名:
口も悪く、やる気のなさそうな雰囲気。
両親はなく物心ついた時から施設育ちで、同じ境遇である義理の弟妹の世話をしていたため面倒見は良い方。
ヒーローコスチュームはサラシを巻いただけの上半身に、灰色の袖なしロングコート、黒い袴と鉄板を仕込んだサンダル。
個性:
素肌で触れたものを作り変え、鎧のように身に纏う。
必要な量さえあれば全身装甲・サイズ変更も思いのまま。
生き物には効かず、強度と戦闘力は素材によって変わり、素材によっては自分もダメージを負う。
児童養護施設『卵の家』は、育児ヒーロー『グレイト・マザー』によって運営されている。
幼くして両親と死に別れた少年。訳あって親元を離れなければならない少女。
そんな行き場のない子ども達を、雌鶏を思わせる独特のトサカヘアーの女傑が数人の
厳しくも愛に満ちた彼女の下を巣立った子は、いずれも奇才に満ちた問題児として良くも悪くも各業界で名を馳せるため、一部では雄英以上の人材育成機関と見なされている節があった。
反面、社会的な地位には興味を示さず、受けた恩を返そうとそのまま施設に残り、職員となってマザーと共に『卵の家』を守る人間も少なくない。
甲鎧纏士郎も、どちらかと言えば後者であった。
「コーぉちぃぃぃぃん!!」
「ぐっへぇ!?」
あの馬鹿騒ぎじみた入試から一週間後。
血の繋がらない弟妹達に手伝わせながら大量の夕食を作り終え、自室のベッドでうつらうつらと微睡んでいた纏士郎は、挨拶もなしに飛び込んで来た三奈に押し潰された。
両膝が狙い澄ましたように鳩尾に吸い込まれ、睡魔どころか意識さえ吹き飛びそうになる。
「三奈、お前なぁ……」
「……受かってた」
「は?」
「雄英! 受かってた! ヒーロー科!!」
纏士郎の胸に埋めていた顔を上げ、涙で潤んだ黒い瞳に喜色を宿す。
そのピンク色のモサモサ頭を混ぜっ返すように撫でてやると、くすぐったそうに相好を崩した。
「……勉強、無駄になんなくて良かったな」
「にへへへ♪ コーちんはどうだったの? もう来てるんでしょ、合否通知!」
纏士郎は自室右側の壁を指差す。
壁の向こう側はそれなりのスペースがある談話室になっていて、夕食後である今の時間は、皆で集まって小学校で出された課題を片付けるのが習慣なのだが――今日はケラケラと楽しそうな声に混ざって『私が投映された!!!』と無駄に大きなバリトンボイスが何度も何度も聞こえて来る。
叩き起こされた頭には、血の気が余った挙句そのまま吐血しそうな中年の叫びは正直キツイ。
「再生したら知らないマッチョのオッサンが飛び出したから、ガキ共にやった」
「興味ゼロでオモチャ扱い!? オールマイトだよ!? ネットとかじゃ『超レア物だー!』って大騒ぎになってるのに……」
「フリマに出品したら高値で売れるかね」
「売っちゃうの!?」
未来ある若者への投資になるのなら、あの笑顔が濃いオッサンも本望だろう。
『私が投映され『私がとうえ『私がと『わた『わた『わた『わた『わた――』
最初の部分だけ連続再生させて遊ぶチビ共に、壁を蹴って喧しいぞアピール。
やっぱりあれは早々に売ってしまおう。
「とにかく! コーちんが合格してたかどうか知りたいんですよアタシはー!」
「……してたに決まってんだろ。じゃなきゃのんびり寝てねーよ」
「コーちんなら、明日世界が滅ぶって予言があっても熟睡してそう。でも……そっかー、四月からアタシもコーちんもピッカピカの雄英生かぁ」
纏士郎の合格を知り、まるで自分の事のように喜ぶ三奈。
