身体に鎧を、心に愛を   作:久木タカムラ

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技名の理由はあれです、好きだからです。


8. その名を呼べば:HEROES

(…………ジーザス!!)

 

 扉を蹴破り、息せき切ってUSJに駆け付けたオールマイトは、広がる光景を目の当たりにして心中で悪態を吐いた。

 本来なら人命を救うための術と心構えを学ぶ尊き場が、現在は有象無象の心悪しき者達によって占拠され、相澤と13号が重傷を負って地に倒れ伏している――愛する生徒達を守ろうと、彼らが並みいる悪党共を相手に必死に応戦したであろう事は一目で分かった。

 仮眠室で休んだりせず初めから自分も授業に参加していたなら、同僚と後輩がここまで酷い傷を負う事もなかっただろう。子ども達を怖がらせる事もなかっただろう。

 来る途中ですれ違い、経緯を教えてくれた飯田は、クラスメイトを残して自分だけ離脱した事を悔いて今にも泣き出してしまいそうな表情だった。

 出勤前に事件を数件解決して遅れたから――誰かを助ける事に躊躇う必要などない。

 緑谷出久に"個性"を譲って活動時間が減ったから――志高き若者に手を差し伸べて何が悪い。

 校長の長話に付き合わされたから――身を案じてくれる恩師のせいにするなど言語道断。

 

『ほら、やはり君は何も守れやしない。平和の象徴が聞いて呆れるね』

 

 怒りに燃える脳裏に、幻聴が木霊する。

 この世の悪意を凝縮させたような――ともすれば聞いた者に心地良さすら感じさせる、人の心の隙間に静かに入り込むあの宿敵の声が。

 

(ああ分かっている、分かっているとも!! 全ては己の不甲斐なさが招いた結果だと!!)

 

 だからこそ、未熟だろうと何だろうと言わねばならない。

 これ以上の悪逆非道を行わせないため、少年少女を安心させるため――『平和の象徴』と万人に称される者として、一人のヒーローとして、でき得る限りの義務と使命を果たさねばならない。

 

「もう大丈夫――私が来た!!」

「オールマイトォォォ!!」

 

 ネクタイを引き千切った自分の顔は、いつもの笑みが消えてしまっているに違いない。

 無数の手を張り付けた首魁と思しき青年と、自分にも匹敵する黒い巨漢――そんな二人と懸命に対峙しながらこちらを見る緑谷の表情が、安堵よりもむしろ不安が増したように歪んでいた。

 目にも止まらぬ速度で、オールマイトは階段を一気に飛び降りる。そのまま自分の姿に動揺する下っ端(ヴィラン)達の意識を当て身で刈り取り、ピクリともしない相澤の身体を優しく抱き上げた。

 無残に圧し折られた腕、止めどなく流れ出る血で真っ赤に染まる顔面――生徒達に守られている13号と同様に、今すぐにでも病院に担ぎ込まなければならないほどの大怪我だ。

 

「相澤くん、遅れてすまない……」

 

 本当にただの遅刻だったなら、彼は『不合理ですね』と呆れも隠さずに言った事だろう。

 けれど、ウマが合わなくても決して嫌いではない同僚は、途切れてしまいそうな弱々しい呼吸を繰り返すだけで一言も発してくれない。

 これが終わったら土下座でも何でもしようとオールマイトは心に決め、首魁と大男の間近にいる緑谷と蛙水、峰田を左腕一本で回収する。

 

「っ!? あ、ああ……ごめんなさい、お父さん……!」

 

 三人を助ける際に牽制のつもりで軽く殴ったのだが、顔に張り付いていた手を落とされた首魁の男は思った以上に取り乱し、地面に転がる左手を『お父さん』と呼んで拾い上げると、ボソボソと不気味に何かを呟き始めた。

 

「……皆、相澤くんを連れて早く入口に。ここにいては危険だ」

「駄目ですよオールマイト!!」

 

 悲痛な声で制止する緑谷。

 

「あの脳ミソ(ヴィラン)は僕のパワーが通じなかった! きっとアイツの"個性"は――」

「緑谷少年!」

 

