君と隣で   作:白藜

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けじめ (2)

 

荘厳な雰囲気の門をくぐり、石で作られた道を通ると、美竹家の玄関がある。幾度も通った道。何度もくぐった玄関。庭に置かれた二つの盆栽は、家主と優希がそれぞれ育てたものだった。

 

「失礼します。美竹さん、少しお話があって来たのですが、今よろしいでしょうか?」

 

普段のような言葉遣いをせずに、しっかりと立場を弁えた上での物言いを心がけながら、居間に居るであろう家主、美竹 蘭の父親に話し掛けた。

 

「やぁ、優希くん。久方ぶりだね。立ち話もなんだ、こちらへ来なさい。」

 

普段着…と言っても和服ではあるが、それなりにラフな格好をしている家主、美竹寿明は微笑みを称えながら優希を部屋に招き入れた。広めの和室。寿明の趣味で、この家は見た目もさながら、個室と居間以外は全て和室で統一されていることを、優希は知っていた。

 

「茶でも淹れよう。あと、そこのお煎餅は有名どころの銘菓だ。食べてくれ。」

 

用意された座布団とちゃぶ台の上にある煎餅の袋を開ける。食べてみると、流石寿明さんが銘菓と言うだけはあるな、と思った。程よい醤油の香ばしい香りと、こんがりと焼き上げられた煎餅はとても美味しいものだった。

 

 

「気に入ってくれたかい?友人から譲ってもらったんだ。品薄になることが多いらしくてね。そうだ、ご両親へ幾らか持っていってくれ。君の家には私も、娘もお世話になっているからね。こんなつまらない物だがな。」

 

「いえ、こちらこそ、お世話になりました。」

 

 

こぽぽ、と慣れた手つきで緑茶を注ぐ寿明さん。

目の前に置かれた温かい緑茶を啜ると、柔らかい香りと仄かな苦味が舌の上で踊った。

 

「最近は茶を淹れるのも楽しくなってきてね…家内も飲んでくれるんだが、緑茶は苦手らしくてね…蘭も私のことを毛嫌いしているのかね…中々私が淹れたお茶を飲んでくれないんだよ…」

 

「とても、美味しいです。緑茶、苦手だったんですけど、これならいくらでも飲めそうなくらい。」

 

「そうか、そう言ってくれると嬉しいよ。」

 

 

優しい微笑みを浮かべる寿明さんは、蘭の前で振る舞っている厳しい様子は一切ない。

 

 

「ところで、話というのは?」

 

「あ、はい。」

 

湯呑みを手に持ちながら、寿明さんはこちらに話しかけてきた。

 

「こちらの都合で申し訳ないんですけど、ここの門下を辞めさせていただきたいと思っています。」

 

「何か、理由があるのかね?」

 

ほぅ、と一息つきながら寿明さんは理由を問うてくる。

 

「特に、理由というものは…」

 

「娘かね?」

 

上手くはぐらかせなかったようだ。蘭とは違って、寿明さんの勘はとても鋭い。とくに、蘭と蘭の友人関係になると、寿明さんの勘はさらに鋭くなった。とっぷりと沈黙が訪れる。

 

「いえ。進路のことを考えると、ここに通うことも難しくなるかもしれないからです。」

 

「…どこに、進学するんだい?」

 

わかっているのだろう寿明さんはそれでも自分のいいわけを聞いてくれる。

 

「とりあえず、羽丘には行かないと思います。」

 

「そうか。」

 

「はい。」

 

また、とっぷりと沈黙が訪れる。

思案した様子を見せた寿明さんはふぅ、と息を吐いて、また口を開いた。

 

「わかった。家内にはそう伝えよう。ここからは本音を言ってほしい。」

 

誤魔化しきれなかったか。やはり、お見通しなのか。

 

「君がわざわざエスカレーター式の羽丘を蹴ろうとしているのは、何故なんだい?」

 

諭すような口調で、そう問われた。

 

「僕だけだったかもしれないだって思うと、もう。」

 

途切れ途切れに言うと、寿明さんは続きを催促することすることなく、黙って聞いていてくれる。

 

「ずっと、友達でいようって言う約束、してたんですけど、その中に僕は居なかったんだって。」

 

「なにか、言われたのかい?」

 

「明確に言われた訳じゃ、無いんです。一緒に遊びに行って、よく喋って…少なくとも、男友達としては結構仲のいい感じになったって、思ってました。」

 

声が震えていることが自分でもわかった。

 

「でも、違ったんですよ。僕は蘭にとって親友とか、そういう類いじゃなかったんです。街ですれ違うような、名前も知らないようなそんな人と、たぶんそんなに変わらないんです。」

 

「アンタなんかに関係無いって、言われました。たった一言なのに、それがなんだか辛くて、どうしようとなくて、顔を見るのが苦しくなりました。一緒に笑いあっていた頃の顔じゃなくて、ホントにどうでもいい人間をみる目で。僕のこと邪魔に思ってたのかもしれないと思うと、だったらもう、僕から離れればいいやって。」

 

「それで、後悔はしないかい?」

 

確かめるように言葉を漏らす寿明さんは、どこか悲しげな声音だった。

 

「わかんない、です。けど、このままだったらきっと、あの関係も崩しちゃう、から。」

 

「そうか。分かったよ。」

 

「すみませんでした、寿明さん。」

 

あやまってから、そそくさと玄関に向かう。

この温かい空間には、もういられない。

 

 

 

「お世話に、なりました。」

 

玄関で、深く、深く、礼をする。

 

 

 

 

 

 

思い出とはもう、お別れをしなければならない。

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