ブロウクン・ファントムとか撃たせたい。
訓練の舞台は鉄筋コンクリート造りの五階建てのビル。
外観は窓の多い普通のオフィスビルに見えるがそれは正面だけで、内部は入り組んでいて照明も薄暗く、身を潜めるにはうってつけな死角が至るところに存在する。
待ち伏せて背後から襲い掛かるも良し、トラップを張り巡らせるも良し――核兵器なんて代物を持ち込んでテロ同然の悪だくみする
「訓練とは言え、悪役になるのは心苦しいものがあるな」
自分の背丈よりも大きな核爆弾の模型を確認しながら、沈痛な面持ちで飯田が言う。
「敵を知り己を知れば、って奴だろ。オールマイトも言ってたじゃねぇか。また似たような訓練の時にヒーロー側になったら活かしゃ良い」
「そうだな! 君の言う通りだ!」
「…………」
先に中に入った纏士郎、飯田、爆豪の
作戦会議と言っても、侵入経路になり得る窓や非常階段の位置を見取り図で確認したり、触れた対象物を浮かせる麗日の"個性"を警戒して、イスや机などを片隅に集めたりする程度だ。そもそも話し合っているのは纏士郎と飯田だけで、目を血走らせる爆豪は手伝いすらしていない。
各チームに最低限の装備として配られたのは、建物の詳細な見取り図と小型無線、そして相手を確保した証明となるテープ――取り押さえなくても巻き付けさえすれば良い条件は、単純な腕力や体重などで差が開き過ぎないようにするための配慮だろう。
「残り三分弱で緑谷くん達がスタートする。今の内にお互いの"個性"を把握しておこう!」
悪い提案ではなかったため、見取り図をしまいながら纏士郎は頷いた。
「飯田の"個性"は……足の速さが売りだったな」
「ああ、ふくらはぎがエンジンになっている。スピードならば誰よりも自信があるぞ! ちなみに原動力は100%オレンジジュースだ!」
「そりゃまた、地球にお優しいですコト」
次は爆豪くんだな、とエコカー飯田が話を振るも、
「何でンなコト話さなきゃならねぇんだクソが!! テメェらで勝手にやってろや!!」
取り付く島もないとはこの事か。
言葉のキャッチボールを試みたら違法改造されたピッチングマシーンで返されたようなものだ。
「本当に口が悪いな君は! 昨日の体力テストで緑谷くんの怪力を見ただろう!? 使用する度に彼もダメージを負ってしまうようだが、それでもあの"個性"は脅威だぞ! 少しでも情報交換して協力し合わなければ我々の負けだって十分に考えられる!」
「俺がデクごときに負けるってのか!? アァ!?」
「可能性の話をしているんだ!」
「その可能性が一ミリもねぇっつってんだ! 向こうはクソナードと丸顔とチビだぞ!!」
そう言い捨てて、爆豪は部屋から出て行ってしまった。
「あっ、待ちたまえ爆豪くん!」
「止めとけ飯田、ありゃ説得しようとするだけ無駄だ」
追い掛けようとする飯田を纏士郎は制する。
どんな因縁があるのかは知らないが、とにかく爆豪は緑谷を目の敵にしているらしい。今思えば対戦の組み合わせが決まった時、緑谷もコスチュームのマスクの奥で複雑な表情になっていた。
間違って弁当を食べたとか抜け駆けして彼女を作っていたとか、そんなレベルなら見せ物として楽しめるクラスメイト同士の喧嘩も――摩擦係数の高そうな二人の様子から察するに、興味本位で首を突っ込めば面倒事にしかならないのは明らかだった。
