思いのほか、今作の執筆に苦労しました。
一度書いたものを途中で全部消して書き直したりと、今回はかなり展開の仕方に悩みまくりました。
自分で言った『一人称視点』という縛りにもかなり苦戦しまして……今作は話の都合上少しわかりにくいですが『前半と後半だけは一人称』『中盤は三人称』で書かせてもらっています。一人称視点……想像していたより難しい。
今回の話はタイトルにある通り『雲外鏡』です。都市伝説シリーズの一環として、カナを活躍させたくて挟んだ話です。
原作ではカナが紫の鏡を拾って彼女が襲われますが、今作では別のキャラが鏡を拾って雲外鏡に襲われます。
後書きの方に書きますが……今作の話は本編と外れているように見えて、今後の展開にも関わる重要な内容が書かれています。
久しぶりなので、分かりにくいところもあると思いますが、どうか楽しんで読んでください。
「——はぁ、はぁ、はぁっ!!」
わたしは逃げていた。
……何から?
…………分からない! 何か……得体の知れない『もの』からわたしは逃げていた。
『——待ってよぉ~、サヤちゃん……サ~ヤチャァああん!』
それは、わたしの名前を呼びながら追いかけてくる。
自転車を漕ぎながら、誰もいない道路を追いかけてくる。
……どう考えてもおかしい。放課後とはいえ、誰とも出会わない筈ないのに。
どうしてか分からないが、最後に他校の女の子たちとぶつかってから……一向に人の気配を感じられない。
世界って……こんなにも静かなものだっただろうか?
『サヤちゃん……待ってよぉ~……待ってってばぁああ~……』
「こ、来ないでよ! 来るなっ!!」
静寂な世界の中で……わたしはずっと化け物に追われ続けている。
人ではない、それは巨大な『鏡』のような化け物だ。鏡に手足を生やし、器用に自転車を漕ぎながらわたしをどこまでも、どこまでも追い詰めてくる。
いったい、この鬼ごっこはどこまで逃げ切れば終わるのか?
わたしは現実逃避をするように、逃げ続けながらも今朝からここに到るまでのことを思い返していた。
今朝、わたしは今日という一日を目覚めの悪い朝とともに迎える。ベッドから飛び起きるわたしは、最高に最悪な気分だった。
それは久しぶりに見る——『悪夢』にうなされていたことをはっきりと覚えていたからだった。
悪夢の内容は——ずっと昔に拾った紫の鏡についてだ。
『——わ~、何これ?』
『——見ろよ、これ……紫色の鏡?』
『——どーして、こんなところに落ちてるんだろう?』
それは今から七年前の出来事だ。当時わたしはまだ六歳。歳上の子供たちと一緒に公園で遊んでいた。
すると、その公園に何故か落ちていた『紫色の鏡』。それを一緒に遊んでいた子供たち全員で拾い上げる。
ほどなくして——わたしと一緒に遊んでいた子供たちが皆消えた。
わたしよりも歳上だった彼らは全員——中学生に上がる頃に行方不明になったというのだ。
誰もいなくなった闇の中、『誰か』がわたしの頭を撫でていた。
『——サヤちゃん……キミはまだ六つか……』
残念そうな溜息とともに、その『誰か』が離れていく。
変な奴がいなくなってホッとするのも束の間、消え去る間際。そいつは不気味な約束を言い残していく。
『じゃあ、大きくなったら遊んでね。約束だよ?』
『十三歳になったら……迎えに来るから……』
それが、わたしが六つの頃から定期的に見るようになった悪夢の内容だった。その夢のせいでわたしは人一倍、妖怪とかオカルトとか、都市伝説とか怪談話が怖くなってしまった。
中学生になった今でも、わたしはそういった類の話をまともに聞くことができない。
そう、わたしも中学生になった。消えていった子供たちも皆中学生。
わたしはその日、彼らと同じ——十三歳の誕生日を迎えていたのだ。
——な、なんだっけ? 約束?
