ピッカピカの一年生、二日目。
ヒーローの育成を目的とした学校だからと言って、何も朝から晩まで飛んだり跳ねたり殴ったり殴られたりして身体を虐め抜いている訳ではない。
午前中は必修科目や英語も含め、普通の高校生と変わらない内容で授業が進む。
「うぇー、雄英に入ったのに普通の勉強すんのぉ?」
初日が濃かったのだから、授業もさぞかし派手なのだろう――と。
そんな期待で昂ぶっていた三奈は出鼻を挫かれ、中年オヤジの靴の臭いを嗅がされた猫のような顔で泣き言を漏らしていたが、それは当たり前だろう。
仮にもヒーローなのに、一般的な常識が欠落していたり漢字が読めなかったりしたら問題以前に笑い者になってしまうし、災害発生時の避難誘導で日本語が分からない外国人観光客相手に英語で指示しなければならない可能性だって、決してゼロではないのだ。
何処に出しても恥ずかしくないヒーローを。
そのために、雄英に勤務する教師達――プロヒーロー達も、戦闘や"個性"関連の授業だけでなく必修科目でも教科書片手に教壇に立つ。
「えー、じゃあこの四つの英文の中で間違っているのは?」
ただまあ、そこはやはり教師も個性派揃いの雄英高校。
プレゼント・マイクが受け持つ英語などはその持ち味が顕著で、大人しく授業を聞いてノートを取ろうものなら『どーしたオーディエンス!? レッツヘンズアップ! 盛り上がれぇっ!!』と無茶を要求してくる。英文の間違いを答えるくらいでライブ会場並みに騒々しくなったら、それはそれで変なクスリか精神状態を疑う。
午前中の授業が終われば、誰もが喜ぶ昼休み。
全校生徒を収容できるほど広い大食堂で、これまたプロのクックヒーロー『ランチラッシュ』が何十種類もの料理を格安で提供している。贅沢とは無縁な纏士郎には有り難い計らいだ。
「まぐまぐ……うまー♪」
勉強があまり得意ではない三奈は前半だけで参ってしまったらしく、絞り尽くされた脳の栄養を補充するかのように好物の海鮮納豆丼(卵黄付き)を頬張る。
配膳カウンターに近い六人掛けのテーブルで、五目坦々麺を啜る纏士郎と三奈、大盛りの牛丼を掻き込む切島と、国旗付きオムライスに舌鼓を打つ可愛が束の間の休息を取っていた。少し離れた席には緑谷、麗日、飯田の三人の姿もある。
「三奈さんはよく食べるんですねー」
「そーゆー可愛だって結構食べてんじゃん、サイズの割に」
「育ち盛りなので~すよ」
…………どの辺が?
思わず箸を止めてミニマムな可愛を見る三人だが、友のため疑問を飯と一緒に噛み殺した。
不毛な話題を変えるため、切島が口を開く。
「ところでよ、次の授業はいよいよヒーロー基礎学だよな!」
「うん、何すんだろね? 最初だし軽くスパークリングとか!?」
「スパーリングだ馬鹿。ワインでも作る気かお前は」
「コーちんってば細かい! ちょっと間違っただけじゃんかよー!」
まだ頭の中で
スープまできっちり飲み干して、纏士郎は静かに器を置いた。
「
「じゃあ、エンジェルさんはどんな予想なんです?」
可愛の問いに、纏士郎は空になった丼の底を見つめながら考える。
自由な校風だが、それ以上に厳しい雄英高校のカリキュラム――その一端を、纏士郎は保護者のグレイト・マザー、OBやOGの施設職員から何度か聞かされた事がある。纏士郎達の世代に移って授業内容にも多少の変化はあっただろうが、皆が『無茶苦茶やる、つかやらされる』と口を揃えて死んだ目になる雄英らしさは失われていないはず。
「脅かす訳じゃねぇが……下手すりゃ大怪我するかもな」
「オイオイ、そんな大袈裟な……」
物騒な物言いに切島が顔を引き攣らせるが、果たして本当に大袈裟なのだろうか。
麗日達と談笑する緑谷に視線を移す。
とてつもないパワーを発揮できる代わりに、コントロールが上手くいかず使う度に自分の身体が破壊される"個性"――そんなデタラメなものを宿しながら、激痛に耐え、ひたすらヒーローの道を歩み続けようとする不思議なクラスメイト。
怪我をしない方が良いに決まっている。だが、このまま自由にさせたらどうなるか見てみたい。
初めて包丁を使う弟妹達を見守る時のような、面倒臭くも好奇心が湧き上がる感覚。
