君と隣で   作:白藜

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けじめ

「おす。シケた面してんな」

 

「…日曜日の朝っぱらから呼び出しておいて、それはないだろ。」

 

開口一言目から散々な言い方をしてくる誠二が、気だるげな歩き方でこちらに向かってくる。ジーンズに白のニット、薄手の上着。少し身長が高いだけなのに、線がはっきりしているからか、横顔が大人びているからか、とても同年代とは思えない。が、残念ながらこいつは同年代の中学三年生である。

 

「まー、いーじゃん。お前もどうせ行くんだろ?羽沢珈琲。」

 

「まぁ、辞表出しに行くだけだけど。」

 

「それでもいいって。ついでにメシでも食ってこーぜ。」

 

「仕事辞めてそこでメシ食って帰るって、肝据わりすぎだろ。」

 

できるわけがない。そもそも、そんなにメンタルが強いなら、こうはなっていないはずだから。

 

「いーんだよ、それで。下手に変わられたら相手の方が気を使うだろ。それこそ今まで通りでいいんだよ。」

 

「そーゆーもん?」

 

「そ。そーゆーもん。」

 

訳の分からぬ理論で押しくるめられ、しぶしぶと言った足取りで羽沢珈琲店へ足を進めていく。時おり吹く風が枯れ木を揺らして、枯れ葉がかさかさと舞った。全ての葉が散った並木道に、妙な寂寥を覚えたのは、間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ。ああ、優希くん。一週間ぶりだね。今日はなんの用件だい?」

 

にこやかな笑みを浮かべてテーブル横に寄り掛かってくるのは、この店の店主、羽沢雅臣(はざわ まさおみ)さん。柔和な笑みを浮かべながら小脇に抱え、いつも通りの優しい声音で話し掛けてくる。

 

「あ、はい…」

 

がさごそと鞄を探り、辞表と達筆な字で書かれた茶封筒を取り出した。そのまま雅臣に手渡すと彼は、ふむ、と頷きながら、茶封筒の中身を確認すらせずに受け取った。

 

「昨日連絡した通り、本日をもって羽沢珈琲店での手伝いを辞めさせていただきたいと思っています。身勝手な理由で申し訳ないんですが…」

 

「なぜ、優希くんが謝るんだ。むしろ、こちらは感謝しなければならない方だよ。部活も忙しいだろうに、休みの日には私の店を手伝ってくれた。今までありがとう。これからも、気軽に来なさい。それで、メニューはいつも通りで良いのかな?」

 

「僕は…今日は、レモネードとフレッシュサンドセットで。」

 

「ピザトーストセットで、アメリカンコーヒーでお願いします」

 

 

「はい。10分ほどかかるから、ゆっくりしていて構わないよ。」

 

そう言葉を残して厨房の方へと去っていく雅臣を尻目に優希たちも席へと向かっていく。

 

 

「もう!なんで起こしてくれなかったの、お母さん!」

 

「起こしたわよ。あと五分って言ったのはつぐみよ?」

 

「それでも、起きるまで起こしてよー!」

 

厨房の奥から、叫ぶ声が聞こえてくる。元気一杯のその声は徐々に近づいてきて、この店唯一の出入り口のところで一度立ち止まった。

 

「それじゃ、行ってきます!」

 

一度だけ視線が交錯するも、そこに以前のような会話はない。気まずそうに視線をそらすつぐみと、我関せずといった態度を貫く優希。かつての親密そうな空気感は鳴りを潜めていた。いたたまれなくなったつぐみが玄関を飛び出していく。

 

「―――い。」

 

呟かれた声は扉に備え付けられた鈴の音色にかき消されてしまった。

 

 

 

 

 

 

「美味しかったです。ごちそうさまでした。」

 

 

 

モーニングセットのお金をレジに出しておいて、ふと一人ではもう来ないのだろうな、と思った。

 

「さよなら」

 

呟いた声はやはり、鈴の音にかき消されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優希は今、商店街の奥へと足を進めていた。誠二は羽沢珈琲に置いてきたので、今は一人である。買い物に来ている主婦や遊びに行く途中であろう子供たちは誰も彼も柔らかい笑顔を咲かせている。ここには沢山の思い出があった。みんなで遊んだ公園、みんなでお菓子を買った駄菓子屋、ブルーハワイのかき氷を食べて舌が青いことを笑いあった氷菓屋。水遊びをした小さな川も、確かこの辺りで。

 

沢山の店の間を縫うように進んでいくと、そこはある。

 

「こんにちは」

 

挨拶をすると、来ていた子供たちや保母さん、そしていつも祭囃子の先陣を切っているおじさんたちが練習を中断し、挨拶をしてくる。太鼓スクールと銘打ってあるこの商店街の奥の一角は、祭り執行部と太鼓好きのテリトリーである。

 

「珍しいな優坊!太鼓の練習に来たがが?」

 

「いや、そうじゃないけど…来年以降、太鼓には参加できないかもしれないんだって伝えに来たんだ。」

 

「ほぉか…部活か?」

 

「…うん、高校も羽丘から離れたところに行くつもりだから、部活帰りに寄るのもできなくなるかもしれないし、そんな中途半端じゃ真剣に叩いてるおじさんたちにも悪いから。」

 

「ほぉかい…まぁ、そうなら仕方がないのぅ…」

 

「…すみません。」

 

「責めとらへん。寧ろ今までやってくれとったんや、感謝しとる。事情は人それぞれじゃけぇ、なんも言わん。でも、たまにはここに顔だしてくれんか?」

 

不器用な笑みを浮かべながら子供たちの方をみるおじさん。口調と方言、いかつい顔が相まって怖がられている、通称鬼爺。いつものしかめっ面が、優しい笑顔に変わっていた。

 

「わかりました。それじゃあ。」

 

手を振っている子供たちに手をふりかえし、かちゃり、とドアを開ける。とりあえず、二つ目。きっちりけじめをつけなければ。

 

 

 

―――寂しくなるのぉ―――

 

鬼爺が呟いた声が、やけに耳に残った。




当分Afterglowの人物は出てこないかと。出てくるのはあと二、三話したらだとおもいます。
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