——ゆ、夢……夢だよね? これ……。
——は、早く帰らないと……い、家に……は、早く!!
その日一日、わたしはその夢のせいでずっと上の空だった。
学校に行ってもその悪夢が脳裏から離れず、友達とも幼馴染のカズとも何を話したか覚えていない。
早く家に帰りたくて仕方がなかった。
放課後、わたしは一目散に学校から飛び出し、帰宅の途に着いた。
道中、それなりに多くの人とすれ違った。誰もがわたしに変な視線を向けて来たが、そんなものに構っている余裕もなかった。
「あっ、ご、ごめんなさい……!」
記憶にある最後の人との接触は、他校の女生徒たちと肩がぶつかったくらいだろう。
あの制服は……確か『浮世絵中学』のものだっただろうか?
そんなことを思案していたわたしだったが——そのとき、唐突に世界から音が消える。
周囲の景観が——何もない道路へと姿を変え、人の気配もなくなった。
何が起きているのか理解が追いつかず、戸惑うわたしの元に奴が迎えにやって来た。
『——みぃぃいいつけた~。十三歳の誕生日おめでとう……迎えに来たんだよ、サヤちゃん』
「ひ……っ!? い、いやぁあああああああ!!」
わたしは悲鳴を上げ——今もそいつから逃げ続けている。
「はぁはぁ……くっ! も、もう……嫌よ!」
『サヤちゃん……かけっこ上手だね……けど、逃げられないよぉぉぉ~?』
わたしの逃げ足の速さに、若干だが鏡のお化けは苛立っているように見えた。自慢ではないが足の速さには自信がある。陸上部にもスカウトされるくらいの俊足に、わたしは何とか三十分くらいは逃げ続けることに成功していた。
「も、もう……だめ……」
だけどいくら早くても体力には限界があった。逃げても逃げても鏡の化け物はわたしを追いかけ続け、そこに人間のような体力の限界を感じられない。
『むう、キミも頑張るねぇ~……でも、もう諦めなよぉぉぉおお?』
さらに厄介なことに、この化け物には変な『能力』があった。
わたしがある程度一定の距離を取るとその力を行使して——わたしを『別の場所』へと跳ばすのだ。
「!! ま、またっ!? こ、今度は……ど、どこなの!?」
それはワープのように、気が付けば私自身が別の場所へと転移させられていた。
その場所は決まって鏡のある場所だ。室内であったり、屋外であったり。今度は——カーブミラーのある狭い路地に移動させられていた。
「は、早く……早く逃げないと……あっ!?」
飛ばされてもすぐ逃げ出せれば問題はなかった。だが、もう何度目かになる仕切り直しにわたしの気力、体力共に限界を迎えていた。
うまく走り出すこともできず、足をもたつかせて地面にすっ転んでしまう。
「い……痛っ……あ、足が!?」
厄介なことに転んだ拍子で足首を痛めてしまった。もう、満足に立ち上がることさえもできない。
『ここまでだねぇぇ~……サヤちゃん! もう、逃げられないよぉぉ!!』
もたもたしている間にも、カーブミラーの中から鏡の化け物が這い出てくる。もう逃げ道はないと、その表情がより禍々しく歪み、ほくそ笑んでいるように見える。
「い、いや……誰か……誰か助けてぇええ!!」
もう逃げられない絶体絶命の最中、私は精一杯の力を込めて助けを呼んだ。
だけど、誰もいない世界でその声が誰かの耳に届く筈もない。
『だ~れも、助けになんか来れないよぉお? ここは……鏡の中の世界だからねぇ~……』
か、鏡の中の世界? よく理解できないが……それが確かなら、この世界に誰もいない理由に説明がつく。