それは別に良いのだが……人の身体の上で頬杖を突いたり両足バタバタは止めてほしい。そして何より、その大きな胸を押し付けないでほしい。むにゅう、と形が変わって凄い事になっている。
甲鎧纏士郎、これでも十五歳の健全な日本男児である。どんな心境かは推して知るべし。
「つかお前、家からそのカッコで来たのか?」
「うん、ランニングのついでに。どっか変?」
「変じゃねーけど、まだ三月だぞ」
迷彩柄のタンクトップと白のホットパンツ。
天候によっては、まだそれなりに着込む必要がある時期なのに。
「受かったからって気ィ緩めやがって。風邪引いても知らねーからな」
「大丈夫! アタシ今まで風邪とか引いた事ないから!」
「…………ああ、うん」
そうだろうね。
「それよりさ、おばちゃ――マザーに聞いたけどコーちん大活躍だったんだって? 動けない子を助けるためにあのデッカいロボットをドカーンとやっつけたとか!」
「あんのニワトリババァ、余計な事を……」
実技試験で何をしたか、纏士郎は身内に話していない。
おそらくグレイト・マザーは、雄英に勤める教師の誰かから――昔取った杵柄で後輩を脅すなり何なりして――独自に情報を得たのだろうが、いつもの事ながら行動が早い。
ちなみに雄英OGであり短期間ながら教鞭も執っていたマザーは、奇抜なヘアースタイル以外はむしろ美人の部類に入る。ただし『肝っ玉母ちゃん』のイメージが強過ぎるせいで今現在も婚期を逃し続けており、おばさん扱いしようものなら容赦なく鉄拳が飛んで来るので注意が必要だが。
「……まあ、助けた女は顔がなくて逆にこっちがビビったけどな」
「ナニソレ怖っ。のっぺらぼうの"個性"?」
「顔ってか、首から上がなかった――いや、見えなかった、か?」
思い返せば、腕とかもなかった気がする。
身体の部位を分離可能にする"個性"か、それとも単純に透明人間になる"個性"か。
前者なら肩こりとか腰痛とか解消できそうで良いなぁと思うが――それより今は、馬乗り状態の三奈の顔が徐々に険しくなっているのが気になる。
「……ねぇ、コーちん。その子、どんな顔が分からなかったんだよね?」
「? はい」
「声も聞かなかったんだよね?」
「面倒だったし、礼とか言われる前に離れたからな」
「じゃあぁ、どぉーしてコーちんは『女の子』だって分かったのかぁぬぁー?」
…………あ。
「今『ヤベェ』って顔した! 何か隠してるでしょ! さあ吐けすぐ吐けー!! でないと――」
真っ赤なオーラを背負う三奈の両手に、薄い酸の膜が張る。
「コーちんの頭の毛根ぬっ殺す!」
「止めろ馬鹿! ……正直に話せば怒らないか?」
「ゲロる内容にもよります!」
流石にこの年でスキンヘッド以外の選択肢がなくなるのは避けたい。
今にも強制脱毛を始めそうな悪い笑顔の三奈を押し留めながら、纏士郎は観念して口を開いた。
「……そいつを、瓦礫から引っこ抜く時にな?」
「うん」
「女だって知らなくてな?」
「うんうん」
「間違えて思いっ切りオッパイ鷲掴みにしちまっ――」
「ギルティィィィッ!!」
結構大きかった、と言う前に頭に噛み付かれた。
「イダダダダッ!? 正直に話したろーが!!」
「それとこれとは別問題! アタシのいないトコで何ナチュラルにセクハラしてんのさー!?」
甘噛みどころではない。ガチの本気噛みだ。
水嫌いの猫を無理矢理風呂に入れるとこんな感じになるのかも知れない。
おまけに噛まれた直後から頭皮がチリチリ熱くなってきている。怒りのあまり我を忘れ、唾液に含まれる酸の濃度が上がっているらしい。このままでは二十歳を迎える前に不毛地帯になる。
「んのっ、いー加減にしろっ!」
