身体に鎧を、心に愛を   作:久木タカムラ

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某海賊漫画とか、しまぶー作品とか、ジーチャンバーチャンが激強なのっていいですよねぇ。
実はリカバリーばーちゃんにも、五代目火影みたいに若返るチート技あるかもなと妄想してみたり。



9. 新たな戦い:雄英、体育祭やるってよ

 目が覚めた時にはもう日の入り間近だった。

 夕日に染め上げられた天井をぼんやりと眺める纏士郎の視界に、目元をバイザーで覆った老婆の顔がにゅうっと割り込む。一センチ間違えれば口唇が触れ合ってしまいそうな至近距離に、思春期ど真ん中の純真無垢な少年は血の気が波のように引く音を確かに聞いた。

 

「ようやっとお目覚めかね。気分はどうだい?」

「……梅干しババァの顔面ドアップで見ちまって最悪だよ……」

「おやそうかい。それは何よりさ」

 

 叩かれた憎まれ口に老婆――雄英高校の屋台骨であるリカバリーガールも皮肉を返し、纏士郎の額に貼られていた冷却シートを剥がしてごみ箱に投げ捨てると、白衣のポケットから色とりどりのグミキャンディーが詰まった菓子袋を取り出した。

 

「ポイフルだよ、お食べ」

「相も変わらず駄菓子屋やってんのかよ」

 

 受け取った袋を逆さにして、豆ほどの大きさのグミを一気に口に流し込む。もっちゃもっちゃと咀嚼する度に、体力が尽きた身体に糖分が染み渡っていくのを感じる。軽度の打撲や擦り傷だけですぐに処置が必要な外傷はないが、ベッドに沈む手足はまだ鉛の塊のようにずしりと重い。

 ちょっと"個性"を使い過ぎただけで、すぐこの体たらくだ――どうにも、自分でも呆れるくらい熱くなってしまったらしい。本当に、柄でもない。

 

「……何度も口を酸っぱくして言ったはずだよ?」

「梅干しだけにか――イッテェ!?」

 

 注射器型の杖で頭を殴られた。

 いつもは柔和な笑みを浮かべている年老いた養護教諭は、細目を吊り上げて静かに声を荒げる。

 

「茶化すんじゃないよハナタレ坊主が。アンタの"個性"は無敵でも何でもない。加減を間違えれば命を失いかねない諸刃の剣だって事は、その身体で何度も思い知ってるだろう?」

「………………」

 

 かつて、幼少期の纏士郎の"個性"を診断した女性医師こそ、目の前にいるリカバリーガールこと修善寺治与だった。発現したばかりの"個性"が暴走して意識不明に陥ってしまう纏士郎を、彼女は実の孫のように気に掛け、その子煩悩ならぬ孫煩悩は活動の場を雄英に移した今も変わらない。

 様々な制約こそあるものの、素肌で触れた物を鎧に作り変える纏士郎の"個性"は、言い換えればこの世の万物を隷従させられる能力だと――考えの浅い者はそう考えるだろう。

 しかし一見すれば無敵の"個性"にも、大きな弱点があった。纏士郎が現在ベッドで動けずにいる理由が正しくそれだ。

 

「アンタの出鱈目な"個性"は、ある種の生命エネルギーを放出して対象物に浸透させる事でやっと鎧として操れる。質量や規模次第で体力の消耗も激しくなるし、限界を超えて無理に発動させれば寿命が縮む可能性だってあるんだ。私に死亡診断書でも書かせたいのかい?」

「さらに向こうへ――"Plus Ultra"が校訓じゃなかったっけ? 今さら限界の一つや二つ……」

「それとこれとは話が別さ!! 生意気に屁理屈こねるんじゃないよ寝小便坊主!!」

「十年以上前の話を蒸し返すな漬物ババァ!!」

 