わたしはずっと、こいつの掌の上で足掻いていただけの獲物に過ぎなかった。
きっとどこかの段階で——この化け物の言う『鏡の中』とやらに囚われてしまっていたのだ。
『ここに入れるのは妖怪だけ……人間じゃぁぁあ~、きっと気づくこともできないよぉぉぉ~!』
「い、いや……こ、来ないで!!」
『だから……ここで二人っきりで遊ぼうねぇええ~』
わたしの希望は完全に潰えた。化け物はわたしと……いや、わたしで遊ぼうとその狂気に満ちた表情を浮かべて迫ってくる。
きっと……わたしは殺される。七年前にいなくなってしまった彼らのように。
この化け物は……こうやって、わたしのような人間の子供を遊び殺しているのだろう。
「いやっ!! いやああああああああ!!」
最後の最後、わたしは声が枯れるほどの絶叫を上げるが……それも意味なく誰もいない空間の中に溶けていく。
誰も、わたしがこの鏡の中で、こんな化け物に追い回されていることすら知ることはない。
わたしの『死』は誰にも知られることなく、その生涯はここでひっそりと終わりを迎えるのであった。
「——いた!? 見つけたわよ!!」
と、わたしが絶望に打ちひしがれてた直後だ。
その耳元に——わたし以外の女の子の声が聞こえてきた。
目を閉じていたわたしは顔を上げ、声が聞こえてきた方を見上げる。
「あの子の言ってたとおりね! ……全く、随分と勝手してくれるじゃない、奴良組の縄張りで!!」
その声はカーブミラーから聞こえてきた。カーブミラーの中に、この鏡の世界にはいない筈の一人の少女が、まるでこちらを覗き込むように立っていたのだ。
彼女は……いったい、何者なのか?
×
ここで、時を少しばかり遡る。
サヤという少女が鏡の妖怪——
雲外鏡。通称——『紫の鏡』『魔を照らす鏡』。
この妖怪は紫色の鏡に宿っており、その手鏡を拾った人間が子供であった場合。その子供を——十三歳の日に殺すという。
何故十三歳かというと、妖怪の世界において十三歳は成人になったとされる歳だからだ。
成人になった、つまりは大人になった子供たちをその吉日に狩る。それが雲外鏡の悪行だ。
都市伝説においては——『人間の成人である二十歳になったら殺される』という説もあり、どちらにせよ人を殺すことに喜びを見出す悪性を持った妖である。
そんな悪質な妖怪がサヤという少女を狙っていることに——そのときの『彼女たち』は気づいてもいなかった。
「——なるほど……それで二人は名前で呼び合うようになったのね……」
「——そうなんですよ、凛子先輩! ねっ? つららちゃん?」
「——そ、それはそうだけど……べ、別に学校にまでその呼び方を持ち込む必要はないでしょう……」
それは放課後のことだ。
浮世絵中学校・清十字怪奇探偵団に所属する三人の女子がややぎこちないながらも、仲良さげに道を歩いていた。傍目から見るとごく普通の中学生のように見えるだろうが、彼女たちには『種族』という違いがあった。
一人は茶髪がかった『人間』の少女・家長カナ。
神通力を行使して空を飛んだりできる彼女だが、その生まれは間違いなくごく普通の人間。無邪気な笑みを他二人の少女に向け、それぞれの仲を取り持っている。
一人は黒髪が美しい『妖怪』の少女・及川つらら。
その正体は雪女であり、いざとなればあらゆる者を凍えさせる冷気の力を自在に操る。妖怪任侠の一員であり、主人である奴良リクオを護衛するため、正体を隠して中学校に通っている。