「にしても、クソナードと丸顔とチビねぇ。それ言っちまったら、こっちはチンピラとすぐキレる爆弾野郎と眼鏡だけどな。……で、どうするよ? 俺の"個性"だけでも教えとくか?」
「……時間もないし、仕方ないか。頼む」
始まる前からチームワークが破綻している現実に消沈しながら、飯田が促す。
纏士郎は近くの壁に右手で触れ、壁を構成するコンクリートが腕を伝って肘まで包み込む様子を飯田に見せた。
「俺の"個性"は『装纏』――見ての通り、触れたものを作り変えて鎧にする」
「ふむ、中々に応用力が高そうな"個性"じゃないか」
「いくつか条件はあるがな。まず第一に、生物には効かない」
コンクリートの鎧に覆われた右腕を壁から離す。
それまで触れていたところには、向こう側まで貫通する穴がぽっかりと開いていた。
直径は十センチ程度――その体積の分だけ、纏士郎が壁からコンクリートを奪った事になる。
「第二に、素肌で触れなきゃ無意味。鎧を作れるのも触れた部分から。壁に手で触ってるからっていきなり足には作れない。手から腕、肩、胴体を経由しないと無理だ。逆もまた然り」
「ふむ、君のコスチュームに袖がなかったり脱ぎやすいサンダルを履いてるのもそれが理由か」
「裏を返せば、触りゃあ"個性"は発動できる。必要な量さえあればサイズ変更や全身装甲、邪魔なバリケードそのものを鎧に変えて突破する事もできる」
こんな風にな、と壁に出来た穴の縁をゴツゴツ叩く。
作り変える量を増やせば、人が楽に通れるだけの穴も容易に開ける事が可能だ。
「なるほど、いざと言う時は脱出口も作れるのか。他に何か留意すべき点は?」
「作り変えるっつっても……材質までは変えられない。あくまで木は木、鉄は鉄、コンクリートはコンクリートのままだ。つまり、石炭を材料にしたからってダイヤモンドの鎧にはできない。鎧の強度や攻撃力も使った材料に左右される」
さらに言えば、銃火器のようにいくつもの部品が複雑に組み合わさったものは作れない。
鎧の形状は纏士郎の精神状態やイメージが強く影響するため、ネジ一本、バネ一つ、装填される弾薬まで正確に想像した上で寸分の狂いなく組み合わせなければ、見掛け倒しどころか最悪の場合暴発しかねないガラクタができあがるだけなのだ。
そしてそれ以前に、火薬も取り込まなければ空砲すら撃てない。
「要するに、銃だのメカだの下手に凝って使えねぇもん作るくらいなら、臨機応変に適当に作ってぶん殴った方が早いんだわ、俺の"個性"は」
昔はジェットエンジン付きの鎧で大空を飛翔する自分の姿を夢見たものだが、不良品を背負ってイカロスよろしく墜落するしかない現実に気付かされて諦めた。
部品の一つ一つを完璧に作り出せるほどエンジンの構造を熟知しているなら、ヒーローではなく航空エンジニアを目指した方がよっぽど適性が高いだろう。
「八百万くんのように何でも作れる訳ではないのか。そう言えば彼女、昨日は大砲を出してたな」
「一緒にされたら八百万に失礼だと思うぜ? ありゃあ国立図書館並みの知識量があってようやく使いこなせる"個性"だ。不勉強な俺にゃ真似できん」
んな事より、そろそろ時間じゃねぇか?
