身体に鎧を、心に愛を   作:久木タカムラ

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前回が長かったので、今回は少し短めに。



6. オールマイト、膝をつく:先生と宣誓

「………………Oh」

 

 名高きナンバーワンヒーローが陰を背負い、打ちひしがれている。

 普通ならまずお目に掛かれない珍しい光景に、コスチュームを着た生徒達はどうしようか……と互いに顔を見合わせ、オールマイトが膝をつく原因を作った三人に目線を向ける。

 ちなみに緑谷は爆豪との戦闘と全力を出してしまった反動、加えて最後に受けた纏士郎の一撃でダメージと疲労が限界を超え、搬送ロボの手で白衣の老婆が待つ保健室送りにされた。

 

「コーちぃん、ちょっと言い過ぎだったんじゃない?」

「言い過ぎも何も、俺も可愛も八百万も思った事言っただけだろが」

 

 事の発端は、戦闘終了後の講評まで遡る。

 初戦は緑谷、麗日、可愛のヒーローチームの勝利となったのだが――六人の中で誰が一番的確に行動していたかでオールマイトが飯田の名前を挙げ、その理由を八百万百が非の打ちどころもなく完璧に答えてしまった事が、新米教師が挫折を味わっている間接的な原因とも言えた。

 八百万曰く――ヒーローチームの勝利は、訓練の認識の甘さによる反則のようなもの。

 それに関しては、負けた(ヴィラン)チームの纏士郎は特に反論する気はなかった。明らかな反則行為を緑谷がした訳ではないし、訓練だからと甘さがあったのは爆豪の独断専行を許した纏士郎も同じ。

 言いたい事があるとすれば、訓練の内容そのものについてだ。

 

『……飯田に気付かれなかったんなら、そのまま麗日に"個性"解除してもらって核にタッチすれば良かったんじゃねぇか?』

 

 左半身を氷で覆った轟焦凍の質問に、可愛はこう答えた。

 

『実際の現場でもタッチしてはいオシマイってなるなら、そうしま~すよ?』

 

 簡潔ながら重みを含んだその言葉に、誰も何も言えなかった。

 鬼ごっこでもあるまいし、対象に触れただけで回収扱いになるのがそもそも不自然なのだ。

 本当に核兵器だったなら、爆発させないよう起爆装置の解除は大前提――そうでなくとも(ヴィラン)が拘束すらされていない状態では、一時的に回収できたとしても奪い返される可能性は高い。

 だからこそ可愛は、まず飯田を捕らえた上で核を回収する道を選んだ。

 

『まあリアリティですよ、リアリティ』

『じゃあ、最後に甲鎧ちゃんが味方のはずの爆豪ちゃんまで取り押さえたのは?』

『別に裏切ったとか可愛と示し合わせたとかそんなんじゃねぇよ』

 

 纏士郎は単に、アジトと一緒に核で吹っ飛ばされるのは御免だっただけだ。

 

『飯田が守ってたのが本物で、あのまま景気良く戦闘を続けたとしたら、まず間違いなく誘爆して周囲一帯が焦土と成り果てるか、そうでなくとも揺れやビルの崩落で容器が破損して放射能汚染が広がっただろうよ』

『だから緑谷も爆豪もとっ捕まえたのか……』

 

 最初から心中するつもりの計画だったならまだしも、私怨で暴れ回った挙句他のメンバーにまで危険を及ぼすような奴なら、同じチームだろうと問答無用で拘束して然るべきだ。

 勝手に燃え上がった導火線は、急いで踏み消すしかないのだから。

 

『エンジェルさんはそうなんでしょうけど――ぶっちゃけ私の場合、戦力として見られてない自覚ありましたし、意地でも誰かをふん縛って転がして、目の前で高笑いしながら勝利宣言したいって思惑もありましたけどね』

『うわー……可愛ちゃんって結構ブラックなんだね!』

『コーヒーはミルクと砂糖たっぷり派です!』

 

 どちらかと言えば纏士郎は無糖のアメリカンが好みだ。

 コーヒー絡み(アメリカン)で思い出したが、オールマイトは大学時代アメリカに留学していたと雑誌の記事か何かで読んだ気がする。今回の戦闘訓練の設定がやけに欧米チックなのも、その時に起きた事件や経験が影響しているのかも知れない。

 しかしだからと言って、核兵器まで持ち込んで馬鹿をやらかそうと考える輩が、この現代日本にどれだけいる事やら。

 核を何処からか調達できるほどの力を有する個人や組織なら、自分達の"個性"を悪用した計画を練った方がリスクやコストが少なくて済むとすぐに気付くだろう。それこそ核兵器に匹敵とまではいかなくとも、その気になれば大量殺戮を行える"個性"を持つ人間など数え切れない。

 

『せめて誰かを一般市民の人質役として配置すべきでしたわね』

『もしくは、捕まった状態からの脱出とかでしょうか』

『何にしても、発射台もないのに砲弾の形にしてる時点でその(ヴィラン)は馬鹿確定だ』

 