一人は妖怪の血を八分の一継いでいる『半妖』の少女・白神凛子。
彼女も一応は妖怪任侠の一員だが、戦う術は持ち合わせていない。人間でも妖怪でもない、中途半端な立場として後ろめたさを覚えていた時期もあるが、今やそのような暗い気持ちは微塵もない。
三者三様、生まれや立場も異なる間柄だ。過去にはそういった違いをひた隠しに生きていた。
しかし、今の三人に正体を隠す遠慮など一切必要ない。この三人は互いに互いの正体をしっかりと理解しており、正体がバレるなどという不安を抱く必要もなく話ができる間柄であった。
「ねぇ、これから……ちょっと遊びに行かない? 忙しいのはわかってるけど……偶には息抜きもしないと……」
そういった関係からか、今日はこの三人だけでどこかに遊びに行こうと凛子が提案してきた。
カナやつららが、次なる戦いに備えて色々と忙しいということは非戦闘員である凛子も理解はしていた。だがそれでも、こういった何でもない時間も大切にしたいと思って申し出ていた。
「そうですね……!! じゃあ、この間新しく駅に出来た喫茶店にでも……きゃっ!?」
凛子の提案に、カナが少し思案しながらも快く頷こうとしていた——まさにそのときだった。
「——あっ、ご、ごめんなさい……!」
曲がり角から、他校の女子中学生らしき少女が飛び出し、危うくカナと正面からぶつかりそうになっていた。実際にぶつかったのは肩だけで済んだが、カナは勢いで転んでしまう。
それなのに、少女はちょっと謝っただけでさっさと立ち去ってしまう。
「ちょっと、気を付けなさいよね!! 大丈夫だった……カナ?」
前方不注意な少女へ文句を口にしながら、つららは尻餅をついたカナへと手を伸ばし、彼女の身を気遣っていた。
するとだ。
その際に——家長カナは『奇妙な現象』を目の当たりにする。
——えっ? な、なに……これ?
その現象に誰よりも戸惑っでいたのはカナだった。
カナが先ほどの少女とぶつかった瞬間——彼女自身の『視界』が切り替わったのだ。
それは、感覚としては六神通の『宿命』に近い。瞬きした瞬間に過去へ、あるいは過去世へと跳ぶあの感覚。
違いがあるとすれば——目の前に映し出されその映像が明らかに『自分』のものではないということだ。
眼前に見えるのは先ほどぶつかった彼女。彼女が——得体の知れない、明らかに人間ではない『何か』に追われている光景だった。
『——サヤちゃん……待ってよぉ~……待ってってばぁああ~……』
『——こ、来ないでよ! 来るなっ!!』
あの少女、サヤという名前なのだろう。彼女が鏡の怪物に襲われ、追いかけ回されていた。
そして最後——その鏡の妖怪に『殺されるシーン』を、最後までカナは見届けることとなる。
「ど、どうしたのよ、カナ!?」
「カナちゃん!? 何か……髪の毛白くなってるわよ!?」
カナが茫然としている姿に、つららと凛が不思議がって声を掛ける。
彼女たちにはカナが見ているものが見えていないのだろう。いきなり顔を伏せ、髪の毛を白くしてしまったカナの様子に驚いていた。
彼女たちの呼びかけにカナは我に返る。
「あれ……? わたし……今、何か……神通力……使ってる?」
髪の毛が白くなっているということは——自分が今、何かしらの『能力』を発動しているということだ。だがカナにまだこのような神通力を使えた経験はない。
つまりこれは、今この瞬間になって初めて発現する力ということになる。
——えっ……これって……もしかして、六神通?