「にゃん!」
腕力と体格差に物を言わせて、互いの上下を入れ替える。
それが結構マズかった。
「あ……」
今までとは違う、恥じらいを含んだか細い声。
散々暴れ回り、さらにそこから強引に抑え込んだために――三奈が着ているタンクトップの裾が大きくめくれ上がり、引き締まったウエストや手入れされたヘソ、それどころか黒色の下着までがわずかに見えてしまっている状態だった。
うっすらと汗ばむ肌には朱色が混じり、息はまだ微かに荒くて熱い。
顔を逸らし、けれど黒真珠に浮かぶ月のような金の瞳で纏士郎を見つめ、三奈は言う。
「…………コーちんの、えっち……」
色々と切れそうになった。
主に理性が必死に引っ張っている鎖とか、目の血管とか。
これはあれか――『プレゼントはわ・た・し♡』的な合格祝いか何かか。ラッピングを剥がして存分にお楽しみ下さいとでも言いたいのか。
ええいこの、少しは抵抗する素振りを見せろ。覚悟を決めたように目を閉じるな。そのキュッと結んだ唇は何を待ち構えているつもりだ。勘違いするだろうが。
三奈に覆い被さる体勢のまま、時計の秒針だけが音を刻む中、
『私が投映された!!!』
壁の向こうからの野太いオッサンボイスが、場の雰囲気とか据え膳を要求する本能とか――もう色々とスマッシュしてくれて頭が一気に冷えた。ありがとうオールマイト。
一度大きく深呼吸し、衣服の乱れを直して三奈の身体から離れ、ハンガーに掛けっぱなしだったダウンジャケットを彼女に投げ被せる。
「ほれ。もう遅いし、送ってくからそれ着ろ」
「……うにー」
もそもそと上着を着る三奈を眺めながら、危なかった――と胸を撫で下ろす纏士郎だった。
「ねぇ、コーちん」
「ん?」
「海、行かない? 今から」
「…………はぁ?」
◆ ◆ ◆
市が管理するこの海浜公園は十ヶ月前まで、海流の影響による大量の漂着物と、それに便乗した不法投棄が問題視されながらも、手つかずのまま放置されている状態だった。
しかし今は、何者かによってゴミが跡形もなく撤去され、かつての姿を取り戻している。地元のメディアでもこの奇怪なボランティアが大きく取り上げられ、今度は新たなデートスポットとして名が知られるようになっていた。
現在、午後八時。
纏士郎のダウンジャケットに身を包んだ芦戸三奈は、ダンスのステップのような軽快な足取りで波打ち際を進む――つかず離れずの距離を保って背中を見守ってくれる彼の視線を感じながら。
「なーんもないねぇ、コーちん」
「何もなくなったから、新聞とかで騒いでたんだろが」
纏士郎の口調は相も変わらず素っ気ない。
昔からぶっきらぼうで、面倒臭そうで、それでも自分に最後まで付き合ってくれる優しい人。
どうせなら隣を歩いてほしいのだけれど――もっと言えば手を繋いでみたいのだけれど、それを口にしてしまうと、何だかせがんでいるようでとても気恥ずかしい。
三奈としては、そろそろ『幼馴染』より一つ上の関係を目指したいと考えている。だが、肝心の幼馴染がどう思ってくれているか分からないのでむず痒さが募るばかりだ。さっきだって、勇気を振り絞って自分なりに女らしさをアピールしてみたのに、無言で溜め息を吐かれてしまった。
多分、きっと、これがちょっとしたデートのつもりだって事も気付いてないだろう。
下校中に買い食いしたり、ゲームセンターで遊んだり――そんな友達付き合いとは違うのに。
もやもやした感情を抱えながらさらに歩き、砂浜から海へ突き出すように設けられた休憩所まで来たところで、少し離れた場所に誰かが立っているのが見えた。
