身体に鎧を、心に愛を   作:久木タカムラ

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ようつべでディスカバリーチャンネル見てたら遅れました。


10. 見せ付けろ可能性:開会と第一種目

 体育祭。

 個人、あるいはクラスや部活、時には教師も混じって様々な競技を行い、勝敗は二の次で親睦を深める事が第一のレクリエーション的な色が強い催し物だが――こと雄英高校においては、後々に控えた仮免試験と並んで、今後の進路さえも左右しかねない重要な学校行事なのであった。

 世界全体に"個性"が溢れ返って以降、純粋に身体能力のみで競い合っていたオリンピックなどは競技人口の減少ですっかり形骸化してしまった。代わりに日本でも指折りのビッグイベントとして国民を毎年熱狂させているのが、他ならぬ雄英体育祭――参加人数こそ最盛期のスポーツの祭典と比べるべくもないが、千差万別の"個性"が乱れ飛ぶその派手さは他の追随を許さない。

 また、纏士郎の幼い弟妹達のように、まだ本格的なスポーツに関心を示さない小さな子どもでも目で見て楽しめるのも、オリンピックより人気がある理由の一つだろう。

 

「……(ヴィラン)の侵入の件で中止の声も挙がったが、逆に例年通り開催する事で雄英の危機管理体制が盤石だとアピールするって考えらしい。それに合わせて警備も五倍に強化される。何より、ウチの体育祭はお前達にとって最大のチャンス――あんな襲撃程度で取り止めて良いイベントじゃない」

 

 ミイラ姿の相澤は言った。

 全国に生中継される雄英体育祭は、スカウト目的で観戦するトップヒーローも少なくない。

 正式な資格を得て卒業した後は、サイドキックとしてプロ事務所に所属するのがヒーローの間で定石となっている。それが世間に名を馳せるヒーロー事務所であればあるほど、期待大の超新星(ルーキー)と認知され注目度も得られる経験値も段違いに変化する。

 体育祭の活躍如何で、各々が志すプロへの道に大きな差が生まれる訳だ。

 

「つまり、とにかくアピールすれば良いんですね! 頑張りま~すよ!」

 

 机に載せた座布団の上で、フンスと鼻息を荒くする可愛だが――襲撃事件での勝敗を決定付けた陰の功労者とは言え、いざとなれば大型バスを暴走させるような性格だと知る纏士郎は、やる気に燃える友人の姿に一抹の不安を覚えずにはいられない。

 

「…………開催まで残り二週間。勿論授業は通常通り行われるが、一時も無駄にしないで合理的に自主練に励め。するとしないとじゃ雲泥の差だからな」

「「「はいっ!!」」」

 

 大祭典の開催を告げられたA組は、午前中の座学こそいつも通りに受けていた。けれど四限目の現代文が終了して教鞭を執るセメントスが教室から去ると同時に、それまで抑圧されていた興奮を爆発させるように体育祭の話題で盛り上がりを見せた。

 その日は纏士郎が夕食の当番だったため、スーパーのタイムセールに参戦するべく足早に帰路に就いたのだが――残って葉隠や可愛達と談笑していた三奈によると、襲撃事件の経緯を聞かされた他のクラスの連中がA組の前に大挙して押し寄せたらしい。

 それは十中八九、雄英体育祭において台風の目となるA組の敵情視察だろうが、やはりと言うか何と言うか、大胆不敵を地で行く爆豪が矢面に立って喧嘩を売る形であしらったそうだ。

 注目されて嬉しいのか、型落ちの携帯電話の向こう側ではしゃぐ三奈。しかしながら、その場にいなかった纏士郎にしてみれば、表彰台を奪い合う有象無象の宣戦布告よりも何よりも、ガキ共の好き嫌いを叩き直すために必要な人参とピーマンを如何にお得に袋詰めするかの方が重要だった。

 今日のメニューはチンジャオロースとワンタンスープ、デザートに杏仁豆腐である。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 各自が鍛錬に明け暮れた二週間は、嵐のように通り過ぎた。

 澄み渡る晴天の中に花火が上がり、一年生用に割り当てられたステージの観客席はお祭り騒ぎの様相を呈している。本校舎の周囲には縁日さながら露店が立ち並び、ともすれば、綿菓子の甘美な匂いや焼きそばとたこ焼きのソースの香りが、三奈達が今か今かと入場を待つA組の控え室にまで漂って来てしまうほどだ。