六神通が偶然発動してしまったこと自体は初めてではない。第四の神通力である宿命も、最初は半ば偶然で発現したようなものだ。
ならばこの力も偶発的に、先ほどの少女との接触で発動してしまったのだろう。
もしもそうであるならば——これは第五の神通力・『
天眼。順番として、カナが次に覚えることになるであろう神通力。
その能力の内容は——『自分や他人の未来を見通す』というものである。
未来を見る。
それは既に起きてしまった過去を見る宿命とは真逆の方向性に位置し、その習得難易度も跳ね上がる。実際、カナも富士太郎坊との修行中、どうにか使用できないかと色々と試行錯誤してみたが、能力を発揮する片鱗すら掴めなかった。
天眼は——極めれば『死後の未来まで見通すことができる』らしいが、さすがにそこまで行くともう只人の成せる領域ではない。
それだけ、途方もない力であり——当然、ノーリスクで発現できるようなものでもないのだ。
「……っ、ケホッ! ゲホッ!!」
「っ!? カナちゃん!?」
「ちょっ!? 本当に大丈夫なの?」
偶然とはいえ神通力を行使してしまったため、カナの体には負荷が掛かり彼女は急に咳き込んでしまう。
「だ、大丈夫……それよりも、二人とも聞いて……」
体調を崩すカナを心配して駆け寄る凛子とつららだが、それを何とか誤魔化し——カナは先ほどの『映像』の内容を二人に対して語って聞かせていく。
「——このままだとさっきの子が……妖怪に殺される!!」
×
「…………ええっと、つまり……アンタには、あの子の『未来』が見えたってわけ?」
一旦状況を整理すべく、つららはカナが見たという未来とやらについて尋ねていた。
先ほど、カナと肩がぶつかったあの少女。彼女が妖怪に襲われ、追い回され——最終的には殺されてしまうというのだ。
そんな物騒な話をいきなりされ、つららの反応は正直イマイチだった。
「し、信じられないのは分かってる……けど!!」
自分の話が半信半疑なのはカナ自身が誰よりも理解していた。天眼による未来の映像はカナにしか見ることができなかったのだから。
だが、見えてしまった以上は何もしない訳にはいかない。カナは何とかつららたちに信じてもらえないかと必死に訴える。
「落ち着きなさいよ。別に信じてないわけじゃないわ。アンタがそこまで必死になるってことは……きっと本当のことなんでしょう」
しかし、つららにカナを疑う気持ちなどない。
既にカナを信頼しているため、カナの言葉自体を疑ってはいない。
問題は、その未来が真実であることを前提にした上で——どうするかと言うことである。
「アンタの見た未来が本当になるとして……私たちは何をすればいいの?」
「そ、それは……」
つららの言葉にカナが言い淀んだ。
手掛かりになるのはカナの見た『未来』の映像だけ。そこからどうやってあの残酷な未来を回避し、少女を救えばいいのか。少しテンパり気味のカナにはそこまで頭を巡らせる余裕がなかった。
「……ねぇ、カナちゃん? その……鏡の妖怪って、どんな奴だったの?」
そんな中、凛子は冷静にカナの見た映像を頼りに手掛かりを掘り出していく。手始めに、その女の子を殺そうとしている『鏡の妖怪』について詳細を尋ねる。
「ええっと……鏡に手足が生えたような感じの……ちょっと気持ち悪い……あっ! 色は紫でした」
カナはその妖怪を見た感想を正直に述べる。第一印象からしてどうにもあまりいいイメージはないと。カナにしては珍しく、その妖怪に関しての悪い感想を吐露していく。
「紫……ひょっとして、それって雲外鏡じゃないかしら?」
「知ってるんですか、凛子先輩?」
「ええ……ちょっと前に清継くんから聞かされたことがあるわ」
カナの話を聞き、凛子はその妖怪が『紫の鏡』の異名を持った雲外鏡であることを察したようだ。
清十字団の活動の一環、清継の妖怪話を真面目に聞いていたからこそ気づきことができ、その上で彼女はその妖怪の特性をカナたちに話す。
「確か雲外鏡って……鏡の中に人を引き込むんじゃないかしら?」
「鏡の中って……なるほど、領域型の妖怪ってわけね……」
鏡の中に人間を引きずり込むという雲外鏡の特性。それを聞き、つららは雲外鏡の能力が『領域型』であると推察する。
「けど、そうなると厄介ね。領域型は、とにかく相手のテリトリーに入らないと戦闘にもならないから……」
そうなってくるとますます襲われている少女を助けるのは難しくなってくる。
領域型の妖はまずはその『領域』に入らないと戦うこともできない。仮に領域内に入れたとしても相手の土俵、相手の有利な条件で戦わなければならない。
いずれにせよ、カナやつららにとって不利な戦いになることは間違いない。
「けど……だからって、放っておくことなんで出来ないよ」
だが、それで自分たちが何もしない理由にはならない。
カナはどうにかして少女の身を救おうと、自身の力を限界まで引き絞る。
「つららちゃん……力を貸して!! わたしが……どうにかしてあの子がいる場所を特定してみせるから!!」
「——っ!!」
カナの髪の毛が再び白く染まる。
今度は己の意思で神通力を行使しようと。雲外鏡に追われている少女の場所を特定しようと再び天眼に——『未来』へと手を伸ばしていく
——くっ……!? やっぱり……想像以上に……キツい!
