一度家に帰り、二ヶ月の間放置されて薄く埃を被った紙袋を手に持つ。時刻は午後六時。彼女たちがバンドの練習に出ていたのだとすればそろそろ帰宅しているかどうか辺りの時間にはなるだろうか。
わざわざ家に帰ってきたのは、全てにけじめをつけるためだ。
ふと目に入るのは、いつか撮った写真。煌々と煌めく秋の夕暮れ。みんなで行った、ピクニックの帰り道に撮った写真。懐かしむように指を這わせたあと、写真立てを伏せて、ゆっくり立ち上がった。
「いってきます」
返事はない。当たり前か。
一人で苦笑いを浮かべながら、玄関の扉に向かった。
線路沿いの道を歩く。時おり吹く風が枯れ木を揺らして、枯れ葉がかさかさと舞っていた。枯れ果てた並木道を歩いている。空には紺碧のカーテンがかかっていた。
「…ビンゴ」
石橋に、複数人の人影が見えた。胸元でキラリと輝くネックレスは彼女らがお揃いで買ったもので、それを優希は寂しそうに見つめた。
「よ。久しぶり。」
二ヶ月ぶりの会話。上手く動こうとしない喉を震わせて、無理矢理に声を出した。だからだろうか。普段よりぶっきらぼうになった言葉を聞いて、蘭と巴の眉間に皺が寄った。
「なに?あたしたちに、何か用?」
威嚇するように一歩踏み出した蘭を巴が手で制する。でも当の巴も不機嫌そうに顔を歪めていた。
「何をしに来たんだ?」
「そんなに邪険にするなよ。用があるのはひまりにモカだけだから。ちょっとだけ時間、良いか?」
二人の目を見て微笑みながら言う。
「いいよー、ね?ひーちゃん。」
「…わかった。」
二人の了承を得た優希は、残りの面子に背を向けた。何処までも弱虫な自分を、何処までも天の邪鬼な自分に苛立ちながら、優希は秘密の場所へと進んでいく。
「それで、用って、何~?」
距離感を図るようにモカが問い掛ける。微妙に離れた距離故か、その言葉が優希には途切れ途切れにしか聞こえなかった。
「ちょっと、渡しておこうと思って。」
「何を~?」
「秘密。要らないんだったら、捨ててもいいから。」
それ以降、会話は途切れる。何時もだったら緩くでも会話が続いていた状況で会話が途切れていることにひまりは、妙に胸がざわついた。
「もう少しで着くよ。」
街から少し外れた場所。そこにひっそりと、しかし荘厳な雰囲気の日本家屋が建っていた。それも、美竹家と同じくらいの大きさ。
「うわー、大きいおうち~」
「ここ、勝手に入っていいの?」
モカとひまりはおずおずといった様子で口を開いた。
「大丈夫。ここ、爺さんと婆さんの住んでた家だから。二人とも死んじゃったし。で、取り壊すのも勿体無くて、僕がたまに来て掃除したりしてるんだよ。」
「そうなんだ~」
飄々とした様子のモカはしつれーしまーす、と玄関に入っていく。ひまりはゆっくりと玄関に向かっていった。
「適当に腰掛けてて。あと、これ。」
ポケットから取り出した紙袋をひまりに手渡した。そのまま電気が通っているだけの冷蔵庫からホールのケーキを取り出す。昨日のうちに作っておいたもので、これははじめてひまりと作ったスイーツ作りに挑戦したときのものでもあった。
「はい。ちゃんと祝えてなかったと思って。ショートケーキ、好きだったよね?」
来客用にと取ってあったレモンティーを淹れ、二人の前に置く。勿論、フォークもお皿も忘れていない。
「え、食べていいの?」
「言ったでしょ。お祝い、ちゃんとできてなかったし。色々迷惑かけたし、お詫びも兼ねて、ね。」
目の前でつやつやと存在感を放ついちごのショートケーキを見て、ひまりはごくりと息を呑んだ。
「ゆーくん、モカちゃんは~?」
「食べていいよ。半分こしな。」
優希の言葉にうわーい、と喜ぶモカ。ここ二ヶ月での離れた距離なんか感じないほどににこやかな彼を嬉しく思いながら、フォークを少し大きめに切り分けられたケーキに向ける。刺してみると、普通のショートケーキとは違ったのが、その時点でわかった。ゆっくりと口に運ぶ。滑かなホイップが口の中で蕩けて、生地はほろほろサクサクとした未知の食感。ホイップと混ざりあったそれの間に薄く切られたいちごの仄かな酸味と甘味が広がった。
「美味しい…!」
夢中でフォークを口に運んでいく。優希はその食べっぷりに若干引きつつ、しかしあまりに美味しそうに二人が食べているものだから、と優しげな笑みをこぼした。
「美味しい?」
近くのソファに腰かけた優希は落ち着いた声音で感想を問う。勿論、ひまりとモカの答えは決まっていた。
「美味しい!」
「おいしー」
「そっか。」
ふにゃ、と破顔した優希。そんな彼を尻目に、ひまりとモカはホールケーキの半分ずつを平らげた。
「「ごちそーさまー」」
ふにゃふにゃの声を出しながらモカとひまりはレモンティーを飲む。気に入ってもらえたようで、何よりだった。もう、振る舞う機会なんかないんだろうけど。
「気に入ってもらえたようで何より。良かった。最後くらい、美味しいものを食べてほしかったんだよ。」
たしか、同じように蘭にケーキをあげたときはもっとひどい反応だったなぁ。甘すぎとか、生地が変とか。あまりに悲惨な言い方だったから、中々忘れられずにいる。
「本当はさ、来年の蘭の誕生日にリベンジするつもりだったんだよ。絶対美味しいって言わせてやるって思ってた。不味いって言われたのが悔しくてさ。」
自虐的にそう言うと、目の前の二人が目を見開いていた。
「ねぇ、ゆーくん。最後ってどういうこと?」
「そうだよ!羽丘に通うんだから、一緒でしょ!」
動揺したように捲し立てるひまりに少しだけ罪悪感が浮かんだ。寂しそうに聞いてくるモカから、目を逸らしてしまった。でも、言わなければならない。ここに呼んだのは、このためだから。
「卒業したら、都外の高校に行くつもりなんだ。もう、一緒には居られないよ。」
一息。彼女らの目は、見られなかった。