 例年ならば、最後のチャンスで熱の入りようが違う三年生のステージがメインであり、入学して日の浅い一年生と比べればそれこそ甲子園の決勝戦と草野球くらい差があるが――今年に限っては各メディアもネットもこぞって一年生ステージを注目しているらしい。

 やはり襲撃事件の影響なのだろうけれども、直接(ヴィラン)と戦った訳ではない三奈としては、他人の褌で相撲を取ったようなものなので正直申し訳ない気持ちが先に立つ。

 

「皆、準備は大丈夫か!? じきに入場だ!!」

「っしゃ、待ってました!!」

「腕が鳴るぜオラァ!!」

 

 飯田の言葉に、男子達が一斉に立ち上がる。その中に坊主頭で鋭い目の幼馴染の姿はない。

 障子と並びクラスで一、二を争う高身長の纏士郎――良くも悪くも目立つ風貌のクラスメイトが戦意昂ぶる集団の中にいない事に気付き、飯田はきっかり四十五度に首を傾げる。

 

「む、甲鎧くんは何処に行ったんだ? お手洗いか!?」

「いいんちょ、あっちあっち」

 

 控え室の壁際、パイプ椅子を数個並べて作った即席のベッドの上。

 緊張なんぞ無縁とばかりに腕をだらりと投げ出し、緩やかに胸を上下させる纏士郎。その顔には同じく爆睡中の可愛幼子が両の手足を伸ばしてびったりと張り付いている。見ているこちらの方が息苦しくなるような二人の寝姿だ。

 鳥類を思わせる顔の常闇が言う。

 

「来たるべき魍魎の狂宴に備え、己が秘めし力と微睡みの世界にて対話を試みるそうだ」

「なるほど、要するに暇だから寝ていると言う事だな!! 確かに体力は温存すべきだが、あれはちゃんと呼吸できているのか!?」

 

 睡眠時無呼吸症候群は危険だぞ、と叫ぶ委員長こそ体力を無駄に消耗しているのではないのかと三奈は思うのだけれど――ともあれ、そろそろ本当に起こさなければ、纏士郎も可愛もイベントに参加すらできないまま揃って失格になるし、何より二人が一緒なのを見ていると心がもやもやして仕方がなかった。理由など語るまでもない。

 

「コーちん起きろー! 体育祭始まっちゃうよー!」

「ふが……」

 

 あまりベタベタ引っ付くなと自分には言うくせに。

 だからだろうか、彼を揺り起こす手にも自然と力が入ってしまう。

 

「…………オイラにも優しく起こしてくれる幼馴染とかいきなり現れたりしねーかなぁ……」

「いやいきなり現れたら『幼馴染』じゃねーだろ」

「つーか、ありゃどう見ても……」

「疲れて寝てる父親と遊ぼうとしてる子どもだよね」

 

 男子がうるさい。特に尾白が失礼だ。

 周りから見て、纏士郎と自分は恋人の関係ですらなく父と娘のように映ってしまうのか――昔はカップルだ何だと冷やかされて満更でもなかったのに、どうしてこうなったのやら。

 高望みをしているつもりはないが、どうせ家族扱いされるなら新妻とか若奥さんとか、そっちが良かった。エプロン姿で出迎えて『ご飯にする? お風呂にする? そ・れ・と・も……』は別に男だけの夢ではないのだ。

 顔面に可愛を装着したまま、纏士郎は熊のようにのっそりと上体を起こす。

 

「――と、いかん、もうこんな時間だ! 皆、そろそろ出るぞ! 遅れては面目が立たん!」

「おうよっ!!」

 

 壁掛け時計を確認して飯田が声を上げ、級友達がぞろぞろと控え室を出て行く。その際、緑谷と轟が睨み合っていたが、あれも麗日が力説するオトコのインネンとやらなのだろうか――爆豪とも色々あるようだし、自爆必至の超絶パワーも持ってるし、あのモジャモジャ頭も地味そうに見えて意外と熱いのかも知れない。

 通路の先にある光が大きくなるに連れ、観客が巻き起こす喧騒の声が大きくなっていく。中でも一際響き渡るのがプレゼント・マイクの絶叫のような実況、いや、実況のような絶叫だ。

 

