駄足を踏まされたことに文句の一つでも言ってやりたかったのだが……散歩にでも行ってるのだろうか?

 

 

「お食事、お運びいたしますぅ——」

「ヒェッ!? お、お願いします……」

 

 

 その時だ。いきなり旅館の老婆が部屋に上がり込んできた。気配を感じなかったため、思わず変な声が出てしまう。部屋に夕食を運んできたらしい彼女を部屋に招き入れ、とりあえず食事の用意をお願いする。

 

「……ん? なんや……外が騒がしいなぁ……」

 

 と、席に座って料理が並べられるのを大人しく待っていると、何やら外の方で騒がしい声が聞こえくる。随分と大勢の人間が動き回っている気配を感じるが……何かあったのだろうか?

 

「今日は〈村の祭〉があるんですよ」

「え~~、お祭り!?」

 

 わたしがそのように疑問を持っていると老婆が教えてくれた。

 なんでも、この村では作物が沢山とれるたびにお祭りを行うんだそうだ。『祝祭』というやつだ。

 

「へ……おもしろいなあ……? でも、さっきまで全然そんな感じなかったけど?」

 

 村独自の風習を面白いと思いながらも、わたしはその話に違和感を覚えていた。

 先ほどまで、村人が農作業をしていた様子はなかった筈だ。しかもこんな季節に作物が沢山とれたというのも少し不自然だ。いったい何の作物なのかと、配膳されてきた料理に目を向けながら考える。

 

「あれ? 何で皿だけ?」

 

 しかしそこには期待した懐石料理も、山の幸もなかった。

 テーブルに並べられたのは『空の皿』だけ。思わずその皿に何かあるのかと覗き込むわたし。

 

 

 すると、その背後からだ。

 

 

 

「それは祭りのため……お前を喰らうためだど——」

 

 

 

 老婆の、ちょっと不気味な響きの声が聞こえてきた。

 言葉の内容に「ん?」とわたしが疑問を抱いた——その瞬間だった。

 

 

 わたしの前方から、凄まじい勢いで『水』が大砲のような発射されてきた。

 慌てて頭を下げるも、わたしの背後にいた老婆にはその水が直撃してしまう。「ゲハッ!」と呻き声を上げ、血だらけになる老婆の姿に思わずヒヤッとなるが。

 

「お兄ちゃん!? ……と、誰や?」

 

 水の式神を竹筒から発射して老婆を吹っ飛ばしたのはわたしの兄・花開院竜ニの仕業だった。

 彼は自身が瀕死の重傷にした老婆を、冷たい瞳で見下ろしている。

 

「ヒィっ……」

「ウソ……今……」

「花開院……何したんや?」

 

 兄の後ろには兄と同年代らしき男女が数名、怯えたような目を兄に向けていた。一般人のようで、陰陽術を見るのも初めてなのだろう。おまけに善良な老婆に対してあの凶行。思わずわたしも「何やってんのや!?」と声を上げそうになっていた。

 

「ゆら、何をボーっとしている」

「!!」

 

 しかし兄はまったく動じていない。

 既に嘘の身分で演技することをやめ、陰陽師としての仕事モードに入っていた。

 

「予定変更だ……こいつらを先に逃すぞ。その荷物……取ってくれ」

「!!」

 

 その言葉の意味を悟り、わたしは彼の指示通りに荷物から『例』のものを取り出していた。

 

 

 

×

 

 

 

「はぁはぁ……け、花開院くん……いったい、どーしちゃったのよ!?」

「…………」

 

 旅館から脱出するわたしたち陰陽師の判断に、興味本位でこの村を訪れていたという竜ニのクラスメイトたちが困惑している。無理もないか……何の説明もなしにいきなりこれでは、そのような質問を投げかけるのが当然の流れだろう。

 

「……」

 

 だが竜ニもわたしも何も答えない。彼は説明するのが面倒だとばかりに、わたしは……正直何が起きているのか全容を把握しきれていないというのがある。

 とにかく、兄の『作戦』が無事に成功するよう成り行きに身を任せていく。

 