 要するに――自分で動く事もできず、運搬と管理にも神経を使い、大多数の人間がどうやったら手に入るのかすら知らない核を回収対象にしたこの訓練は、

 

『『『設定も条件も適当過ぎて、あまり意味がない』』』

『オゥフッ!?』

 

 奇しくも八百万、可愛と同時に言い放ってしまったがために、初めての授業だからと張り切って舞台設定を考えたらしい我らがオールマイトが言葉の暴力に打ちのめされた。

 そして今に至る。

 

「私がぁー…………教え子達の手厳しい意見にもめげず立ち直ったぁ!!」

「……自分で言ってりゃ世話ねぇよ」

「しーっ! 授業進まねぇから黙ってろって!」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 復活したオールマイトにより再び対戦の組み合わせを発表され、轟と障子の話が弾みそうにないヒーローチームと、尾白と葉隠の画的に地味な(ヴィラン)チームが戦闘を始めた。

 だが――それは『戦闘』とは名ばかりの、一方的な制圧劇だった。

 モニターの向こうに広がるのは、轟の強力無比な"個性"で全てが凍り付いた世界。尾白と葉隠の両足も、核兵器さえも氷塊で埋まり、建物の外に退避した障子以外で動けるのは轟ただ一人だけ。

 

「核の損傷を防ぎ、敵も弱体化させ、しかも一瞬で勝負を決めるか!!」

「最強かよ!!」

「へーくしょい!!」

 

 地下にあるモニタールームも余波を受け、まるで冷凍倉庫のような有様だ。

 纏士郎も含め、動きやすさやファッション性を重視したためにほぼ全員が薄着に近く、魚市場のマグロよろしく固まってしまうのも時間の問題だった。

 

「女子ー! 寒かったらオイラを抱き締めて良いからなー!」

「ほわー、幼子ちゃんモッフモフのホッカホカやねー!」

「麗日、次、次アタシ! ぬくもりチョーダイ!」

「わ、私にも少しだけよろしいでしょうか……」

「ふははははー、私にモテ期来ちゃいました!」

「無視かよおおおっ!!」

 

 こんな時まで性欲の塊な峰田はグレープシャーベットにでもするとして。

 轟が左手で核兵器に触れた途端、周囲の氷がシュウシュウと湯気を上げて溶解していく。一瞬でビル全体を氷漬けにしただけでなく、それを元通りに戻すほどの熱を生み出す"個性"――八百万と同じく四名しかいない推薦入学者らしい、他の追随を許さない能力だ。

 しかし……何故だろうか。

 纏士郎の目には、熱を発する際の轟の顔が不快に歪んだように見えた。

 

「いやもー、カッチンコッチンで手も足も出なかったよー!」

「透ちゃん、霜焼けとか大丈夫?」

「障子も索敵だけで不完全燃焼なんじゃねぇか?」

「……チームワークの勝利と言う事にしておいてくれ」

 

 戻って来た四人――特にコスチュームを脱いで完璧に全裸な透明人間だった葉隠は、寒かったり熱かったりの急激な温度変化をまともに受けたため、体調を崩してもおかしくない状態だった。

 手袋を震わせて「インビジブルッ」とウケ狙いとしか思えないくしゃみをする彼女に、纏士郎は自分のロングコートを頭からばっさりと被せる。

 

「ふえっ!?」

「しばらくそれ羽織っとけ。何も着てないよりマシだろ」

「……ありがと……」

 

 透明人間からコートの浮遊霊に変身した葉隠が、もごもごと礼を述べた。

 それば別に良いのだが、女子からの視線が妙に集中するのは何故なのか。取り分け三奈の眼光が獲物を前にしたメデューサみたいになってしまって超怖い。極めたら目から石化ではなく濃硫酸のビームでも発射するのではなかろうか。

 

「見ましたか非モテ男子共。あれがデキる男のさりげなさで~すよ」

「チャラそうな上鳴には無理だろうけどね」

「お、俺にだってやれるわ、あれくらい! 上着貸してやろうか!?」

「言われてからじゃ遅いと思うわ、上鳴ちゃん」

 

 蛙吹の容赦ない指摘に、上着を脱ぎかけていた上鳴が消沈し肩を落とす。

 その後は順番に訓練を続け、初戦のようなトラブルもなく、教師と生徒それぞれが今後の課題や得るものを得てナンバーワンヒーローの授業は終わりを迎えた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 傷の具合が思ったよりも深刻なのか終鈴が鳴っても緑谷は戻らず、コスチューム姿のまま教室に現れたのは放課後になってからの事だった。

 

「おめースゲェな! 何言ってたか分からなかったけど激アツだったぜ!!」

「わっ、わっ!?」

 

 激闘を繰り広げた傷だらけの主役を、訓練の反省会と言うお題目で駄弁っていた切島や三奈達が歓声で出迎え、改めて名乗ったり称賛の言葉を送ったりと矢継ぎ早にまくし立てる。

 あまり接点がなかった面々に押し寄せられ、目を白黒させる緑谷。

 同じチームだった麗日は、アームホルダーで吊られた緑谷の右腕を見て表情を曇らせた。

 