『さあてめーら目ン玉かっぽじれ!! とうとう出て来んぞ一年ステージ!! どうせお目当てはこいつらなんだろぉ!? 血も涙もねぇ(ヴィラン)の襲撃を、図太い鋼のスピリッツで跳ね退けやがった奇跡エーンド期待のルゥーキーズァ!!』

 

 一歩一歩近付くごとに、心音が跳ね上がる。 

 

『ヒーロー科!! 一年!!』

 

 不安と緊張で思わず握った幼馴染の手。

 優しく握り返してくれた事を心強く思いながら。

 

『A組だろぉぉぉっ!!?』

 

 三奈達は胸を張って、これから戦いが繰り広げられる場へと足を踏み入れた。

 フィールドをぐるりと囲む観客席はコスチューム姿のヒーロー達やフラッシュを焚くマスコミで埋め尽くされ、さらにはカメラを通して全国に生中継されている――家族や友人達もテレビの前で応援してくれているのだから、気圧された情けない姿など見せられない。

 ヒーロー科以外にも、サポート科や普通科、経営科など、他のクラスの面々も各通路から続々と現れ、設けられた宣誓台の前に整列していく。

 それが完了したところで、壇上に一人の女性が現れた。

 

「あ、睡さんだ」

 

 極薄タイツに身を包む十八禁ヒーロー『ミッドナイト』――本名、香山睡。

 一年ステージの主審を務める同性の大先輩だが、彼女も纏士郎が暮らす『卵の家』を幾度となく私的な理由で訪問しているので、同じく入り浸る三奈とも必然的に顔見知りなのであった。

 それはそれとして、相変わらず凄い格好だ。

 彼女の姿を見て、峰田や上鳴、大多数の男共が鼻の下を伸ばしたのが手に取るように分かる。

 大きめの双丘を惜しげもなく強調する、正に『女王様』然とした過激なコスチューム。あれでもデビュー当初に比べれば露出が減った方だと言うのだから、当時発売された写真集に目の飛び出るプレミア価格が付けられているのも納得だ。酔っ払って上機嫌なミッドナイトに直筆サイン入りのそれを手渡され、纏士郎が途方に暮れていたのを今でも覚えている。すぐ取り上げたけど。

 愛用の鞭をピシリと振り鳴らし、ミッドナイトは言う。

 

「んんー、若さもやる気も迸ってるわねぇ! まずは選手宣誓! A組、甲鎧纏士郎!!」

 

 さらっと入試一位通過だった事とか、何故黙っていたのかとか、それは置いておくとして。

 爆豪や轟など少数を除き、A組の大半が『あ、ヤッベェ……』と顔を引き攣らせた。

 

「どうしたの? 早く前に出なさい!」

 

 急かされ、切島が代表して声を張り上げる。

 

「すんませんミッドナイト先生! 三十秒だけ時間下さいッス! おい緑谷そっち引っ張れ!」

「うわどうしよ、可愛さん甲鎧くんから全然離れないんだけど!? 麗日さんも手伝って!」

「何なん可愛ちゃん!? 身体から接着剤でも出とるん!? ネオジム磁石!?」

「とにかく何としても引き剥がすんだ! 神聖な宣誓の場で来賓の方々までおられるのに、こんな甲鎧くんを見せる訳にはいかん!!」

「もう十分見せちゃってると思うけど。ケロ」

「しかも全国放送でね」

 

 蛙吹と耳郎は呆れの表情だ。

 三奈も加わって纏士郎の首が抜けかねない勢いで双方から引っ張るも、とうとう夢の世界にいる可愛を分離させる事は叶わず――幼馴染は痛めた首を擦りながら壇上へと行ってしまった。

 あの状態でまともに喋れるはずもなく、マイクが拾うのはフモフガと言葉にならない音ばかり。

 

「い……良いのかなぁ、オールマイトとかプロとか大勢見てるのに……」

「いや、何かそーゆー"個性"だって勘違いされてるっぽいぞ?」

「そりゃ、あそこまで堂々としてたらそう思われるわな」

 

 何をどう宣言し誓ったのかちっとも分からないまま、淡々と列に戻る纏士郎。

 明らかに笑いを堪えていたミッドナイトは気を取り直すように咳払いを一つすると、潤む視線を背後にある大画面に移した。一体何が始まるのかと、会場にいる皆もそちらを見やる。

 

「さぁて、それじゃあ早速第一種目に行きましょう。いわゆる予選よ!! 毎年ここで多くの者が涙を飲むわ(ティアドリンク)!! 運命の第一種目、今年は……コレ!!!」

 