天眼の発動に、カナは予想した通りの苦戦を強いられる。
先ほど、偶発的に発動できたこともあってか。感覚として『天眼』がどのようなものか理解することで、再びその力を行使できるようにはなっていた。この辺りは今までの神通力と同じだ。一度成功体験をすることで、その神通力の領域に何とか足を踏み入れることができる。
しかし負担はかなり大きい。単純に使う力の総量が全然違うのだ。
——なるほど……これはどう考えても実戦向きじゃないね……。
以前太郎坊から、六神通の中でも『宿命』と『天眼』、そして『漏尽』は戦闘には向いていないという理由で習得を後回しにするように言われたことがある。
その中でも宿命は、単純にその能力の内容が実戦向きではなかったりしたが、この天眼の場合、純粋に掛かる負担が大きすぎる。
正直、今のカナのコンディションでこのまま天眼を使用するのはかなり危険だ。自分の体が——今やまともな状態にないことを彼女自身自覚していた。
ましてや——ただ道端で『偶然』ぶつかっただけの少女のために、そこまで危険を背負い込む理由など普通に考えればないだろうに。
——けど……やるしかないよね! あんな顔を……見せられちゃ!!
しかし、カナは脳裏に過ったその考えを即座に否定し、今はあの少女を救うことだけを考える。
『——いやああああああああ!!』
未来の映像の中で、あのサヤという少女は一人孤独に死んでいった。
雲外鏡という妖怪を前に、誰も助けに来ないだろうと絶望した表情のまま死んだのだ。
今ここでカナが動かなければ——その未来は現実のものとして実現するだろう。
——そんなことは……させない!!
妖怪の悪行によって人々が命を落とす。
それは幼い頃にカナが眼前で経験したことであり、二度と繰り返してはならない悲劇だ。
全ての人間を救えるなどと傲慢なことを言うつもりはないが、自分の目が届く範囲で、手が届く範囲で犠牲者など絶対に出したくはない。
そんな思いからもカナは死に物狂いに天眼を発動。今一度、未来の映像をリプレイで再生していく。
『——ここまでだねぇぇ~……サヤちゃん! もう、逃げられないよぉぉ!!』
『——だ~れも、助けになんか来れないよぉお? ここは……鏡の中の世界だからねぇ~……』
『——ここに入れるのは妖怪だけ……人間じゃぁぁあ~、きっと気づくこともできないよぉぉぉ~!』
——…………この景観、見覚えがある!! 確か……二丁目付近のっ!!
そこで気付いた。雲外鏡が少女を追い詰めた終着点——最終的に少女が殺されてしまう現場。
その景色に、カナは見覚えがあることを。
雲外鏡が這い出てきたカーブミラー。皮肉にもあれが目印となっている。
——……入れるのは妖怪だけ? ……逆に言えば……妖怪なら、この鏡の世界に入れるってこと!?
そして、雲外鏡が口走ったワードから、妖怪であれば雲外鏡の領域内に侵入できることが分かる。
人間である自分ではここまでだが——この場には妖怪であるつららがいる。
「——つららちゃん!! 今から言う場所に行って!!」
天眼の発動を解いた瞬間にも、カナは叫んでいた。
「つららちゃんなら……あの子を救えるから!!」
既にカナ自身の体力も限界であるため、すぐにでも動けるように待機していたつららに後のことを託す。
「——!? ……ええ、分かったわ!!」
カナの言葉に僅かに驚きながらも、つららはすぐにでも走りだそうとしていた。
カナを信じ、サヤという少女が襲われることになるであろう現場へと急ぎ駆けつけていく。
「——消えなさい……この不埒者!!