「デクくん……怪我、治してもらわなくて平気なん?」

「い、いや、これは僕の体力的な問題だから……。それより麗日さん、かっちゃんは……?」

「爆豪ならさっき帰っちゃったよ?」

 

 三奈が言う。

 緑谷との戦闘の直後から火が消えたように――不気味なほど静かだった爆豪は、放課後になると同時に皆が呼び止めるのも聞かずに教室から出て行ってしまった。

 あの時、纏士郎が止めなければ緑谷と爆豪の戦いも決着していた。

 個人の勝利にしろチームの勝利にしろ、戦術面において緑谷に劣っていた事に気付いたはず。

 元より反省会などに自主的に参加する性格だとは纏士郎も思わないが、今回の一件は爆豪なりに考えさせられるものがあったのかも知れない。

 

「……アイツに用事でもあんのか?」

「あ、別に大した事じゃないんだけど…………うわわわっ!!?」

 

 時には一人で悩むのも必要――なのだろうが、誰かから発破を掛けられただけで案外あっさりと解決してしまう問題だってある。

 緑谷の右腕に配慮しながら、纏士郎は彼を肩に担ぎ上げた。

 

「こ、甲鎧くん、いきなり何を!?」

「今から追っ掛けりゃまだ間に合うだろ。言いたい事あんならさっさと吐き出すに限る」

「甲鎧くん! どのような理由があろうと廊下を走るのはいかんぞ!?」

「走るかよメンドクセェ」

 

 教室の窓を開け、縁に靴を脱いで裸足になった右足を掛ける。

 見ていた何人かはそれで纏士郎の次の行動を察したようだが、いやいやいやまさかだよね……と頭を振って否定しようと頑張り、顔が真っ青な緑谷も目で必死に訴える。

 つまりは、階段とかより最短距離が一番だよね、と言う事だ。

 

「み、三奈ちゃん、甲鎧くん止めんと!! デクくん死んじゃう!!」

「あー……もう手遅れっぽいよ?」

「舌噛むなよ緑谷ぁ!!」

 

 そして、飛んだ。

 

「うわあああああああぁぁぁぁぁっ!!??」

「デクくぅぅぅぅぅんんっ!?」

 

 緑谷の涙と叫びを撒き散らしながら、二人は衣服をはためかせて落ちていく。夕日に照らされた全面ガラス張りの校舎に、投身自殺の最中としか思えない若者二名の姿が映り込む。

 

「おっ、爆豪いたぞ!」

「今それどころじゃばばばばばばばばぁぁっ!!」

 

 緑谷の顔が風圧で凄い事になっている。

 当然ながら、生身のままこの高度と速度で地面に激突すれば纏士郎もただでは済まない。

 狙っていたのは、落下地点にある屋外灯。

 右の素足が外灯に接触するのと同時に、一部を鎧に作り変え、まるで空き缶のように鉄柱を縦に踏み潰しながら落下の衝撃を殺していく。金属特有の甲高い音を立てる鉄柱が根元近くまで無残に潰されたところで、二人の勢いはようやく止まった。

 

「おら、さっさと行って来いよ」

「う、うん……死ぬかと思った……」

 

 相澤先生に怒られるんだろうなぁ……と、落下の恐怖にふらつきつつ爆豪の元に向かう緑谷。

 その場に留まった纏士郎には、どんな会話かは分からない。無理に立ち会ってまで聞きたいとも思わないし、立ち会う権利もないと判断したからだ。ただ――誰彼構わず、軽々しく話せるような内容ではない事だけは、緑のモサモサ頭の様子から容易に推察できた。

 初めは訝しげに黙って聞いていた爆豪も、話が進むにつれて生来の気性が戻ったらしく、今にも泣き出しそうな剣幕で咆哮する。

 それは負け犬の遠吠えなどではなく、誓いを込めた叫びだった。

 

「こっからだ! ここから俺はもっと強くなって……デク!! テメェにも、あのクソノッポにも二度と負けねぇくらい強くなって!! オールマイトを超えるヒーローになってやる!!」

「……そいつぁ楽しみだ」

 

 外灯の残骸を完全に踏み潰し、口を三日月の形に歪めて纏士郎は笑う。

 必要のない喧嘩も戦闘も面倒臭い。トップヒーローになりたい訳でもない。

 だが誰かが自分を目標の一つに定め、しかも打倒を誓ったとなれば、切島ほどではないにしても血が沸き立つ感覚が抑えられないのは男として仕方のない事だった。

 

「いたー!! 爆!! 豪!! 少!! ぬぇぇぇぇぇぇんんっ!!!」

 

 ……どうでも良いが、あのアメコミ先生にはもう少し空気を読む力が必要だと思う。




……葉隠ちゃんを格闘技系で強くした小説も面白そうだと思ったけど、最終的に「それ攻殻機動隊の少佐じゃん」ってなりました。

次回は委員決めやらすっとばしてUSJの予定です。
いい加減に主人公を暴れさせないと…

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