「キャッ!?」

「お、おい!? 何してんだ! はなせよ、こいつ!?」

 

 すると旅館の出入り口。そこで待ち伏せしていたのだろう、村人たちが揃って竜二のクラスメイトたちを羽交い締めにする。村人たちは皆、白い襦袢を身に纏っており、その手に——斧やら松明やらを握りしめている。

 明らかに常軌を逸した風貌の村人たちだが、そこへさらなる乱入者が旅館の二階から窓ガラスを突き破って降ってきた。

 

「——ウヒョッオ!! ギャババババア!!」

「さ、さっきの……おばあちゃん!?」

 

 先ほど、竜二が問答無用で水流を浴びせたあの老婆だ。血だらけの怪我人だった筈だが、そんな傷などなかったかのようにピンピンしている。

 首が百八十度ぐるりと曲がったり、奇声を上げたりと。もはや人の領域ではない。

 

「お兄ちゃん! この人たち、何か変になってる!!」

 

 わたしは村人たちの変化に——彼らが妖怪か何かに操られている可能性を兄に示唆する。

 

「バカ、いい加減気付け! こいつらが妖怪だろーが!!」

「えぇ!?」

 

 しかし兄はわたしの安易な考えを否定する。

 村人たちが妖怪に操られているわけではない、彼らそのものが——妖怪なのだと。

 

 

 妖怪という存在は、人から変化したものや怨念の塊。

 器物に命が宿った付喪神や、動物などが妖怪化した本能のみで生きるような危険な奴など色々いる。

 

 そして、それ以外にも——〈怪談〉そのものが実体化して生まれるものがあるとのことだ。

 

 作り話が、畏を産む。

 人々が噂を広げ、さもあるかのように語られた結果——〈都市伝説〉は力を得て、実体化していく。

 

 いわばこの〈~~村〉は、村そのものが妖怪なのだと。

 

 

 ——……あっ! ほんとや……この人たち……微かに妖気を感じる!!

 

 兄に言われて、わたしは注意深く妖気を探ってみた。そして、そこでようやく気付く。彼らが……若干だが妖気を放っているのが。

 今まで気付かなかったのは、一人一人の妖気がそれほど大きくなかったからだ。しかし、こうして村中の人間らしきものたちが集まったことで、その正体を濃密に感じられる。

 

 間違いなく——彼らは妖怪だ。

 

「殺じでやるど!! 〈~~村〉にゃ入ったら出られん!! 皮さ引きちぎったる!!」

「喰ったれ!! 祭りじゃ!!」

「首からじゃ!! 喰ったれ喰ったれ!! ギャハハハハ!!」

 

 それを証明するかのように、村人たちは捕まえた竜二のクラスメイトたちを——容赦なく殺していく。

 

 命乞いする彼や彼女たちを無慈悲に、楽しそうに、愉快そうに——。

 首に齧り付き、手にした斧や包丁で躊躇なく彼らを惨殺していく——。

 

「うっ……」

 

 思わず口元を抑えるわたし。陰陽師であるわたしでも、卒倒してしまいそうになる光景だ。

 

 

 もしも……もしも、『彼ら』が『本物の人間』であったならば。

 わたしはきっと——その場に崩れ落ちていたかもしれない。

 

 

 

 

「狂言……はじけろ」

 

 

 そう、殺された高校生たちが——本物の人間だったならばだ。

 

 

 

 

「ガ……ガバァッ!?」

「ぐえっ!! ぐ、苦じい……!?」

 

 竜二の合図に、既に死体であった高校生たちが——はじけた。

 彼らは黒い猛毒の水となり、それを浴びた村人たち全員を苦しめていく。

 

「な……なぬ!? な、なな……さっきまで、人だったど……え……?」

 

 先ほどの不気味な勢いはどこへやら、人を化かす側の老婆が戸惑っている。

 呆気に取られる妖怪へ、竜二はつまらなそうに鼻を鳴らしていた。

 

「フン……即興にしては上手くいったな。まあ……お前らを一網打尽にする程度のカワイイ嘘だからな……」

「…………はあ~……」

 