 画面に映るのは『障害物競走』の文字。

 天下の雄英高校があえて体育祭の種目にするほどの『障害物』――まさかネットを潜り抜けたり平均台を渡ったり、そんな小学校レベルのものではないだろう。いくらお気楽だ花畑だと普段から纏士郎に呆れられている三奈でもそれくらいは分かる。

 

「一年生全員参加の弱肉強食レース! コースはこのスタジアムの外周約四キロ!! コースさえ外れなければ何をしたって構わないわ!! さあさあ位置につきまくりなさい!!」

 

 スタジアムの壁の一部がブロックのように組み替えられる。

 鞭を持った大人のお姉さんに促され、口を開けたゲートの前で大所帯が並び立つ。できる事なら最前列に陣取りたかったが、クラスの知恵袋であるヤオモモこと八百万から『後続から集中砲火を浴びる危険性がありますわ』と指摘され、せめてA組女子で固まろうと言う事になったのだ。

 ゲート上部にある三つのランプが順番に消えていく中、纏士郎をちらりと見やる。

 一緒に走りたいと思う反面、彼に勝ちたいと願う自分がいるのも否定できない。

 そして、最後のランプが消えて。

 

「スタァァァァァト!!!」

 

 ミッドナイトの掛け声と共に、全員が一斉に走り出し――次の瞬間、覚えのある冷気が三奈達の足元を覆い尽くした。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「やってくれるねA組!!」

 

 一年B組所属、サイドテールがトレードマークの拳藤一佳は"個性"の『大拳』で足を縫い付ける氷塊を砕きながら、スタートと同時に炸裂したA組の強かさを素直に称賛した。

 AとB――単なるアルファベットの一番目と二番目の文字に過ぎず、拳藤自身もそこに固執するつもりはないのだが、B組に在籍する級友の中にはランクのように考えている者も多い。

 B組はA組より能力で劣っていると、直接的な言葉で侮蔑された訳ではない。しかし、一学年に二クラスしかない上、入学して日が浅いにも関わらず凶悪な(ヴィラン)をA組は退けてしまった。

 となれば、ヒーロー科のどちらのクラスがより優れているのか、不遠慮に比較されてしまうのは仕方ない事ではあるのだが――B組の男子共はそれが我慢ならないらしい。中でも物間寧人などは敵愾心が顕著で、まるで親の仇か何かのようにA組を敵視している。

 

『さぁ始まった始まっちまったゼィエ!! 妨害!! 共闘!! コースアウト以外何でもありの残虐チキンレース!! 解説準備できてっかミイラマン!?』

『無理矢理呼んだんだろが……』

『っとぉ!? トップを走るA組轟!! 早速第一関門ロボ・インフェルノに突入だ!!』

『聞けよコラ』

 

 まだ氷で足が動かない生徒達の間を抜け、拳藤も第一関門に到達する――と同時に、凍り付いた巨大な仮想(ヴィラン)が地面に崩れ落ちるのが見えた。あれも轟の仕業だろう。

 ロボと聞いた時点で嫌な予感はしたけれど、あのビルのような奴まで、それも一体だけではなく何体も配置されているとは。

 

「おい、何人か下敷きになったぞ!! 死んだか!?」

「死ぬのかこの体育祭!?」

「「死ぬかぁぁっ!!!」」

 

 人影が二つ、固い装甲を下から突き破って姿を現した。

 一人はA組の赤いツンツン髪の男子、そしてもう一人は同級生の鉄哲徹鐵だ。どちらも"個性"で身体を硬質化して圧死するのを防いだらしい。機動力では一歩劣るものの、あの高い防御力は目を見張るものがある。

 

『おーっとA組切島とB組鉄哲、仲良く潰されてたぁ!! ウケるー!!』

「ンのA組の野郎!! オウ拳藤、俺ぁ先行くぞ!!」

「あっ、鉄哲!」

 

 一歩間違えれば大怪我では済まない第一の試練。

 轟の後を追い掛けるように、鉄哲と切島を含めた若干名が倒れ伏した残骸の上を通って一足早く突破したが、そのわずかな抜け道さえすぐに別の巨体で塞がれてしまう。さらに小型の仮想(ヴィラン)も絶え間なく押し寄せるため、隙を見て足元を潜り抜ける事も難しい。