 グレイト・マザー然り、リカバリーガール然り。

 どれだけ身体を鍛えようと、死地を乗り越えるほどの経験を得ようと、自分の恥ずかしい秘密を知る人間とはこうも手強いものなのか。両足が少しでも動くなら、その小さな老体の背中を押して早急に退室願うところだ。

 纏士郎は起こしていた首をぼすっと枕に落とし、観念したように唸る。そこでようやく、自分が寝ている部屋に保健室特有の薬品臭さがない事に気が付いた。

 

「……ところで、ここ何処よ?」

「雄英の仮眠室さね。他にも無茶やらかした若造がいてね、休ませるだけで良いアンタは悪いけどこっちに移させてもらったよ。あのニワトリ娘には私から連絡しとくから、動けるようになったら勝手にお帰り。無理なら話は通してあるから泊まっていきな。夕飯だったらそこの冷蔵庫に弁当が入ってるし、トイレくらい自力で行けるだろ?」

「至れり尽くせりで涙が出るよ」

「そう思うなら、ちょっとは自分を労るこったね」

 

 自分勝手に死んで女泣かせるような奴なんざ、男の風上にも置けやしないんだから。

 唾棄するように言ってリカバリーガールはドアノブに手を掛け、最後に纏士郎に振り返る。

 

「いい加減、過去に怯えるのは止めちまいな纏士郎。アンタはもう独りじゃない、一緒に笑ったり悲しんだりしてくれる家族がいるんだ。そこで寝てるお嬢ちゃんも含めてね」

「……余計なお世話だ」

 

 日もすっかり落ちて薄闇に満たされた仮眠室から、今度こそ白衣姿の老婆は出て行った。

 どんなプロヒーローよりも――あのオールマイトよりも現場を経験し、酸いも甘いも噛み分けた老年の熟練者がドアの向こうに消えるのを見送り、纏士郎は下半身に掛かる毛布を捲り上げる。

 投げ出された纏士郎の左腿に覆い被さる形で、桃色髪の幼馴染がだらしない半開きの口で寝息を立てて、ついでにヨダレも垂らしていた。今日の襲撃で精神的に疲れたのだろう――別に人の足を枕にして惰眠を貪るのは構わないが、着たままのコスチュームに染みを作るのは勘弁してほしい。

 

「……にゅぁ?」

 

 葛餅のような頬を指でむにむに突いていると、金色の寝ぼけ眼がうっすらと開いた。

 

「目ェ覚めたか?」

「…………コーちん? コーちん起きた!? 怪我は!? 痛いトコない!? てか真っ暗で何も見えない!!」

 

 バネ仕掛けのように跳ね起きたためか、角の生えた頭が毛布を全て持っていき、視界を塞がれた阿呆が滑稽な一人芝居を繰り広げる。毛布相手にわちゃわちゃ格闘する様子を見ていると、色々と考え悩んでいた自分がとても馬鹿馬鹿しく思えた。

 どうにか勝利して、誤魔化すようにはにかむ三奈だが――口から左耳に向かって一直線に伸びた唾液の筋が光っている事は教えてやった方が良いのだろうか。

 

「……別に骨が折れてるとかはねぇよ。ちょっと無理して身体が重いだけだ」

「ホント? 良かったぁ……」

 

 無事だと分かって気が抜けたのか、三奈は空気の抜けた風船人形のようにぐんにゃりと、今度は仰向けで再び纏士郎の足の上に倒れ込んだ。その力の抜きっぷりは全身の骨がなくなったのではと思えるほどで、どれだけ纏士郎の身を案じていたかが容易に見て取れた。

 

「心配、してくれてたのか?」

「しちゃ悪いんですかー?」

「…………」

「にひひっ♪」

 