纏士郎がそう言った直後――階下で爆発音がした。
「まさか、爆豪くん!? もう会敵したのか!?」
『るっせぇっ!! 黙って守備してやがれ!!』
「……あのニトロ野郎、奇襲仕掛けやがったな」
どこまで緑谷を嫌っているんだあの男は。
無線は爆豪が一方的に切ってしまったため、ヒーローチームが三人一緒なのか、分かれて別々に行動しているのか、それすらも分からない。
様子見にしても攻めるにしても、本来ならば機動力に長けた飯田か、壁役になって足止めできる纏士郎がまず出向くべきなのに、爆豪が突っ走ったおかげでこちらまで情報不足だ。
断続的に聞こえる爆発音が、爆豪の緑谷に対する執着心の苛烈さを表していた。
「…………しゃーねぇ、俺も
「一人で大丈夫なのか? ここを二人で守った方が……」
「爆豪が緑谷に確保されたら三対二。麗日達がどれだけ戦えるのか知らねぇが、合流されて総力で来られるより、俺が下で待ち構えて時間稼いだ方がまだ勝てるだろ。守りは任せたぜ」
「……分かった! もし三対一になったら、核を抱えて制限時間まで部屋中逃げ回るさ!!」
一応それっぽく互いの拳を合わせる。
友情が芽生えたと言うより――問題児の暴走が原因で連帯感が生じたに近い。
「ああそうだ、行く前に一つだけ良いだろうか?」
「ンだよ?」
「実はずっと考えていた事なんだが……
「………………うんこ座りしてオラァコラァ言ってろ」
「おお、確かにそれはワルだ! そうしよう!!」
その場にしゃがみ込んで本当にオラァコラァ言い始めた飯田を見て、纏士郎は『ああ、コイツは頭が良くて真面目な馬鹿なんだな』と認識を改めるのだった。
◆ ◆ ◆
纏士郎達が戦闘を始めたビル――その地下。
オールマイトと順番を待つ生徒達は、六人の様子をモニターでつぶさに観察していた。
仕掛けられた定点カメラからリアルタイムで送られて来る映像は、ただ彼らを盛り上げるためのものではない。クラスメイトが同じ条件下でどう行動するのかを見て学び、己の糧とするのだ。
現在はほとんどが奇襲を掛けた爆豪と、迎え撃つ緑谷の戦闘に釘付けとなっている。
「スゲェなあの緑谷っての! "個性"使わないで渡り合ってるぜ!?」
「上手く避けてるねー!」
暴風のような爆破を繰り返す爆豪に対し、緑谷は最初の不意打ちこそ顔を掠ってマスクの半分を削がれたものの、それ以降は爆豪の動きを予測して的確に猛攻を捌き続ける。
単に避けるだけでなく、投げ技や確保証明のテープまで利用するその動き――無"個性"の頃から諦めず、夢に向かって歩き続けた結果の産物である事をオールマイトだけが気付いていた。
様々なヒーローの特徴や活躍を書き留めた、焦げ跡だらけのボロボロのノート。
その中に爆豪の名もあり、緑谷がどれだけ彼を尊敬し、才能を羨み、何時かは乗り越えなければならない壁として研究し尽くしたのかが痛いほど伝わって来た。
それは、雄の本能、と呼べるものなのだろう。
(胸を張れ、緑谷少年! 君の努力は今、間違いなく報われている!!)
彼に"個性"を譲渡した者として、オールマイトは誇らしさすら感じていた。
一方、先に進んだ麗日など眼中にない様子で、ひたすら緑谷のみを狙う爆豪。
絶え間なく爆発の光に照らされる形相は憤怒一色に染まり、肥大化して暴走する自尊心が皮膚を食い破ってしまうのではないか――そう思えるほどの強い圧力を伴った気迫が、モニター越しでも弱まる事なく見た者を襲う。
「なあ、これって訓練だよな? あそこまでイラつくか普通?」
「そりゃあ"個性"使わずにあそこまで粘られちゃあなぁ。舐めてやがる、とか考えてんじゃね?」
「見てるこっちが怖くなってきたよ……」
訓練から逸脱しつつある光景に、皆が恐れを抱く中、
「ケロ。皆、あっちを見て」
冷静な蛙吹が、端にあるモニターを指差す。
派手な戦闘にばかり目が行きがちだが、これが三対三のチーム戦である事を忘れてはいけない。
「あれは、麗日さんと……」
「コーちんだ!」
意地と意地がぶつかり合うその裏でも、別の攻防が静かに始まろうとしていた。
◆ ◆ ◆
「甲鎧くん……」
「よう、麗日。可愛は一緒じゃないんだな」
「残念だけど、別行動中だよ」
あかん、最悪のパターンや。
緑谷を一人残し、上のフロアを目指して階段を上り続ける――その中ほどで下りて来た纏士郎とばったり出会ってしまった麗日は、心の中で自身の運の悪さを呪った。
開始直後に爆豪が殴りに来る事を緑谷は想定し、そうなった場合に各自がどう動くべきか、そのプランも事前にしっかりと打ち合わせ済み。
結果、緑谷の読みは見事に的中し、自らが囮となって麗日と、そして今現在姿が見えない可愛が自由に動ける状況を作り出す事に成功したのだが――あくまでそれは、緑谷が幼馴染として爆豪の人間性を熟知しているからこそ効果があった策であり、昨日同じクラスになったばかりの纏士郎がどのような意思でどう動くかなど考慮されているはずもなかった。
(上で飯田くんと一緒に核を守ってるなら、デクくんや幼子ちゃんと合流するまでバレないようにその場で待機。でももし、爆豪くんみたく一人で動き回ってて、万が一出くわしちゃったら――)
戦闘は避けられない。
多分、これが一番勝ち筋が薄いパターンだよ、と緑谷が言っていたのを思い出す。
しかもここは通路ではなく、足元が不安定な階段。
ヒーローを目指している以上、同い年の普通の高校生より鍛えてはいるつもりだけれど、改めて対峙すると纏士郎との体格差に戦意がどんどん削られていくのを自覚せざるを得ない。
それでも触れば、対象を無重力状態にするこの指で触りさえすれば。
(うん、大丈夫! 私だってやればできる、多分!!)