 わたしは人知れずため息を溢す。兄の手練手管には、味方ながらに呆れて……感心するしかなかったからだ。

 

「ハッ!! な、なんでまだ旅館の中にあの人間どもが!? だ、騙すたな!!」

「…………」

 

 老婆が遅れて気付いたように、先ほどの高校生たちは偽物。本物はまだ旅館の中にいて、わたしたちの戦いを静かに見ていた。

 先ほどはじけた黒い水は兄の式神——狂言である。人の姿に変化する猛毒の液状式神だ。

 

 クラスメイトたちがこの村に来たことは竜二にも計算外だっただろうに、彼は即興であのような策を練っていたのだ。

 

「狂言は量が必要だからな……持ってくんのに苦労したが役に立った」

「おい、持ってきたんはわたしやないか!!」

 

 ちなみに、狂言をこの村まで運んできたのはわたしだ。

 人間四、五人分に化けるだけの狂言……あれを担いで山道を歩くのは……本当にしんどかった。

 

「おどっれえぇえええ!! こんの嘘つきがかあああああああ!!」

 

 老婆が兄の悪辣さに怒り狂っているが……正直、大した畏も感じない。既にどちらが悪質な『嘘つき』か、格付けが付いてしまった。

 

 

 もはやあの老婆には、兄の『言葉を交えた陰陽術』から逃れる術はないだろう。

 

 

 

×

 

 

 

「——ホラホラ〈右〉だ。〈右〉から行くぜ!!」

「が……ぐわっ、おのれ……ブヘェッ!?」

「ありゃ、スマン左からだ」

 

 予想通り、その後の戦いも竜二が優勢に進めていく。彼は式神・餓狼と言葉を巧みに利用して老婆を追い詰めていく。

 攻撃する方向とは逆の向きを呟くことで相手の意識を逸らす戦法。単調に見えるかもしれないが、実際にやられた身としてあれはかなり対処が難しいのがよく理解できる。

 わたしも……あれで何度かボコボコにやられたと、苦い記憶を思い返す。

 

「…………」

 

 既に勝敗は決したような感じだが、ここで無力な高校生たちを人質にでも取られればこちらとしては手が出せなくなる。わたしは彼らを守れる位置を陣取りながら、兄の戦いを静かに見守っていく。

 

「ガハッ……うぅ……許して……けさい」

「あ?」

「こ、こげなの……拷問よりひでぇっす……大人しく成仏すっから……堪忍すてけさいィ~……」

 

 すると、兄の執拗な攻撃に根を上げたのか。もうやめてくれとばかりに懇願する老婆。あまりにも情けなく命乞いする姿に、なんだかわたしも可哀想になってきた。

 さすがに見逃すことはできないが、そろそろ決着を付けてやれと、そう思ってしまうほどだ。妖怪側に同情してしまう……これも奴良くんの影響かも知れない……と、ついそんなことを考えてしまう。

 

「……あれ? そういえば……あの村人たち、どこいったんや?」

 

 しかし、そこでわたしは狂言によって一網打尽にされた村人たちが何処にもいないことに気がついた。

 旅館側はわたしが意識を向けているため、こっちには来ていない筈……まるで溶けたように消えた村人たちの所在が気になりだす。

 

「……?」

 

 兄もそのことに気付いたのか、ほんの少し老婆から意識を外して周囲をキョロキョロし始めた。

 だが、その刹那の合間だ。老婆が……突如、巨大化し始めていったのは。

 

 

「——イ~~~~ヒッヒッヒ……やったわい! おめーさんに気づかれねーで集めてやったわい!!」

 

 

 先ほどの命乞いが嘘のように愉快そうに笑う老婆。巨大化のネタの種は——他の村人たちとの融合であった。

 

 姿を消していた村人たちが……ひっそりと老婆の元へと集まり、彼女の肉体を核にして合体していたのだ。村人たちの『肉』を無理矢理詰め込み、肥大する肉団子のように図体をデカくしていく老婆。

 性根だけではなく、完全に姿形までも妖怪と化した老婆がそのまま竜二へと襲い掛かる。

 

「ぐっ!!」

 