家族以外では、纏士郎をそんな気持ちにさせる人間はこれまで三奈一人だけだった。
「? どったの?」
割り勘でデザートを頼もうか可愛と相談していた三奈。
小首を傾げる彼女の頭を見て、纏士郎は何故緑谷の事が気に掛かるのか、その理由に気付いた。
「…………ああ、モジャモジャが似てるからか」
「だーかーらー、どーしたってのさもー!!」
「別に何でもねーよ。お前の髪に納豆の糸が付いてるだけだ」
「何でもなくないよ、それ!?」
うあー、もう恥ずかしー、と三奈は手鏡を覗き込む。
言う事もやる事も大半が騒がしく、弟妹達よりも子どもっぽい。だから、次は何をしでかすのか予想外で実は密かに楽しみにしている。
要するに、見ていて面白いのだ。三奈も――そして緑谷も。
何にせよ、雄英生としての本番はこれからだ。
◆ ◆ ◆
「わーたーしーがー…………普通にドアから来た!!」
なら別に言わなくても良いのでは、と纏士郎は思う。
相も変わらず一人だけ画風が違い過ぎるNo.1ヒーロー、オールマイトがコスチュームのマントをたなびかせながらA組の教室に現れ、平和の象徴の登場と待ちに待ったヒーロー基礎学の始まりにクラスメイト達のテンションが一気に最高潮に達した。
「コーちん! 生オールマイトだよ、生マイトだよ!」
「生ビールみたいに言うな」
興奮に満ちた生徒達の声を一身に浴びながら、筋骨隆々のオールマイトは教壇の前に立つ。
「ヒーロー基礎学とは! 文字通り、君達のヒーローとしての素地を作る目的で様々な訓練を行う課目だ! 熱いうちに鉄を打つため先生達も気合入れて頑張っちゃうから覚悟してね!?」
熱いっつーか暑苦しいのはアンタの方です――そう言えたらどんなに楽か。
「って事で早速だが今日はコレ――戦闘訓練!!」
オールマイトが掲げた手の平サイズのパネルには『BATTLE』の文字。
合わせて教室前方、左側の壁が音を立ててせり出す。中に収納されていたのは、1から22までの番号が振られた真新しいスーツケースだ。勘の鋭い数名がそのケースに何が入っているのか瞬時に理解して、待ってましたと言わんばかりに自分の席から身を乗り出していた。
担任の相澤なら睨みを利かせて一喝する場面だが、トップの座に君臨するヒーローである以前に新米教師なオールマイトは、盛り上がる生徒達を前にただただ愉快そうに笑う。
「HAHAHAHA! 中々どうして察しが良いじゃないか少年少女! その通り! これは入学前に送ってもらった『"個性"届』と『要望』に沿ってあつらえたオーダーメイドの
自分だけのコスチュームはヒーローの代名詞とも言える。
被服控除と呼ばれるシステムにより、雄英専属のサポート会社が本人の要望と"個性"に合わせたコスチュームを用意してくれる――防具やアイテムだけでなく、編み上げられた繊維にも最新鋭の技術が詰め込まれているので、よほどの理由がない限り生徒達はこのシステムを利用する。
まるで宝物のようにスーツケースを抱えるクラスメイト達。
それを眺める纏士郎の脳裏に、育ての親の言葉が浮かんだ。
『しっかり覚えとくんだよ纏士郎。コスチュームを着るって事はつまり、ヒーローとしての自覚と覚悟を身に纏うって事さ。助けを求める人が一目見ただけで安心できるように――自分が来たからもう大丈夫だって、胸張って言えるような存在になるための大切な戒めなんさね』
ただのファッションなどではない。
この世界で活躍するヒーロー達は、多少の差はあれど同じ覚悟を背負っている。
「嬉しいのは分かるがのんびりもしてられない! 着替えたらグラウンド・βに集まるんだ!!」
「「「はーいっ!!!」」」
袖を通して舞台に上がればルーキーもベテランもない。
あるのは残酷なまでに平等な重責と現実だけだ。
「おう甲鎧! 早く更衣室行こうぜ!」
「……わーったよ」
全くもって面倒臭い。
だから面白いのかも知れないが。
◆ ◆ ◆
「どうよこのコス! カッコ良くね!?」
「ヤローのなんかどうだって良いんだよ! 見たいのは女子のだ、女子!」
「こうして見ると、やっぱ皆バラバラだしファッションショーみたいだよな」