『——ぎゃぁあああああああああ!?』
そうして——つららは間に合った。
雲外鏡を退け、少女が死ぬという最悪の未来を回避したのだ。
正直なところ到着して早々はどうしたものかと頭を悩ませていた。
パッと見たところ、現場には少女も妖怪もそこには誰もいなかったのだから。
しかし、現場にあったカーブミラー。そこから僅かだが妖気が漏れ出していることに妖怪であるつららは気付くことができた。そして鏡の中を覗き込み——そこで初めて少女と雲外鏡の存在を目視にて確認する。
カナの言っていた通り、まさに雲外鏡によって少女が殺されてしまう直前だった。
つららは慌てて鏡の中へと飛び込み、雲外鏡の領域内に侵入——少女に手を出そうとしていた不埒者を成敗したのだ。
「……ふぅ~……大して強い奴じゃなくて助かったわね……」
雲外鏡自体は大して強くもない、ちょっと気持ち悪い程度の相手で戦闘も呆気なく終わった。
所詮は子供たちを殺して悦に浸るような輩だ。そんな輩が大した畏を抱ける筈もなく、京都での戦いを乗り越えたつららの敵などではなかった。
そして——騒ぎの元凶であった雲外鏡を倒すことで、その場が正常な環境へと戻っていく。
「ここは……! どうやら、鏡の中から戻ってこれたみたいね……」
雲外鏡の領域が消滅し、つららと少女が現実世界へとはじき出された。周囲の景観は鏡の中と同じではあるが、遠くから人々の喧騒が聞こえてくる。騒がしくも、賑やかな人の営みだ。
「あ、あの……貴方は? わ、わたし……あの化け物に追われてて……あ、あれ?」
つららに助けられていた少女は困惑していた。
今まさに殺されようとしていたところにいきなり救援が駆けつけ、自分を追い詰めていた妖怪をつららが一瞬で氷漬けにしてしまったのだ。
つららが妖怪としての姿を曝け出していることもあってか、未だにおっかなびっくりといった感じだった。
「大丈夫……もう大丈夫よ」
そんな少女へ、つららは笑みを浮かべる。
きっと相当に怖い目に遭ったであろう彼女のことを気遣い、もう心配ないことを優しく告げる。
「私は……奴良組のつらら。貴方を害そうとした妖怪は私が倒したわ。だから、もう安心しなさい……」
「う、うぅ……うわぁああああああああ!!」
つららの言葉に、ようやく自分が助かったことを理解したのか。
少女——サヤは人前だということも構わず泣き出す。泣きじゃくりながら、つららの胸の中へと飛び込み安堵感を求めた。
「……よかったわ……本当に、良かったわね……」
つららも思わず感極まる。あんな手探りな状況の中、よくぞ間に合ったものだと。
——この子が助かったのも……貴方のおかげよ。ありがとう、カナ……。
サヤの頭を撫でながら——この未来を勝ちとることができた真の立役者である『親友』へと胸の内で感謝を述べていた。
×
『——……っ、というわけだから……私はこのまま、この子を家まで送っていくわ』
「……うん……分かったわ、及川さん」
及川さんが雲外鏡を討伐したという報告を、私——白神凛子は清十字怪奇探偵団の連絡用に配られていた通信機で受け取っていた。皆が呪いの人形と呼び敬遠する通信機だが、私はこのフォルムを可愛いと思ってる……これって、私の感性がおかしいのかな?