 自分の力が通じなかった――つまりワン・フォー・オールを受け止められる"個性"を持っている可能性があると、緑谷はそう言いたいのだ。ましてや、彼に"個性"を譲渡して残り火が燻るだけの今の状態では、活動時間内にあの得体の知れない大男を倒せるかどうかも正直怪しい。

 それでもオールマイトは緑谷の言葉を遮り、笑顔で断言する。

 

「大丈夫さ!!」

 

 根拠のない気休めなどではなく、自分を奮い立たせて勝つために。

 

「Carolina――」

 

 両腕を顔の前で交差させ、大男に突っ込む。

 どのような"個性"を持っているにしろ、まずは相手を知らなければ。

 

「――Smash!!」

 

 両側の鎖骨から脇腹へ抜ける、斬撃のようなクロスチョップ――大抵の(ヴィラン)ならばこの一撃でも十分に戦闘不能にさせられるのだが、緑谷が言った通り、大男は応えた様子もなく剥き出しの脳に埋め込まれた目でオールマイトをギロリと睨み付ける。

 

「ホンットに全然効かないのな!!」

「そりゃあそうさ、脳無には『ショック吸収』が備わってるからね。ダメージを与えたいなら肉を抉り取るとかが有効かもよ。それを許してくれるかは別として」

「わざわざ説明ありがとう!! そう言うワケならやりやすい!!」

 

 慢心の表れなのか、大男――脳無に攻撃を繰り返すオールマイトを嘲笑うように、首魁の青年は打撃が通用しないタネを暴露する。ならばとオールマイトは脳無の背後に回って胴体をがっしりと抱え込み、身体を大きく弓なりに反らしてバックドロップを見舞う。

 だが、伝わって来たのはコンクリートの固さではなく、薄い膜を突き抜けたような感触。そして床にめり込んでいるはずの脳無の上半身がブリッジ状態のオールマイトの背中の下に現れ、脇腹にその太い指を深々と突き立てた。

 

「……良いね黒霧、期せずしてチャンス到来だ」

「あイタタタッ!?」

「コンクリの床にぶち込んで動きを封じようとしたんだろうけど、そいつは不可能だぜ? 脳無はお前並みのパワーにしてあるんだから、本気で止めたいなら重りを何トンも載せるとか、お前でも身動き取れなくなるような方法じゃないとな」 

 

 こんな風に、と顔に張り付けた手指の奥で、青年は愉悦の表情を浮かべた。

 とてつもないパワーで逆に身体を拘束され、癒えぬ古傷の痛みに吐血するオールマイト。左足が黒霧とやらの"個性"によって沈み始めている。腹筋と残った右足に力を入れて堪えるが、このまま時間切れを迎えてマッスルフォームを維持できなくなってしまったらもう打つ手はない。

 勝利を確信してゆらりと現れた黒霧は言う。

 

「目で追えない速度の貴方を捕らえるのが脳無の役目。そして貴方の身体が半端に留まった状態でゲートを閉じ、引き千切るのが私の役目。私の中が血液や臓物で溢れ返るのであまり使いたくない処刑方法なのですが、貴方ほどの難敵ならば喜んで受け入れましょう」

 

 万事休すの窮地に陥った平和の象徴。

 そんな彼を救いに現れたのは。

 

「オールマイトォ!!」

(緑谷少年!? 君って奴は――!!)

 

 避難するようにと厳命したはずなのに。

 未来を託した弟子であり大切な教え子は、黒霧が息の根を止めるために開けたワープゲートにも臆さずに、涙を浮かべてこちらに駆け寄ろうとしていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「おい障子、あっちは!? オールマイトはどうなってんだ!?」

「緑谷と……爆豪と轟、切島が助けに入った。今はリーダーらしき男と睨み合ってる」

 

 なおもしぶとく攻め寄せる残党を"個性"のテープで捕縛しながら瀬呂が声を張り上げ、複製腕の先端に眼球と耳を複製して戦況の把握に専念する障子が答える。そのすぐ近くで、覆面レスラーを思わせるコスチュームの砂藤も豪快なラリアットで(ヴィラン)を階段下まで吹き飛ばしていた。