 竜二はとっさに護符で巨大化した老婆の拳を受け止めようとするが、そのガードを弾き飛ばして老婆の拳が兄にダメージを与える。

 よろめく兄……しかし、どことなく嘘くさいやられ方である。

 

「く……こいつは危険だ!! ゆら!! 今すぐそいつらを連れて……ここから逃げろ!!」

「えっ……でも……?」

 

 老婆の危険さを訴えるかのように、竜ニはわたしに逃げるように指示を出してきた。

 その指示にわたしは躊躇する。いやだって……わざわざ逃げるような相手でもないだろうと思ったからだ。

 

「さっさとゆけ!! 『兄』である俺を置いて……逃げろ!!」

 

 しかし、竜二はさらに必死さをアピールするかのように、わたしに『妹』に逃げろと叫んでいる。

 ……あれ? ちょっとおかしい。こんな「俺を置いて逃げろ!」だなんて……そんな殊勝なことを言う男だっただろうか?

 

 

「——ほう、おめぇさんの……妹だか……なるほど~~」

 

 

 するとわたしたちの会話に、老婆がニヤリと口元をいやらしく歪めた。

 奴はターゲットを兄から、妹であるわたしへと切り替えて襲い掛かってきたのである。

 

「だったら妹人質さ取って!! てめぇをなぶり殺しにすんベェ——!!」

 

 なるほど、妹であるわたしを人質にして竜二をもっと苦しめてやろうという魂胆らしい。

 

 

 

 ——…………嵌められた。

 

 

 

 わたしは理解する。ああ……そうか、よりにもよってこの馬鹿兄——。

 

 

 

 

 こいつの始末を、わたしに押し付けやがったな?

 

 

 

 

 わたしはしてやられた怒りを、そのまま『この妖怪』にぶつけるべく——ありったけの力を解放する。

 

 

「へ!? 何!? で、でかぁ!?」

 

 

 巨大化した老婆の眼前に——それよりも巨大な鎧武者が立ち塞がる。

 わたしの式神・落武者の武曲である。

 

 通常の形態でも普通に倒せそうだが、わたしは自身の修行も兼ねて武曲にさらなる力を加えていく。

 

「——十三人の先人よ。百鬼を退け、凶災を祓わん!」

 

 式神・破軍。

 陰陽師の才を最大まで高めるその力で——私は武曲をさらなる高みへと押し上げる。

 

 

 その名も——『式神融合・金剛神将武曲(こんごうしんしょうぶきょく)』である。

 

 

「闇に滅せよ、妖怪!!」

 

 

 兄との戦いで色々と哀れと思ったりもしたが、一切躊躇はしない。

 女を人質に取ろうなどと考える——下卑た妖怪など、それこそ完全な『黒』であろう。

 

 最大限まで力の高まった武曲の巨大化した斧が——半端に大きいだけの老婆などに敵う筈などなく。

 武曲の一撃で真っ二つに切断され、老婆は肉片までも消し飛んでいく

 

 

「——生憎だったな。嘘の付き合いで……俺には勝てねぇよ」

 

 

 最後、老婆を見下すように吐き捨てる花開院竜二。

 その台詞と視線で、全てが兄の術中であったことを思い知っただろう。

 

 

「——ぐぉ……お、おの……れぇええ………」

 

 

 最後まで悔しさを滲ませながら、妖怪は完全にその畏を失って消失していく。

 

 

 

 

 こうして、その日——。

 約二百五十人の村人と共に——〈~~村〉は消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——くそっ……やっぱ見つからんか!!」

 

〈~~村〉の一件を無事に済ませ、わたしは花開院家の本家……物置と化している自室へと戻ってきていた。

 当初の予定だった資料集め、家長さんの症状に関して何か情報はないかと改めて一通りの書物へと目を通していく。

 

 しかし、いくら探しても役に立ちそうな情報はない。

 既に何度か古文書や文献に目を通しているが、新しい発見などほとんどなかった。

 

「このままじゃ、家長さんが……早うなんとしないと……」

 