昨日の体力テストを経てある程度打ち解けたのか、グラウンド・βに向かう道すがら、纏士郎と切島を含めた男子達は和気藹々とした様子で言葉を交わす。もっとも、コミュニケーション能力に難ありな爆豪勝己や左右で髪色が異なる轟焦凍などは、慣れ合うのを嫌うように無言だったが。
話題はやはり、与えられたばかりのコスチュームについてだ。
ノリの軽い上鳴電気が稲妻模様の入った衣装を自慢し、ブドウ頭の峰田実は下心しかない願望を微塵も躊躇う事なく吐露する。テープカッターを模したフルフェイスヘルメットを被る瀬呂範太が言うように、オリジナリティーに溢れた面々が揃うと何かのイベントにしか見えない。
「甲鎧、それに切島だったな。お前達も防具の類はないんだな」
タコのような被膜付きの触手を持つ障子目蔵が、触手の先端を口に変化させて言う。
クラスで一、二を争う長身の障子は、近未来を思わせるボディスーツ姿だ。
「おうよ! 男なら裸一貫で勝負しねぇと!!」
「俺はまぁ、どちらかってーと機動性重視にしてみただけだ」
対して、纏士郎のコスチュームは腹に巻いたサラシとグレーの袖なしロングコート、黒色の袴にサンダルのみ。切島に至っては両肩の歯車型プロテクター以外、上半身に何も着ていない。
そもそも自分の"個性"で防御力の底上げを図れる二人に、下手な防具は必要ないのだ。
「防具って言やぁ、飯田も結構ゴテゴテしてるよな。スピードが武器なのに重量増やすのか?」
「言うほど重くないから問題はないさ。それに、このアーマーは空気抵抗を低減させるために必要不可欠なんだ。何より憧れである俺の兄のコスチュームをオマージュしているからな。むしろこのデザイン以外考えられん!」
「さよけ」
白い流線型のフルアーマーを纏う飯田。
振った話題がスイッチだったのか――このままだと自慢の兄とやらがどれだけ偉大なのか延々と聞かされ続けそうだったので、纏士郎は近くにいた常闇踏陰や尾白猿夫にまだまだ熱く語る眼鏡を押し付けて、外の光が漏れる出口に足早に向かった。
グラウンド・β――『
ビルが群れる街並みは、入試の時に嫌と言うほど見ている。
「やーっと来ましたねエンジェルさん」
「コーちん遅かったじゃん! あ、カッコイイ!!」
女の着替えは長いと言うが、A組女子は既に全員揃っていた。
女子も女子で友情を育んでいたらしく、互いに牽制しあうような雰囲気はない。
「お前らが早いだけだろ。にしても……凄いコスだな二人共」
「そう?」
三奈は目元を白色のマスクで覆い隠し、上下が一続きになったサイケデリックな斑模様の衣装にファー付きのベストを羽織って、動きやすそうなロングブーツを履いていた。
その場でくるりと一回転し、纏士郎の反応を窺うように下から覗き込んで来る。
「……変、かな?」
「変っつーか、似合っちゃいるけども……」
「三奈さん三奈さん、エンジェルさんがおっぱいの谷間をガン見してますよ」
「にゃっ!?」
ばっと飛び退き、両手で谷間をガード。ついでに「すけべ……」と恥じらいの目で睨まれる。
シュッと引き締まったボディラインがぴっちりはっきり分かる上、胸元までもがそんなに大きく開かれていたら、峰田じゃなくてもそりゃあ思わず見ちゃうさ。男の子だもん。
「し、仕方ないじゃんかよぅ! 溶けにくい素材で~とか靴底から酸を出せるように~とか要望で書いたけど他は全部お任せしちゃったんだもん! このデザイン考えたの絶対エロ親父だよ!」
「お任せしちゃったんならお前にも責任あると思うがな。んで可愛、お前もお前で何だそりゃ」
「何って……ヒツジさんで~すよ。私はしっかりデザインも注文しました」
どの角度からどう穿っても、全身モコモコの着ぐるみにしか見えない。
クレーンゲームの景品にするぞと脅した事があるが、自分から景品っぽくなってどうするのか。
改めて、失礼にならない程度に女子のコスチュームを見てみれば――麗日と蛙吹梅雨はやたらと身体の起伏を強調させたものだったり、真面目そうな八百万が胸の谷間どころかヘソの下辺りまで白い肌を露出させていたり、葉隠などは驚く事に手袋と靴だけで服すら着ていない。
色気が控え目なのは可愛と、パンキッシュスタイルでクールに纏めた耳郎響香くらいだった。