 

「くっそ、オールマイトが来たってのにしつこいなコイツら!!」

「踏ん張るんや砂藤くん!!」 

「もう少し持ち堪えれば他の先生達も来るって!!」

「おうよっ!!」

 

 背中の裂傷が酷い13号に見よう見真似の応急手当を施しつつ、三奈は麗日と共に檄を飛ばして男子達の奮闘を見守り続ける。

 先に脱出した飯田の活躍によって最強の援軍であるオールマイトが来てくれた――それはとても頼もしく、緊張の糸が切れて思わず涙が零れたが、幼馴染がまだ戻らない事も相まって、どうにも内から湧き上がる不安を拭い切れずにいるのもまた事実だった。

 

「待て! 誰か……いや、何か来る!!」

 

 常に冷静な障子が珍しく叫んだ。

 その声に促される形で、全員が下の広場を見やる――相澤やオールマイト、今し方瀬呂や砂藤に倒されたチンピラ達を気に掛ける事なく踏み付けながら、脳が剥き出しになったそれ(・・)はゆっくりと大階段に歩みを進める。

 その白い体躯は骨に皮を張り付けただけのように痩せ細り、風が吹けば吹き飛んでしまいそうな弱々しさと同時に、動く死体(ゾンビ)じみた威圧感を兼ね備えていた。

 どんな攻撃が来ても対応できるよう男子三人がそれぞれ構える中、痩躯の(ヴィラン)――白色の脳無はぴたりと止まり、足元に転がり呻くチンピラを一瞥する。そして細腕に似合わない力でおもむろに持ち上げると、蛇のように大きく裂けた口をガパリと開いて、悲鳴を上げる暇さえ与えずに頭から一気に丸呑みにした。

 

「アイツ、仲間を食いやがった!?」

 

 元々寄せ集めの烏合の衆らしく、仲間意識など皆無に等しいのだろうが、平然と共食いを始めた化け物に少年少女は信じられないものを見る目で戦慄する。

 目を疑う奇抜な"個性"は星の数ほどあれど、人間を食らうなど――可能だとしても、人道的にも倫理的にも行ってはならないはずなのに。

 捕食されかねない恐怖で足が竦む三奈達を尻目に、白脳無は動けない下っ端を二人目、三人目と次々に呑み込んでいく。

 変化があったのは、四人目が腹の中に消えたその直後だ。

 枯れ木のようだった腕が五対に増え、太さも十倍近くまで膨れ上がり、肋骨が浮いていた身体も巨漢と呼んで差し支えないサイズに変化する。クラスの中では高身長のグループに入る砂藤よりも障子よりも――オールマイトが戦っている黒い奴よりもさらに巨大な怪物が誕生した瞬間だった。

 

「……どうやら、他者を取り込む事でパワーアップする"個性"らしいな」

「見掛け倒し、ってワケねーよな」

「こっち来るぞ!?」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 複数の腕を持つその姿はさながら蜘蛛、いや百足だ。

 緑谷と爆豪、轟、そして切島の予期せぬ助太刀によって絶体絶命の死地からどうにか抜け出したオールマイトの位置からも、大階段を駆け上がる白い異形の巨体がはっきりと見えた。

 

「シット!! もう一体いたのか!!」

「強い武器や回復アイテムとかと一緒さ。奥の手ってのは大事に取っておくもんだろ? 黒脳無と違ってお前と張り合えるほどのパワーは備わっちゃあいないが、あの白脳無は他の奴らを食う事で強くなる。上に残ってる手負いのプロヒーローとガキ共をバラバラにするくらい訳ないぜ?」

「くっ……!!」

 

 自分の迂闊さに眩暈すらしてくる。

 さらに最悪な事に、轟の"個性"によって凍結されていた黒脳無が、身体が割れ砕ける事も厭わず無理矢理に氷の束縛から逃れてしまった。しかも砕け散ったはずの右半身は数秒も経たずに再生を完了し、黒い肌には傷跡すら残らない。

 