及川さんはそのまま、サヤというその少女を家まで送っていくという。怖い目に遭った彼女を家まで送り届けてやりたいという、彼女の優しさの表れだろう。
『カナに伝えておいて……ありがとう、助かったって……』
「ふふっ……ええ、分かったわ」
少女の世話に専念するためにも、及川さんは手短に用件だけを伝えて通信機を切った。
少し照れくさそうに、カナちゃんへの礼を述べる彼女がどこかいじらしくて私は思わず笑みを浮かべる。
「…………カナちゃん、本当に……大丈夫なの?」
だが少女が助かったという報告にも、及川さんの礼を言っておいてくれという言付けも思わず忘れるほど。
私は……蹲っているカナちゃんへと心配の目を向ける。
「はぁはぁ……ん……だ、大丈夫です……」
口では大丈夫と言いつつ、その様子は明らかに大丈夫ではない。
神通力とやらの使用にここまでの『疲労』が伴うなど、私は初めて知った。
顔面は蒼白、汗もダラダラ。ふらふらとした足取りが今にも倒れそうで危なっかしい。
「——ゴホッゴホッ! カハッ!!」
何より、先ほどからずっと咳が止まないのだ。
咳も、明らかに風邪とは違う。何か……嫌な感じの音がする。
「ねぇ……病院に行った方がいいんじゃ……」
私はカナちゃんが心配のあまり、彼女を病院まで連れて行こうと手を伸ばしていた。しかし——
「——へ、平気だって……言ってるでしょ!!」
「——っ!?」
荒っぽい言葉と共に、彼女は私の差し出した手を思いっきり払っていた。
私は……拒絶されたショックに思わず息を呑む。
「あ……ご、ごめんなさい……先輩。けど……ほんとうに……大丈夫なので……」
しかしカナちゃんはすぐに我に返って私に謝った。彼女自身も、荒っぽい自身の言動と行動に少し驚いている様子だった。
「…………今日は、先に帰りますね……なんか……ちょっと疲れちゃったんで……」
そのまま、カナちゃんは何かを誤魔化すように……私から背を向け、小走りでその場を立ち去ってしまう。
「そうよね……きっと疲れてるのよ。だから……何も心配する必要なんてないのよ……」
立ち去っていく彼女の後ろ姿を、私は黙って見送るしかなかった。
本当は駆け寄って大丈夫なのか確かめたかった。カナちゃんに、もっと世話を焼きたかった。
けれど、また拒絶されたらどうしようという気持ちが、私に二の足を踏ませていた。
きっと大丈夫だと、自分自身に言い聞かせて。カナちゃんの明らかな『不調』に目を背けてしまっていたのだ。
この時の判断を……私は未だに後悔している。
全てが解決することになる。遠い未来になっても——。
補足説明
サヤ
オリジナルキャラ……のように思われますが、モデルはいます。
原作二十巻。とあるシーンに短いですが登場するキャラです。
具体的に言うと……『鏡斎に背中をキャンバスにされる』女の子の一人です。
いずれ、そのときになったらまた出ます。
雲外鏡
原作三巻に登場する鏡の妖怪。原作ではカナちゃんを付けまとうストーカー。
本作ではカナが時間軸の関係上、鏡を拾うことがなかったので別の子が被害者に。
こいつの能力……分かりにくいし、描写しにくい。
こいつの能力描写のせいで更新が滞ってしまった!!(八つ当たり)
天眼
第五の神通力。ここでまさかの初お披露目。
唐突かもしれませんが、最初から予定にあったことなのでご容赦を。
原典の意味から色々と逸れるかもしれませんが。今作における天眼は『自分や他人の未来を見通す』力です。分かりやすく言うと未来予知……そのまんま。
能力のモデルは『空の境界 未来福音』に登場する瀬尾静音から。
ちなみにですが。
最近始まったFGOの第六章で六神通を使用するキャラであるペペさんが『普通の人間は一つの神通力を得るにも百年くらいかかる』的なこと言ってました。
これ読んだとき「マジかッ!?」って思った。まあ、あくまで型月の世界観ということで。
次回は『地下鉄の少女』の話をやり、それで都市伝説シリーズは幕を下ろします。
都市伝説シリーズ以降はちゃんと三人称視点に戻します。
誠に恐縮ではありますが……もう暫くお付き合いください。