 実技試験の時のお返しとばかりに、三奈は双眸を細めて意地の悪い笑みを浮かべる。

 必死に教え込んだはずの英単語や数式はすぐに忘れてしまうのに、覚えなくても良い事に限って記憶力が抜群だったりするのだこのアホ娘は。

 両手足をパタパタしながら、三奈は事件の顛末を語り始めた。

 纏士郎が気絶した後――飯田が教師達を引き連れて戻って来た事で、戦況は一気にヒーロー側に傾いたらしい。リーダー格の(ヴィラン)はオールマイト用の切り札を場外まで殴り飛ばされて逆に戦意を昂ぶらせていたそうだが、プロヒーローの集団相手に手駒を失った状態では多勢に無勢――銃弾の雨を受けてすごすごと退散したとの事だった。

 相澤も13号も傷こそ深手ではあったが、命に別状はないと聞いて安心した。

 

「でねでね、その後に警察も来たんだけど、ジッキョーケンブンしてる警部さんと一緒だったのが猫のお巡りさんだったの! 犬じゃなくて!」

「……その猫の人は多分、警察官を志した日から何千回と同じ事を言われてると思うぞ」

 

 このお花畑娘にとって、今回の事件で一番印象に残ったのはそこなのか――もしかすると三奈は三奈なりに、いつも通りに振る舞って心の平穏を取り戻そうとしているのかも知れない。纏士郎の腕にじゃれつく彼女の目は、それを表すようにまだ不安を拭い切れず揺らいでいる。

 

「三奈」

「んー?」

「……怖かったか?」

「……んー」

 

 緩慢な動きで体勢を変え、三奈は纏士郎の首に腕を回してきゅっと抱き締める。肩に顔を埋めた幼馴染は格上の(ヴィラン)に相対した恐怖を思い出したのか――じんわり伝わる涙の熱と小刻みに震える細い身体が、言葉以上に彼女の心中を吐露していた。

 

「……すっごく怖かった」

「……そうか」

「死んじゃうかと思った」

「でも生きてるだろ」

「うん、コーちんが助けてくれたから……」

 

 そう言って纏士郎に顔を向ける三奈。

 涙はもう止まっていたが、頬に朱色が増して十五の少女らしからぬ艶めかしさを湛え、香水とも菓子とも違う甘い匂いが鼻腔をくすぐる。耳や首筋を撫でる吐息は熱く、抱き締め返すべきか否か本気で悩んでしまうほどの愛おしさに、纏士郎は満足に動かせない身体を呪うと同時に感謝した。

 もし全身に重りを巻き付けたような状況じゃなかったら、来年の今頃にはあのニワトリババァや梅干しババァに、髪がピンク色で目付きの悪い赤ん坊の顔を見せる事態になっていただろう。

 平静を装いつつも、脳内で男の本能に一揆を起こされている纏士郎――それに気付いているのかいないのか、理性を断崖絶壁から蹴り落とすように、制服の胸元がはだけた三奈は言う。

 

「ねぇ、コーちん」

「あぁ?」

「……アタシも一緒に泊まっても良い?」

 

 頭がクラッカーみたいに弾けた気がした。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 臨時休校を一日挟んだが、二日後には普段と変わらない雄英高校に戻っていた。

 校内は廊下も教室も襲撃事件の話題ばかりで耳障りなほど騒々しく、教室に向かう病み上がりの纏士郎にも、恐れと好奇と憐れみが混在した視線があちらこちらから遠慮なく突き刺さる。まるで絶滅危惧種の珍獣のような扱いだ。

 鬱陶しい野次馬を一睨みして散らし、A組の扉を開ける。

 本物の(ヴィラン)との戦いが少々前倒しになった程度で不登校になる者はいなかったらしく、一足早く鉄火場を経験したクラスメイト達は教室に勢揃いしていた。

 上鳴と駄弁っていた切島が纏士郎に声を掛ける。

 

「甲鎧、心配したぜ! 元気になったんだな!!」

「……お前ほど有り余っちゃいねぇけどな」

「おうよ! あんなんで怖気づいてちゃヒーローなんざなれねぇからな!!」

 