「ショック吸収の"個性"じゃないのか!?」

「それだけと言った覚えはないよ。これは『超再生』――黒脳無はお前専用にカスタマイズされた超高性能のサンドバッグ人間さ。お前の100%の力にも耐えられる、な。さあ、どっちを助けてどっちを見捨てるつもりだ、お優しいナンバーワンヒーロー様?」

 

 主犯格――黒霧が『死柄木弔』と呼んだ青年はにたりと笑う。

 白脳無を止めるためにこの場を離れれば、逃走手段である黒霧を抑え込んでいる爆豪が真っ先に狙われるだろう。かと言って、何も行動を起こさなければ、13号と少年少女が血の海に沈むのは想像に難くない。

 断じて生徒達の力を信用していない訳ではないのだが、ヒーローであり教師だからこそどちらも見捨てられないこの状況――経験不足の有精卵共だけで乗り越えられるとは到底思えなかった。

 

「そら、早く決めないからあっちが大変だぞ?」

 

 迷うオールマイトを嘲笑いながら、死柄木は大階段を指差す。

 

「障子くん、瀬呂くん!!」

「砂藤!!」

 

 緑谷と切島が叫ぶ。

 女子生徒と13号を守るために、恐怖にも負けず果敢に挑んだのだろう――白脳無の無数の腕に手足を掴まれて宙吊りの三人の姿が。その体勢でも諦めず拳や蹴りで攻撃を続けるも、硬い筋肉に包まれた白い巨体は微塵も揺らぐ様子はない。

 

「クソが!! あんにゃろ今すぐぶっ殺して……!!」

「待て爆豪! 今そのワープ野郎を自由にしちまったらそれこそ終わりだぞ!!」

「分かっとるわンな事!! だったらテメェが潰してこいや!!」

 

 仲間達を襲う(ヴィラン)を見過ごせない爆豪の言い分も、先の事まで考えて冷静な判断をしようとする轟の言い分も、どちらも間違ってはいない――間違ってはいないが、飯田が他の教員を引き連れて戻りでもしない限り、事態の好転は望めないだろう。

 オールマイト達が歯噛みしてる間に白脳無は子どもの相手に飽きたのか、その剛腕で男子三人を入口側の壁まで投げ飛ばし、まるでカウントダウンのように一段、また一段と、動けない13号へ近付いていく。

 その前に、両手を広げて毅然と立ちはだかる人影があった。

 

「いけない!! 止めるんだ芦戸少女!!!」

 

 三奈だった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 13号を麗日に任せて、迫り来る怪物と三奈は正面から相対する。

 下に倒れていたチンピラのほとんど全員を胃袋の中に収めた白い(ヴィラン)は、もう指折り数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの腕を生やし、その姿は人間よりもはや節足動物に近い。

 懸命に戦ってくれた男子達が背後の壁に叩き付けられて痛みに苦しんでいる今、皆を守れるのは自分だけだと心を奮起させるが、けれど入試のロボとはまるで違う本物の(ヴィラン)を前にすると、歯がカチカチ鳴って足が小刻みに震えてしまう――中学時代、友人が巨人の(ヴィラン)に道案内を求められて助けに入った時も似たような恐怖に襲われたのを思い出した。

 

「三奈ちゃん!!」

「大丈夫……大丈夫だから!!」

 

 奇しくもオールマイトが緑谷に言ったように、三奈も背中を向けて麗日に言う。

 この状況で一体何がどう大丈夫なのか、自分でも不信感を抱きながら。

 麗日の"個性"で(ヴィラン)を浮かせてしまえば、その隙に13号を外に運び出せるだろう。

 しかし発動するためには相手に触れる必要がある麗日が、万が一食べられてしまったら――そう考えると、大切なクラスメイトを危険に晒すより、酸を出せる自分が距離を取りながら戦った方が気持ち的にもまだマシだった。

 白い(ヴィラン)は標的と定めた13号を三奈や麗日ごと排除しようと考えているのか、数本の腕をさらに太く膨張させて大きく振り被る。

 三奈も脳が剥き出しになった頭部に強酸を浴びせ掛けるが、痛覚が麻痺しているらしく、水でも被ったように二、三度頭を振るだけで悲鳴すら上げない。

 止まる事のない拳が、何故だかとてもゆっくりに見える。

 