 

「拳藤、どうする……?」

 

 打開策を考える拳藤に、同じく攻めあぐねていた柳レイ子が問うてくる。

 持って生まれた姉御肌。故にクラスメイトを見捨てる事を躊躇ってしまう。

 あの巨大な障害をクリアするには、それこそ圧倒的な火力か翻弄するスピードが必要だ。けれど一時的な共闘を頼もうにも、強力な"個性"が使える連中は既にほとんどが先に進んでしまっていて難しい。格闘戦向きの拳藤の"個性"では、正面から殴り合いになってしまい得策とは言えない。

 

「……残ってる皆でゴリ押しするしかないかなぁ」

「人海戦術、だね」

 

 そこでふと、拳藤の脳裏に入試の時の記憶が蘇る。

 奇しくも似たような状況で巨大ロボに一人立ち向かった、他校のジャージを着ていたあの男子。

 遠目でも見入ってしまうほど暴力的に、鎧の巨腕を振るって打ち負かした彼ならば、この関門をどのように切り抜けるのだろうか。

 現実逃避気味だった拳藤の胸に、

 

 

 

「悪い、ちょっとこいつ持っててくれ」

 

 

 

 くぅくぅと寝息を立てる、体長四十センチほどのぬいぐるみ――ではなく、ぬいぐるみのような小さな少女が押し付けられた。思わず受け取って抱きかかえてしまったが、何なのだこれは。

 一体誰が……と顔を上げると、そこに立っていたのは長身の男子だ。目付きが悪く、坊主頭には無数の剃り込みがうねりながら走っている。

 見下ろされる形になった拳藤が声を発する前に、威圧感のある風貌の男子生徒――甲鎧纏士郎はくるりと踵を返し、暴れ回る巨体に緩慢とすら言える歩みで近付いていく。

 

「あ――」

 

 危ない、と叫んだ時には既に遅く。

 鉄の塊が容赦なく振り下ろされ、衝撃と粉塵が彼を飲み込んだ。誰もが潰されたザクロのような悲惨な末路を想像して目を逸らしたが、その予想は早々に裏切られる事になる。

 砂煙が散った後に立つ、長身の後ろ姿。

 攻撃を紙一重で避けていた彼は、地面にめり込んだ巨拳に手を添えているだけに見えた。

 それだけで、悪鬼の如き笑みを浮かべる彼には十分だった。

 

「よう久し振り。この腕、もらうぞ(・・・・)?」

 

 彼が触れた部分から、青色に輝く無数の血管のようなものが鋼鉄の腕を侵蝕する。

 手首から肘へ、肘から肩へ到達したところで変化は起こった。

 巨大仮想(ヴィラン)の右腕は肩口から引き千切られ、新たな鎧として甲鎧の右腕を覆う――『それ』は守るための防具と言うにはあまりに禍々しく、まるで災いを運ぶ怪鳥の大翼だ。

 独楽さながらに全身を回転させ、放たれるは規格外の手刀。

 

 

 

「『大悪刀(ドレッドウィング)』!!」

 

 

 

 薙ぎ払いの一撃を受け、胴を上下に分断される巨体の群れ。

 切断面からスパークを散らすいくつもの上半身が、雷鳴じみた轟音を立てて地に落ちる。周囲の小型ロボも崩落に巻き込まれ、後には機械の亡骸が山と積まれた道だけが残った。

 言葉が出ないとはこの事か――無茶苦茶な力任せを目の当たりにして、学科を問わず、皆一様にあんぐりと口を開けて呆けた顔をお茶の間に晒すばかりだ。

 そんな中、サンダルをぺたりぺたりと鳴らして。

 眠り続ける幼女を拳藤の腕の中から自分の頭へ載せ替えた彼は。

 

「……そんじゃあまぁ、いっちょ楽しく征くとしますか」

 

 気怠げにそう言った。




11/5 お知らせ



誠に身勝手ではありますが、この作品をもう一度、一から書き直す事にしました。

タイトル、設定や登場人物の変更、漫画『ソウルイーター』のキャラ登場などが主ですが、纏士郎ともう一人とのダブル主人公にするつもりです。

書き直した第一話を投稿した時に、前に書いたものはバックアップを取った上で一端削除するつもりです。

最期に、拙作を楽しみにしてくださっていた方々、申し訳ありません。
もう少し待ってていただけるとありがたいです。

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