いきなり宇宙遊泳を体験させられたら、どんな大男だって戸惑う。
体重を失ったその隙に思いっ切り投げ飛ばせば、倒せないにしても起き上がるまで少しは時間が掛かるはずだと麗日は己を奮起させる。
今は四階――核が設置された五階までもう少し。
何より、下では今も緑谷があんな凶暴な幼馴染を相手に必死に頑張っているのだ。ここで自分も男を――もとい、女を見せなければ立つ瀬がない。
そんな麗日の先手を取るかのように。
「――――――」
「………………へ?」
纏士郎が発した一言に、思わず耳を疑った。
◆ ◆ ◆
「HAHAHA! 甲鎧少年もエグい事するなぁ!!」
自分だけが受信できる現場の音声を聞き、オールマイトは堪え切れず哄笑する。
戦意を奮い立たせていた麗日を、戦わずしてその場に縫い付けた纏士郎。階段に座り込んだ彼の姿は、さながら上階にあるものを守護する
緑谷と爆豪の戦闘とはあまりに対照的――嵐が過ぎた後の凪のように静止する動画に、生徒達は何が起こっているのかピンと来ないらしく二人を注視したままだ。
「アイツ、何かしたんスか? 喋ったと思ったら麗日まで動かなくなっちまったし……」
「ただ殴り合うだけが『戦闘』じゃあないって事さ、上鳴少年! さてクエスチョン! どうして麗日少女が動けなくなっているのか分かる子はいるかな!? 挙手制だぞ!」
「はい」
「はい、八百万少女!」
推薦入学者の一人、八百万百が一歩前に出る。
教師としてと言うか常識ある大人として『年頃の女の子だけど大丈夫なのそれ?』と心配になるコスチュームの八百万は、毅然とした態度で言う。
「恐らく甲鎧さんは麗日さんにこう言ったのだと思われます――『通りたければ通れ』と」
「……? それでどうして麗日が動けなくなるんだよ?」
「だよね。通れと言ってくれたのなら遠慮なく通れば良いだけさ☆」
「クラスメイトとしての会話だったなら何も問題はないでしょう。ですが今、あの二人は敵同士の立場にある。これから戦うつもりだった
「あー……そりゃ無理だ。百パー罠疑うわ」
「ウチも苦手だなぁ、そーゆー駆け引きっぽいの」
訓練とは言え、日常ではない緊張した状況。
そんな中で、戦うしかなかった相手からのまさかの戦闘放棄宣言。
真っ向勝負以外の選択肢を強制的に増やされた麗日は、つまり『ジャンケンしようぜ! ただし俺チョキ出すけど!』と言われ、直感で選ぶべき最善手を余計な思考で塗り潰されたのだ。
進めば背中から攻撃されるかも知れない。後退を選んでも、背を向けてしまえば同じ事。
(各自がどう行動してるかの把握に、体力の温存と足止め。しかも自分は時間が過ぎるのを待てば良いのに対して、麗日少女は残り時間が減れば減るほど冷静な判断が下せなくなる!! 肉体派に見えてまさかの頭脳派、爆豪少年とは別の意味ですんごく
たった一言。
たった一言で"個性"すら使わぬまま、蛙を睥睨する蛇のように相手を抑え込む技量。
オールマイトが纏士郎の底知れない魔獣性を危惧する中、
「コーちんってば変なトコで意地悪だからねー。ババ抜きとかUNOとか全然勝たせてくんないし」
何故か誇らしげな三奈の声が、妙に大きく聞こえた。
そんな三奈に、峰田が恐る恐る尋ねる。
「…………なあなあ、ずっと聞きたかったんだけどよー。もしかしてもしかしなくても、芦戸って甲鎧と付き合ってんの? 彼氏と彼女でイチャイチャする羨ましい間柄なのか……?」
(峰田少年、今授業中なんだけど!)