 赤髪で鮫歯な友人と拳を突き合わせる。どんな時でも切島は切島なのだ。

 戦友とも呼べる障子、瀬呂、砂藤の三人も纏士郎の姿を認めると、ぐっと親指を立てたり筋肉を見せ付けるようにポージングしたり――言葉はなくとも確かな繋がりを感じられた。

 代わりに一つ、ある意味(ヴィラン)を相手するよりも厄介な問題が発生してはいるのだが。

 

「ところでよ、芦戸と喧嘩でもしたのか? いつもは一緒なのに今日は芦戸だけ先に来たろ」

「喧嘩……ではねぇんだけどな」

 

 丸一日経過して頭が冷えたのか、顔を合わせるなり真っ赤になって走り去ってしまったのだ。

 現に今も、所在なさげに席に着いている三奈と目が合うと、頭からぼふんと蒸気を放出して机に突っ伏し悶える有様――恋愛より漢気を重視する切島ですら違和感を抱く過剰反応に、二人の間で何かあったのだと察したクラスメイト達が一気に色めき立つ。

 三奈を尋問するのは葉隠や可愛など、恋愛話に飢えた女子ばかりだが、纏士郎には血涙を滂沱と流す峰田が凄い剣幕で詰め寄った。

 

「甲鎧お前ぇぇぇぇっ!! 一昨日、仮眠室で芦戸と二人っきりだったんだってなぁ!? どうせ乳繰り合ってバカップルしてたんだろぉ!? 何やった!? 何処までヤッた!? チクショウめ一人だけ一皮、いや二皮剥けやがってぇぇぇっ!!!」

「峰田ちゃん、色々とギリギリよ」

 

 蛙吹の長い舌で蝿よろしく叩き落とされる峰田。

 九割九分九厘が真面目成分で構成されているサイボーグ飯田まで「学生の身分で、しかも神聖な学び舎で不純異性交遊などいかんぞ!!」と説教する始末だが――根掘り葉掘り質問攻めを受ける三奈の名誉のためにも説明しておくと、仮眠室で一夜を明かしたのは纏士郎だけだ。当然、責任を取らなければならないような事はしていない。決して小さくない後悔に苛まれたが、していない。

 わざわざ椅子の上に立って釈明したものの、照れ隠しか何かと思われたのか、半数はニヤニヤと疑いの眼差しのままだ。

 そうこうしている間に本鈴が鳴り、朝のホームルームの時間になった。

 

「皆、ホームルームが始まる! 着席したまえ!!」

「もう座ってるよ」

「立ってんのお前だけだって」

 

 真面目ど根性が絶賛空回り中の飯田が席に着くと同時に、相澤が全身包帯だらけの痛々しい姿で教室に現れた。受けた傷が傷なだけに退院はまだ当分先とA組全員が思っていたため、ミイラ男の格好で復帰した担任のプロ意識には驚きの声を上げるしかなかった。

 

「俺の安否はどうでも良い。ヒーロー目指すならこれくらいでいちいち騒ぎ立てるな」

 

 到底無事とは言えないが、少なくともその低い声に痛みを堪えている様子はない。

 オールマイトとはまた違った意味でストイック過ぎる。

 

「そんな事より――戦いはまだ終わってないぞお前ら」

 

 一難去ってまた一難なのかと、教室の空気が一瞬で引き締まる。

 先日の(ヴィラン)連合の残党か。それとも襲撃事件に触発された他の組織からの刺客か。

 何にしても、合理性を重んじるあの相澤が念を押すような『戦い』だ――前回のように"個性"を持て余したチンピラ相手の小競り合いな訳がない。

 言葉を聞き逃すまいと神妙な面持ちで耳を澄ませる生徒達に、担任は巻き付けた包帯の隙間から鋭い視線を投げながら言う。

 

 

 

「雄英体育祭が迫ってる!」

 

 

 

 普通に学校らしい行事だった。

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