まあ、公園なのだから、誰かいても不思議でも何でもない――
『オールマイトー!!』
「うっそぉ!?」
まさかの名前が飛び出し、三奈は思わず大声を上げた。
「コーちん、オールマイトだってオールマイト! あっちから聞こえた!」
「そうは見えねぇけどな。ムキムキどころかヒョロヒョロだぞ、あの人」
そう言われると確かに、白いシャツを着たその後ろ姿は、テレビで見るNo.1ヒーローとは似ても似つかないシルエットだった。身長だけなら、まだ纏士郎の方がオールマイトに近い。
『ひ、人違いでしたー!!』
「ほらな」
「なぁんだ、つまんないのー」
神出鬼没の英雄だから、もしかしたらと期待したのだが。
何かもう、これがデートだと躍起になって思い込むのも馬鹿馬鹿しくなってきた。よく考えたらランニングした後だし、足にどっと疲れが出た三奈はその場で大の字に寝転がってしまう。
「あ~ん! コーちん疲れたぁ~! おんぶして~!」
「……ホント自由だなお前は」
差し出された幼馴染の背中に、せめてもの意趣返しにジャケットの前を開けて胸を押し付ける。
纏士郎が一瞬だけ何か言いたげに振り返って視線を背後に向けたが、満面の笑みを返してやると呆れたように溜め息を吐き、そのまま三奈を背負ってスタスタと歩き始めた。
三奈よりも頭二つ分は高い背丈、鞭のように引き締まった筋肉の長い手足。
オールマイトが熊やゴリラのような体型なら、纏士郎はさしずめネコ科の大型肉食獣だ。
「ねえ、コーちんはどうして雄英に入ろうと思ったの?」
「…………プロヒーローになれば公共の場でも"個性"の使用許可が下りるだろ。そうすりゃ仕事の幅も広がって普通にバイトするよりも金が稼げる」
「じゃあ、お金のためにヒーローになるの?」
「簡単に言っちまえばそうなるな。
名声も地位もいらない。自分の事は二の次で、ただ恩を返したいだけ。
纏士郎を何も知らない者なら、向上心の欠如だと嘲笑うだろう。
近い将来、三奈や、これから出会うクラスメイト達が、ヒーローとして目覚ましい活躍を見せて一躍スターの花道を歩もうとも――纏士郎はそれを意に介さず、無名のまま『その他大勢』の陰に隠れようとも、ただ淡々と自分に出来る事をやり続けるに違いない。
それも良いと思う。
派手なだけのヒーローならいくらでもいる。
本当に自分が成すべき事をやり遂げる人間こそ、真のヒーローだ。
八年前のあの日に、彼に手を差し伸べられ救われた三奈だからこそ、大きな岩のように雄々しく揺るがず、一緒にいると安らげる纏士郎の志を肯定する。
「コーちんはさ、欲がないのに欲張りさんなんだねぇ」
「言い得て妙だな。自分でもそう思うわ」
「そんなところがアタシは大好きです!」
「そいつぁどーもー」
どさくさ紛れの告白に、投げやりな返事。
これが今の二人の距離。
三奈には纏士郎のように、心から『こうなりたい』と望むイメージがない。
生まれ落ちた時代に"個性"とヒーローなんてものが存在していたから、小学生がその時その時の人気の職業を選ぶのと同じように漠然と、あやふやに将来の道を固めただけだ。
だから、この三年間で見つけたい。
ヒーローであろうとなかろうと、"個性"があろうとなかろうと、すべき事は変わらない『将来の自分』がある幼馴染に、胸を張って『これが私の夢だ』と言えるように。
「お腹空いたぁ~、ラーメン食べたい~」
「太るぞ」
「太るのはや~だ~!」
激動の三年間が、始まる。
三奈ちゃんの"個性"……うっかりすると自分の服まで溶かしちゃうって、なにそれエロ系スライムいらずじゃないですか素晴らしい。