相澤くんだったら問答無用で黙らせるんだろうなぁ……、と教師歴が一年未満のオールマイトはスマイルを浮かべたままどう注意すべきか迷う。
その横で、思わぬ質問を受けた三奈は顔を沸騰させてわたわたと手を振った。
「ちち違うよ!? 彼女なんかじゃないって!? そりゃコーちんとは幼馴染だけど付き合うとかイチャイチャするとかそんな……そんなんじゃないから! まだ、全然……」
言葉では否定、しかし態度で器用に肯定。
「三奈ちゃんて分かりやすいんだねー」
「こりゃ確かに甲鎧もからかい甲斐があるだろうね」
「ぬぐぐぐ…………チキショー!! 殺れ麗日! そいつはモテない男の敵だー!!」
「そうだそうだ! 宇宙の果てまでぶっ飛ばしちまえー!!」
モテないらしい峰田と上鳴が血涙を流さんばかりの剣幕で絶叫する。
最近の若い子って面白いなぁ、と微笑ましい反面、ふと、自分のプライベートも彼らとそれほど変わらないのではないか――そんな危機感にも似た感覚をオールマイトは抱いた。
男女を問わず知人友人は多い方だが、心を許すほど親しい女性となると、
図らずもナンバーワンヒーローになった今はともかく、健全な高校生だったはずの雄英生時代は女性に言い寄られた事などなかった……気がする。
ヒーローの責務やワン・フォー・オール継承者である緑谷出久の育成もあるため、誰かと恋仲になりたいとは今さら思わないが――
(……あれ!? もしかして私も実はモテなかった側!?)
さしものオールマイトも、心の何処かで訓練だからと楽観的だった。
そして、緑谷と爆豪の間にある確執を甘く見ていた。
爆豪が手榴弾型の籠手を弄って、緑谷にその『砲口』を向けるのを目の当たりにするまでは。
「……っ!? ストップだ爆豪少年! 殺す気か!!」
◆ ◆ ◆
『ストップだ爆豪少年! 殺す気か!!』
オープンになっていた無線の向こうでオールマイトが叫んだ直後。
開戦の狼煙代わりになった爆発音とは比較にならないほどの振動と轟音が、麗日と纏士郎のいる階段にまで到達した。窓ガラスが全て吹き飛び、ヒビが入った天井や壁が軋む――建物そのものが倒壊しかねない爆撃に、それまで麗日から目を離さなかった纏士郎も柳眉を吊り上げた。
「……ンの爆発野郎、加減ってもんを知らねぇのか!!」
(チャンス!!)
纏士郎の意識が外れた一瞬の隙に、麗日は彼の横を通り抜ける。
腕を掴まれるか、そうでなくとも呼び止めるくらいはされると思っていたのだが、予想に反して纏士郎は麗日には見向きもせず、飛び下りるように階下へ消えた。
(まだ上には飯田くんがいるから、まずはデクくんを捕まえに行ったのかな……?)