「……コーちん」

 

 死を目前にして、三奈の心は限界を迎えていた。

 十五年の人生が走馬灯として蘇り、その記憶の大半に幼馴染の姿がある事に気付く。堰を切って溢れ出した感情は、素直に想い人を求めて荒れ狂う。

 さながら、はぐれた親を探し回る迷子のように。

 助けて――

 

「――纏士郎ぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 果たして、その声は届いた。

 

 

 

「『極星撃(スタースクリーム)』!!」

 

 

 

 直径六メートルはあるだろうか――鉄やコンクリートなど、USJの建材を奪って固めたらしい巨大な球体が、白脳無の横っ面を殴り飛ばした。その衝撃は凄まじく、まるで隕石が落ちたような轟音と震動が建物全体を襲う。しかし三奈は、着弾点に一番近かったにも関わらずただ一点だけをじっと見つめていた。

 オールマイトよりも誰よりも安心させてくれる、三奈にとって最高のヒーローの背中を。

 

「……よう、待ったか?」

「…………遅いよバカぁ……」

 

 今度こそ、涙が堪えられなかった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 どうにか三奈を助けられたが、依然として危機から脱していない事に纏士郎は舌打ちした。

 月まで届けとばかりに殴り抜いたつもりだったが、針の代わりに大小の腕が生えたヤマアラシの化け物は切り離したガラクタ団子と共に数メートルほど吹き飛びはしたものの――どうやら寸前でガードされたらしく、仕留めたとはとても言い難い手応えが拳から伝わって来た。

 戦いはまだ終わってはいない。

 

「瀬呂、砂藤、障子!! 生きてるか!?」

「……おーう、何とか死んでねぇよ……」

「これでも鍛えてっからな」

「同じく……」

 

 呼び掛けると、存外元気な声が返って来た。

 ふらついてこそいたが、起き上がった三人は重傷を負っているようには見えない。

 葬式が不要な事に安堵し、床のコンクリートを使って両腕に新たな鎧を纏わせながら、纏士郎はもうもうと立ち込める粉塵に改めて目をやり、誰ともなしに尋ねる。

 

「可愛の姿が見えねぇが、まさかあの白ゴリラの腹ん中じゃねぇだろうな」

「ううん、私達が気付いた時にはもういなかったよ?」

「一人で逃げたんじゃねーの?」

 

 瀬呂の言葉を、纏士郎は首を振って否定する。

 

「……それはねぇな」

「どーしてよ?」

「俺の勘」

「そんな理由!?」

 

 一月かそこらの付き合いだが、それだけは断言できる。

 誰かを見捨てて逃げたとは到底考えられない。でなければ実技試験の際、巨大な仮想(ヴィラン)ロボに踏まれそうになっていた葉隠の事を纏士郎に教えなかったはずだ。

 纏士郎自身、信頼など縁遠いものと思っていた――けれど不思議な事に、可愛幼子が他でもない仲間のために、一発逆転の奇策を練って動いているのだと確信を抱くのに何の抵抗もなかった。

 

「……ならば聞こう甲鎧。可愛が今から何かを成すとして、俺達はどう動けば良い?」

「ひとまずは……お客さんの遊び相手の続きだな」

 

 残骸を砕き、粉塵を裂いてのそりと現れる白脳無。流石に無傷とはいかなかったようで、攻撃を防ぐのに使った左側の腕が数本圧し折れている。しかし、目蓋すらない眼球に宿る敵意は毛ほども衰えず、与えた傷も腕の総数からすれば焼け石に水でしかない。

 一際大きく咆哮し、白脳無が地を蹴る。

 瀬呂が背後からテープを何本も飛ばして勢いを殺し、パワータイプの障子と砂藤と三人掛かりで相手をしてようやく足を止められた。だが一瞬でも気を緩めれば、膂力に負けて弾き飛ばされるか巨体と壁に挟まれて潰される未来が待っている。

 頭上から左右から、拳の暴風雨が絶えず降り注ぐ。

 

「ぐ、おおっ……!!」

「マシンガンかってんだ、ったく!!」

「瀬呂、テープを巻き続けろ!! 一、二本でも良い、とにかくコイツが使える腕を減らせ!!」

「わーってるっての!!」

 