 こうしている間にも、彼女の命の灯火が失われかけているかも知れないのだ。わたしは何か、何か手掛かりの一つでもないかと躍起になって再度資料を一つ一つチェックしていく。

 

「よっと……って、あ? あ、ああああ!?」

 

 だが焦りを感じていたせいか、山積みに積まれていた本の棚へと手を伸ばし——誤ってその山を崩してしまう。

 本の雪崩に呑まれて生き埋めになるわたし……なんだか踏んだり蹴ったりだ。

 

「ああ!! もう!! こんなことしとる場合じゃ……ん?」

 

 思わず悪態をつきかけたわたしだが……崩れた本の中、何やら気になる本が手元に収まっていた。これは……まだ目を通していない。

 

 著者は——あの筋肉で馴染みの教頭こと、花開院灰吾。

 本のタイトルは『陽力投与促進剤完成までの道のり』……いたって分かりやすい、シンプルな陰陽師向けの本。

 

「この人……こういうちゃんとした本も書けるんやな……」

 

 筋肉だけの男ではないことを感じながら、何気なくページを捲っていく。

 

 

 

「……ん!? これは……!?」

 

 

 

 何ページかに目を通すや——わたしはそこに書かれている内容に意識を集中させる。

 

 

 教頭はどうやら陰陽師……人間の力の源である『陽力』について研究を続けていたらしい。

 この陽力というものは生まれながら、人によって総量が決まっているらしく、この量が多いか少ないかでそれこそ『陰陽師としての才』が決定されるらしい。

 彼はその才能の壁を打ち破ろうと、人為的に陽力を増やす薬を開発していたのだ。

 残念ながら、その薬は未完成品であり羽衣狐には全く通じず瞬殺されてしまったが——

 

「陽力……それが不足することで……人は徐々に衰弱していく……これって!?」

 

 その研究過程で、彼は人の体内を巡る陽力の大小によって起こりうる様々な症状に関して調べていたらしい。

 そこに書かれているいくつかの症例が……家長さんの身に起こっているかもしれない変化に該当しており——

 

 

 

 そしてその本には……それを補う『薬』の存在についても示唆されていた。

 

 

 

「これって……もしかしたら!!」

 

 残念ながら、それ以上のことはその本に詳しく記載されていなかった。

 だが、その本の後書きには共同研究者の名目で、彼の流派である井戸呂(いどろ)流の陰陽師の名が何人か刻まれている。

 

 教頭は既に亡くなってしまったが、彼らはまだ存命している。

 頭の中に叩き込まれた犠牲者の中に、その名前と一致するものはなかった筈だから。

 

 

「これは……イケるんちゃうんか!?」

 

 

 もしかしたら、徒労で終わるかも知れない。

 何一つ変わらず、結局はただの淡い希望で終わるかも知れない。

 

 

 けれど、僅かでも希望があるのならば今はそれに縋っていたい。

 

 

 わたしは、友を救う手段がそこにあると信じ、分家である井戸呂流から話を聞くため。

 

 

 

 彼らが居を構えている邸宅へと、急ぎ駆け出していた。

 

 

 




補足説明

〈~~村〉
  名前を出してはいけない地名とのことでとりあえす、~~……で表記しています。
  実際にあったかもしれない村。恐ろしいのでしょうが、今回は正直咬ませ犬枠。
  人間である竜二の方がずっと悪辣な『嘘つき』で、彼の真骨頂が見れる話です。
 
 竜二のクラスメイトたち
  興味本位で村を訪れ、今回の騒動に巻き込まれた面々。
  最初は一人称視点の対象をこの中の一人アスミンにしようかと思ったけど。
  あれ……? この子、その後に出る予定がないぞ……ということでカットしました。

 カナの症状に関して
  カナの症状については作中で説明した通りです。
  髪が白くなる症状については、原作の二十四巻。
  竜二が式神・水龍を使役する際の状態を参考にさせて考案させてもらいました。


 果たしてカナに希望はあるのか?
 なんとなく匂わせながらも……次回はカナのオリジナル都市伝説回。

 タイトルは……『雲外鏡・魔を照らす鏡』です。
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