であれば、悠長にはしていられない。
ただでさえ足止めされて、残り時間にも余裕がなくなっているのだ。今から相手チームを三人共捕まえるなんて不可能に近いため、何が何でも核の回収を成功させなければ。
「……幼子ちゃん。デクくんの作戦通り『プランC』に移行だよ」
『了解で~すよ』
同じフロアにいる飯田に気取られないよう、可愛の声は砂を擦り合せたようにか細い。
『こちらの準備ももうすぐ終わります。ところで今の揺れは一体……?』
「多分、爆豪くんの仕業やと思う。それで、飯田くんはそこから動いとらんの?」
『何か知りませんけど、しゃがんでオラァコラァ言ってますね』
「どんな状況なん、それ!?」
『さあ? とにかく、そろそろバレそうなんでお早くー』
「あ、うん! タイミングは私に合わせてね!」
通信を切って可愛と飯田が待つ五階、中央の部屋に麗日は正面から乗り込んだ。
「飯田くん、覚悟ぉ!」
「ようやく来たか麗日くんオラァ! 待ちかねたぞコラァ!」
(ホントにオラァコラァ言うとる!)
吹き出しそうになるのを必死に堪え、五指で自分自身に触れた。
そのまま核の前に立ちはだかる飯田の頭上を、重さが消えた身体で跳躍して飛び越える。負担が大きいため現時点でのとっておきの必殺技だが、出し惜しみをしている場合ではない。
この必殺技こそ『プランC』のなくてはならない鍵なのだから。
「自分も無重力にできるのか! だが――まだだ!!」
「なぁー!?」
飯田の"個性"であるエンジンが火を吹き、核のハリボテを抱えて距離を取られてしまった。
すっかりワルに染まり、両手を広げて呵々大笑する飯田。
「ふはははは! 詰めが甘かったなヒーロー! ふははは、ふははははははは――――は?」
その笑いも、天井に見て呆けた声に変わった。
驚愕に見開かれた飯田の目線の先にあるのは、確保証明のテープだ。そよ風に揺れる葉のようにゆらゆらと漂うそれは蜘蛛の巣状に広がり、端にはモコモコとした白い毛玉が付いている。
いや、飯田に向かってピコピコと手を振るその毛玉は、毛玉ではない。
「やっはろー」
「可愛くん!? まさか、ずっと天井に張り付いていたのか!?」
「お茶子さんの"個性"のおかげで~すよ。通風ダクトを進んだり、音を立てずにテープをこの形に広げたりするのはちょーっと骨が折れましたけど」
「くっ……だが二対一になったところで、君達に俺は捕らえられんぞ!」
「そうでしょうか? ――お茶子さん!」
「うん!
麗日は両手の五指を合わせて、全ての無重力を解除。
可愛と共に蜘蛛の巣テープの端をそれぞれ握り、重力に引き寄せられるまま落ちていく。
二人の落下地点を結ぶ中心、即席捕獲ネットの範囲内にいるのは――
「ぬぁっ!? し、しまっ……」
その光景は、まるで虫取り網で捕まったトンボのようだった。
核兵器ごと豪快に動きを封じられた飯田に、可愛は言う。
「飯田さんの"個性"は本当に凄いですが、体力テストの時に、発動まで一瞬タイムラグがある事に気付きました。だったら、少しくらい動かれても捕まえられる『網』を用意すれば良いのでは、と考えました。それを組み込んだ作戦を緑谷さんと打ち合わせて実行したんです。エンジェルさんや爆豪さんがこの部屋に残っていたら使えない手でしたけど」
お茶子さんのと合わせて二人分のテープじゃ『網』の大きさに限界ありますから、と。
そう締め括り、麗日に持ち上げられた可愛はにっこりと微笑む。
「……見事だ」
その矮躯に似合わぬ神算鬼謀に、テープにくるまれた飯田はがっくりと項垂れた。
「ふふふ、見た目は子ども、頭脳は大人。その名は名策士カワイちゃん!」
「それはアウトや!」
◆ ◆ ◆
麗日が飯田の前に姿を見せた、ほぼ同時刻。
◆ ◆ ◆