「……三奈じゃねぇが、本気でエロ親父がデザイナーやってんじゃねぇだろうな」
「まっさかぁ。仮にも雄英が契約結んでるサポート会社ですよ?」
その雄英OGの知り合いに、全身極薄タイツの歩く18禁や売り出し中の巨尻女がいたりするから余計に信用できないのだが。
「揃ったね有精卵共! 戦闘訓練のお時間だ!!」
遅れていた緑谷が来た事で集合完了となり、オールマイトがいよいよ本題を切り出す。
「ここは入試でも使った演習場だが、今回は市街地演習よりももっとハードに――さらに二歩先に踏み込む! すなわち、屋内での対人戦闘訓練さ!!」
「対人……」
「しかも屋内か」
「君らからすれば
唐突に質問され、面食らいながらも纏士郎は素直に思った事を口にする。
「……外だとヒーローが多過ぎて、悪事働く前にバレて退治されちまうからだろ……ですか?」
「ザッツライト! 監禁、脅迫、違法薬物や銃器の密売――真に賢しい
屋内戦で最も厄介なのは、その障害物の多さだ。
机に商品棚、観葉植物にロッカー、果ては通風ダクトまで――"個性"に溢れたこのご時世、身を隠そうと思えばいくらでも隠れられる。人質救出などの目的で潜入するならそれはヒーロー側にも有利に働くが、
「君らにはこれからヒーローチームと
「基礎訓練もなしに?」
「その基礎を知るための実践さ! 自分が何処までやれるのか知るのは大切な事だぞ!」
蛙吹の問いにも根性論丸出しで答え、オールマイトはさらに続ける。
「ただし、今回はぶっ壊せばオッケーなロボじゃないのがミソだ!」
そこからは怒涛の質問返答の時間だった。
勝敗はどうやって決めるのか、昨日の相澤のように除籍される可能性はあるのか、チーム分けはどのように行うのか、このマントは似合っているか――割と重要なものからどうでも良いものまでほとんど同時にまくし立てられ、聖徳太子ではないオールマイトは「んん~っ!!」と悶絶。
ちなみに有名な聖徳太子の逸話だが――十人の質問を同時に聞いたのではなく、一人ずつ順番に聞いた後でそれぞれに的確な助言をした、と言うのが有力な説である。
全身ムキムキの新米教師は「良いかい!?」と前置きして、カンペを見ながら説明を始めた。
「状況設定は
(((設定アメリカンだな……)))
「ヒーローは制限時間内に核兵器を回収するか
要するにサバイバルゲームのフラッグ戦だ。
ただし、BB弾より数倍物騒なものが飛び交い、青アザ程度では済まないゲームだが。
「コンビおよび対戦相手を決めるのは……くじ引きだ!」
「先生! 先ほど二対二と仰いましたが、我々は二十二名で一チーム余る計算になりますが!?」
「二チームだけ三人一組になるようにしてあるから大丈夫! 運次第では三対二になっちゃうけどそんな不利は気合で乗り越えろ! "Plus Ultra"さ!!」
プロでも大きな事件では他事務所のヒーローと即席で組む事が多い。
多対多の戦闘訓練はチームワークの重要性を学ぶ上で良い経験になるだろうが――
(
席替えでもするように意気揚々とくじを引く皆――そのやる気を削がないよう口に出さない。
纏士郎が引いたくじは『D』で、数少ない三人チームだった。
「さあ、皆チームは決まったな!? 仲良くしなよ!」
「……って事なんで、仲良くやりますかね」
「うむ、よろしく頼む!」
「やれるかクソが!!」
飯田天哉と爆豪勝己。
共に成績優秀ながら、規律が服を着たような真面目くんと言動が問題児の両極端なメンバー。
これに自分までプラスされるとなると、チーム名は『混沌』に変えるべきなのではなかろうか。
じゃあ対戦の組み合わせを決めるぞ――と、初めての授業でこの場の誰よりもハイテンションなオールマイトが、大きな右手を『VILLAIN』と書かれた黒いボックスに、左手を『HERO』の白いボックスにそれぞれ突っ込む。
抽選の結果は――
「ヒーロー側、Aチーム!!
緑谷、麗日、可愛のチームとの対戦だった。
どうしよう、無事に終わる気がしない。
明日はヒロアカの初映画ですね。
期末試験後の話らしいですが、それも盛り込むとなると何回も見直さないと……
小説版が出たら買うとします。