 纏士郎が、障子が、砂藤が。

 三人合わせて計十本の腕で負けじと乱打を返し、かろうじて力が拮抗する。

 だが互角だからこそ、決め手に欠けるのもまた事実。

 纏士郎達が移動のために使った大型バスが、獣の唸り声のような低いエンジン音を響かせながら飛び込んで来たのはその時だ。何故か扉が壊れていた入口をさらに破壊して、唖然とする三奈達のすぐ横を猛スピードで通過し、鋼鉄の身体を持つ暴れ牛は真っ直ぐ(ヴィラン)に向かって――纏士郎達に向かって突き進む。

 運転席では、一匹の猿が危なっかしくハンドルを捌いているのが見えた。

 

「……モンキーバスなんてアトラクション、USJにあったっけか?」

「言ってる場合か! 早く逃げろ!!」

「ホント何考えてんだ可愛の奴!!」

 

 瀬呂が伸ばしたテープに引っ張られる形で纏士郎達が離れた直後、バスは白脳無に衝突した。

 車体が歪み、ガラスが粉々になって飛び散る。

 階段際まで押しやられた白脳無だが、呆れるしかない腕力でもって十トンを超える暴走車両すら受け止めてしまった。子どもの背丈ほどもあるタイヤが悔しそうに猛回転し続け、焼け付くゴムの不快な臭いと煙を撒き散らす。

 

「エンジェルさん、これ(・・)使えますか!? アクセルは固定してあります!!」

 

 割れた窓から脱出した可愛が言う。

 

「……そう言う事か!!」

「障子さん砂藤さん! 押して!!」

 

 可愛に促されるまま、バスの後ろに回って最後の力を振り絞る障子と砂藤。

 アクセル全開にされた大型車は、力自慢二人の援護を得て徐々に勢いを取り戻し――それさえも耐えようとする白脳無の足元を、可愛の指示を受けた三奈が強酸で溶かす事で摩擦を殺し、ついに踏ん張りが利かなくなった怪物はバスごと大階段を滑り落ち始めた。

 フロント部分に(ヴィラン)を張り付けながら、さながらロデオのように激しく跳ねる車体。その屋根に咄嗟に飛び乗った纏士郎は、投げ出されないようコンクリートの爪を食い込ませて堪える。

 小さな友人の作戦を成し遂げるため、そして何より、この喧嘩に勝つために。

 

「出し惜しみはなしだ!!」

 

 素手で屋根に触れ、鎧に変形させる。

 右肘から先を覆う手甲は、それまで纏士郎が作り上げた中でも間違いなく最大級――バス丸ごと一台を使い切った必殺の武装を高々と掲げ、滑落の勢いそのままに(ヴィラン)へ振り下ろす。

 おびただしい数の腕が押し返そうとするが、落ちる鋼鉄の巨拳はそんな抵抗さえ許さない。

 

 

 

「『機帝拳(ガルバトロン)』!!」

 

 

 

 超重量の一撃が腹に吸い込まれ、受け身も取れず地面に叩き付けられる白脳無。

 許容以上のダメージを受けてしまった事で"個性"が解除されたのか、口から大量の体液と一緒に腹の中のチンピラ共を吐き出し続け、大山のようだった身体もみるみる痩せ細っていく――最後の一人を嘔吐して、常人と変わらない体躯に戻った白脳無は完全に沈黙した。

 

「ぅ……うおっしゃああああああっ!! 倒したぁっ!!」

「俺らの力見たかコラァ!!」

 

 瀬呂と砂藤がガッツポーズで歓声を上げ、寡黙な障子ですらハイタッチを交わす。

 ぶんぶんと手を振る三奈と可愛に軽く振り返し、USJのドームを何かが突き破って空の彼方に消えたのを見届けて――纏士郎は意識を保てなくなりぶっ倒れた。




某爆弾男のプレイ実況見ていたら、そーゆー"個性"も面白いかなと思いました。
エグゼイドみたいに発動するとパワーアップアイテムが出現して、みたいな感じで。
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