何故勝ちたいのか。
そう問われたら緑谷出久はこう答える。
自分よりも凄い人だから、だからこそ勝ちたいのだ、と。
「幼馴染で……小さい頃からずっと一緒だったから、僕にとっては、オールマイトと同じくらいヒーローだったから――かっちゃん! 僕は君を越えたいんだ!!」
「そのツラ止めやがれクソナード!!」
オールマイトにワン・フォー・オールを譲渡され、切れる寸前糸のように細かったヒーローへの道幅はかろうじて広がった。それはまだまだ、どうにか強引に身体を捻じ込める事ができる程度の狭き道ではあったが、憧れのヒーローに認められた喜びが発破となり、無"個性"だった頃に自分を押し潰そうとしていた絶望は払拭されていた。
しかし"個性"を得た事で緑谷は逆に、目の前の幼馴染の凄さを改めて思い知る。
掌の汗腺からニトロのような汗を分泌して爆破させる爆豪の"個性"――火力は元より、機動力に応用力、派手さも申し分ない。加えて本人の卓越した戦闘センスが、ようやく背中に追い付いたと思って伸ばした緑谷の手を簡単に振り払う。
(スタートラインは同じじゃないけど! "個性"の扱い方も全然差があるけど!!)
富や名声が欲しい訳じゃない。
周りの人間にチヤホヤされたい訳でもない。
ただ純粋に、
(訓練でも勝てないようじゃ、本物の
一対一では敵わない。
ここまで消耗してしまったら飯田と纏士郎を相手にする事もできない。
故に最悪の場合も含めて緑谷が立てた策は、いずれももう一つの勝利条件である核兵器の回収を主軸にしたものに限定されている。
これはチーム戦。
自分は勝てなくても『自分達』が――麗日と可愛が勝利を収めれば良いのだから。
(制御ができない以上、かっちゃんを狙うのは論外! ならパンチの衝撃で、一瞬でも五階にいる飯田くんの注意を逸らせれば――!!)
こちらに迫る爆豪は、右の掌での爆破を狙っている。
カウンターで迎える形を取れば、本当の目的には気付かれない。
(左腕を囮で捨てて、右腕に全集中!!)
コスチュームの袖が弾け、剥き出しの腕に血管と筋肉が沸騰したかのような熱が生まれる。
オールマイトが無線で中止を呼び掛けるが、お互いにもう止まらない。止められない。
「DETROITォ……!!」
「死ねえええええぇぇっ!!」
左腕で爆破を受け「SMASH!!」と天井に向けて拳を突き上げようとした、その時――
「――『
眼前の相手に集中していた緑谷と、そして頭に血が上った爆豪の意識の範囲外から、身の丈よりさらに巨大なコンクリートの腕が襲い掛かり、二人を両手で握り込むように捕らえた。
狙いを外されたワン・フォー・オールのパワーが巨人の指を何本か砕き飛ばすが、圧死させないギリギリに調整された握力が弱まる様子はない。
「ぐぅっ……!」
「ンだこりゃあ!! 放しやがれ!!」
掌が身体に密着した状態のため"個性"を使えず、怒鳴るくらいしかできない爆豪。
「……済まねぇな緑谷。俺としても止めたくなかったんだが」
そう言って粉塵の中から現れたのは、上にいるはずの纏士郎だ。
緑谷達を捕まえたこの両手は、彼が腕に纏わせた即席の鎧だった。
「こ、甲鎧くん……」
「このクソノッポが!! 何で俺まで捕まえてんだコラァ!!」
「……むしろテメェを狙ったんだっつの。爆豪、俺らが何守ってんのか忘れてんじゃねーか?」
言葉の意味が分からない緑谷達に向けて、
『ヒーローチーム、ウィィィィン!!!』
「…………あーららら」
一体誰が勝ち、誰が負けたのか――納得がいかない終了宣言が突き付けられた。
ヒロアカ映画見て来ました。
あまりネタバレしたくありませんがこれだけは言わせてほしい。
……三奈ちゃんの出番はぁ!?
ラフな私服も可愛いけど、出番はぁっ!?